亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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本日3話目。今日は3話投稿です。
お気をつけください。


【FILE:19】白鯨攻略戦 乾坤一擲

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ———はるか高空から、眼下の争いを白鯨は静かに見下ろしていた。

 

戦場を観察するのであれば、天を衝くような大木を基点に有象無象が蠢いており。そこに近づけばあの火力を浴びるだろう。あれだけはこちらの命に届きうると警戒したが、いくつか小さいなりに警戒すべきものもあった。

 

眼下の戦場においてはその警戒対象はすでにいない。小さな人間たちが魔獣の巨躯に取りつき、その手に握った鋼を突き立て、炎を生み出す石を振りかざし、小賢しく抗ってはいるが、命には決して届かない。そしてもし倒したとしてもそれは分身である。

 

炎が立ち上り、魔獣の苦鳴が下から届くたびに、空を泳ぐ白鯨は白い霧を吐く。

戦場に立ち込める霧は眼下の同位存在に味方し、争う小さな存在たちを確実に劣勢へと追いやっていた。

 

ちょこまかと動き回る影は時間の経過につれて、ひとつ、またひとつと確実に数を減らしていく。『霧』の中に呑まれ、その存在を掻き消されることで。

 

全てを呑み尽し、この無益な戦いが終わるのもそう遠いことではない。戦力バランスが崩れ出し、瓦解が始まるまで時間の問題だ。

 

白鯨が人の知能を持っていればそう考え、自身の勝利を確信したことだろう。

だが、実際には白鯨にはそのような知能はない。ただ白鯨はその本能に従い、自身が滅ぼされずに済むための、相手を滅ぼし尽くすための行動をするだけ。

 

なぜ、そのような判断をするのかなど、獣の本能に問うだけ無粋だろう。

故に白鯨は本能に任せた判断で、冷静で的確に、獲物をなぶり殺しにしようとしている。

それはどこか機械的で、ケイが評するならば優秀なプログラムとでも言うだろう。

 

「——————」

 

霧を吐き、地上を白く染め上げていく。

邪魔が入って中断しているが、霧を広げて眼下の世界を覆い尽くさなければならない。それもまた本能の指令であり、そうすることが生きる意味だ。

 

そうして、眼下の光景から意識を切り離していた白鯨は、ふいにその巨大な隻眼をぎょろりと動かし、下に意識を向け直す。

すさまじい勢いで収束するマナを感知し、その流れの根本を見たのだ。

 

「アル・ヒューマ」

 

膨大なマナの渦、その中心に立つのは青い髪の少女であった。

跪き、時間をかけて練り上げたマナに指向性を与える少女の傍らで、ゆっくりと構築されるのは鋭い先端を覗かせる長大な氷の槍だ。

 

十メートル級の凍てつく凶器が、その鋭い穂先を白鯨の下腹へ向けている。

その狙いは明らかで、そしてそれを目に見える形で行ったのは致命的な失敗だ。

 

「———お願い!」

 

少女の祈るような叫びを受けて、氷の槍が地上から空へ向けて打ち上げられる。

穂先が狙うのは当然、宙を行く白鯨の胴体の中心だ。

 

ぐんぐんと加速し、空を突き破る勢いで迫る氷の殺意———だが、それは加速を得るための距離と、発射の瞬間を見られていた失策により、呆気なく頓挫する。

 

白鯨が尾を振り、風を薙ぎながら空を泳ぐ。

それだけでその巨躯は氷の槍の射程から外れ、白鯨の体を外れた氷槍はすぐ横を通過し、その狙いをあっさりと取りこぼした。

 

巨体をくねらせ、その行き過ぎる氷の槍を見送る白鯨。そこに耐え難い残り香を嗅ぎ取る。

ついにその氷柱の尻部分までもが真横を抜け———ほんのささやかな、なにかが砕け散る音が白鯨に聞こえたのは、まさに奇跡であったといえるだろう。

 

それが取り返しのつかない音であったと報せるための、悪魔めいた天の奇跡が白鯨に知らせたのだ。

 

「———よぉ。こうして間近で見ると、超気持ち悪ぃな、お前」

 

白鯨の鼻先に、あまりに軽い感触が乗った。

頭部の先端に着地したそれの存在を感じ取るのと同時、白鯨は通り過ぎた氷柱が跡形もなく消失、マナの拡散する波動を感じ取った。

そして通り過ぎていく悪臭の塊。()()()()()()()()()、目の前の臭いに気づくことができなかった。

 

頭頂部にいる、堪え難い悪臭の()()()()()()にも反応が遅れた。

 

「クライミングスタイルで邪魔するぞ。———言っとくが、俺はシカトできねぇぐらい、ウザさに定評のある男だぜ?」

 

無様に四肢でへばりつくその姿は滑稽だが、決して落とされない意思を体現する。

悪臭が、悪意に満ちた笑みを浮かべて、そうこぼす。

 

それを白鯨は聞かず、氷槍が通り過ぎた先を睨み臭いに赤く染まった目を向けている。

 

 

レムが作り出した氷の槍に掴まって上空へ向かい、そこで『退魔石』を砕いて離脱———白鯨に取りつく、というのがスバルの立てた乱暴な作戦の概要だった。

 

当然、レムの猛烈な反対を受けたものの、そこは「俺はレムを信じてる!」の連呼で押し切り、切り札である『退魔石』の譲渡をクルシュから受けた。

見え見えの必殺技ならば白鯨は軽々と避けるだろうと予測し、そこにスバルという罠を仕掛けてのことだ。

 

そこまで話がまとまった頃、待望の「待った」がかかった。

 

「ちょっと待て、バカ」

 

「ケイ!お前無事で、って髪黒くね?普通逆じゃね?死ぬ思いすると黒から白くなるんじゃ!?て言うかその格好でレムの前に現れるなよ!変態か!」

 

無事を喜ぶところから脱線し続け、罵倒にまで着地するスバルの言葉をほとんど聞き流してケイは話す。

 

「嗅覚なんか一切機能せん白鯨ん中でもワイが必死になって掘り出してきたゆうのに、大した歓迎やで!ガハハハ!」

 

「相手依存の作戦は下の下だ。楽観は削る。修正するから聞いてくれ」

 

「すっげえキリッとした顔で、そんな仕事できるセリフ言われても、その格好じゃちょっと…」

 

ケイは現在、腰にボロ切れを巻きもらったマントを羽織っただけのゴブリン旅支度スタイルである。春先に出没する変態の方が布をしっかり纏っていると言える。

 

「よく戻った。ケイ。信じていたぞ」

 

クルシュは気にしないらしい。いや、視線がちょっと泳いでる。クルシュさんもまともだった。

 

「大枠はそのままでいい。確率を上げるために装備を変える。ヴィルヘルムさんそちらと、あと魔石を」

 

「無視かよ。フェリスも苦労してんなほんと」

 

「ヴィルヘルム。この宝剣を貸そう。最後はきっと頼ることになる」

 

ヴィルヘルムがつけていた、鉤のようなスパイクがついた靴を履き、手に投網のようなものを持たされる。

さらに、気休めだから期待はするなと何やらカバンを背負わされた。

 

「良し。まず射出するのは僕とスバルの二人。それで接近し、修正は風の魔石で僕がやる。改めて聞くが、白鯨に接触してその状態を保持する意味があるんだな?」

 

「マジか、空中二段ジャンプ!っとすまねぇ。質問の答えだよな。上手くいく確証はないけど、近けりゃ近いほど、長ければ長いほど効くのは間違いねえ」

 

これは二段ジャンプなんて優しいものではない。射出からの射出である。

『MUTANT』と呼ばれる最新軍事技術。『可変先端部によるミサイル技術の革新』なる発想だ。

参考にしたのがミサイルであるところからすでに、人間が行うべき作戦ではない。

 

最新の軍事技術などという、自分にはかけらも興味のない知識でも非常時には役に立つこともある。

 

「白鯨が下がるように逃げてくれなきゃ取りついたとしても相対速度によっては潰れる。だから近くまで行ったら、この網を投げてすがりつけ。網に刃が入っていてどれか一つでも刺されば固定される」

 

「いや、文句ないんだけど。ありがたいんだけどさ。俺のイメージとしては、こう風を一身に受けた男が一匹。仁王立ちで大見得切って、そんで追いかけっこ開始なんて感じのかっけえ想像してたんだけど」

 

正直いって、今のスバルの格好はダサい。カマキリのようにピッケルのような道具を持たされ、大きな背嚢をセット。腰には投げるための網が用意されている。足の鉤爪がまたアンバランスさを醸し出す。けれども安全というものは得てしてこういう姿をしているのだ。

 

「そんなのは一人でやってくれ。現状ですら綱渡り以下。これ以上に分の悪い賭けはしたくない」

それしかないとなればやるだろうが、別の方法があるならそれをすべきだろう。

 

そしてこのバッグに入っているのは、布を繋いだだけの擬似パラシュートだ。

当然それだけでは速度は落ちても激突するので、それを目印にレムがキャッチしてくれるとのこと。

 

「UFOキャッチャーの通し穴みたいなもんか、ほんでフルトン回収ってな具合ね」

 

 

 

スバルは全てを信じて。ケイは全てを疑って。白鯨に挑む。

 

 

射出の直前、皆の緊張が高まる中…

 

「なぁ。俺ら結構いい感じじゃね?熱いパッションとクールな頭脳の凸凹コンビ感ある気がするんだけど」

 

「黙ってろ」

 

「そうだそれ!敬語なくなってるよな。あれキャラ付けだったりいいぃぃぃ…」

 

 

一緒に仲良く、氷槍の弾頭として大空へと射出された。ドップラー効果で間延びした悲鳴を響かせながら。

 

 

スバルは何も考えない。ケイならきっとやれると信じている。

 

ケイは事前に考える。訓練もなしに、高速で空中移動中に狙いを定めて風の魔石の起動などできるわけがない。

 

 

 

だからケイは、落ち着いて考え観察する時間を作ることにした。

 

「おいスバル。あのストーカー女。お前と僕を間違えt…」

 

 

時が止まる。薄暗く黒い帳が視界を覆い、世界が静止した。

 

 

きっとスバルには風切り音で何も聞こえなかったに違いない。聞こえたとしてもなんのことかなどわからないはずだ。

しかし、絶対に許されないという自信があった。あれの嫌がることがわかってきて気分がいい。

 

先ほどスバルほどは包む闇が濃くないことに気づいたのだ。薄暗い世界でも風景は見れる。

拷問に耐えられるならばと注釈はつくが。

 

時間は過ぎていないのだろうが、体感としては一秒ごとに接触される。

つまり、地獄のような蹂躙が始まったということだ。

 

角度を見る。復活する。

 

起動のタイミングを決める。復活する。

 

スバルの体勢を確認。復活する。

 

この後の手順を確認。復活する。

 

復活する。復活する。復活する。復活する。復活する。復活する。復活する。

 

 

 

 

そして時が動き出す。

 

 

 

完璧な角度とタイミングで迷いなく射出され、角の付近に速度を落として接近するようにスバルは飛んだ。

投網すら要らなかった。両手と足の爪でしっかりと取り付き、挑発を行う。

 

やりやがった!ケイ!あいつは本当にすげえ!

 

しかし、あり得ないことに、スバルに注意が向いていない。ことここに至って無視など、絶対に許さない。

あれだけ粘着されたのだ。少しくらいお返ししよう。

 

「なぁ、おい。だから言っただろうが、俺のウザさはシカトなんか不可能だってよ」

 

魔獣がスバルを気にしない。嬉しいはずの異常事態に、すぐに覚悟を決めた。

この大空なら周囲を気にしないで済む。

 

「大サービスだ!よく聞けや!てめぇのせいでレムが死んで、俺はすげぇトラウマ背負ったぞコラァ!!!」

 

叫びながら身を投げる。

 

 

 

『愛してる』

 

 

 

なにか、耳元で囁かれたような気がした。

次の瞬間———激痛がスバルの全身を、稲妻で焦がすように駆け抜けた。

 

見えない位置、背中側から侵入した掌がスバルの胸骨をすり抜けて心臓を掴み、荒々しく、しかし大切なものを確かめるかのように、きつくきつく締め上げる。

血のめぐりを司る命の器官が手荒に扱われる現実感のなさ。致命的な部分を他人に自由にされることの異物感———絶叫を上げることすら叶わない世界の終焉は、風の音と自分の苦鳴によって知らされる。

そして、

 

「戻って……きたぁぁぁぁぁ!!」

 

「——————ッ!!」

 

眼前、大口を開いた白鯨が猛然と、スバル目掛けて降下してくる。

 

 

告白によって増大した魔女の香りに誘われ、魔獣の本能がそれを上回る憎悪によって塗り替えられた。

咆哮を上げ、もはや眼下の争いなど失念したかのように正気を逸した目で、白鯨はスバルの存在だけを消し去ろうとばかりに襲いくる。

 

はずだった。確かにこちらにきているが、期待したほどの狂気も熱量も感じない。

いや確かにあるのだが、どうにも執着が分散されている感じがして手応えがない。

 

しつこいくせに浮気野郎とか最低最悪かよ。

 

この作戦では速度が大事だ。

スバルはパラシュートを開くことをやめた。

 

 

 

「———レム!!」

 

「はい、スバルくん!」

 

風にかき消されそうなスバルの怒号に、しかし確かに少女の声は応じた。

 

 

自由落下の途上にあったスバルの体を、パトラッシュにまたがるレムがモーニングスターで絡め取る。

 

腰あたりを鉄の鎖に締めつけられ、強引に軌道を変えられる感触に「ぐげ!」とスバルは苦鳴を上げて懐かしい感触。こうして、落下しかけた状況をレムに救われるのは二度目。一度目は、王都に向かう途中の竜車での悪ふざけだったが。

 

「なんでも、経験しとくもんだ……」

 

今度は、気絶せずに済んだのだから。

鎖が手繰られ、スバルの体はいささか乱暴にパトラッシュの背中に落ちる。そこには当然騎乗していたレムがおり、スバルの体は彼女の胸の中に飛び込む形だ。

 

「助かった!」

 

「ごちそうさまです」

 

「なに言ってんの!?」

 

手を合わせて礼を述べるレムに端的に突っ込み、スバルは顔を上げる。

すぐ傍らを、白鯨の顔面が通り過ぎ———、

 

「——————ッ!!」

 

勢いを殺し切れず、白鯨が頭部から地面に激突。轟音と土煙が爆砕された地面から立ち上り、その威力に大地が大きく弾むように揺れた。

その揺れを背に受けながら、スバルはパトラッシュに指示して全力前進———その背後から、土煙をぶち破って白鯨が飛び出してくる。

 

その威力にその頭部を痛めつつ、なおも白鯨は我を忘れた絶叫を上げながらスバルに追いすがる。

そのあまりの勢いに悠然としていた泳ぎは今や無様だ。風を追い越すようだった速度は見る影もない。だが、気迫だけは圧倒的だ。

 

地面を削り、尾で大地をはたきながら、猛然と白鯨が背後に迫る。

前傾姿勢で体重を全て預けて、スバルはパトラッシュの底力に命をかける。ここまで必死で懸命に、スバルに尽くしてくれた地竜だ。短時間ではあるが、命を乗せて走ってもらうにふさわしいだけの信頼をスバルは持った。

 

「頼むぜ、パトラッシュ! ドラゴンなんだろ!? かっこいいとこ見せてくれ———!!」

 

「——————ッ!!」

 

パトラッシュが嘶き、速度が一段と上がったのを風に感じる。

白鯨の咆哮が轟き、鼓膜が乱暴に揺すられて世界がぼやけるのがわかった。

 

真っ直ぐ、真っ直ぐ、ただひたすらに走り、走り、駆け抜け。

泳ぎ、泳ぎ、猛然とスバルを食らい尽くそうと迫りくる白鯨。

そして———、

 

「食らい、やがれぇ———!!」

 

「——————ッ!!」

 

轟音が鳴り響き、直後に続くのはなにかを引き剥がすような音の連鎖。無視できない音の間隔は狭まり、近づき、やがてそれは。

 

強大な影を生み、真っ直ぐに白鯨へと———フリューゲルの大樹が倒れ込む。

 

「——————ッ!!!」

 

木を白鯨に倒そうと、スバルがそう提案した時にケイは当たり前の顔で言い切った。

 

「すでに昨日から切れ込みは入れてある。方向は定めているから、塹壕を目印にその方向へ誘導してくれ」

 

完璧だ。最高だよ!お前は!一家に一台マジで欲しい!

 

魔鉱石、見えない刃、振動破砕———束ねた破壊の力に根本を抉られて、賢者の植えた大木が数百年の月日を経て、人に仇なす魔獣の巨躯を押し潰す。

 

樹齢千年クラスを上回る大木の重量に、真っ直ぐ突っ込んだ白鯨が真上から叩き潰された。それまで受けた破壊とは根本的に異なる次元の威力に、その巨躯を覆う強靭な外皮すらも防御の意味を持たない。

 

絶叫が上がり、すさまじい衝撃がリーファウス街道を駆け抜け、霧を爆風が打ち払う。

 

霧が晴れ、姿が見えた。

 

大樹はしっかりと、()()()()()()()押しつぶし、魔獣を地に縫い留めていた。

いや、留めているだけだ。()()()()()()()()()()()。胴体の芯を食えなかった。

 

意味のないたらればがスバルの脳裏を掠める。

 

もっと狂乱して迫ってきていれば、地面の激突が致命打になったかもしれない。

もっと引き寄せることができていれば、大樹を胴体に直撃できていたかもしれない。

 

そんな思考を許すはずもなく、白鯨は赤い目で激昂して身を大きく捩って抜け出そうとする。咆哮を上げて分身を呼び寄せる。

 

 

「ここまでやって、まだなのかよ…」

 

 

霧の魔獣は、まだ死なない。




【MUTANTについて】
米空軍が開発した新型ミサイル構想。空戦での撃墜成功率を高めるべく、迎撃直前に先端部を曲げながら、弾頭部分の威力を目標に対して全面的に向かわせる新方式。飛躍的な撃墜率の向上を見込んで研究されている。
この開発計画は「Missile Utility Transformation via Articulated Nose Technology(可変先端部によるミサイル技術の革新)」と名付けられたため、その頭文字をとって「ミュータント計画」とも呼ばれる。
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