亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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【FILE:226】天秤

スピンクスは事前に一つの工夫を仕込んでいた。

相手に捕捉されないのが最善だが、突破された時の保険である。

 

それは本来何の意味もないもの。自らの死後に発動する攻撃というのは本来は意味がないものだ。

 

しかし相手が、記憶を継承したり運命を覗き見ることができるならば、これは抑止力となり得る。

 

魔女にとって一応の予防策であるがスバルにとっては災厄そのもの。魔女は自身が死んだ場合に発動する条件付けを仕掛けにしていたのだ。

 

スバルだって無数の失敗から対策はしていた。

当然ながら帝都が誇る最大火力、魔晶砲の砲撃はこれまで幾度も放たれていてその条件は把握しており、今回はそれを踏んでいないはずだった。しかし今、魔晶砲は光り輝いている。

 

最も多かったのは帝都のどこか一角へと放たれるパターンだ。何を狙ってそうなっているかはわからない。場所はバラつくがこの場合、スバルとベアトリスの状況によっては魔法で防げる場合がある。しかし、それもランダムであり全く安定しなかった。

 

ちなみに多くの場合は、撃たれたところから帝国の大地が崩落し始めその破滅を見届けることなくスバルは死ぬ。

 

だからあれを使わせないことは勝つための大前提と言って良かった。

 

実際のところスバルの見抜いた発射の条件は正しかったが、それだけではなかったという話である。看破した条件とはつまり、魔晶砲の制御を奪うか破壊に来ること。

 

あれには積極的に関わらなければいいと思っていた。それは大きな間違いだったがそれは体験してからでないとナツキ・スバルは気付けない。

 

珍しいが幾度かあった砲撃として、帝都を無視してガークラへと放たれることもあった。その射角はあまりに高いためスバルとベアトリスでは到達に時間がかかってしまう。というか届かない。

 

早期にバルロイを撃破した時にだけ、控えていたクルシュと協力して上空まで到達することができたこともあるがこれまでに一度しか成功していない。

 

そんな中、今回は全てがうまくいった。

初めての状態へと到達し、そして『魔女』を初めて捉えて陽剣で貫いた。

 

スピンクスが撃破された場合という未知のルートが目の前に開かれ、それを祝うかのように光り輝く水晶宮とその頂点。

 

魔女の死に感応し、まるで弔砲のごとく魔晶砲が輝き始める。

 

そこから放たれようとする光の威力はすでに知っている。帝都の一角はすでに決戦の際に血に染まっており、破壊の暴威をこれでもかと刻みつけられている。

 

 

スバルがたった今気づけたもう一つの条件それは、スピンクスの死亡に合わせ砲撃が実行されるというもの。

 

 

ケイとの対話が脳裏を一瞬で駆け巡る。これはすでにケイに問われていた場面だった。その対応も含めて詰問されていた。

 

そしてそれらの懸念が現実になった今、見えない何かから改めて問いが投げられる。

 

「スバル。話した通りだ。あれがガークラに向かうならお前はどうする?」

 

当然ながら作戦会議の際にこの状況もケイの想定にあった。だからその時にスバルは自分がなんとかすると断言したのだ。

 

ここで切り札を使ってしまえば、事前に相談した事柄が一つできなくなってしまう。

だからケイは改めて聞いているのだ。お前はどうするのか。どちらを捨てて、どちらを得るのかと聞いている。

 

だけれどスバルはその提示された選択肢に、何かを選ぶということを拒否した。

スバルもその問いは自分で思いついていた。だから答える。

 

「嫌だ。俺は、俺はどっちも救うよ」

 

ケイは頷いて受け止める。怒ったりはしない。他の誰かであれば詰め切るが他ならぬスバルであれば別の選択肢を出してくるかもしれないから。

 

「それができるならそれでいい。ただ、どうやって?同時に複数の被害が出る場合はどうするんだ?」

 

さらに提示されるのはより厳しい条件での天秤。天秤どころか、三つのうち一つしか選べないような仮定をケイは当たり前の顔で出してくる。

 

けれど、ナツキ・スバルはそんな取捨選択に付き合いたくなんてない。

どれか一つなんて、そんな二択や三択に押し込まれることを拒否する。

 

だから傲慢にも、権能を自ら行使する。

 

このままなら滅んでしまうだろうガークラへの砲撃を止めるために。何かが確定する前に『死に戻る』。

 

フェリスがレグルスをまとめておいてくれたから、あの爆発で全部吹き飛んだらしい。人影は見えない。いるなら大声で主張をし続ける事だけは間違いないためそれだけは信頼している。

静かということは、レグルスはいないということだ。

 

 

奥歯のその奥に隠している毒薬。

 

剣奴孤島からずっとお世話になり続けているが、何百と使った記憶はあっても一度も使われた形跡のない毒薬包。それを奥歯のその奥から出して噛み締める。

 

「あ、う、あ、おおおおぁ……っ」

 

全身が痙攣し、信じられない速さで毒が体を蝕んでいく。

鼻や耳からは、勢いよく血があふれ出し、目は破裂寸前のように膨れ上がる。

 

「い、ぎ、ぎぎい、ぎいいいい……ッ」

 

血が燃えていた。火でもついたみたいに熱く、鍋に放り込まれたみたいに茹だっている。

皮を剥がされた上に、山ほどのワサビや唐辛子を塗り込められたような――

千本の針で同時に刺され、全身を金属のヤスリで削られているような激痛。

 

痛みだけで、もう十分に命を終わらせたくなる。

苦しみだけで、心臓が止まってしまえばいいと思えてくる。

 

身体は意思とは無関係に跳ね回り、まるで釣り針にかかった魚のように震えて――

そのまま、死の淵へと引きずり込まれていく。

 

もう、何も、わからなく。何も、わからな、く――。

パン、と音が…

 

 

 

スバルは気づいたのは慣れ親しんだ感覚がないことだ。

風が顔を叩く音がしない。黒竜で空中を進んでいるはずの感覚が一つもない。

 

更新…された。

 

ずっとやり直していたこの場所に向かうまでの空中から次のセーブポイントまで移る。

後ろ倒し、あらゆる選択肢が狭まる息ができなくなるようなスバルにとっての恐怖の瞬間であり、何かによって世界が決められてしまう瞬間でもある。

 

目の前にあるのは、集中しているアベルの横顔だ。整いすぎてて腹が立つが今はそれどころじゃない。そうだ。ここはアベルがスピンクスの発生を待つその場所だった。ここから10分ほどで魔女がここに現れる。

 

まずい。まずい。まずい!

 

ランダム性にとことん翻弄されており、すでに死に戻りの有効性はかなり薄れていたが、それとは関係なしに猶予がなくなるのは恐ろしい。

 

それでも進んだということは、きっと上手くハマったのだと楽観的に信じようとするが、内側の疑心がそれを許さない。

 

『まずは把握せな。魔女を燃やす前に戻されるってことは、その選択からして検討し直しやない?』

 

そうかもしれない。けれど、ここで魔女を倒さないという選択肢があるのか?

衝撃に思考をまとめられないでいると、すでに期限が来てしまった。

 

『魔女』が発生し、陽剣に貫かれる。

 

先ほどまでの最高の場面が、スバルには苦難の始まりにしか見えなくなっていた。

 

「ベア子!」

 

「がってんなのよ!」

 

再び光り始める魔晶砲。ベアトリスが空中へと合図を打ち上げる。条件を満たしているようで、クルシュさんが来てくれた。

 

バルロイを排除していなければ、支援はなしというのが条件だ。それを満たした時にはクルシュの機動力を頼れるのだった。

 

「スバルさん!こちらへっ!すごく軽い!?」

 

重量をコントロールしたベアトリスによってスバルは全く重荷になっていない。

よしこれからだと気持ちを切り替えようとして、それを一気に砕かれることになる。

そして先ほどは、魔晶砲の光を見てからすぐに死んだからスバルはそれを知ることができなかった。

 

「魔女が、まだ死んでいません。姿形が変わり、帝都の各地にいるようです。これはオットーさんとカフマさんからの報告です!」

 

混乱が極まり、内心で処理することに限界が訪れた。思わず大きな声が出る。

 

「な、なんだってんなことになってんだ!?陽剣に燃やされたら死ぬんじゃないのかよ!」

 

スバルの目の前では焼き滅ぼされていた魔女だったが、それは健在らしい。

 

ついに魔女を倒したのだから更新されたのだと思っていたが…いや、そうか。それなら倒した後になっていてもおかしくない。その前に戻るということは、燃やすところから再検討しなければいけないということで…

 

『それさっきウチが言ってたことやんな』

 

「っ!気をつけて!!そろそろ来ます!!」

 

重さがゼロになったスバルたちを砲門の目前まで運びクルシュは離脱していった。

引き時を絶対に守ること。それは参戦する上で絶対の条件だったから。スバルとベアトリスの重量はなく、クルシュの残した風によって滞空できる。

 

「スバル!集中するかしら!これはとんでもないチャレンジなのよ!全力でも怪しいくらいの賭けかしら!」

 

「くっそ!!いや、悪いベア子。まずはこれを一緒に止めよ…」

 

そこまで言って、スバルは口を閉じれなくなりそして天を仰いで絶句してしまう。

 

上空に、まるで太陽が出現したかのような光り輝く巨大な何かが現れたのだ。

それがこの地平を押し潰そうとやってくる。そのあまりのプレッシャーにスバルは全ての思考を奪われてた。

 

 

こんなものは初めて見た。

 

 

それでも十分に天変地異。人が停止するに十分なものだが、スバルほどの修羅場を潜っていればまだ動けただろう。一つの脅威に対して今更足を止めるほどに初心ではない。

しかし、スバルは動けなかった。

 

なぜか、それは単純に二つだったからだ。帝都とガークラへと降り注ぐ()()()()がやってくる。

 

脳内には、ケイの言葉が反響している。「一体どちらを取るのか」と選択をしろと言われた時のことを思い出してしまう。

 

「……バルっ!スバル!!」

 

致命的な一瞬の思考の隙。それによってナツキ・スバルは失敗した。

やるべきことも、何が失敗だったかもわからず進んでしまったセーブポイントへと戻される。

 

ナツキ・スバルは再びそれに挑戦する。たったの10分であってもランダムな帝都は何が起こるかわからない。

 

『強欲の魔女』は生まれ変わり、そして即座に複製を試みて成功した。

造物主、エキドナ本人ですら1日に一つじゃないとキツいと愚痴をこぼすほどの大魔法『アル・シャリオ』を二つに魂を分けた直後に同時に放つ。

 

魔女も必死だ。死んだばかり、生まれたばかりの生命はまさに必死に足掻いている。順番に脅威を落としてくことなどしない。同時、一斉、一気、多発でやるのが最善に決まっている。

 

 

無慈悲な合理性は同時に襲いくる。こちらの都合を無視せずにあえて最悪の一手を打てるのが厄介すぎるのだ。

 

 

「俺は、どちらかなんて捨てたりしない。これは、絶対だ」

 

負け惜しみのような宣言だけを残して、スバルは火の海に消えていく。

 

星降る地獄が始まった。

 

 

 

 

スバルの切り札。アル・シャマクは、あまりに大きな星を受け止めることはできない。しかし、発射口が限定されている魔晶砲なら飲み込むことができる。

 

そして帝都へと降る星のみであればスバルがその砲撃を一度異空間へと飲み込み、そして任意に吐き出して使うことで迎撃できる。ガークラへと撃ち出すこともできるが、向こうで星に当てられるかどうかは完全に運だった。というか無理ゲーだ。

 

5度ほど挑戦し、一度も当たってはいない。疑うスバルは自分の運を信じていない。

 

防げない。防げない。防げない。どうしても防げない。

 

どちらかを対処すれば、どちらかに対応ができなくなる。そもそもここでアル・シャマクを使うのだって…

 

冷酷な天秤が、スバルに犠牲を強いてくる。それを認めてなるものかと諦めない。

ならば、全く違う道を進むだけだ。

 

目の前にあるのは、集中しているアベルの横顔だ。もはや整いすぎている顔に感想なども抱けない。このまま同じことにはさせてはいけないと思い、アベルへと叫ぶ。

 

「ダメだ!罠だそれは!燃やすな!」

 

叫ぶことで世界は変わる。魔女が再誕しない世界へとスバルは新たに歩みを進めるが…

結論から言えば、以降スピンクスを捕まえることは二度とできなかった。

 

そしてなぜか帝国は滅ぶのだ。

 

半日が超えた頃、フェリスがゾンビを奪い術式すら安定させたのに。帝国の崩落が始まる。

 

14回目にようやく分かったが、アラキアの中に魔女の悪意を煮詰めたような毒があることがわかった。いや、毒を投与されているわけではない。特定のマナがなければ死んでしまうように魔法がかけられており、呪われていた。

 

アラキアはスピンクスに指示されムスペルと一体となった。

プリシラを助けるためだろうが、そうすることによってアラキアの死が帝国の滅びと結びつけられることになる。

 

そこでようやくわかった。魔晶砲が帝都の一角を狙っていたわけではない。いつもアラキアを砲撃していたのだと。

 

 

当然ながら、フェリスが救おうと試みた。何度も、何度もだ。

チシャが加勢して、フェリスの二人がかりでもダメだった。

 

「ダメっ!これ、今も呪われ続けてる…増えたり変わったりし続けてる…」

 

更新され追加される呪い。それらと熾烈な魔法戦を戦ったが、フェリスはついに勝てなかった。

しかし魔女の方も安泰ではなかったらしく、やはりフェリスの排除に動いたのは彼女なりの理があったし賭けでもあったのだろう。

 

不死王の術式と更新される呪い。この二つともフェリスに対応されれば間違いなく負けるのだから。

 

「斬るには斬れそうですが、ちょっと嫌な予感がするんですよね。ボス、それでもやりますか?」

 

「これは、アカンね。見たことも聞いたこともない呪い。いんや、魔法やないかなこれは」

 

フェリスに聞けば呪いと答え、セシルスは切るべきでないと言い。ハリベルに聞けば魔法と答えるように不定形の人を害する悪意の奇跡。

 

フェリスでもセシルスでもハリベルでも対応できなかった。

これは止められない。隠れる前にスピンクスを殺すしかない。それだけを学んで、帝国ごとスバルは崩壊していった。

 

 

何度も、何度でも。

 

そして、いつからか。再びあの問いへと戻ってきていた。

 

「お前は何を選ぶ?」

 

冷徹で現実的なあの問いがスバルを追い詰める。

 

集中しているイケメンの横顔というものを見て落ち着くことになるとは、自分の精神がおかしくなり始めている前兆ではないだろうか。

 

ナツキ・スバルには、ケイから事前に言われていることがあった。その上でスバルはその助言を無視して行動していた。

それは、ガークラへと魔晶砲やその規模の攻撃が帝都から向けられた時の対応策だ。予想があれば当然対策までするのがケイである。

 

しかしそれはスバルには受け入れ難い対策だった。

なんと言っても、()()()()()()()()()()()()()というものなのだから。

 

明らかにこちらの消耗を狙った手であり、ガークラが失われても帝国全土は滅びはしないが帝都の精鋭たちが死ねばガークラを含む全部が終わってしまうからと。完璧な理論で説明され、それ自体には反論できなかった。

 

帝国の将兵は、ガークラが滅べば帝国の滅びに繋がると思っているようだが、それは嘘だとケイは断言した。2000万の人口を誇る大国が、一都市に兵士を数万詰め込んだ状態で消えたとしてもそれは国を傾けさせるほどの被害にはなり得ない。

 

地球の歴史にはもっと凄惨な状態から国として復興した例がいくつもある。

アンコール王朝の水利崩壊。ペストなどの疫病。さらにはタイのアユタヤ王朝の侵攻が重なり9割の人口が死んだとされる国であっても今もカンボジアという国として存続している。

10~15%に当たる100万人が国民同士で虐殺をし合ったルワンダも今ではアフリカの中では安定した国になっている。

 

つまりそれはスバルの保護の範囲にガークラを入れ込むために皇帝が大きく見せた悲観のシナリオであると言い、無視するように助言をしていた。

 

「だけど、その作戦だと人がいっぱい死ぬんだろ」

 

それでスバルが納得することもあり得ないとケイは知っている。

兵士という職業の者たちを一般人と同じ人扱いをすべきなのかという議論をすることも無意味であるとケイは確信していた。

 

だから当然、次善策も含めて話してくれたのだった。それによって被害は確かに抑えられる。それもスバルは納得した。

けれどそれは完勝とは程遠い内容であり、スバルはその時点でそれを認めることはできなかった。

 

多少の犠牲を許容して、大きく救うその策を取らないで済むのは自分しかいないとそう思っていた。

 

 

「スバル。話した通りだ。あれがガークラに向かうならお前はどうする?」

 

試しもしないで諦めるなんて、絶対にできないと思っている。今だってそう思う。

 

しかし、見てしまった。体験してしまった。試してしまった。

やれることがなくなりついに魔女がやりたいことをやり切った、その先の未来を見てしまった。

 

何度も、何度も見せつけられる。

 

そもそも、魔晶砲を止めるということは、()()()()()()()()()()()ことと同義だった。

すでにスバルの力と、オットーの偵察網。オルバルトによる探索でこの帝都のどこにもプリシラはいないことが分かっている。

 

彼女は、別空間へと隔離されているのだから。

その発見にはベアトリスによる全空間、全次元への魂の捜索が必要なのだということもわかっている。救出にマナと時間を使うとなれば他に何かをする余裕はない。

 

プリシラと魔晶砲と二つの隕石。

 

二者択一ですらなく、四つから一つを選ぶことを迫られるような圧迫感。

 

どうする?

 

三つの破壊が同時に起こる。そのどれかに力を使えば、助けたい人を助けられない。

 

決して順番になどやってはくれない敵の合理性に歯噛みする。

これならば、やはり魔女を燃やさずにもう一度探した方が良いのかもしれない。

 

弱気になった自分を殴りつけ、どうにか気力を持ち直す

 

「バカか俺は、いやバカだろ俺は!」

 

いや、違う。逃げに回ったスピンクスは今度こそ捕まえられない。それは問題を後回しにしているだけだ。

 

最初の選択に立ち戻り、スピンクスを燃やすルートを再び歩み始める。

その上で、魔晶砲と二つの星。それらへの対処と再び向き合った。

 

諦めきれない。何かないかと探していく。

ケイもアベルも全力で全てを救えないかどうかを検討してくれていた。

 

 

決して諦めず、三桁を超える試行をしてようやく気づいた。

問いから逃げることができないことに、気づいてしまった。

 

「スバル。話した通りだ。あれがガークラに向かうならお前はどうする?」

 

その問いに、呆然とした心地で問いを返す。

 

「…なぁ、ケイ。救えるのに救わないってのは、人殺しだと思うよな?」

 

ケイが眉を顰める感じがする。もちろん何も見えないが、何かを考えているのは伝わる。

 

「僕は思わない。そう定義してしまうなら、世の中殺人者だらけになる。僕は自分を犠牲にしてでも人を救わないからって、家族を人殺しだとは思えない」

 

「いや、それは…違うだろ。その人にそれができるなら、やるべきじゃないのか?できないなら、責任はないだろ?」

 

「自分が辛うじて生きていける程度に、臓器を瀕死の人に配るべきか?それは違うだろ。それに人を救うために違法な臓器売買をして自分の家族と会えなくなるのは良いことか?そうすることで医者として今後救えたかもしれない人たちを見殺しにしたとも言える」

 

それはあまりに重く断言するような意見だった。

 

「それは…それは…」

 

「いいかスバル。ガークラ放棄の策は、確かに犠牲は出るはずだ。でもそれが最善だとしたらどうする?全部を救うなんてできない。そんな当たり前の不可能を一人で背負い切るのは無理だろう」

 

「やらないで諦めるなら、それは良くないかもしれない。でもお前はやったんだろ?なら別の道でできるだけ犠牲を減らすために努力してもいい。お前が限界を迎える前に、すべきことをやるべきだ」

 

「でも、俺は、そんな風にしたくない。やりたくないんだよ…」

 

スバルはすでに泣いていた。

ベアトリスはその対話の全てを理解できずとも、ただスバルに寄り添ってその背中をさすっていた。

 

「スバルっ!そんな風に考えるのはやめるかしら!スバルは十分に頑張っているのよ。もし罪があるとしても、ベティが一緒に背負うかしら。それが、それが仲間だって!ベティに教えてくれたのはスバルなのよ!!」

 

スバルとベアトリスの背丈は、今や似たような者であり抱きしめ合えばちょうど互いに収まるようだった。

 

「いいか、スバル。選ぶのが当たり前だ。お前は選択肢が広すぎるからいつも選んでいないようなほどに多くを救ってきたんだろうが、それはお前だけの問題じゃない。敵が合理的に最善を尽くせば、救えるものが減る。これはお前の問題じゃないんだよ」

 

いいか。と前置きしてケイは真っ直ぐにスバルと目線をぶつけた。

熱くて冷たい。いつも救ってくれたその目がスバルに向けられている。

 

「選ばない奴とは、敵にも味方にもなれない。そんな言葉もあるらしい。僕はこれに賛成だ。お前が選ぶなら、きっと僕やアベルは別の考えを出すことができる」

 

 

スバルの魂が大きく揺れる。

 

ケイの言う通り、()()()()()()()()()()()()()()でやってみる。

そう決断するまでは、そこからまだまだ多くの試行回数が必要だった。

 

頭がちぎれるほどに案を出し、試す。しかし、同じように試させてはくれない。状況はいつも変わってしまう。

涙が出るほどに悔しいが、スバルには全てを救う力がなかった。アドリブだけでは救いきれない。

 

そういえばそうだ。ケイでもアベルでも、ラインハルトでもそうなのだ。

やり直しが利きづらい状態で、ナツキ・スバルができることは限られている。

 

いや、人間にできることは限られているというだけだ。完勝したはずの怠惰との戦いすら、レムを他のところで失っただろうに。

 

これだけがごくごく当たり前の事実だった。

 

 

 

そしてスバルは現実と向き合う。

これまで幾度となくしてきた相談をまたケイたちとしている。

 

しかし、今までとは違った。設定する条件をスバルが譲歩したのだ。

 

ガークラへの魔晶砲は止めない。でも隕石だけは防ぎたい。というもの。

 

まだわがままなのだろうか。でも、こうすることでも魂の一部が欠けてしまうほどの喪失感だった。そこで気づく。みんなスバル以外のみんなは、こんな風に失いながら生きていたのだと気付かされた。

 

今までも気づいていないだけで、多くを失っていたのだと痛切に理解してしまった。

まさに英雄幻想ではないか。幻とわかってもすでに看板は取り下げられない。

 

 

前提が変われば、結論も変わる。そうして話し合いを繰り返す。

ケイとアベルであっても、最初からうまくいくアイデアは出ない。だけどできそうなことは劇的に増えた。

 

ランダム性に狂わされながらも試行を重ねていく。

 

情報が増えれば手段が増える。

ケイとアベルのアイデアをまだ思い付いてない二人へと話し、その問題点も、失敗した解決策も含めて話し、実現に向けて一歩ずつ構築していく。

 

そうしてようやく希望が見えた。

 

諦めて、そして気の遠くなるような試行の果て、100は超えたはずのやり直しの先にようやく希望が灯る。

 

「隕石迎撃の手を増やす。これは新たな手札がないと詰む場面だ」

 

でも失敗した。

 

「情報と失敗のパターンを簡潔に話せ。その作戦の詰めをする」

 

まだ失敗する。

 

ケイは高速で頭を回し続けた。そして一つの方法を思いつく。犠牲は出るため今までは試さなかったのだろうその策を。そして大きな問題も同時に思いつく。

 

「え、でもそんなの。流石に、無理じゃないのか?」

 

「これができるなら、人的な被害は最小限に留められるはずだ」

 

スバルは驚いた。全てを救うのを諦めて、そして考え始めたと思ったらその先に、一番多くを救えるかもしれない案が出てきたのだから。これが一番スバルの理想に近かった。

 

諦めてからそんな提案が出てくるなんて、こんな皮肉があるなんてとスバルは愕然とする。

いや、それでも全部は救えない。その痛みは背負わねばならないし、今までがそうであったことも認めなければいけないのだ。

 

やれればリターンは大きい。勝算もある。スバルは即座に、必要な人員に語りかける仕事を整理した。

 

少しでも多くを救うために、動き出す。

 

 

そしてケイにもやることがある。

実現のためにはケイにとって非常に大きな、大きすぎるハードルを超えなければいけない。

 

取りたくない選択だが、他の全てがダメならこれをやってみるしかない。

ケイにとってそれはもはや、攻略する敵でもなく極力関わらないことこそが最善のものだったから。

 

しかし、ケイはスバルに要請されて自身の天秤を自覚する。直後に決断し、その意思を示す。

 

IBMを出現させて、()()()()

 

『やぁ。ようやく話してくれる気になったみたいだね。嬉しいよ。永井君』

 

まだコントロールは与えていない。しかし、これと話さなければと思いながらIBMを出すことで、対話を現実で実行できた。

 

「佐藤さん。交渉をしましょうか」

 

不可能への挑戦をまたすることになる。一番の脅威かもしれない、最もよく知っているがどこまでも未知数。

 

その純真な好奇心の塊が盛大に笑う。

 

永井圭と佐藤が向かい合う。

 

絶対に分かり合えないと、互いにわかり合っている二心同体の交渉がはじまった。

 

 

 

永井圭はこの帝都の戦いにおける帝国の人命について、そこまで重視していない。魔女との戦いについてなら正直もうやれることはやったと思っている。

 

けれどケイにはとても重要な目標がある。そのためにはスバルに力を温存してもらわねばならない。ガークラへの援護などに、マナを使ってもらっては困るのだ。

 

異世界において唯一できたかもしれない最初の()()を助けるために、永井圭は天敵と向き合うことに決めた。

 

やってはいけない。合理的でない。わかっていても彼女を諦めないことをケイはすでに選択していたのだから。

 

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