陽魔法はハズレの属性であるとされる。
能力を強化するという文字だけ見れば強力でありそうな力であるのに、最も不要とされているのには理由がある。
たとえば、陽魔法で身体能力を強化された者が戦場で活躍できたかといえば、大半は何もできずに倒れた。
理由は明快で、強化された肉体を制御しきれず、自分の体とは思えぬ違和感に足を取られ、能力を発揮できなかったからだ。
陽魔法を受けた者は、元の自分を捨て、性能だけ高まった新たな身体で戦うことになる。その結果、多くが強化された体を扱いきれないまま敗れる。
さらに問題なのは、魔法の効果が使用者の技量や体調に左右されるという点だ。
ある日うまく馴染めても、翌日同じ魔法使いが同じように強化を施せる保証はない。
むしろ、安定どころか普段の実力すら出せなくなる恐れすらある。――それが、陽魔法が忌避される理由なのだ。
しかしスバルはそんな疎まれる理由のどれも知らない。全く別の理由でこの魔法を警戒している。
「この雰囲気ってかバフの感じは、正直トラウマすぎる。マジで震える」
『ヘリオ』『ヘリオスフィア』
かつてプレアデス監視塔で見せつけられた異常者の強化魔法。一万人の相互の陽魔法の重ねがけ。
あれと似て非なる現象が起きているということは理解できていた。
居並んだ集団は様々――それは誇張なく、様々な種族が混ざっている。
このプレアデス戦団はこれまでの慣習と常識を振り切って、切り札足り得る結果を叩き出す。
同じ志に集い、とある権能によって反則を押し通す。仲間たちを率いて、黒髪の少年――ナツキ・スバルが叫ぶ。
「――俺たちは、最強っ!!」
「「「最強!最強!!最強――ッ!!」」」
雄叫びが一斉に響き、戦場を覆うように闘気が燃え上がる。
「――俺たちは、無敵っ!!」
「「「無敵!無敵!!無敵――ッ!!」」」
スバルに続く者たちが声を揃え、地を踏み鳴らし大地を震わせる。その振動が連鎖し、全体の士気が高まっていく。
胸の内が熱い。
熱が体中を駆け巡り、頼もしさが溢れる。それを、喉の奥から勢いよく吐き出すように――、
「――運命様ぁぁぁ!!」
「「「上等!上等!!上等――ッ!!」」」
視線は一斉に、丘の下に広がる戦場へと向いた。
「――いくぞ」
だが、もしこんなことができたなら?
何百、何千の人々に同一の強化を施せて、しかも誰一人として能力の変化に適応し損ねない。そして陽魔法を使う者もたった一人。
そんな都合の良い話、夢物語に過ぎない――ヴィンセント・ヴォラキアなら鼻で笑うだろう。
だが今、夢のような奇跡のような条件が整った。
――スバル個人にかけられた陽属性の強化魔法を、『コル・レオニス』の力で、共に戦う全員へと拡張する。
それは強欲の魔女が『魔装励起』と呼んだ現象だった。
本来、傷を、負担を分け合うことを目的とした『小さな王』の力を悪用し、王一人では扱い切れない力を、王を支える仲間たちと一緒に使う。
ここまで短期間のうちに連続する『魔装励起』しかも大規模なそれが実戦で運用されるというのは、エキドナなら鼻血を流して興奮するような奇跡の連続だ。
故に、プレアデス戦団は止まらない――、
「――愛してるぜ、みんな!!」
ナツキ・スバルと共に往く、数千人の『非戦闘員』を無双の軍勢へと作り変え、混沌と化した帝都の戦場をことごとく蹂躙し始めるのだ。
「シュバルツ!水源から水が漏れてやがる!あれが決壊したらえらいことになるぞ!」
「おいおい、宮殿の方で巨人が龍とやり合ってる!なんだありゃ!」
「ていうか、おかしいぞ!体が砕けても治って向かってくる奴がいる」
その全てが一大事であるが、何よりの異常がその妙な兵士たちだった。帝国軍も反乱軍も関係なく彼らは理性を感じさせない様子で襲いかかってくる。
その異様な敵の報告が進むほどに、時間が経つごとに増えていく。
戦場全体から最初よりも嫌な感じがして悪寒が止まらない。それは全員が感じているものであり、共有されて確かなものとして共鳴する。
「これ、どうなってやがるんだ。まるで…」
あれだ、あれ。なんと言ったか。そんな映画も多かったはずなのに言葉が出てこない。
考えていた言葉が出るまでにラグがある。幼児化した影響なのかスバルの記憶は混濁していた。
そう。ナツキ・スバルはまたしても記憶に問題を抱えていた。
『ゾンビ、やね?疑いっぱなしのナツキくんと一緒になったウチがいてよかったわ。ナツキ君の物忘れの頻度って異常やもんね。何回手戻りするん?』
その混濁の中、確かな道標というか自我を保った秘訣は自身の中に刻まれた記憶たちだった。
スバル自身の記憶が曖昧になっても彼らの記憶は鮮明だった。スバル自身の『死者の書』による記憶もまたアナスタシアと混ざり合ったものは無事だった。
なぜこのような状態になっているのかわからないが、結論として現在のスバルは幼い頃の精神性に記憶を複数持つという不思議な状態で落ち着いている。
何が変わったのかといえば、単純に精神が強くなっている。
それは具体的に言えば、何を指すのか。
それは彼の奥歯のさらに奥にひっそりと仕込んだ薬包が答えだ。
ナツキ・スバルは幼児化することで。自殺をリセットの手段として運用することができていた。
子供らしい無鉄砲さ、全能感。そういったポジティブな精神が根底で支え、自殺の恐怖も毒薬による苦しみも全てを受け入れることができている。
剣奴孤島を出るために、出てからも。仲間が死んだ時には即座に自殺を行なってそれを回避し続けている。
『これが無敵であるなどとは思っているわけではあるまいね?友人として杞憂とは思えないな』
最優の忠告は耳に痛く、そして反発したくなるが。それは正しい。
けれどスバルはできるならやる。そう決めていたのだ。
思考を戻す。そうだ。『ゾンビ』だ。
これは明らかにおかしい。内戦以上の何かが起きているとしか思えなかった。
「生きてる奴は絶対殺すな!!死んだら多分ゾンビになる!!ゾンビは縛って放置するぞ!!」
何が何だかわからないが『ゾンビ』がどんどん増えるこの現状は明らかに異常であると理解できる。
「ケイの手紙が確かなら、ここにみんなが来てるかもしれねぇ。みんなと合流したいけど、ベア子の位置もわからねぇんだよな。できるだけ目立って多めに人を救っておくしかねぇ!」
『帝都はもうしまいやね。今生きてるだけ助けて、とっとと撤退や。ほんまに来てるとして、途中エミリアさん、ベアトリスちゃんあたりを見つけられれば儲けもんやけど』
そんな声に、スバルは合意しない。
「洪水が本格的に止まらないなら、俺たちのせいっていうかアベルのせいで集められた。帝国中の黒髪の子供がいるはずだ。それは、助けなきゃならねぇ!」
帝国兵たちと反乱軍の状況は混沌と言っていい。
戦い続けるもの、逃げるもの。ゾンビとなって襲いかかるものに分かれている。
誰も残った市民や人質になっている子供を気にかけている余裕などあるはずもない。
ナツキ・スバルは命を決して諦めない。自分の命を犠牲にしても、可能な限りを拾ってみせる。
プレアデス戦団は帝都を直進し、あらゆる障害を吹き飛ばし命を守りながら進み続ける。
その奇跡的な進軍は、膨大なナツキ・スバルの死だけが代償であり誰もそれに気づけない。
進むごとに士気が高まりさらに理外の力を発揮していく戦団たち。
一切の死を否定する奇跡の道程は、見えない死で舗装されていた。
「ケイも、来てるのか?」
ただ一人、この光景を見てその意味を悟ってしまう友人のことを考える。
スバルはケイの安否を心配しかけて、それはいらないだろうと微笑した。
ケイならば、きっと何か深い考えをもって行動をしているだろうから。
死で溢れる帝都においてプレアデス戦団の救出作戦が始まった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ヴィンセント・ヴォラキアが玉座を追われるより遥か前。
平穏そのものの玉座に座る皇帝へ『星詠み』が声をかけた。
『星詠み』のウビルク。彼はその力をヴィンセントが出会ってから数年間で証明し続け。
ついに最も重要な天命について皇帝に告げる。
「――『大災』の訪れが天命より下りました。閣下、残念です」
皇帝の執務室の中央、本来であればここにいるべきでないその男は、まるで心から神妙に感じているとでも言いたげな表情でそれを告げた。
『星詠み』のウビルク、その言葉に同席するチシャは眉を顰める。
これまでにない雰囲気の『星詠み』の態度に違和感を拭えないが、ともあれ――、
「『大災』とまで言うのなら、退けるのもさぞかし苦労がありましょう。幸い、セシルスもアラキア一将も手が空いている……まぁ、あの二人は離して置いておくと危なっかしいので、大抵いつも空いていると言えますが……」
「――滅びです、チシャ一将」
「む?」
セシルスとアラキア、訳ありの『壱』と『弐』の顔を思い浮かべ、物憂げな気分に浸りかけたチシャを、不意の響きが現実に引き戻した。
顰めた眉をより顰め、チシャは今一度、ウビルクに発声の機会を与える。
それを受け、ウビルクは「ですから」と前置きし、
「やってくるのは滅びです、チシャ一将。『大災』とは、ヴォラキア帝国を崩壊させる破滅の一手。陽光の光さえ届かぬ滅亡をもたらすモノ。帝国へもたらされる滅びの『大災』、それはですね」
ウビルクはそこで一度言葉を切った。
それは――、
「――ヴィンセント・ヴォラキア閣下の死、それを合図に始まる天命なのです」
かの予言は実現され、続けて大災はやってきた。
皇帝の死ののち、歩き出す死者たち。
大いなる災いが群れをなして死を冒涜し闊歩する。
皇帝の宣言をもって帝国がようやくあるべき姿になった時、スバルたちが突撃し帝都へ侵入を果たす少し前。
戦場にたどり着いた異物がもう一つあった。
眼下に広がるのは、最悪の戦場とそれを上書きする混沌。
死が帝都に充満している。
それだけではなく生者を引っ張り込むように、死へと誘っている。
たった今到着し、ようやく帝都を眺めることができた永井圭は何を思うか。
ケイは思わず少しだけ笑った。その表情は誰にも見られてなどいない。
この混沌を見て、彼は微笑んだ。
星々だけがその微笑を捉え、まるで糾弾するように瞬いている。
永井圭がこの異世界に来て三日後だったか。
ヴォラキアという国を知ったその瞬間からずっと、こう思っていたのだから。
ケイは神聖ヴォラキア帝国の滅びを、
次回から永井圭のヴォラキア帝国編が始まります。
これからよろしくお願いいたします!
こっからスタートだ!!