「『傲慢』!今アナタは『傲慢』と言いましたデスか!かの空席を埋める次なる大罪を!長く長く長くお待ちしていたのデス!」
感激し我が身を抱く彼は、歓喜する。そして急に止まると、喜色を抑えた声色でさらに問うてくる。
「ところで傲慢『候補』。とはどのような意味なのデスか?そのようなことは聞いたことがない。その身に纏う寵愛は並ではありませんがしかし、しかし、しかぁし。大罪司教であると聞けば疑問が残るというものデス」
話を聞いた通り、しっかりと論理を解している。完全な狂人でなくて助かった。嘘は通じそうだ。
「サトウさん。あ な た、一体何なのデスか?」
ケイはここで一つ目の手札を切った。
「あの女はスバルと僕を間違えて
何事も起こらぬ沈黙。
確実にあれがキレるであろう一言は、なんの影響も与えなかった。
なるほど、これはセーフなのか。陰口を叩いただけになってしまった。
では次と、取り出したのは借り受けたスバルの携帯電話だ。
一応の魔獣対策ということで拒否はされなかったが、スバルは内心で疑問だったろう。
その録音機能を起動して、ボイスメモを吹き込む。これが録音できたなら、森に控えるヴィルヘルムへ投げてスバルに聞かせる手筈である。
「あn…」
早い。どうせ来るならとっと来れば良いのに。その分だけ条件を把握されるのだから。
時の停滞が訪れる。白黒の世界で動くのは例の女の手のみ。
タブーを犯そうとした喉を潰され、心臓と肺の辺りを一気につぶされる。その扱いはスバルよりもずっと雑で敵対的だ。
そして世界は色を取り戻す。
録音は無事に阻止された。
倒れていた体を起こして血を吐き出す。
怠惰をみると、負けじと指をグチュグチュと噛みながらこちらをみていた。
「どうですか?こんなもので足りますか?」
「ああああああああ、アリ得ない!おかしい。誤っている。間違っているのデス!寵愛を自ら賜ることができるなどと傲慢な…」
ハッとこちらを見て。粘度の高い視線を受ける。
「信じていただけて何より。それよりも話を進めても?試練に関する重要な話です」
「先ほど候補と言わせていただいたのは言葉の通り、まだ大罪司教になっていないのですよ。そのために試練目前のあなたと話に来ました」
ペテルギウスは最大の警戒をしているが話は聞くようだ。奥の洞窟から魔女教徒がワラワラと出てくる。
「そう試練デス!何より崇高な福音の導きによって為される試練!あなたも試練へ参加されるということデスか?」
「ええ、しかし試練を受けるのはあなたで、課すのは僕です」
「な、な、な、何を言っているのデス?そんなこと福音にはない。記述を外れるなどあり得ない。起きては、起こってはいけない」
動揺してもすぐに冷静になる。そろそろ来るだろうか。
「そう、デス。提示を、福音の提示を」
音を立てて福音書を閉じたペテルギウスがその言葉を口にした。これがスバルから聞かされていたリミットの合図だ。福音を示せなければ敵対してしまうとか。
ならば福音を提示しよう。徹底して相手の論理に乗ってやる。
「その指は、なんデス?一体どういう…」
「それ、が僕の福音です」
ペテルギウスの福音を指さして笑う。困惑を重ねて狂人は調子が出ないようだ。
「試練をしましょう。ペテルギウス・ロマネコンティ司教。あなたが半魔へ試練を課すに相応しいかどうか、魔女の福音に従い確かめさせてもらいます。勤勉にも試練を超えることができれば試練はあなたが行ってください。もし失敗したのなら」
「その福音は僕の手に。僕が『傲慢』となって試練を半魔に課しましょう。まさか断るなどと言いませんよね。勤勉な司教様」
ペテルギウスは感情の抜け落ちた顔で淡々と言葉を紡ぐ。その有り様はこれまでで一番気色悪い。
「そんなことは記述にない。ないことはあり得ない。許せないのデス」
「あなたの記述にはないでしょうね。だから早く記述に戻れるように試練を終わらせませんか?」
試練。試練だ。彼は試練に執着し、勤勉さを誇っているらしい。ちょっとしたハードルがある方が燃えるタイプではないだろうか。
「まず、試練の内容を言うのデス」
かかった。
ここで予想がかなりの確率で正しいことがわかった。
ペテルギウスは、狂ってはいるが破綻してはいない。目標や行動理念があり、それに対して独自のこだわりやアプローチで行動している。
つまり、相手をよく知れば予想が可能であり対話が成立する。
おまけに奴らは福音や魔女というものを絶対に投げ捨てることはしないときた。
目標に一所懸命というのは本当に助かる。
真の狂人は自己矛盾を言動に含むものだが、彼にはそれがないように思う。
こちらが理解できないからといって、相手が狂っているというのは暴論だ。
その証拠に、怠惰はこんなにもしっかりとこちらの話に耳を傾けてくれているではないか。
狂った振る舞いをしつつも、根底にあるのは勤勉さ。それが隠しきれていない。
「その福音書を僕が手にすれば僕が大罪司教に。あなたは僕が福音書を手にできないようにすれば良い。端的に言えば僕を殺して無力化する。それだけです」
こちらの狙いを看破したと思ったのだろう。狂笑が顔に戻る。
ペテルギウスは先ほど先導した魔女教徒を呼び寄せる。ふんふんと話を聞くと深い笑みを作り返事をする。
「アナタ、先ほどナイフで刺された際に傷を癒すことができたようデスね?先ほどの吐血もしていましたが、今は健康そのもので何よりのご様子」
「大罪司教の中には傷を受けつけない者もいる。もしやもしやもしや、サトウさんアナタはまさか。達成不可能な試練を課そうと?ワタシを、騙そうとしているのデスか?」
へえ。大罪司教の中には無敵とか不死がいるらしい。情報提供に感謝。
「いいえ、最後まで聞いてください。福音に従い試練を提示しましたが、これでは中々結果が出ないこともあるでしょう。そこでもう一つの解き方を用意しました」
「我々だけでなく、信徒の敬虔さでも競い合うのです。全ての怠惰の信徒をここに集めてください。僕は傲慢の信徒を彼らに試練としてぶつけます。怠惰の指先のうち誰かが僕に触れることができれば、それで負けを認めます」
ここまでなら絶対に受けないだろう。怪しいだけでメリットがない。なのでしっかりと詰めの一手を打っておく。
「ちなみに例の半魔ですが、こちらの信徒がすでに確保していますのでご心配なく、街道や逃げ道の封鎖などは必要ありません」
「半魔をすでに?それはなんという勤勉さ!後顧の憂いなく自らの愛の証明のみに没頭できるというわけデスね!!」
やはりこいつは頭が回る。こちらの要求を無視すればどうなるかをきっとこいつは想像している。
エミリアをこちらが確保しているのは事実だ。試練を受けないのならどこかに逃すと脅しつけてやる。
大好きな記述とやらに状況を戻すには、もう僕を無視することは不可能だ。
魔女教徒は制御不能で理解不可能な存在なのではない。福音によって統率されている。
では福音の導きを誤解させてやれば良い。
ペテルギウスはまたも魔女教徒を呼び寄せる。ふむふむと話を聞くと、先ほどより深い笑みを作り返事をする。
「よろしいのデス!その正直さ、勤勉に疑いを持った愚かで怠惰なワタシをどうか、どうか許して欲しいのデス!」
話がシンプルになった途端元気になるものだ。殺せばOK。死なないなら制圧して触れればOK。理解しやすい結論に飛びつきたくなるのは大罪司教でも同じなのだろうか。
「そうデスね。ではその勤勉さに敬意を表し、開始合図はアナタに任せるとするのデス」
「では、今からやりましょう」
間髪入れずに気軽な宣言。その瞬間、ケイは体を横にズラした。まるで何かを避けるように。
「何故…!?」
ペテルギウスは愕然として目を見開く。
「今の!動きは!?アナタはワタシの!与えられし寵愛を!?あり得ない!なぜ我が権能が、見えているのデスか!?」
「実は僕って煙みたいなものを大量に出せる体質でしてね。それが充満しているところに手が入ってくると輪郭というか動きが割と見えるんですよ」
「何、を?煙?そんなものどこにもない、ないないないないないいいいいいいい。見えざる煙などあってはならない!戯言をやめるのデス!!」
「ところで司教様。一つお忘れですよ。こちらの信徒もいると、そうお伝えしました」
一陣の風が吹いたと思えば、後ろで控えていた魔女教徒たちの体が重力を思い出したように斜めにズレる。
そこには宝剣を携えた剣鬼がいた。
「対話鏡をお持ちですね。お使いください。福音に従い試練は始まりました。指先をここに。ご安心ください。転移先はこちらでも用意しています。試練が終われば補充をしましょう」
いくつも無視できない単語を浴びせる。動揺させられるたびに怠惰はどうしても狂気に染まり切ることができないでいる。
「アナタ、いったいどこまで?誰から?なぜ知っているのデス!?」
「僕は先ほどまでの驚きをもとにあなたを奇襲だってできた。でもそんなことをせずにこうやって全てを伝えているのは福音に従っているからです。全ては魔女様の導きのために」
こちらの事情に異常に精通したこの『傲慢』候補の言っていることは真実だ。敵対者であればここまで手の内を晒す意味もない。この場にいた指先は先ほど殺された。そして試練の達成には他の指先が必要である。半魔も確保されている。
ならば怠惰の信徒を一丸として、その勤勉さでこの『傲慢』を打ち砕くべきだろう。
———などと考えてくれれば最高だ。
怠惰はじっとりと剣鬼を見つめ続け、眼球同士が接触しそうになるほど接近。そんな異常な対峙でも剣鬼はどこ吹く風と一切動揺をしない。
その後、剣鬼より向けられた対話鏡から怠惰はついにその指示を送った。
「全ての指先と信徒をここへ、今すぐデス。」
「下がっ…」
ケイの言葉に反応してというより、ヴィルヘルムは自発的に見えざる手を避けて、すぐに森へと身を隠す。魔の手がゆっくりと剣鬼の喉へ進んでいるところであった。
ここから剣鬼は近づかず、集まってきた指先と魔女教徒を狩る手筈だ。
まるで見えているかのような動きに驚愕するも、次なる疑問に中断される。
「な!我が指先に預けたはずの因子が戻った!?同時に!なぜなぜなぜ!指先に何が?」
信徒の招集を合図に全ての指先の処断をして良いと伝えている。おそらく急いで駆け出した指先たちがスバルたちに撃破されたようだ。彼らはまだ憑依がばれていないと思っており、
一気に指先を潰される。その焦りに視界が狭まるが、反比例するように増えた手の数に単純に処理が追いつかなくなる。
そもそも全力疾走を続けられるのはせいぜい1、2分だ。すぐに限界が迫る。
さて、ここからはいかに相手を冷静にさせないかの勝負だ。どれだけ煽れるだろうか。
「脳が、震える」
言葉と共に足を潰され、倒れ込む。
「治癒などさせないのデス。ただひたすら愛に、愛を、その手で感じるのデス!」
全身が掴まれ、捻じられ、捨てられた。
「これで、終わり、ではありませんデスね?」
数秒で再び立ち上がるケイ。その姿を見ても動揺はない。
再び始まる鬼ごっこ。
しかしまたも掴まれてしまう。そして今度はそのまま手を離さなかった。捻り、握り潰して差し入れて、そのままに固定する。
空中に恐ろしい形で縫い止められたケイは、久々に許容を超えた痛みに意識を手放した。
「さて、さてさてさてさて。いったいここから何ができるのデスかね?」
体を至る所で折ってそのままに、胴には複数の腕が刺さったままにしている。これならば復活はできず、仮にしたとてすぐに同じように死んでいくだけ。
すると、腕や足が下の方向に戻ろうとし始める。そしてそれを抑えると、なぜか『見えざる手』が消えた。
いつの間にか、胴に刺さっていたものも消えている。何かに打ち消されたかのように。溶けるように消えてしまった。
今までの現象の中で一際異様な現象だった。ここに至ってペテルギウスは、ようやく自身の能力の全てを用いてこの敵を潰すことを決意した。
そこからの攻防は見るも無惨なものだった。怠惰によって自由を奪い、見えざる手が手足を潰す、首を回し、土魔法が体を貫く。けれどもどんな拘束もなかったことになるように消えてしまう。
ならばと足を奪った上で、土のドームで押し潰した。これならどうかと今度こそ思うが、物理的な拘束は剣鬼が現れケイごと寸断し成り立たない。
「しかし、徐々に動きが遅くなっているという事実。その辛そうな表情。サトウさぁ〜〜〜ん?もう少しで底が見えそうデスねぇ〜?」
ケイは辛そうに肩で息をして、ヨロヨロと駆け出している。
その必死な形相はこの再生が万能ではないことを示している。
粉塵や付着する血液によって可視化された見えざる手はどこからか現れる剣士に切られて消えていく。見えざる手も相応に消耗しているが、まだまだ余裕がある。
というかヴィルヘルムは今、見えないはずの何もないところの手を切らなかったか?
状況は順調である。作戦は問題なく進行しているがケイは焦り苛立っていた。
14度目の死を超えてなお、全くうまくいかない作業に嫌気がさす。流石にしんどい。
スバルに事前に聞いていてよかった。無駄な努力をしている暇などない。
メモに書かれていたIBM発現の仮説と行動
1:イメージができていない? 佐藤の記憶で試す。
2:IBM濃度が足りない? 呪いで連続死して試す。
3:積極的な死ではIBM濃度はあまり高まらない? 自殺以外で試す。
4:目的がないと形が定まらない? 敵に向けて試す。
スバルの伝言によると、この『1と2が失敗』であると僕は言っていたらしい。
なら3、4を試そうではないか。
そうは思うが、また殺されて一旦我慢の限界がきた。
「いい加減に!しろ!」
大声で叫ぶとこれまでと異なる感覚に襲われ、何かがそこに作られていく。
声に呼応したように体から溢れ出した黒い粒子は濃さを増し、人の形をとるIBMは頭部が異形であった。
記憶にある佐藤のIBMのような特殊な形状ではない、そして人の頭部の形でもない。
ついに出た。たった15回程度の死で発現したということはやはり、自分は過去にIBMを出せていたのだろう。
けれどIBMの動かし方など永井圭は知らない。
しかし、永井圭は知らなくても動かし方の記憶は確かにある。世界中、歴史上で誰よりも詳しい者の記憶を持っている。今ならばきっと動かせる。
命令は一つ。
「殴ってとってこい、
タブスって誰だ?佐藤の感覚をなぞるまま、知らない単語を口走る。
「ッたく なんで皮肉…をお、お、お…おーけー ソニー」
驚いた。こいつは返事をできるらしい。
「よし。もういいか」
素早く駆けて、見えざる手の蹂躙から抜ける。
緩慢な動きをゆっくりと追っていた手はケイの咄嗟の加速に追いつけなかった。
先ほどまでは這うようにして苦渋の表情で必死に這っていた獲物が今は飄々と走っているのだ。
「お前、バカだろ。いい加減に飽きたよ」
「アナタ、アナタはまたワタシを騙すのデスか!その罪をなぜ重ねるのデス!わからない。わからないのdっっっ!!!??」
言い終わる前に引き倒されて地面を転がり腕を折られ。そのローブの袖ごと引きちぎるように、命よりも大切なものが奪われていく。
「見えざる手」
当てつけのように呟いた一言。そして福音が宙に浮かび敵の手に渡るところを見せつけられ、ついにペテルギウスの限界を越える。
まるで、見えざる手に愛そのものを奪われるかのような衝撃の光景。ペテルギウスにとって絶対に見たくない悪夢がそこにあった。
一体何が起こっているのかペテルギウスは理解ができない。したくない。
まるで愛が自分を裏切ってくるような絶望の光景。愛が、愛によって奪われる。離れてしまう。
「今のは!?それはワタシの!ワタシだけの寵愛だ!何人たりともこの不可視で不可侵な愛の恩寵を侵すことなど許されない!!!!」
もう挑発もやり切った。相手の視野狭窄をこれ以上誘う必要はない。すでにスバルに夢中な白鯨のような気迫である。
一転してケイは一言も話さず逆方向に駆け出した。充分過ぎるほど時間は稼いだ。見えざる手の増殖も頭打ちのようだしそろそろ潮時だろう。福音がこちらにある以上絶対に追ってくるという確信がある。
余裕が出てきた。逃げながらこの怠惰という敵について考える。
手加減などする訳もないが、若干の哀れみや同情を覚えないでもない。
コイツはスバルというイレギュラーがいなければ負けはなかったと言っていい。
そう。スバルさえいなければ。
あらゆる事前の策が。初見ならば確実に勝てる必勝の方法が、その全てが後手から捲られていく。
おそらくスバルの情報がなくても、怠惰の撃退自体は不可能ではなかっただろうと思う。
しかし相応の犠牲は確実に出ていたし、主要な人物を乗っ取られれば容易く負けることすらありうる。
怠惰は逃げることに特化した能力である。殲滅しきれるわけがない。
十全の準備を、必勝の策を、その全てを無に返す理不尽。
それにやられる不快感は知っている。
やはり事前に相手を知れるスバルの力は異常だ。
待ったを無限にかけられるなら、将棋で負けることはない。地力で劣っていても学べばいいし、相手のミスを永遠に誘うこともできる。
オートセーブである可能性を加味しても、あまりに規格外な能力。
そんなことを考えていると、逃避行の終わりが見えてきた。
道中何度か殺されるもヴィルヘルムの援護もあり無事に集合地点まで転がり込むことに成功。仕事は終わりだ。
「はぁ。あとは頼んだ」
「その期待に応えよう。我が蕾たちと共に」
「そっちのコンビは仲良さそうで羨ましいぜ。早く終わらせてとっととペアを組み直したい。切実に」
IBMの頭部シルエットイメージは某サイレントヒルの三角頭さん。それを人間の等身に縮小した小顔三角頭なイメージです。エッジ控えめ。
髪切った?