【FILE:217】再来の帝都
何の因果か、彼らは唐突にやってきた。
ルグニカ王国の王選でもそうだったのだが、ケイとスバルという異常は唐突にそこに湧き出るようにして介入を始める。
脈絡がない。理由がない。背景がない。前提がない。
それでもだ。ナツキ・スバルが深く帝国と関わり続けるというのは想定内だったが、ケイが再び積極的に介入してくるというのは彼の行動として違和感が大きい。そういった方向での期待値を外すことはあまりなかっただけに、スピンクスは考え込んだ。
全てを見通すことはできない。だから、やれる範囲でやるだけだ。
どうやら積極的には関わるつもりがないようで、再度ヴォラキアから消えていったことで懸念を払拭し『大災』を起こした。
最初に皇帝を殺し、指揮系統を破綻させる。そして生者と死者の闘争の中で魂の変質や変容を成し遂げる個体を見つけ、参考にする。
大枠としては上手くいった。しかし、なぜか彼らは健在で帝国はいまだにまとまった抵抗ができるほどの力を残している。
スピンクスはケイを知ってからその思考法を研究した。
発言から真意を予測し、行動から本意を知る。
体得したその合理的な思考を活用すれば、このところ立て続けに起きていた歴史的な事件との符合が非常に多く無視できないことに気づく。
あの狡猾な『怠惰』を犠牲者を出さずに討伐などできるはずがない。
大罪司教が揃った
はずがない。というものを毎度ひっくり返してきた事実をスピンクスは軽視しない。
こうなると、まともな予測それ自体が意外な結果を演出するための前置きのように見えてくる。
この『大災』は彼ら英雄のための生贄ではないのか?
壮大な儀式の、大きな大きな捧げ物。誰かの物語のお膳立てに自分を利用するために、この世界はずっと苦難を私に与え、そして『大災』へと目指した直後から追い風を吹かせていたのではないのか?
その疑問にたどり着いた時。よくわからない。処理できない。言語化できない何かが生まれたような気がしたが、雑音として無視していく。そんなものに時間を使うのは合理的じゃない。
そもそも、懸念が生まれたところで、スピンクスは止まらない。
しかし、やり方は変える必要がある。
「要・検討です」
もっと合理的に。もっと効率的に。もっと独創的に。
「要・検証です」
もっと。もっと。もっと。もっとだ。
魔女は『強欲』に知り続ける。未来の可能性を予測し、穴を潰してそして備える。
反乱軍と帝国軍の戦いに乗じて皇帝を暗殺し、そして洪水を起こして死者の軍勢を用意するという最初の想定は大きく崩れた。
まず、皇帝は死んでいなかった。影武者を殺しただけであり、剣狼たちは統率を失っていない。
洪水を引き起こすための仕掛けも誰一人として気付かぬはずのそれは魔法のことを何も知らないはずの囚人たちが野蛮な掛け声と共に破壊して回った。
何も理解していない顔で、何も思考していないままに最高効率で仕掛けは破壊し尽くされた。
結果的に堰は九神将同士の戦いの余波によって破壊されたが、それは中途半端なものであり撤退の時間が生まれてしまった。
「要・修正です」
そこからはただひたすらに闘争を煽ればよかった。
ヴィンセントの妹に当たるラミア・ゴドウィンは魂を分ける方法を編み出し、英雄たちと邪龍は魂を変質させてその姿を変えることに成功した。
それを元にまずは自身を複製させ、そして変容へと試行錯誤を重ねている。
これは大きな前進だ。目的は達しつつある。
自分を滅ぼすために異常個体たちが向かっているのなら逃げてもよかったが、他の目的がまだ達成できていない。
この国を滅ぼし、それを見せてみたい相手がいる。
愛する侍従をこねくり回して変貌させ、その姿を見せてみたい相手がいる。
横に置いていた道化をくびり殺し、死体を見せてみたい相手がいる。
私は眼前にいるこの人物、プリシラ・バーリエルが苦悶に、苦痛に、後悔に顔を歪ませる姿を見てみたいのではないだろうか。
自分にそんな欲求があるのではと、初めてそんな疑問を抱きそれを大切に拾い上げて大袈裟に掲げる。『強欲』への最初の一歩であると信じているこの種火をもっと大きくしなければ。
私には愛が足りていないらしい。愛と憎しみはほとんど同じと誰かが言った。
ならばこの雑音を感情として、憎しみと定義して信じよう。彼女を憎んで憎み切った先の景色が見てみたい。
そうしてこそ、『強欲の魔女』になれるのではないだろうかと、そう思う。
感情らしきものを感じ取ることができた。これだけでこの300年になかった進歩である。
しかしまだ激情を感じたことはない。
「私は知りたい」
そう、初めて純粋に自分で願ったのだった。
生者が後にした帝都でスピンクスは備え続ける。そうすると、突如として竜巻が起きたと報告を受け取った。
確信する。これはあれが起こしたものだ。
きっと来る。そしてどうにかしてこちらを上回り、そして目的を達成するのだろう。
その手段はわからない。けれど、その結論に自信があるなら打てる手段も変わってくる。
相手の狙いであるプリシラの影武者を立てる。やられたことをそっくりそのままお返ししてやるのだ。
『九神将』白蜘蛛のチシャ・ゴールドを使ってそれをする。敵陣に戻り次第、内部をズタズタにしてもらおう。ナツキ・スバルに会う前にどれだけ被害を出せるかの勝負になる。具体的な方法を指示しておいた。
チシャ・ゴールドは本来蘇るはずのない人物だった。平穏な心持ちで死にゆく魂を捕まえる方法はこれまでなかった。
そもそも不要だと思っていたからだ。しかしその考えも水門都市で変わり、改良を施すことに成功する。
新たな『秘蹟』は対象をもはや選ばない。
手当たり次第に復活させて、歴代皇帝も50以上を揃えた。
これほどの陣容をもってしても、この世界の歴史にない炎の怪物に罠は破壊され殺すことは叶わない。
謎の炎の怪物が何より理解不能だった。それを成したのはやはりケイという人物。
けれど、私の勝ちだ。
プリシラは別の場所に移動させ、本人しか触れられないマナの塊は本人そのものになったチシャが代わりにつけ、誘引するエサとした。
最後には見破られたようだが、相手は目的を達せず、炎の怪物は陽剣の炎に晒された。
即座に死なないのはやはり予想外だったが、それでも陽剣の炎からは逃げられない。あの怪物は死んだだろう。
帝都から逃れた皇帝たちへの追撃は、思ったように一つも進みはしなかった。その異常事態の中心にいるのはやはりまたあの二人だ。都市国家の最強が来たのが何より痛い。
あれほど準備を重ねた襲撃が、まさか一息に崩されるなど常軌を逸している。世界最強というのは過大評価ではないらしい。
それにしてもおかしい結果なので、やはりナツキ・スバルが何かをしたのだろう。
けれど問題はない。撤退戦自体が、こちらにとって都合の良い動きなのだから。
「要・観察です」
そうしていると、やはり彼らは戻ってきた。
ガークラへと戻れば、その間に帝国は滅んでいただろうに。彼らはそれを許さない。
彼らが、ガークラへと引きこもるならそれも良かった。
屍兵たちを順次送りつけて困難を演出し、ムスペルが枯れ果てるまで大好きな戦いを演じてやるというのが一つのプランであったから。
こちらを討とうと出てきた時にはもう手遅れになるように、精霊のマナは削り続けているのだ。
しかし、やはりケイという異常値はその想定を外す動きをしてきた。
そもそも、当初の予定ではルグニカ王国の誰とも関わらないで『大災』を全うする予定であったことを鑑みれば今の状況がいかに異常かよくわかる。
王国に並み居る異常値たち。彼らに比べれば帝国の『九神将』など可愛いものだ。
唯一警戒していた『青き雷光』がいなくなり、幼児化されていたとわかった時にはあまりに都合が良いと少し警戒してしまったほどだ。
しかし、やはりどこかで来ると思っていたからこそマナは無駄撃ちしていない。
全てを活用して、そして討ち滅ぼしてやる。
彼らは真っ直ぐに、空からやってきた。黒竜へと精鋭たちを乗せ、帝都上空に無防備に現れる。
用意していた空中魔法陣を起動させ、相手の自由を奪い一方的に撃ち落とす。
そのはずが、超遠距離から魔法陣が的確に破壊されていく。偽装を幾重にも施した、この世界初の空中魔法陣をだ。
先の空中からの襲撃にすら出し惜しんだそれを知っているものはいないはずで、造物主であっても知らない新たな方式であるはずなのに。
しかし彼らはそれをまるで既知のつまらない障害として処分した。
「要・対応です」
飛竜たちに肉薄させ、隠し持った魔石を起動し爆破する。
わかっていても対応ができないはずのこの策を、彼らは正面から力技で封じ込めた。マナの操作を妨害する、対魔石を見えないほどに小さく砕き、空中散布しておいたというのに。
それを行ったのは、セリーナ・ドラクロイの飛竜隊と黒竜の羽ばたきだ。
通常、何も見えない空間にそんなことをする意味はない。
何かを警戒するとしても、風の魔法で一掃するのが普通である。
それでも彼らはそれをした。
その結果、十全に魔法を振るうことができる大精霊の暴風が全てを寄せ付けず帝都の上空まで侵入を許す。
もちろん終わりではない。むしろここからが本格的な防御網だ。
雲龍の咆哮。
魔弾の射手。
対空砲撃術式。
蘇らせた魔法使いたち。
何よりスピンクス自身の全力の魔法攻撃が、落下することしかできない彼らに浴びせられる。
全属性の対空砲火。あらゆる色が空中で弾け、彼らの命を散らそうと爆ぜていく。
光は熱を持ち、音は暴力を纏う。空そのものが怒りを表現するように――赤、蒼、金、翠、紫、黒、白。
それらは光の尾を引きながら、意思をもって獲物を狙うかのように曲がり、捻じれ、空を切り裂いた。
爆風が風向きを狂わせ、熱波が羽を焦がす。
一つ回避すれば、三つが迫る。避けた瞬間に読み込まれ、次の瞬間には迎撃の軌跡が出来上がっている。
それはもはや網。色と音と衝撃で編まれた、死の網。
空を舞う彼らの影が、断続的な閃光に照らされては、次の瞬間には爆煙に呑まれていく。
いや、全属性どころではない。強欲の魔女の知識にあった今の世界に使用者のいない魔法攻撃すら加えていた。
魔法のほとんどは、接近した際に爆発するように改良してある。だから、全てを余裕をもって打ち落とさなければ絶対に被弾するはずだ。
これも合理を身につけた後に開発したものであって、世界初の
どれだけの技量があればできるのだろう。
どれだけの準備があれば可能なのだろう。
どれだけの運が彼らに味方しているというのだろう。
彼らを乗せる黒竜の巨体にすら、一撃すらも到達せずにそれは上空からの降下を成功させた。
特にこちらを出し抜く一手があったわけでもなく、本当に奇跡のような噛み合いだけで突破する。
その光景に、スピンクスは言葉を失った。
「何を見せるかと思えば、貴様にしては趣のある光景ではないか。妾に期待をさせようという魂胆か?」
拘束されたプリシラ・バーリエルへと、今の様子は見せていた。別の場所の出来事を映す水鏡の魔法を展開しそれを見守っていたのだ。
思わず憎しみを向けたい相手を忘れるほどに、目の前の異常へと見入っていた。そこに抱く感情に、やはり魔女はまだ気づいていない。
それを見とってプリシラは笑う。
「今ならば妾の敵と認めてやっても良い。それほどに良い顔をしておるぞ貴様は」
スピンクスは怒りに染まり、理不尽に対しての鬱憤を隠しきれていないように体を揺らしている。
だって当たり前だろう。どれだけ考え尽くして準備してきたと思っているのだ。
どれだけ時間と資源をかけて用意を尽くしたと思っているのだ。
それを自覚しないまま。魔女は心の底から怒っていた。
この世界にある理不尽に怒り、そして決して屈しないと目を燃え上がらせている。
それは、プリシラをして敵と認めることに否はないほどの強い感情。
「ふむ。『はっぴーばーすでい』というやつじゃな。すぐに妾が終わらせてやる生ではあるが」
どこまでも傲岸不遜を崩さないプリシラにも、何をしても知り尽くして攻略してくるナツキ・スバルにも。
理不尽を許す世界そのものにも憤怒を向けて、それでも『魔女』は何一つ諦めていなかった。
「はじめましょう。ナツキ・スバル。あなたはこれも見通せますか?」
諦めることには、何の生産性もないのだから。