皇帝たちが踊りかかる。ヴォラキアという歴史がケイを一斉に殺しにきた。
「安心してください。あなたたちの魂まで焼くことはしません。再・利用です」
それにザーレスティアが反応し、風で全てを下がらせた。二酸化炭素を脇へと追いやる。
いや、皇帝たちは下げられていない。その場で一瞬止まっただけだ。
彼らの多くは風を切り払った。
陽剣は、切りたいものを切り。燃やしたいものを燃やす。
それはケイが呆れるほどに反則だ。一本でも十分に死は感じられるのに、それが40本あるという。
手厚すぎて笑えてくる。一瞬あった停滞も次の瞬間には、消えてなくなる。
一部が炎を掲げて、部屋ごと焼き払おうとする。一部が相打ちを気にせずに切り払おうと踏み込んでくる。
しかし、一瞬あれば十分だった。
フェリスが巡らせた細い糸から魔法が流れ込む。
ちなみにフェリスは痛覚を切ることができるので当然自分にそれをしている。彼の動きは痛みによって妨げられない。
痛みが遮断され、動きが戻る。
当然、ケイのではない。ケイは無理すれば動ける。
この世で最も痛みを浴び続けていた自信がある彼にしかできないゴリ押しの解法だ。
フェリスが作用させるのはIBMの方だ。ケイは自力で動けということらしい。言っていないがその判断は正しい。
しかしフェリスは襲いかかる皇帝たちへは何も対策を講じていない。
そこにはエミリア陣営にはない、ドライな信頼というものがしかし強固にあるのだった。
当然、ケイは役割を全うする。
「拘束を切れ!『
人にならば一度は作用する亜人の咆哮。それによって皇帝たちがまた停滞する。
炎だけならティアの風の防御でなんとかなる。
ティアは即座にその言葉に合わせて、プリシラの拘束を切断した。
IBMがそれを抱えて、こちらに投げ渡す。
即座に近くの陽剣で切られるが、IBMは燃えずに粒子となって消えていった。
陽剣の運用を誰よりも研究した自負がある。おそらく、歴代の皇帝の誰よりこの剣の仕組みには精通している。
これは対象を認識できていないと、途端に切れ味や効果が落ちるのだ。
それが唯一の弱点らしい弱点である。
切りたいもの。燃やしたいもの。それらを正しく認識できなければその効果は発揮されない。
不可視のIBMは彼らでは認識できなかったようだ。
魔女スピンクスは不可解なようで、この状況でまたしても疑問を投げてきた。
「それでも状況は変わっていません。それの命は気にしないと先ほど証明されたはず。何が変わったのですか?停滞の仕組みは音ですね。なので彼らの音を奪っておきました。手札を消費して、それでも諦めないあなたは何を考えているのです?要・傾聴です」
「上には逃げられない。というか、空間自体がもうないんじゃないですか?僕ならそうする。これみよがしに薄壁で出口を塞いでますが、これを破れば罠が作動するようにしか見えない。巧みな仕掛けとは言えませんね」
「必要ないでしょう。機能さえ果たせれば、装飾も巧みさも必要ない。これはあなたの思考から改めて学んだことです。そう思うでしょう。まだ時間稼ぎを?何を狙っているのですか?教えてもらえれば、一人は助けてあげましょう」
「嘘が下手ですね。でも、時間稼ぎはもう大丈夫そうだ。上に行くのは難しそうなので、僕らは逆を行くことにしますよ」
瞬間。全員が味わったのは下から突き上げるような衝撃だった。
「ティア、プリシラだけを守れ」
この状況では、活路を切り開くことも。壁を破ることもできない。
だから、下から溢れ出す熱をケイは待った。
地面が噴火する。
すぐに噴煙が晴れると、そこから熱された空気が入り込む。
大して高くもない天井の牢獄に、それが姿を見せる。
皇帝たちは『不死王の秘蹟』で甦らせられ無理に動かされるゾンビである。
しかし、それよりもよほどゾンビという名称が似合う何かがそこにいる。
亡者のように痩せほそり、老人のような遺骸としか表現できない何か。
真っ黒で肉は赤く、骨が剥き出しになっている部分が多い。そこも灼けたように一切の水分を感じない。
皇帝たちも、魔女ですら動けない。
それの異様さは、多少の理性があれば。いいや、なくても感じるものだったから。
それが声を発した。
それは産声である。赤子の声が、老人にしか見えない死体から響くという異様さに鳥肌が立つ。
その体が思い出したように発火する。
おぎゃあ。おぎゃあと泣きじゃくり、窪んだ眼窩には炎が灯る。
とんでもない熱量をそれから感じるのに、それなのに室温は急激に低下して、熱量の全てが奪われていく。
熱いのに冷たい。そんな矛盾を体現する怪物がそこいた。
孤独な龍の遺児が再誕する。
完璧に収束された熱量が、熱線となって王の群れを一閃する。
ヴォラキアという国を重厚な歴史ごと乱暴に薙ぐことで、その怪物は世界へと己を知らしめた。
以前に参照した佐藤の記憶の中に、興味深い体験があった。
有名なオンラインのマインクラフトサーバーで佐藤が無邪気にプレイヤーキルという名の嫌がらせをし続けた結果。
脱出不可能と言われる監獄に佐藤のアバターが幽閉されたのだ。捕縛に至るまでは凄まじい戦争があったが、最終的にはクラッキングによる番外戦術で佐藤は捕縛。
今度はそれを助けるのが面白そうだと、牢獄破りを別のアカウントで試していた。
『だって現実の刑務所は、どこも穴だらけだからねぇ』
看守の一人の家を特定してアカウントを乗っ取って好き勝手しようかと考えたが、それはまだやめておく。ゲーム内でひとまずは楽しみたい。相手が反則を使ってきても合わせる必要はないのだからとゲームを満喫する佐藤の記憶は見たいものではなかったが、学びはあった。
様々なギミックが満載で警備がされていたが、それでも人が作ったものには盲点が生まれる。
その穴をついて、佐藤は地下から侵入。無事に脱出をさせたのだった。
人は何かを前提に物事を組み立てる。
丹念に用意された壁を正面から容易に突き破ることはできない。
前提を、地盤を。根本からひっくり返さねばならないのだ。
それがケイが散々に佐藤にやられたことであり、この世界でも何度か実行していることだった。
アウグリア砂丘に置いてきたこの怪物は、はっきり言って危険すぎた。
ケイはこんな機会、というか圧倒的な力を偶然に拾うことがなければすぐに試そうとは思えなかっただろう。
しかし幸運にも出会うことができたのは四大に数えられる風の大精霊である。
不燃性の気体をコントロールできるのなら、この魔獣が暴れても鎮圧することができそうだ。
最悪の場合は大瀑布まで吹き飛ばせばいい。ちょうど世界の終端は近いのだから。
そう思いついた瞬間に勉強を教え込み、気体について概要を叩き込んだ。
様々な気体を置換法で丁寧に教え込み、どうにか気体ごとの区別をつけられるようになってもらったのだ。
そしてグァラル襲撃が終わった段階で、ケイは肉片を辿るようにまずカルステン領へと飛び、次に置いておいた砂丘最寄りのミルーラにも転移。ザーレスティアは空を飛んで追ってきた。
力が強すぎて、自分を安定して飛ばすことはできなかったらしい。というよりあまり遠出をする機会がなかったらしく、そもそも飛びたいと思わなかったのが原因だとケイは分析している。それが今ではクルシュが教え込んで様になっている。
その加速はクルシュをも超える。一陣の風そのものとなってケイの方向へとティアは急いだ。
砂漠を進むケイに途中で追いつき、魔獣に絡まれている姿を見てひとしきり笑った後に塔へと急いだ。
監視塔まで脅威的な速さで到達し、そして地下にいまだ眠る魔獣を周囲の気体ごと外へ持ち出していよいよ対面である。
「ね、ねぇちょっと。これ本当に復活させるの?嫌なんですけど!これちょっとおかしいわよ!死に続けても生まれ変わり続けてる…きっしょすぎるっ…関わりたくないぃ…」
二人して戦々恐々としながらも、ティアに「頑張れ頑張れ」と声援を送り続けると。半ばヤケになってやってくれた。
ええいままよ!と一部の空気を。酸素を許してやると、それは再び息を。いや火を吹き返した。
そしてケイを見ると、それに首を垂れたのだった。まるで服従するように。
はぁ。よかった。これを大瀑布に吹き飛ばす風魔法の準備が無駄に終わって安心した。
どれほどの存在でもあの奈落に落とすというのは気が引ける。
心から安堵し、そして帝国へと戻る仕事が始まった。
それは即座に解決する。指定した形にある程度体を変形できるのだこれは。
大きな龍の翼が生えて、飛行可能になった。しかしそれをあれこれと指示し、形を変える。
ケイを固定する形に腕を生やし、それに掴んでもらう。
この魔獣は本当に賢かった。
というか便利すぎる。本当に捕まえてよかった。
気持ち悪い!と抵抗するティアは即座に実体化を解いてケイの体内に逃げ込んだ。
空へ飛び立つと、ティアの機嫌も治ったが。それもわずかばかりの時間である。
なぜなら時間がないからだ。おそらく今朝には帝都決戦が始まる予定であり、もう始まっているだろう。今から飛んでも間に合わない可能性が大きい。
だから、指定通りにとある機関を後方へと生やさせた。
そしてその生えてきたところから、光と熱が迸るとバカみたいな加速をしてそのまま離陸。
空を切り裂くその翼は本当に刃のような形になっている。
ティアは加速度を感じていないだろうに、雰囲気だけでグエっと潰された声を出して、ケイは実際の加速度にひたすら耐えている。いや、耐えられない。息ができずに途中で何度か死んでいた。
異世界初のアフターバーナーで音速の壁を突破して、熱量の続く限り飛んでいく。
規格外の旅程短縮を見事に決めて、わずか一週間で帝都から砂丘までの往復を成し遂げたのだった。
ちなみにほとんどがミルーラから塔への移動であって、帰りは本当に一瞬だった。
フェリスに見せた時には、その異様性にしばらく呆然と立ち尽くしそしてどうにか絞り出したのはたった一言。
「バカじゃないの?」
万感のこもったバカではないのかという問いは全てに対してだ。
その存在そのもの規格外すぎるその熱量と生物として歪なその姿に対してであり、それをしれっと倒していたケイのこと。新種の魔獣が出てきたから倒したとサラッと語られた報告の雑さ。そしてそれを活用してここに連れてこようと思った無鉄砲さ。結果的にこの化け物を御したという離れ業。
その全てに対しての一言だった。
ケイも同意する。これはバカだ。
しかしこの世界では、常識的であれば損をする。何も得はない。バカみたいな何かを敵に押し付けることで自分に平和が訪れる。
正直者はバカを見るとはよく言ったものだ。
そして地上と空を闊歩したこの怪物の特性で忘れてはいけないものがある。
そもそもこれは溶岩土竜と呼ばれた龍のなれ果てであり、魔獣とも混ざった異端の生き物である。
地下を自由に動いていた溶岩土竜から生まれたこれは。土中の障害物を溶かして吸収することができる。
人体が接続しているサンショウウオのような部分の口が、ドロドロに溶けた溶岩を平らげるのだ。
これの掘削能力を活用し、帝都の地下に隠しておいた。
ティアの下駄の音を追跡し追従。いざという時のために特定のリズムで床を叩くと反応するように条件付けを行なって。
その準備の成果がこの逃走劇の開幕だった。
発火した魔獣に捕まれればケイとフェリスは燃え続ける。
気絶したプリシラだけはティアに守らせ、二人は甘んじて炎を受けた。
「ぐっうぅっっぅっ…!」
フェリスは焼かれることに慣れていない。当たり前だがここからは役に立たないだろう。
あらかじめ用意していたトンネルを逃げようとするが、それが崩落させられて予備のルートを即座に選択。
別の地下空間へとさらに逃げ込む。そうしていると、巨大な空洞に行き当たった。
そこは帝都の地下に広がる元地下水脈だったところであって、逃走経路にも使えると目をつけていた場所だ。
何も見えなかったその地下空間には、壮絶な音が響き続ける。
炎そのものとなった怪物が近づくと、その広大な光景の一端がケイの目に飛び込む。
そこにあるのは、あまりに異様な光景だった。
帝国兵が、広い地下空間を埋め尽くし、そこで互いに殺し合っていた。
薄暗い地下空間。天井の低い静寂に包まれた広間が、不気味な音で満たされていた。
刃が肉を裂き、骨が砕ける音。うめきと絶叫。だが、それは戦場の生の証ではない。
彼らは互いを見つめ、そして歓喜の表情のまま殴りかかる。槍を突き立て、剣を振るい、指で目を抉る。
腕がもげ、顔が潰れ、胴が割れても、彼らはすぐに立ち上がる。
傷口が盛り上がるように塞がり、折れた骨などないように腕が繋がる。
治るから、また戦う。壊すために、殺すために。
不死の兵たちはただそこに在る限り、永遠に殺し合いを続ける。
まるで、戦うことだけが自分たちの存在理由だと刷り込まれたかのように。
その強さを証明するためだけに戦い続ける。
『わぁすごい。ここがヴァルハラってやつなのかな?』
破壊と再生を繰り返す。帝国民にとって夢のような無限の闘争がそこにはあった。
Pandora's Vaultで検索するとマイクラの面白い動画が見つかると思います。この物語好き。