亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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だんだんと異なる展開が増えていく
さらにもう一発!


怠惰討伐
【FILE:22】怠惰一閃


猿でもできる魔女教狩り、などと銘打って作戦会議をするつもりであった。

 

ようやく成した白鯨討伐。

 

レムの無事も確認して、ケイとの友情も深まって。さぁ次だと思った矢先。

 

 

スバルは死んだ。

 

 

あまりにあっけなく。脈絡もなく。意味もわからなかった。

 

振り返ればあの時と同じだと気づく。エミリアに『死に戻り』を打ち明けた時。

あの時のペナルティがスバルの内側を傷つけたのだとわかる。

 

だがこれはかつてないことだった。

あの影のような手に苦しめられることはあっても、殺されることは一度としてなかった。

白鯨戦を通して何度も禁忌に触れかけたが、それでも死ぬことなどなかった。

 

あれはスバルを決して殺さない。そんな認識になっていた。

心のどこかにそんな確信があったのだ。

 

 

ケイは問いかけた。

 

「白鯨の情報。あれの出所は実体験だな?話せないなら沈黙を。あれに止められていると受けt…」

 

黙っていても答えになる問い。言わなくても伝えたことになってしまうそれに怯む。

 

怯むと、世界が止まってアレが来た。

何か焦っているような。いつもの愛おしさの溢れる手つきではない。どうしたのだろうと心配になってしまう。

 

何かをためらっている?なぜ触れてくれないのだろうか。意を決した様子で、その手は最短で手早くスバルの命を奪う。

 

なん…で?

 

『愛してる』

 

なんで、泣いてるんだ?お前は。

そう考えた時には、すでに死んでいた。

 

 

この邂逅の記憶を失って、再び意識が覚醒する。

 

 

視界が戻る。死に戻った時の感覚がスバルを貫き、状況の把握すらできない。

 

呆けてしまう。

 

仕方ないだろう。だって今まではありえないことが起こったんだから。

 

ケイが問う。

 

「白鯨の情報。あれの出所は実体験だな?話せないなら沈黙を。あれに止められていると受けt…」

 

「…あ?」

 

状況が何も掴めないまま問いを受ける。また同じように死んだ。

しかしほんの少しだけ、倒れた後の光景が見えた。

 

ケイも倒れているようだ。

 

『愛してる』

 

 

 

 

ケイが問う。

 

「白鯨の情報。あれの出所は実体験だな?話せないなら沈黙を。あれに止められていると受けt…」

 

何が起こるのかは知っている。衝撃を受けることすら許されない。

 

「ぁ、待って、待ってくれっ!!!」

 

必死に言葉を絞り出すと、問いという名の死が止まった。

助かった。

 

はぁはぁと必死に息を吸って吐く。脳に少しだけ酸素が回るとゾッとした。

 

待て、今は一体いつだ?

 

急ぎ周辺を見る。白鯨の死体なんて視界に入っていたはずなのにそれすらわからなくなっていた。

 

そしてレムが治療を受けているところを確認し、全身から力が抜けた。

そこから再編が完了する頃まで、スバルはレムの膝に縋りついていた。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 

 

 

この衝撃の死から立ち直るのは自分でも意外なくらい早かった。

あまりにも現実味がなかったこと。レムが支えてくれたこと。そして何より、白鯨の討伐が確定したという事実に気づいたのが大きい。

 

正直、これから魔女教の討伐を行うとなった時の最大の不安がそこだった。

あのリンガ屋の前からのリスタート。それを何度も行うなんて想像したくない。起こるとわかっているドッキリに狼狽する演技などスバルにはできないだろう。

 

その懸念が払拭された。勝利で昂ったところに失うかもしれない恐怖を思い出し冷静になれた。そう考える。

 

ケイは今は質問をやめてくれているが、質問の仕方が鋭すぎる。

死に戻りが露見する際にはバレた相手をこの影は殺してしまう。エミリアにしたように。

ケイも殺されていた。しかし不死であるケイにはペナルティにならないから、スバルを殺して問い自体を死に戻りでなかったことにしたのではないか。

 

そしてこれは感覚的な問題だが、あの影がケイに反応している気がする。自分に向けられる執着とは違う、何か嫌悪感というか負の感情を感じるのだ。

 

 

「悪い、みんな待たせたな。こっちも準備できたぜ。これからの確認をしよう」

 

「こら大物やわぁ。兄ちゃん。あんだけやって見せつけて、みんな待たせた後にそんだけ凛々しい顔できんのやなぁ!ほんま心から尊敬するで!」

 

「文字にすると皮肉にしか聞こえねぇんだけど、リカードさんはマジで尊敬してそうでヤダ」

 

「がははは!んな、みみっちいことせんわ。大物やと本気で思っとるでみんな、な!」

 

「とんだ生き恥を晒した…っ」

 

先ほどまでの醜態も、みんなには白鯨討伐後に気が抜けてしまったように見えるのだろう。

それならそれでいい。こっからが大事だ。

 

「スバルきゅん。スバルきゅん。フェリちゃんは見てるの楽しいんだけど、これ以上待たせると〜。あの顔に二度と笑顔が戻んないかもだよ」

 

指さす先には、ラムが…いや見間違えた。ケイがラムに並ぶ絶対零度の目線でこちらを見ている。

いい加減に始めていいかと、昨日からずっと言い続けている本気の小言が聞こえてくる。

 

「だいぶ待った。問題ないようだから始めるぞ。事前の計画から大きな変更はなし。戦力は想定以上を持ってこれてる。始めて詳細を聞く人もいるだろうから小隊長はしっかりと伝達を。単純な数でも練度でも魔女教に劣る点はない。順調にいけば勝てる」

 

そこに集まる全員が頷く。驕りではない、確かな自信がそこにある。

 

「スバルが示した基本方針に則り作戦を前後で二つに分けている。まず前半は最短で強襲し敵の首魁、大罪司教怠惰の殺害を目指す。これにあたるのはスバル。ヴィルヘルム。ユリウス。ミミとティビー。以上だ」

 

計画立案の時点ではスバルはユリウスの割り振りに疑問を呈した。ヴィルヘルムとユリウスが頭一つ抜けた戦力である。それを一つにしてしまうと他に綻びが出るのではと。

その懸念をケイは馬鹿にせず、しっかりと反論する。戦力の集中が基本であり、最も警戒すべきは大罪司教である。怠惰は交代でもしているのか100年以上の単位で活動を熱心に続けている。当然、一度殺せば死ぬというのは楽観的すぎる。

 

武力ならヴィルヘルムが。魔法ならユリウスが対応できる。そんなやりとりも踏まえて最高戦力の二人は怠惰と戦うことが決まった。

 

「その後は最低10箇所に分散している魔女教徒の殲滅。これは僕が指揮を取りリカードさんとフェリス、へータローが動く。それぞれ戦力としては怠惰には質が。魔女教徒には量が重要になる」

 

「敵首魁の索敵および誘引の方法はまたもスバルの囮作戦。白鯨と同じく魔女教も寄ってくる体質とのこと、それを利用して目標を叩く」

 

「同時に行うのはエミリア様と周辺の村人など非戦闘員の避難。これはアナスタシア様とラッセルさんが手を回してくれている。周辺にいた商人たちも保護のついでに足として確保する」

 

これらは全て事前にケイが聞き出していた内容だった。大枠を確認し、その他の共有事項を詰めていく。

 

「おっしゃ!やったろうや兄ちゃん!」

 

リカードに背中を叩かれ激励されそれに応えると他のものも叩いてくる。

くそ。体育会系のノリなのに心地よい。次はお前かとケイを見たら、普通に作戦資料を読んでいる。

 

 

全員に白鯨の時とは異なる気迫が宿っていた。

これはすでに勝てるかどうかの戦いではなく。どれだけ削られず逃さないかの勝負であった。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 

 

 

落ちた草葉の感触を足裏に感じながら、スバルはゆっくりと歩を進める。

 

足場の悪い地面を踏み、スバルが踏破するのは薄暗い森の中だ。

日差しはすでに高い位置まで上り詰めていて、捧ぐ太陽光が木々の隙間から差し込んできている。吹き抜ける風は湿り気を帯びていて、早まる心臓の鼓動を意識するスバルに、額に浮かぶ汗の冷たさを実感させた。

 

———今、スバルはひとりきりだった。

 

風の冷たい森の中を孤立して歩くスバルは、街道を一緒に駆け抜けたパトラッシュすら連れていない。手の中は空で、億劫そうに肩を揺らして歩く姿はいかにも頼りがなかった。

 

「きたな。……こう、静かな部屋の隅で、ふとゴキブリの存在に気付いたみたいな感覚が」

 

動かない黒い物体Xと無言で睨み合い。そのときのものに近い、端的に嫌な感覚が全身を這いずり回っている。

ふと目を凝らせば、右も左も似たような森の風景———そこに、いつか見たことがあったような不可思議な既知感に気付くことができた。

否、本当に、知っている景色に出くわしたのだ。

 

「こんだけ道でもない道を歩いて毎回辿り着けんだから、俺の方向感覚というか勘というか、研ぎ澄まされ過ぎてて軽く笑えるな」

 

あるいは、鼻が利くようになっているというべきか。

 

「———お出迎え、ご苦労さん」

 

正面の薄闇に目を凝らし、現れた魔女教徒にスバルはそう労いを口にする。

まるで意思のない操り人形のように、言葉も主張もなしに蠢き続ける、その本意はどこにあるのだろうか。

 

 

「詳しい話はお前らの頭に聞くからいいとして……とりあえず、失せてろ」

 

「——————」

 

「よくはわからねぇけど、序列的には俺が上なんだろ?頼むぜ」

 

手を上げて、どこかへ行くように彼らへ指示。

すると、黒装束たちはスバルへ敬意を示すように頭を下げ、その姿勢のまま滑るように再び闇の中へ溶けていく。これも、想定した通りの反応だ。

 

高く切り立った岩壁が正面に広がり、森が巨大な爪痕でも刻まれたかのように途切れている。大岩が崖のすぐ下の地面を塞ぎ、いかなる原理かそれにスバルが触れれば隠された洞穴への道がこの身を冷たく暗い壁の中へ誘う。

だが、岩に触れるより前に、スバルを出迎える影がこちらを見る方が早い。

 

「———お待ちして、おりましたデス。寵愛の信徒よ」

 

両手を広げて、その表情に歓喜を浮かべる男がいる。

こけた頬に落ちくぼんだ瞳。深緑の髪は不健康的な色艶をしており、黒の法衣の下から覗く手足は枯れ木のようにか細く弱い。歳の頃は三十代半ばといった風情に見えるが、全体的に虚弱さが伝わってくる姿は五十代と言われても驚きではない。

ただ、変わらずこちらを見つめてくるぎらついた双眸の輝きだけが、狂気的な光を灯してスバルを舐め尽くすように注ぎ込まれていた。

 

「私は魔女教、大罪司教『怠惰』担当。ペテルギウス・ロマネコンティ……デス!」

 

伸ばした舌の先から涎を垂らし、狂人———ペテルギウスがケタケタと笑って、スバルを出迎えていた。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 

 

 

仇敵であるペテルギウスを前にして、スバルは自分がひどく落ち着いている事実を実感していた。

 

おそらくは自分の短い人生の中で、この男ほど憎悪した相手は存在しないだろう。

この男を殺すことだけを考え、目の前が真っ赤に染まり、思考が殺意で焼き尽くされるほどに憎み続けた。

大事な人間を、親しく接した人々を、容赦なく無残に殺害せしめる最悪の災厄。

必ず、その首をこの手でへし折ってやるのだと息巻いていたはずだったのに、その枯れ木のような凶相を前に、今のスバルが抱いたのは少しではあるが安堵であった。

 

———それは先頃、魔女教徒と無事に接触できたときのものと同じ類のもので。

 

「歓迎いたしマスよ、魔女に愛されし愛し子!素晴らしい。素晴らしい。素晴らしぃぃぃぃぃぃぃっ!その身にまとう愛のなんと深きことか!その身を包む愛のなんと高きことか!その身を抱く愛のなんと熱きことか!この場において!アナタのような、ような、うなうなうなうなななな!寵愛の信徒が新たに顔を見せるとは!なんと、いと素晴らしきことか!」

 

そんな感慨を得るスバルの前で、ペテルギウスのギアはすでにトップに入っている。頭を振り乱し、骨の浮いた手の甲を掻き毟り、自傷で盛大に血をこぼすペテルギウスは歓喜の激情を抑え切れないでいる。

一度目は恐怖で、二度目は敵意で、見届けたそれは三度目になって、ようやく嫌悪という当たり前の感情へと至った。

 

「あー、えっと、俺はこの場でそちらに合流……でいいのかな。なんか手続きとか、印鑑とか押さなきゃいけない書類とかある?実印ないから拇印でいい?」

 

「この場でワタシの傘下に加わるには、アナタの身に与えられた寵愛は色濃く出過ぎている気がしマスがぁ……これだけ芳醇な魔女の香りはワタシにすら与えられていないのデス。『色欲』や『憤怒』あたりならばさぞや羨むでしょうが……ひょっとして、アナタは『傲慢』ではありませんデスかね!?」

 

「傲慢……?」

 

「大罪司教の六つの席の内、『傲慢』のみがいまだ空席なのデスよ!相応しきものが現れるまで、大罪は揃うことがなかったのデスが……魔女因子はすでに次代の傲慢の下へ至っているはずなのデス。———アナタ、『福音』は受け取っていマスかね?」

 

一歩、ペテルギウスがスバルの方へ距離を詰め、その首を九十度傾けて問う。

その問いかけの求める先が、スバルには困惑しか返すことができない。『傲慢』ではないのか、との問いかけに対し、スバルは答えを持っていない。かといって彼が語る『福音』とやらがなんであるのかも、理解の及ばない領域だ。

下手な答えを返せず、さりとて無言で場を流すことも許されず、押し黙ってしまったスバルをペテルギウスが怪訝に眉を寄せて、

 

「———脳が、震、える」

 

小さく、掠れた声でペテルギウスがそう呟く。

だが、そのか細い声からは震えが、先ほどまでの歓喜の激情の一切が消失し、残されているのは聞くものに不安と怖気を催させる空虚さの極み。

向かい合うだけで不安感が掻き毟るように巻き起こり、スバルは自分の呼吸がいつしか速くなっている事実を思い知る。

 

心臓が高く弾み、胸骨を叩くように軋ませて痛みすら感じさせる。

膝下が小刻みに震え出し、まともに立つことさえ意識を払わなければ不安定になりかねない威圧感の風———その中で、ペテルギウスが首を反対に傾けて、持ち上げた右手の指を口の中に差し込み、噛み潰す。

 

「『福音』の提示を。寵愛の、証を———」

 

黒の法衣の内側に左手を入れて、取り出されるのは漆黒の装丁の本だ。

元の世界の辞書程度の大きさのそれを片手で器用に開き、めくられるページにペテルギウスの血走った瞳が走らされる。そして、

 

「ワタシの福音に、アナタの記述はないのデス。さて、アナタはいったい、何故にこの場に現れ、訪れ、どういった意味合いをワタシにもたらすのデスか」

 

「その本のタイトルが『福音』だっつーんなら、アレだ。ちょっと色々とあって、その本は今は手元になくてさ」

 

「色々、デスか?」

 

「ああ。———空飛ぶ時に重くて邪魔だったから、捨てた。あと黒すぎてダサい」

 

———ここが、分水嶺だ。

 

スバルのふざけた答えを耳に入れた瞬間、ペテルギウスの表情が凶相に変わる。

直後、狂人の影が爆発するように広がり、そこから無数の黒い魔手が空へと伸び上がる。いずれの掌も、人体を易々と引き千切る膂力を備えた悪夢の顕現だ。

それは空高く舞い上がり、首をもたげた蛇のようにスバルを睨みつけると、一気に急加速してこちらを絡め取ろうと飛びかかる。

———直前、

 

「フォロー、ミー!!」

 

ポケットから抜いた掌に、握っていた魔鉱石を天上へ放り投げる。

赤の色に染まるそれは攻撃色でありながら、向かう先はペテルギウスではなく空だ。高く上り、朝焼けの空に投じられた魔石が弾け、光を放つ。

同時、スバルの体は後方へ全力でバックステップ。

「甘いの、デス!甘い甘い甘い甘いまいまいまいまいまいまいまいいいいいいいいいい!!デス!!」

 

そうして逃走の体勢に入るスバルへ、踏み出すペテルギウスが『見えざる手』を伸ばして襲いかかる。

七本の魔手は上下左右から渦を巻くようにスバルに迫り、魔女の寵愛を無碍にする背信者へ天誅を下さんと息巻く。

だが———、

 

「わ———!」

「は———!!」

 

重なり合う遠吠えが、大気を鳴動させて膨大な破壊を大地に巻き起こす。

岩肌の地面がめくれ上がり、土塊が風に巻かれて噴き上がり、生じた地割れが蜘蛛の巣のような亀裂を大地に生み、断崖絶壁に爪痕を刻みつける。

 

「な———!?」

 

振り返るペテルギウスの眼前、一対の獣人の姉弟の合わせ技が、崖下にうず高く積まれた大岩を中心に爆ぜ砕かせる。———つまり、それは岩の裏に隠されていた魔女教の集会場のひとつを塞ぐ行いでもあり、

 

「生き埋め上等だ。———てめぇらの行いを詫びて苦しめ」

 

中指を立て、歯を剥いて獰猛に口上を叩きつけるスバル。

震えるペテルギウスの目の前で、岩壁は生じた亀裂からの破壊を支え切れず、その大部分を脆くも崩壊させ、その下に押し隠していた魔女教徒たちを丸ごと叩き潰す。

 

 

「なんたる……なんたる、事を……ッ!!」

 

持ち上げた両手で自身の頭を掻き毟り、指を詰めて毛髪を引き抜く。乱暴な所作に千切れる髪、頭皮から血がこぼれ、なおも尽きぬ激情に地団太を踏み、

 

「ワタシの指先を……こうも、無残に、無慈悲に、無秩序に、無作為に、無造作に、無意味に、殺害して殺して滅殺してせしめるとは……ああ、ああ、ああ!脳が!脳が!脳がぁ……震える、えるるるるるるるるぅ」

 

「うひー、なんかおっかないよあのオッサン~」

「魔女教徒は誰彼かまわず、あんなものですよ、お姉ちゃん」

 

子供のように悲嘆に暮れるペテルギウスを見やり、気味悪そうに声をひそめ合う獣人の姉弟———ミミとティビーの二人だ。

気配を消し、スバルの後方から同道していた二人が、スバルの投じた魔鉱石の光を合図に飛び出し、打ち合わせ通りに援軍の道を即座に塞いだのだ。

 

値千金のお手柄を成し遂げた二人を、ペテルギウスがゆっくりと睨みつける。

 

「『怠惰』であれ———」

 

ペテルギウスがそれを口にした瞬間、黒い靄が爆発的に世界に広がる。

まさか、『見えざる手』以外にこんな隠し種が———。

 

「あ?」

 

こちらの全身に叩きつけられたはずの黒い靄。それはスバルの全身を間違いなく撫でていったはずなのだが、なんの異常も感じられない。

 

「なん、だ?」

 

影響のない手足を確認し、スバルは困惑を口にして目を瞬かせる。だが、そうしてなんら被害のなかったスバルに対し、

 

「———ぁぅ」

 

と、苦しげな声を漏らして、二人の獣人がその場に崩れ落ちた。

ミミとティビーの二人は顔を強張らせ、その顔に多量の汗を流しながら、呼吸すら困難な様子で喘いで口を開閉させている。

 

 

そして、動きの止まる二人に対し、ペテルギウスの伸び上がっていた影が再び蠢き出し、その黒の魔手が指先を二人に向け———、

 

「———てめぇ、コラァ!シカトこいてんじゃねぇぞ!お前の相手は俺だ!」

 

「……あぁ、そう、デス、ね」

 

地面を踏みつけ、唾を飛ばしてスバルが吠えたける。と、それを聞きつけたペテルギウスが自身の即物的な反応を反省するように振り返り、そのなにも映さない虚ろな眼差しでスバルを見つめる。空虚の瞳が、ぼうとスバルを映し、

 

「やはり、効き目がないのデスね」

 

「はぁ?」

 

ミミたちと違い、今のペテルギウスの宣告の影響がないスバル。

そんなスバルをペテルギウスは一転、激情が過ぎ去った穏やかな表情で見据え、

 

「いいデス。いいのデス。———それで、良いのデス!デスデスデスデスデスデスデスデスデスデェェェェッゥゥゥゥッス!!」

 

頭を前のめりに下げ、跳ね上げるように背をそらし、声高に叫んでケタケタと笑い出す。ひとしきり笑い、ペテルギウスはこれまでにない快活な素振りでスバルを指差し、その先端の潰れた指から血をこぼしながら、

 

「良いデス。わかったのデス!やりましょう、やるとするデス。ワタシとアナタと、どちらが寵愛に、愛に、魔女の情熱を受け入れるに相応しいか、競い合うとしましょう!ああ、愛に、愛に、愛にぃぃぃぃぃ!!」

 

「……盛り上がってるとこ悪いんだけどよ」

 

爪先で地面を叩きながら、スバルは声高に勝負を謳うペテルギウスを見やる。

彼はそんなスバルの、戦意とは程遠い態度に訝しげに目を細めると、

 

「なんデスかね!?今!まさに!ワタシは!自らの命運を賭け、試練に挑まんとするところで———」

 

「お前の相手は、他に任せてある」

 

指を突きつけ、なおも言い募ろうとするペテルギウスに、スバルは酷薄に伝える。

その答えにペテルギウスが目を見開き、疑問の声を投げかけようとした瞬間———、

 

「ぢぁぁぁぁぁぁぁ———ッ!!」

「はぁ!!!」

 

剣鬼が木々の隙間を縫って飛びかかり、流れるように振るわれる刃がペテルギウスの首を斜めに寸断

———同時に逆からはユリウスが虹に光る騎士剣でその体を両断した。




【虹を纏う剣について】
精霊騎士であるユリウスの奥義の一つ。
六属性を束ねることで虹の如き光が溢れ、絶大な威力を発揮する魔法剣となる。
大抵の物理的、魔法的防御であっても突破することができ、魔法や精霊や思念体など不定形のものすら切り捨てる。
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