どこだ。ここ。
ゴワゴワとした硬いベッドで目が覚める。
周囲を見れば高級な西洋風の屋敷。そのような一部屋だ。
窓から差し込む夕焼けが時間の経過を教えてくれる。
体の調子を確かめる。傷はないけれど疲労感は残っている。きっとリセットしていない。
「あ、起きた。きみ寝不足?よく寝てたねー。フェリちゃんいい加減どっか行っちゃうとこだったよ」
近くの机で作業をしていた少女が話しかけてくるが、あまり話が入ってこない。
先ほど道でも完全に異形の人型が闊歩していたが、彼女は頭に猫のような耳と恐らく尾骶骨のあたりから尻尾が生えているようだ。
獣のような耳にどうしても注目してしまう。どんな骨格だろうか。
「にゃあ〜によ。亜人なんかに治療されてって感じ?治療の恩を仇で返してくるなんて、珍しくもないけどさ」
慣れたものだと言いながら、しっかりと不快感を向けてくるがどうやら治療をしてくれたらしい。
そこで気づいた。
あの傷を?跡形もなく?おそらくだが短時間でやれるとは思えない。疑問が溢れる。
そして何より、亜人という単語は無視できない。どういう意味だ?
「え、あなた亜人なんですか?」
「はぁ?白々しい。フェリちゃんの耳をじ〜と見てたのはそっちでしょ。誰でもわかることわざわざ聞くなんてやな感じ〜」
亜人と言われて怒り出した。なんだこれ。いやこの場合は言葉の定義が違うのだろう。誤解は解くべきだ。
「いや、ちょっと待ってください。確認させてください。亜人とは言いましたけど、勘違いがあるかもしれないです。例えば、あなたは死んでも蘇ったりしないんですか?そういう意味で聞いているんですけど」
瞬間。単純に嫌いな相手に向けた視線だったものが、明確に鋭い敵意に変わった。
「お前、それをどこで知った?」
腰の短剣を抜き突きつけて凄んでくる。いよいよわからない。
おいおい、亜人で死なないのは事実だけど。死なないことは秘密だったのか。意味がわからない。
というか食い違っているにしては会話が変に成立しててまずい。
ナイフがしっかり近づいてくる。そうだ。治せるのなら傷を付けるハードルも低いのだ。それは身をもって知っていたはずの辛い記憶。
「フェリックス!!」
いつの間に部屋の扉が開いていたのかドア前にいた老執事が一喝して、場が停滞した。
そこからさらにもう一人。堂々とした姿で入室してくる。
「フェリス。それは剣聖殿から預かった客人に対しての礼儀ではないぞ。何があった」
緑髪の女性。同年代くらいだろうか。服装を見るに上役らしい。
「クルシュ様!こいつ。きっと密偵か何かです!いきなり秘蹟について探りを入れてくるなんて信じられない。フェリちゃんに向かって死んでも蘇ったりしないか?だなんて適当に出るわけない!」
どうやら自分は特大の地雷を踏み抜いたらしい。秘蹟とやらで蘇るそうだが、だとすれば自分が不死であるとこもそこまで変わったことではない世界なのかもしれない。その点は朗報だろうか。
「ほう。密偵か、良いだろう。当家において守るべき秘匿は少ないが、そこに触れるか。我が全幅の信頼をおく騎士がここまで言うのだ。信じよう」
まずい。今有罪にされなかったか?
「私見を、申し上げてもよろしいでしょうか」
執事が主の許しを得て話し始める。
立ち姿や体格もしっかりとしていて家事に従事するような人には見えない。
老練な傭兵といった雰囲気はどことなく知人を想起させられる。
「この老骨が見るに彼は一般人でしょう。兵士でも剣士でもない。しかしその眼差しは一端の戦士のものです。後ろ暗い光はない。どうか一度、彼の言葉を聞いてはいかがでしょうか」
老執事は主人に伺いを立てる。やはり女性は貴族階級のようであり、下手なことは言えない。
言葉を受けて、女性は再び猫耳に問う。
「フェリス。この者が間者や密偵の類であると、確信があるのだな?」
「え〜と。フェリちゃん的にはめっちゃ怪しいっていうか。不信感満点ではあるんですけど。確信とまでは...」
「そうか。ならばこれは私の早合点であったようだ。我が騎士の非礼は主たる私の失態。どうか許されよ」
頭を下げる女性。貴族に頭を下げさせるのはまずいのではなかろうか。
「ヴィルヘルム。助言に感謝する。だが安心しろ。もとより言葉は聞くつもりではあった。尋問という形で進めようかと思ったが、それはまだ保留としよう。しかし彼は今、私の一の騎士が見過ごせない言葉を口にはしたようだ。この事実は重いぞ」
フェリスと呼ばれた猫耳の少女は変わらずに威嚇をし続けている。
「
なんで呼び捨て?というかなぜ名前を知っているのか。
こんな口頭での確認に何か意味があるのだろうか。怪訝に思いつつも素直に答える。
「いいえ。敵対の意思はありません。どうやら治療までしていただいたようで感謝しています。何が気に障ったのか正直理解できていないのでよければ話し合いませんか?」
目配せで続きを促され、現状を理解している範囲で伝える。
「まず僕は訳もわからず知らない街に一瞬で移動してそこで大怪我を負いました。なぜそうなったのかも把握できていません。そして今起こった誤解ですが、自分の亜人という言葉の定義と彼女の定義がずれていると思います。本当に敵対の意思はありません」
執事と少女が困惑して主の反応を窺っている。それに応え、動揺など一切感じさせない凛とした声が響く。
「何もわからないということを、随分と冷静に伝えるものだ。卿は興味深いな」
「そして卿への非礼を詫びよう。どうやらこちらが勘違いをしているようだ。しかしなぜそうなったのか。話し合う必要があるようだな。場所を移そう」
「え、でもでも。クルシュ様。こいつの怪しさったらすんごいですよぉ。ぱっと見マナも感じないし、でも貴族育ちではありそうってだけで変。服装も見たことないし黒髪黒目なんて王国じゃ見ない、それこそ、帝国くらいでしか…」
「フェリス。そこまでだ。彼は剣聖から預かった客人としてもてなす。それも当家が非礼を詫びる形でだ。これ以上の非礼を重ねることは当主である私が許さない。わかったな」
「うう。ごめんなさい。でもそんなクルシュ様も素敵。フェリちゃんは当然従っちゃいまーす」
耳がぺたりと伏せたと思えば、ぴょこぴょこと跳ね始める。
「許す。それでこそ私の一の騎士だ。後ほど非礼の分も対応に励むように」
殺意は隠れ、明るく振る舞う少女に戻ることにしたようだ。トホホと分かりやすくリアクションし、先ほどまでの緊張感は無くなっている。客用の寝室から移動を促される。
しかしなぜ今の発言一つで信じられる流れになっているのかわからない。
あれだけ敵愾心剥き出しだったフェリスも言葉では抵抗しつつも納得しているようで警戒を解いている。何が起こっているのだろうか。
疑問はあれど、自身が不利になるような問いかけはやめて、純粋な疑問を口にだす。
「ところでなんで僕の名前をご存知なのでしょうか?」
「…?
最初から最後まで無数のすれ違い。掛け違い。
これがクルシュ・カルステンと永井圭の出会いだった。
【亜人について】人間族以外の二足歩行型知的生物を指す呼称。耳が長く長命なエルフ、巨体の巨人族。他の動物の特性を持つ種族など多岐に渡るがそれぞれの種族の数は多くない。400年前の大災害から迫害を受けており、50年前のルグニカ王国では亜人戦争という内戦が起こりその確執は未だ根深い。