亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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【FILE:192】無常風

天変地異と超常の戦いが終わったなら、戻ってくるのは途方もない日常だ。

 

そこにあったのは、もう街ではなかった。

かつて確かに存在していた城郭都市グァラルは――
道があり、家があり、人があり、暮らしがあった。

 

その場所は、もうどこにもない。

 

グァラルの広場だったはずの地は、いびつな凹みとなり、建物はその輪郭だけを残して消えている。
区画丸ごと、風に削られたかのように消えていた。

 

大通りは両側から吹き飛ばされ、まるで“巨大な獣が爪で地を抉った”ような筋がいくつも走っている。
その跡には、引き裂かれた石畳の破片と、逆巻くように絡まった破壊物が積もっていた。

 

街を守っていた強固な外壁も、強烈な上空からの風の塊。ダウンバーストの余波で外側に倒れている。

 

これが
龍と精霊。世界最高峰の規格外の魔法使いたちの戦いの痕跡だった。

光が焦がした。
氷が裂いた。
火が貫いた。
風が削り、土がせり上がり、歌のような風が空を落とした。

 

いくつかの兵士は職務として記録をつけていたが、できた文章を読んでみると戦闘の記録というよりも神話の描写と言われた方が納得できる仕上がりだ。


 

その時に誰かが言った。

 

「……また、きっと。グァラルは、俺の家は…」

 

その絶望的な呟きに答える者はいなかった。この一言は誰にも聞かせないように呟いたのだから。

帝国民ならば戦勝を祝い、強者を尊ぶからこんな軟弱な発言は許されない。

 

どれだけの傷を負っても、勝利を祝い強者を讃える。

その光景に虚しさを抱えるものなどは、剣狼ではないのだから。

 

 

 

 

 

息を弾ませ、腕に抱いた少女の頭を揺らさないようにしながら飛ぶように走る。

都市の南側に馬車の列が到着し、魔都カオスフレームから大勢がやってきたと耳に入った瞬間、エミリアは待ち望んだ再会のために銀髪を躍らせた。

 

「――っ、スバル!」

 

ふと、自分の肩を後ろから叩かれ、エミリアは弾かれたように振り返った。

そのあまりの勢いに、肩を叩いた相手が驚いて目を丸くしてしまうぐらい。でも、そこで目を丸くしていたのは、探し求めたスバルではなくて。

 

 

「あ、ロズワール……」

 

「その、スバルと話せた?ほら、ベアトリスと会わせてあげたいの。私も、スバルとお話したいんだけど、先にベアトリスを……」

 

ロズワールはベアトリスを見て何かに気づいた様子だった。

その表情は彼にして神妙で、エミリアにとっては少し胸がざわつく嫌な感じがした。

 

「――。スバルくんはいない。彼はまた別のところへと消えたらしい」

 

「え?」

 

 

見れば、先に都市庁舎にいたのはロズワールだけでなく、ガーフィールもだ。遅れてやってくるオットーたちを合わせたら、グァラルへきたエミリアたちは全員揃う。

その全員で、離れ離れになってしまったスバルを迎えてあげられる。

そう、エミリアは期待していたのに――、

 

魔都カオスフレームで再び行方不明になったという報告だけがもたらされた。

 

 

くりくりと大きな目を丸く見開いて、その少女はパタパタと足踏みしながら叫んだ。

 

仮設の土でできた建物に集められたのは、この都市の、あるいはこの帝国の動乱において様々な役割を持たされたものたちだ。

 

「帰ってきたら街はめちゃくちゃで、壁もなくなってるし大変じゃん!ビックリで目が回っちゃうよ~」

 

「あー、うー!」

 

言葉通り、目玉と頭をぐるぐる回しながら少女が地団太を踏む。と、その傍らにいる同い年ぐらいの別の少女、こちらの金髪の少女が同調するように唸り声を上げた。

 

 

「――よもや、ナツキ・スバルの連れがはるばる訪れるとはな」

 

それはどこか、冷たく渇いた風のように大広間を吹き抜けていく声だった。

じっと、エミリアの視線が持ち上がり、その声を発した人物――先ほど、ズィクルやミディアムと言葉を交わした、その顔に鬼の面を被った男へ向かう。

顔を鬼面で覆った黒髪の男、その眼光にエミリアは紫紺の瞳を細め、

 

「あなたも、スバルのお友達?」

 

「俺に友人などいない。あれも俺をそうとは思っていまいよ。目的の途上、手を結んでいるだけの間柄だ」

 

「じゃあ、仲間の人ね。アベルって呼ばれてたけど、もしかして、ズィクルさんが前に話してくれてた人?」

 

硬く尖った男の返答だが、エミリアは動じないでズィクルの方に話を振る。その問いかけにズィクルは「ええ」と顎を引いた。

 

「こちらの方が、我々を率いる立場にある御方、アベル殿です。私はあくまでこの方の指示で、都市をお預かりしていたにすぎません」

 

「そう述べるにはいささか無理があろうよ、もはや都市は跡形もない。遺跡と言った方が良いだろう」

 

「……それは、面目次第もございません」

 

渋面を作り、ズィクルが都市の受けた被害のことで男――アベルに深々と頭を下げる。

苦々しいズィクルの顔に浮かぶのは、理不尽な叱責への不満ではなく、自分の力不足を悔いる自責の念の色だった。

 

確かに都市は見る影もないほど、吹き飛んでしまったが飛竜と九神将の襲撃に重ねて、龍の襲来すらあったにも拘らず人の被害は最小に抑えられた。

 

実際の現場に居合わせたオットーとしては、あの状況でここまでできたのはズィクルの事前の周知と、何よりあの大精霊の圧倒的な暴力によるものであると思うが――、

 

「アベルちん、そんな意地悪なこと言わないの!みんな頑張ったんだよ!」

 

そのアベルの発言に、勢いよく食って掛かったのはミディアムだった。

その後もいくつかのやりとりを経て、カオスフレームでの苦難を乗り越えた信頼がオットーからでも垣間見えた。

 

というか皇弟様の話では、この人が皇帝様ということになるはずだがミディアムという女性はあまりに親しすぎやしないだろうか。

 

彼をアベルと呼称し、皇帝であることを隠すのは理由があるらしく、その点は丁寧に頼まれていた。

当然ながらエミリアには彼が皇帝であるとは伝えていない。

 

「ズィクル」

 

「は」

 

「先の言葉は聞き捨てよ。元より、マデリン・エッシャルトと飛竜の群れを相手にしたのだ。都市を奪われることもありえた状況下、よもや撃破するなどと貴様の働きは予測を超えたものだ。評価に値する」

 

「――っ、光栄です。しかしそれは…」

 

「そう。それにしても、このような惨状になるのは一体何が起きたのか理解に苦しむ」

 

澱みなく続けられた言葉は、ミディアムの説得に胸を打たれた結果、ではあるまい。

元々、ズィクル相手にかけるべく用意されていた言葉だ。最初から、グァラルの受けた被害の件で彼を責めるつもりなどなかったのだろう。

 

「……アベルちん、性格悪い!」

「うー!」

 

「やめよ」

 

腕を組んで仁王立ちするアベルを、ミディアムと少女が左右から責める。二人にまとわりつかれ、袖を引かれたり腰をつつかれながらアベルは短く叱責した。

 

「――それで?いったい、いつになったら話は進みんす?」

 

その間、静かに推移を見守っていた女性が、いよいよその唇を動かした。

それはひどく場違いなほどの存在感と、過剰に華やいだ風格を纏った狐耳の美女――ある意味、常識外れた美貌を持ったエミリアや、その奇抜な鬼の面が目を引くアベルらと同じように、ただいるだけで意識せざるを得ない人物。

 

はっきりと明言されなくてもわかる。

この存在感を有する彼女こそが、アベルやミディアムが城郭都市を発ち、魔都カオスフレームへ向かった理由であると。

 

 

――ヨルナ・ミシグレ。

それが魔都カオスフレームの支配者であり、帝国最強の武官である『九神将』の一員。そして、この動乱の勝敗を握る絶対条件の一人。

 

「ヨルナ一将、まずはご足労に感謝いたします。私はズィクル・オスマン、ヴォラキア帝国にて二将の立場に与る身でございます。ヨルナ一将もアベル殿と共に戦ってくださると?」

 

「そう思ってもらって構いんせん。わっちにはわっちの思惑がありんすが、それがこちらの……アベルと利害は一致しておりんす」

 

「話は取り付けた。ヨルナ・ミシグレとの協定に問題はない」

 

オットーたちの耳にも、カオスフレームが大きな被害を受けたことは届いている。

だからこそ、このグァラルへ辿り着いた馬車も大量の列をなし、大勢を一挙に受け入れなくてはならない状況となったのだ。

そして、その魔都が受けた大被害の最中に――、

 

「――スバルが、どこかに飛ばされちゃった」

 

「――――」

 

そう、話に割って入ったのは銀鈴の声音、エミリアだ。

別の角度から話に入られ、鬼面越しのアベルの視線がエミリアへ向く。明らかに歓迎していない眼差しだが、エミリアは身じろぎもしない。

その腕にベアトリスを抱いているのもあるし、彼女の傍らにそっと立っている厳しい表情のガーフィールの存在もある。オットーも、そこに多少は貢献しているだろうか。

 

「もう一回、ちゃんと最初からやり直しましょう。――私はエミリア。あなたはアベルでいいのよね?スバルのお友達……じゃなくて、仲間の」

 

「――。そうだ」

 

「スバルはあなたと一緒の別の街に……その、ヨルナさんのところにいったのよね。そこで大変なことが起こってはぐれちゃった。で、合ってる?」

 

「合っておりんす。大変なこと、というのはいささか言葉が足りんでありんすが」

 

形のいい眉を寄せ、起こった出来事を確かめるエミリアにアベルとヨルナが頷く。二人の反応、特にヨルナの言葉を受け、エミリアは「そうよね」と素直に受け止めた。

 

スバルの状況についての情報交換がなされる。

スバルは交渉の間に、『九神将』の一人。オルバルトによって幼児化させられ、苦難を乗り越えたかと思いきや闇の塊に巻き込まれて消えたらしい。

 

「ところで、幼児化というのはどういう理屈ですか?そんな魔法は聞いたことがない」

 

少し離れたソファーから声が届く。

 

声の主の姿を見て、多くが目を顰めるがミディアムは気にしない数少ない人物だ。

 

「あ、うん、本当だよ!あたし、元々はすっごい背が高かったんだから!」

 

何を気にしていないのか。

それは彼の態度だ。

 

ケイはソファーで横になったまま、自分の気になるところだけを聞いていた。

不敬というか、人としてどうなのだというその有様に誰もが疑問や怒りや呆れを感じているだろうが、あまりに堂々としていて突っ込むことができてない。

 

ペトラにあれだけ言っておいて、自分はこれである。

 

いや、皇弟であると名乗っていて皇帝が正体を隠しているのなら確かに彼が最も高貴な身分ということにもなる。なるのだが、彼のやる気のなさというか姿勢の悪さはこの都市についてからずっとだった。

 

やっていることはやっているのだが、緊張感をかけらも感じさせないその態度に物申したくなるのはオットーだけの感情ではない。

 

「というか、早く済ませましょうよ。最優先でやるべきことがまだでしょう」

 

ソファーから指差す先には、金髪おかっぱの少女がいる。

 

「あれが、大罪司教だと()()()()()()()相手です。記憶を失ったのか、そのフリをしている。現時点では敵対していないようで、その上権能も使っていないようでしたがその後は僕はわからない。どうでした?」

 

話の転換と、その衝撃の内容に誰もついて来れない。

 

ただ一人を除いては。ここには同じ速度で並走できる稀有な人物がいた。

 

「あれは異能を使ったぞ。見た事もない魔法だ。短距離を瞬時に移動する」

 

その言葉を聞いて、ケイは嫌そうな表情を浮かべる。

 

「跳躍者ドルケル。そう名乗っていたらしいです。では彼女は『暴食』ということは間違いない。対処するのでこちらに預けてもらいましょう。権能は封印します。百歩譲って命は取りません」

 

グァラルにて話をすでに済ませていたものたちは、彼女を囲むように立っている。

 

じりじりと、危険な大罪司教を押さえ込むためにガーフィールが距離を詰める。そんなガーフィールの接近に、「うー」とルイが小さな体を縮めた。

 

「ええ!ちょっと待って!おかしいよ!そんな、そんなの!アベルちん!何とか言ってよ!」

 

そのルイを背後に庇い、ガーフィールと向かい合うミディアムがアベルを呼ぶ。

成り行きに口を挟まずにいたアベルはミディアムの訴えに視線を向け、

 

「俺が何を言う。それの扱いは貴様の領分であろう」

 

「でも、あたしじゃうまく説得できないの!それくらいはわかってるんだから!」

 

「貴様の不徳の責を俺に押し付けるな。そもそも、不要だ」

 

不要、と言われたミディアムの瞳が揺らぐ。

アベルの酷薄な言い方が、彼女にルイを見捨てたと思わせたのかもしれない。が、事実はそうではなかった。

アベルは、自分が手を出す必要はないと言ったのだ。

 

「おォ、俺様ァ相手が女ッでも手加減ァしねェぞ」

 

「それは重畳にありんす。そうでなくては、わっちが美しいのが理由で手を抜いたと言い訳をされてしまいんすから」

 

足を止めたガーフィール、その正面に割って入ったのはゆるりと立つヨルナだ。

元々の長身に加えて履いた厚底もあり、煙管を手にしたヨルナはガーフィールを見下ろす。その視線を真っ向から見返し、ガーフィールも獰猛に牙を剥いた。

 

ヨルナはルイを庇うと、そうした意思表明だ。

 

「重ねて言いますが、彼女は大罪司教ですよ。まさか、ヴォラキア帝国では魔女教の恐ろしさが知られていないとでも仰いますか?」

 

オットーがこの世界の常識を改めて提示する。

そうだ。この話し合いではあのエミリアすら、辛い表情をするだけでルイを庇うことはしていない。

 

もちろん殺害となれば止めるだろうが、ケイがそうはしないことはさっき宣言した通りだ。

エミリアは、ケイが嘘をついたところを見たことがなかった。

 

「あれら狼藉者の行いも、その在り様のおぞましさも知れたこと。無論、大罪司教なる奴輩の悪質さもだ」

 

魔女教が暴れる場所を選ばないのは世界中で周知の事実だ。当然、帝国にも被害はあった。

にも拘らず、ルイを野放しにしておくというのは。

 

「手懐けられるとでも?それは短慮と言わざるを得ない」

 

「有用であれば使い道を一考する。貴様らの方こそ、全てが自分たちに味方するというのは勘違いも甚だしいぞ」

 

「――――」

 

オットーの追及を躱し、アベルが軽く顎をしゃくる。

彼の言う通り、都市庁舎の最上層に集まっている面々の反応は色々だ。ルイが大罪司教と聞かされ、嫌悪と敵愾心を発するものはもちろんいる。しかし、ミディアムやヨルナのように、ルイの排除に抵抗感を示すものも少なからずいる。

特に――、

 

「――言っておくガ、スバルとレムの二人と我々は仲間ダ。その二人が連れていたのがルイである以上、ルイの行く末を決める資格は二人にあル」

 

「ミゼルダ様……」

 

「無論、族長の意見が違うなら従うガ」

 

目力の強い視線でこちらを射抜き、ミゼルダもルイを守る側につこうとする。

ミゼルダはシュドラクの代表格であり、他のシュドラクも彼女に従う。――否、正しくは彼女らが従うのは、都市に戻った本物の族長だ。

 

ミゼルダの言葉と視線を向けられ、判断を委ねられる黒い礼装の女性。シュドラクの新たなる族長のタリッタは、「どうすル」と姉に問われ、

 

「私の意見も姉上と同じでス。でモ、姉上が言うから決めたわけではなク、私自身の考えでルイを守ル。ルイにハ、恩がありますのデ」

 

もっとも、そのやりとりを微笑ましく思う余裕はオットーたちにはない。

 

「何もせずに放置するというのはありえないでしょう。我々の提案は彼女の権能の封印です。それができる手段がある。彼女がこれまで敵対しなかったのはわかりますが、それで今後も同じであると誰が保証できますか?」

 

オットーはまとまった提案をしっかりと通す。

自分も最初は抵抗感を感じていたが、皇弟殿の理屈に納得したならばそれを通すのに否はない。

 

「『暴食』は、倒したと思っても別の姿になり変わる。別の『暴食』を倒したと思ったら、まさに彼女が出てきて逃走したんですよ。今の彼女が無害だとしても、いつ有害な別の『暴食』に切り替わるかわからない。これに反論はできないはずです」

 

理屈は通した。しかし、納得の雰囲気は薄い。

ヨルナを筆頭に彼女たちは無害なルイと時間を共に過ごしたのだろう。

 

対話による理解が得られなければ、どうなるだろうか。

 

決まっている。戦いが起きるのだ。

緊張が高まり、そして戦意が膨れていく時に、空気を変えるのはいつもケイの役目であったが、今回は違う声がそれを防いだ。

 

「ちょっとみんな。少し待って。これはすごーくおかしいわ。みんなで仲良くできるのに、ここで喧嘩するなんて一番ダメよ。ルイちゃんがホントに良い子なら傷つくし。悪い大罪司教ならそれこそ喜んじゃうでしょう?」

 

その指摘に、誰もが正鵠を射抜かれて勢いを失う。

 

「ねぇ、ケイ。こういう場面なら助けてくれる?きっと考えがあるんでしょう。ずっと考え事をしてたもの。なんとなく間違ってるってことはわかるけど、どうすればいいかまではわからない。私はそれが聞きたいの」

 

エミリアの成長に陣営のメンバーすら愕然とする中、ケイは手番を回されて語り始めた。

 

協力しないとは言ったがそれに固執せず、状況に応じてまたダメ元でお願いをする。

悪くない行動だと思う。人が成長する姿は良いものだと素直に思った。

 

「彼女の能力が活用できるという意見でしたね。それは今後の反乱に使えるという意味で間違い無いですか?」

 

「無論それ以外にはない。これをうまく扱えば意表を突ける」

 

「では交渉しましょう。彼女を放置するなら、僕らはあなた達から離れます。どちらの方が利益が大きいか判断してください」

 

冷たい目線が交錯する。それは敵対に近い宣言だった。

 

「貴様らは元来の計画にない異物である。俺が頭を垂れて助けを乞うとでも思っているのか?」

 

「それは『暴食』に関しても同じでしょう。それなら計画外の要素はまとめてルグニカに戻ってもいい。それが目的でもありますしね」

 

アベルもこのルグニカ一行を邪険にするのは悪手であると理解しているだろう。

目的が達成できる可能性が高まるなら、なんでもするタイプであると思ったがやはり立場があると難しそうだ。

 

最大の戦力たる『九神将』の一人が強硬にルイを守ろうとしてる状況は、アベルにとっても苦しいのだ。

一切動揺を見せないままに、黙して思考を回している。

 

オットーは知っている。この交渉の結末を。だって彼は知らないのだから。

 

あの自称皇弟の手中にある駒を、最強の戦力とそれを手に入れた力の両方を彼はまだ知らない。

商談において情報の不均衡はあまりに致命的だ。

 

「『飛竜将』マデリンがこちらに降りました。彼女は今、僕の指示を聞く状態にある。九神将を奪い合うのが目的なのでしょう。やっておいてあげましたよ」

 

「撃破したと聞いたが、殺さず降らせただと? あり得ぬ。貴様の伏せ札はなんだ?『飛竜将』を打倒し、都市を薙ぎ倒した実力も脅威ではあるが、離反させるのは別の力だな」

 

「別に隠すつもりもないですが、主にこの方のおかげです。紹介します。こちら、四大精霊のザーレスティア様です。僕の契約相手なので悪しからず」

 

満を持してどどんと登場。ザーレスティア様の御成。

帝国で連打したこのやり取りをここでも再現する。

 

どこからか現れた一条の風。緑色に淡く光る力の流れがそこで人を形どる。

精霊ならばパックと同じことができるだろうと提案してみれば、案外できた。ティアの実体を消した状態がこれだった。

 

「これ何度やるわけ?最初から言えばいーじゃない。面倒臭いわねほんと」

 

「騙されないようにしてるんですよ。人間は悪賢いですからね」

 

風の大精霊ということを伝えると、アベルは納得するように頷いた。

 

「そうか。それが貴様の伏せ札だったと言うわけか。道理で最初から不遜な態度を崩さぬわけよ」

 

「いいえ、普通に戻ったら勘違いで襲われて、たまたまそこから契約しただけでとんでもなく予想外でしたよ」

 

まぁ、それは置いておく。主題ではない。

 

「我々がいれば、奪還はかなり現実的になる。九神将を打倒する実力者たちに、マデリンが味方につきますからね。条件はまず、ルイの能力の封印です。これがないと安心して休むこともできない」

 

「ヨルナ・ミシグレ。シュドラク。あとは、レムといったか。こちらへ来い」

 

一度別室で話し合いをするという。実際のところ、説得になるだろうがきっと彼なら容易に説き伏せる。

しばらくして戻ると、彼らの意思は統一されそして協力が実現された。

 

 

その後、別室でケイとアベルは向かい合う。そこにロズワールを伴って。

 

「よくもまぁ暴れたようだな。貴様が弟であれば選帝の儀は混迷を極めたろうて」

 

ヴォラキア皇族に宿命付けられた呪いのような戦いの儀式。

兄弟姉妹が最後の一人になるまで殺し合いを強制される『選帝の儀』を経て選ばれるのがヴォラキア皇帝だ。

 

最初聞いた時は何の冗談か比喩かと思ったが、本当だった。意味不明である。

せっかく複数ある陽剣を減らすとは本当に理解できない。国益に反するだろうに。

 

「ああ、あの儀式ですね。よくやりますよ。思うところがあったからこうなっているんでしょうが。まぁどうでもいい話はやめましょう。密林での約束を改めて契約していただきます。嘘をつくつもりがないなら、問題ありませんね?」

 

 

用意していた文面をケイが読み上げる。

初めて聞いたロズワールは、流石に驚きを隠せなかった。

 

「君はそこまでして一体何を求めているんだ?何を見据えている?」

 

「以前話した内容に一切嘘はないですよ。僕は自分にできる範囲で責任を果たしているだけです。詳しく聞きたいなら後ほど。ここではやめましょう」

 

アベルへと向き合い。そして当たり前の事実を語る。

 

「僕はバドハイム密林で話した時と同じことを言っています。あなたも同意した内容です。いざ約束を反故にできない魔法が出てきたら、躊躇するというのはそれだけで裏切りと言えるのでは?」

 

それに…そう続けて書いてあったメモを見せる。ロズワールには見えないように。

それが決定打となって皇帝は契約に同意した。

 

「構わぬ。それで良い。貴様も最後まで契約を違わず全うしろ。違えば陽炎が、貴様を魂ごと焼くであろう」

 

その表情は一切動いていなかった。

 

「約束を守るのは当たり前です。いらない脅しですよそれは」

 

ヴィンセント・ヴォラキアは当然ながらケイには魂の契約を刻むことを求めない。

なぜなら、帝国側にはその魔法の効果を確かめる術がないからだ。現在のパワーバランスは明らかにケイに偏っている。それがわからない皇帝ではない。

 

彼は支援を引き出すために、不利な条件を飲むしかない。

 

追い込まれた国家と元首というのはそういうものだ。力がなければ手段は選べない。

窮地に追いやられた時に選択肢がないと、こうなってしまう。

 

歴史的に見ても、かなりマシな付け込まれ方じゃないかとケイは自負しているが。

 

 

グァラルの空に風が吹く。帝国へとその響きが広がっていく。

 

どこか悲しい歌のような、泣いているような。

 

そんな風が吹いていた。

 




無常風(つねなきかぜ)
人生の短さやはかないことを表現する言葉で、死を連想させる比喩的な表現。
風が花を散らすように、人生はいつ終わりが来るか分からないこと。
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