別室へ移動してから1時間ほど対話を続けただろうか。
すでに日は落ちて、街並みは暗く見通せなくなっている。
しかし貴族の邸宅は魔法によって光の確保がされているようで、特に不便もないようだ。
把握している限りの状況を説明し、ここが自分にとっての異世界であるという点を伝える。
詳細を聞くほどに、妄想の類かという疑いの視線は減っていく。何もかもが違う異世界の話にクルシュ達は聞き入る。
自分の知っている亜人の特徴である不死という性質にも触れることになったが、まだ自身が亜人とは伝えていなかった。
「それで気づくとラインハルト様、剣聖様と呼ぶべきでしょうか。彼に救助されたところにいたのです。そこで怪我を負った時にまるで時間g....」
前回と同じく時間が止まり、あいつの。いやあの女の気配がする。
内臓をひと撫でされ、その違和感と痛みと苦しみに言葉が止まる。
戻ってくると不自然に言葉を切った自分に皆が注目し始めていたところだ。冷や汗をかきつつ状況の把握をする。
これは、口止めだろう。その脅しも自分はある程度無視できる。痛みも苦しみも人より耐性があり、何より死なないのだ。しかしここでいきなり死んで復活は唐突すぎる。不死であることが露見した際にはあの女のことも相談しよう。
「失礼。そこで怪我を負った時にまるで時間が止まったように錯覚したんですが、さすが剣聖様でしたね。一瞬の出来事でした」
「以上が僕の、田中圭のこれまでの話です」
女中が淹れたお茶らしきものを飲み、唇を湿らせるとカルステン公爵が話し出す。
「なるほどな。思ったよりも時間がかかったが、内容も想像以上だ。そして驚いたことに一点を除いて嘘はないようだ。荒唐無稽な話の中にあまりにも嘘が見えずこちらの不調を疑い始めたところだった」
鋭い口調で問いただす様は迷いが見えない、どうやら確信があるようだ。
「さっきから気になっていたのですが、嘘がわかるのですか?」
「ああ、私の特技でな。私は嘘吐きが吹かせる風が見えるのだ」
詩的な表現だ。しかし周囲の反応はそれを事実だと言っている。こちらの世界には魔法があるらしいし、そんな魔法もあるのかもしれない。それに彼らにとってこちらの話を確かめる術があるというのは歓迎すべきだろう。
「嘘がわかると言われて動揺はなし、か。ますます興味深い」
「そういえばすみません、なぜ僕の名前をご存知でいるのでしょう」
真面目な質問だったのだが、相好を崩した様子で笑いかけてくる。
「ふふ。一つ、考え違いを正そう。相手を呼ぶときは敬称として卿と呼ぶことが多いのだ。これも勘違いの一つだな。せっかくだケイと名前で呼ばせてもらおう」
笑みを消してさらに問う。
「そして聞かせてもらえるか。ケイ、なぜ家名については偽名を?」
鋭い視線を投げてきた。唯一の嘘が見事に看破されている。咄嗟についた苗字は偽名であったが、そこの嘘は見破られた。
「必要かはわからないですが、用心です。元の世界では一時期目立っていたので一応。自分のような異世界人がどれくらいいるかわからないので」
「ふむ。それは悪名か?」
「一時はそうですね。でも問題も解決して誤解も解けて、無事名前も変わりました。犯罪者とかじゃあないですよ」
「場所は変わっても誤解で苦労をしているようだ。大瀑布の向こうから来たと言われれば相手の正気を疑うものだが、これまでの明快な説明と論理的な思考は狂人のそれではない。しかしそれでも信じがたい話はいくつかあった。信頼するのは互いにより多くを知り合ってからとなろう」
切り上げる様子で腰を浮かせる。
「それでは剣聖殿が戻るまではフェリスに任せるとしよう」
どうやら優先順位づけが終わったらしい。話としては面白いが、実害も実益も薄いと見ればしっかりと見切りをつけてる。それはそうだ。嘘つきなら関わるだけ損。本当であっても何の影響力も持たない若者に関わるというのは特にメリットもない。
「剣聖というとあの赤い髪の?あの方に身を預けるとどうなるでしょうか」
「ふむ。彼はこの国の近衛騎士団の一員だ。近衛に報告され国が保護する流れだろうな。当然調査もあるだろう」
やはりそうなるか。それは良くない。大きな組織であれば異端や異分子の排除に動くかもしれないし、調査に拷問が使われるかもしれない。何を言おうと嘘がわかるカルステン公爵がいなければ狂人の妄言として処理される可能性が高い。
面倒だからと殺されれば不死がバレて魔女狩りか。
いきなり拉致されたのは許せないが出会う人には恵まれていたらしい。現代日本ですら捕獲され調べ尽くされたのだ。基本的人権の概念があるかすらわからない異世界に温情を期待する方がおかしい。
「提案させてください。よければカルステン公爵様にこのまま保護していただきたいです。その分の仕事はします」
再び椅子に腰掛けて、興味深そうに問う。
「ほう。なぜ国の面倒になりたくないのだ。何かやましい理由でも?その上で私がケイに任せられる仕事とはなんだろうな。こちらの世界のことを知らないのだろう?」
「僕は、亜人です。先ほど説明をした不死という意味での亜人です。だから調査と称して何度も殺されるかもしれない。そしてその後には実験や苦役にあてがわれるかもと危惧しています」
「先ほどの不死の話は実体験であったか。しかしそれは私も同じような事を卿に行うとは考えないのか?当家は医学の発展を望んでいる。薬や術式を試すのに不死の誰かがいればと願ったことがないと?」
嘘をつけ。それならこんな話はせずに確保するものだ。善性がまるで隠せていない。
「ならば利益を提示します。僕は医者を目指していたので異世界のそれもこの世界よりもっと後の時代の医学知識もありますが、これらも嘘を見抜ける人がいなければただの妄言として意味がない。そういう意味でもカルステン公爵様とこのようにお話しできることは幸運でした」
「異世界の、それも未来の知識があり、自らを不死であるというのか」
沈黙が続き、様々に思考しているようだ。やはり決め手は必要だろう。
「これまでの話の内容について、すべては難しいですが一部はすぐに証明できます。一番信じられないのは自分が死なないという点でしょうか?」
「いや、それよりは異世界の話の方が信じがたいが、そうだな。元の世界については証明できるはずもない。その不死であるという主張の証明をもってケイを信頼するとしよう」
いや、工夫をすれば証明はできる。こちらに持ち込んだ物品も少なからずあるわけで、オーバーテクノロジーを見せつついくつかの科学実験を実演すれば証明には足るだろう。
いやまて、物理法則が同じだとなぜ言える?それを確かめないで披露するのは早計だ。すでにこちらの世界でも再現できた内容で交渉すべきだろう。
「死ぬ方法はそうですね。血が出ない方法、できれば苦しくない毒などないですか?」
「フェリスであれば安らかな死を与えることができるはずだ。それで良いか」
「ええ、構いません。今からやりますか?」
間が空いてしまう。なんだろう忙しいのだろうか。そしてフェリスは会話が進むにつれて敵意をあらわにこちらを睨んでいる。何か口を出そうとするが、公爵が手で制して黙らせた。
........
会話が途切れたと確信できる時間が過ぎると、再び話し出す。
「ふう。どうやら本当のようだ。ならばその検証はしない。あなたはすでに客人だ。そのような蛮行を客人になど当家としては行いたくはない。受け答えに嘘がないことで証明とする。試すような真似をした。重ねての非礼を許してほしい」
「まぁ積極的に死にたくはないので自分としては助かりますが…」
「ところで聞かせてほしい。ケイは何を望むのだ」
確かに聞かれるままに経緯や身の上を話し合たがこれからの意思を伝えていなかった。
問われて考える。まずは帰還だろう。しかしこの世界の魔法や加護というものが持ち帰れるならぜひ欲しい。
「そうですね。具体的な展望はないですが、元の世界に帰りたいです。やりたいことがあるので」
「そうか。不本意な移動であったと言っていたな。やりたいことはどんなことか聞いても?」
「医者になりたいんです。妹の病気を治すために。それだけですよ」
先ほどから敵愾心を向けてきたフェリスが意外な顔をして驚く。
「にゃんだか意外〜情に厚いようには見えなかったけど」
「強い決意、良い目だ。その志に敬意を。私も可能な限り協力できれば良いのだが、当家は多忙を極めていてな。いくつかある近々の用の合間や解決ののちに協力をするということで非礼への贖罪とさせてもらうのはどうだろうか」
「ありがとうございます。ただ、そうですね。死なないだけのただの人間ですが、何か協力できることがあればお声かけください。自分も魔法には興味があります」
「決まりだな。ケイ。当家は貴方を歓迎しよう」
交わされた手を握り、関係を結ぶ。
「あ〜!会ってすぐにクルシュ様の御手を取るなんてケイきゅんったらえっちなんだ〜」
ちなみにここまでの対話の間に、フェリスが絡んで話が逸れることは無数にあった。その度に主従漫才のようなやり取りもしていたが、それらは努めて無視している。正直ヴィルヘルムさんと公爵だけで話したい。
永井圭はフェリックス・アーガイルが苦手だ。
【永井圭が解決した問題について】
入間基地襲撃及び公官庁連続テロ事件。
亜人佐藤率いるのテログループが基地を襲撃し総理大臣を殺害、その上で主要公官庁へ戦闘機による自爆特攻を繰り返した未曾有のテロ事件。500名以上の自衛隊員が殺害され一般市民の被害も数百名にのぼった。首魁の佐藤は拘束され無力化。事件解決となったがその手法や被害規模など謎が多く残されている。佐藤と敵対し市民を守った亜人がいるとも噂される。