その生物は———
何度でも想う
何度でも愛する
何度でも進む
何度でも間違える
何度でも
何度でも
何度でも———
陽光が世界を真横から照りつける。
地平に顔を出した太陽は、全員の影すら奪い去っている。
光だけがそこにあり、太陽姫と呼ばれた人物は半ば光と一体になりゆらめいている。
「よもや最後まで顔を見せぬつもりかと思ったぞ。最後の言葉を空手形にするなどという不敬は到底許せぬからな」
「ギリギリまでやることがあったので、それに約束したでしょう。貴方が約束を反故にするとは思いません。僕もですよ約束は守るものですから。言いましたよね。話を真剣に聞いてもらえると」
「うむ。確かにそう話した。だからこそまだ留まっているのであろう。そう長くは保たぬが、今しばしは問題なかろうて。とはいえこれは、話をすることに合意したのであって、内容にまで賛同するかは別の問題である。その点、思い違いをしておらぬだろうな?」
「当たり前です。言葉尻を掴むような詭弁で生死の判断なんてできるわけない。真面目に話しましょう」
「今なら大概の不敬は許してやろう。平時より寛大な妾であるが、この器の美しさと広さは過去に例がない。有終たるに相応しい。さて、好きに語って聞かせるが良い。何を語る?異界の物書きよ」
「ええ、あなたが生きる方法を用意しました。まさに、そんな話をしていたのでは?」
説得を諦めた二人が、スバルとアルが、降って湧いた希望にその顔を上げた。
途中の言葉を聞けていなかったのだろう。しかし大事なこの部分だけに反応する二人は
「ケイ!お前…お前ってやつは…っ!」
「ケイ君よぉ!すごすぎんだろオイ。姫さん!こうしちゃいられねぇ。今すぐに…」
「鎮まれ、早合点をするでない。そこな者どもはこれから方法を模索すると言い出しおったゆえ止めたが、すでにあると
「そのまま正解です。『不死王の秘蹟』をベースに術式を改造しました。術者を変更しマナ供給先も変えられる。貴方はそのまま生きることができる」
希望が、ここにあった。その術法の反則さはここにいる全員が痛いほど知っているわけで。
「 断る 」
『太陽姫』はその提案を一刀両断するのだった。
どうして?そんな言葉をスバルとアルが言わずとも、その絶句のみで伝わった。
でもアルはそんな衝撃をかなぐり捨てて叫んだ。
「ちょっと待てよ姫さん。さっきと今じゃ、状況が違う!少しでも、ほんの一片でも可能性があるなら、俺は絶対に諦めねぇぞ!」
だってあるのだ。そこに方法が。さっきは本当に望みが見えなかったから立ち尽くしてしまったが、1%にはるか及ばないとしてもそこに希望があるのなら決して諦めたりはしない。
ようやく抱きしめることができたのだ。それを失うなんて。
「領域再定義。マトリクス更新」
「やめよ。誰に何を言われても、貴様が何をしたとて結論は歪まぬぞ」
アルは、その命令を絶対に聞けない。
「プリシラ……オレが……お前を…」
誰にも聞こえないようにそう呟いて、誰よりも早くに彼女を説得するという無理難題へと挑みかかった。
「オレが必ず、お前を救ってみせる」
…
………
…………
…………………
誰にも理解できない永遠のような一瞬が過ぎ去った。
諦めないと、そう宣言したアルが直後に膝をつく。全身が震えて、今にも死にそうな状態で彼は必死に立っている。その急変の理由を察すことができるのはプリシラとケイだけだった。
その一瞬の隙を見逃さない。
プリシラは踊るように距離を詰め、そして兜を上げてアルへと
崩壊寸前の精神疲労。極度の混乱に加え、彼方まで探しても一度も見つからなかったあり得ない事態に遭遇してアルの思考は完全に止まった。
毒を噛み潰そうとしていた歯は、プリシラの舌を傷つけるようには動かなかった。
天性の舌技をもってプリシラはアルデバランから罪の毒を掠め取る。
その一連の光景は、中空から中途半端に抜かれた陽剣が肝心なところを隠している。
素顔を人に見られたくないといつまでも駄々を捏ねていた、従僕へのささやかな『ぷれぜんと』であり気遣いである。
「ひ、ひめさん…」
「赦してやろう。我が道化よ」
そして顎にデコピンを喰らい、アルはその場に気絶する。
少しでも小突かれれば倒れていただろうが、プリシラは丁寧に脳を揺らして有無を言わさずにそれを為した。
ケイに教えてもらったその技は、皮肉にもアルとプリシラの別れに使われ、ケイとプリシラが向き合う時間を生み出すのだった。
その事実に嫉妬をしてようやくだった。
意識を失うその刹那に、アルは自身の醜さを自覚する。
だってこれは悪手だった。
ことここに至って、無限に思える試行をした上で自分は最善を尽くせなかった。
ああ、こんなことに気づきたくなかった。自分が何より許せない。
なぜケイが何かを話す前にここまでやったのかを今理解してしまったのだ。
アルは助けたかった。
ここに至ってはもう言い訳の余地もないが、助けられて欲しくなかった。
アルは自分でプリシラを助けたかったのだと自覚してしまう。
けれど、もう流石に諦めた。スバルでもケイでも無理だ。これは動かせない。決して覆らない。
たとえ那由多のその先にあろうともやり遂げてやろうと思っていた。実際にやった。
だけど、アルの力は0を1に変えることはできない。そういうものじゃない。
配られたカードの組み合わせを総当たりしてダメだったなら、もうダメなのだ。
やれることは全部やった。言えないことも、やっちゃいけないこと、言っちゃいけないことまで言っても全部やってもダメだった。
やっぱり、俺は、俺は…
あまりの心労とそしてポッキリと折れた心に、想い人からの接吻がトドメとなる。
たまらずにアルは意識を保てずに気絶した。
それが、この男の限界だった。『後追い星』を宿命づけられたアルデバランという人間の全力だった。
「まったく。妾はやめよと言ったぞ……まぁ、無理もないか。貴様の中で積もったであろう妾との時間。その一方的な不敬も今ばかりは全てを赦そうではないか」
問題はないと、あくまで愛おしそうにアルを見つめそしてケイへと向き合った。
「さて、妾の結論は決まっておる。自らの在り方を歪めることは決してない。不自然な土塊に魂を押し込めておくなど認められん。かような事は言わずともわかっていると思ったが、妾の思い違いか?」
「まぁ。確かに。そう言われるんじゃないかなとは思っていました。だから、説得に挑戦しに来ましたよ」
どうやら膨大な数の説得が無駄だったようだ。あのアルの姿を見てケイもちょっと無理なんじゃないかと思いはする。しかしアルがケイを頼らなかった可能性がまだある以上、ケイはこの努力を放棄できない。
なぜなら、解決策があると伝えたときに一瞬だけアルはケイを敵視したように見えたから。すぐに消えたが、あれが本心のように見えた。
前ならそんなことを思いつかなかっただろうが今ならわかる。人はそういうことをすることがあるのだ。
「はっ!この光景を見て、理解した上で、妾に前言を翻させると申すか貴様。やはり大言を吐く男よ。その毎度毎度、不可能に挑む気概は認めてやろう。なにせ最後の大盤振る舞い『でらっくす寛容たいむ』であるからな」
その余裕は、自信の表れでもあった。自らを決して曲げない。無様に生きるくらいなら、華麗に散る。
それを『強欲の魔女』相手にやり通したのだ。実際に命を捨ててまで、彼女は曲がらなかった。
「妾は陽光の如く、常にあまねく地平を照らす。偽らず移ろわず、嘘など決してつきはしない。貴様らが動き惑うことは止めはせぬ。妾だけは不動で、中心からそれを暖かく見守ってやろうではないか」
宣言する。太陽のような生き方を、その在り方を曲げないと言い放つ。
「貴方はその在り方を決して曲げない。
「よくわかっているではないか。太陽もまた必ず沈むもの。それもまた自然というものじゃ。少しばかり名残惜しいのは妾も、まぁ。認めてやろう。しかし美しきこの世界の、宇宙の摂理を歪めることは認められんな」
彼女の鮮烈な在り方が改めて示されると、その場に沈痛な沈黙が広がった。いつもであれば賞賛や喝采の言葉、憧れの眼差しが向けられるというのに。
ただ一人、この男を除いては。
「では、僕が今から貴方が自分で見落としている願望を言い当てます。それが事実であればその願望に従い行動してください。まぁ、誘い文句という形になるんですが…きっともうわかっていると思うので、単刀直入にいきますね」
「よかろう。それが真実であるならば、しかと受け止めてやろうではないか。妾は決して自らを偽らぬ」
しかし永井圭は完璧などには程遠い。自らが完璧であるなどとは口が裂けても言えない。
だからこそ仕方ないが、ケイはプリシラについて
して、しまっていた。
「プリシラ・バーリエル。貴方に結婚を申し込みます」
「
まるで世界が止まったように時間が凍る。
そんな最悪の氷河期を溶かしたのは、太陽のような女だった。
「ふっ…!くっ…あっはっはっは!貴様、まさかそのような、最後にそのような無様を晒すとはな。くくく…。あまり笑わせるな。これまでで最も的外れなその様はそれなりに可愛げもあるが、妾の課題図書はまるで意味を為さなかったようであるな…くっく!」
無様な告白の失敗に、当然スバルは茶化せない。だってそれは、つまりプリシラの死を意味しているのだから。
「美しき妾を求める声は先ほども袖にしたところよ。妾はこの世界ごと美しき魂を愛しておる。無論貴様らも…いや貴様だけはそこに入らぬのであったな。赫炎が目に灯らぬなど、どこまでも意外性のある生き物であるな貴様は」
帝都での最終決戦。誰もがその目に炎を灯していたが、ケイの目だけはいつも通りだった。
「とはいえはっきりと宣言してやろう。妾の愛はあまねく全てを照らす光よ。特定の色恋とは無縁である。大体、貴様だけは我が炎を拒否したのであろうが。貴様の出す幽霊すら愛してやったというのに。はぁ。よく笑わせてくれるものよ。いや、しかし…くく…傑作じゃ…!」
そしてひとしきり笑った後に、プリシラは少し厳しい顔を向けた。
「偽りなく答えよ。貴様には好意を抱く者がいるな?その名をここで言ってみよ」
「僕は、クルシュ・カルステンが好きです。愛している。あなたも知っているでしょう」
ケイは堂々と答えた。
「よもや、だな。ここまで最悪な求婚の直後に、ここまで堂々たる想い人への告白とは、水を向けた妾を以てしても予想せなんだ。そこまで言い切るなら、くだらぬ求婚の真似ごとはやめよ。とはいえ、そう言ったということは妾が貴様に懸想していると勘違いしたということか?やはり、愛いところもあるもの…」
「不愉快な勘違いはやめてください。誰がそんな思い込みを持つというんです。僕が?あり得ない」
光で満ちる時間は終わり、影が人に戻ってきた。
不穏な空気があたりにピリリと張り付いた。
「貴様、何を言っておる。なれば先の戯言はどう説明する」
あくまで柔らかな口調で話すプリシラの言葉を遮るのは、あまりに強い口調だった。
少し怒りすら滲むその声に、聞いている者たちは驚いた。
「僕は大きな勘違いをしてしまっていたようですね。反省してますよ。あなたは頭が良いと思っていたので、結論から話してしまってました。
暴言を放つケイは、一体何をしたいのか。誰もが方向性を見失う。それはプリシラも同じだった。
彼女には全く似合わない困惑が訪れる…
「そうやって、自分の枠組みの中で物事を完結させるのをやめろ。僕も自分に言われて初めて気づいたが、頭を回す奴ほど自分のことが見えていないらしい。それは本当みたいだな。側から見てるとよくわかる」
ケイの言葉が他人の理解を置き去りにしていく。
「許す不敬にも限度があるぞ?なりふり構わずというのは好かんな。それこそこちらの台詞と返してやろう。業腹じゃがその知性には一定の信を置いていた。最後に幻滅させるでない」
「それこそこっちのセリフだ。本当に何も分かってないんですね。嘘をつかないでくださいよ。『世界は妾の都合の良いようにできている』?それなら素直に申し出を受ければいいんです。都合の良いことしか起こらないんでしょう」
一体何を言っているのだ。そんな怪訝な視線がケイに刺さる。
プリシラだけではない。周囲からもだ。
大体、死に向かう人を引き止める時の態度には見えない。もっと思いやりとか、そういうのが必要な場面じゃ…
スバルの懸念をまるで嘲笑うように、ケイの口調は怒りによって激化する。
「その、なんでもわかったような態度をやめろって言ってんだ。僕らはまだ20年しか生きていない子供じみた大人で、勉強不足の未熟な若造だ。悟ったような態度は、キツくて見てられないんだよ。同族嫌悪と共感性羞恥で殺す気か?」
もはや煽っているケイの口調は流石に怒りに届くほどの不敬であった。
プリシラは明確に怒りを表情に昇らせて、対話を打ち切ってやろうと。良い思い出のままで終わろうとする。
しかし、それをケイは無理やり言葉を続けて押し除けた。空気を読まない無粋であると言われたのだ。遠慮なくやらせてもらう。
「知らないでしょう!
嘘のような真実を語るケイは止まらない。
「まだあるぞ。天王星はほぼ横倒しで太陽の周りを公転する。だから42年間も昼が続く。その後に夜が来るじゃないかと思うか?そんなのは
誰あろうプリシラの不勉強を糾弾できるなど、この男以外にあり得ない。
「太陽が不動なわけがあるか。太陽だって銀河中心のブラックホールから見れば公転してる!一秒で230km。ここから一秒かからずルグニカ国境を越すほどの速度でだ。これも自然なんだよ。お前なんかの見識じゃ推し量る事もできないっ!そして偉そうに語った僕も、僕よりはるかに賢い科学者も宇宙のたった5%ですら全く理解できていない」
その怒涛の言葉の波にプリシラが絶句した。
ぶつけられた興味深い言葉たちが真実であったとて、それでもそんな口論で勝ったからと言ってプリシラの気持ちが変わるわけではないのに。
なぜ?そんな疑問に言葉が詰まる。
「前にも教えた通り、完璧な人間なんていない。例外なく不完全だ。そしてお前の望みは、僕と結婚すれば叶う。お前は不完全だから、それに気づいていないだけ。それは僕のことが好きなわけでも、結婚したいわけでもないのはわかってる。当たり前だろうが!あんまり馬鹿にするなよ?ふざけたことを言ってんじゃねぇ!僕が結婚したいわけあるか!」
「…くどいぞ。まだ言うか。何を一体…」
息を、深く吸って。
吐いた。ここからの言葉はエネルギーが必要だ。だって嫌だから。
よし。言うか。すごい嫌だけど。
「僕の名前は、さっき決まった。元は『ケイ・アベルクス』だったところを、『ケイ・ヴォラキア』に正式に変わった。書類もすでにある。自称ではなくヴィンセントの弟だ。正式にそういう事になった。というか、した」
「「「…はぁ!?」」」
事情を知るクルシュを除く、全員が驚愕の声を上げた。
続けてケイがプリシラを指し示し、プリシラがまるで犯人であるかのように宣告する。
「お前の望みは、『
最後に思いの丈を全部ぶつける。
「いいか。よく聞け。お前は、不勉強で未完成の、
暴言と共に、本人すら自覚していない真の願いを叩きつける。それはまるで、トリックを暴き犯人を追い詰める探偵のようでもある。
プロポーズに相手を殺人犯の如く追い詰め、死ぬほど煽る奴がいるという現実に追いつけず。周囲はどう反応していいのかわからない。
一体どうなるのか、見当もつかない。
「馬鹿な。あり得ぬ。そんな、瑣末なことを…」
プリシラは曲がらない。自分にも嘘がつけない。その思考は明晰で、早く自身の発言を思い出す。
『妾の晴れ姿を一度も兄上に見せることはできなかった。これは妾の数少ない、後悔とも呼べぬほどの心残りよ』
『寂しく羨むなどと、妾は決して認めはせぬ』
『足りなかったのは妾か、それとも兄上か?』
『貴様のような無粋が混じれば。一体どうなる。物書きよ』
そうだ。これこそが自身の諦めていたこと。不可能だとわかっていたからなかったことにしたが『ヴィンセントの妹として晴れ姿を見せること』こそがプリシラにとっての心からの願いだった。
自分で見落としていた願いは間違いなく言い当てられている。
愕然とした表情で、二の句が告げない様子のプリシラ。その様は、誰もが初めて見る様子だった。
その刃はプリシラの魂へと深く刺さる。しかし、合理の刃は諸刃である。
これは自身をも刻むものだった。
ケイは自身の発言と思考を思い出す。思い返せば傲慢で恥ずかしいが確かに考えたことを。
『はっきり言っておきますが、ここにいる皆さんと僕は身分違いです。平民ですからね』
『誰かと結婚すればクルシュが王位につけるなら別にしてやってもいい』
『誰の命もかかっているわけでもないなら真面目に取り合う必要がない』
自分の発言に首を絞められる気分である。いや、進んでやっているのだが、どうにも認め難いのは事実だった。
まさか、身分の違いが解消され、結婚すればクルシュの王位がほぼ決まり、結婚しないと気の合う友人が死ぬ場面が訪れるなどとは思っていなかった。これはどんな冗談だ、ふざけるな。
何より、このまま悟ったような訳知り顔で美しく消えていくことなど、絶対に許せなかった。
何が読書家だ。異世界の本も含めれば、あまりに浅学と言わざるを得ない。
好奇心があるくせに、知的探究心があるくせに。それらを無視して死のうとしている。
「言っていましたね。スピンクスへと偉そうに。『死者には足掻く資格がないとでも?』と。その通りですよ、一度死んだくらいでなんですか。ここにいるみんな、最低一度は死ぬほどの目に遭ってます。だから言わせてもらいますがね、『たった一度死んだくらいでガタガタ抜かすな』。僕たちに言わせれば、あなたは死ぬことも含めた人生経験が不足していますよ」
ケイもある意味キレていた。賢しく努力を手放しているとも言えるプリシラの態度を許せない。
能動的でないのだ。生きる意思があまりに薄い。そんな態度に腹が立っていた。
あとは普通に告白をしてフラれたような雰囲気なのも腹が立つ。好きでもないやつに告白してフラれるというのは凄まじい不本意だった。
この世界でここまでの不躾な言葉をプリシラに叩きつけたのはケイが初めてであり、今後更新されることもないだろう。
その首がまだ繋がっているということが、一つの回答でもあった。
笑い声が、朝焼けの空を追い越すように響く。
朝日がゆっくりと地平線から顔を出し、金色の光が世界を染めていく。
無礼な言葉を浴び、その光に照らされながら、彼女は楽しげに笑っていた。
鮮やかなオレンジ色の髪が朝日に輝き、風に揺れるたびに炎のようにきらめく。
「くくく。まさか、まさかじゃ。妾がそんなことを。いや、認めよう。ここで曲げることはできぬ。妾は確かに、ヴィンセントの妹でありたいと、そう思っている。認めてやらねば、それこそ自らを歪めることになろう」
風向きが、変わった。いや、陽射しが変わったのだ。
太陽によって温められた空気が動くように、ゆっくりと風が吹いていく。
「改めて聞くぞ。貴様、妾のことを好いておらぬな?妾が貴様を好いているなどという斬首級の勘違いもしておらず、その上で結婚をとそう言ったのだな?」
「ええ、その通りです。不本意なんですけど、まぁ僕にしかこれはできない。それに、個人的には貴方がいた方が都合が良い。死んだんですから、王選からは抜けてもらいますよ。生まれ変わったら全力でクルシュを応援してください」
まぁ、あとは。とそう続く言葉は、冗談のような夢物語だった。
「そのうち異世界にでも行けるかもしれませんし、宇宙旅行でも夢にしておけばいいじゃないですか。今のあなたなら宇宙服なしでも出歩けるかもしれませんし。ああ、それに本も読み放題ですよ。この世界とは桁違いですから。1億6000万くらいは本の種類があるかもなので、不死でも読み切れません。不老にもならないと」
「それだけの本があるならば、妾が不勉強と言われても反論が難しいところであるな。理不尽じゃが。まぁ機会があれば不老となるのも考えんこともない」
「まぁ毎年220万冊くらい追加されるらしいので、不老不死になっても分身できるようにでもならないと無理ですがね」
目が回りそうな数字に、カラッとした笑いが起きる。
そしてその目は、妹のような存在へと向き直る。
「クルシュ。我が妹分よ。これで良いのか。貴様は本当にこれで後悔はないと?」
「プリシラ姉様。それは筋違いというものです。私とケイの問題は、私たち二人で話し合います。貴方の問題はケイと、何より自分で答えを出すべき。そうでしょう?プリシラ姉様らしくありませんよ」
かわいい妹分のことを少し配慮したらこれだ。逆に叱られるという醜態が、なぜか今は心地が良い。
「随分と言うようになった。しかし確かに。これは妾が無粋であったな。許せ、忘れよ」
「ずっと覚えておきますから!これからずっとからかいます!ちなみに、ケイに事前に相談されましたがここで見捨てるようなことをするなら、私はケイを許さないと即座に言っていっぱい叩きましたからね!」
なかなかに衝撃的な発言で、プリシラは目を白黒させていた。
「では、なぜ泣く。今の妾にはその涙を止めるため抱きしめる資格もない。妾に無力感などというものを感じさせるとは、どれほど腕を上げたのだ」
「これは!頭で分かっていても、すごく嬉しかったり、ちょっと悲しかったり、変に悔しかったりするんです!どうしようもないんですよぉ!」
しゃくりあげ、涙を流しながら笑顔のクルシュは大声で叫び、そして宣言した。
「でも私は、理性で人と向き合うと決めました。私は、決して後悔しません。プリシラ姉様。私たちと、生きてください。言うことやることを止めたり変えたりして、ちょっとカッコ悪くても、ちゃんと生きて抱きしめてください!」
そう言って、動かなくなった腕を震える片手で抱く。苦難を、醜い傷跡を抱えてもここまで気高く生きれるのだと示しているようでもあった。
「物書き、いや、ケイ・ヴォラキアよ」
日差しのような目線がケイを捉え、真正面から受け止めた。
「その求婚受けてやる。9度目の結婚であるが、妾の伴侶として自覚をもって生きるが良い。妾もそうしよう」
そうしてプリシラは軽やかに駆け寄り、力一杯に抱きしめた。
その姿はもはや、光が透過していない。消える気を失った彼女はまだ余力があったのだろう。存在を保っている。
太陽が風を捕まえて抱擁する。まるで、本物の姉妹のようであった。
「ふふ、愚かにも前言を撤回とする。醜くとも足掻き、人間らしく、不恰好に生き永らえることとしよう。兄上に苦笑いをさせるためにもな」
堂々と、兄への嫌がらせを宣言した。どんな行いであっても命あってこそである。
ここからはフェリスの『青』の出番だった。
「この流れで失敗とか、洒落ににゃらないからね。ただでさえ寝不足で過労だってのに、集中するからうるさい男どもは黙るかあっち行って!しっし!」
おいおいと泣くスバル。
アルは気絶して帝国の大地に転がっている。
ケイは、深いため息をついている。あーあ。どうすんだこれ。といった表情。
余裕で後悔してそうで普通に最低だった。プリシラとクルシュにちゃんと蹴られている。フェリスも便乗して蹴りをいれてくる。少し元気になったようだ。どんな仕組みだよ。
「いーい?改めて説明するけど、今後マナの供給はケイきゅん頼り。王都くらいの範囲なら大丈夫だけど、それ以上離れたらマナはなくなってく。離れすぎると術式は壊れると思うけど、実際はどうなるかわかんない。ケイきゅんはもうあちこち飛んでいけないからね。じゃあ最初に魂婚術で繋がりを強化して。そこに術式を流すから」
その時にはすでにケイの瞳にはすでに炎が宿っていた。友人であるならそんな炎は受け入れたくなかったが、結婚するとなればまぁ仕方ない。手を差し出し握手を交わす。
あまりにも色気のない。終身契約が交わされる。
「僕は貴方を尊敬してます。まぁ、それなりに仲良くやりましょう」
「妾は貴様を認めてやろう。旦那様よ。くく、呼ばれるたびにその顔をするつもりか?良い生活ができそうじゃ」
手を握り、魂婚術を通して『不死王の秘蹟』が流れ込む。
感慨と共に風が吹いた。
「ちょっとぉ!?なんか誰かが入ってきたんですけどぉ?!あり得ないっていうか殺されたいの?そうよね!死ね!!」
感慨を台無しにする風も吹いた。
ザーレスティアが憤慨し、どういうことだと飛んできて、あれこれと詰め寄りつつ殺しまくった。
クルシュは歓喜と嫉妬と安心とその他諸々の感情に飲まれ、ずっとプリシラに抱きついて泣いていた顔が胸に埋まって見えない。フェリスももう意味がわからんと泣き始め。スバルは太陽に向かって吠えるように嗚咽し「なんじゃこりゃあ」喚いていた。
そんなバカみたいな喧騒をケイは眺める。
視界の端には気になる鳥が空を飛んでいるし、いい感じの雲がゆっくり流れていくヴォラキアの風景は見ものだ。
けれどケイは、もう彼女たちから目を逸らさない。
関心を向けるべき場所は、もう明らかだったから。
きっと問題は山積みで、これから増えていくのだろう。
それでも、この判断に後悔はなかった。いやまぁ。多少思うところはあるが、概ねない。多分。
これが世界を敵に回すことになっても仕方ない。大体、デザイナーには事前に忠告しておいたはずだ。
『僕とその大切なものに致命的な被害が及ばない限りは、敵対せずに協力できる』と言っていたのだから友人を救うために全力を尽くしてくれないのなら、敵ということになる。
命を救うことが宣戦布告になるのなら、ケイはそれを止めることはできない。絶対に。
永井圭は大切な人たちの命を守るために、自由を求めているのだから。
このような意義ある戦いのために準備をしてきたのだから、これでいい。
彼女たちを眺めるケイの口元には、かつて動物たちにしか向けられていなかった微笑みが浮かぶ。
まるで似合わない穏やかな微笑が浮かんでいた。