亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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【FILE:201】鳴動する大地

この史上最大規模の反乱軍において実質的な二番手であり、誰よりも重宝されている二将。

 

ズィクルという腹心は絶対に使い捨てにはされないだろうと誰もが思っていた。

 

故に人は騙される。ここならば戦い切れるだろうと勝ち馬に乗った結果は無惨なものだった。

 

剣狼の掟に忠実であるほどに激戦と戦功に群がるのだ。帝国民を体現したものたちが一息に消えてしまった。

 

そこに空いた空白を自ら埋めるものは流石にいなかったが、そこをアベルは満を持して進んでいく。

 

各頂点の状況を把握し、今が好機であると判断してのことだった。

 

その進軍に石塊の人形が立ち塞がるがもはや多勢に無勢。

シュドラクの剛弓による援護に加えて、温存していたルグニカの魔法攻撃まで放たれれば趨勢は決した。

 

遠距離攻撃に乏しくその対応にも不慣れな帝国兵たちは蹴散らされていく。

 

モグロ・ハガネそのものが城壁として立ちはだかれば、ものの数ではなかっただろう。

しかし今はそれもできない。

 

現在、かの巨人は一体どこにいるのか。

それは帝都の一方向を占める広大な貯水池。そこで空前の大乱闘を行っている。

 

相手は『雲龍』メゾレイア。その体に意識を移したマデリンである。

互いに人間相手では過剰なその力を存分にぶつけ合い、まるで大津波かと思うほどの波紋を広げている。

 

徐々に帝都にも浸水がされているが、堰を壊すようなことはお互いにしないよう立ち回っている。

 

理性的な怪獣同士の肉弾戦が繰り広げられているのだった。

 

 

最大の戦力たるアラキアは、プリシラとヨルナによって抑えられている。純粋な戦闘力なら不足があるだろうが、あれにはプリシラを決して殺せない。

 

オルバルト・ダンクルケンを止める策は特にないと聞き、そこは捨てたのかと思えばあのプリシラの道化と呼ばれた男が善戦しているという。この中では最も異様な報告である。これは確実に何かある、この戦いをおさめた時には確実に警戒をするよう伝えなければならない。

 

ガーフィールとロズワールと呼ばれた二人はグルービー・ガムレットと精鋭を抑えることに成功するどころか。一方的に数を削っているらしい。これも予想外だった。ルグニカにあれほど白兵で戦い続けられる戦士がいたとは事前の調査では判明していなかった。

 

しかしこれも、今の状況では好材料として数えることができる。

 

『氷結の魔女』が即座に開けた突破口、というより戦場とは思えないほど丁寧な大階段からも軍団が流れ込み、帝都の防衛線は崩壊している。

 

玉座に座るものが本気で抵抗するならばこう崩れていないのだろうが、現実としてはこうなっている。

 

やつは、自分を誘っている。ここまで来いと呼んでいる。

 

 

いよいよ水晶宮の目前まで侵入を果たすと、それがいつの間にか現れた。

いつもそうだ。これはどこにでも入り込む。決して死なない。なぜか阻めない。

 

『星詠み』を名乗る異常者たち。その生き様を体現する最たる男が、軽薄に笑って手招きしていた。

 

 

 

 

帝都を包囲し、この帝国の在り方を取り戻さんとする反乱軍――その全員が目的地と定め、辿り着くために命を燃やす水晶宮。

 

その城内の最も高く、最も威光の強く現れる玉座の間。

 

若く聡明で、研ぎ澄まされた刃のような冷酷な美しさを備えた皇帝は、自らの喉元へと剣を向ける輩が大挙して押し寄せても、その顔色一つ変えようとしない。

 

「存外、感慨も湧かぬものだな。――追われた玉座を、こうして下から仰いでも」

 

そこへ声をかけるのは、かつてそこに座っていた男だった。

一度は離れるしかなかった玉座へと帰還した、正当なる皇帝が偽物へと対峙した。

 

鬼面を被ってはいるが、ここにいる相手にその効果は及ばない。

顔を隠さぬ皇帝は、何も語らずただ立ち上がる。

 

「――『太陽』の面」

 

プリスカ・ベネディクト。

当時、その名前で呼ばれ、今や隣国のルグニカで王選候補者の一人に名を連ねる、ヴィンセント・ヴォラキアの最大の弱点の『面』を被り、チシャが笑う。

 

そのありえぬ邂逅に息を呑んだヴィンセントへと、床を蹴ってチシャは飛んだ。軽やかに舞うように、チシャは硬直するヴィンセントの顔に手を伸ばし、そして鬼面を奪い取る―、

 

「――『賢帝』の面」

 

素早く、『能』を以てヴィンセントの新たな『面』を形作り、被ったばかりのプリスカの『面』を脱ぎ捨て、それを被る。

 

奪った鬼面を再び顔に押し付けて、それで瞬時に皇帝の素顔を隠したのだ。

 

「貴様――」

 

 

と、手や足よりも速く動いた唇が、眼前の黒瞳を睨んで音を漏らした。

その、奪われた鬼面を被せられたアベルの言葉に、目の前の偽の皇帝――否、チシャ・ゴールドが、自分のものではない顔で唇を歪める。

 

それがひどく退廃的な笑みだと、自分の顔で認めてアベルは目を見開いた。

刹那――、

 

「――――」

 

 

 

――玉座の間の壁を穿って飛び込んだ白光が、帝国の頂点たるヴィンセント・ヴォラキアの胸をその背後から貫いていた。

 

 

 

 

ついに到達した玉座の間で、男は立ち尽くす。

 

それは機を見るための意図した停滞ではなく、思わず生まれてしまった硬直だ。

目の前で自らを撃ち抜かれ、その意味を脳が理解するのを拒んでいる。

 

加速する思考は、刹那のうちに全てに思いを馳せていた。

 

 

玉座を追われたヴィンセント・ヴォラキアはアベルを名乗り、東の大森林で『シュドラクの民』と『王選候補の参謀』の協力を得ると、自ら反乱の先頭に立って帝国を乱した。

 

チシャの行動も思惑も、無駄だと分からせる。全てを奪い返すための手を打った。

 

はっきり言ってルグニカの介入とその規模は当初の想定にはなかったが、概ねバドハイムでの密談の宣言通りではある。王国の戦力を引き連れて、帝国中に反乱の火種を撒くというのは上手くいかないと思っていたが、あれは十分以上にやり切った。

 

 

『星詠み』が告げた避けようのない運命――それは、アベルがヴォラキア皇子としての自覚を持った頃から受け入れていた宿命だった。

 

その“とき”が来れば、皇帝は命を落とし、帝国を滅ぼす『大災』が始まる。天命はそう定められていた。

 

ヴィンセント・アベルクスは、その結末に抗うべくすべてを懸けた。皇位を奪取し、ヴィンセント・ヴォラキアとして帝国を生き永らえさせる。それこそが、彼の人生の目的だった。

 

誰もが信じる『九神将』を復活させ、その頂点に最強の存在を据えたのも、暴力の奔流に秩序を持たせ、帝国の歪んだ在り方を是正しようとしたのも。ケイと名乗る参謀の狂気の策に合意したのも。

 

すべては、自らが去ったあともヴォラキアという国を存続させるため。

 

それが、アベルの描いた計画のすべてだった。

 

 

 

「……なぜだ」

 

答えのない問いが、思わず唇から漏れる。

 

その答えをくれるはずだった者は、もういない。それでも、無駄を嫌うはずの自分が、言葉をこぼしてしまう。

 

「なぜ……」

 

呟きと共に、理解できない現実が血に染まっていく。返答のないまま重なる沈黙は、アベルにとって最大の不条理で――

 

 

 

「――そりゃあ、下策ってもんでやしょうよ」

 

続けざまに放たれた二発目の白い光が、立ち尽くすアベルを真っ直ぐ貫こうと迫る。

 

 

 

実際の光よりは遅いだろうがそれでも音を超えるその白光は脅威である。死をもたらす一撃は矢よりも遥かに速くアベルを狙った。

 

 

アベルが光に貫かれ、正面から心臓を破壊される寸前にそれは来た。

 

轟音と激震が玉座の間を――否、水晶宮全体を激しく揺るがし、凄まじい衝撃に堅牢な壁が破壊される。その衝撃の原因は壁を壊してもなお止まらず、棒立ちのアベルと、そこへ飛び込む白い光の間に割って入った。

水の弾けるような音がして、白い光がその妨害に砕かれる。そして、間一髪のところでアベルの命を救ったのは――、

 

「―モグロ・ハガネか!龍はどうした?」

 

「玉座の男、守れ。閣下、私に命令。龍は消えた」

 

アベルの眼前、突如出現した壁のようなそれは、玉座の間にねじ込んできたモグロ・ハガネの右腕だった。

水晶宮という『ミーティア』そのものであるモグロは、帝都ルプガナの城壁を自分の体として取り込み、戦場で『雲龍』と激戦を繰り広げていたはずだ。

だが――、

 

「チシャか……っ」

 

先のモグロの発言は、彼が指示を受けてアベルを守ったことの証だ。

自分が射抜かれた直後、アベルもまた命を狙われると、そう読んで守りを置いていた。

 

「――っ、モグロ・ハガネ!俺を外へ出せ!」

 

「お前、誰。私、閣下、優先、遺体でも――」

 

「不要だ!死者に構うな!」

 

遺骸に手を伸ばそうとしたモグロを、アベルが一喝。続けて彼はモグロの巨大な右手に飛びつき、その指へしがみつく。モグロは腕を引き抜き、アベルは風を巻き上げる空へと放たれた。

 

城壁と融合したモグロは、自身の操りやすい形状へと構造を変え、今や全高五十メートルを超える巨人となっていた。その腕に立つアベルの位置もまた、天空に近い。

 

帝都では依然として戦いが続いている。だがすでに目的を見失い、次に備えるべき者たちまでもが、戦場に命を捨てている。

 

「――っ」

 

思考が揺らぎ、アベルはしがみつく腕に力を込めた。過去に囚われる余裕はない。すでに言葉にしたとおりだ――今ここで死ねば、何の意味もない。

 

せめて、その死が何を遺すか、それを見届けなければ。

 

 

死なない。死んでは、いけない。

 

今だ執拗にこの命を狙うのは、空中からの魔法による狙撃だ。

飛竜による用兵が体系化されている帝国においてもこの戦法を取るものは歴史的にもたった一人。

 

まさしく、『極限飛行』とでもいうべきその技量は、帝国最強の飛竜乗りの独壇場。

 

鬼面を被ったその黒瞳の視界を通り過ぎる飛竜乗り――その灰褐色の髪と、色を失った顔貌に走った罅割れ、そして闇夜のように黒い眼に浮かんだ金色の光。

 

あまりにも、見違えた姿だが、それでも見間違うことはない。

 

「――バルロイ・テメグリフ!何故、貴様が生きている!」

 

「話しやせんよ、鬼面の御方」

 

 

回転し、バルロイを噛み砕くはずだったモグロの左腕が、その威力を発揮する直前で横槍を喰らい、人間でいうところの二の腕部分で砕かれ飛んでいく。

 

大気を鳴動させる低い声を上げながら、猛然と横合いに衝撃がぶつかる。

 

『お前!竜の良人から離れろっちゃぁぁぁ――っ!!』

 

吠える龍が全身を暴れさせ、衝撃にモグロの巨体が大きく揺らぐ。その一撃ごとに城壁がひび割れ、砕かれた部位が帝都に落ちる。

 

「――――」

 

龍の暴威に晒されるモグロ、その体が破壊される轟音に紛れてアベルの耳に届いたのは、はるか離れた場所で発生した世界が割れるような破砕音だ。

見れば、水晶宮の背後――帝都全体の水源となっている貯水池、山岳からの湧水を利用したそれの防壁に、先ほど千切れたモグロの左腕が突き刺さっていた。

 

つい先ほどまでは、どれだけ全力で殺し合っていようと互いに踏み越えない判断をしていたはずの被害が起きてしまう。

 

一拍を置いて、腕の突き刺さった地点から亀裂が広がり、貯水池の水がひび割れから染み出して流れ始める。それは徐々に勢いを増し、やがては防壁全体を崩して濁流となって帝都へ流れ込むだろう。

 

「マデリン・エッシャルト。再び翻意したか?」

 

何度も立つ瀬を変える『飛竜将』それについて思案する時間はない。次の瞬間、アベルの体を浮遊感が襲った。

 

自由落下の勢いに呑まれ、アベルの体が中空で反転する。

 

落下の刹那。最善のために考えようとした頭脳が再び停止する。

死者に構うなと言った自分が、死者のことを考えて再び思考を停止した。

 

それに歯噛みをして、地面に叩きつけられるはずが。そうはならない。

 

見知らぬ帝国兵に空中で捕まれ別の方向へ送り出される。そして複数人が待ち構える場所へと落下し。何人もの人間が折り重なってヴィンセントの命を救う。

しかし下敷きになった彼らの一部は確かに死んでいた。空中で送り出した帝国兵も誰かに投げてもらったのだろう。そのままに落ちて死んだ。

 

しかし囲む彼らどころか死んだものたちも、死の瞬間まで何一つ気にした様子はない。

 

「――さーあ、きましたよ、天命の時が!」

 

「――――」

 

「閣下か、それとも閣下か。いずれにせよ、『大災』がやってきます。ぼくと一緒に、『大災』に抗おうじゃあーりませんか!」

 

壊れゆく街を背に、モグロと『雲龍』の激突を背景にしながら、場違いな明るさで両腕を広げるウビルク。その姿は、天命の実現を喜び祝福しているようだった。

 

『星詠み』の自らにもたらされた天命の、確かな実現の瞬間を祝福して。

 

 

地上へと無事降りたヴィンセントは、下敷きとなった人。いや、『星詠み』へと目をやり。

 

そしてそれを即座に外し、ウビルクへと問いただす。

これらは貴様らの手勢で差金かと。いや、それはどうでもいい。

 

なぜチシャへと協力をしたのか。それを強く問う。

 

「どちらでもよかったというのは本心ですが……閣下の方が、確率が高いと思いました」

 

 

いけしゃあしゃあと言って笑い、ウビルクが水晶宮を指差した手を下ろし、そのままの動きでアベルへとその指を向ける。

 

「ぼかぁ、天命の成就を最優先します。ぼくの目的は『大災』が起こり、それがもたらす滅びを食い止めるこーと。――優先順位はブレてません」

 

思わず陽剣を引き抜いて灰にしたくなる。その瞬間、雷かと思うほどの轟音が近くで起きた。

何一つとして、自らの思い通りにならない現実にヴィンセントはただただ対応していくだけになっている。

 

周辺の壁が吹き飛び、そこから人影が覗く。

 

「うわぁ!?近付いてみればみるほど摩訶不思議!追いかけて走ってきてみれば御伽話の大戦争じゃないですか!」

 

「――――」

 

履いたゾーリの足裏を滑らせながら、手で庇を作って空を仰いでいるのは、呼ばれてもいないのにやってきた青い髪にワソーの少年――そのけたたましい態度と言動、何よりも見知った姿を縮めただけの姿かたちに、目を見開く。

 

「セシルス・セグムント――!?」

 

「あれ?今僕のこと呼びました?いやぁ、そんな疾風迅雷で僕の名前が広まるぐらいのことをしでかしましたか。照れますねえ…」

 

無邪気に振り返ったその姿は、間違いなく壱のセシルス――ただし幼くなった姿だった。

 

「ちびっちぇえのに足速すぎじゃろ、お前さん。ワシがこんだけ突き放されるなんて、本気で体の衰えを感じちまうんじゃぜ」

 

直後、シノビの長・オルバルトが現れる。彼が防衛の任を一時放棄してでも戻ってきた理由は一つ。この最強を見かけたからだろう。

 

「あれれ、振り切ったと思ったのに振り切れませんでしたか。すごいですね、ご老人!その歳でまだ舞台の役名が欲しいだなんて見上げたお気持ちです!天晴れ!」

 

「やかましいわい。その分じゃと、コロッとあれこれ忘れてやがるじゃろ、お前さん」

 

「コロッと忘れた?はて、何を言われているのかさっぱりわからんちんですが」

 

「ワシがやってねえのにセシが小せえのは、チェシの野郎がやりよったんじゃろ。ワシは人の技は盗んでも、人に盗まれんのは嫌いなんじゃぜ」

 

「あはははは、すごい身勝手な言い分ですね!でも嫌いじゃないです、むしろ好き」

 

軽口を叩き合う二人。帝都の状況はそんな歓談を許さない。

 

「――聞け!これより『大災』がくる!以降、俺の指示に従え!」

 

アベルが瓦礫の上に立ち、声を張り上げる。その一喝に、散り散りだった視線が一つに集まる。

 

『九神将』の面々もその声に注目し、ふと胸中に浮かぶ疑念――この男は、何者だ?

 

その問いに応えるように、アベルはそっと仮面へと手を伸ばし、頬を掴む。

そして――最期にチシャが被せたその鬼面を剥ぎ、己の素顔を晒した。

 

 

「俺は貴様らの皇帝、ヴィンセント・ヴォラキア。――帝国の剣狼、その最後の一頭だ」

 

 

 

 

その宣言をもって帝国がようやくあるべき姿になった後、戦場にたどり着いた異物がいた。

 

眼下に広がるのは、最悪の戦場とそれを上書きする混沌。

 

死が帝都に充満している。

それだけではなく死者が生者を引っ張り込むように、死へと誘っているではないか。

 

たった今到着し、ようやく帝都を眺めることができたナツキ・スバルは何を思うか。

 

今のスバルの気持ちは仲間のみんなに筒抜けだから強がることに意味はない。

スバルは思わず歯を食いしばり。それでもどうにか笑った。その表情をみんなに見せつけるように。小さくなっても背伸びをやめない。それが俺だ。

 

スバルはこの混沌を見て、無力感や後悔を感じながらも強がって笑った。

 

「運命様、上等だ」

 

なぜならナツキ・スバルはヴォラキア帝国をこれから救う。

傲慢にもそう決めていたのだから。

 

 

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