亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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【Zugzwang(ツークツワンク)】ドイツ語。手番が来ること自体が不利な状況。
自分から打ちたくないのに、手番のせいで不利な一手を強いられる。
動けば不利を背負う、しかしパスはできないなどの状況を指す。


【FILE:215】Zugzwang

ケイの爆弾発言は、黒髪の首脳陣にしっかりと衝撃を与えている。

長く息を止めてからようやく深呼吸をした時に、強烈なパンチを腹にもらったかのような勢いで咳き込んだ。

 

 

「っごほ!っ!!どういうことだよ!それってなんかの例えなのか?いや、ケイがそんなことするわけないか…」

 

冗談であってくれと思いつつ、絶対にそんな冗談を言わない相手だと自分で気づいて勝手に絶望する。

 

「貴様、順に説明せよ。あれはなんだ?それは一体どういうことだ?帝都で何をして何を見た?」

 

矢継ぎ早の質問に文句一つ言わず、一つ一つ処理していく。

 

「地下の大きな空間で互いに殺し合い続ける帝国兵たちを見ました。万を超える規模です。それらがこのゾンビ化の術式のマナを凄まじい速度で消費している」

 

それは、おかしい。相手にとってはマナは節約すべき資源のはず。

 

なぜそんなことを?

 

アベルは何かを思いついたのか、ハッとして視線を厳しくする。

 

「確かに疑問ではあった。軍団そのものを復活させる術式の規模と威力はとても一人の邪悪な魔法使いがなせる規模のものではない。例え『魔女』であろうと独力では土台無理であろうよ」

 

「邪龍の復活もやね。龍を動かすなんてのは、さすがに人間じゃ無理って決まっとるやん?」

 

けれど一つだけ、それを可能にするかもしれない。膨大なマナの資源に心当たりがある。

そう続けてアベルはそれを口にする。

 

 

「まさか『石塊』か?」

 

ケイはその気づきに頷き、だらしない表情をしているティアの方を示唆して続ける。

彼女はご褒美のおやつを美味しくいただいているのだ。これは戦略物資としてしっかりと持ち込んでいた。この精霊のご機嫌取りは文字通りの死活問題なのだから。

 

「同じ四大精霊が気づいてくれましたよ。これはムスペルの力だと。そして彼らは大いなる災いらしいですね。目的はたぶんいくつかあるでしょうが、ヴォラキア帝国の滅びは必要な条件らしい。皇帝を殺しても新しい王が出てくるのなら、その大地ごと崩してしまおうというのは理に適ってます」

 

「そのような理は誰にとってもあり得ぬと言いたいが、それほどか…『魔女』というものは…」

 

「魔女関連には常識は通用しないみたいです。損得で考えていると大地ごと国を失いますよ。利害などではなく、台無しが目的の破綻者だってどこかにはいる」

 

『やだなぁ。台無しにすることじゃなくて、ちゃんと楽しむのが目的だって知ってるでしょ。そんなに私は考えなしじゃないよ』

 

()()飽きっぽいだけだったなお前は。

 

事態の深刻さに追いついた皇帝とは違い、スバルはまだ何もわかっていない。

陣営の者たちと話したり情報共有をしたりと忙しかったが二人の対話を待っている状態だ。

 

「おいおいどういうことだってばよ?頭いい奴らで頷き合ってるだけじゃ会社は回んねーぞって!」

 

ドスドスと二人の脇腹に子供パンチをお見舞いしているだけの置物が抗議した。

 

その不敬にアベルが口を開こうとするが、ケイが制止した。

 

「敵はゾンビ化のマナをこの大地と繋がった一体の精霊から奪い取っている。だから使わせすぎるとそれはそれで大地ごと崩落して国どころか土地ごと消えるかもって話だよ。それを必死で自分で削ってるんだから、いよいよ時間はない。戦わなくて帝国は滅びる。ガークラに戻る時間はないって結論だ」

 

「ああ、なるほどね。……え?それってやばくね?」

 

遅れて理解したスバルが戦慄する。

 

その間にも皇帝は動きを決定したらしく。そのように動き始めた。

 

「しかし、帝都にこの軍勢で戻る意味はない。むしろ敵に利する結果となろうよ。大多数の将兵たちでガークラを固め、相手の策が通っていると錯覚させねばなるまい」

 

「そうですね。帝国が疲弊してくれるのは歓迎ですが、大地ごと崩落は流石に世界がそのまま終わりかねない。どんな仕組みでこの世界が成り立ってるのかは知らないですが4分の1が欠けたなら、流石に他も終わりになるでしょうしね。それは防がないといけない」

 

互いにわかっていることをわざわざ隠す必要もない。

そして、相手が知らないことを。わざわざ言ってやる必要もない。

 

こんなことならラインハルトも揃えるべきだったと、ため息が出る。

あれがいれば大体の問題が終わるというのに。

 

 

「そういえば予言!ウビルクさんだっけ?予言があるんだよな?」

 

スバルは記憶の彼方に消えかけていた予言についてを話題に出す。

それを聞いたのは最初の周回だけだったが、決して忘れてはいない。後から言い出してケイに怒られるのはもう御免なのだ。

 

知らぬはずのそれをいきなり話し始めたスバルにアベルは深々とため息をつくが、まぁそれはもういいという諦めの表情でウビルクを呼び寄せて説明をさせるのだった。

 

「つまりは『大災』の猛威を覆すための、二つの光です。一つは、王国の『星詠み』…ではない少年が連れた、言葉の通じない少女」

 

そしてそれらを聞いて、二つの光が潰えているのではという話になり。一旦全員が絶望を再演しているとケイはあっけらかんと言い放つ。

 

「グルービー・ガムレット一将はすぐそこまで来てますよ。帝都から拾ってきました。突撃の前に落としたので、ゴズ一将も含めてもうすぐ合流するはずです」

 

一同が驚愕し、さらにケイは驚きを畳み掛けてくる。

 

「それに一応、少女というのはティアの事かもしれませんよ。僕は星詠みじゃないし、予言にも合致する」

 

いや、星詠みじゃないという部分はウビルクの適当な改変っぽいのだが…

 

「なによ。まーたあたしのこと頼りにしてんの?最近多くない?やめてよね。まぁ、どういう話か聞いてやってもいいけど!」

 

そう言いながら上機嫌で予言の文言を詳しく聞き出したザーレスティアは即座に決めた。

 

「ブッ殺す!!」

 

心の中で思ったなら、その時スデに行動は終わっているらしい。非常にムカついたのでここ数時間、殺意を我慢した分も殺し続ける。

 

いつもより多く殺されてから、ケロッとした顔でケイは言う。

 

「ほら、ちゃんと言葉が通じないだろ。予言は生きてる。心配するな」

 

すると意外なことにハッとした表情でベアトリスが語り始める。適当なことを言って士気を保とうとしているケイと違って真剣そのものだ。

 

「そういえば、お母様が四大で一番に話が通じないのが『通り魔』とそう言ってたかしら。偶然とは思えないほどに、確かに状況に合致するのよ!」

 

適当な言葉に思わぬところから援護が来て驚いた。じゃあ、本当かもしれない。

というか予言について真剣に考えすぎるのはあまり意味がないとケイは思っている。

 

あの広範囲な『茨の呪い』に帝国最高の呪具師、呪いの専門家が必要なのは理に適っているし、『暴食』の権能があれば大抵のことはできるだろう。

 

予知がなくても思いつく手段である。なので別に予知はいらない。

 

ただ、これを聞いていればルイの封印に一悶着あっただろう。予言を聞く前に封印できていてよかった。

 

「あまり予言は重視しないで良いかと。ただの一情報として扱って、考えうる限りの最善を尽くすべきですよ。予言や予測とかそういう類のものは聞かせて初めて現実が変わることもありうる。そこの預言者が『星詠みでない少年』と結果的に言ったのならそれを最大限利用しましょう」

 

予言の自己成就という概念を知らない者たちへの説明は割愛し、抗議するウビルクを排除して、議題は進む。

 

「次の話だ。帝都へと向かう精鋭を選ばねばならない。貴様らの戦力はどれを割り振る?」

 

皇帝は、帝国存続のための最善手を打とうとしている。

ケイも同じだ。気がかりはこの後すぐに対処する。すでに気持ちは切り替えた。

 

「ああそうだ。プリシラはまだ生きてはいるようですが、助け出すことはできませんでした。魔女とも会いましたが、すでに死んで蘇っていたようです」

 

「おい!嘘だろ!それって、そうだ?アルは?あいつはいたか?」

 

ケイは首を横に振る。アルがいたのならなぜこの状況を許したのだ?これも想定通りなのだろうか。いや、そうではなさそうだ。

 

ケイとアベルが高速で事態をまとめ上げていく。

 

ようやく逃げ出してきた帝都へのトンボ返り。その決定に多くは驚くが、それは全体へは知らされない。

 

ガークラへと移動してから精鋭たちが出発すると改めて告知した。

その頃には、ギャレクに乗ったクルシュたちとグルービーが降り立ち。最後にゴズが到着して揃い踏みとなった。

 

 

帝都へと向かう者たちの選別を開始する。

 

「概ね決まったか。異論はないな?」

 

「問題ないですね」

 

「いやあるけども!これじゃ、強い帝国の人はガークラがゴズさんだけになっちゃわないか?大丈夫?さっきの襲撃が来たらそれこそ一瞬でさ…」

 

「仮に戦力をそこに留め置いたとしても、大元を討たねば持久戦では敗北は必至。こちらの限界でもあちらの限界でもどちらでも詰む状況にだけはさせぬ」

 

「戦力はまとめて一度にぶつけるに限る。相手からの奇襲や罠を看破できるならそうしない理由はない。それにガークラへは最低限の戦力は分けた。そうだろ?スバル」

 

言外にケイは言っている。全ての罠と奇襲をお前が防げと、そう言っているのがスバルにはわかった。

 

「全員が全力を出してもどうなるかわからない場面だ。相手の想定より早く多く強く攻めるしかない。そうしなきゃ世界は終わりだよ」

 

「ああ〜!もうわかった!わかったよ!こういう長いスパンでの判断はケイの方が絶対正しい。いいか、お前じゃないからな」

 

皇帝を侮辱することに義務感でも感じているのだろうか、アベルに青筋を生み出してスバルは黙った。

 

「では即座に動かしましょう。おそらくアナスタシア様もいるはずですから、そちらと合意を取れればそれで終わりです」

 

「あ〜それなんやけど。ケイくんちょっとええ?ていうかお久しぶりやね。この前のカララギ訪問以来やん。元気そうで良かったわ」

 

のほほんとした。休日の茶屋での対話のような穏やかさ。そう、呑気な声がかけられて全員がそちらを向く。

 

周囲は一応人払いはしていたし、隠れるところのない平地なのだが、なぜかその男は急に現れた。

スバル以外は驚かず、その黒い狼人の言葉に耳を貸す。

 

「アレはちょっと、流石に僕でも怖いやん?ケイくんが、ちゃあんと手綱を握ってるようには見えるんやけど、そこんところだけは心配やなって。アレがいたらアナ坊をここに降ろせんよ」

 

最強であっても警戒を指し示すのは、遠くに離していても何よりも目立っている『再誕の遺児』に対してだ。

ケイは頷きその問題と向き合った。問うのはアベルに対してだ。

 

「あれの赫炎を消すことはできませんか?プリシラはできたと思いますが」

 

消えない炎はあの生き物を燃やし続けていた。それを超える速度で再生をし続けているだけだ。その分の熱量は周囲の環境から奪ってどうにか成り立っている。

 

移動にかなりの熱を使い果たしているようで、邪龍で補給できなければおそらく消滅していただろうとティアは言う。

 

ケイはアベルの炎による上書き。それをあてにしていた。

目を細めて、陽剣の主がそれを見る。

 

「アレは、皇帝が与えた炎だな?」

 

ケイは頷き、それを肯定する。

 

「消すことはできん。余の陽剣は本来の輝きを発揮しない。完全な陽剣の炎を、不完全なもので消すことはできないのは道理だ」

 

 

「そうです…か」

 

ケイは少し遠い目になってから、すぐに現実に目を戻す。

 

「大丈夫。最後に仕事をしてもらって、アレは解放しますから」

 

そう言って、ケイは『再誕の遺児』へと声をかける。

解放という言葉に物騒な印象をスバルは感じるが、ハリベルは神妙そうに頷いた。

 

「前方の魔法陣。地雷原を全部吸ってこい。他に伏兵がいるならそれも吸っていい」

 

そう言われた二種の炎で燃え続ける歪な怪物は、再生と死を繰り返しながら命令を全うする。

体はすでに原型を留めておらず、常にボコボコと体を膨らませている多脚の肉塊へと変貌しつつある。

 

その後しばらくして、それを終えたのか遺児は熱の放射も吸収も最小限にしてケイに近づいてきた。それでも一分ほどでケイは死ぬ。それも受け入れていた。

 

炎に焼かれ続ける苦しみをケイは知っている。

こいつには散々焼かれたからお互い様とどこかで思うが、受けたもの以上に苦しめ続けるのは流石に忍びない。

 

どのみちこれ以上は長くもたない。陽剣の炎にここまで単純な物量で対抗できるというのが奇跡だったのだ。

 

炎を消せるならまだ一緒にいたかったが、仕方ない。

 

誰にも聞かれないように近づいたケイは、片膝をつき、赤熱する呼吸を繰り返すその存在の前にしゃがみ込む。焼けただれ、崩れかけたその顔に声をかける。

 

「……もう、再生しなくて大丈夫だ。辛いなら、終わっていい」

 

それはもしも仲間が聞いたならば驚くほどの優しい声だった。燃やされながらそんな声が出せるのはもう痛覚が通常とは明確に異なってしまったケイだけだろう。

 

ずっと続いていた赤子の泣き声が、ふと途切れる。

 

ぐらりと、その体が崩れ落ちる。

熱を孕んだ皮膚がはぜ、鎧のように重なっていた角や肉片が一つ、また一つと剥がれ落ちていく。体内から上がる火はもはや暴れず、名残を惜しむように静かに空へと舞う。

 

陽剣の炎に身を焦がしながらも、なお抗い、ケイを守り、彼の足や翼として全うし続けた存在の最後だ。最後の火が胸元から浮かび上がり、ゆらりと天を目指す。まるで、それがその命そのものであったかのように。

 

体は焼け焦げ、もう原形をとどめない。

無数の命を継ぎ接いだような、他者の命を吸い続けることで生き続ける異形の生物だったが、それでもそこにあったのは命だった。

 

誰かの都合で生み出され、命を使いきった『再誕の遺児』。

 

火の粉が夜空を舞う。濃密な焦げた匂いと、温もりを含んだ風が肌を撫でた。

闇の中、ただひとつ、天へと昇る火柱が辺りを照らし出す。それは鮮やかな赤と白の炎の螺旋であって、命の最後の輝きだ。

 

その場にいた者たちは、誰も言葉を発さなかった。

それほどまでに、そこに在る火は神聖で、どこまでも美しかった。

 

光に照らされる顔々。

泣く者はいない。皆怯えている。だが誰一人として目を逸らさずに見届けていた。

一体の怪物が燃え尽きていく様を、誰よりも人間らしく見送るケイのその在り方を。

 

 

しかしケイは自身の感傷を自覚して、それを唾棄すべきものとして否定する。

その骸骨のような頭部が微かにこちらを向き、何かを伝えたように思えたのは、ただの錯覚だ。

 

恨みかもしれない。殺意の可能性が高い。こちらを向いたというのだけが事実だ。

 

かつて失った仲間たちとのように絆があったなどとは都合よくは考えない。それはこちらのエゴだ。

 

できるのは意思の尊重だけ。最後に与えた選択肢だけが唯一のコミュニケーションと呼べる代物だった。

 

この光景を美しいと感じる心を身勝手なものと理性が否定する。

これを勝手に美化することこそ冒涜だ。自己満足はここまでにしろ。

 

そしてケイは気持ちを切り替えて、現実へとまた戻る。

 

帝都から『魔女』を廃するために。()()()()()に収めるために。

 

そして大切な()()を救うためにケイは行動を開始する。

多くの灰を被りながらも、歩むのをやめない。

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