亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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【FILE:230】最終決戦

「――くるがいい、スピンクス。妾が、貴様の敵である」

 

「――ワタシは、あなたの敵だ、プリシラ・バーリエル!!」

 

 

石の舞台から地上へと降り立ったあの女の周りには信じられないほど消耗していない強者たちが蠢き、スピンクスを寄せ付けない陣形が組まれていた。

 

苛烈な戦闘が行われている周辺と比べ、中心はまるで嵐の芯のように静かだ。

 

魔女と太陽姫。向かい合う二人はまだ戦いを始めていない。

当然だ。ナツキ・スバルとアルデバランが揃っているところに無策で突っ込むほどには我を忘れていない。

あの巨兵と周囲の魔女で足りるかどうかを見極めなければ。

 

 

「アル、妾の『すーぱー妾たいむ』の邪魔が入らぬように力を尽くせ。あまり無粋なことはするでないぞ、ただ生のあるがままに全力を尽くせ。我が道化よ」

 

「――っ、わかった」

 

 

短く、そして抗い難いプリシラの指示にアルがそう応じる。アルデバランに死ぬなとはとんでもない無茶振りだったが今ならなんでもできる気がした。

 

死なないように頑張るなんて、初めてかもしれない戦いに震えそうになるが目に宿った熱い熱がアルの体を動かした。

 

スバルへと向きなおり、プリシラが声をかけた。

幼児化していようともスバルの本質を決して見過ごさないその目に見据えられ、全てを含んだ色んな意味が含まれた言葉をかけられる。

 

「ナツキ・スバル――貴様の為、すべきことを為すがいい」

 

言いたいことだけ言って、彼女は背を向ける。愛しい敵へと。

彼女は『魔女』へと向かい合う。

 

「姫さん!いつも通りにかましてくれ!」

 

「当然であろう。妾を誰と心得る」

 

「プリシラ・バーリエル!オレの姫さんだ!」

 

「誰が貴様のものか、たわけ」

 

 

そんな徹底的にふざけた様子を前にして魔女は歯噛みする。こんなに無駄な隙をただ見ているだけしかできなかった。彼らの包囲を突破できない。

 

まるで劇のようだと冷静な自分が分析し、ふざけるなと激情を抑えられない自分が憤怒する。

 

ワタシの役は、役割は。存在の意味は一体なんだ?

どれだけ憤り強く想っても現実は変わらない。世界の追い風が全て相手から吹いているようで心底憎らしい。

 

全員が全力で後を考えずに魔法を放つ。

 

「お前だけはっ!」

 

どうやったのか自分でもよくわからない。それでも必死に食らいついた一体が包囲を抜けた。超越者がいなければどうにか戦いは成り立つようだ。

 

一人の魔女がどうにか抜けて、プリシラ・バーリエルの前に立つ。

 

邪魔するものはいない。正真正銘これが最後の機会だ。

 

 

モグロ・ハガネは、水晶宮というヴォラキア帝国の象徴の『ミーティア』だ。

 

『九神将』のモグロ・ハガネとして周囲に認識されていた個体は、その巨大な『ミーティア』の一部に過ぎない。『大災』が起こる前の帝都決戦でも、その実力を遺憾なく発揮したモグロ――魔核の制御を奪われそれ自体の機能を封じられても、核を守るための防衛機構は残っている。

 

『魔女』はそれをも同時に利用した。魔核を奪われ、本来の役目を果たせなくなった防衛機構を強引に起動することで、鋼の巨人――否、魔晶石の巨人を呼び起こしたのだ。

 

立ち上がった水晶宮――魔晶巨兵とでも呼ぶべきそれは、個体としてのモグロ・ハガネと共通点を持ちつつも、その禍々しさで比較にならない存在感を発した。

およそ五十メートル以上もある巨体、しかもその構造の大部分を魔晶石で固められているそれは、あまりにも大きな爆薬が歩いている光景に近い。

 

 

「迂闊に手出しすれば――」

 

 

そう言ったのが不味かったのだろうか。

セシルスに言わせれば、伏線というものだったのかもしれない。

 

そのような馬鹿なことがあってたまるかとヴィンセントは思うが、それにしては思い当たる場面が多すぎた。

 

凄まじい速さで、『青き雷光』が着弾し、爆発物はたまたま起爆しなかったようだった。黒い影も負けじと凄まじい速度で取り付いて、セシルスにはできない工夫と小細工を施している。

 

それを安全圏から眺め続けることを、皇帝は決して自分に許しはしない。

 

「中心へと連れて行け!バルロイ・テメグリフ!!」

 

ヴィンセントは空へと叫ぶ。それが来ていると確信していたから。

 

「…なんでまた、二度も裏切ったあっしを信頼できるんでしょうね」

 

そこまで待ったわけではないが、すぐでもない。

少し間をおいてそれは来た。今にも消え入りそうな重症の男と竜がいる。

 

「二度とは言わぬぞ。貴様の守りたいものを守るために足掻いているのだろうが。その全てを無駄にするつもりか」

 

「二人ともいいから手を動かすの!!アベルちん!捕まって!!」

 

皇帝は、水晶宮の中心だった場所へと飛竜に連れられ飛んでいく。

その手を握るのは、皇妃に内定している女性であり。飛竜の主の妹分だった。

 

この戦争の最中に結婚の約束をするという点で、この黒髪の偽兄弟は似ていると言われても否定できないだろう。

 

水晶宮の最奥であった場所は、魔晶巨兵の中心へと変わっていた。

花の蕾の中心にすら見える荘厳な水晶の間。

 

その中心には小さく光る。緑の魔核が鎮座している。

 

「ここを守ってた魔女は倒しておいたけど、それ見るからにやばいやん?セシルスと僕はこの巨人さんを壊さんように抑えるのに一生懸命で遠くまで運べん。だいたい、それ外して運べるもんなん?」

 

カララギ最強が、現実的なことを言う。

様々なことを一瞬で考え尽くし、明確な答えを導き出す。

 

「ならば燃やし尽くすまでだ」

 

 

陽剣を構えてその熱量を高め、命という対価を捧げ、『陽剣』の真なる焔の招来を求める。

 

「――俺の命と引き換えに」

 

あらゆることは、ヴィンセントが選んできた道筋の結果だ。あらゆる選択の結果を積み重ねた果てに、今、ヴィンセントは立っている。

 

その覚悟に呼応したのか、『陽剣』は体験したことのないほどの熱量を発揮し始め…

 

「果たすべき責務が――」

 

「――そんなのないよ、アベルちん」

 

握りしめた『陽剣』に希い、命さえ燃える対価に差し出そうとしたヴィンセント。そのヴィンセントの手が、隣に立ったものの白い手に押さえられる。

集中のあまり、余所に割かなかった意識の隙間に寄り添ったのは背の高い女だ。横顔を覗き込んでくる青い瞳に、ヴィンセントは目を見張った。

 

鉄火場において彼らは語る。犠牲と責務を語る。

感情と論理がぶつかる。そして、強い感情が論理を打ち負かした時。

 

「――どうです、閣下?うちの妹分はなかなか大したもんでやしょう?」

 

そのときだった。

ヴィンセントの沈黙の理由、それをまるで我が事のように、自分も同じ目に遭ったみたいに見透かしたような声がしたのは。

 

『魔核』を台座から外し、彼がそれを持って空へと羽ばたくと宣言した。

すでに彼は死んでいる。だから失うものなどないと言うが手放しでそう感じるものはここにいない。

 

再びの別れに涙するミディアムと再びの献身に魂を震わせるヴィンセント。

そして戦士の覚悟を無言で示し、別れの時がやってきた。

 

 

 

「あの、すいません。それもらっていいですか?多分なんとかなるので」

 

そのときだった。

皇帝の沈黙、兄の覚悟。妹の涙とその理由、それらをまるで他人事のように、心からどうでもいいと言うような声がしたのは。

 

 

「「え?」」

 

「貴様…」

 

 

永井圭が、そこにいた。

 

そしてズカズカと歩み寄り、バルロイが握りしめた赤熱し始めている『魔核』を奪い取り、あろうことか食べようとする。食べようと。()()()()()()()()だ。

 

「なん…気でも狂ったか貴様っっ!!!」

 

ジュウ!という音がしてケイはそれを食べるのを諦めた。

 

「確かに、これはちょっと飲み込めないかもしれない。喉が焼けるな。クルシュ、腹にしよう。頼む」

 

なんの抵抗もなく、想い人の腹をノータイムで切り裂くクルシュ。

一言も交わさない蛮行に、ミディアムすらも対応できていない。

 

「「ええ…?」」

 

カララギにはその昔、切腹なる処刑法があったのだが今は廃れている。

そして彼女は切り開いた腹によいしょと『魔核』を仕舞い込む。笑顔でサムズアップするクルシュもまた狂っている。

 

そしてクルシュの細い剣が風を纏ってケイの脳を貫いた。

 

ドン引きである。修羅場の真っ只中で、脈絡のない最悪の猟奇的な儀式を見せつけられカララギ最強すら言葉を失っていた。

 

一体この惨劇に何の意味が…

 

「は!?…消えた?嘘やん。どんな手品やねん。意味、わからへんわ」

 

 

誰より早く気づいたのは超越者のハリベルだった。しかし信じがたいようで、いつの間にか接近しケイの腹のあたりをツンツンと突いている。

 

ムクリと起き上がったケイは、何の気なしにこう言い放つ。

 

「消せてよかった。じゃあ避難しましょう。この巨人自体も爆発するらしいので」

 

「「「ええぇ…?」」」

 

うせやろ?と叫んでしまいたくなるような沈黙がそこにはある。

絶句するままに、撤退を行い口数も少なく地に降りた。

 

外から見れば一目瞭然であり、魔核の暴走とは別の方式で魔晶巨兵の体は光り輝き、その力を高め続けているようだった。

 

それをみる彼らはすでに臨戦態勢とは程遠い。

 

「貴様の策で、あれを無害化できるといったな?それはどういう仕掛けだ?魔核と異なり、流石にあれは腹には収まるまいよ」

 

「それ、冗談ですか?すみません。愛想笑いは苦手なので」

 

青筋を浮かばせる鋭い不敬と同時に、それが来る。

 

風が、帝都を吹き抜けた。

 

「もう、僕のやることは終わってます。僕にはもっと大事な仕事があるので、別のことをしたいんですが、もういいですか?」

 

その風は鉛のように重い風だった。

その風は炎のように熱い風だった。

 

「スピンクスは正しい。反則さえなければ準備をしたほうが勝つに決まってる。だから、こんなアドリブ、即興なんかで盤面をひっくり返すなんて許さない」

 

体を抜けていく風に押されるような感触がある。

超越者たちが未だ押さえつけている魔晶巨兵を中心にその風が集まり、やがて回転していく。

 

 

「なんだ、この風は」

 

 

永井圭は必要なことを終えていた。

 

それはかつて白鯨を落とした後、エミリア陣営の元で魔法の練習と相談をしていた時のことだ。

陽魔法はハズレの属性であると、散々に知らされたことがあった。

 

「魔法とは、世界の小さな改変かしら。その時のイメージはより強固で、多くの者が共通のものが優先されるのよ。だから魔法の詠唱は同じものが多いかしら」

 

そう言ったベアトリスとスバルの協力のもと、指銃(シガン)太刀腕(たちうで)は生まれた。

 

その時に、もう一つだけ思いついて練習していた魔法があったのだ。

構想とその理屈を話せば、ベアトリスはこう答えた。

 

「仕組みとしては無理な点はない、と思うかしら。普通にあり得るのよ。属性的にベティでは難しくても、ロズワールなら容易にできるはず…でも…」

 

ケイにはできなかったが、実際にロズワールにそれを実践させてわかった。これはかなり簡単にできるが、この魔法は出来損ないである。

 

「見ての通り、攻撃力は皆無になるのよ。そもそも()()()()()()()()をいっぺんに入れ込むなんてそもそも不可能かしら。どれかがダメにどころじゃなく、全部ダメになる。非効率の極みと表現して問題ないのよ。大体妨害にしても…」

 

「どれだけ凡庸に見えても、体系化された基礎の魔法には防護も十分に組まれている。ゴーア。アル・ゴーアと普段は何の気なしに唱えてはいるが、劣悪な環境や状況でも詠唱さえできれば発動できるこれらの発明は画期的だ〜ぁね。そちらの言葉では標準化と言うのだったね。それの威力は普段はわからないものさ」

 

お手上げであると、世界最強の魔法使いが匙を投げながら首を振る。

 

「もし仮に使えるものにしたいなら、ロズワールがあと三人は必要かしら。細かいことを無視できるほどの莫大なマナを叩きつけてようやく。繊細な魔法の妨害に使える程度という有様なのよ」

 

「面白いが実用性のない魔法。そんなものはこの世にいくらでもあるからね〜ぇ。そう気にすることもない。案外こういった発明が、そのうち画期的な何かに繋がることもあるのだから」

 

以降ケイは、自分でこの魔法を練習することすらしていなかった。これは失敗作である。

 

しかし、状況は全く変わる。

 

マナさえ供給すれば発動自体は可能そうな大精霊との契約という状況になってからは激動すぎて考えることもなかったが、落ち着いてもやはり出番はないと冷静に仕舞い込んでいた。

 

使う場面が無さすぎるのだ。この魔法は『高度な魔法使い』を標的にしか使えない。これまでの戦いで繊細な魔法を扱っていた敵は非常に少ない。

 

しかし帝都にきて『大災』を目撃しケイは思いついた。

 

もしかしたら、これが使えるかもしれないと。

 

この魔法の命名にはスバルの助力は必要なかった。十分にそれらしい名前がすでにあり、むしろそれから発想したのだから。

 

 

太陽風(フレア)

 

 

太陽から放たれる高エネルギーの電離粒子(プラズマ)の波を我々はそう呼んでいる。

 

その構造はシンプル。

風の魔法に陽魔法の細かな粒子を混ぜて届け、触れたもののマナを増幅したりしなかったりする魔法だ。

 

 

出力が弱ければ無意味であって、高くなっても少し熱い風くらいにしか感じない。

しかし、防御の甘い魔法や、不安定な魔法陣などがあるとすればこれの最大の獲物となる。

 

マナの増強の強弱は一定せずバラバラだ。それが繊細な魔法陣に作用するとどうなるか。

 

現代人にわかりやすく言えば『ショートする』というのが一番近い。

過大なマナが本来通るべきでない場所を通り、想定しない場所を傷つけ本来必要なところに届かない。

 

魔法使いへの防御やチャフのような扱い方ができないかと思ったが、実用には全く足りなかった魔法。

 

それをあまりに莫大な風の四大精霊に陽魔法の才能がある自分のマナとオドを注ぎ込んで使ってもらうという発想だ。

 

 

それを実現した、風に特化し陽属性のマナを溜め込んだザーレスティアは長髪を風と熱によってたなびかせ笑っている。

 

これまでで一番気分が良い。

 

帝国に入ってからずっとケイを殺して吸い続けたマナは溜め続けていたが、さらに先ほど死神を幻視するほどドカ食いしたばかりでありこれまでの蓄積も相まって体から溢れるほどに満ちている。

 

もちろん死神を見たのはティアではなくケイであり、彼女こそ死神と呼ばれているのだが。

 

風属性と陽属性が適度に混ざったケイのマナとオドは非常に相性がよい。

容量を溢れるほどに、髪の毛が伸びていくのは新しい発見だった。精霊としての形が変わるほどにマナを吸い上げ、そしてそれをこの帝都に慣らしていくのがティアの仕事だった。

 

 

ユリウスはそれの補佐としてずっと動いており、その作業を指示された時は彼には珍しいほどに動揺したのだった。

 

「いや、まさかここまで似た指示をもらうことになるとはね。君は覚えていたりしないのかい?」

 

ケイに心当たりはなかったが、きっと白鯨の時にでもクルシュを手伝わせたのだろう。スバル以外に誰もそれは覚えていないが。

ユリウスはその作業がすでに慣れていたようで非常に頼もしかった。『誘精の加護』を持つ精霊騎士ほど精霊の世話に向いている人材はおらず、ティアのご機嫌に一役買っている。

 

 

そしてずっと温めていたその魔法を切る瞬間をずっと伺っていた。

戦力自体は十分であり、怖いのは後でひっくり返されること。可能な限り相手に手札を吐き出させてから小細工を封じるこの魔法で蓋をするのが理想である。

 

そもそも帝都に事前に貼られた魔法陣などは防護もしっかりとされており、適当に放ったとしても対応されてしまっただろう。

 

これは、相手が即興に頼り始めた今こそ最大の機能を発揮する魔法なのだ。

 

まぁ、その副次的な効果は置いておいても最大火力を相手の手札が尽きた時に叩きつけるというのは理に適っていると思う。

 

ザーレスティアは四大精霊の中では飛び抜けてマナの総量は低いらしいが、その分彼女は何にも縛られずに風のように好きなところに行ける。

四大の中では最も低かろうと、他の精霊では及びもつかないほどのマナを保有しているのは間違いない。そのティアが自身の限界を超えるほどの最大火力だ。

 

 

この世界ではありえないほどの密度と重量を伴った風が、ティアの周りに生まれていく。

 

緑色の風が金色に輝くという矛盾。それらを混ぜて、風になる。

 

剛風が吹き荒れて、突風が巨兵へと殺到する。

地球上の何より密度の高い風が、通常ではありえないほどの力で()()()()()()()()()()()()集まっていく。

 

「何より高く、飛んできなさい」

 

どれほどの重さを、どれほどの力で持ち上げようとしているのかなどわからない。

ティアは全身を空へと溶けるようにして手を広げ、大きく笑う。

 

 

「と ん で、けえええええええええ!!!!!」

 

絶叫と共にこの世界でこれまで生まれたどんな風より重く早い何かが生まれた。

 

極々局所的な上昇気流が生まれ、ありえないほど低い場所から積乱雲のような何かが発生する。

竜巻とも嵐とも判別のつかない猛風が吹き荒れて狙った獲物を上へ上へと持ち上げていく。

 

歌が聞こえた。

 

気の触れた風の歌が、帝都に響いてく。

 

歌いながらティアの体が発光し、その髪を燃やすように莫大なマナを注ぎ込み続ける。

まるでロケットの燃焼のごとき勢いでそれは行われていった。

 

 

 

空気が一塊となって、それを空へと打ち上げる。

 

ぐんぐんと見えなくなっていく。

まるでロケットの打ち上げでも見るかのように、光り輝く魔晶巨兵の軌跡を地上のものたちは見上げていた。

 

セシルスがずるいずるい!と大人の体で地団駄を踏んでいることを除けば、地上には静寂が訪れた。

 

ここまでであれば、陽属性がなくても一緒だったかもしれない。むしろ威力は上がっただろう。

 

ちなみにティアは、最高潮に昂った感情を爆発させフゥーー!!ハハハハハハ!と狂笑をひとしきりかまして最後に「キモチイイー」と言いながらぶっ倒れた。

 

ユリウスは最後の部分を見なかったことに決めて介抱を始める。

 

『太陽風』たる所以はここからだ。

 

そこかしこに残るのは、黄金の輝きを含んだ残光だけ。

それらに触れた魔法陣は隠蔽されているものも見えているものも関係なく、マナ同士が干渉して不思議な色を空気中に描いている。

 

それは風ではないのに揺れ、炎ではないのに揺らめいて輝き、音もなく空を滑る。

無数の色が滲み合い、ほどけては重なり、天穹を絹のように染め上げていく。

 

青、翠、紫、そして微かに赤――

その全てが混ざり合ってなお濁らず、透明な帳のように空を覆って煌めいていた。

 

星々が、まるでその光を恐れるように見えなくなり、世界の天井がそっくり塗り替えられる。

 

いつの間にか訪れていた夜闇に穏やかな極彩の帷が降ろされて、光が淡く立ち上る。

 

 

廃都に黄金の風が吹くその光景はどこまでも幻想的で、現実味を失っていた。

 

その夢のような光景が生み出す成果は一つだけ。

 

これで傷ついた魔法陣や、雑な書き方のものは一切の機能を発揮しなくなっている。

体系化した魔法以外を封じられ、新たな細工は一つもできない。

 

熟達した魔法使いが完全に体系化された魔法以外を失っている。

 

当然飛行魔法など繊細なものが維持できるわけもない。ロズワールやクルシュはもちろん。スピンクスも同じく大地に落とされていた。

 

風の基礎魔法で着地するなど、魔女にとっては初めてであっただろう。

 

ハリベルはアルと他の戦力と共に、周囲の魔女の討伐に参加し始めた。

不貞腐れたセシルスが八つ当たりに魔女を選ぶのはもうすぐだ。

 

つまり、敗北が近い。

 

魔核の暴走。

水晶宮を巨兵としての大暴れ。

魔晶巨兵自体の爆破。

新規の魔法陣。

『強欲の魔女』の独創的で類を見ない魔法の数々。

 

その全てを金色の風が吹き飛ばしてしまった以上、できることはほとんどない。

 

つまり、状況的には『魔女』の負けは確定であり、時間さえかければプリシラは戦わずとも勝利ができる。相手が先にそんな戦法を選んだのだ。プリシラがそうしたところで何一つ問題はなかった。

 

しかし、彼女はそうしない。

背中を黄金の残風に押され、太陽姫は敵の一人と邪魔一切なく対峙する。

 

 

今の演目に大いに満足。快いと、太陽の香りがする風を浴びながら、プリシラはあらゆる存在を喝采する。

 

あまりに心震える美しい光景。見たこともない巨人にそれを空へと吹き飛ばすこれまた未知の風。

ああ、なんと素晴らしいことか!

 

醒めない夢を、終わらない演目を、『えんでぃんぐ』のない物語を、見続けたい。

しかし、そんな子供じみた『えご』は、この戦いの閉幕に相応しくないから――、

 

「妾が相応しき、幕を下ろしてやろう」

 

プリシラは『陽剣』を空の鞘から抜き放ち、両手を広げた姿勢の全身に夕日を浴びながら、目を閉じる。

 

見えずとも、魂の炎を分け合ったものたちの全霊は世界からの睦言のように伝わった。

 

瞬間、閃光が世界を満たす。

直上に生まれた太陽の如き閃光は、巨兵の最後の輝きだった。

 

はるか上空の魔晶巨兵が限界を迎えて、大きく爆ぜた。

光が新たな影を生み出して、スピンクスとプリシラの影が交差した。

 

「褒めてつかわす。妾好みの演出じゃ。この戦いには星光などは必要あるまい」

 

月明かりが、爆ぜた光が、オーロラが、黄金の風が、戦場を煌めかせていく。

もう誰も、星の光など見えていない。その瞬きを見ているものなど一人もいなかった。

 

星詠みですら、星を忘れるほどの絶景である。

 

 

「――プリシラ・バーリエル」

 

魔女の『ゴーア』という詠唱から猛烈な炎が生まれ、視界を覆い尽くす。

しかしプリシラは炎へと前進する。陽剣でそれを切り裂き、前へと進む。

 

上空から、光に遅れて爆音が落ちてきた。

 

ドン!!

 

腹の底を揺るがすような大気の震えが届く。

 

「――プリシラ・バーリエル」

 

空から、魔晶の雨が降ってきた。彼らはそれを音を頼りに見ないで避ける。彼女たちにはそれくらいの技量がある。

 

同時、視界を覆った炎を踏み越え、光の剣の創造に失敗したスピンクスが後ろへと飛び退る。

そこにさらに一歩を踏み込み、プリシラは空を斬るように大きく剣を振る。軌跡に沿って世界が裂かれ燃えていく。

 

 

「――プリシラ・バーリエル!」

 

激情に瞳を燃やし、何度も自分の名を呼ぶスピンクスにプリシラは微笑む。

その高慢な笑みをやめさせるためスピンクスがさらに背後に飛び、両手を構えた。

 

プリシラは笑みを深めそして剣の間合いへと踏み込んだ。

スピンクスは最も得意なジワルドを『強欲の魔女』としての技量を全て注ぎ込んで、合理の限りを注ぎ込み渾身の一撃を放つ。

 

「――プリシラ・バーリエルっ!!」

 

彼女を撃ち抜くその寸前。太陽にその手が届くか思ったその時に。

 

上から、音を一切立てずに、拳大の魔晶の塊が落ちてきていた。

世界が一石を投じたように、勝者のためにそれが降り、一切の音を聞き取れなかったそれに腕を砕かれ、魔女の体勢は崩された。

 

「音を、斬った…?」

 

「たわけ、音とは物ではない。ものを伝わる波である。波を切ってもそれは分かたれるのみであろうが」

 

一合前の斬撃でプリシラは空気の連なりを斬っていた。

空気は物質だ。だから陽剣で当然に斬って燃やすことができる。

 

音とは物質を伝わる振動である。つまり真空を挟めば音は消える。

 

ヴォラキア皇帝の誰も至れていないほどの陽剣の秘技を、不完全な陽剣で到達した太陽姫は大きく笑う。

 

「――プリシラ・バーリエル」

 

準備と勉強が大事なのだと言い切ったあの物書き。その言葉を証明するかのような一合だった。

 

「それが、妾の名である」

 

高らかに吠えるその声に、確かに宿った熱を帯びた敵意。それに真っ直ぐに、プリシラは煌々と眩く光り輝く『陽剣』を振り下ろした。

 

――赫炎一閃、暁か黎明か、新たなる夜明けを思わせる光が、命を熱く照らし出す。

 

「誇るがいいぞ、スピンクス」

 

「――――」

 

「貴様は他の誰でもない貴様自身として、妾の敵役を果たしたのじゃ。――大儀である」

 

『陽剣』を振り切った姿勢から体を起こし、プリシラは正面に立つスピンクスに告げる。

 

それを受け、スピンクスは黒瞳を細めると、

 

プリシラの思惑を大きく外し、その暖かな眼差しを全霊で拒否した。

 

「…敵役。敵役ですか。そんなこと、そんなものに、私が喜ぶとでも?」

 

「ほう。貴様、さらに変わろうとしていたか。見事であるな」

 

プリシラは素直に驚き、その紅い瞳を見開いて感嘆を重ねる。

魔女は険しさを煮詰めたような赫怒の表情でこう言った。まだ戦えると戦意を滾らせる。

 

「ふざけないで、ください。ワタシ、私は、まだ、これから…」

 

プリシラにとっても意外なまでのその反応に、思わず強い好感を持ってしまう。

彼女の目に火を灯す寸前だった。本当に危ない。

 

「妾の愛までも利用しようとするか。全く、赤子の成長には驚かされる」

 

 

――それが『太陽姫』プリシラ・バーリエルと、『大災』スピンクスの決着だった。

 

 

殺し合いの場所に自分の仕事はもうないと言うように、永井圭は戦場の終わりを見届けない。

 

彼のすべきことを為すために誰に言われずとも動き始めていた。

真に()()()()()()はここからなのだから。

 

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