亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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【FILE:229】強欲の魔女②

ナツキ・スバルと永井圭は、目的も手段も大きく違う。その大きさや規模、対象も違うというのは別人であれば当たり前であるがこの二人は対称的だった。

 

けれど同じ部分もある。二人とも誰かを救うために、助けるために戦いにきた部分だけ見れば同じだった。

 

大切な友人を、対立候補であって、自らを貴様らの敵と豪語する傲岸不遜なあの女傑。

プリシラ・バーリエルを絶対に助け出すと決めたのだからその一点においては最大まで協力できる。

 

その結果が、異空間への侵入とプリシラを縛っていた結界の破壊だった。

 

余波で燃やされて潰されて、散々な目に遭いながらもケイは眼を覚ます。

加速していく戦場に、ケイは死にながら落ちていく。

 

これは初めての死に方だなんて思いながらも、落下する。

 

 

帝都から見上げるものたちはそれを見た。

 

スバルもベアトリスと共に空を見る。

ケイの腕だけを届けるだけ。たったそれだけでマナがなくなりそうになっていた。捕まえて一気に空間の亀裂を一瞬だけ広げて救うというのが作戦だったしそれは失敗したかに思えたが…

 

プリシラとケイがきっと何かをしたのだろう。

 

彼らが空から降ってくる!帰ってきたのだ!

 

「あいつら!やっぱすげぇよ!!マジでっっ…」

 

重度の立ちくらみのような、枯渇したマナの反動がスバルを襲う。

頑張ると決めたのに、最初にスバルが倒れるわけにはいかない。そんな馬鹿な話があってたまるものか。

だから――、

 

「スバル?無理したらダメなのよ。少しでも休んで――」

 

ベアトリスの言葉を遮りスバルがその場に急に立ち上がった。

 

「力が……湧き上がってくる?」

 

呆然とこぼしたスバル、その言葉の通り、全身に活力が満ち溢れていた。

 

帝都へと落ちてくる星は、一つは剣客たるセシルスによって斬られて消えた。

光の帯を引きながら彼方の城壁を穿つ滅びの火はそのままに、ガークラへと降りる星は龍の息吹によって吹き飛ばされた。追って8本の光の奔流が迸り、可能な限り破片を砕く。

 

それらが席巻した帝都の空に、新たな光が生まれていた。

 

それは星の光と比べれば小さく、滅びの火と比べてもなお小さく、しかしその輝きに関してだけはそれらと引けを取らないどころか、圧倒する瞬き。

 

天空から落ちてくるそれは、血の色をしたドレスを纏う、炎のような女――。

 

「――大儀である」

 

帝都にいる全てのものたちの目を空に引き付け、魂を焦がす姿がそこにある。

 

「余計な言葉はいらぬ。――妾の名をこそ呼ぶがいい」

 

その手に真紅の宝剣を握り、窮地の都市へと落ちてくる太陽の如き姫――それを見上げる一人として、スバルは思わず、その思惑に乗っていた。

 

すなわち――、

 

「――プリシラっっ!!」

 

そう、降臨する彼女の名前を呼んだのだ。

――その右目に炎を灯し、太陽の恩恵に与る一人として、彼女の名を。

 

 

「っあとあれ、ケイ?ケイだよな!?ゴブリンスタイル超えて、裸のボロ雑巾じゃねーか!エミリアたん空見ちゃダメー!!」

 

あ、ナイスキャッチ。クルシュが凄まじい速度でケイへと突っ込んで捕まえた。そしてぎゃいぎゃいと言い争っているようだった。

多分裸なのが原因だろうがやめてほしい。空中で器用にいちゃつきやがって、トンボかな?

 

でも、やった!やってくれやがった!!

 

プリシラに比べ、あまりに無惨なケイのことを見ていたのはこの場においてスバルとクルシュだけであった。後世の歴史にも太陽姫だけが描かれることだろう。

 

スバルとクルシュだけは、死ぬほど頑張った男の姿をしっかり見ていたのだと語らねば。

 

 

 

 

空から紅の女が落ちてくる。

 

誰もが、その圧倒的な存在感に意識を奪われ、夕日に焼かれる空を見上げていた。

そしてそれは当然、『魔女』も同じことだ。

 

「――プリシラ・バーリエル!」

 

魔晶砲は即座に再利用はできない。であるならば、こうする。それらの魔晶石を解体し膨大なマナの一部を取り込むことで自分自身を分ける。

今のワタシならばできると、超級の魔法をその場で編んでいく。強欲の大罪司教を参考により効率的な方法を編み出した。

 

顕現させた『強欲の魔女』は56体。

 

膨大な強欲が空へと掌を向けて、落ちてくるプリシラの周囲に光が生まれた。

だが――、

 

「余所見厳禁踊り子さんにはお触り禁止!」

 

「らしないねえ、そら悪手やわ」

 

その瞬間を見逃さない超越者の妨害が、56を41まで一挙に減らした。

それでも、一体で十分以上に脅威の光球が一挙にプリシラへと集められる。

 

四方八方からの致死性の攻撃、荒れ狂う水と風と光が殺到する。

 

それらは工夫を凝らし、囚われを脱した太陽の命そのものを奪いにかかるが叶わない。

 

ユーガルドと共に舞うヨルナが、ロズワールとベアトリスが防いでいる。

エミリアもそこに加勢し、皆でプリシラを守った。

 

そして、迫りくる無数の死を、破壊を、終焉をことごとく寄せ付けなかったプリシラへと、猛然と地上から近付いていく影があった。

それは――、

 

「――姫さん!!」

 

その足下、帝都の地面を隆起させ、歪で不格好な石と土の柱として空に伸ばし、プリシラへと迫っていくアルデバランだった。

昇っていくアルデバランとの距離が縮んでいく。縮んでいく。縮んで、縮み、やがて――ゼロになる。

 

「――っ」

 

バランスの悪い柱の上で、伸ばした右腕が落ちてくるプリシラを強引に抱きとめる。そのまま一緒に落ちかねないところ、アルデバランは柱のてっぺんでがっちりと自分の両足を足場に固定し、命懸けでプリシラを転落から守った。

 

その際に、プリシラの周りに風が生まれてその落下速度をゼロにしていた。

アルの先走る思いが自由落下するプリシラへとそれ以上の相対速度で全身アッパーを決める寸前。クルシュの配慮が届きその悲劇は免れた。

 

そのあまりに考えなしのアルデバランの決死の行動に、プリシラは切れ長の目を細め文句を言うこともできたのだが、

 

「とはいえ、大儀である」

 

そう短く述べるプリシラに、アルデバランは万感の思いを込めて俯く。それから顔を上げ、声を震わせながら、

 

「姫さん、姫さん、オレの姫さん……っ!ようやく、また……痛ぇッ!!」

 

「たわけ。誰が貴様のものか」

 

堪え切れない様子のアルデバランの頭を、プリシラが『陽剣』の柄でしたたかに小突いた。

 

「じゃが、貴様にしてはよく励んだ。褒めて遣わす」

 

「そ、そりゃありがたく光栄で……姫さんは?何ともねぇか?怪我は?どっか痛めつけられたりとかは?つか、捕まってたわりには綺麗すぎねぇか?」

 

「たわけたことを重ねるでない。そもそも、妾の美貌が多少なり囚われの身であった程度で移ろうものか。いや、思えば後に折檻が必要な不敬者がいたな。刀は研いでおけ、アルよ」

 

「ああ…誰でも切れる気がするぜ。誰を殺せばいいんだ?」

 

「何を言うか。無粋な物書きに決まっておる。殺すまで切ると今言ったか?一生ものの仕事になるかもしれんな」

 

「よりによって救出の立役者!超恩人じゃねーか!無理いうな!今後ケイ君って呼ぶのもちょっと気が引けるくらいには貸し作ったばっかだろおい!」

 

アルがケイの助命嘆願をするのはこれで二度目だったが、今回は趣きが異なる。あの不死身を殺し続けるというのは終わらぬ作業に従事することと同じだからだ。地獄かな?

 

「妾の命令に逆らうとは、少し手綱を離せばこれじゃ。道化は返上し野良犬と名乗るが良い」

 

カラカラと笑いながら罵倒するプリシラ。何も変わらないその様子に、感極まって言葉が詰まる。

 

「そら、真打ちの登場じゃ。貴様らも盛大に沸かすがいい」

 

そう口にするプリシラの視界、石の柱の頂から眺める景色に映り込む複数の、この戦いにかけるものたちの姿があり、落下していたたった一人を除いてそのいずれの目にも焔が灯っている。

 

プリシラ・バーリエルの、愛せると思えるものたちの眼に、魂の炎が灯る。

それはもちろん――、

 

「姫さん?」

 

すぐ傍らのアル、彼が被った兜の面頬を指で持ち上げ、中を覗き込む。――その、プリシラ以外には見せない素顔の右目にも、同じく炎が灯っていた。

 

 

「何のことはない。――やはり、この世界は妾にとって都合の良いようにできておる」

 

 

 

――瞬間、『魔女』スピンクスは計画の崩壊を確信した。

 

「――『不死王の秘蹟』が」

 

その効力を失ったことを、スピンクスは認めざるを得なかった。

『石塊』からの莫大なマナの供給が前提の術式はそれがなくなればおしまいだ。

 

「『精霊喰らい』アラキア……彼女が、ムスペルを御した?一体どうやって?」

 

連続する不可能。ありえざる事実でも、起こった出来事からそう推察するしかなかった。

抱え込むにはあまりにも強大すぎる大精霊、それを取り込んで爆ぜるはずだったアラキアは、『夢剣』マサユメを操る剣士の調伏と、彼女自身の信じ難い執念により、あの大精霊を完全に支配下に置いてしまった。

 

ただでさえ屍人への介入が起こり、ガタついていた根幹の術式が完璧に自分の手を離れた。

 

もはや、『精霊喰らい』アラキアが『石塊』ムスペルと同一の存在だ。

そしてプリシラという人質を失った今、アラキアにはヴォラキア帝国に背いて『大災』と協力する理由などない。

これ以降――、

 

「もう、屍人は蘇らない」

 

魔法陣へのマナの供給が断ち切られ、その状況の整理に費やしたのは3秒に満たない。

だが、そのほんの3秒の間にスピンクスがさらに減らされ、21体まで数を減らす。

 

尋常ならざる速度と戦闘力で動く、『青き雷光』と『礼賛者』が強すぎる。

というか、『礼賛者』が()()()()

 

彼の分身は3〜4だけだと思っていたが、見渡す限りに8名の『礼賛者』に囲まれていた。

 

造物主たる『強欲の魔女』の能力を再現できているはずのスピンクスが、まるで太刀打ちできない。歯が立たない。数の暴力で押し切れる次元の相手ですらない。

 

強欲を参考に限界まで魂を複製しても、出した側から滅ぼされていく。

 

それをどうにかしたくとも、『魔女』を押しとどめるのはその二人だけではない。

故に――、

 

「「「「「――要・撤退です」」」」」

 

『魔女』スピンクスは計画の破棄が最も合理的であると考える。

しかし、そのうちの一人がつぶやいた。

 

「ふざけるな」

 

造物主から与えられた造物目的は果たされたのだ。三百年以上も追い求めた目的と、ほんの一年ちょっと欲した目的が同一の価値のはずもない。

 

「「「「――要・撤退です」」」」

 

「絶対に逃げるものか」

「馬鹿にするのもいい加減にしろ」

 

撤退の声が減っている。しかし、すべきことは明白だ。そもそも、天秤の釣り合った状況などではなかったのだ。

自分が何のために生み出されたのか、それを改めて自覚する。求められるのは『強欲の魔女』としての再臨であり、ここを切り抜ければそれは確実に果たされる。

 

「――要・撤退です!何を考えているのですか!バカなことを…」

 

「ここまでの理不尽を許せますか?」

 

「「「「「許せない」」」」」

 

スピンクスが消え、エキドナが蘇り、三百年以上の執念の日々が終わるのだ。それ以上を望むのは合理的ではない。合理的ではない。合理的では、ない。

合理的ではないのに――。

 

 

どうやら人間というものは、合理的ではないらしい。

 

撤退を望む声が次々に消えて、激情がワタシを支配する。

 

「――――」

 

 

呼応するようにその光が魔女の魂を照らす。

 

刹那、掲げられる『陽剣』が眩い光を発し、帝都全域に己の存在を誇示する。

 

血のように赤いドレスを纏い、太陽のように明るい髪色をして、炎のように眩い存在感を放ち、焔のように他者を焼き尽くす生き方しかできない女が、笑う。

 

「――くるがいい、スピンクス。妾が、貴様の敵である」

 

瞬間、未だ残っている『魔女』スピンクスの全員が決意する。

 

魂が燃えて焦がれているようだった。ここで戦わないという選択肢はスピンクスにはあり得ない。

 

「「「「――ワタシは、あなたの敵だ、プリシラ・バーリエル!!」」」」

 

合理を理解した上で無視し、模倣した黒髪の男のように叫ぶ。

激情を得た魔女はそれを無視することが、もうできない。

 

しかしこのままでは負ける。周囲に超越者がいるなら負けは確実だ。

それくらいはわかっている。勝ち目がないなら戦う意味もない。

 

怒りを原動力に動くが、自棄になっているわけではない。

だからしっかりと作戦はある。

 

「最後の策を実行します。要・重要です」

 

か細い勝機が立ち上がった。水晶宮で複製をした個体が、同時に二つのことをこなす。

九神将のシノビが邪魔をしてくるが、蘇らせておいた過去のシノビの頭領をぶつけて妨害を成立させる。

 

「初代様と二代目様かよ!?ワシより年季入ったやつとか反則じゃね?ただ、三つ目はやらせねぇんじゃぜ」

 

一体は不意打ちでやられたようだが、抑えるには十分だろう。

水晶宮という規格外のミーティア。モグロ・ハガネの核。それに妨害を入れ込み機能不全に陥らせ、火を入れて暴走させる。

これで爆発すれば、マナの塊である水晶宮そのものが引火するように帝都一帯が消し飛ぶだろう。

 

これでアラキアを殺せれば…

いやそれができなくとも、時間を稼げばこの敵を殺す猶予が得られる。

 

先までの自分ならできなかったが、『強欲の魔女』ならそれができる。そのために帝都に張り巡らせたあらゆるものを利用する。

 

「要・活用です」

 

罠を魔法陣を、ミーティアを。事前に用意した全てを活用して新たな脅威を作り上げる。

 

それはあまりに天才的な魔法の編み方であり、それを見るだけで魔法使いたちは一瞬息をするのを忘れた。

 

ロズワールは相手を決して認めない。しかしその技はずっと会いたかった先生のもので間違いなく、思わず涙が流れるほどに美しかった。

 

 

理外の絶技の凄まじさを理解できるものは少ない。しかし結果として生まれた脅威は誰の目にも明らかだ。制御を奪い、水晶宮そのものがモグロ・ハガネのように立ち上がる。

 

 

「セッシー!ハリベルさん!巨人を止めてくれ!」

 

ナツキ・スバルがそれを見るや否や叫んだ。

 

超越者たちは魔女の包囲を即座に離れ、離脱しながら何体かを破壊し、そして巨人へと残光となって飛んでいった。

 

それより先に巨人へと向かう者もいる。それは当然ケイとクルシュだ。

 

「ラストバトル。台無しなんかにはさせねぇよ。こっから先はお前に頼んだぞ、ケイ!!」

 

スバルは何かを見通してケイへと全てを託すが、きっと全てを知ってはいない。

 

そこにあるのは信頼だった。未知を共に切り拓く期待と希望がその目線には乗っていた。

 

 

 

まるで『強欲の魔女』とプリシラ・バーリエルの戦いの場を整えるために誰もが死力を尽くしていた。

 

 

 

一方では爆弾と化した巨兵が暴れ、もう一方では魔女の群れが精鋭たちと存在を賭けて闘争を繰り広げている。

 

プリシラと相対するのはただ一人だった。

 

プリシラの笑みは変わらない。元来の攻撃性の発露と言われる笑顔を、その話の真偽などどうでもいいと言うほどに物騒な色を隠しもしない笑顔は肉食獣のそれである。それでも美しく、理性は隠しきれない。

 

 

 

その両方の脅威に対して堂々と、笑う女がもう一人いた。

彼女の目線には理性はあまり映っておらず、ひたすらに高揚と破壊への衝動に満たされている。そこらの獣の方がマシだった。よく見れば慈愛もあるにはあるがあまりに些細な色である。

 

その視線に乗るのは純粋たる殺意だ。

 

「悪くない働きだったわ。インもアロも見込みあるわね。契約相手のあんたも、わりかしやるじゃない。この私が褒めてあげる」

 

「それは、恐悦至極に存じます。精霊騎士としてこれほどの誉はそうありません」

 

白色の極光の壁が、そこにある。それを隔てると何一つ感じられないのだ。

虹ほどの強度はないが、4色を混ぜたその防壁には隠蔽の効果があった。

 

壁の内側でひたすらに準備を続けたユリウスは、隣に立つ人の形をしたマナの塊に対して緊張を強いられている。

 

人であれば当たり前の畏敬がそこにはあった。

 

肩口までで切り揃えられた白く美しい髪には、右に緑の色が一筋入っている。

あまりに美しい目鼻立ちに負けぬほど美しいその髪。それは少し前までのザーレスティアの様子だった。

 

今は、地面につくかの様な長髪になっており、その髪の毛は一部は地面を放射状に隠して、一部は空中へとその内側に秘めた力にまるで自然と浮き上がる。

肩口より先の髪の色は、輝く橙であり陽光の如く辺りを照らしている。

 

バチバチ、メラメラと音が聞こえるようなその様子に、ほんの少しでもマナを感知する技能があるなら誰もが平伏せずにはいられないだろう。

 

太陽の如く輝く女がここにも一人いたのだった。

 

マナの過剰摂取によって溢れ出す余剰が長髪として顕現し、風と陽が混ざった姿は風の精霊としては異様の一言。

 

もう一つの太陽に負けないほど、獰猛に牙を見せるように笑う女がここにもいた。

 

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