亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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【FILE:208】立ち並ぶ歴史

プリシラの惨状を見て思い出したのだろうか。加速する思考はまたあれを思い出す。

 

ケイが囚われ、佐藤に助け出された時。あの時に自分を刻み拷問していた人間を助けに戻ったことがある。

 

あれは、本当にバカだった。

 

あの頃のことはいまだに反省と後悔ばかりだ。

中野に問われ苦し紛れに説明したが、何が利用価値。全部後付けの合理化だ。

 

あれはバカな行為だった。言い訳の余地はない。

 

そしてこれもプリシラに睨まれた通り、愚かな行為でしかない。

一番大切とはいえない相手を助けようとしていて。これだけの状況で、何一つとしてまだ諦めていないのだから。

 

また同じ失敗をしているのだろうか。いや、どうでもいい。

 

フェリスも何も諦めていない。絶望に顔を歪めているわけでもない。

ただひたすらに考えている。

 

ティアはよくわからない。多分何も考えていないだろう。

 

 

何一つ諦めてはいない。しかし、相手は用意周到だった。

打開のための思考が中断される。体内に発生した衝撃がそれを許さない。

 

襲いかかるのは、耐え難い心臓の痛みだった。

体内で何かが蠢くような、胸中を突き刺し続けるような激痛がケイとフェリスを襲った。

 

常人には耐え難い、死んでもおかしくない激痛にさらされる。

 

けれど、彼ら二人は立ち続ける。身動きすら許されない激痛の中でも立ち続ける。

 

 

 

スピンクスは勝ち誇った様子もなく、こちらの状態を淡々と分析し言葉を伝える。

 

「ゴズ・ラルフォン一将は見つけられませんでした。拘禁されていた状況から推察するにあれほどに活動できるとは驚きですが、彼は囮ですね。あまりに目立ちすぎている。要・警戒です」

 

 

「この地下牢獄の入り口付近に接近したのは、グルービー・ガムレット一将。先の戦いでの重傷を負ったはずなのにこちらも健康体。そちらの『青』の仕業ですね。要・参考です」

 

まるで誰かに聞かせるように、ケイたちへと誇示するわけではなく執着する誰か一人にいかに状況が絶望的かを説明する。恨みや怒り、あるべき感情が欠落したその執着の様子があまりに異様であった。

 

フェリスにはさらにその異常性が伝わった。究極的に、魔女は相手を見ていない。

相手に刺激を与えた時の自分を観察しているのだ。あまりにも自分で完結している。

 

あの悪辣な大罪司教のような在り方でもあり、まだ理解できる範疇のそれは、その幼体とでも形容できるだろうか。

 

何か良くないものが育っている。怪物の萌芽の瞬間に立ち会っているような、そんな悪寒が止まらない。

 

「ゴズ・ラルフォン一将には不死の軍勢を。グルービー・ガムレット一将には皇帝を10名ほど向かわせました。あなた方を助ける余裕は決してない。彼らも生き残ることすら至難でしょう。あなたの性格と傾向から言って、カルステン公爵もこの戦場にはいないと予想します。さぁ。あなたはこれからどうやって状況を打開しようとしますか?」

 

ケイならば、ここから逆転の策があるのだろうという信頼を感じる。

同じ陣営の領地の騎士にすら疑われるケイが全幅の信頼を置かれるのが敵というのも不思議な話だった。

 

「さて、これも要・検証です。プリシラ・バーリエルなら、一体何を言うでしょうか」

 

魔女が指を鳴らすと、口を覆っていた枷が外れ地下に金属音が響いた。

 

口の端から涎が垂れようと、美しかった足をズタズタにされようと。

それでも彼女の気高さには翳りはない。

 

唇を少し舐め、微笑をする。

 

「やはり貴様は賢くも愚かである。こうなることはわかっていたであろう。魔女の腹の底まで追いかけてくるとは、妾に懸想でもしているのか?悲しむ者の顔が浮かんでいるだろうに」

 

さすがに追い詰められているだけはある。思ってもないことを言うプリシラは珍しいとケイは呑気に考えた。

 

「一線を超えた感はありますが、まだ諦めませんよ。バカなこと言ってないで、どうにかできませんか?これがあなたの都合の良い状況には思えないんですが」

 

まるで窮地でもないように何気ない対話。ここだけはいつもの空気が流れていた。

 

「我が陽剣はすでに陰った。ここに並ぶは我が兄妹(きょうだい)の陽剣とは格別の、血塗られた戦いを全うした剣である。貴様であっても耐えられまいて、ところでアルはどこにいる?」

 

「さぁ。ちょっと探しはしましたが、見当たらなかったですね。その白結は量産できるものじゃないので」

 

それから少しばかりの雑談を交わしていると音が鳴った。

パン。という手と手が合わさる音で、会話が中断される。

 

「もう十分でしょう。時間を稼いで何かが起こることを期待しているようですが、彼女にそのような力はない。『日輪の加護』はそういった特殊性を発揮しません。あなたの奥の手があればここで観察しておきたかったですが、すでにないのであれば問題ありません」

 

会話を打ち切ろうとする魔女の動作がケイの一言によって中断される。

 

「『荊棘帝』ユーガルド・ヴォラキア。この中にいるんでしょう。これはその呪いだ。お前の切り札の一つがこれか」

 

眉を顰めて、続きを聴き入ってしまう。この魔女は合理的という言葉を使ったが、それは非常に怪しいものだと現状を見て分析する。なぜ早く殺さない?下手な好奇心などくだらない理由なら一気に楽な相手になるが。

 

いや、これもまたケイの願望かもしれない。

その予測は楽観的だ。一貫して何かを知りたいという『強欲』なまでのそんな態度がこの場を成立させているとも見て取れる。

 

何か別の目的があるのか?今の無駄な時間に?

ならそれを利用させてもらう。指摘の通り、時間稼ぎに。

 

「ほう。余に語りかけるか、皇族ではあり得ないと聞いていたが、なかなかどうして歴史を学んでいる様子。規格外の大精霊を伴う胆力もそうだ。『茨の呪い』に晒されここまで平静を保つことも含め、賛辞に値する」

 

「それはどうも。ところで、あなた方に弱点はないのですか?誰か一人でも支配に抵抗できたりしません?」

 

「残念だが若人よ。その回答はできぬ、できたとて伝える事柄を持たぬ。この外法は支配に深度はあれど隷属は等しく行われているようであるぞ」

 

意外と情報をくれた。縛りは緩いみたいだ。

 

ケイは一度だけ読んだ本の知識を思い返す。

『アイリスと茨の王』という名前の物語で後世に語り継がれているのだ。

 

それによれば、ユーガルド・ヴォラキアは孤独を強いられた王である。

 

幼い時に『茨の呪い』をかけられ、家族や使用人すら近付くことのできない体質となった彼は、ひどく偏った環境での成長を余儀なくされたようだった。

自分の存在が周囲を蝕み、苦しめる要因になっていることを、その苦痛の表情や絶叫から理解し、孤立する人生を受け入れた孤独の王である。

 

悲恋の話ということで途中は流し読みしていたが、その呪いと体質の噛み合い方は特筆すべきだろう。

 

おそらく無痛症であると推測しており、それが激痛を周囲に振り撒く呪いと噛み合った結果、不思議な共存がなされたのだと仮説を立てられていた。

 

ケイと同じだ。呪具や呪いを体質でリスクを無視する運用。

この『慈母の血衣』を使う前に調べていた時に、参考にしたので割と詳しく情報は集めてあった。

 

これは一定範囲に作用し続ける呪いであり、この部屋から逃れたとて継続するはずだ。

先の決戦に横槍を入れたのはこの呪いで、それは帝都を全体とはいかずともある程度を覆うほどの広さである。

 

調査からは本人の人間性などは全く読み取れなかったが頭も回るのだろう。こちらに合わせて対話を続けてくれようとする意思を感じる。

 

だがそれも魔女がやめろと言えば即座に終わるのだろう。彼はしっかりと魔女が聞きたがる言葉を使って時間稼ぎに協力してくれた。

 

「そこな囚われの者は、我らが血族であろう。テリオラの面影があるな」

 

プリシラを見て感想を述べる。

すると、また中断しようとした魔女はその行動を止める。

 

「妾を妾以外と並べてそのような話をするでない。不愉快である」

 

先祖と子孫が突き合う舌戦にどうやら興味があるようで、なぜかそれに聞き入っている。

 

「興味深い。これだけ手を尽くしても揺るがない貴女が初めて揺れましたね。要・観察です」

 

スピンクスが、ぼうっとどこを見るでもない表情で言う。興味深いといいながら真逆の表情でプリシラを見ていないのはどんなチグハグさだろうか。

 

そんな魔女もいい加減に満足したのか指をプリシラに向けると、彼女の意識は失われたようだった。

 

ケイはそこで違和感を強くする。なぜ殺さない?本当に私怨なのか?見せつけるため?

ならなぜ気絶などさせる?目的はなんだ?一貫していないぞ。

 

遥か遠く、小さな音がした。

次第に大きくなるそれは、明確に重く鈍い音が響いた。

 

地下の牢獄全体がわずかに揺れ、その振動が石の床を這うように広がっていく。壁の一部がわずかにずれ、軋みを上げながらゆっくりと動き始めた。

 

「ちょっと!これやばいんじゃないの?あんたたち、帰れなくない?」

 

石造りの通路が、音を立てて組み替えられていく。粉塵と積もった埃が舞い、閉じられていく先に伸びていたはずの道は、無情に塞がれていく。まるで巨大な歯車が地の底で噛み合い始めたようだった。

 

「通路の封鎖は地下一階から順に終えています。これで退路はない。対話による時間の経過はこれで必要なくなりました。では、そろそろ。要・戦闘……いいえ、訂正します。処理を始めましょう」

 

出口は石の壁へと変貌し、牢獄はそのまま袋小路と化す。残されたのは閉ざされた空間と、張り詰めた空気だけだった。退路は、完全に絶たれた。

 

『永井君。わかっていると思うけど、燃えて消えるくらいなら最後には楽しませてね。きっと後悔はさせないからさ』

 

ケイとフェリスは激痛の呪いに縛られ立つのがやっと、そしてIBMすら激痛に喘いで倒れ伏している。IBMが痛がるというのは意外だった。ケイの苦痛に悶える内心が出てきているのかもしれない。

 

呪いはそれを一人の人間としてカウントしているらしくIBMの動きは縛られている。

 

周囲は一切逃げ場のない地下空間であり、そこに並ぶのは並の達人を凌ぐ陽剣を持った歴代の皇帝。総勢40名だ。

 

まだ手札を隠し持っていそうな魔女は、致死量の二酸化炭素を吸わせても微動だにせず物理的な防御も徹底している。

 

援護の人材は対応されており、都合の良い助けなど最初から勘定にはない。

 

頼みの大精霊は元気だが、密閉された地下では地上ほどの活躍は望めない。プリシラを巻き込まないとすれば尚更だ。

 

プリシラ自身は足を壊され陽剣は抜けず、意識もない。

 

 

プレアデス監視塔の苦難からあまり時間が経っていない状態でこの様である。

そもそも水門都市の事件もついこの前のことだ。

 

死なないというだけではまるで足りない苦難が続く。

 

だが、そんなことはわかっているし状況が悪いことを嘆いても仕方ない。

 

何はなくとも最後まで、そんなやけっぱちな言葉を吐くにはまだ絶望がまったく足りない。

 

やれることは必ずある。

 

加速する思考は、状況の全てを検分していく。

活路を見出す。生み出す。切り開く。

 

『ハードコアチャレンジ。いいじゃない』

 

聞くに耐えないノイズすら気分の高揚に活用してやる。

 

永井圭は、決して諦めたりはしない。

神聖ヴォラキア帝国という歴史が立ちはだかったとしても、関係ない。

 

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