亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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【FILE:232】歪まぬ太陽

結局、スバルとアルが酒をちびちびやる間に、プリシラは瓶の半分を一人で空けてしまった。むせるほど強い酒だったのだが、彼女の顔に酔いの気配はない。

 

そういやプリシラが顔を赤らめている姿とか、一度も見た事ないかもしれない。

 

「姫さんが酒豪なの、イメージ通りだろ」

 

アルの言葉に、スバルはうなずくしかなかった。

二人のグラスが空になるまでは時間がかかり、こんなことなら間接キスをしてでも一緒に飲めばよかったと後悔する。ちょっとは先回りできたと思ったらこれだ。

まだまだ先の先なんてスバルには読めないらしい。

 

「夜明けが近い。少し酔った。――アル、妾に付き合え」

 

「げほっ……え、付き合えって、何を……わっ」

 

言葉の続きを聞く前に、プリシラはアルの手を取って引き立たせ壁の中央へと誘う。

目を丸くするスバルに笑みを向け、

 

「ナツキ・スバル、歌え」

 

「無茶振りにも程がある!」

 

仕方なく流れに乗ったスバルが腕を組んで頭の中でセットリストを組み立てていると、アルがプリシラに苦笑して言う。

 

「姫さん、オレ、腕が一本足りねぇんすけど」

 

「それがどうした。足は二本あるし、妾への忠義も残っておろう。――始まるぞ」

 

スバルが選んだのは――、

 

「――朝焼けを追い越す空」

 

水門都市でみんなを鼓舞したあの曲を、今にふさわしいと思って歌うことにした。

ゆっくりと、ヴォラキア帝国の夜が終わり、星のちりばめられていた昨日を押しのけ、新しい今日が騒々しくやってくる。

 

「ふ」

 

決して上手いとは言えないが、それでも歌うとその旋律に応えて踊り出すプリシラ。その舞こそ、スバルの歌に対する最大の賛辞といえた。

 

「そら、踊れ踊れ、アル! 妾を退屈させるでない!」

 

「ええい、クソ! こうなりゃヤケだ! 兄弟! ビート上げてけ!」

 

――スバルの歌声が響く中、城壁の上でプリシラとアルが舞い踊る。

 

優雅なプリシラと盆踊りにしか見えないアルは不釣り合いだったが、あまりにしっくり、こうあるべき二人という風に見える。

 

「――――」

 

気がつけばスバルも、最初こそ渋々だったはずなのに――今では歌いながら、楽しそうに笑っていた。

 

朝焼けを追い越していく空の下。

それは確実に訪れる夜明けを歌にしたもので、輝きの中で焼かれ、やがて新たに生まれ変わる世界を讃えるような一曲。

 

焔に包まれたヴォラキアという国に、最もふさわしい祝福の調べだった。

 

 

 

「――――」

 

終わり方がわからなくて、二回、三回とリピートしてしまう。

そんな風にやっている間に、本格的な朝日が、城壁を緩やかに照らし始めた。

 

酒も入れてしまったし、ここのところ盛大に働きすぎた。

それになんだか歌っていると、悪夢が遠ざかる気もしてやめたくなかった。今のこの夢のような時間が終わって欲しくない。

 

キラキラと、眩しい朝日の中、アルと踊るプリシラがやけに煌めいて見えて――。

 

「――姫さん?」

 

不意の、それは不意の、アルの呼びかけだった。

 

「――――」

 

直前までの、隠す気のない上機嫌と、隠し切れない慕情の滲んでいた呼びかけ。それと異なる響きを交えたそれに、スバルの歌声もぴたりと止まる。

 

「――あの歌女、リリアナほどではないが、悪くない歌であった」

 

そう、背後から抱かれるようにアルの胸の内に収まるプリシラが称賛を口にする。

――そのプリシラの体が朝日に透けて、うっすらと消えゆこうとしている。

 

歌うのをやめてしまったのがいけなかったのだろうか、いやそんな訳はない現実は待ってくれないのだ。

 

悪夢より先に、悪夢の如き現実が牙を剥く。

 

 

「ぷり、しら……?」

 

「貴様も知っていよう。妾の敵、スピンクスは妾を異なる位相へ閉じ込めた。あの大精霊の力で侵入したのは見事であったが、即座に閉じられた故、外に出るにはあの場を焼き尽くす他になかった」

 

「――ぁ」

 

スバルの震える声だけで、スバルが何を考えて、スバルが何を聞きたがっているのか理解し、疑問の答えを差し出してくる。

 

その姿が朝日に溶け出すように、儚く消えていこうとしている理由は明白だった。

 

なぜなら、ここにいるプリシラ・バーリエルは、すでに屍人なのだから。

 

「そんな……そんな馬鹿な話があるかよ!!姫さん、こんなのは……き、兄弟!!…っえ!?」

 

呆然と、立ち尽くすスバルが何も言えない代わりに、叫んだのはアルだった。

 

そう言われる前に、正気に戻ったスバルは当然の行動としてすでに毒薬を噛み切っていた。

スバルの疑心はこれを手放すことを許すわけがなかったから。

 

アルは愕然としつつもその意味を理解し、目線だけで感謝を込める。

 

言われるまでもない。

絶対に諦めない、またあの地獄を繰り返すことになったとしても絶対に…

 

 

 

 

不意に戻った先の光景は、絶望そのものだった。

 

「そんな……そんな馬鹿な話があるかよ!!姫さん、こんなのは……き、兄弟!」

 

 

「そんな……バカな…」

 

全く異なる意味でアルとスバルは愕然としている。

自分は本当に死に戻りを今したのか?しかし、精神には毒薬の苦悶がしっかりと記憶されている。

 

10秒?それくらいじゃないだろうか。まるであの時のような不具合に思えるがそんな感覚はない。

まるで何かにこのまま進めと言われているようで心から身震いし、現実を直視できない。

 

あんまりじゃないか。あまりに間隔が空いていなくて、信じられない。

酔いと眠気と疲れを忘れるほどの衝撃にスバルは声を失った。

 

 

スバルは自殺をしたくない。

だけど、大切な何かを失うことに比べればそれは悩むようなことではなかった。

それにロズワールとの誓約もある。これを見過ごせばあいつが即座に裏切るという約束で…

 

でも、でも…もう手遅れになっていて…

 

『辺境伯のことを警戒するのはわかるが、そうはならないかもしれない。まだ全てが終わったわけでもない。落ち着いて状況を確かめるべきではないか?』

 

優雅な声がスバルの荒れた心に響くがどうすればいいのかわからない。一体どうする?どうすれば…

 

「やめよ」

 

「いや、いやこれはなんかの間違いだ!あの時と同じ、多分バグってて…」

 

直感とは異なる言い訳を並べる。そうでもしないと、プリシラは…

 

「――ナツキ・スバル」

 

無駄であったのだろう。とそんな風に宥めるように名前を呼ばれて、混乱どころか思考も消えてしまったようだった。

 

彼女も、気づいているというのか?

 

「貴様とアルの権能は運命の条理さえ変える力があろう。だが、覚えておくがいい。たとえ貴様たちの力や祈りを以てしても、変えることを望まぬものもいる。そして貴様らの姿を見ていれば自ずとわかる。それらは万能ではない。手遅れということもある。そして、その力を過信すれば手痛い代償があろうよ」

 

 

動きの止まったスバルに、「兄弟!」とアルが叫ぶ。絶対に手放さぬとプリシラを抱いたまま、彼は癇癪を起こした子どもみたいに震えて、

 

「兄弟!頼む……頼む!姫さんを……プリシラを助けてくれ!!」

 

「だ、ダメだ。俺じゃ。俺じゃあ、もうこれは…」

 

しのごの言わずになぜやらないんだと、自分の無力を棚に上げて腕に力すら込め始めるが、アルは気づいた。

 

「嘘…だろ…?兄弟、嘘だよな?」

 

「ごめん…俺は、役立たずだ…」

 

涙を流すスバルの様子に、アルはすでにその手を試した後なのだと気づく。確定してしまったその絶望に打ちのめされる。

 

「アルデバラン」

 

「――っ、やめろ、やめろ、プリシラ!オレは聞かねぇぞ!」

 

悲痛に絶叫し、スバルに懇願するアルがプリシラに呼ばれ、嫌々と頭を振った。

プリシラはアルのことを、スバルにとっては耳馴染みのある、しかし彼に対して使われるのは初めて聞いた呼び方をして、そっとその首を撫でる。

後ろから抱きすくめられ、背後の男の首を撫でる姿は、まるで絵画の一枚――現実に留めておけないほど儚いという意味で、まさしくそう思わせた。

 

「貴様たち二人は、帝国を救った。無論、他のものの奮闘はあろう。だが、費やしたもので貴様たちに匹敵するものなどアレを除いて一人としておらぬ。妾はそれを称えよう」

 

そうして、嫌になるほど美しく微笑みながら、プリシラは続ける。

スバルの訴えも、アルの悲鳴も、柔らかく語るプリシラの言葉を止められなかった。

 

「これまでも多く、貴様たちがそうしてきたことはわかる。貴様たちは常に自身を他者より高くへ置かず、今日まで過ごしてきたのだろう。故に、一度として貴様たちは正当な報酬を受け取ったことがないやもしれん。それを、妾が与えてやる」

 

そう言って、一度目をつむったプリシラが、その紅の双眸にスバルを映した。

そして――、

 

 

「――大儀であった、ナツキ・スバル。そなたは、真の騎士である」

 

 

その一言を与えられた瞬間、スバルの膝から力が抜けた。

 

「――ぁ」

 

くたっと膝をついて、スバルはその場に立ち上がれない。わなわなと唇が震え、頭の中があらゆる感情でごちゃごちゃに掻き回され、理解が追いつかない。

それなのに足の力が抜けたのは、確信したからだ。――魂が、理解してしまった。

 

プリシラ・バーリエルを、ナツキ・スバルは救うことができないのだと。

 

「アルデバラン、そなたにも……」

 

「やめろって言ってんだろ!オレは諦めねぇ!諦められるわけがねぇ!だって、だってそうだろ!?オレが、オレが諦めたら、お前は……姫、さんは……っ」

 

膝を落としたスバルから目を逸らし、アルがなおもプリシラに食い下がる。彼はスバルに頼ることをやめて、懸命に運命を変えようと声を張り上げた。

 

だが、その声は徐々に力と勢いを失い、弱々しく、鼻をすする音が何度も響く。その、言葉の続かないアルに、プリシラは微笑んだ。慈母のように。

そうしてプリシラは、泣きじゃくる我が子をあやすように、

 

「はっはっは、よいよい、聞こえるぞ。妾にお嫁さんになってほしいと泣いておねだりするそなたの声がな」

 

「……ああ」

 

笑ったプリシラの言葉に、アルがか細い声で応じ、頷く。頷きながら、彼はプリシラの体をさらに強く、手放し難いものを手放さないために抱きしめて、告白する。

それは、それは紛れもなく――、

 

「ああ、なってくれ、姫さん。オレの、姫さん……」

 

それは、誰がなんと言おうと覆せない愛の告白。

男がその体の全部に詰め込んだ愛おしさを、腕の中にいる女に丸ごと届けと伝える愛。それを受け、プリシラの紅の瞳が揺らめいて、

 

「――そら見よ、また妾の勝ちじゃ」

 

言わせてみせたと、プリシラの微笑みの質が変化し、見慣れたそれに変わる。

これぞプリシラ・バーリエルであると、勝ち誇ったその表情は強気で高慢、あらゆるものを自分のものと公言して憚らない、傲岸不遜を絵に描いた美女。

 

 

「覚えておくがいい、自ら『英雄幻想』を背負うと決め、定められた運命に抗う術を持つものたちよ。その力はより大きな運命に導かれているやもしれぬ。真に重要なのは自ら考え生きることである。問い続けよ、その道を進むのか考えろ。そして進むと決めたなら、迷わず進め」

 

 

プリシラの言うことが先ほどの死に戻りについて言及しているように聞こえてしまう。

 

そうだ。この力は運命を変えられるものだと思っていた。

しかし、それすらも何かの意図通りだったとしたら?

 

スバルは自分の意思で、疑心で生きることが出来ているのか?

久々に足場がグラつく感覚がした。

 

あまりに痛い指摘に心が麻痺する。考えが、まとまらない。

進むべき方向が、わからない。

 

 

「愛するものの愛せぬところを、愛せぬものの愛せるところを、貴様たちは幾度も目にしては同じ躓きを得ることになる。――そしてそのたびに思い出せ」

 

「妾という、プリシラ・バーリエルという、完璧な女が貴様たちを称えたことを」

 

――そう口にするプリシラから、スバルもアルも目を離せない。

 

誰もいない城壁の上で、『大災』と戦うために最も大きなものを差し出し、それに一片の悔いもないと微笑み、霞んでいく完璧な彼女から、目を離せない。

 

目を離せないから、見えてしまう。プリシラの存在が光に溶けていくのを。

そして――、

 

「かくも世界は美しい。故に――世界は妾にとって、都合の良いようにできておる」

 

その言葉に偽りなく、世界から愛され、それ以上に世界を愛した女の姿が消えようとしている。

 

 

一つだけ。思い通りにならなかったことがあると思ったが、それもたったいま解消される。

 

ほら。おあつらえ向きにアレの方からやってきた。やはりそうなのだ。

 

順番としてはアルデバランとの対話を最後としたかったが、その無粋さはプリシラを超えることもあるらしいことはすでに知っている。

 

「よもや妾をここまで待たせるとはな。まぁよい。最後の対話を終えるとするか」

 

その消えかけた姿が、少しだけ持ち直す。

来たのなら話してやろうとほんの少し意思がこの世界へと留まった。

 

扇子を掲げ、口元を隠すがその口角が上がっていることは歴然だった。

丸半日、なぜか出会わなかったあの男。

 

いつも通りの仏頂面を引き下げた自称書記官、いや自称皇弟か。

それを公式に認められる事はない。そもそも事実ではなく、先に言っていた通り兄も本人も決してそれを望まないだろうから。そろそろ皇弟が死んだ噂でも流されるのではなかろうか。

 

絶望的な彼らと、完全に納得した彼女を見て何一つ表情を動かさない。

 

どこか気だるげに、曙光に照らされ迷惑そうに目を細めて。それでも明確な意思を持ってやってくる。

 

暁が彼女を運び去るその寸前。本当にわずかな東雲(しののめ)の隙間。

 

『無粋な物書き』永井圭が、『太陽姫』プリシラ・バーリエルと対峙した。

 

「ケイ。貴様は最後に、何を物語る?」

 

あまりに完成された、どこまでも完璧な笑顔で。彼女は問いかけた。

スバルはもうそれどころではなくて、重要なところ以外を聞き取れない。

 

けれど一番大事なところだけはしっかり聞けた。

 

「あなたが生き残る方法を用意しました。まさに、そんな話をしていたのでは?」

 

 

……

 

…………っっっ!!!

 

諦めていた希望がそこにいた。やっぱりケイだ。運命なんて無視するノンデリ野郎が最強だ!

 

「ケイ!お前…お前ってやつは…っ!」

 

「……っいや、こうしちゃいられねぇ。姫さん!今すぐに…」

 

絶望に打ちのめされ、完璧さに言葉を奪われていた二人はようやく再起動する。

 

「鎮まれ、早合点をするでない。そこな者どもはこれから方法を模索すると言い出しおったゆえ止めたが、すでにあると(のたま)うか。ふむ。ではそれを語ってみせるが良い。()()()、そこなフェリスの邪法とはいうまいな?」

 

語気を強めに図星を突かれて、フェリスは猫耳をびくりと動かしてしまった。

ケイは当てられたところで何一つ動じていない。

 

「そのまま正解です。『不死王の秘蹟』をベースに術式を改造しました。術者を変更しマナ供給先も変えられる。貴方はそのまま生きることができる。これが邪法であるかどうかは人によると思いますがね」

 

おお!スバルは思わず歓声を上げる。

 

すごすぎる。いやこの場合、フェリスがすごいのではないだろうか。

そんな魔法みたいなことを実現できるなんて…奇跡じゃないか。

 

 

 

永井圭は考える。

 

『世界は妾にとって、都合の良いようにできておる』

 

この言葉が真実だとすれば、結末は決まっている。

このまま死ぬことが彼女にとって都合の良いことであるはずがない。だからきっと助かるはずだ。その過程について自分の想定通りにいくのかどうかは知らないが。

 

実際のところただの出まかせであってもやれることをやるだけだ。何も変わらない。

 

だから実現可能な提案をしに来たのだが、

 

 

 

 

「 ()() 」

 

 

 

永井圭は一つ大きな勘違いをしていたことにまだ気づかない。

 

一縷の望み、望外のはずの希望の糸を彼女は苛烈に切って捨てる。

惑わぬ星こそ太陽なのだと言うように、一切の迷いなくその言葉を切断した。

 




今話の感想返信は控えておきます。明日をお待ちください。
どうなるのか予想した方は、一体何をどうすればそうなるのかを想像して楽しんでみてください。

感想に展開予想を書くとハーメルンの規約違反として消えてしまうことがあるそうです。お気をつけください。
あにまん掲示板に当作品のスレも立っているようなので(嬉しい!)展開予想が怖くない方はそちらで自由に書けそうです。
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