亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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【FILE:224】死角

 

帝都がまるで意思を持っているかのように動き、地形が変わる。

 

そこに配置されるゾンビたちはまるで意思が介在しないかのようなバラバラの配置で、どんな狙いがあるのかは特に頭の切れるヴィンセントのような人物には永遠に理解できないだろう。

 

そこで行われた、積み重ねのできない()行錯誤。

 

その意味があるかもわからない膨大なやり直しの中で精神を消耗させられながら、ナツキ・スバルはこの世界線へと辿り着いた。

 

龍をエミリアとラムで圧倒し、爆弾となったアラキアをセシルスに対処させる。それらの被害抑制とフォローはアルとラムがする。

『荊棘帝』ユーガルド・ヴォラキアを即座に撃破。邪剣を確保しハリベルを動けるようにする。

『魔弾の射手』バルロイ・テメグリフを即座に撃破。ロズワールが無事で動ける状態にしておく。

 

これらの成果報告はまだスバルの元に来ていないが、どこかで致命的な怪我をした者がいないというコル・レオニスの感覚だけでも上手くいっていることがわかる。

 

 

ここまでの回は初めてだった。

 

そして何より、邪魔が入らないことで次へと進める。

フェリスがその策を実行することで場面が大きく変わるのだ。

 

動かせる駒がないことで本人が動かざるを得ない。

魔女を引き摺り出す秘策をフェリスが実行し、白日の元に晒すのだ。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

一つ、二つ。予測と現象の齟齬が積み重なる。

その微かなズレに、スピンクスの眉がわずかに動いた。

 

「……これは一体…」

 

彼女の唇から漏れた声はごく小さく、冷ややかで、まるで独白のようだった。

周囲の戦況に大きな変化はない。マナの流れにも異常は見られない。けれど、確かにあった。ほんのわずか、魔法の挙動が正確ではない感覚。

 

スピンクスはゆっくりと手を掲げると、宙に描いた陣式の一角を指先でなぞる。

 

「構文は同一……位相転送に齟齬なし……詠唱工程も記憶通り……要・検証です」

 

彼女の目が鋭く細められる。

魔法陣の輝度、反応速度、マナの分布、周囲の圧力、敵対マナの干渉、各種影響――

それら一切を一つひとつ精密に測定し、計算し、再検証する。

 

胸の奥を走るのは動揺ではない。苛立ちだ。

寸分のズレもなく積み上げたはずの構成に、何か異物が混入している。

それが外部要因なのか、自身の失策なのか、スピンクス自身が判断できないほど、事態は微細かつ不明瞭だった。

 

 

結論としては、なぜか帝国に張り巡らせた『不死王の秘蹟』がどこかで動作不良を起こしている。

 

問題なく動いているはずなのに、一部の屍兵の存在が確認できない。

いや、術式は問題ないと言っているが、他の検知のための術式は減っていると報告している。

 

ここにきて、隠れていた魔女は初めての明確な異常に動揺する。

 

「要・検証です」

 

あらゆる方策に対して考えはあったし備えもしていた。

ナツキ・スバルの能力には驚かされたが、対応し切ったと思っていた。

 

しかし、こと魔法においてその領域で食い下がってくるものがいるなんて全く想定をしていない。

そもそもまともな魔法使いがいない帝国での決行であり、魔法的アプローチへの対策は不要だったはずだった。

 

通常の魔法陣にすら気づかれない可能性が多いにも拘らず、空中魔法陣やその隠蔽。また偽物の用意までしていたのだ。これ以上の備えは、もし時を戻せるとしてもできはしない。

 

まさか、『不死王の秘蹟』を理解して介入してくるなんてことはあり得ない出来事であって今だに何かの間違いではなかったのかと疑っているくらいだ。

 

なぜなら、この魔法の改変作業などというものは絶対にこんなに短時間で一人などでは出来はしないから。

メイザース伯とベアトリスという精霊にはそれだけ注意していたし、彼らが介入した形跡はない。

だからこんなことができるのは、残るは可能性がある人物はいるがそれは一人しかいないはず。

 

一人ならこんなことはできない。その確信は変わらない。

あり得ない。あり得ないのだこんなことは。

 

「要・対応です」

 

しかしこの術式は不可解だ。何もわからないようになっている。その偽装について解析しようとした瞬間に、悪寒が駆け巡った。

 

「いや、これは、要・慎重ですね。きっと罠でしょう。彼ならそうする」

 

魔法の支配権の奪い合いというのは、この世界の歴史上一度もあり得ない戦いだった。

そこに無策で突っ込むというのは愚かにすぎる。きっと相手は準備万端であって自分は歩き方すら知らない世界で戦わされることになる。

 

スピンクスはこの悪意に満ちた災厄の箱を魔法的アプローチで開けることをやめ、術者を直接排除することに決めた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「ふーん……つまんないの。ひっかからにゃいね。普通はここまで馬鹿にされたら、顔真っ赤にして突っ込んで来そうなもんだけど、これだけ使いこんだ魔法にプライドとかないんだ」

 

不満をこぼすフェリスも本気ではないだろうが、ここで煽る意味はない、挑発は相手の行動を単調にさせるための攻撃である。敵がいなければ意味がない。

 

「まぁそこまであからさまにやってたら警戒もするだろう。それはそれで、作戦通りだ。そろそろ来るんじゃないか?」

 

「貴様らの言が真実であれば、だがな。わざわざ魔女本人が出向くとは限らぬだろうに。なぜそう言える?」

 

「ここだけはスバルがいる可能性を排除しておいたので、相対的にここが一番安全だと判断して来るんじゃないでしょうか。それに、他の駒だったらどれでも対応可能です。すでにスバルから何が来る可能性があるかは聞いているでしょう」

 

アベルが元から使っていた鬼面とエミリア陣営が持ち込んだ認識阻害のローブ。さらには普通の仮面や布までを顔に巻き、それらを黒髪の子供たちに被せてスバルのダミーとして仕上げた。

 

当然、生身の子供を使うわけではない。すでに死んでいた子供の中で黒髪のものたちを選んだだけだ。黒髪の皇太子として祭り上げられた子供達。このような戦乱の旗印にするならそれは必然の犠牲だった。全員が無事などあり得ない。

 

それらをフェリスが蘇らせて姿を覆い隠し、各地へと潜ませている。はっきりと場所は特定されないように、そして本人もその中に混ぜる。

 

いまだ一度もスピンクスを見たことがないとスバルは言った。つまりは意図的に避けているらしい。であれば、スバルを避けるという行動自体に高い代償を支払ってもらおうじゃないか。

 

そして、本丸であるここの周辺には子供は誰一人としておらず戦闘能力に乏しい三人がただ待っている。

しかし、一人は落とさなければいけない侵入者(ハッカー)であって。もう一人は陽剣を持った帝国の皇帝である。どちらかを落とせば『大災』は成し遂げられる確率は大きく上がる。相手にもメリットのある采配にした。

 

さっきまでウジャウジャと湧いて好き勝手に雑音を垂れ流していたレグルスは、そこらでフェリスに黙らされている。

目がピクピクと痙攣し、凄まじい抵抗をしているらしいことがわかる。

どれほど強固な自我があろうと感染ではなく、フェリス直接の施術であるから関係がないのだが。

 

「これの抵抗って意味わかんないレベルだよ?ちょっとどころじゃなくキモい」

 

レグルスは心の底からどうでもいい。できるだけ壁として使えればそれでよし。

 

ケイはよく知っている。

すべきことを終えて逃げようとしている相手を振り向かせるには、諦めないことが最低限必要だと。ただし、やれることがあるなら状況を整えるべきなのだ。

 

相手の気まぐれを信頼するなど、2度としたくない。

 

大体これまでとは違うのだ。今までは巻き込まれ、そして仕方なしに応戦するうちに熱が入って戦い続けたこともあったが今回は全く異なっている。

 

ケイは自分の意思で、戦略でここにいる。

 

 

 

 

そして、それは唐突にやってきた。

 

目の前に現れるのは、あまりに冒涜的な姿のゾンビだ。

 

一つの胴体から三つの首が伸びて、腕は六本生えている。それは全てが右手であってその全てに陽剣が握られている。

 

どれほど歪に生物を継ぎ接げばそうなるのか想像もできない。

 

特にその光景にはヴォラキアの皇帝であれば目を奪われるだろう。そうでなければおかしい。

歴史を知るものとして、陽剣の脅威を知るものとして。この国の歴史に誇りを持つものとしてそうあるのが自然だ。

 

皇帝の塊の陽剣が六つの光を放ち、視界を奪う。

 

しかし、アベルは咄嗟に剣を抜く姿勢をとり、急激に後ろを振り返る。

光に潰された片目を閉じて、事前に閉じていた目を開いて敵を見据える。

 

そこには、ずっと探し続けていた『魔女』がいた。

 

「要・対応です」

 

アベルが陽剣を宙から掴み取るより先に、それが起動した。

 

紫色の空間の歪みが魔女を中心にひび割れのように広がり、白い光が漏れ出す。

そこから溢れるのは火の魔石だ。

 

「要・参考でした」

 

かつての白鯨討伐。永井圭が実施した魔石を抱えての特攻を再現し、さらに改良した魔女が笑う。

素晴らしい策は模倣すべきだ、やり返されることが当たり前ではないだろうかと問うように爆炎が蠢き、次の瞬間には放たれる。

 

空間の膨張自体が爆発のような破壊を伴い、その上で魔石は瞬時に起爆へと至り、それぞれが壮絶な膨張を果たす。

 

熱と光が迸り、ケイもフェリスも、決して両の目を閉じないアベルさえもが目を閉じる。

そうしなければ失明しただろう光に焼かれてできるのは、咄嗟に目を閉じるくらいのものだった。

 

 

爆心地には何も残らない。

 

フェリスもたまらず吹き飛び、そして再生には時間がかかる。

ケイは早めに復帰し、その惨状を目に入れる。

 

スピンクスは、陽剣の間合いまで入り攻撃を誘って自爆することで自身の避難と相手への攻撃を一挙に行ったのだ。

 

それはあまりにも理にかなった攻撃で、ケイですら賞賛しそうになるほどの思い切りの良さだった。その成果は確かなものであり、この場にはすでにアベルはいない。もちろんただの人間であるヴィンセント・ヴォラキアのカケラも残ってはいない。

 

スピンクスは再び、ヴォラキア皇帝を殺すことに成功した。

 

 

スピンクスは意識を魂へと統合し、別の個体として覚醒しながら考える。

 

これで良い。皇帝を潰せたのならあとはゆっくりとやればいい。恐ろしいのは陽剣であって、それがない彼らには正面戦闘を仕掛けることができる。『青』は脅威だが、触れられずに戦うことは全く難しくない。

 

ヴォラキアの血筋を欠いた帝国は自壊する運命にあり、互いに食い合う剣狼の末路はあまりに想像に容易いがそんなに長期的なことなどスピンクスには関係がない。

 

そしてスピンクスは爆破した場所とは全く別の隠れ場所で目を覚ます。

その目で何かを見るより先に、状況を確認するために情報網へと接続しようとしたその時。

 

カサカサと、あり得ない音がしてゾッとした。

 

そうして次の瞬間、スピンクスの目に映るのは自らの胸から生える陽剣の切先だった。

そして壁を這う見たこともない凶悪な虫。それらが、魔女を捉えたことをまるで他人事のように自覚する。

 

「見くびったな。———俺の、軍師たちの策謀を」

 

消し飛ばしたはずのヴィンセント・ヴォラキアがそこにいた。

 

なぜ。どうやって。私は何を。

 

「ようやく対面かよ!かくれんぼに鬼ごっこは終わりだ。もう2度とごめんだぜ」

 

絶対に会わないと決めていたナツキ・スバルが目の前にいる。

 

だめだ。このままでは…

続く思考より先に、全てが発火した。

 

スピンクスという存在を、理が焼いていく。

桃色の髪の少女が燃えていくが、それは魂からの発火だ。

 

魂が、マナが、肉体が、燃えていく。延焼が止まらずに、その存在が焼け焦げていく。

 

 

ケイの横には似たように焦げた体がある。先ほど魔女が奇襲した爆心地にある残骸だ。

スピンクスの確信通り、先ほど爆破した場所でも同じく皇帝だった黒い物体があったのだ。

 

ヴィンセント・ヴォラキアだった炭化した何かがそこに転がり、そして不死の術式が作用してそれが治っていく。

 

ようやく話せるほどに体が構築された時、その第一声はこうだ

 

「何番煎じか分かりませんが、何かの前提を崩せていれば良いのですが。確かめる方法はなさそうですなぁ」

 

その声は2度目の皇帝の死を演じた、チシャ・ゴールドのものだった。

 

ケイは言った。プリシラの偽物と一緒にフェリスを地下に置いてきたのだと。

『不死王の秘蹟』へと自在に介入する『青』とそこに類稀な『能』を持つ白蜘蛛が、地下で数時間も何をしていたのか。

 

そこにいたのは、二人の『青』だった。

 

実際問題、魔女の術式はフェリスであっても決して一人では介入できない防御が為されていた。

しかし一人でできないような作業であっても、全く同じように息を合わせられる天才的な自分が二人もいるなら実行できる。

 

『蒼医の面』をフェリスから取ったチシャ・ゴールドとなら不可能を可能にできる。

何にでもなれる鬼札を、ケイはフェリスに奪わせて活用し切ったのだった。

 

 

死角からの一撃で、不可侵のはずの『大災』の前提が崩れる。

『魔女』は動かされ、スピンクスが燃え尽きる。

 

魂を共有するそれらは、同時に複製も予備も含めて燃えるのだ。

 

 

だが、ケイはその光景をIBMで観察しながらため息をついた。

だってこの光景はこの前に見たから。すでにそれがあると知っているなら驚くに値しない。

 

「どうせ、まだあるんでしょう?」

 

それはまるで信頼しているかのような待ち姿である。

 

『第二形態を知ったら、最初に倒しても素直に喜べなくなるよねぇ。わかるよ。第三形態までやられると笑えるようになるんだけど』

 

悪夢のような世迷いごとを聞き流しつつ喝采を叫び思わず皇帝に抱きつくスバルをIBM越しに横目で捉え、広い視野で警戒する。

 

 

炎に包まれて燃やし尽くされれば、()()()()()()()()なのだ。この世界ではそうらしい。

 

 

これで終わりだとはカケラも思えないのは、見送った『遺児』の残滓だろう。

永井圭の備えは綻ばず、敵の次なる一手を待っていた。

 

 

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