亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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【FILE:197】頂点の争い

反乱軍による帝都ルプガナ包囲戦、それは各地から集まった叛徒が協調し、皇帝ヴィンセント・ヴォラキアを討つべく、一丸となって始まった――わけではない。

 

確かに現在、帝都ルプガナの周囲には多数の叛徒が集結している。

 

しかしながらそれらに戦局を大きく左右するほどの力はない。

なぜなら、数とは後先を考えない広範囲な攻めにしか有効ではないからだ。

 

反乱軍の目的が、帝都

の略奪であれば話は変わる。これは数の暴力が有効だろう。

どれだけ隔絶した超越者がいようが、万を超える兵たちの動きを一つずつ止めるのには限界がある。

 

しかし、帝都の占領や玉座の奪還を目的とするのなら必要なのは圧倒的な個の戦力だ。

それらをわかっていないものもいる。わかっていながら自身の力量を見誤っているものもいる。

何も考えていないものすらいるのが帝国の現状である。

 

さらには帝国の中枢では皇帝へ宰相が状況と真意を問いただし、こんな呟きすら起きている。

 

「本物の閣下は壁の外でこちらを睨んでいるんですから、宰相閣下のお気持ち、ぼかぁわかるなぁ」

 

「――――」

 

「んん?お二人で揃って険しい目……ぼかぁ、余計なことを言ってしまいましたか?」

 

そう言って、ヴィンセントとベルステツという帝国の最上位の視線を向けられ、飄々とした様子で肩をすくめる優男、それは位階と無関係に水晶宮への出入りを許された異端の存在――『星詠み』のウビルクだ。

 

「他に誰もいないとしても、気安く話すべき内容ではないかと」

 

「ああ、本物のって冠は余計でしたね。どうやらお二人とも、想定よりも余裕のない様子。これは失言をする前に、どうにか黙っておきましょうかね」

 

「これまでのことが実を結べば、貴様は余が手ずから首を刎ねてやろう」

 

「もちろん、承知しております。でも、閣下……いえ、あなたは慎重な方だ。本当の本当に寸前まで、ぼかぁ、命を取られないものと思っていますよ」

 

ウビルクが『星詠み』として、このヴォラキア帝国に仕えるようになって九年――その実績は、誰も無視できないものになっていた。

 

「貴様は言ったな。星は地上の眩い光であれば目に留めると。ならば、この戦況を動かし得る綺羅星について、事前に貴様に詠み聞かせてもおかしくなかろう」

 

「あ~」

 

「それはなかったのだろう。『星詠み』ここまで悠長にしていてそれがあったのならば即座に首を刎ねてやる」

 

黒瞳を細め、ヴィンセントが静かに問いかける。その問いかけにウビルクは苦笑いしながら指で頬を掻き、

 

「はい。おっしゃる通りです。この前の対応が良かったみたいですね。ギリギリ感は拭えませんが、どうにかという形でしょうか」

 

 

玉座の男は考える。

叛徒だけなら問題なく対処も出来ただろう。部族の英雄がいくらいた所で一将は超えられない。それらが足並みを揃えずに突貫してくるのであれらの対処は容易だ。

 

けれど現状、奴らの反乱はまさに一つの軍になっている。

 

 

しかもそれでは終わらない。他国から入り込んだ存在しないはずの『皇弟』などというものがかき乱してくるだろう。

 

マデリンはすでに連絡がつかず、大量の飛竜の死骸だけが報告されていた。『龍』まで出しておいて負けたのだあれは。

 

一将を撃破するその力は、純粋な脅威であり知らなければいけない。

 

できれば前回のセシルスの奇襲でその謎の戦力を把握してしまいたかったが、それも空振りに終わった。

どこにも見当たらなかったのは仕方ない。セシルスの勘なら、当たりを引けるはず。なのに空振ったということは、つまりそこにいないのだ。

 

 

目の前の軽薄な態度の男は不気味にヘラヘラと笑いを崩さない。

 

天命を授かる『星詠み』は一人残らず、その精神に異常を抱えているという確信だけは得ている。

それをどうやって得たか、わざわざ口にするつもりもないが。

 

「貴様の耳に、新たな天命の囁きはない。相違ないな」

 

「――ええ。ぼかぁ、嘘は言いません。新たな天命は下っておりませんよ。元より、下った天命の時を迎えずして、次の天命が下った試しはありませんが、それまでの光景が急に鮮明になることはある。この前のがそうでした」

 

ゆるゆると首を横に振り、ウビルクは微笑んだ。

喜びもへりくだりもない、実に無機質な笑みを湛えながら彼は続ける。

 

「あなたの作った盤面を、天の差配が崩すようなことはありません。――およそ、帝国のあらゆる人間はあなたの掌の上だ」

 

「――――」

 

「どうされました?」

 

断定的な言葉に望んだ効果が見込めず、ウビルクが不思議そうにする。その疑問に、ヴィンセントは「いや」と首を横に振った。

 

今のウビルクの発言に嘘があったとは思わない。しかし、これは星の導き以外に目が向いていない。

皇弟など眼中にないのだろう。星の定めは不可避であるという否定しきれない確信がやつを動かしている。

 

「――帝国の人間は余の掌、か」

 

あまりに明確なその言葉。不穏すぎるその表現は決して聞き逃せない。

 

玉座に座る男はさらに深い思考へと沈むのだった。

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

帝都ルプガナ第一頂点

 

単眼族の英雄が、その先に灯った炎を捉えた。

 

その瞬間に仲間へと危機を叫ぼうとするが、それよりも早く炎と一体となった女の口が動いた。

 

「――まとめて焼く」

 

そう言ったと、イズメイルにはわかる。口の動きだけでも言葉はわかるのだ。

そこには戦いへの意気込みも、帝都を守るという決意も、力を振るう際の喜びも力みもない。

 

野焼きでもするかのように、料理でも作るかのような気軽さでそれは言った。

 

「――――」

 

大きな単眼を見開き、イズメイルは帝都の空を仰いだ。

堅牢な城壁の内側、規律正しく建物が整った都。その空に、脚部を炎に変えた褐色の肌の女が浮かんでいた。片目を眼帯で覆い、血のように赤い瞳がこちらを射抜いてくる。

 

「お、おお、おおおお――っ!!」

 

その姿を目にした瞬間、イズメイルは雄叫びとともに壁を蹴って跳んだ。

大戦斧を振りかぶり、空の女へと突進する。急所でなくとも一撃掠めれば、全身に衝撃が走る破壊の一振り。臆病者に向けたものとは違う、全霊を込めた一撃だった。

 

その刃は、まっすぐに女の細身へと――

 

「消えて」

 

その一言が放たれた次の瞬間、白光が視界を埋め尽くした。

 

 

 

「か、ぅ、は……っ」

 

咳込みながら、灼かれた肉体を震わせ、体を起こす。

焼けた喉が痛み、手を伸ばした先で炭化した肌が剥がれ落ちた。それを目にして、かろうじて命を保ったことを実感する。

 

――奇跡ではない。

戦斧を盾にして炎から身を守ったのだ。それでも全身を焼くような熱量に晒されたのだから、こうなるのも無理はない。

 

生き残ったのが自分だけだという確信が、イズメイルの胸を静かに締めつけた。

 

「――――」

 

震える瞼を押し開いたイズメイルの目に映ったのは、赤熱した大地と、その上で戦っていた仲間たちが、まとめて炎に呑まれ焼き尽くされていく光景だった。

何が起きたのか理解すらできずに死んだ者もいれば、理解してしまったがゆえに長く苦しんだ者もいたに違いない。

 

陣形の後方、最も外側に追いやられていた子どもたちくらいしか、立っているものはいなかった。自分と子供だけ。その事実が、なによりも残酷だった。

 

「――なんだ、生き残りが出るのか。運がいい……いや、悪いか?」

 

焦げ臭い空気の中、焼け跡に現れたのは、肩に斧を担ぐ男。黒焦げの地面に座り込むイズメイルを冷たく見下ろしていた。その目を見た瞬間、イズメイルは直感する――こいつがこの惨劇の策を実行した者だと。

 

「き、さまが、皆を……」

 

「馬鹿言え。焼いたのは俺じゃない。そんな芸当ができるのは、別の化け物だ。恨むなら、そっちを恨め」

 

嘲るでもなく、ただ事実として語るその口調に、イズメイルの背に寒気が走る。咄嗟に単眼の視界で男を見据える――が、驚愕する。青いのだ。

 

戦意は赤、恐怖は黄色、逃避は青。敵を嵌めておきながら、この男の心には戦いの気配がない。ただの臆病者ですらなく、もっと忌まわしい何かだった。

 

「生かしては、おけん――!」

 

怒りと本能に突き動かされ、イズメイルは体を起こす。

全身に火傷を負い、左腕は失われていた。それでも、溶けた戦斧を掴み、焼け爛れた腕を軋ませながら、男に向けて突撃する。

 

「生かしておけないのは同感だ。あとさ、前から思ってたんだが」

 

「――ッ!?」

 

「目が一個しかない奴が、強いわけないだろ」

 

男が投げた包みが空中で開き、黒い粉が飛び散る。目潰しだ。右手しか使えないイズメイルはそれを防げず、視界を奪われる。涙を使って払おうとした――が。

 

「――ぉ」

 

その瞬間、閉じた彼の目に砲弾が直撃した。魔石砲が放った一撃は、『巨眼』ごと、イズメイルの存在を消し飛ばした。

 

トッド・ファングは考える。

そもそも、無駄なのだ。

 

いずれ劣らぬ怪物たちが、帝都ルプガナを守る星型の城壁の頂点に陣取る。五つの頂に五人の怪物。それらを打倒できるのは同じ怪物のみ。

 

「俺ならやれって言われても、絶対に御免だ。とはいえ……」

 

城壁に近づかせぬ策、近づいた者を屠る策、殺し損ねた者への備え、そして最後は自分が逃げるための策。万が一にも最後まで辿り着かれぬよう願うが、戦は常に想定を裏切る。

 

そもそも、叛徒どもがこれほど広がって帝都へ迫り、この攻防が始まること自体、トッドの予想を超えていた。

皇帝が陽剣を掲げないこともトッドは明確に怪しんでいるし、反乱軍の方が正しい可能性も大いにあるとも考えている。

 

けれど、アラキアをグァラルから無事に連れ帰った後の配置が不味かった。アラキアの世話係に任命されたのだ。この化け物は玉座に居座っている自称皇帝の指示を聞く。これと敵対したならば命がいくつあっても足りないという考えの正しさは、目の前の自称英雄だった物が証明していた。

 

「そのせいで、せっかく帝都に戻れたってのにカチュアに会えてない。……いつまで逢瀬を邪魔すれば気が済むんだか」

 

誰にもぶつけられぬ不満を、世界に向けて呟く。死の臭いの立ち込める空を睨み、トッドは焼け焦げた地面を蹴る。

 

まだだ。まだまだ、まだまだ人は死ぬ。

 

いったい、何人が死ねば――こいつらは武器を下ろすのだろうか。

 

「いい加減にしろ、戦いたがりの異常者共め」

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

帝都ルプガナ第二頂点

刃金人の英雄は、相手の武装の異様さを目撃していた。

 

帝都ルプガナの星型城壁、その一角を任されたのは、異様な装備に身を包んだ戦士たちだった。帝国の他部隊とは一線を画すその集団は、軍の規格から外れた武具を携え、各々が己の最適を求めて鍛え上げた戦の職人たち。無秩序な外見の中でも乱れぬ統率が、彼らの強靭さを物語っていた。

 

「クソ叛徒どもが!実力差もわからねぇくせにクソ突貫しやがって!」

 

彼らの先頭に立つ将――グルービー・ガムレット。一将の名を冠しながらも、悪態をつく彼が片手に持つのは長柄の鎌、もう片方の腕には籠手。他にも様々な武器や暗器を仕込んだ彼は一人で軍団相当の働きができる。

 

対するは、刃金人の群れ。人の姿をしながら、刃が体から自然と生まれる異形の戦士たちだ。歩くだけでも金属の擦れる音が響く。彼らは今は言葉を持たず、戦意を示すかのように甲高い金属音を奏でる。その咆哮は、異物の群れが意思を持って迫る予兆に他ならなかった。

 

「ここまでのクソ任務も久々だが、やるってんならクソ容赦しねぇぞ」

 

グルービー・ガムレットが地を踏み鳴らすと、背後の精鋭たちが一斉に応える。叫びはなくとも、武器を構えた姿勢に一分の隙もない。

 

そして、軍と軍が交差する。

 

咆哮。火花。血飛沫。異形の刃が腕を裂き、呪いを刻んだ槍が肩を貫く。ひとたび踏み込めば退路などない。互いに一撃を殺し、一撃を通す。生き残るには全力で相手を否定するしかない。

 

いや、互いにというのは語弊があった。

打ち合うまでは互角だが、飛び散るのは叛徒たちの血であり、砕かれた刃金である。

 

打ち合えば食い込む不思議な刀。爆発が起きる槌。風を纏う槍。火を吹く盾。

 

どれ一つとってもまともな戦闘が展開しない。

 

刃が砕かれるたびに苦悶に満ちた声が響き渡る。だがそれは、何よりの戦果でもあった。

 

一将には傷一つなく、ただただ相手を蹂躙していく。

形勢が決まる。

 

その瞬間に、前衛たちが燃え上がった。

 

「さっきのクソ魔法使いがこっち来やがったか!」

 

そう言ったグルービーの胴体を、地面から生えた拳が捉える。

 

地中からの奇襲。上空からの魔法爆撃を囮に、いやそれも本命だ。

両方が本命であってそして両方を通す。

 

互いに手段を選ばずにお互いを害するのが戦いだ。

ガーフィールはそんな戦闘にムカムカするものを感じつつも、初撃をここまで綺麗に入れられたのは奇襲のおかげだったことを認める。

 

実はこの瞬間。敵同士でも同じ感想を抱いている。

 

まさに『クソ』のような戦いである。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

帝都ルプガナ第三頂点

表情も何もない人形たちが列をなす。それに飛び掛かるのは翼人の英雄だった。

 

石の拳が振り下ろされ、翼人の兵が叩きつけられる。粉砕された装甲が散り、地に伏した肉体は動かない。だがすぐさま別の翼人が地を蹴り、刃でその人形の関節を断ち切る。無言の敵が崩れ落ちる。

 

「押せ押せぇ! こんな人形、俺たちの相手にゃならねぇ!」

 

戦列の中央、英雄だろう一際大きな体格の男が叫ぶ。分厚い戦装束を纏い、両手の鉄槌を振るって次々と敵を砕く。人形の列に突っ込み、振り下ろされた一撃は三体をまとめて瓦礫に変えた。

 

翼人の兵たちも負けてはいない。飛べぬ身ながら、脚力と跳躍力で高所へ飛び上がり、鋭く正確に斬りつけていく。地を這う刃と上からの奇襲が連動し、戦場の勢いは反乱側に傾いていた。

 

そのように見えていた。

 

「……なんだと」

 

砕いた人形の残骸が地に吸い込まれ、新たな土塊が膨らんでいく。まるで地そのものが命を持ち、尽きぬ敵を生み出しているかのようだった。

 

唸る間にも、翼人の一人が捕まり叩きつけられる。その下からまた人形が現れ、戦場を埋め尽くしていく。

 

「……っ、終わりがねぇのかよ!」

 

倒しても倒しても次が湧く。勝ちの感触は次第に霧散していく。

 

それでも彼らは退かない。

 

鉄槌が唸り、土塊を砕く。しかし、その背後でまた絶望が無音で立ち上がる。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

帝都ルプガナ第四頂点

オルバルト・ダンクルケンは姿を表していない。

 

目の前の先走った若造たちは、それこそ若者をぶつければ十分だ。

 

帝都の頂点を覆う静寂は、一瞬にして血に濡れた。

 

「じじいにこんな大戦(おおいくさ)の一角を任せるとか実際、敬老の精神足りてなくね?」

 

音なき疾走、影の跳躍。直後に起こるのは殺戮だ。

シノビたちは光の直撃を避けるために最低限の動きで相手の攻撃を躱し、殺意を優先させた。影の手が伸び、鎧の隙間に短剣が突き立てられる。

 

光人たちもまた、その光を敵へと殺到させ。ある者は地面を打ち鳴らして衝撃波を発し、包囲を断ち切る。

 

だが、静寂の暗殺者たちは次の手を止めなかった。

そのまま、血の軌跡を描くように光人の中心へと突撃する。

 

いよいよ、趨勢が決すると思ったその時に、雑兵の一人が無骨な青龍刀でそのクナイを弾いた。

シノビの中でも高位の実力者である男をそのままに切り伏せて、そのまま足元に向けて指を刺す。

 

「ドーナぁ!!!」

 

足元への突然の魔法に周囲は困惑するが、一人だけは感心していた。

 

「おいおいおい。里の上役殺しながら、ワシの隠形見破るとかあり得なくね?やっぱデカく戻したのは失敗だったわこれ」

 

地面からぬるりとそこに現れたのは『悪辣翁』だ。

ため息をつきながら、相手の力量が測れないという困惑を覆い隠している。

 

「悪いな爺さん。付き合ってくれよ。ていうか爺さん相手なら俺も若造扱いだから新鮮だわ。まぁなんていうかよ……」

 

この会話の最中にもこの爺は4回も隙をみたら殺しにきた。本当に油断ならない。

シノビってやつに慣れてなければ桁違いに死んでいただろう。

 

しかし、その全てを少し体勢を変えるだけで、先を挫いて動かせない。

その様子に、警戒度がさらに上がることを肌で感じる。

 

「星が悪かったのさ」

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

帝都ルプガナ第五頂点

ここを預かる二将カフマ・イルルクスは一切の油断をしていない。

 

「――残念だが、貴公らでは力不足だ! ここより先へは決してゆかせん!!」

 

戦場に張り巡らされた紫の茨は、もはや植物の域を超えていた。それは意思を持つ獣のようにうねり、敵を誘い込み、獲物が来たと見るや否や牙のような棘を剥いた。

 

人馬人たちは怯まない。鉄の槍を掲げ、踏み鳴らす蹄で大地を揺らしながら突進を続けた。先頭の者が茨に突っ込む。棘が腕を裂き、腿を貫く。だが、その痛みに唸りながらも、彼は咆哮と共に茨を引きちぎり、剣を振るって進もうとする。

 

だが、その瞬間、茨が生き物のように反応した。切断された茎の断面から新たな蔓が伸び、まるで傷口を修復するかのように急速に繁茂する。さらには敵兵の脚を狙い、絡みついたまま締め上げた。肉が裂け、骨が砕け、地鳴りと共に巨躯が倒れる。

 

数の利を信じて突進してきた人馬人の隊は、まるで底なしの沼に呑まれるように、ひとつ、またひとつと沈んでいった。

 

茨に飲み込まれた兵の絶叫が次第に数を減らしていく。その代わりに聞こえてきたのは、蔓が血を啜る音。

 

「閣下の、その手腕がもたらした安寧を容易く踏み躙る叛徒たちめ」

 

彼の周囲で蠢く茨は飽き足らずに蠢き、さらなる敵を求めるように地を打っていた。城壁の下、帝都ルプガナの一角は、茨と血と骨の海へと変貌していた。

 

「貴公らのようなものを、皇帝閣下の前へゆかせるわけにはいかない」

 

いまだ帝都へと向かうものたちを血の沼に沈めようとした時に、それは響いた。

 

「そこまでよ」

 

 

あまりに場違いな銀鈴のような声が、戦場へと溶け込んでいく。

 

けれどその美しい声よりも、空中からの奇襲の方が早かった。

 

氷の細かい礫が殺到し、雨のように降り注ぐ。

 

切実な悲しみと制止。それらが込められた紫紺の瞳。

空中からの広範囲に渡る不意打ちが、カフマの動きを止める。

 

きっとエミリアを知る人ならば、もっと混乱しただろう。

彼女が不意を打って対話もなしに仕掛けるなどあり得ないと。

 

『氷結の魔女』が血に塗れた決戦へと、覚悟を決めて現れた。

 

友人に教えてもらった氷の翼で滑空する。

友人に教えてもらった奇襲で先手を取る。

 

絶対に奇襲をする前に声を出さないと約束したのだ。

一つでも命を救うため、エミリアも最善を尽くしていた。

 

 

涙が止まらなくたって構わない。

エミリアはスバルの分も、ケイの分も、クルシュの分も。

みんなの分も出来るだけ、がんばると決めたのだから。

 

 

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