亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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【FILE:213】脅威の認識

帝国の皇帝と王国の騎士の和解。

その対話とやり取り自体を見ていたわけではないが、竜車の動きをつぶさに観察しているものがいた。

 

空に浮かんで、それらを分析する。そして小さくこう呟いた。

 

「要・修正です」

 

 

そのつぶやきはしかし、小さな返答よりも早く爆音に塗りつぶされてかき消える。

 

「――死にたまえ」

 

突如として大気が揺れた。

 

 

何の前触れもなく空が爆ぜ、耳をつんざく轟音と共に、超級の火魔法が空一面を炎の帳で覆う。

灼けつく熱が波のように押し寄せ、天を割った炎の奔流が視界を朱に染める。

 

「存在そのものから間違っている出来損ないに、修正の機会など与えるものか」

 

 

巻き上がった火の柱が巨大な龍のようにうねり、爆風に巻かれた兵たちの叫びが掻き消された。

地竜と疾風馬が突然の爆音の連続に動揺するが、よく訓練されたそれらの駆け足に翳りはない。

 

憎しみすらその目に浮かべるロズワールが、魔女への不意打ちを完遂したのだ。

 

 

猛然とした炎が夜の空を一挙に広がり、誰もが燃える空に目を奪われたことだろう。

ただ一人の敵を焼き払うだけが目的なのに、これはやりすぎだ。

 

「部屋の羽虫を殺すのに、屋敷を焼くような蛮行かしら」

 

「だがどうやら不足だったらしい。防がれてはいなかったようだが、こうれはどうも仕掛けがあるようだ〜ぁね」

 

見れば、爆炎が晴れた先。魔女が変わりなく浮遊している。

先の魔法で体の全体を砕いた感覚があったが、普通のゾンビとは違うのか?

 

「今さら余裕を取り繕っても無駄なのよ。まぁベティも人のことを言えないくらいには、とさかにきたかしら」

 

そう言った時にはすでに、紫の結晶が複数。魔女の周囲に展開されている。

 

 

放たれる紫矢へと真っ向からスピンクスが突っ込む。

わずかに目を細めた『敵』は両手を顔の前に掲げると、その左右の五指から白い光を放ち、待ち構えるミーニャをことごとく切り払った。

砕かれる音も立てず、バラバラに吹き飛ばされる紫紺の結晶――だが、ベアトリスのフラストレーションは、そのぐらいでは壊せない。

 

「――ッ」

 

脅威を退けたはずのスピンクス、その表情が微かに歪んだ。

原因は、彼女が切り払ったはずの紫紺の結晶が、その砕かれた状態のままで飛礫となって広がり、高速で飛行するスピンクスに追い縋ったからだ。

 

「魔法はイメージ、防がれてしまったと思った途端にダメになるのよ」

 

しかし、ミーニャが象る結晶の矢は、矢の形をしていることが重要なのではない。突き立った相手の時を凍結させ、砕くという効果が本命なのだ。

それは矢の形をしていなくとも、相手に突き刺さるなら形状も大きさも問わない。

だから、負けん気に火を付けられたベアトリスの飛礫は、スピンクスを逃がさない。

そして――、

 

「脅威度の認識、修正は――」

 

「――考えッ直すのが百年遅ェ」

 

飛礫となったミーニャを回避し、懸命に逃れようとしたスピンクスの真横に、地面を蹴って飛んだガーフィールの凶相が並んだ。

目を鋭く、牙を剥き出したガーフィールは獰猛な獣のように唸り、そのしなやかな腕を豪快に振り回し、渾身の一撃をスピンクスへと叩き込まんとする。

 

瞬間、ガーフィールとスピンクスの視線が交錯する。

その祖母と同じ顔をした相手に、拳を叩き込む躊躇がガーフィールの心を――、

 

「婆ちゃんとァ、心の匂いが違ェんだよォ――ッ!!」

 

そんな外野の心配は、エミリア陣営の頼もしい武官には不必要だった。

 

繰り出された拳、それがスピンクスの横っ面を捉え、少女の体を空中から地面へと打ち落とし、大地に拳ごと豪快に押し付ける。

大岩が降ったような轟音と土煙が上がり、振り切った腕の向こう側にスピンクスの体が木の葉のように舞っていくのがベアトリスの目にも映った。

 

容赦と躊躇いのない、純然たる怒りの込められたガーフィールの一発。

直撃されれば、ベアトリスも一発でマナに還元されかねない強大なそれを喰らい、噴煙の向こうにスピンクスは吹き飛び、転がっている。

 

再び浮遊しようとするが、まだ安定していない。

 

「三人がかりの囲い込みだ。いいチームワークだったんじゃーぁないかい」

 

「一番最初に癇癪起こした奴がよく言うかしら」

 

「てめェとチームワークなんざッ虫唾が走るぜ」

 

肩をすくめたロズワールの、いかにも冷静沈着でしたと言わんばかりの態度にベアトリスとガーフィールからそれぞれ悪態が飛んだ。

そう突き放され、ロズワールはもう一度肩をすくめてみせた。

すると――、

 

「……脅威度の認識…」

 

 

その言葉は絶対零度によって凍らされる。

全てを閉じ込める氷の棺が空中に生まれ、スピンクスは固まって落ちていく。

 

硬質な破砕音が響いて、その動きは終わった。

 

「ああ、すまない。信じてしまったようだ〜ぁね。三人などと、こんな格好の道化の言葉を信じる方にも問題はあるだろう」

 

エミリアは随分と柔軟に動けるようになった。彼女が最後まで黙って不意打ちを決めるというのは以前では考えられないことである。

 

やはりあの書記官との接触は良い結果を生んだようだとロズワールはほくそ笑む。

 

 

通常のゾンビ相手であれば炎の攻撃の方が効果的であったが、恐らく核にマナで防御をしていたのだろう。マナごと凍りつかせるエミリアの凍結の方が効果が大きかったようだ。

 

満足げにロズワールはその光景を見ていたが、何か既視感を感じて血の気が引く。

 

なんだ?この感覚は、どこかで…

 

 

スピンクスは砕かれ、そして彼らの付近では再生してはいなかった。

だから、この言葉を聞き取れるものはいなかった。

 

「……脅威度の認識修正、不要です。熟考、すべきでしたね」

 

ロズワールは見た。かつての亜人戦争。

未だ一兵にすぎなかったヴィルヘルム・トリアスとともに調査をした魔女スピンクスの魔法陣を。

 

竜車の先、その平野の街道が淡く発光し、無数に続く罠。地雷原と言ってもいいそれが起動した。

 

同時に、スピンクスの体が凍結し砕かれた場所。そこを起点に歪みが生じ、紫の亀裂が空間自体をひび割れさせて膨張していく。そこから白い光が漏れ出て…

 

 

超級の爆発が二つ。連続で起こり、世界を震わせた。

爆風と熱風が世界にドッと押し寄せる。竜車が破壊され、そして転がっていく。

 

その光景にエミリア陣営の精鋭たちは息を呑む。

 

即座に戻ろうとするが、少し離れたところからならはっきりと見えた。

 

夜空を割るように飛来する巨体、それは三つ首を持つ黒き邪龍――バルグレン。

おそらく、先ほど空を焼いた灼熱の咆哮も、この龍の仕業だろう。だが、三つの首のうちどれが放ったのか、判別はつかない。なにせ、その全てが獰猛に口を開き、こちらを睨み据えているのだから。

 

その圧倒的な威容が、空の一点を塗り潰すようにゆっくりと近づいてくる。

 

竜車の大破はつまり、仲間たちや人々の大量の死である。

しかしエミリアはそんな悲劇を見つけることができなかった。こういう時は決まって頑張ってくれている人がいると知っている。

 

「でも、すごいわ!きっとスバルよ!」

 

地上に目を向ければ、連環竜車の前半が砕け散っている。激突を受けた形跡は明白だが、その停止はあまりにも早い。

 

しかも――

 

炎に呑まれたはずの連環竜車からは、人の死体がひとつとして見当たらない。粉砕された構造の中に、あるはずの犠牲者が存在しない。

 

まるで、事前にすべてが退避させられていたかのような、不自然な静寂。

あの破壊の中で、誰も死ななかったなどということが、本当にあり得るのか――。

 

見れば途中で連結が切られており、後半の竜車は無事だとわかる。満載している人々の顔を見るに避難はできていたのだろう。

 

「でも、囲まれてる。あっちからも!」

 

焦燥を帯びた叫びが夜の空気を震わせる。

 

苦難は、なおも終わらない。

前方には、踏み越えてきた地雷原がある。戻ることは叶わず、進むもまた絶たれた今、停止は必然だった。

そしてその一瞬の停滞を、待ち構えていた者たちが見逃すはずもない。

 

地面が不気味にめくれ上がり、そこから這い出すのは、ゾンビと化した帝国兵たち。

その肉体は朽ち、瞳は虚ろで、ただ殺意のみを宿して這い寄る。

死してなお、帝国に仕える者たちの、底なしの執念がその姿に刻まれていた。

 

同時に、帝都の空。進むべき方向とは逆側――つまり背後から、影が迫る。

そこにあったはずの死を超えて、飛竜の群れが舞い戻ってくる。

焼け、崩れ、墜ちたはずの巨躯たちが、夜空に再びその姿を見せていた。

 

絶望が、音を立てて迫ってくる。

前にも後ろにも、地にも空にも、逃げ場はない。

死者たちの咆哮が、今、耳を裂く。

 

ヴィンセントは何一つとして諦めておらず、その頭脳を回転させているが誰よりも考えることに長ける分。現状の絶望が感情を抜きにわかってしまう。

 

決めた覚悟は変わらない。しかし、常道ではこの苦境を弾き返すことはできそうにないことも事実である。

 

「あなたが、もしやナツキ・スバルでしょうか。調べていた姿とは異なりますね。要・返答です」

 

三つ首をもたげた巨大な黒龍と竜車の元へと到達し、魔女が問う。

問いかけと同時に、まるで回答に期待などしていないと黒龍の巨大な尾が竜車を吹き飛ばそうと迫っていた。

 

「答えてなんかやらねーよ!お前のせいで忙しいんだっ!ていうか質問があるなら殺そうとすんのやめろ!育ちが悪りぃな!親の顔が見てぇわ!」

 

スバルもスバルで親の顔が見たいと言いつつ相手へと目を向けない。実際に彼女の親が出てくれば平静ではいられないのだが、彼は本当に忙しそうだった。

子供が一心不乱に、高級なカーテンへと落書きをしている。そんな光景に見える。

 

「理解できません。あなたはもう死ぬ寸前です。なぜそこまで余裕があるのでしょう。何か秘策でも?」

 

 

本当に回答はいらないのだろう。その何よりも強靭な尾が飛んでくる。先端が音速を超えて空気を打つ。しかし、

 

スバルの文句は、止められた龍の尾に向けた叫びである。

 

「いきなりで悪い、ハリベルさん。弱点はここだから、いっちょお願いできたりします?」

 

「えらい冷静やん。聞いてた通り、おもしろい子ぉやね。飴ちゃんやろか?」

 

黒龍の尾が竜車を薙ぎ払う寸前、突如としてその動きが凍りついた。空を裂くほどの速さと質量が、まるで見えない鎖で縛られたように静止している。

 

その尾を止めていたのは、黒い印象を纏ったスラリとした長身の人物。影のように黒く、風のように静かにそこに立っていた。

 

黒い和服を着ているが、その下や間から見えるのは黒い毛皮。この世界では非常に稀有な、狼の亜人がそこにいた。

 

足元には一切の揺れもなく、黒龍の巨尾を片腕で押し留めているようにすら見える。無言で、無感情に、ただ存在するだけで理不尽な力を示していた。

 

そんな彼の登場に、スバル以外の誰も反応できていない。

スバルはカーテンに書いた龍の絵と、魔女の絵にそれぞれ×を示していた。

 

それは皇帝でも例外ではなく。龍も魔女も当然そうだ。

しばしの理解の遅れからようやく思考を再開し、当然の疑問を投げかける。

 

「なぜ、核の場所を?しかし、それを見せるように知らせるというのは不可解です。要・対応すれば…」

 

そして魔女は自身と龍の違和感に気づいた。

 

「もう、死穴は押させてもらったんやけど、気づかん?あっちゃあ。無駄な期待させてホンマ堪忍な。飴ちゃんは、食べなさそうやね」

 

魔女の身体が、龍の肉体が、音もなく崩れ落ちていく。まるで時間差で結果だけが訪れたかのように、その巨体は軋む音も立てずに崩壊を始めていた。

 

それは一撃であった。あまりにも鋭く、あまりにも正確で、斬られたことすら気付かせない完璧な一閃。

 

すでに決着はついていた。崩れ落ちる魔女と龍の瞳には、敗北の実感すら宿っていない。自らの死に、最後まで気づくことなく。

 

「なるほど、要・修正。要・改良です」

 

しかし、と続ける。そう。存在そのものの終わりではないとまだ続けるとその目が語る。

 

魔女はまだ、その感情を表に出していない。その底の見えない様子にスバルは嫌な汗をかく。

 

「バカなって!私の計画が!なんてみっともなく騒いでくれるなら勝ちフラグで安心なんだけどな」

 

「学びを活かせば、次は今より上手くできる。失敗とは挑戦する限り確定しない。そう学びました。あなたも、同意見では?」

 

考えを尽くして、できることをできるだけやる。

その冷徹な最善を尽くす目線に既視感を感じ、ゾッとした。いやこれはおかしい。この目線はスバルにとってもっとポジティブなものだったはずで…

 

諦めることは意味がない。

それを永井圭の生き方から学んだ『魔女』は、どこまでも手強かった。

 

この生物もまた、死なない。

 

そんな考えを中断させるように魔女の周囲の空間がひび割れ、熱を伴わない爆風が吹き荒れる。

 

「自爆かよっ!!くっそ!」

 

スバルは必死に地面へと伏せる。間に合うかも知らないわからないが、体を縮めて衝撃へと備えた。

無理もないことだがスバルは破壊の半径の中で縮こまっている。このままでは確実に死ぬと初見ではわからなかった。

 

結論としては、知る必要もなかったのだが。

 

空間を圧縮して押さえつけ、自分が死ねばそれが解放される仕組みだと、ハリベルは一瞥しただけで看破する。

 

えいやと手を振れば、その衝撃はなぜか相殺されてかき消えた。

 

「ほんで?向こうのアレは、どこにあるのか聞いてええ?」

 

「わかんねぇ!くっそ!!さすがに反則だろ!!ちなみに予想ではお酒とかが効くんだけど、持ってたりする?」

 

邪龍が再び。空から舞い降りて来る。その姿は先ほどとは変わっていた。否、増えていた。

 

三つあった首が、八本へと増えている。

 

歪な変化を果たした邪龍は、魔女にその姿を冒涜されスバルの知る神話の怪物によく似た姿となって舞い戻る。

 

「ヤマタノオロチのやつよりさっきまでの怪獣映画の方が馴染み深いか」

 

後ろではアベルが別の何かを見て一人ごちる。

 

「馬鹿な。『闘神』だと…それに…」

 

どうして突如現れたヤマタノオロチから視線を逸らすことができるのか理解できないが、ヴィンセントは背後から近づくその姿をしっかりと見ていた。

 

どこか聞き覚えのあるその言葉を、スバルは嫌な予感とともに振り返る。

 

水門都市の悪夢が蘇る。

 

そういえばあの時も合計でドラゴンの首が3本以上あったっけ。その後カペラが増やしていたし、妙な符号を感じてしまう。

 

『闘神』クルガン。

 

横にいるのは、おそらくヴォラキアの皇族らしい。その手に持った陽剣だけでそれとわかる。

 

水門都市で撃破したはずの強敵とアベルがかつて殺したはずの兄弟姉妹、過去の強敵たちが竜車へと静かに近づいていた。

 

畳み掛けはまだ終わらない。しかし、この規格外の前ではどんな奇襲も意味をなさない。

 

「いい性格の狙撃。最初に子供狙うとか、徹底しとるやん?シノビとか向いてるかもなぁ君。今からでも弟子入りとかせーへん?」

 

「あいにく、シノビの戦い方はあっしの流儀とは合いませんで」

 

元九神将の『魔弾の射手』が軽口で応える。

ハリベルは、いつの間にか飛来していた光の線をなぜか掴んでいる。

 

アベルとついでにスバルを一度に殺す射線の無駄のない一撃。目にも止まらぬ速さで飛来したそれをスバルは気づくことができなかった。

 

そしてそれを握り潰す。スバルの目の前で霧消する。

 

今、死にかけてたな。

 

スバルは反応できなかった死も含めて、未だ何一つ状況が好転していないことを認める。

けれど、失ってもいない。

 

「運命様、上等だ…」

 

それは見ない何かへの宣戦布告。帝都に来た時には気分の高揚のためだったが、その時よりもはるかに重みを増したこの言葉を一人呟く。

 

ナツキ・スバルもまた。決して死なない。

 

死んでなんか、やらない。

 

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