転だよ!転!
【FILE:203】神聖ヴォラキア帝国
ナツキ・スバルは剣奴孤島から出発する時、小さくなった身長に対してあまり変わらない頭をひねって考えていた。
神聖ヴォラキア帝国という国に着いて知った時から、考えていたことがある。
この国、やっぱり嫌いだ。
ただムカつくとか、イラッとするとか、そんな単純なことじゃない。
なんていうか、心の奥の方が「ぜったい合わない」って言ってる。全然わかんないし、わかろうとも思えない。
なんでもすぐに暴力で片付けようとする。
話し合いとか説得とかより先に、とにかくぶん殴る。納得させるんじゃなくて、黙らせるために。
理屈よりも力こそ正義、みたいな考えがはびこってて。
逃げた人は、「びびり」「ずるいやつ」「よわっちい」ってだけで、あっさり殺される。
一度それで死んだ身からすれば、「それが文化だ」って言われても納得なんてできない。
聞いた話じゃ、昔よりはちょっとマシになったっていうけどさ。
内乱も減って、決闘も少なくなって、人の命も軽く扱われなくなった……とか?
でも、そんなの本当かよって思う。
この目で見た限り、どう見ても変わってないじゃん。みんなニコニコしながら戦争に突っ込んでくし、自分の命だけじゃなく、他人の命まで雑に扱ってる。
「死んでもいい」「戦って死ねるなら本望」……なんて、こっちからすれば意味不明すぎて、もはやホラーだよ。
信じてる神様もいないスバルには、余計に意味がわかんない。
わけのわからない何かに自分の命を預けて、それで満足するなんて――おかしい。
それが神さまだろうと、忠誠だろうと、国への思いだろうと。
自分で考えるのをやめて、命を投げ出すだけの行動なんて、俺には無理だ。
なんだか胸の奥がザワザワして、変な気持ちになる。
このままずっとここにいたら、もしかして自分も、その“おかしい”に慣れちゃうのかもって。
それが――いちばん、怖いんだ。
『やっぱおかしいわ。自分で気づいとる?』
何がおかしいって?一体どんな文句が…
『やけに感情的。ナツキくんでも流石におかしいわ。ここんとこまだマシやったのに。こういう違和感は、気づかんフリなんて許さへんよ?』
そんなことはない。そんなことは…。いや、あるのか。
自分が絶対に正しいなんて、自分を信じるなんてどうかしていた。
半信半疑を忘れるなんて、それは菜月昴を殺すことと同じだ。
スバルは努めて冷静に考えて、そして気づく。再び自らの疑心に感謝した。
きっとスバルは、自分の理解の外にある価値観が怖いのだろうがそれ以上に、幼児化による影響がスバルを蝕んでいるのだろう。
これは、体に引っ張られた感情的なわがままだ。
『ナツキ君の国も、一昔前はそうだったんやろ?何かを信じるのはいけませんって教育されてるのはわかるけど、これってエミリアさんが嫌がる差別と根っこはおんなじやない?』
脳内で、絶句した。アナスタシアに代弁させたところで本質はスバル自身の考えだ。それを自分で思いついたという事実に言葉が出ない。
けれど、その指摘は正しい。
『アナスタシア様。その辺りで、幼児化も大きいでしょうがスバルを擁護させてもらうとすれば彼には塔のトラウマがあります。殺人はできない。関わることもリスクになる。避けなければいけない死が。ここまで蔓延るこの環境に対しての恐怖と嫌悪もあるのでしょう。あの経験からすれば無理もないこととは思いませんか?』
最優の男が、珍しくスバルを擁護する。
そうだ。帝国という場所でずっと命と向き合わされ続けていた。
密林で。城郭都市で。魔都で。剣奴孤島で。そしてきっと帝都でも。
それを認めてしまったら、視界がまた暗くなるようで怖かった。
自分の価値観が正しいと。それが全てだと思いたかった。
でも、スバルはすでに知ってしまっている。
知恵とは、知見とは。智慧とは一度知ってしまえば戻れない。
彼は自分以外の価値観というものをこの身にいくつも宿している。
だから、この自分のあまりに矮小な恐怖と嫌悪の根元から、目を背けることはできない。
「帝国も、同じ人間が住むただの場所。異世界で前時代なんて、言い訳にもならねぇ。バカか俺は。いや、バカだ俺は」
『ウチらもナツキ君なんやし、自分で気づけるようになったいうんは成長なんやない?』
脳裏で一発。自分を殴った。
現実では両頬を大きく叩いた。
バシンという音。突然の自傷に、横にいたタンザがスバルを心配している。
「シュバルツ様、いい加減に突然の奇行はおやめください」
帝都へと出発する前の脳内会議。タンザに怒られたことまでを思い出し、意識を現実に戻す。
スバルは帝都で再び死を目の前にして、反射的に同じような考えを浮かべたが今度こそはっきり否定した。
死に向かって走る帝国兵を嫌悪することはもうない。ただ今は無理やりにでも救ってやるだけだ。
「シュバルツ様、突然の奇行はおやめくださいと言いましたが、もうお忘れですか?」
またしても突然に両頬から音を立てたスバルにクレームが届いた。
「いんや。めっちゃ覚えてる。ありがとなタンザ。愛してるぜ」
スバルは混沌と化した帝都を走りながら、人の命を救うために動いている。
嫌いだけど、救おう。ではない。
そこに同じ命があるから、きっといつか分かり合えると信じて。喜んで彼らを救いたい。
「それにな、タンザ。これは必要だぜ?ほら、みんなもわかるだろ?俺の気持ちが今ならわかるはずだ。さっきより。よっぽど力が湧いてくると思わねぇか?」
鹿人のタンザは自身の内側に集中する。
するとわかった。
沸々と力が沸いてくる。
先ほどよりも熱くて、柔らかく、それでも硬い。そんな重厚な熱が上っている。
プレアデス戦団が、たまらず咆哮を上げた。
数千の元素人たち。今は非常に強力な戦士たちが、まるでひとつの意志であるかのように声を上げた。喉が裂けるほどに、腹の底から吼える。
音が波となって空を震わせ、石畳を振動させ、城壁に跳ね返った反響がさらに熱を増す。
誰も指示はしていない。誰も命令していない。ただスバルの声と心が、火種になった。
それに共鳴した熱が、鼓膜を破りそうな雄叫びとして空を突き破る。
集まったのは囚人たち。武器も服装もばらばらで、訓練された軍団とは程遠い。
それでも、彼らの目は全て前を見ていた。燃え上がるような決意が、瞳の奥で灯っている。
全てが同じ方向を見ている。
彼らは初めて
スバルの善性までもが伝わる。異なる価値観でもわかり合う。それがこの熱狂の根っこにあるものだ。
「――うおおおおおおおおおおっっ!!」
地が震える。叫びが波紋のように伝播する。
あちこちで棒を掲げる音が重なり、地面を蹴る足音が共鳴し、誰かが地面を鳴らし始めた。
意思がある。統率はない。けれど、魂だけは完全に揃っている。
熱狂は、止まらない。
もう、誰にも――。
次の合図が鳴る前から、彼らは走り出す。
勝利ではなく、誰かを助けその手に掴むために。
神聖ヴォラキア帝国という国について知った時から、考えていたことがある。
この国と隣国は共存し得ない。
なぜそう思うのか、それは別に『青き雷光』が最強なわけでも『九神将』が脅威というわけでもない。
仕組みがその国を危険にしている。
具体的に言えば、『神聖』と『帝国』ヴォラキアを前後から飾るこの二つの言葉が全てだ。
これがあるだけでわかる。
神聖ヴォラキア帝国と友好であり続けることは不可能であり、ルグニカにおいては神龍や剣聖の加護から外れた時に思い知ることになる。
これは決して悲観的なもしもの想定ではない。神聖ヴォラキア帝国が存在するならそうなるのだ。
一体どういうことか。
まずは『神聖』について。
歴史的に「神聖」と冠された国には、神の名のもとに権威が付与されている。多くは平和を教義に含んでいたが、それを正面から守ることは稀だ。
人はいつでも、解釈の隙間を突いて暴力を正当化してしまう。
自分にとって都合の良い合理化を思いつくことにかけてはみんなが天才になれる。
『「水はひび割れを見つける」誰だったかな。ゲームデザイナーの言葉だったと思うけど、いいこと言うよねぇ』
誰よりも早くひび割れを見つける第一人者の言葉は重い。ヒビがなければ自分で割るほどの最悪の存在が笑っている。笑えない。
考えを戻す。
平和を説く信仰のもとでもここまで争い続けてきたのが人間だ。
そしてヴォラキアでは何が信じられているのか。『
神々ではなく、強さをダイレクトに信じている。
これは本当に恐ろしい。
強さを証明するために筋肉を見せ合うことで満足するわけがない。
戦うしかない。戦って勝つしかない。
彼らは信仰のために戦うしかないのだ。
不幸にもヴォラキアに魔獣はほとんどいない。戦う相手は自然と人間になる。
自らを鍛え上げる帝国民は強さという神に、敵の血を捧げたいのだ。
戦力は持っていても戦いを引き起こすわけではない。軍備は必要だという意見は一理ある。
しかし、リスクも存在している。
戦力とはそれ自体が戦争を誘発するものであるからだ。
永遠平和を夢想した誰かも言っていた。戦争を専業で行うものは、自らの価値の証明のために戦いを引き起こす。戦いを歓迎する。
だから青蓮獅子団は魔獣討伐と行商。配達などの兼業で成り立たせている。風魔についても暗殺だけではなく、むしろ諜報などをメインの仕事に据えている。
力というものは暴走をする前提で保持するべきだ。
軍事に偏った国の弊害は現代世界でも未だ脱却の糸口すら見出せない。
つまるところ、強さを信仰するというのは、地球の歴史以上に破滅的な信仰である。
まぁ北欧神話に基づくヴァイキングや、武士道など。あるにはあったが、それらの好戦的な価値観はいずれ消えていく。
力への信仰はいつかは負けるまで続く、長期的に見れば約束された負け戦と言っていいだろう。
次は『帝国』の部分についてだ。
ヴォラキア帝国は文字通り『帝国』であり、しっかりと侵略の準備をしている。
かつてストライド・ヴォラキアを名乗る大罪司教がルグニカにおいて『神龍』の実在を確認したようだが、その結果『神龍』が出張らなければ即座に攻め込んでいただろう。
現在王族は全員が病死した。これはつまり、『神龍』の加護の喪失を意味している。
あらゆる病を治すはずの龍の加護があって、なぜ全員が病没などするのか。
加護が失われたからでしかあり得ない。
今は最強の剣聖が
そしてそれは、ルグニカだけではない。他の国に対しても同じことがいえる。
この10年で帝国は賢帝の元で大いに栄えた。と言われている。
平和主義なんて馬鹿にされている風潮もあり他国は警戒度を下げているらしいが、これは最悪の状況である。実態は真逆だ。
まだ内戦を日々繰り返しているならばよかった。無駄な戦いで戦力と国力を浪費しているならば安心できた。
しかしその争いを止め、裁量が非常に大きい9人の将軍制度を復活させた。
『秦の六将とかが近いんじゃない?戦争する気満々でいいよね』
全く良くない。
戦いを取り上げられた狂信者たちは不満を大いに溜め込んだだろう。
どれほどの熱量だったかは、帝都の惨状を見れば明らかだ。
それが今回、内側に向いたのは運が良かった。
可能な限り戦火を拡大させて、火種と燃料を燃やしておきたかった。
一致団結した集団がまとまりを維持するには、共通の目的か外なる脅威が必要だ。
目的は精強であること。外敵は隣国となる。
そもそも帝国というシステムは常に他国を狙っているのだ。不可侵条約や友好は二正面作戦をしないための方便である。
戦略上有効だからそれをするのだ。
ちなみに当然だがこれは、ルグニカだけの問題ではない。
カララギとヴォラキアの境には連峰が横たわっており、山越えの侵略はできない。
唯一の平地である場所には国境砦が配置され、そこは水門都市プリステラのように『荒地のホーシン』がミーティアを一体化させた砦を配置しているのだ。
美しい水の都とは対照的な印象を与えるが『関門都市ボロス』はプリステラと姉妹の都市である。規模はプリステラより小さいが、要衝を塞ぐには十分な大きさである。
都市の周辺、広大に広がる平野はあるがままでも泥に覆われた自然の要塞だった。
ミーティアによる地の加護がなければ、一歩足を踏み入れただけで脚を取られ沈み、進むことも逃げることもできなくなる。
都市のミーティアは泥を水のように流動させると同時に、一部を固め特定の領域だけを通行可能にしている。もし外敵がここを突破しようとすれば、都市の意志が如く泥が蠢き、津波のような波となって押し寄せ、侵入者を呑み込むことになるのだ。
都市の外壁には長い年月をかけて積み上げた泥が積層しており、外敵が近づけば土石流となって敵を飲み込んで泥の一部にしてしまう。
実際に、帝国の軍勢が飲み込まれたことは幾度もあったらしい。
400年前にボロスが建築されるまで、それがない間はこの平地は『泥血平野』などと呼ばれていた。
帝国が落ち着いたのは、他の大国が帝国への備えを生み出した400年前であり、それが現在の帝国へと続いている。
隣接しているルグニカとカララギは400年前から人知を超えたものに守られ膠着を生み出されている。そして今、龍が空白になっても都合よく歴代最強の剣聖がいる。
本当に都合が良くて助かった。まるで誰かがデザインしたかのような作為に感謝する。
では、北のグステコ聖王国に対してはどうか。
攻めづらいとはいえこれにも明確な回答がいた。あまりにも露骨な存在が。
かの北国を陥落しようと思えばたった一つだけ障害を除けばいい。あとは勝手に崩壊する。
聖王オドグラス。
四大精霊が一つ。北の聖霊と呼ばれるかの存在を排除できればそれだけでグステコは総崩れになるのだ。
帝国で二番目に強い存在の二つ名はなんだったか?
おそらくオドグラスの排除を夢見て生み出されたのが『精霊喰らい』の技術である。
当代の皇帝によって廃されたようだが、その研究は一部の狂信者が個人や一代で築ける類のものではない。
帝国には『石塊』のムスペルがいるが、それ以外の精霊は多くない。その恩恵に預かっている帝国がムスペルを滅ぼす技術など編み出すはずもなく、それは当然に外敵へと向けられている。
かの帝国とは、他国は共存し得ない。
これは歴史的なパターンだ。信仰と仕組みが生み出す必然の未来である。
繰り返すが神聖ヴォラキア帝国が他国と共存できるわけがない。
これが永井圭の結論である。
『百聞は一見にしかず』『メアリーの部屋』
そんな単語を思い出すが、実際に知識で知っていたものを実体験を通して意見が変わっただろうか。
別に実物を見たところで変わらない。これが感想だ。
ルグニカでこの世界について調査をした最初の三日でここまでは知っていた。
まずルグニカを学び、隣国との関係と歴史を学び、そして地政学的な互いの要求を把握する。
その場に一時でも住むなら必要なことである。
現在の皇帝が侵略戦争を起こすとは思わないが関係ない。
今のトップが理性的な人物であるかどうかなど、関係がないのだ。
調べた当初の感想はあまりに他人事だった。
王位を取れてもクルシュ様は苦労するだろう。帝国には関わりたくないなぁ。勝手に滅んでくれればいいのにな。くらいにしか思っていなかった。
まぁ剣聖の力でどうにかすればいい。内戦誘発するのもいいかもなんて以前は悠長に考えていたがケイの心境は大きく変わっている。
カルステン領とそれが属するルグニカ王国の平和を願う者としてこの脅威は決して看過できないものになった。
向こう100年くらい平和そうだからいいやというのは
ケイは誰に言われずともごく自然に責任を自負していた。
自分は平和主義である。積極的に滅ぼしに行きたいとまでは考えていない。
けれど侵略的な外敵が勝手に滅んでくれるなら願ってもない。
非常にありがたいという話である。
スバルは確実に救おうとするだろうから、そこと対立はしてはいけない。
バランスをとりつつ、目的を達成する。
ケイは変わらずに、目的のために動き続ける。
「ルグニカ王国民の撤退を優先して支援します。避難誘導をしますので、空から情報をとってください」
クルシュとギャレクに対話鏡ごしで指示を出し、混沌と化した帝都を眺め考えを整理する。
自分にとって大切なものを決して取りこぼさぬように。いつまでも考え続けていた。
Q なぜ滅びを願うのですか?
A 愛ゆえに
つまりクルシュさんは傾国の美女。QED