いくつかの契約が交わされ、そして反乱軍は選択を迫られる。
機を待ち力を蓄えるのか、それともすぐに進撃するのか。
本来は待つつもりであったが、刻々と変わる状況がそれを許さない。
都市の機能は失われ、あるのは土でできた仮設の居住地だけ。
物資の備蓄は地下にあるが、それでもグァラルだけではなくカオスフレームの難民までを賄う量はない。
それでも悩むことができているのは、後方より物資が運搬され続けるためだ。
ヴォラキア北方領から集めた物資が次々に送られてきており、さらにそこにはルグニカの南方からかき集めた糧食や支援物資がそれらを超えて提供されている。
平和なルグニカの中でも温暖な南方領は非常に農耕が盛んである。
カルステン領軍が進駐したグリーフィル領は、最大の食料生産地でもあった。
カルステン陣営が全力でピストン輸送を行なっており、それによって大量の物資を送り届けることができている。
当然無料ではない。一大輸出イベントとしてヴォラキア中から金が集まり支払われている。
それでも、戦時において食料は金があっても買えないことも多いのだ。
多少値段が高かろうが、そんなことは気にしない。
ほとんど国交のなかったヴォラキアとの貿易は、この10年を合わせても足りないほどの額に膨れ上がっている。たった一ヶ月足らずでだ。
その上で、この場の頭目が決断を行った。
「軍を進める。各々備え、時が満ちれば帝都へと進むぞ」
それは、彼の想定以上に帝国全土が燃え上がり戦争へと傾いていたからだ。
予定していた氏族の参戦は全て行われているが、日和見するであろうと見ていたものたちや穏健派すら挙兵している。
グァラルに兵が集まりすぎているというのが一番の問題であった。
早く帝都へと兵の集中をさせなくては、このままでは物資が足りなくなるほどに。
この想定外を引き起こした張本人は、すでに定位置となったソファーでだらけ切っている。
プリシラに見つかると面倒なようでその時は起き上がるが、他の全ては指示を出すだけで実際に足を動かしているのは別の人間である。
アベルも同じような状況であり、それが最高効率でもあるのだがこの印象の差は尋常ではない。
ケイの指示によって奔走するカスター公爵のことを皇弟と勘違いする者たちまで出る始末だ。
かの公爵は本当によく働いていた。アベル自ら褒めるほどに働き詰めていた。
それは事務的な仕事だけでなく、指示を聞かない荒くれ氏族との決闘なども含まれる。
そのまま宴に連れて行かれる彼は、いつ寝ているのかわからないほどだった。
それだけ熱心に人と関わる彼と仕事はしているが、威厳はないこの不敬者。
王たる自覚があり、他者に油断した姿を決して見せることないアベルには決して理解できない態度である。
そしてあそこまで無防備で寝るというのも信じがたい。アベルは基本的に両目を瞑ることをしない、常に暗殺の危険に晒され続けて身に付いた癖だ。
似た部分もあるかもしれないが、根本から違いすぎている。
合わせて信じ難いのは、その戦果である。
これほどの戦力を動員する意図はなかった。渡した陽炎をここまで柔軟に使うとは想定を超えている。
北部にある主要都市は全てこちらの麾下に加わり、そして全国的に多くの都市、街、村、個人が反乱へと加担している。
陽炎を掲げて、偽王を引き摺り下ろせと叫ぶのだ。
帝都の正規軍と将たちはそれの鎮圧に奔走しているらしく、各地で悲惨な殺戮が起きている。
とはいえ、あれからグァラルには襲撃はない。
それは理解できる。
『九神将』の弐であるアラキアが撃退され、その後に送り込んだ飛竜の群れは鏖殺。
それだけに留まらず、マデリンは相手方に寝返ったのだから。
事情を知らない『九神将』を送り込めばこちらに懐柔されると判断し、帝都での決戦に備えているようだった。
ナツキ・スバルの捜索も行われているが、あれから二週間が経った今でも発見の報告はない。
黒髪の皇太子は各地で担ぎ上げられているがそのどれでもなさそうだと判断している。
契約精霊が示す大体の方向と、帝国の地理を鑑みるに残るは『剣奴孤島』ギヌンハイブくらいであろうが、あそこは自ら封じた場所である。チシャの命令でもあそこから人は出てこない。
つまり、すべき事は帝都決戦を制し正式にギヌンハイブを訪れて回収するという方策だ。
それをわざわざエミリアたちに伝える事はしない。帝都決戦には参戦してもらう。
「「貴様は、どんな手を打つつもりだ?」」
全く同じ声が、同じ時に放たれた。グァラルから遠い帝都において皇帝であるヴィンセントが発した独り言だった。
帝都の玉座で男が呟く。
全く同じ相貌に声。そして思考から放たれたその言葉は、現状の帝国を見ての言葉だった。
想定以上に、必要以上に戦果が広がり戦意が蔓延している。もう少し小規模であれば強硬に潰すこともできたろうが、この規模に力で対抗すればその時点で大戦になってしまう。
帝国の力を落とすことは避けなければならない。
帝都で決戦を起こし然るべき結末を迎えないといけない。
そう。調整が必要だった。
「いやぁ。参りましたね。星がわんわんとうるさくって敵わないですよ。ぼかぁね。こんな事になるとは思っていませんでした。本当ですよ?」
星がここまで騒ぎ立てるのは異常です。
その指摘の通り、各地の星詠みたちが活発に動き回っているようだった。
まるで何かを修復するかのように、破綻しようとしているひび割れた堰を必死で埋め立てるような、そんな動きが報告されていた。
「戯言を。貴様の言が外れるというのなら、それで全ては解決している。そうでないからこの状況なのだろうが」
「ええ、しかしですね。ちょっと大きすぎるのと、早すぎるみたいです。これは対策しなきゃ、大変なことになりますよ」
軽い調子で深刻なことをつげるウビルク。
この男の言葉に、どれほど振り回されてきたのかわからない。
星空の瞬きがまるで嘲笑のように感じ、憎しみをもって睨みつけるほどにヴィンセントは星々への不信を募らせていた。
だが、こいつのいう事は事実だ。このままではいけない。調整が必要だった。
「言わずともわかっている。北部に居座る本体が動けば、それを叩く。一度瓦解するほどに叩けば、多少は勢いも衰えよう。自称皇弟や皇太子の首でも刎ねれば、いくらかは正気に戻るだろう」
「ですがですが、実際問題そんなことが可能なので?アラキア様が返り討ちということは実質勝てないということじゃあないんですか?」
その問いに返答をする意味を見出せず、皇帝は黙った。
こいつと話す意味はない。必要なことを聞き出すだけで良いのだ。
決戦を前に、戦場の気配が迫る大地に集いしヴォラキアの氏族たちは、まるで祝祭の前夜のような昂揚に満ちていた。
武具を磨く手は震えず、むしろ熱を帯びた声で祖霊に戦勝を祈る。
戦場に出ること、それこそが彼らの信仰であり、魂を捧げる神聖な儀式だった。
焚かれた篝火の周囲には、戦化粧を施した男女が円陣を組み、歌い、叫び、踊る。
誰かが鼓を叩けば、また誰かが鉄器を打ち鳴らす。血と煙の匂いが混ざるその場には、恐怖ではなく陶酔があった。戦は死を意味しない。名を刻む栄光への最短距離だ。
少年少女すらその輪の中にいた。十分な力さえあれば一人前である。
彼らには涙も怯えもない。それはヴォラキアに生まれた者が、最初に教えられる生き様であり、ずっと言い聞かせられるものだからだ。
自らの強さを信じて疑わないその目は、純粋な歓喜で輝いていた。
彼らにとって、戦争とは嫌々送り込まれるものじゃない。選ばれた者だけが立てる舞台なのだ。
ずっと抑えられていた戦に、帝国全土が燃えている。
鼓動のように刻まれる地響きの中で、戦を待ち望む咆哮が静かに、確かに、燃え始めていた。
誰もが追い立てられていく。帝都へ向かって走り出す。
全土が決戦を。
合流から少しの時間が経ち、グァラルでの仕事も各々が慣れ始めた頃。
反乱軍の頭脳とも言える仮設庁舎の部屋には、変わらず頭目として黒髪の美丈夫が指揮を取る。
定位置となった椅子と執務机は書類で溢れている。彼がいつ休んでいるのか、把握しているものは少ない。
カリカリと文字を書く音だけが響く室内は、別種の戦いが行われていることがわかる。
共に知的労働をこなしていたもう一つの黒髪は今はいないがアベルはそれを気にしない。
対に位置するソファーは空になり、少し埃が積もり始めていた。