亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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星々の行方
【FILE:231】傷跡をなぞる


――『大災』は打ち払われ、神聖ヴォラキア帝国はついに滅亡の淵からどうにか転げ落ちずに耐え切った。

 

帝都を起点として各地に広がっていた屍人の軍勢は、支配が崩壊したことで崩壊し、各々に逃走や闘争を始める。決戦の幕は、終わりへと傾いていた。

だが、指導者たるスピンクスが消滅し、『不死王の秘蹟』に魔力を供給していた《石塊》が沈黙しても――

一度命を越えて甦った屍人たちは、再び“死”を与えられるその瞬間まで、自らに与えられた“生”を手放すまいと、執念深く抗い続けていくだろう。

 

存在するためにはマナが必要だ。死にたくない彼らは人からマナを奪う方法を模索し始めるだろう。本当にゾンビのように生者を襲って喰らい始めるかもしれない。

 

とはいえ多くはフェリスの感染する魔法によって支配権を奪われ、ゾンビ狩りの尖兵として動いている。

ねずみ算式に増えていくこの魔法であればあらかた一掃されるまでそこまで時間はかからないだろう。マナの追加供給がなくとも感染させていけば良いのだ。

 

 

こうして『大災』との戦いの終わり方が概ね見えてきたとしても、それが残した爪痕は決して消えない。

 

多くの将兵が死に、帝都と城塞都市は都市としての跡形もない。グァラルもカオスフレームも都市としての役割を失い多くの難民が発生している。

 

首都を含む大都市が四つも機能を失ったという状況は非常に厳しいものだ。

他国からの支援がなければ悲惨な状態は約束されている。

 

帝国の中枢としての機能は麻痺し、国としての力は瀕死と言ってもいい。

とはいえ、それでもだいぶマシなのは血気盛んでこれを機に内乱を起こしてやろうという者たちは軒並みすでに死んでいるからだ。

 

帝国にとってはこの惨状が最も平和に近いかもしれないというのはあまりに皮肉だった。

 

「――なんじゃ。貴様、何か妾に文句でもあるのか?」

 

「文句ってわけじゃねぇけども、なんかこう、不思議な感じ?」

 

そうこぼし、スバルは隣を歩く美女――プリシラの横顔に言葉を選んで答えた。そのスバルの答えに、彼女は手にした扇で口元を隠し、「ふん」と小さく鼻を鳴らす。

 

プリシラはケイを探しているらしい。多少なり探せば探し物は全て見つかる運命力を持っているらしいのだが、あれが関わると都合が悪くなると珍しく愚痴っている。

 

暇をしていたのを見抜かれて、『物書き』探しに同行せよと命を受けたのが始まりだった。

 

 

――現在、スバルとプリシラが一緒に歩いているのは、城塞都市ガークラの無事な壁内だ。

 

帝都からの砲撃を受けてその射線上の壁は跡形もなく崩壊しており、復旧作業は一度諦め仮設の住宅をどうにか立てようとしているのだった。

最悪の惨状ではあれど、それでも帝都よりはマシだった。あそこはただの廃墟と化している。

 

「で、あの調子だとアルはお前から離れたがらないだろうに、今どこいってんの?」

 

「貴様の言う通り、妾から離れたがらぬから美酒を用意せよと小間使いを命じた。今頃は妾に褒められようと涎を垂らして励んでいようよ。半端者に首ったけの貴様と同じじゃな」

 

「否定できねぇし否定しねぇけども、振り回されてアルが可哀想……」

 

「――プリシラ様!」

 

「お」と聞こえた声にスバルが眉を上げると、小走りに道の向こうからやってくる幼い少年――シュルトの姿が目に飛び込んできた。息を弾ませる短パン姿の少年執事は、傍らのプリシラの前で慌てて急停止すると、

 

「あの、プリシラ様、ご無事で何よりであります!僕は、僕はとても……わぶっ」

 

「童がくだらぬ気遣いなどするでない。妾を案じたのであれば堂々とせよ」

 

そう言って、プリシラが足を止めたシュルトを抱きすくめ、少年の頭が胸に埋まる。

 

「ナツキ様!僕ももっとプリシラ様のお役に立ちたいので、急成長の秘訣をお聞きしたいのであります!」

 

スバルは一瞬にして元の背丈に戻ったためシュルトに伝えられることはないが、それも必要あるのだろうかと疑問を呈した。せっかく可愛い時期に可愛がられているのだからそれでもいいじゃないかと何の気なしに意見する。

 

「い、いいえ!プリシラ様!僕は、僕はそれでは…。今回全くお役に立てませんでした。それはもう、嫌なのであります…」

 

「シュルトよ。自らを一人前の扱いをせよと、妾にそう宣うか?」

 

「えーと…ううん。でも、でも…」

 

凄まじく悩むシュルトは可愛いが、そんなに背伸びをしなくても。

 

「はい。であります!僕も男としてプリシラ様のお役に立ちたいと、そう思うのであります!」

 

プリシラの胸の中、埋もれたシュルトがその宣言と共に豊満な胸から抜け出した。

失われた温もりはしかし、全く別の暖かさがその胸に広がっていくのだった。

 

「どうやら、愛らしい抱き枕が巣立ったようじゃな。それもまた良い。褒めて遣わす。これよりは妾に庇護されることなく、大切なものを守るために自ら立つが良い」

 

「はい。はいであります!!僕は強くはないでありますが、きっとお役に立ってみせるでありますよ!」

 

背伸びをしている少年に見えるが、しかしその決意は男のものだった。

スバルはごつんと自分の軽い頭を軽く殴り、彼を子供扱いした自分の浅慮を自省する。

 

『みんな変わっていくんやね。ウチらも変わったんやろか』

 

ズキリと傷跡が痛み、忘れられない。忘れたくない人たちの顔を思い出す。

 

戦場の集中と高揚で向き合うことを避けることができていた死が追いついてくるような感覚がした。それと向き合うことを避けるためにこんなふうにやるべきことを探しているのかもしれない。

 

アナスタシアに代弁させることなく、こう考えることが自分でできてよかった。

きっと今日寝る頃には向き合わざるを得なくなるだろう。

 

プレアデス戦団のみんな。助けられなかった人たち。あの実験室でスバルへの嫌がらせのために殺された人々。黒髪の皇太子として連れてこられ殺された子供たち。

 

幼児化していた時に、後回しにしていたツケが元の身長に戻ったスバルに回ってくる。

当たり前のその重荷を背負うために今は仲間たちと話したい。

 

清算の時間はもう少し先だ。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「貴様たちは揃って、俺の眉間に皺を刻みに現れたのか?」

 

顔を出したスバルとプリシラを迎え、アベルは言葉通りに眉間に皺を刻んだ。

 

大要塞の一室、執務室というほど立派な部屋ではないが、早急に見通しを立てる必要のある戦後対応のため、アベルは夜を徹した仕事に追われているらしい。

 

しかしいつぞやのグァラルの時のような近寄り難さ、孤高さは感じない。

いやまぁ、スバルは話に聞いてただけなのだがアベルとケイが根を詰めている執務室にはさぞ入りたくないだろう。

 

オコーネル兄妹は横のソファで眠っており、それを追い出してないことを指摘すれば一定の抵抗を見せる。

 

 

「ご無事なようで何よりですなぁ。当方も戻すのは初めてであった次第。オルバルト一将の指導があっても予後が問題なく何よりです」

 

「あ、チシャさん。だっけ。マジでありがとう!オルバルトさんは両腕失ってたし、あわやこのままコナン君状態かと思ってたぜ」

 

「王国の大恩あるお方に術をかけたままでは、申し訳がたちませんからなぁ。これで後顧の憂いは少なくなったでしょうか」

 

「貴様は死んでまで気を回し続けるか、安らかに眠るということを知らぬようだな」

 

「私の懸念は閣下のお陰様であるとも言えるのですが、死人に口無しという言葉もあります。ここは口をつぐんでおくのが吉かと」

 

「黙っていてもやかましいな貴様は。そこな愚か者どもと叩き出されたくなければ消えるまでに手を動かすが良い」

 

「何とも兄上らしい物言いよ。相変わらず、大事なものにはすこぶる甘い。最後の時間をいつも通りに過ごすことで弔いとするのであるな。うむ。やはり兄上は愛に溢れているようじゃ。妾が国外へ逃れるのを良しとしたのも、兄上の愛ゆえであったからな」

 

パタパタと扇で顔を扇ぎながら、平然とそう口にするプリシラにアベルが黙る。アベルは静かに指で眉間を揉んだ。

そうするアベルが両目をつむったのを見て、スバルは「おや」と思う。

 

「――なんだ、ナツキ・スバル。まだ俺への不敬を重ねるつもりか?」

 

「そういうわけじゃねぇよ。ケンカしたいわけでもなし、忙しいならもういくし」

 

唇を尖らせ、スバルは気付いた事実を指摘しなかった。アベルが無自覚にそうしているとも思わない。変化の理由と切っ掛けは、確かな形としてあったはずだから。

そしてその変化を快く思ったのは、どうやらスバルだけではなかったらしい。

 

「プリシラ、貴様もだ。俺には為さねばならぬことが多い。俺がもう一人いても間に合わぬほどにな」

 

「妹よりも帝国か。十年かけて、ようやく兄上の中でも天秤が定まったか。ならば」

 

「なんだ?」

 

言葉を区切ったプリシラに、アベルが微かに眉を寄せる。そのアベルの前で、プリシラはドレスの裾を摘まむと、その場で深々と一礼してみせた。

そして――、

 

「――神聖ヴォラキア帝国、第七十七代皇帝、ヴィンセント・ヴォラキア閣下。御身が帝位に就かれたこと、心よりお祝い申し上げる」

 

「――――」

 

「せいぜい、剣狼の群れの統率にあくせくと勤しむことじゃ。今しばらくは気の休まらぬ日々が続くことであろうよ。特に()()と話すほどにそうなることは保証しておこう」

 

真剣な表情で祝いの言葉を、その後の忠告を不敵な笑みで、プリシラは兄に告げる。悪巧みもほどほどにしろと言外に含ませて。その緩急自在の妹の態度に、アベル――ヴィンセント・ヴォラキアは嘆息しつつ()()に関わる問いを返した。

 

「あの書記官。ケイとかいうのは一緒ではないのだな」

 

「何を異なことを。皇帝閣下の弟であろうに、もっと親しみを込めてやらねば弟は傷つくやもしれぬぞ」

 

「あれが弟などとふざけるな。いつ正式に撤回すべきか機を見ているだけだ。あれを担いで玉座を脅かそうと思えば、そこらの木端貴族であっても魔女以上の大災となろうよ」

 

「兄弟喧嘩もほどほどにと助言を残しておくとするが、どこにいるのかはわからぬ。今はあれを探しつつ、各地を慰問しているところである。見つければ来るように言伝をしてやろうではないか」

 

「随分と殊勝なものだ。どんな狙いがある?」

 

「何も、それにその働きをするのはそこの凡愚よ。妾ではない」

 

「おい!勝手に俺の仕事を増やすな!どんなマネージャーだよ!」

 

やかましくなってきた室内に、いよいよアベルはため息を深く吐き出した。

 

 

「プリシラ。――貴様はこの世で唯一、俺が気を許せた妹だ」

 

「全く以て、我が兄上らしい迂遠な愛の告白じゃな」

 

兄妹らしく落ち着いたということだろうか。本当に似たもの兄妹だと正直に言えば、似たような目線で睨まれた。ケイの目線とは似ているがちょっと感触が違う。

 

キツい目線ソムリエのスバルは、こういう目線に詳しいのだ。

そういうとこだぞ。本当に。捨て台詞のように言って、スバルはその部屋から逃げ出した。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「わ、すごーくビックリしちゃった」

「ホントやねえ。まだやらなならんことたくさんあるのに、明日雨やと困るわぁ」

「あれ、プリシラ姉様とスバルさんですか。珍しい組み合わせですね」

 

思いがけず、人と話す機会が多いと水を飲みに休憩室に立ち寄ったところで、テーブルで顔を突き合わせているエミリアとアナスタシアとクルシュに遭遇した。

 

「弔問に慰問を兼ねてそこらを巡っておる。民たちを慰撫するのも支配者の責務よ。貴様らも王たる自覚を持つのなら民を鼓舞する機微を身につけよ」

 

「支配とかはしたくないんだけど、きっとそういうことじゃないわよね。うん。わかった!みんなが何を喜ぶのか、元気が出るのか私なりにすごーく考えるわ」

 

「ほう。貴様もようやく何かしらを考えるようになったか?」

 

「おいおい聞き捨てならねぇよ!まるで前は何にも考えてなかったみたいな!」

 

クルシュが止めようとする前に、プリシラがその態度に棘を刺す前に、アナスタシアが空気を読んで止める前に。エミリアがプリシラに向き合った。

 

「スバル。ありがと。すごーく嬉しいけど、私はプリシラと話したいの、私のことを信じてくれる?」

 

!?!?

 

スバルは思わず言葉を失い、頷くしかできない機械になった。

 

「ケイと話して、それからいっぱい難しいことも考えたの。考えたくないことも、嫌なことも考えなきゃいけないって帝国にきてわかったわ。人の嫌なところもその人の一部だもの。家族を失って悲しい人がいるかもしれないし、それで暴れちゃう人もいるかもしれない。そういう人たちにも幸せになってもらうにはどうするか、考えているの。でもあんまりよい考えが浮かばなかったら、頼っても良い?プリシラもみんな幸せだったら嬉しいでしょう?」

 

エミリアはどこまでも真っ直ぐにプリシラを見据えて、そして手を差し出した。

 

「良いな。王たるにはまだまだ不足していようが、幼子のような駄々ではなくなっているようじゃ。シュルトといい、魔女といい、貴様といい。やはり童の成長とは瞬く間であるな」

 

プリシラは自分で頷き、その手を取って握手した。

 

エミリアと対等に手を結んだのだった。

 

「ああ、明日は雨やなくて星なんかもねぇ。隕石はもう十分やから、別のものにしてもらってええ?」

 

「わたし!私も褒めてください!ここまで大きな戦いで重傷を負わずに無事でした!」

 

プリシラはこいこいと手招きし、飛び込んできたクルシュをわしゃわしゃと撫で回して褒めてやる。

 

「大儀である。己の戦うべき場所を見誤るでないぞ」

 

姉妹の如き交流は、プリシラにとっても数少ない部分であった。それを満たしていくようにクルシュを誉めそやしていく。

 

「ま、クルシュさんとエミリアさんのお惚気話よりはマシやねえ。終わりが見えへんかったもん」

 

「仮にも王選の候補者同士が顔を合わせ、話題があの無粋とこの凡愚じゃと?くだらぬ時間の使い方をするでない。星でも数えていた方が幾分かマシじゃ」

 

ちょっと気まずい。一度叩き出された手前、スバルは女子たちの舌戦へと入っていけない。

空気が読めないことで有名なスバルもこの後に及んでこの女子会にズカズカと上がり込むことの罪深さは知っている。だから、近場の物資置き場から目当てのものを探して時間を潰しておく。

 

しばらくしたら落ち着いたようで、スバルも合流。ふとエミリアが「ふふっ」と笑った。

 

え、めっちゃ可愛い。天使かな?

 

「でも、なんだかすごーくへんてこね。私もアナスタシアさんもクルシュもプリシラも、みんな王国の王様候補なのに、こうやって帝国にいるんだもの」

 

「ナツキくんが塔から飛ばされんかったらこうならんかったのに。書記君は猫みたいにすぐ帰ってきたのにね?」

 

「あれは不可抗力だし、俺が飛ばされてなかったら帝国滅んでておかしくないし、非猫型万能ヒューマノイドケイ君と比べてくれるなよ。いやでも、もはや悔しさすら感じねぇな」

 

『大災』の規模を考えるとあながち間違いではあるまい。飛ばされてよかったとは言わないが、意味はあったというか作った。ケイに何ができるのかは正直読めない。今までの功績から言ってできないことは人間関係のあれこれくらいではなかろうか。

 

「まぁでも、俺たちいなかったら帝国は5回は滅んでただろ、来てよかったよ。ほんと大変だったけど…」

 

もっとも、そんな話をプリシラは鼻で笑うかもしれないが――、

 

「――そうじゃな。貴様ら抜きでは、帝国の歴史は昨日今日で終わっていたろうよ」

 

「わ」「へえ」「ふふん」「お?」

 

「揃いも揃って間抜けな声を出すでない。歴然とした事実を述べただけよ」

 

正直言えば、そこまでの驚きはない。けれど元来のプリシラが言わなそうなことを言ってそれをからかう程度にはお互いをわかってきているのだ。

 

最初の出会いからここまで、ずっとプリシラは苛烈ではあったがその態度は軟化していたと思う。

王都での『はいぱ〜妾たいむ』と水門都市での『うるとら妾たいむ』。さらには帝都の『すーぱー妾たいむ』を経て今ではある程度、冗談すら交わせる間柄になったのだと感慨も深くなる。

 

 

プリシラも、何かを思ったようで思案顔で夜空を見上げ星を見る――、

 

「――王族疑惑の貧民街の小娘と記憶を失い傷を負った公爵、それに都市国家の女狐と銀髪紫紺の瞳の半端者」

 

「――?プリシラ?」

 

「何のことはない。ただ、そのように並べ立てて見れば、殊更に出来の悪い物語の登場人物のようだと思っただけじゃ」

 

「出来の悪いは余計だろ。第一、お前だって人のこと言えない立場だと思うぜ」

 

浸っている風なプリシラも、帝国の死んだはずのお姫様なんてポジションなのだ。物語を賑やかす肩書きとしては、十分すぎるぐらい派手なものだろう。

 

それを言ってから、スバルはさすがにプリシラを怒らせる発言だったかもしれないと心臓がキュッとなる。しかし、それは杞憂――否、杞憂どころではなかった。

 

「――違いない」

 

そう言って、プリシラが扇の先を唇に当てて笑った。

それこそまるで、友人との談笑の最中の少女のように、自然体で笑ったのだ。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

いまだケイは見つからずスバルはプリシラと城塞都市を歩き続ける。

 

「そういや、なんでケイを探してるんだ?というか、対話鏡があるだろ。ケイはあれ絶対手放さないぜ?」

 

「貴様まで無粋なことを抜かすな。自らの役割を見誤るでないぞ、凡愚か道化という役柄で踊ることに満足できなくなったか?」

 

「今までそれで満足してたみたいにいうなよおい。無粋ってなぁ。でもケイに会いたいなら…」

 

「言ったはずじゃ、これは慰問であると。物書きを探すことこそついでの些事に過ぎん。妾のために戦い抜いたものへ褒美をくれてやるのも上に立つ者の務めであるとも言ったはずじゃ」

 

「もうそこら辺には突っ込まねえからな?アルかケイを見つけないと処理しきれないボケが溜まっちまう。まずいなぁ」

 

ヨルナやユーガルドと会い。マデリンとバルロイと会い。レムとラムと会い。ロズワールと会い。

多くの人たちを訪ねていく。

 

会うたびに、かつてのプリシラとの違いに驚かされていく。白鯨の時に協力を要請し、顎を蹴り砕かれたのはもう良い思い出…とは流石に言えないが今とのギャップを見れば自分は少しは成長しているのだと実感できた。

 

プリシラはきっとあまり変わっていないのだ。太陽のように不動の存在である彼女に照らされて、スバルは自分の現在地を知ることができた。

 

 

そうしてついにケイは見つからず、深夜も深夜になってようやく最後の目的地に到着した。

そこは無事だった城壁の上であり、他には誰もいなかった。

 

よく見れば篝火に照らされるのは片腕のない男のシルエット。アルデバランがそこにいた。

 

人払いが済んでいたらしく、城壁の上には誰の姿もなかった。

 

スバルとプリシラを出迎えたアルが、無人の城壁の上に胡坐をかいていた。その隣には、高級そうな酒の瓶とグラスが二つ。どうやら用意できたらしい。

 

「戦勝祝いで酔ってるとか?」

 

「まさか、姫さん差し置いて先に飲むわけねぇよ。それにしても、一緒なのはレアだな、兄弟」

 

「言われすぎて慣れたよ。俺もずっと落ち着かないけど」

 

酔っていないと主張するアルの声はどこか浮ついていた。それは酒ではなく、勝利の余韻によるものかもしれない。

実際、プリシラと市街を巡ったスバルも、人々の様子からそれを感じ取っていた。

 

「みんな、やることあるってより……これを夢にしたくないんだな」

 

「詩人みてぇなこと言うじゃねぇか。でもわかるぜ。“朝よ、まだ来てくれるな”ってな」

 

勝利を手にしたこの夜が、目覚めとともに過去になるのが惜しい――そういう感傷が広がっていた。

スバルについては、失った人たちの悪夢を見るのが半ば決まっているから、余計にそう思う。

 

スバルとアルがしみじみ語り合う後頭部を、突然扇が打つ。「ぎゃん!」と揃って叫ぶと、振り返った先にプリシラが呆れ顔で立っていた。

 

「道化と凡愚が揃ってジメジメと何を語るか。それよりも……アル、妾の命は果たしたのであろうな?」

 

「おお、もちろん。頼んで見張りをどかして、上級伯から酒も調達した。目玉飛び出す値段だぜ」

 

プリシラは肩をすくめ、慣れた手つきで瓶を開け、二つのグラスに琥珀の液体を注いだ。

 

「酒杯は二つ。貴様らは一つを分け合うがよい」

 

「あ、オレはできれば姫さんと間接キスのほうが……すみません、黙ります」

 

すぐに引き下がるアルを、スバルは責められない。間接キスとか言うのやめろよとは思ったが、スバルは怯まずに自慢げに懐から盃を取り出した。

 

備えあれば憂いなしというやつだ。

 

「へっへ。実は持ってきているんだなこれが。色々考えられるようになったんだぜ?」

 

プリシラが目を見開いて驚き、そして笑う。

 

「ほう。貴様もか。全く驚かされる、人の変化とは気づけば色づく紅葉の如きものであるな」

 

プリシラがグラスに口をつけるのを横目に、スバルも持参した盃に酒を注いでもらいアルとの間接キスを辛うじて避けたのだった。

 

乾杯とかしないんだなと少し寂しさを感じつつ、あまりに長かった帝国での冒険が終わるのだとここで初めて実感したのだった。

 

夜明けはまではもうちょっとだ。

 




本章はこれにて終わり、次章でヴォラキア編に区切りをつけます。

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