亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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【FILE:27】怠惰の終焉②

 

怠惰の前に現れた新たな二人。

 

ユリウスが駆けて剣を振るいケイに迫った魔の手を打ち払う。

見えないはずのそれをまたも正確に切り飛ばしていく。

 

その剣は虹光(こうこう)と輝き、全てを焼き尽くす。

 

極光は見えざる手に向けて正確無比に差し込まれる。

目を閉じたユリウス・ユークリウスが視界を閉じたまま躍動する。

 

現在『ネクト』はナツキ・スバルの視界を通じて、その見えざる手を暴いていた。

 

「そっちのコンビは仲良さそうで羨ましいぜ。早く終わらせてとっととペアを組み直したい。切実に」

 

行商に潜むケティを含めた指先の排除。住民の説得と避難誘導。それらを全て片付けての合流である。

 

ケイに指摘されなければ気づけなかったが、ケティの竜車には仕掛けがあった。

 

『敵の道具をそのまま使うな』これは今後のナツキ家の家訓としよう。

 

火の魔石を仕込んだ大規模な爆発を引き起こす致命的な罠。それも発見し対処しておいた。

ラムが率いる一団はロズワールの元へ。エミリアが同行する一団は護衛をつけて王都に向かって避難を開始している。

 

その奥では目を見開いたスバルが軽口を叩く。言うほど相性は悪く見えない二人が駆けつけた。

 

見えざる手がまたも攻略される光景に、もはやペテルギウスは驚愕を口にすらできない。

 

とある不安が無視できなくなっている。

 

なぜここまで多くのものに見えているのか。最初は相手が特別だと思ったが、傲慢候補にその信徒の剣士。さらにこの王国騎士にすら見えているとなると当然の帰結として自分に問題があるのではないか。

 

切られるたびに減っていく見えざる手。まるでその恩寵が、魔女の愛が自分から離れていくような気がしてくる。

掻きむしりたくなるような焦燥。目の前の邪魔なものを全て消さなくては。

 

まさか本当に福音がワタシから離れようと…?

 

邪魔な理性が自身の恩寵すら疑い始めるが、必死に狂気で上書きして堪える。

 

 

 

「おいおい。時間稼ぎどころかめっちゃボコってるじゃん。これ俺らいるか?」

 

スバルはケイの生み出した時間を使い、ペテルギウスがいた拠点以外の潜伏場所に奇襲をかけた。

鉄の牙と手を分けて一度に複数に。その後はペテルギウスの居場所の周辺に陣を張り、待ち伏せに徹しておく。

 

ケイが釣り出しをうまくやったのだろう。むしろ相手からこちらの陣地に近づいてくる始末。

 

釣りというよりは網漁だ。一網打尽とはこのことであった。

 

把握している全ての指先は潰した。いまだにこの場所を囲むように討伐隊が警戒しており、指先にはそこに飛び込むように指示が出ている。

もし隠していた指先がいてもこれで狩り切れているはずだ。

 

「さぁいよいよ。最後の一踏ん張りだ。ビビんなよ、俺」

 

ユリウスが的確に怠惰を追い詰める。

 

「貴様の敗因は、たったひとりで戦いに臨んだことだ!」

 

正面から見えざる手を斬り払われ、肉薄されるなどあり得ない。

 

そんなことは人に不可能であるにも関わらず、ユリウスの突きがペテルギウスの胸部に突き刺さる。

虹の輝きがペテルギウスの体を貫き、極光が痩身を内側から焼き焦がす。

 

そのまま背後の土壁に叩きつけられ、串刺しになったペテルギウスがまるで標本に打ちつけられた虫のように手足をばたつかせ、口の端から血泡を吹いた。

 

「馬鹿な、バカな、ばぁかぁなぁ……こんな、ワタシの、体が……こんな」

 

「六属性を束ねた刃は、貴様の体を内から焦がす。貴様の正体がこちらの推測通りなら、このまま掻き消えてしまうがいい!」

 

突き刺した剣を抉り、ペテルギウスに絶叫を上げさせるユリウス。

騎士剣の輝きが増し、その光の前にペテルギウスは『見えざる手』を出して牽制することも、詠唱で状況を引っ繰り返すこともできない。

ただ、ペテルギウスの狂乱の眼差しは、それでも生を諦めておらず、

 

「終われない! 終われるはずがない! 終わっていいはずがないのデス! ワタシは勤勉に努めてきたのデス! 怠惰な諦めに、怠惰な終わりに甘んじるなど考えることすら許されないのデス! だから、ならば、なんとしても……!」

 

喚き、もがき、足掻き、傷口を押し広げて苦痛の根源を拡大するペテルギウス。その動きに合わせ、ユリウスがさらに強く切っ先を押し込み、その心の臓を破壊しようと刃を動かし――そして、

 

「指先を失い、今もこうして肉体を損なう……デスが、デスが、デスがぁ! まだ! ワタシには! 残された体が、あるの……デス!」

 

憑依先は全て先んじて潰されて、ペテルギウスは最後の肉体の終焉に、しかし諦めへの抗いを叫んだ。

その双眸が、狂気に満たされた目が、スバルの方を真っ直ぐに見つめる。

ゾッと、背筋に怖気が走る感覚と、ペテルギウスの狂笑が深くなり、

 

「あぁ――脳が、震える」

 

「――――ッ!」

 

次の瞬間、ユリウスに串刺しにされたペテルギウスの肉体が、まるでぷつりと糸の切れた人形のように崩れ落ちる。目から光を失い、だらりと頭を下げた肉体から生気の一切が途絶えて消える。

その反応を見てとった瞬間、スバルはくるべきものがきたと判断。即座に胸に手を当てて、懐からあるものを抜き出すと同時、

 

「ユリウス! 解除しろ!!」

 

「わかった!」

 

スバルの呼び声に応じ、ユリウスがペテルギウスの亡骸を蹴倒し、そのまま振り返ってこちらへ駆けてくる。その双眸は開かれており、直後にスバルの肉体にそれまで圧し掛かっていた倍増した五感の圧迫感が消失する。

その代わりに、スバルの肉体に別の存在が割り込んできた。それは、

 

『やはり、アナタの肉体はワタシを収める器としての素養がありマス! さすがのアナタも、こうなることまで想定してはいなかったはずデス! あぁ、あぁ! あぁ! アナタ、怠惰デスね?』

 

脳の隣に寄り添ったのではと疑うほど、至近でペテルギウスの狂笑が響く。

ついで、スバルの肉体はスバルの意に反して、こちらへ向かって走り寄ってくるユリウスへと右手を伸ばす。そのまま、スバルの影が膨れ上がり、その内から噴き出す『見えざる手』が視認の手段を失ったユリウスを目掛け――、

 

「うぶぇっ」

『――あぁ?』

 

 

『対話鏡越しに位置がわかればこのぐらいは、ネ。それにしてもスバルきゅんてば、自爆覚悟の作戦練るにゃんて、本当にお・ば・か・さ・ん♪』

 

もう確認することもできない対話鏡の鏡面から、聞き慣れた悪戯な声が鼓膜に届く。それは鏡越しにこちらの状況をずっとうかがっていたフェリスであり、スバルの指示通り水のマナの暴走を意図的に引き起こしたのだった。

 

「まとも、な……精神状態が保てなきゃ、『見えざる手』も出しようがねぇだろ?」

『まさ、か……まさかまさかまさかまさかささささかかかかかか、ワタシが……ワタシがアナタの体を乗っ取ることすらも読んでこれを!?』

 

 

「『見えざる手』で人質作戦も無理。そろそろ、諦める気になったかよ?」

『諦めなど……このまま、アナタの肉体を奪い、ワタシはワタシをワタシの、ワタシがワタシでワタシをワタシはワタシがワタシワタシワタシワタシワタシぃっ!?』

 

狂乱、普段のそれを越えて本当の意味で狂い始めるペテルギウス。

バグり始めたペテルギウスの言葉を聞きながら、スバルは諦めの悪い狂人に吐息で応じ、それから覚悟を決めたように目をつむり、

 

「乗っ取られると、あいつらに心配かけるんでな。俺なりの方法で、お前と戦うことにする」

 

「精霊術師の素質がある人間に、強制的に契約を被せて体を乗っ取る。それが、お前の憑依の正体だ。怠惰のペテルギウス……いや、精霊ペテルギウス・ロマネコンティ!」

 

『ワタシを———!!』

 

高らかに推測を叫び、スバルは自身の内側にいるペテルギウスと対峙する。

 

ユリウスとの話し合いの中で、スバルと彼はペテルギウスの正体についてその答えに辿り着いた。

憑依の正体、そのカラクリにある種の推測が成り立ったとき、そうであるとしか思えないという結論に至ったのだ。

 

ペテルギウスは他者の肉体に強制的に自らを上書きし、乗っ取ることで肉体を得てきた精霊であるのだと。素養あるもの、それはペテルギウスと契約を結ぶに足る素養の持ち主の見極めであり、憑依は一方的で身勝手な契約の成立によるもの。

 

『ワタシを! 精霊などと! そのような下等な存在と一緒にしてほしくないのデス! ワタシは精霊を超克した存在デス! 精霊を超越し、たゆたう曖昧な存在であることを脱却し、寵愛によってひとつの意思を獲得した選ばれし存在なのデス! それを! それをぉ! キサマなぞにわかったように語られてたまるかぁ!』

 

そして、ペテルギウスはスバルの言葉に激昂し、存在を爆発させて叫ぶ。

 

『愛がワタシを変えたのデス! 愛がワタシに意思を、存在意義を与えたのデス! それも全てなにもかも魔女の恩恵、魔女の寵愛! ならば、ならばならばならばならばならば! この身は、魂は、全て魔女のために、捧げて然るべきなのデス!』

 

「ご高説、けっこうだ。――なら、特別にお前に会わせてやるよ」

 

『なにを! 誰と! なんの話を――!!』

 

「お待ちかねの、魔女様に――だ」

 

その答えに目を見開き、脳内ペテルギウスは愕然と顔を強張らせて言葉を失う。

驚きの表情を瞼の裏に焼きつけ、スバルは大きく息を吸い、その瞬間を引き寄せる。

 

 ———さあ、こい。

 

「———俺は、『死に戻り』をして」

 

禁忌の言葉を口にした瞬間、世界の動きが遅滞する。

そして、それは訪れた――。

 

暗闇だけが広がる世界に、その存在は導かれていた。

 

なにもない、自分の体すらもどこにあるのかわからない。

意識だけがあり、それ以外の存在を知覚することができない。

 

そのひどく頼りない感覚が、その圧倒的な喪失感が、それをひどく懐かしく思う自分がいることに気付き、意識はその事実を認め難いと拒絶の感情を強くする。

 

だが、それら自身の感情の行き先が、それら持て余した激情の矛先が、全てどうでもよくなるほどの変化が暗闇の世界に訪れる。

 

『———』

それは、漆黒の世界に漆黒を塗り潰すほどの闇をまとって現れた人影だった。

女性である、とそれだけは感じ取ることができる。顔も、その肢体も、おぼろげで不確かでなにひとつ判然としていない。

 

そんな世界にありながら、意識はたったひとつの真実に辿り着いて、歓喜する。

目の前に現れたその存在との出会いを祝福し、震えんばかりの感動を理由に。

 

この存在と出会うために、今日までの日々はあったのだ。

思い出すこともできない、それでも長い長い日々――それはすべて、今この瞬間、このほんの刹那の時間のためだけに費やされてきたのだ。

 

指先が存在しないのがもどかしい。今すぐに歩み寄り、手を取りたい。

口が存在しないのがもどかしい。この思いの丈を言葉にしてぶつけたい。

体が存在しないのがもどかしい。望まれるのなら、肉の身など全て捧げても構わない。

 

意識だけであることがもどかしい。捧げられるものが、これだけしかないのだから。

 

『———』

 

依然、彼女は沈黙を守り続けている。

だが、その意識が、こちらへ向けられていることだけは如実に感じ取れた。彼女の意識する世界の中に、自分が入っていると思っただけで天にも昇る想いがあった。

そして、求める『愛』を、その口から告げられて、意識は本当の答えに———。

 

『———また、違う』

 

それは、ひどく掠れた失望に彩られた声だった。

 

それがどんな言葉であっても、天上の美声を聞いたように心を震わせる準備が意識にはできていた。なのに、いざその声を聞き入れたにも関わらず、意識に襲いかかったのは溢れ出ることをやめようとしない不安の影。

『愛』を語られるはずだった場所で、待ち望んでいたはずの答えに辿り着ける場所であるここで――。

 

『———あなたも、あの人じゃ、ない』

 

声に満たされる失望。そしてそれは、すぐに別の感情に取って代わられる。

即ち———、

 

『あの人でない存在が、どうして私とあの人の場所にいる———?』

 

怒りが、声に込められていた。

 

それはこちらを否定する言葉だった。拒絶する言葉だった。

そうして扱われることの意味がわからず、意識は彼女の言葉に取り縋るように嘆きを口にしようとする。

 

だが、意識には口がない。意思を伝える手足もない。意識にあるのは意識だけで、彼女と触れ合うことも、言葉を交わすことも、ましてや彼女に愛されることもできるはずもなく、

 

『———あなたも、あれも、消えてしまえ』

 

意識の困惑も戸惑いも嘆きも、彼女にはなにも伝わらない。伝わったとしても、それはなんの意味も持たない。

彼女にとって、意識は無価値であり、無意味であり、無為であるからだ。

 

拒絶と否定が、その意識の絶望を肯定する。

そのまま意識はこの切り取られた世界の枠組みから切り離されて、あれほど望んだ邂逅を前に遠く遠く沈むように消えていく。

 

そして唯一与えられた怒りすら、自身に向けられたものでないとわかってしまう。

 

『邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔あれが邪魔』

 

彼女の姿が遠ざかる。

これほど、あれほど、こんなにも、焦がれた姿が彼方へ消える。

 

その意識の嘆きを、もはや彼女は一顧だにしていない。

ただ静かに彼女は下を向き、

 

『愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる』

 

———意識ではない、別の誰かへの『愛』をひたすらに、唱え続けているのだった。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

「――あぁがぁ! 戻ってきたぁ!!」

 

 

いまだに自由の利かない手足を震わせて、どうにか岩にかじりつくようにしてスバルは上体を起こす。口の端から伝う涎を肩に擦りつけて拭い、がんがんと耳鳴りが、消えない吐き気に苦しめられながら、散々苦労して立ち上がった。

岩に手をついて体を支えながら、スバルは正面を見る。

 

「こん、な……はず、が……ないの……デス……」

 

その瞳から流れる涙は、今までの涙と比べても量だけ見れば微々たるもの。しかし、そこに込められた思いはこれまでと比にならない。

そんな大罪司教の機微など、本人を含めて誰一人としてわかるはずもないが。

 

ペテルギウスは失った。

 

全て。全てだ。これまでの全てを失った。

もはや動く意味などあるのだろうか?息をする意義は?視線を動かすことすら酷く億劫だ。

 

全身全霊が怠惰に染まっていく。

 

 

しかし、どこかで染まりきれない。

ワタシ、私、わたし?

 

勤勉たれと何かが囁く。

 

 

「デスが……まだ……まだ……」

 

 

その目線がケイを射抜く。その視線はどこか懇願にも似たような。祈るような必死さがあった。

 

スバルはそこで自身の迂闊さに気づく。

 

ケイに精霊術師の才能があるかどうか、確かめていなかった。言及がなかったため問題ないと思っていた。

 

しかし当の本人は、一切の気負いもなく気怠そうにしている。

 

「あーやっぱり。嫌だな」

 

このところ自分にしか見えない不可視の存在が多すぎである。IBM。あの女。佐藤。追加で怠惰など絶対にお断りだ。

 

ケイは対話鏡を手にして覚悟する。何が嫌か、それはフェリスにマナを預けるという状況がだ。

 

 

「フェリス。適度にだぞ」

 

 

『え〜?ケイきゅんてば冗談のセンス上がった?普通だったら絶対の絶対に嫌だけど、スバルきゅんと違って君はどんだけ無茶しても戻ってくるし楽でいいよネ。これまでの訓練っていざという時にフェリちゃんが躊躇いなくケイきゅんを好き放題できるようにするためだったのかな。流石の伏線ってヤツ?』

 

心の底から楽しそうなフェリスの声。スバルの時は不本意そうであったのにこの落差。絶対にクルシュに報告する。

命を粗末に扱うものを許さないのは治癒術師の常だ。

 

しかし、この一月の異常な訓練にあたってその原則からケイは外れたようだった。

 

こいつは死なない。ならセーフ。

 

自分以外の何かが入ってくる感覚。そして苦しみが始まった。

 

スバルの時と違う点は一つ。フェリスが手加減をしていない。

マナの暴走に近い苦しみがそのまま増大し増え続ける。それはフェリスにとっても初めてのことで…

 

 

 

 

あ、これ今までで一番…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大事な何かが切れた音がしたと思えば、復活して地面に倒れ伏していた。ほとんど記憶がない。

何も覚えていないのに、フラッシュバックで吐いた。何も吐けずに痙攣する。

 

とんでもない醜態を晒したらしく、周囲は血は当たり前として胃液から何から、あらゆる体液が散らされており。過去最悪の起床だった。

 

『ご、ごめんにゃさい?』

 

「やりすぎにも程があるだろ!!二度とするなよ頼むから!ガチドン引きだわまじで。俺のアレってマシだったんだな…」

 

「フェリス。僕は友人として、騎士として、一人の人間として君に伝えなければいけないことがたくさんある。この件が終われば時間をもらうよ」

 

「……」

 

無言のヴィルヘルムが一番怖いようで。対話鏡を逆に向けて向き合うことから逃げやがった。

 

ふっと、場違いな笑みを浮かべながらユリウスは怠惰に近づいていく。

 

拷問を一緒に受けたペテルギウスはというと。

死にかけの体に戻り、そこで白目をむいて痙攣している。意識はもはやないとわかる。

 

 

ユリウスの微笑。これは油断ではない。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「今度こそ、終わりにしよう」

 

表情を引き締め、収めていた騎士剣を抜き放ち再び灯るクラリスタの魔法が刀身を虹色へ染め上げる。

煌めきを軌跡に描く刃は真っ直ぐにペテルギウスへ向かっていく。

 

それと同時に、一台の竜車がその場に到着した。

確かオットーといったか、彼が白煙をあげる魔石の皮袋を抱えてスバルへと抗議を放つ。

 

「ナツキさん!?これどうみてもやばいんですけど!起動状態になってます!なんてもの運ばせてくれてんだこんちくしょう!!」

 

もう少しすれば爆発しそうな火の魔石を、オットーはしっかりスバルまで運びとどける。

 

 

体を引きずる気力もなくもはや命尽きる寸前のペテルギウスは、そのやりとりにも、ユリウスの接近に対してもなんらアクションを起こすことができない。

 

振り上げられる刃に対し、ペテルギウスはもはや涙も流れぬ瞳をぼんやりと向けるだけ――その胸を再度、騎士剣の切っ先が貫き、光の奔流が炸裂する。

 

肉体に宿るマナの集合体――精霊の存在を根こそぎ焼き尽くし、ペテルギウスという存在を世界から消失させる虹の極光。

 

刃が引き抜かれ、血の流れる胸を呆然とペテルギウスは見下ろす。

それから彼は焦点の合わなくなった目を頭上へ向け、天に手を伸ばしたまま、

 

「———が、」

 

影から一本の『見えざる手』が天上に向かって放たれ、それは眩しい太陽に向かってどこまでもどこまでも伸びていく。

しかし、その掌がなにかを掴むことはなく、虚空へ向かっていく掌はやがて絶壁の表面を浅くだけ削り、立ち消えた。

 

スバルもまた、一言も言葉もなくそちらへ向かって足を進める。

足取りは危うく、足場の悪さも相まってひどく遅々とした歩みだったが、怠惰の死体に辿り着いて、スバルは小さく息をついた。

 

感嘆も、達成感も、満足感もなにもない。

ただただ、空虚な感慨だけがぽっかりと胸の中に広がっていくのがわかる。

 

「ユリウス。壁、頼むぜ」

 

勝利や敗北といった概念を、今ここで口にする無粋をスバルは犯さなかった。

ここまでやられて、ここまで言われて油断するようなことは流石にしない。

 

ただ、なにも浮かばない脳裏に過る言葉、それだけを口にする。

 

その一言をもって、この戦いに終止符が打たれる。

 

「ペテルギウス・ロマネコンティ」

 

 

———大罪司教『怠惰』担当ペテルギウス・ロマネコンティ。

 

———最優の騎士ユリウス・ユークリウスと、自称騎士ナツキ・スバル。

 

———クルシュの剣ヴィルヘルム・ヴァン・アストレアと自称書記永井圭。

 

 

 

 

スバルは小さく息を吸い、振りかぶって言った。

同時にケイは口には出さず、ただ想う。

 

 

「———お前、『怠惰』だったな」

 

———コイツは、『勤勉』だったな。

 

 

 

同時にスバルが投げ込んだ、魔石が入った皮袋。怠惰の横でそれが光り輝く。

 

 

音が消えたかのような轟音。衝撃。

 

だがそこにいる者たちに傷はない。

『アル・クラウゼリア』の詠唱で生まれた虹の壁は、破壊の波の一切を後ろに通さない。

 

広大な破壊が森をゆらし、広範囲で鳥が飛び立つ。

破壊の後には嘘のような静寂が森に抜けていった。

 

 

 

 

静かだった森に次々と人の声が響き出す。

討伐隊の面々が集結して、口々に快哉を叫ぶ。今度こそは戦いの終わりを喜ぶことができるのだ。

 

 

 

 

それを聞きながら、ケイは考える。

これが、ナツキ・スバルと敵対したものの末路なのだろうと。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ペテルギウスが怠惰であるものか。あそこまで勤勉に罠を張るものもそういない。

 

 

だが仕方ない。この状況だけ見れば怠惰と呼ばれても仕方ないのだ。

 

まるで今に至るまで何もしなかった者と同じように、鎧袖一触で吹き飛ばされる。周囲にもそのように記憶されるのだ。

 

凄まじく、そしてなんと恐ろしい力だろうか。幾度目かわからぬその戦慄に鳥肌が立っていた。

 

 

 

観察の結果から、ここに一つの結論を立てる。

 

この世界では、スバルとの関係性によって状況が大きく変わる。

敵対してはいけない。中立も良くはない。()()()()()()()()()()()

 

 

 

敵対者は呆気なく破滅し、協力者は生き残る。

どれほどの奮闘が影にあっても、スバル以外の誰にも知られず消えていく。

 

クルシュ陣営のスバルに対する友好に嘘はなく、スバルからの信頼も得ているとは思う。

彼に味方と認識されれば、大きな悲劇は回避できると思っていいだろう。

 

 

『つまらないねぇ。彼だけがプレイヤーじゃあ、こんなのは恋愛シミュレーションだよ。これは、趣味じゃないな』

 

 

退屈に対しては明確な嫌悪を示す佐藤。彼はスバルの能力がお気に召さないらしい。

恐らく一生知る機会などなかったであろう恋愛ゲームとやらの知識を思い出す。

 

この例えは癪だが…なるほど恋愛要素に目を瞑れば確かに似たところがある。

不本意だろうと構うものか。好感度を稼ぐことが目的達成に寄与するならそうするだけだ。

 

 

当然ながらスバルが悪いというわけじゃない。むしろ彼は本当によくやった。

ここに至るまでの過程を想像すればその道のりが並でないことは容易に想像がつく。彼は全力を尽くして最善の結果を引き寄せた。

 

怠惰の討伐が被害も少なく成されるのは良いことだ。

 

彼の血の滲むような苦労を、現状の不自然なまでの都合の良さを。

その全てを誰一人として気づいていない状況が、ケイに何かを感じさせている。

 

 

楽しみにしていた新作ゲームが駄作だった子供のように、佐藤は不貞腐れて何も話さなくなった。

 




【怠惰討伐のリザルトについて】

フェリスの全力によってペテルギウスの精神を破壊することに成功。爆破されそのまま死亡した。

魔女教徒との戦闘も、奇襲と待ち伏せののみを質も量も上回った状態で実行。重症者2名は出たが、死者が出なかった。
これは歴史的に見ても魔女教徒の関わる事件において史上初の事例となる。

スバルからケイに向けられる友情が非常に高い。

ケイがスバルに抱く警戒心は非常に高い。

彼女と佐藤の抱える不満は非常に高い。
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