いやぁ素晴らしい出来でしたね
原作も進んではおりますが、まだ本格的に本編を進めることはできないので間話をたまに書いていきます
新たなる日常
帝都が遠ざかるにつれ、まともな地形が増えていく。
車窓から見える景色には戦争の傷跡があちこちに残っているが、それでも人々は前を向いていた。
神話のような惨禍を経ても、生き残った人々は前を向く。今日の飯を煮込み、明日を迎えるための家を作るのだった。
これまでヴォラキアで嗅いできた数多くの料理の匂いを思い出す。戦時においては節約されていたのだろう。今の香りは全く違うものだった。多様なスパイスや風味を想像させる匂いが鼻腔に入り込むと不思議と戦いが終わったのだとわかった。平和の匂いとでもいうのだろうか。
ようやく。本当にようやく一区切りがついたと言っていいだろう。空腹を自覚して戦いの終わりを実感できた。
一体いつから戦い続きだっただろうか。
もはや記憶の彼方にあるが、そもそもの発端はプリステラの被害をどうにかしようという事後処理がスタートだったはずだ。プレアデス監視塔へと向かい調査をする予定が、なぜか大規模なルグニカの内戦になり。そしてどこまでもしつこい大罪司教たちと殺し合い続けていたのだった。
その危機を脱したと思った瞬間に始まったヴォラキア帝国での騒乱に巻き込まれ、なんやかんやあってこうして全員が無事(当派閥比)で帰路についている。離脱した者もいるが容体は無事だろう。
『ちょっと前と比べてチームの平均K/D比がおかしなことになってるけど、これを無事って言えるのはいい傾向だよねえ』
ということは危ない兆候だこれは。
その人物が何度死ぬ間に敵を何度殺せたかというキルデス比という考え方は現実には意味がない。だって、生きているならデス数なんて0のはずなのだ。基本的にゲームだけの概念なのだがこの竜車に乗っている人の中で死んだことがないやつはいないため、おかしなことになっている。
ちなみに自分は死にすぎている上にあまり積極的には殺しをしていないため、スコアとしては惨憺たるものになっているはずだ。特になんとも思わないが。
『私は無意識に1:1以上にはなるようにしてた気がするなぁ。でも珍しいね永井くん。こんな雑談を私と続けるなんて、無自覚なのかな?』
こいつにそこまでまともなことを言われてしまえば、現実からこれ以上目を背けることはできない。束の間の移動時間はいつも自分にとっての逃避の時間になっている。
帝都郊外で待機させている黒竜のギャレクは多くの帝国民に見せることもしたくないため、もう少し進んでから乗り換える予定である。
ギギギと意志力を使い車窓から目を外し、平和の香りから鼻を戻して車内を見つめる。すると彼女たちと目が合った。
正面に座る女性。その深緑色の長い髪は艶がかっており、車窓を過ぎる光を弾いている。真っ直ぐな目線はずっとこちらを見ていたようで、きっとその理知的な印象よりはもっと単純なことを考えていたのだろうと今は知っている。
目が合ったことで微笑む彼女は、かつての王のような気高さと少女のような弱さの全てをいまだに持っていた。その目を覗き込むだけで、この道行きの安全について再度考え始めてしまう。
彼女を守るためにまだやれることはあっただろうか。再検討をしようと思考が加速し始めると、横からふわりと華のような、刺激的な香りが襲ってきた。
それは肩に乗せられた赤い頭部から発せられている色香と呼ばれる種類の匂いだ。努めて無視していたのだが今となっては無視すら許されない。抵抗はあるが、契約と実利の面でこれを無視する手段を自分は持ち合わせていない。
「世界でも最も美しい妻を横にはべらせておいて。よもやそのような目線を他所の女に向けるとは。よほど苦痛が好きなのだと見えるな。理知的な旦那様のこと、妾の無聊を慰めるためにあえて隙を作っていると解釈する他ないが……」
寄りかかった頭部から柔らかな声と共に、剣呑な言葉が飛んでくる。これが冗談でないのだから、冗談じゃない。
「……そんなに虐めて欲しいのか?」
耳元で囁かれ、吐息が耳をくすぐりその殺意に鳥肌が立つ。普通にやめてほしい。特に殺すという言葉が全く嘘でないのだから嫌になる。
心底からの思いを声に出し、その実害のある脅迫と対決する。
「やめてください。夫婦としての体を守るのは外向きの話でしょう。そんなつもりもないくせに、難癖つけるためにそう言っているのは全員が承知しているはずです」
「ケイきゅんの浮気者〜!やれやれ言いながら女ばっかり増やしている事実と向き合え〜!説明責任を果たせ〜!最低男〜!」
そう広くもない車内で小さな看板を振り上げて抗議している猫耳の抗議者を全員という枠組みからスッと外した。この一年で加入した主要な人物における女性と男性の比率を示すデータが書かれた板は後で廃棄しておこう。
「はて、不貞を裁くルグニカの法はどうなっていたか話すが良い。妾にはまるで無縁の事ゆえ綺麗に抜け落ちておるわ」
「基本的に不倫や浮気を裁く法はありませんよ。それを理由に弾劾されることはあっても、それは貴族家への侮辱という範囲です。バーリエル家の名誉を汚されたということで決闘を申し込むことはできますが海外ではヴォラキアの方が優先されるはずで。……寄りかかるのをやめてください」
「車内は揺れる、不可抗力である。むしろ大黒柱として新妻を支えるべきであろう。それに見よ。妾の一挙手一投足でこうも風景が変わるとあっては、多少の恥辱に耐えるのも一興よ」
このプリシラ・バーリエル……改め『プリシラ・ヴォラキア』という女は自分との距離感を自在に弄び、そのたびに千変万化するクルシュの顔を指して鑑賞しているのだ。
むむむと頬を膨らませるクルシュが限界を迎える前に、やけに刺々しいため息が横槍を入れてきた。
「人間同士の番がどうなろうとどうでもいいけど、あんたって命の危険を周囲に置くのが趣味な訳?生き物としておかしいっていうか、普通に引くんですけど」
は〜……野蛮野蛮。とため息をつく絶世の美女もプリシラの隣に座っている。お茶を啜りながら、やけに理性的にすまし顔でこちらに説教をしてくるこいつは、大精霊のザーレスティアである。あの戦いで過去最大のマナを溜め込みぶっ放した後、やけにスッキリした顔で理知的に振る舞っているが、これは上辺だけだろう。
あまりの興奮の後の反動か凄まじい凪が訪れているらしい。あのマナドレインの地獄はおいそれとはやれないが、ここまで大人しくなるのなら一つの手段としては覚えておくべきかもしれない。
「いーい?私の契約者なら一定の品格みたいなのが必要よ。そんなメスに右往左往しているようじゃダメね。人間のオスってもっとこう、強そうで偉そうにするものじゃなかった?弱いくせに」
「実際弱いのに強いフリなんてしても問題しか起きないだろ。そいつらは最後まで幸せそうだったか?」
「覚えてないわね。大して興味もなかったし、でもあんたみたいに弱いくせに勝ってるのはいなかった。それは間違いないわ!」
全員が深く頷いた。どれだけ意見や価値観が合わなくても自分がおかしいという一点で同意できるのならよかった。
「ケイ。これまで以上に大変な状況になるとは思いますが、できる限りを尽くしますから一緒に頑張りましょうね!そして、いい加減にそれ以上は近づかないでください!プリシラ姉様!人前ですよ」
この通り、プリシラは自分に何かをすることでむうっと膨れるクルシュで遊んでいるのだった。
愛でる対象としての優先度は明らかにクルシュが上どころか、自分はその範囲に入ってすらいない。クルシュをくすぐるための道具というのが正しい認識かもしれない。
「これは異なことを。いかなクルシュとて、夫婦の触れ合いに意見することはできまい。悔しければ、玉座を自分のものとすべきである。旦那様とは離れることもできず、できるだけ触れ合う方がマナの補充も進むという大義名分相手にはちと弱いぞ」
マナの補充が切れればそのうち術式ごと消えてしまう。それは今度こそ彼女の死を意味するのだった。
「とはいえ実際のところ、常人より大きなマナであっても妾の維持にすら足りまい。妾という日輪を一人で支えるなど土台無理な話ではあるが、旦那様をどれだけ搾り取るかというのは話しておかねばなるまいな」
「はぁ?契約したのは私が先だし。だいたい、こいつは死ねばいくらでもマナとオドを出せるんだから気にしなくていーでしょ」
「ヒューヒュー!ケイきゅんたら、お屋敷には毎晩一緒に寝てる血肉を分け与え続けてる妹までいるもんね?体を張って支えてるおっとこまえ〜!」
「なぁによそれ!聞いてない!また騙したの!?」
「詳しく話せ。事と次第によって、妾はまた未亡人となるかもしれぬな」
ギャアギャアとある事無い事、割とある事を責め立てられる。
そして大抵の問題を自分が死ぬ気で解決してこの派閥は成り立っているということがプリシラにもバレたのだった。
「クルシュよ。外様であった妾が金言をくれてやろう。こやつを死なせることに慣れているようであるが、毎度死なせるというのは外聞が悪いぞ。どうにも麻痺しているようじゃ。ゆめゆめ忘れるな。この陣営の現状は異常である。これであっても、もう少し人命を重視せよ」
クルシュとフェリスがハッとして口を押さえている。気づかれたか。
というか、それを言う本人に何度殺されたのかわかっているのだろうか。正論だがお前がいうことではない。余裕で加担してただろ。
「後から出てきたくせに偉そうでムカつく。ていうか、そんな不自然な死に損ないの状態ってありなの?キモイんですけど」
歯に衣着せぬ物言いのこの二人は今まで大して関わってこなかった。しかし、出会えば互いに引っ込みがつかなくなってしまう危険性はあったのだ。これが本日9度目の命の危機だった。ここ最近では平均を遥かに下回る平和な1日ではあるが、竜車を壊すことになるのは避けたい。
この二人は互いに気位が高く、どこまでも自然に他者を下に見ることができる。誰かが止めなくてはいけない。
「ティア。やめろ。そもそも人間なんて不自然の塊じゃないのか」
「不自然の度合いが違うってーの!こっちの猫耳も結構変だし、そっちだって妙なのが混ざってるし!おかしいと思わないわけ?」
陣営の仲間を手当たり次第に傷つけていく『通り魔』の調子はいいらしい。大自然代表である精霊目線でおかしな生き物であるという指摘には反論できない部分もあるはずだ。『不死王の秘蹟』に後ろめたい気持ちを持つフェリスは目を逸らし、いまだに片腕を封印しているクルシュもうつむいている。
流石に強く止めるべきだろうか。
「よい。それは当然の疑問である。無垢な幼子の疑問に目くじらを立てる方が狭量というもの」
その相手を傷つけるということも度外視の純真な意見を、プリシラは笑って受け止めた。
扇子を開き、上がった口角を隠しつつ真っ直ぐな意見から決して逃げない。
「不自然は承知の上。見苦しくも生き足掻くことに決めた時から覚悟しておる。そもオドラグナの連環から外れることを不自然とするならば、最たるものは旦那様ではないか?なぜそこまでの不死を代償もなしに続けているのか、それでいて外から不自然に見えないという点でもっとも特異と言えるのではないか」
周囲の視線が集まり、そして少し上の方へと動く。これまでの自分の死に様を思い出してくれているのだろう。
「それもそうね。やっぱあんたが抜群に気持ち悪いわ!!このあたしが見たことないもの!」
こいつの方がおかしいからまぁいっかと解決された。まぁ、それで収まるならいいか。
「ケイきゅんの復活って理屈も何もにゃいからネ。大罪司教でしたって言われた方が理解できちゃう。いや、違うか。『色欲』が権能を使う時には多少なりオドとマナが動くもん。仕組みの意味不明さでいえばそっちの方が怖いかも」
また自分を悪とすることで争いが収まった。まぁ、別にこれでいいか。
大罪司教疑惑をかけられて長いが、僕の敵を自認しているフェリスがお墨付きをくれるとは。亜人の復活は大罪司教の権能よりも意味がわからないらしい。
さて、陣営の状況を整理すれば、どうにも偏っている気がしてきた。
死から舞い戻った風読みの聖女が率いる不死の軍団と呼ばれていることは知っている。この評判は風聞よりも実態を捉えた言葉と言えるだろう。
今ここで怪我を
自分は余程のことがなければ死なない。フェリスは自身を含めて誰もを死なせないし、それが真の生命であるかは当人の考え方次第であるが死んだとしても生き返らせることすらできる。
フェリスが施した『不死王の秘蹟』によって今もここにいるプリシラはどれだけ損傷を負っても供給されるマナがあるかぎりこの形を保ち続ける。
この禁忌の手法で命を繋いだこと、これは対外的には隠し通さなくてはいけないが……。
「常であれば妾が負傷を即座に治せばそれだけで疑いの目を向けられるであろう。この陣営に限ってはそのような光景も日常となっているであろうな。とはいえ先に伝えた外聞にも心配りはすべきであろう。必要以上に大罪司教であるなどと、くだらぬ不快な噂が踊り続けるぞ。つまりは、妾の玉肌に傷ひとつつけぬよう粉骨砕身せよということよな」
結局そこに落ち着くのか。
「まぁそれに、そろそろ女の関係を整理すべき時であろうな。敵方ゆえいつ爆ぜるのかと見守っていたが、節操のない態度はいずれ禍根を残す。それも一興ではあるが、我が旦那様のことともなれば小言も言ってやろうではないか」
その手の話はもういい。加減に実務的な話をするべきだと話題を切り替える。
「……あなたへの陣営への説明はどうするつもりです?バーリエル領やあなたの派閥の人々の説得には何が必要なのですか」
「家庭から目を逸らし、仕事へと逃げるか旦那様よ。その重荷を戸棚の上に隠す姿勢はいずれその身に降り注ごうぞ」
「姉様の予言は当たりますからね。ケイ。しっかりと支えてほしいです」
もうわかった。ルグニカに戻れば最優先で取り組むと発言して、ようやくプリシラが今後の展望について語る気になったようだった。
「なに、それは杞憂というもの。妾の領民はバーリエル家ではなく、妾へと忠誠を誓っておる。遺言で他派閥へと与せよと言っても聞かぬであろうが、妾が一言声をかければ納得しよう」
「領内でのプリシラ様の人気は絶大だって聞いてますからネ。親しみとか一切にゃいケイきゅんと違ってイチコロっていうのも頷けます」
「勘違いするでない。妾の話は真実として受け取られよう。しかし、それから変わらぬ忠誠を向けるかどうかは臣民に委ねられておる。妾は日輪の如く照らすのみ、その歩みをどこかへと強制させるような無粋なことは決してすまいよ」
「ふふ。フェリス。それに、ケイについても違うかもしれませんよ。多少、いや結構恐れられてはいますけれどそれでもカルステン領の人々はきっとケイの言葉に耳を傾けてくれるでしょう。彼らはその目で、どれだけ体を張っているかを見たはずですから」
「ああ、懸念としてはアルの不在は影響しませんか?というか彼はどこに行ったと思います?」
「あやつはどうなろうと我が道化であり騎士であろうよ。妾に都合の良いようにどこぞで企んでいるであろう」
アルデバランの失踪は本人がそうしたいと思うのなら、止める手立てはあまりない。
具体的にはスバルを殺すことだがそんなことをしてまで自らの意思で出ていったものを引き止めるべきとは思わない。それこそ決定的な敵対になりうるのだから。
「否定してくださいよ。敵派閥の邪法で蘇って操られていると勘違いしている可能性はあるんじゃないですか。それこそ、あなたのために僕らと敵対することは考えられる。違いますか?」
「まぁ否定はすまい。太陽たる妾のために空回るのも、また星の運命かもしれぬな。今となってはそれを否定してやるのも一興であるが……。星という役回りに縛られているものにとって、それは呪縛のようなもの。忠誠や愛ゆえに刃を向けることもあるかもしれぬ」
剣を向けるのであれば、当然剣をもって応えるがな。とその時を想像し猛々しく牙を見せていた。
思わずため息が出る。敵対したくない反則の一人があいつなのだが、しかもどこから襲われるかわからないというのは恐ろしい。スバルと離れた後には特に気をつけなくてはいけない。
「ここまで色々なことをしてきました。状況は変わり、私たちの仲間も変わっている。アレクも、アルさんも。……その上で王選を勝ち抜くために、あなたの側にいるために。私を助けてくれますか?」
「はい。今までと何も。いや、今まで以上にやれることを考えます」
差し当たっては、この一触即発の爆発物のようなメンバーで無事に国境を越えることができるのか。灼熱公の領地に置いてきたボルドーの血管を治療しながらでなければ報告は危険だろう。二、三度は脳梗塞で倒れかねない。
そして彼を巻き込んで、ルグニカに戻り内乱を終えたカルステン領とヴォラキア剣王国と国交を勝手に結んできた後始末を王都で済ませなければいけないだろう。健康体でいてもらう必要がある。
ああ、それに監視塔の管理や調査もしなくてはいけない。それからそれからと、やるべきことは無数に浮かんでくるようだった。エリーゼは元気にしているだろうか。ツバキは裏切っていないか?あとは……。
「はぁ……」
プリシラにも言われて了承し、それでも触れたくない案件を思い出す。
きっと今もカルステン領で戦後処理を泣きながらしているだろうフローライン男爵家。二人には感謝すべきなのだが、問題はローズがまとめた娘のリリシアとの縁談についてだ。当時は嘘もついておらず、その提案に乗ることもしたが状況は大きく変わってしまった。
ヴォラキア皇族などではなく、結婚もするつもりがない。
その上で求婚を退けるための体として婚約をしないかという提案であった。
100%本気の真実は現状から見れば、大嘘になってしまった。
リリシア・フローライン男爵への不義理は言い逃れができないレベルではある。カララギから戻ったら返事をすると言っていたが、そこからはあまりにも事件が起き続けていたため向き合えていなかった。
彼女たちには話が通じる。だから話せば良いのだが、それに対してどんな対価を支払うべきなのか。求められるのかを想像できずにいたのだった。
こういった内容を相談できるはずのローズは相手方の首魁である。
隣国へと赴き、帝国を打倒して、競合の派閥であった相手を妻として帰ってくる。
ふざけた神話のような出来すぎたストーリーにうんざりしてしまう。自分が当事者というのだから信じられない。
もはや懐かしさすら感じてしまう、この世界における自分の屋敷へ帰るというのに。その心は珍しく波立っているのだった。
前話で開始したヒロアカブラボのクロス作品ですが、212話で完結いたしました
こちらもいずれ完結させますが、まだ原作の進行を見届けたい所存
それまで不定期に間話や別のオリジナル作品も書いていきますので、応援よろしくお願いします!