亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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【FILE:228】屍都救出作戦③

魂の変質による、『強欲の魔女』としての器の再構成。

 

それが『魔女』スピンクスが、ヴォラキア帝国の『大災』として此度の大厄災をもたらした大目的である。

 

「帝国全土の死者を邪法で蘇らせ、その過程で不可視にして不可触の魂を数限りなく観察する。貴様の目的のための検証にもってこいだったというわけじゃな」

 

こくりと頷き、白い髪がたなびいた。

長いまつ毛も色が変わり視界の縁に白色が追加されている。

 

「ワタシ自身のためにこの機会を作りました。生き物が進化をするのは苦難と遭遇してからというのも学びです。あの数百年変わらなかった白鯨も死の間際では工夫を凝らしていた」

 

「――――」

 

「あのままであれば、間違いなくワタシは滅ぼされていました。その窮地が、かえってワタシに最後の無数の検討をさせる切っ掛けとなった。こうして再誕してみれば明らかです。ワタシはあなたを憎んでいる」

 

「――いいや、それは違う」

 

「違う?」

 

憎悪の否定にスピンクスは首を傾げた。

直前までの、『強欲の魔女』として不完全な器とは目線の高さから違っている。その顔や首筋、剥き出しの肌は血の気の失せた青白いものではなく、双眸も黒に金色を浮かべた屍人のそれではない、黒瞳が再現されていた。

 

「何を否定するのですか?要・説明で…」

 

もしも被害を遅らせるための戯言ならば、その目を一つ潰そうと思っていたがそれは実行されることはなかった。

 

その説明すらも果たされない。あり得ないものがその空間に浮かんでいたから。

紫色の亀裂が、裂け目がそこに浮いていた。

 

『強欲の魔女』とプリシラの間にそれは発生し、そして虚空が開こうとする。

 

この戦いが始まってから何度目だろうか。自身が不可能だと思っていたことを覆されたのは。

それは絶対に不可能なはずの外部からの介入であって、『強欲の魔女』にとって認め難い事実だった。

 

「いったい…何が…」

 

呆然としてしまう。空間がそこを押し開き、人の手が侵入してきた。

 

誰かの手がスルリと伸びて、そして目の前のプリシラを力強く掴む。

 

当然相手は見えていない。きっと意図してのことではないだろうが、その手はきっとプリシラを掴むために入ってきたのだ。だから力強く掴むのは必然で…

 

「やはり死にたいらしい。ここまで手の込んだ自殺はついぞ聞いたこともないがな」

 

プリシラを前面から何も見ずに触れようとすれば、表面積と腕の位置から言って前面に大きく突き出た豊満な胸に到達する可能性が最も高く。その事故は起きた。

 

当然、少年誌のようになんだこれはと揉みしだくことはあり得ない。最初につかみ、その感触によって部位がわかるとその力が弱まって、しかしすぐに横にあるだろう腕を探して手は伸ばされて掴んで引き寄せる。

 

紫色の亀裂が大きく開く予兆を感じ取り、そこでようやく『強欲の魔女』は思考の停滞から解放され、空間の位相を即座に変化。

その接続を強引に振り切るように、一応用意していた魔法を行使する。

 

効果は覿面だった。肩に近いところまで腕が侵入したところで侵入口は途絶え、その入り口がギロチンのような役割を果たす。

 

肩口から盛大に腕を切断し、空間には腕だけが残った。

 

「驚かされました。ええ、心からの驚愕です。おそらくベアトリスの魔法でしょうが、これほどの魔法を構築できるとは思いませんでした。彼女は思いつかないと…いやナツキ・スバルがいるなら可能ですね。とはいえ彼女はもう魔法は使えない。あなたをここに一人で無防備に置いておくなどあり得ませんが、彼らのできる賭けとしては悪くないものでしたね」

 

動揺をかき消すように相手を称賛し、そして平静へと戻っていく。魔女は余裕を取り戻しつつあった。

不敬で無粋な男の手に胸を掴まれ、腕に触れられたプリシラは冷静だった。内心で折檻は確定しているだろうが、それでも彼女は波立たない。

 

「前々から、不思議には思っていた。アレはなぜかいるはずのないところに現れ、そして消えると聞いている。得意な小細工を用いればそう思わせる手段は無数にあったであろうと気にも留めなかったが、実際のところ本当にそんなことができるなら。全て説明はつく。それが最も『しんぷる』な回答でもある」

 

「何のことを話しているのでしょうか。いえ、これはなんですか。要・説明です」

 

 

「そら。血生臭い常識外れがやってくるぞ。無粋さもここまで極まれば、一芸であると認めてやらねばな」

 

それはいつも相手の都合を無視してやってくる。慮外の方法で、寝耳に水を差し込んでくるのだ。

 

じゅわ。じゅわと。何かの音がしたような気がしてこの場の二人が揃って下を見る。

 

腕がそこにはある。

 

何一つ見えないが、何かが噴出しているようだった。

切断された腕が動く。いや、浮かぶ。

 

そしてまるで人間の肩に当たる分に収まるようにして、そして体が生み出されていく。

まるで包帯を巻くようにして、皮膚が構成され顔まで見えるようになる。

 

 

そこにあるのは真っ直ぐな視線。

いつも観察していた師とも呼べるような存在のそれだった。

 

目的だけを見据えたその目に、初めて魔女が映り込んだ。

連続する不可能の連続にも拘らず、自分で考えていたよりも冷静な声が出た。

むしろそれは少し高揚していて口角は少し上がってしまう。

 

憎悪すら忘れ、相手を見据える。

以前に会った時とは全く印象が異なる気がした。やはり感情は素晴らしい。

 

そして次に出てくるのは疑問だ。この感情は一体なんだ?知りたい。全部を知りたい。

 

「あなたはやはり、予想ができませんね。それでこそとも思いますが」

 

そんな魔女の一言よりも、空間を震わせるのは不敬に対する怒りの声だ。

 

「貴様、どれほどの罪を重ねれば気が済むのだ?妾の玉のような肢体を蹂躙しただけでなく、粗末なもので目まで汚すか」

 

「黙っててください。本当に体調が悪いので余裕はありません。というか嫌なら見なきゃいいだろ」

 

裸で堂々としているケイは、何一つ隠さず臨戦態勢であり当然、急所は晒されている。

そんな光景を見ていられないとプリシラは目を瞑っている。

 

8回も結婚した異世界の成人女性が今更何を男の裸なんぞでとケイは思うが、実際のところプリシラは男の裸を見る機会はほとんどなかった。

 

脱ごうとするものはいるにはいたが、それを達成するまでに当然灰になっていたからだ。

 

ケイの裸を見ないように目を瞑っていたという事実だけで、プリシラには痛恨の弱みとなるがケイはそこまでは気づけていない。

 

「少し待て、物書きよ。そこな赤子への妾の言葉がまだ済んでおらぬ」

 

「こんな状況で一体何を?要・解説、いえあなたの言葉を聞くのは危険そうですね」

 

「…そうですか。すみません。続きをどうぞ。僕も僕で忙しいので」

 

血反吐を吐きそうなケイは、そこで一旦項垂れていることにしたようだ。

プリシラはそんなあり得ない救援を無視して先ほどの言葉の続きを放つ。

 

「よいか、無数の検討などと、血の通わぬ言葉で貴様が起こした物事を言い表すな。貴様は命の燃え尽きる寸前のところで、醜く懸命に生き足掻いたのよ」

 

そうして聞いてしまえば、強硬に拒否もできなくなる。対話をしてしまう。だって彼女は『強欲の魔女』だから。

 

「――。ワタシは死者ですが」

 

「死者には生き足掻く資格がないとでも?貴様が幾度も渡った細い縄は、いずれも悠然と構えているだけで渡り切れるものではない」

 

「――――」

 

「貴様は生き足掻き、望む結果を引き寄せた。妾にとっては不愉快で不都合であろうと、その事実は正しく認識せよ。――妾の敵たらんとするのなら」

 

唇を閉じたスピンクスに、囚われの身でプリシラは堂々とそう言った。

その様子に腹が立つ。高潔を気取るその態度を汚してやりたいと心から思う。

 

けれどもう一つ。そこに感じた何かに、確かに今自分は表情を変えられている。

 

この感情は憎悪なのか?本当に?

いや、今はそれどころではない。今となっては最大の警戒対象が意味不明な方法で絶対不可侵の空間まで侵入してきたのだ。

 

「でもお前、エキドナじゃないな?」

 

一番無視できない言葉を浴びせられて、その目を乱入者へと移し、続きの言葉を聞く義務が生まれたが、それ以上に無視できない光景が今まさに戦場に起きていた。

 

思えばこの戦場を映す水鏡は、魔女にとって都合の良い結果を映したことは一度としてない。

ただひたすらに準備が蹂躙されていく理不尽な映像装置だった。

 

「あり得ない…不可能です…」

 

 

そしてそれは再び魔女にそんな光景を見せつける。もう何度目かもわからない。

ありうべからざる現実を目の当たりにさせられて、魔女は絶句する。

 

 

 

一体何が起きたのか。順を追って説明するならば、それはケイが侵入を果たす直前まで少し戻る。

 

 

永井圭と、佐藤が向かい合った交渉が全ての始まりだった。

 

幻覚の顔は今やIBMの顔に張り付き、佐藤がそこにいるような錯覚に陥っている。

時間はない、最短で行く。

 

「ここで協力しないなら、IBMの自我を絶対に使えないという内容で誓約して実行するぞ。嫌なら協力しろ」

 

『そんなことを君がするとは思えないなぁ。せっかくの手段を潰すとは思えないし。現状はこれ、こっちが譲歩しないならこのまま永井君が友達を失うだけでしょ。と言ってもプリシラちゃんが死ぬだけだろうけど。まるで交渉になってないよ。わかってるくせに。頭を共有していることを忘れないでね』

 

まぁその通りではある。しかし、対話にはなるようだ。

互いに嘘をつけないし意味はない。全ての思考が互いにわかるほどのクリアな繋がりではないが嘘をつけばバレるくらいの解像度は感じる。

 

一つだけ佐藤の欲しいものをケイは知っている。

それはいつかの幻聴で囁いていた内容でもある。

 

「わかった。一つ自分の制約を変えてやる。問題を解決するまでは絶対にしないと決めていたことを変える。誓約してやってもいい」

 

『へえ。何かな?私の興味のあることは、さすがにわかってくれてほしいけど』

 

ケイは言った。意を決して、絶対にやめようと思っていたことをすると決める。

 

「誓ってやるよ。今以上に大切な存在を絶対に増やしたくなかったが家族を作る。思い入れのある人とは離れようと思っていたがそれを撤回してやる。だから今は協力しろ。佐藤」

 

ケイはクルシュへの好意を自覚した直後に、佐藤の狙いを聞かされていた。

これは当然ケイの大切な人を害してくるだろうし大切であるほどにケイは距離を取ろうとも思っていたのだ。これは本心である。

 

『へえ。恋心なんて理解できなかったけど、永井君の感覚で今なら少しはわかるよ。その相手を危険に晒すっていうのは立派だけど、それって一緒にいたいだけじゃないの?』

 

「お前は僕が嘘をついていないとわかるはずだろう。僕の本意じゃない。その考えも正しいがそれ以上にこれがなければ僕は王選関連が片付き次第クルシュから離れるつもりだった。その決意はお前も否定できないはずだ」

 

『確かにね。けれど、うーん。そうだなぁ』

 

ケイには次にこいつが言うことが聞くまでもなくわかってしまった。やはりこれは嫌すぎる。

 

『じゃあ、子供も作りなよ。奥さんよりも子供の方が大切になるでしょ一般的には。それに複数作れるんだし、ちょうどいい。子沢山になって欲しいな』

 

冷や汗が垂れて、頬が引き攣った。

 

自分の意思で僕の近くにいる人たちには覚悟がある。けれど子供にはそれがない。だから子供を作るのは絶対にするつもりはなかった。

佐藤がフラッドを狙っているとわかったなら尚更だった。

 

 

将来的な未知数の危険と目の前の友人の危機。覚悟のある成人と、巻き込まれてしまう何も知らない無垢な子供。選ぶべきは明白だ。

 

それでも、ケイは合理的には選べない。

 

「わかった。それで…」

 

『あと、私を排除しないことも誓約してね。当然だけど、約束したのに踏み倒されるなんてゴメンだからさ。ここまでは最低限だよ。正直どっちでもいいからさ』

 

ああ、くそ。この世界の魔法や権能であれば佐藤を消すこともできるだろうかと思っていたがそれもダメらしい。

 

そして本心からどっちでも良いと思う感情が伝わってくる。どうにか説得しなくてはいけないが、そのことを考えすぎればつけ込まれる。

論理でしっかりと自身を含んで説得できる要素を見つけないと交渉にならない。

 

「お前でも、ただ一体のIBMで自我を出せたところでたかが知れてるだろ。この世界の人々は強力だ。クルシュさえ正面からならお前は勝てない。ティアがいれば尚更だ。最低限、お前が暴れるためにはフラッド並みの人数は欲しいだろう。これは的外れな推測か?」

 

これは図星である。佐藤が大暴れをするためには、かなり条件が整わなければいけない。

または自分の積極的な協力が必要なのだ。

 

「だいたい、僕にとって大切な友人がこんな形で減るのはお前にとっても損失だろう。このままプリシラが死んでも、僕はフラッドを起こせる精神状態にはないぞ。それもお前がわかっているだろうが」

 

さぁどうする。

 

『うーん。そうだねぇ…』

 

悩む佐藤は能天気な表情だったが、そして獰猛に笑った。

最後の川に入る前ほどではないが、それを思い出すような笑顔だった。心底気色悪い。

 

『それなら頼みを聞いてあげようかな。でもまだ足りないね。もう少し報酬を上乗せしてもらうよ。これの妥当性も君は感じているだろう。私は協力しなくてもいいんだから。定期的な戦闘をさせてもらおうかな。完全な自立モードで消滅するまで指定の場所で好きにさせてもらう。盗賊退治でも魔女教襲撃でも、魔獣退治でもしてあげるよ。ちょっと羽を伸ばしたいだけさ。上手く使われてあげるからね』

 

佐藤もよくわかっている。この場においては佐藤を一瞬で一方的に消せる相手が多すぎるのだ。

それらに尻込みすることはないだろうが、相応に準備をしないと楽しめないと思っている。

 

『むしろ永井君にはメリットになるかもしれないね。これでどうかな?』

 

ケイは天秤にかける。リスクとリターンを天秤にかける。これの危険性はスバルに聞いていた規模であっても恐らくティアなら対処可能だ。

『暴食』を圧倒するほどの魔法を使うらしいが、それも100回のフラッドで相互の強化をした結果だろう。死者の書がない状態でそれは再現できない。

 

それでも理性以上に感覚がこれに頼ることを止めてくる。

 

だが、しかし。何かを得たいなら、何かを捨てるしかない。リスクを受け入れなければいけない。

爆発の危険性がないロケット燃料は使い物にならないのだ。

 

しかしリターンとはバカなことを言ったものだ。これを都合よく使うことなんてできる訳がないとわかっているが、それでも目の前の命を捨てられない。

 

そしてそれは佐藤も知っている。

 

「わかった。それでいい。当然だが今のこの場で裏切ればスバルが合図を感知する。以降は二度と同じ作戦は使わない」

 

それでも、ケイは友人の命を優先した。悪魔と契約することになるが、それも仕方ない。

 

佐藤は今の好奇心よりものちの楽しみを優先した。

この場においては、対策をすれば下手なことは何もできない。

 

 

『coopモードも楽しそうだよね永井君。今は魔法で遊ぶので我慢してあげるから、末長く仲良くしようよ』

 

 

唾棄すべき宣言に顔を引き攣らせながら、スバルに言われて戻ってきたロズワールに今ここで誓約をしろと言えば驚かれる。そして内容を伝えてさらに呆れられる。ロズワールが絶句して少し思考停止してしまったほどだ。

 

「私は一体、『強欲の魔女』を名乗る偽物が現れたこの戦場で一体何をさせられているんだろうね…」

 

道化らしい物言いすら忘れるほどに、しみじみと意味不明な制約作業へと集中するロズワールは何かを諦めたようだった。

 

「幸せな家庭と子作り宣言。しかと刻みつけたけ〜ぇれど。あとで意味は教えてくれるのか〜ぁな?気でも狂ったと言われた方が納得できるけれどもね」

 

それを無視して、IBMを3体ほど出す。同じく戻ってきたハリベルへと指示を出し、彼にも分身してもらった。動けないIBMを分身したハリベルが抱えて消えるように移動する。幾つかの場所にそれらを配置したのだった。

 

複数の場所から同じ人物が見ている。

目玉が増えたかのような状態で、ラムが視界を共有するためにここまでを整えた。

 

一時的な負担の中断を取りやめて、再びラムへと合図を送る。

ケイの地獄が始まり、ラムが再び戦場へと舞い戻る。

 

 

スバルはベアトリスと空間を超えて人を探す魔法について過去の知識を与えてその魔法を実現しようとしていた。

 

目の前には紫の揺らぎが出来つつある。

 

「今かしら!ほんの数秒なのよ!」

 

ケイは躊躇いなくその腕一本分の虚空へと肩まで入れた。

人に触れた感触がする。引っ張るには不適切な箇所なので急ぎ腕を掴みこちらへ引こうとするが。

 

落雷とも違う、バリバリとした音が響いてケイの腕は千切れ飛び空間ごと切断されて弾かれた。

 

「なんで!?どうしてそんな魔法が仕込まれているのよ!スバル!スバル!」

 

「大丈夫だベア子。ただ、もう一回しんどいこと頼むことになるんだけど…」

 

そのしんどい頼みは間髪入れずに本人から明かされる。

 

「僕の体を跡形もなく吹き飛ばせ。今すぐに」

 

 

 

紫の結晶となって砕ける直前、ケイはIBMたちの自我を許した。

本体との混線によって操作不能になるIBMは、フラッドの時には余裕で複数が行動できる。

コントロールしようとすると破綻するのだ。自立させ任せてしまえばそれぞれ動ける。

 

『やあ。君も最強なんだってね。これからよろしくね』

 

「いややわぁ。失うもんのない無敵の調子やん。絶対よろしくなんてせぇへんよ?」

 

『つれないなぁ…。でもまずはレベリングだね』

 

警戒を緩めない人狼を横目に、佐藤は永井君から託された魔法の構築へと手を動かす。

 

発想自体はできるようになったのに、それを現実に落とし込めないと言うのはどうしようもないのだろう。だからこそ、こうして必要とされるのだろうが。

 

ほら、できた。

 

指を銃のようにして、指先から光を出す。

敵を撃ち抜く永井君の普段使いの魔法ではない。もっと絞って、長く出さなければいけないのだ。

 

まずは約束を守ろうじゃないか。こちらが破れば相手も守らなくて良いという文言は当然追加されていた。だからひとまずは協力だ。この場は状況があまりよくない。

 

『出力はやっぱり、クラス4以上は欲しいよね』

 

 

指から放たれるのは、赤い光線だった。

その熱量は大したことはない。しかし、それはずっと遠くまで続いていて果てが見えないものだった。

 

ケイは様々なことを引き換えに、佐藤にレーザーポインタの作成を依頼したのだった。

 

クラス4のレーザーは直視だけではなく、拡散反射でも目に悪影響を与え、やけどなどの皮膚障害を起こす。温度上昇により照射部分が発火することもある。レーザーショーなどに使われるそれよりも出力を上げたレーザーを照射する。

 

IBMになった佐藤たちは同時にそれらを同時に生み出して空へと撃ち込んだ。

 

真上ではない。ほとんど横の射線の先にあるものは誰もが必死に戦っているはずの城塞都市。

帝都の複数地点から、彼ら指差すのはガークラの上空だ。

 

ちょうど現れたのは滅びの火。猛烈な速度で落ちてくるそれに複数の場所からレーザーを照射する。

 

このレーザーの威力では、その大魔法に抗うことなど到底できない。

だからそれは狙いじゃない。

 

肉食獣の目が二つ前についているのには理由がある。それは距離感を測りやすくなるからだ。

 

だからケイはそれをより多く、そして正確な視線を客観視するためにこの魔法を作らせた。

 

精度が上がった距離感の把握によって、寸分違わず目標がわかる。

 

それを活用できるものなど、この世界に一人しかいないかもしれない。

ラムがそれらの視界をジャックし、ようやく着弾地点の正確な場所を把握する。

 

「ねぇ!ラム!信じてるけど、これって本当に今やるのよね?すごーく場違いで、ちょっと恥ずかしいんだけど…」

 

あのエミリアですら恥ずかしさを覚えるという異常をラムは指示していた。

 

それでも有無を言わさずそれを実行させるラム。『関係ない、行け。』はスバルがたまに使う言葉でもあった。

 

だからエミリアは、これ見よがしにそれをする。

 

動くマデリンの氷像を抱きしめるエミリアの姿がそこにあった。

 

 

マデリンはその姿を見て呆然とするが、氷像のマデリンはデレデレとエミリアに抱きつき、頭を擦り付けて甘えている。

 

「な……な………なにを………」

 

そして追加で行われる暴虐の意味を、エミリアは知らない。

だけど一度見かけたその姿をできる限り再現してやってみる。

 

氷像のバルロイを生み出して、それと手を繋いで見せるのだった。というか握手だが。

ちなみに、ラムの指示はキスだったがそれはエミリアとしても嫌だったのでこれにした。

 

「ーーーーーーーーーっっっっっっっ!!!!!」

 

声にならない絶叫が、即座に絶光となって襲いくる。これまでで一番の咆哮が後先を考えずにエミリアに向かって放たれる。

 

その瞬間。

 

横合いから鬼神の如き剛力によって顔を殴られ、向いた方向が大きく変わる。そして風が精細にその位置を固定して、さらに氷で重ねて固定される。

 

その全てを龍は知覚できなかった。

 

全ての感覚を奪われ、前後不覚に何もわからなくなっている。

 

陰魔法を極めた大精霊とそれに限界まで協力する陰属性の精霊がマナを供給し、魔石のようにそこからマナを譲り受けベアトリスはスバルの十八番を龍に流し込む。

 

それは本当に一瞬だけの誤魔化しだ。龍に小細工は基本的に通じない。

しかしあまりに龍の精神が荒ぶっていたためにその隙をつけ込まれる。

 

 

結果はこうだ。

咆哮を意図して打たせるという神業がまるで砲台のように龍を仕上げた。

 

それをスバルがやろうとすれば、一体どれだけかかってできるのだろう。いや、無理かもしれない。

 

完璧なタイミングで咆哮を誘発し、そしてその首を思いっきり弾くことで咆哮の向きを制御する。

そしてその距離感と着弾地点を誰より正確に把握して、()()()()()()()()()によって実現する。

 

 

 

それが生み出す光景こそが、絶句する魔女が見たものである。

 

ガークラへと降り注ぐ滅びの火を、龍の絶光が捉えた。

そう、砕いた。巨大な星がかけらとなって、大きく勢いを殺されながらも上空から降り注ぐ。

 

そして砕いた星を飲み込むように、幾本もの光が迸ってそれらを可能な限り消しとばしていく。

 

 

続いた光は、雲龍のものではなかった。

ハリベルがいつの間にか邪龍に張り付かせていたのはフェリスだ。相手がゾンビであるなら乗っ取れる。『八つの首』による全力の咆哮を同じ方向にぶっ放す。

 

ラムほど正確ではないが、それでも8倍も手数はある。砕けた破片はこれで大方消えただろう。

もちろん抜け漏れは存在するだろうが、それでもだいぶマシだろう。

 

そして、帝都に降ってくる星はといえばセシルスが一刀の元に切り捨てたのだった。

アラキアや龍と戦いながらではそれはできなかったため、援護は全て同時でなければいけなかった。

 

ハリベルの一人が一瞬アラキアを抑え、そしてその隙にセシルスが星を斬る。

そして返す刀でアラキアの内に潜む何かを斬った。

 

 

3体の佐藤は、迎撃の光景を見届けてからよし遊ぼうと意気込んだ。協力が終われば好きにしていいのだ。

 

目の前の超越者は本当に面白そうな相手だった。勝てないにしても手札のいくつかは知りたい。いや、やっぱり戦いたい。そうしよう。

 

『魔女と戦うなら私も協力するよ。彼女とは現実で戦いたいと……ええ?そこまでする?』

 

「ごめんやけど、君には僕らが二人以上で監視することになってんねん」

 

「騙したみたいで堪忍な?でもケイくんのお願いやからそこんとこは間違えんといてね?」

 

 

佐藤は後ろからハリベルに死穴を突かれていた。

目の前にいるはずの黒狼の男が背後にもいる。

 

『ああ、コピー能力の白蜘蛛さんかぁ。でも君が協力するなんて意外だったね。手の内バラしていいの?』

 

「君に好き勝手されるよりはマシかなて。今回はケイ君を信じることにしたわ」

 

IBMの能力は非常に優秀な魔法使いと強力な戦士といったものであり、ハリベルならば余裕で対処し切れるものだった。それこそ片手間で済む戦力差だ。

 

しかし、ケイの要請から3体それぞれに『黒狼の面』をもらったチシャが分身して運びそのまま監視。本物の分身が潜んでおいて仕事が終わればそれを滅ぼすようにと言われていた。

 

超越者を二人もつけるのはやり過ぎの対応に思えたが、ケイにとっては必要な一手である。

 

『まぁ。いいか。これからは定期的によろしくね。永井君。お幸せに〜』

 

佐藤は超越者の規格外さに満足し、そしてこの場は消えていく。

これからの楽しみに胸躍らせながら笑って消えていった。

 

 

 

早めに浮いたものたちが全員で動いた結果がこれだ。

水鏡の魔法は異空間であっても戦場の様子を映している。絶対の破壊が、打ち消される光景がそこにあった。

 

あり得ないと思わず魔女が呟くほどには、不可能が連続して覆されていく。

 

星が降り、そしてそれが切られて消える。

星が降り、そしてそれが砕かれて、破片も龍の息吹に消されていく。

魔晶砲だけは機能して、ガークラの城壁群を吹き飛ばした。

 

 

「でもお前、エキドナじゃないな?」

 

その問いに反応するまで、少しの時間が必要だった。

あまりの理不尽に打ちのめされて時間の感覚がおかしい。

 

「なぜ、そのように思うのですか。もはやあなたが造物主に出会っているという不可能については指摘もする気が起きませんが」

 

「吐き気がしない。本物は見てるだけでキツくて吐きそうになるから、お前は偽物だ」

 

「…なんですかそれは。それに、だとすれば疑問です。あなたは吐き気を覚えているでしょう。体調不良は隠せません」

 

「これはお前とは関係のない絶不調だよ。本物がここにいたなら我慢できずに吐いてた」

 

理解ができない。させようとも思っていない。つまり時間の無駄だった。

 

「魔晶砲を止めずに撃たせますか。ナツキ・スバルにそれはできないと思いましたが、やはりあなたは危険です。ですが、直接戦闘能力についてはその限りではない。そしてその不死は無敵とは程遠い」

 

魔女の周囲に浮かぶのは、紫色の結晶たち。

これはベアトリスがよく使う。対象の時間を止めて砕く陰魔法の弾丸だった。

 

あれはケイにとっても相性が悪い。砕いてくれるならいいが、止められたままでは復活できないだろう。その通り、ケイは弱い。戦いは好きじゃないし得意じゃない。

 

体系化されている魔法の中であれが最も不死殺しとして一般的だろう。

珍しい陰魔法が使えるのなら、当然選ばれる手段でもある。

 

 

永井圭は、『強欲の魔女』に戦闘で勝てない。でも別に、一人で戦わなければいけない理由もない。

 

だからまずは、ケイは強力な魔法剣士のように腕を振るう。

結晶は風に砕かれ、それでも破片になって飛んでくる。

 

ケイが避けるがそれでも一部を避けきれず右腕で受けた。固まり始めるが、即座に何かがそれを引きちぎって、相手へと凄まじい勢いで投げ返した。

 

IBMは結晶化した指を一本ずつちぎって投げつけて、何度も銃弾のようにして扱う。

 

その威力は異常なほどで、決して簡単には防げなかった。防壁を咄嗟に張って対応するが、防壁の時間も止まって砕ける。

 

魔女には鬼火のようなものが浮かんでいるようにしか見えていない。

 

IBMの目が発火しているが、これはプリシラの婚魂術だろう。IBMにすら適用されてケイにはその炎が宿らないことに多少感じるものはあったが別にいい。むしろ愛されるなどゾッとする。

 

 

IBMに一度殺させ、ケイは腕がある状態で復活する。

 

 

やはり、この男は材料を組み合わせるのが抜群に上手い。そう思っていると、血の気が引いた。

ここでの勝負に負けはないと思って冷静でいた。相手にこちらを滅ぼす手段はなく、こちらにはあるのだから。

 

しかし、前提を崩してくるのがこの男だった。また観察してしまっていた。無我夢中で目的を達成せねばいけなかったのだ。この男を見ると、つい観察が優先されてしまう。

 

その紫色の結晶を持った何かが、プリシラへとそれを投げつけた。

 

 

「大儀である」

 

 

陽剣の加護と炎を抑え込み、もし使えば自身のみが焼かれるようにしていた結界が時間ごと砕かれる。

風の刃と紫の結晶が放たれて、それを噴き出る炎が迎え撃つ。

 

「――世界は、妾にとって都合の良いようにできておる」

 

そうプリシラが呟いて、雨滴の刃を閃かせようとしたスピンクスの動きが止まる。

プリシラを見て、その黒い瞳を見開いていた。

 

次の瞬間、プリシラを捕らえるために作られた異空間が崩壊する。――その内に囚われた『太陽姫』のもたらす赫炎に、耐え難いほどに焼き尽くされて。

 

 

 

空間全体が魔女ごと燃え始めて、軋んでいく。

魔女はすでに燃えて消えかけている。きっと話は聞こえていない。

 

ケイはここに来た目的をまだ諦めていなかった。

しかし、具体的にやれることは思いつかない。

 

今できることは会話だけ。

 

「ーーーー」

 

「ーーーーーーー」

 

プリシラは朗らかに笑い。

ケイは盛大に眉を顰めるだけで時間切れがやってくる。

 

魔女の隠れ潜んでいた異空間が限界を迎えて、破綻した。

 

 

ケイは慣れ親しんだ感覚を、苦々しいその味を噛み締めながら、帝都上空へと投げ出される。

 

 

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