亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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二次創作の感想欄には展開やキャラの背景についての言及がよくあります
原作未読の方は見ないよう自衛するか、原作を見てしまってムキムキに武装するかしてください

よろしくお願いします!


【FILE:24】怠惰の終焉

 

ケイの能力やこれまでの戦いを説明され、ラムは形式上の謝罪を行なう。

その説明を聞いた後の方が、警戒が高まっているようではあった。

 

「スバルの顔を立てて、ここではその話はやめておきましょう。落ち着いた際に陣営の代表に任せるべきです。その気持ちが本当なら魔女教に向けてくれますか?」

 

謝罪は受け取らず、代わりにこの先の戦いに最前線で参加してもらうことにした。

互いが必要を感じない間で交わす謝罪に意味はない。剣聖との対話でも考えたが、ケイはやはり謝罪という行動自体に意味を感じない。

 

謝らず、疑ったまま、罵られながらであってもこちらの危険を背負ってもらえるならそれが良い。

それこそが行動の代償。報いるということだ。

 

ケイにとって目の前のメイドやロズワールなどはどうでも良い。しかしスバルからの印象だけは気になるところだ。

これで少しでも罪悪感を持ってこちらを大切に思ってくれれば幸いである。

 

謝罪を受け取られなかった手前、彼女は能力の開示にも協力せざるを得なかった。渋ったところでスバルが話していただろう。

彼女の力は千里眼。付近の同調可能な生物に自身の視界を重ねて、状況を把握する力を持っていた。

 

これは魔女教の発見にはこの上なく役立つ能力だ。

その力は負担がかかるようだが、しっかりと活用してもらうこととなる。

 

道中、一つの魔女教集団をラムが発見しそれをユリウスとリカード達が討伐に動く。

 

協力関係を築きつつもどこか互いに警戒し合うような、そんな誤解というか不和の雰囲気を解こうと息巻くスバルであったが、村に到着した彼には為さねばならない仕事があった。

 

 

村民の説得。生活の基盤であり先祖からの土地を離れて避難せよとの説得である。

実のところ、迫る危機に対して住民の避難というのは難易度が高い。なぜ危険が迫っているのにと思うだろうがこれは現代人でも変わらない。

 

正常性バイアスと呼ばれるものがある。これは世界の隔たりも時代の垣根もなく、多くの命を奪い続けている。

 

台風が来たから田んぼを見にいく。警報が発令されても目の前に津波が迫るまでは避難しない。史上最高クラスの地震に揺らされていてもゲームをやめられない。

 

この説得に際してケイがスバルに与えた猶予は10分だった。それを越えれば強制的に立ち退きを行う。目の前に脅威として迫ってあげることで足を動かすのだ。

殴って人を助けることができるなら殴れば良い。そんな言葉にスバルは反論せず、心の中で絶対にそんなことはさせないと誓った。

 

ケイはその10分の間にすべきことをする。

 

「魔女教がいないか確認する。優先順位をつけたからこの順に調べろ。僕はその間にやらなきゃいけないことがある」

 

唯一判別ができるフェリスに仕事を託した。

 

「ちょっち気まずそうにしてるスバルきゅんへの配慮、とかそんな訳ないよネ。ケイきゅんから一歩引いたと思ったら、必死にいい奴だよって熱弁し始めるとか、スバルきゅんの情緒壊れちゃうよ?」

 

戯言は無視して紙を手渡し、文句を聞くのもそこそこに別の場所へ向かう。

 

「というか、そんなのわかるもの?福音があるなら怪しいかなんてわかんなくにゃい?」

 

魔女教徒を予想して探すのは難しい。福音が届けば、誰でも即座に信徒になるのであれば村人だろうが行商だろうが等しく怪しいのだ。ケイは当然老人子供、妊婦に至るまで疑っている。

 

だが優先順位はつけられる。

 

魔女教徒であれば困る人物から探っていけばいい。こちらから見た危険度で順位をつけていった。

子供より大人。女よりも男。小柄より大柄。村人よりも行商。そうして栄えある危険度の一位に輝いた男。

行商の一行を代表しているケティという人物から調査を始めて、しらみ潰しに探っていく。

 

魔女教徒が見つかれば拘束し、フェリスが情報を抜き出す手筈だ。

 

そのはずだったが、いきなり予想外の出来事があり作業は中断された。

 

最初の調査対象、ケティが『指先』であることが判明した。

 

「うっそ〜。いきなり大当たり」ケイきゅんてばやるじゃんの言葉は胸にしまい、他の人物に当たっていくがいないようだ。

 

無事住民を説得したスバルを囮に使い、ケティをフェリスが無力化する。

流石にもう少し見つかるまでに猶予があると思っていたのか、ケイは自分のすべきこととやらから戻っていない。

 

「殺さないで捕まえた。触った瞬間に体の中のマナを暴走させて気絶させたの。一回でも直接干渉してれば、触らないでも同じことできるんだけどネ」

 

「…それ、俺にもできるって聞こえるんですけど」

 

一抹の不安を抱えつつ、目の前の人物を見やる。

 

「しかし行商にも魔女教が紛れ込んでたとはな」

 

スバルが騙されて魔女教を招き入れているのでは?というケイを指したラムの勘違いが別の形で当たってしまっていた。

彼ら行商人を使おうと提案したのはスバルである。もしこれが取り返しのつかない事態を招いていたらと想像し、体が身震いしてしまう。

 

「今からお楽しみの尋問タイムだよ。何を企んでたのか洗いざらい吐いてちょーだい。フェリちゃんの手は世界一優しい手だけど、酷いこともできるんだからネ?」

 

いざ質問をと思えば、自ら何事かを話し始めた。

 

「———デス」

 

聞こえない。なんと言ってる?

 

「———っ!イア!その子を守れ!」

 

フェリスが跳ねるようにして立ち上がり、スバルへ———否、スバルに付随する準精霊にそう叫んだ。

 

普段のフェリスからは想像できない剣幕にスバルは困惑し、熱と共に飛び出す準精霊が、その全身を光り輝かせて紅の障壁を周囲に展開する。

 

「さぁ、終わりの始まり——————デス!」

 

直後、竜車の吹き飛ぶ爆炎に呑まれて、スバルは上下左右を見失っていた。

 

 

 

ケイが目を覚ますと、村は変わっていた。

 

炎上する竜車の残骸。多数の地竜の屍が散らばる。アーラム村の一角は完全に更地になっており、あたりに散乱する黒焦げの物体は、人にもバラバラになった地竜にも見える。

揺れる視界でぼうっとその光景を眺める。手足に力が入らない。思考もまとまらない。焦点が合わない。よくわからない。

 

血がながれて、もうすこしで死ぬだろう。もんだいない。

 

呆然としながら、怠惰を名乗る長身の男とそれに対峙する剣鬼。ただその光景を眺めていた。

 

ヴィルヘルムが肉薄し、その男を切り捨てる。男は何事かを呟き、手に持った短剣で自らの左目に突き立てる。

 

ああ、そうだ。あんなかんじに早く死ななきゃ。でも手がうごかない、だれかてつだってほしい。

 

再びの爆発。ゴロゴロと体が転がる。

 

しせんを戻せばスバルが走り去っていく後ろ姿が見える。おいかける魔女教徒。それをもどったユリウスがカバーする。いいれんけいだ、やればできるもんだ。

 

あれ、なにをしなきゃいけないんだっけ。横では黒い幽霊がウロウロしてる。そうだ。剣をさがしていたんだ。でもみつからない。

 

魔女教徒が空中で何かに握り潰されたのが見える。

 

ああ、なんだべつに剣はいらないな。これでいいや。

 

黒い幽霊がその手でケイの首を握り潰す。

 

 

 

復活した。

 

まずい。状況は混沌だ。スバルが怠惰を惹きつけている以上はこの場を素早く制圧しなくては。

状況から見て自分は爆発に巻き込まれて意識を失い、その後も混濁していたのだろう。

 

なぜ()()()()()()()()()()()が、()()()()()()()()()()

 

「フェリス!ヴィルヘルムを優先!他はあとだ!」

 

「もうやってる!早くなんとかして!!」

 

そこからはケイも直接魔女教と対峙し、組み合って戦う泥沼の戦いであった。

はっきり言って数的有利がなければ危なかっただろう。

 

事前に大きく敵の数を削り、大人数でここに着けたのが優勢を取れている最大の要因だった。

 

不利を悟った魔女教徒は死の間際に差し違えるように攻撃を放ってくる。それで幾人もの道連れが出た。

それを少なからずカバーしたのは死なない特性を全力で扱い身を晒し続けたケイと、静かに敵を殺し続けるラムであった。

 

戦い続けて時間の感覚があまりない。どれほど戦っていたかと疑問がよぎった頃。ラムも限界に倒れる。

 

同時にあれが再び始まった。

 

あちこちで倒れる人間の体。火の手が上がり、誰かの泣き声が飛び交い、なおも剣戟が響き渡る世界で、狂人の姿は即座に分かった。

狂人は禿頭に痩せぎすの男で、血塗れの顔を掻きむしって狂笑している。

 

遠くでスバルの声が聞こえた気がした。

 

それをかき消すように目の前の男が叫んで何かをする。きっと不可視の攻撃がくる。

だめだ。火の手が、風が強すぎる。ここじゃあれはできない。見えざる手の可視化ができない。

 

 

「ああ———脳が、震えるるるるるるっ!」

 

 

 

 

 

「———そこまでよ、悪党」

 

その声に全ての人間が呆気にとられた。

呆気にとられて、呆然としたまま、空を見上げて、身動きできなくなる。

 

なぜなら。

 

「それ以上の狼藉は見過ごせないわ。そこまでよ」

 

蠢く無数の黒い掌を上回るように、絶対零度の青白い輝きが空を覆い尽くしていたのだ。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 

 

 

 

青白い光が乱舞して。、血と炎の紅に染まるアーラム村を煌めきながら彩っていた。

 

「下がりなさい、悪党。こんなにひどいことして…私は許さない」

 

「なんと……あァ、なんと良き日デスか。まさに映し身、器にこれ以上ふさわしい体はきっと他には……」

 

「あなた、何を言ってるの?」

 

激情のあまり涙を流して泣きじゃくるその怪人に、エミリアは眉を寄せて困惑をあらわにしていた。

 

ダメだ。時間を与えるべきじゃない。なんで奇襲しないんだ!ケイは焦り大声で叫ぶ。

 

「問答無用で制圧を!今すぐに!人が死んでる!」

 

エミリアはその声に反応する。周りを見て決心をしたようだった。

 

視線を再び狂人に戻すと、男は何事か呟きながらヨロヨロと近づいてくる。

 

その無防備な姿に一瞬で決心が鈍る。

 

「動かないで!次は警告しないわ」

 

マナをこめた手を向けて、そう警告してしまう。

 

「今度こそ!次こそ!ワタシはアナタを、必ずやアナタを…」

 

「動かないでって、そう言ったわ」

 

警告通り、氷槍が四つ放たれた。

確実に命脈を断ち切る一撃は、直撃された存在の肉を穿って白く染め。相手の魂ごと氷像に変える。ただし、

 

「あなたの、味方なんじゃないの?」

 

どれだけ早く鋭い攻撃であっても、事前に予告があれば誰でも対処できる。

氷漬けになり、身を挺して自分を庇った魔女教徒の傍らで狂人は溌剌と嗤う。その様子をエミリアは理解できない。

 

 

スバルは4人目の怠惰を討伐して村に戻ってきた。代償として重傷を負ったスバルはそれを無視してエミリアに駆け寄ろうとするがそれを止められる。

 

「この地竜もスバルきゅんもひどいケガ。ほらしゃがんで」

 

「言ってる場合か!エミリアに、あいつと戦わせるなんて真似を…」

 

「エミリア様を呼んだのは私とラムちゃんの判断。少しは信用したげなよ。君が守りたいって思ってる人は、ただ後ろにいるだけの人じゃないんだよ」

 

 

エミリアと怠惰の問答がようやく終わり、ケイはそこに並び立つ。いや、むしろ少し前に立つ。

 

「エミリア様、相手は見えない手を伸ばしてきます。氷を周囲に」

 

その発言は必要なかった。周囲にはすでに氷霧が広がり、そのモヤが見えざる手に輪郭を与えている。

 

「僕を守る必要はありません。死んでも復活します。相手の話は聞かないで、ひたすら攻めて制圧しましょう」

 

「死なない…?でも、わかったわ。真っ直ぐ戦うのは得意」

 

そう言って駆け出した。

足が地面に触れるたび、そこから周囲の数十メートルが氷に覆われ、氷土となる。

 

滑るように進み、パックの援護も背に距離を詰める。

 

ケイは、助力するつもりであった。注意を逸らし盾になろうと思っていたが、それはどうやらいらないようだ。

 

生まれた余裕から戦場を見渡す。周囲の森に散っていたリカードたちも合流し趨勢は決まった。

すでに状況は奇襲から立て直した討伐隊による残党狩りの様相である。これ以上の被害はないだろう。

爆発とそれに乗じた奇襲が痛かった。あれで相当数死んだ。

 

こんな思考を巡らせることができるほどにはエミリアの方が明らかに強い。

近づけば蹴りを入れ、攻撃を受けたと思えば氷像で身代わり。隙をついて後ろから吹き飛ばし、最後に直接その冷気を叩き込んだ。

 

掌が当たった位置から凍結が広がり、男はその四肢だけでなく全身を白く染め上げ、氷漬けになる。

 

断末魔の声すら上げられず、咲き誇る氷の花の一部となって、男は絶命した。

 

それが、エミリアと男の戦いの決着だった。

 

同時に魔女教徒は全て倒され、それも合わせて勝鬨が氷原に響く。

 

 

そんな決着を見届け、スバルは声も出せずに棒立ちになっていた。

確かに危なげなく余裕を持っての勝利に見えた。戦いが終わった今も、その姿から目が離せない。

 

戦場となった村の真ん中で、氷花と化した最後の怠惰を見下ろしている。

 

その狂人の死に、エミリアがどんな感情を抱いているのかは不明だ。ただ、スバルの目にはその白い頬に一筋だけ、光る涙が伝わったのが見えた。

他人の命を奪ったこと、そのことに心を痛めたのだろうか。それは力不足で彼女と魔女教を引き合わせた、ナツキ・スバルの罪だ。

 

しかしエミリアは驚いたように涙を拭い、困惑した表情をしている。涙の理由を自分でも分かっていないような、そんな雰囲気にスバルは思う。

 

彼女を魔女教と引き合わせてはいけなかった。

 

そしてスバルは治りたての足に気合を入れて走り出した。

誰にも、何も言わずに、村から離れて森の中へ。

 

ただただ遠くへと。

 

 

駆け出したスバルをユリウスが追っていく。

 

「エミリア様とヴィルヘルムさんはこちらで警戒を、まだいるかもしれません」

 

ユリウスに続いてケイもフェリスと地竜に乗ってスバルを追いかける。なぜこのタイミングでこれ見よがしに走り出すのだ。

彼のことは少なくとも魔女教の怠惰に属するものではないと確信している。逃げるにしても地竜にすら乗らず、意味がわからない。

 

 

先行したユリウスとスバルが対峙している。その様子は尋常ではない。

 

「ユリウス!スバルきゅん!」

 

「あれは、スバルではない」

 

押し殺したユリウスの返答に空気が張り詰める。

フェリスは不安げに、ユリウスは義憤に、ケイは懐疑に。

それぞれ顔を歪める中、スバルだけが愉しげに狂笑を浮かべ、手を打つ。

 

「勢揃いしたところで、改めて名乗らせていただくのデス。ワタシは、魔女教大罪司教、『怠惰』担当」

 

首を九十度傾け、ジャージの前を開けながら盛大に嗤う。

 

「ペテルギウス・ロマネコンティ、デス!!」

 

そう名乗った。

 

 

 

怠惰を名乗ったスバルとユリウスが言い合い始める。フェリスが駆け寄るが、ケイは地竜の場所からは近づかない。

 

「実に良い!素晴らしい肉体デス!これほど馴染むのは何十年ぶりか!」

 

「勝手なことを!スバルの肉体から離れろ!」

 

「そちらこそなんと勝手な!アナタ方がワタシの大切な指先を奪い尽くした結果、この肉体に宿る他なかったというのに!」

 

笑いながらゆっくりと周りを見渡して、フェリスを眺めて言い放つ。

 

「アナタ、悪くない資質デスが、余計な術式を刻みすぎデス」

 

さらにその目はユリウスを見定める。

 

「精霊使い。アナタだけは度し難いのデス。邪魔な不浄を取り除けば、良き我が指先になれるはずデスが」

 

「痴れ者め…」

 

そのやりとりを、ケイは冷めた目で離れて見ていた。

スバルが本性を表したと見ることもできる。しかし、そうなるとタイミングもやり方もおかしい。

 

本当に怠惰が乗っ取ってきたと見るべきだろう。

 

ユリウスは必死でスバルに呼びかける。その呼びかけに効果があるのだろうか。

 

説得に合わせて虹の閃光で意識を一瞬だけ奪う。すると、怠惰の口調にスバルが混ざったようだった。

 

 

抵抗するスバルと侵蝕するペテルギウスの攻防。そのように聞こえるが、会話だけでは真実はわからない。

魔女教同士の、別の派閥の潰し合いにも見ようと思えば見えるのだ。

 

結局、最後にスバルが何を求め、何を行うかだ。それでしか判断はできないだろう。

 

そして決定的な言葉が出てくる。

 

「…やってくれ、ユリウス!」

 

今のうちに殺せと、そう言った。抵抗するユリウスの説得に難航しても諦めない姿を見て確信できた。

 

 

ケイはここで初めて、スバルを信じた。

 

そして、信じた仲間の意思を尊重する。

 

 

「フェリス、頼む」

 

「恨んでいいよ。スバルくん。私も、恨むから」

 

その悲壮な覚悟を、情緒を、意にも介さず奪い取る。

 

 

「待て、フェリス。僕がやる」

 

 

なぜ、どうやって。ユリウスとフェリスは理解できないが、ケイは素早く歩み寄りスバルに耳打ちした。

 

スバルは驚いた。ケイなら躊躇しないと思ったが人を殺す手段がないと思っていたから。

 

呟く言葉に無駄はなく。ケイらしい。

誰に聞かれても理解できないだろうが、スバルにだけはその意味がわかる。

 

その一言を聞けば、起こることもわかってる。

 

 

 

「『1と2は失敗』これだけを僕に伝えろ。答えないなら可能だと受け取る」

 

 

 

なぜか、これだけで死は訪れない。

けれどスバルにはそんな疑問は浮かばない。それどころではなかった。

 

その胸中に渦巻くのは、絶大な歓喜。隔絶した驚愕。

 

そして泣きそうになるくらいの安心であった。

 

たった一言で、ここまで救われることがあるなんて。

 

ケイは分かっていた。わかってくれていた!

 

その感慨をスバルは想像できていなかった。一人じゃない。誰かが理解してくれている!

この衝撃の大きさをバカな自分は少しだってわかっていなかった。

 

大変だったんだ。辛かったんだ。頑張ったんだ。頑張ってるんだ。

人に触れるまで自分が孤独にも、限界が近いことすら気づけていなかった。

 

人の死を目の前にしても微動だにしない、ケイの目が怖かった。それはまるで自分の不出来さを見せつけられるような気がして、余計に苦手に思ってしまっていた。

 

けれど、今だってケイの目は悲嘆にも同情にも何にも揺らいでいない。いつも通り冷たいままだ。これから死ぬやつを哀れむ目じゃない。

そうだ。スバルはここで一度死ぬだろうが、終わりじゃない。それを信じてくれている目だ。

 

その揺れない瞳の奥にこれほどの熱があるなんて、知らなかった。

早くに知れていたら、もっと仲良くできたのに。

 

 

最後に見栄を張る。

一緒に命をかけてくれた礼に、ケイのやり方に合わせて一言だけで返してやる。

 

 

「…任せろ…ッ!」

 

 

言うと同時に、スバルとケイの臓腑は潰された。死が始まる。

 

その一言はケイに確信を。そしてスバルには絶対のペナルティを運んでくると知っていた。だから自分でやってやった。

 

 

『今のは一体!?馬鹿な!なぜ!なぜなぜなぜ!一言も!一瞥も!なぜなのデス!このままワタシが滅ぶことなど…』

 

 

 

 

うるせえ。地獄に落ちろ。

 

 

 

 

遠く、遠く、どこか知らないところに落ちていく、落ちていく。

 

奈落の底に何もかも取りこぼして、またしても失敗を抱えて、無惨に命を落とす。

 

 

振り返る、世界を。

振り返る、過ちを。

 

忘れるな、忘れるな、絶対に忘れるな。

 

フェリスにさせてしまったあの表情を。ユリウスを絶望させた自分の言葉を。

 

そしてケイが見せてくれたあの冷たくて熱い眼差しを。

 

しがみついてでも、手放すな。

 

 

この生も、これで終わる。

だが、しかし、けれど、だとしても、ナツキ・スバルは終わらない。

 

 

たとえどうあろうと、どこへ舞い戻ろうと、どれだけの苦難が待ち構えていても。

争うことはやめられない。そう誓ったのだから、やり直せる。

 

 

ぷつりと、音を立てて全てが暗闇の中に落ちていく。

そうして途切れて、そうして断ち切られて。そうして———。

 

 

『———愛してる』

 

そんな優しく、儚げで、甘やかに残酷な吐息と共に———。

 

 

ナツキ・スバルは命を落とし、再び世界は流転する。

 




【正常性バイアスについて】
正常性バイアスとは、心理学用語で、予期しない事態に直面したときに「正常の範囲内」と捉えて心の平静を保つ心理メカニズムのこと。正常化の偏見、恒常性バイアス、日常性バイアスとも呼ばれる。
正常性バイアスは、日常生活では過剰なストレスから心を守るため、プラスの影響もある。しかし、緊急時では危機的な状況下での判断力を鈍らせ、迅速な避難を困難にするといった問題点もあるため注意が必要。
スマホによる撮影がされるようになってから、その身に迫る危険をずっと撮影するだけの人々の記録が世界に溢れた。
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