今後の投稿予定について説明しておきます。
聖域の邂逅編 毎日投稿←イマココ!
〜非公開〜編 毎日投稿
間章 週2,3投稿
水門都市前編 アニメ前半終わりから毎日投稿
間章 週1,2投稿
水門都市後編 アニメ後半終わりから毎日投稿
あくまで予定ですが、こんな感じです。
アニメ3期のネタバレはこの作品でしたくないのでお待ちください。
クルシュとの再契約をする少し前、ケイは空いた時間を使ってすべきことをしに行った。
お礼参りだ。
向かうはプリシラの屋敷。事前にアポは取ってある。
そこで行うべきは、感謝と若干の軌道修正。あわよくば相談をしたい。
今回は本を読んでの出迎えではなく、プリシラが高みから見下ろして待っていた。
「よく来た物書きよ。して、妾の元にはまだ貢物が届いておらぬがこの不備について説明せよ。遅れの利子は高くつくぞ。貴様の全てでも捧げに来たか?であれば殊勝な心掛けである」
独特な物言いに理解が一瞬遅れるが、これは勧誘を受けていると取っても良さそうだ。かなり気に入ってもらっている様子である。
「ありがとうございます。今少し陣営が慌ただしくしてまして、これ以上何かあればお伺いする時間すら取れないところでした。プリシラ様のおかげで生きて帰れたものは多い。本当にありがとうございました。今後も定期的に知識などを話しにくることができそうです」
そう、気に入ってもらえているのが問題だ。彼女の力が実際にあると仮定すれば、気に入られるのは良いことのはずだが、気に入られすぎれば別の弊害が生まれる。
実際にはご利益を期待していなかったのだろう。うまく行った場合のリスクを僕は想像できていなかった。
プリシラがもし僕を引き抜きたいと思えば、クルシュに不幸が及ぶかもしれない。
僕はどうも、うまくいくことについての想像が足りていないらしい。
「ただ、先ほどの質問への返事はいいえ、です。代わりになるかはわかりませんが、こちらをどうぞ」
アルが受け取り、プリシラへ献上するのは異世界の本。
ここに飛ばされる際に持っていた参考書の一つだ。
「感謝にきた分際で妾からの言葉を蹴るとは豪胆よ。どれ、退屈なものであれば許さぬが一度見てやろう」
世界史の参考書である。僕はすでに全て覚えているので問題ない。
図書館には申し訳ないが献上することにした。
「ふむ。一つも読めぬが精巧な絵と恐ろしいほど小さく正確な文字。そしてこの妾が触ったこともないほど滑らかで薄い紙。確かにこれは異世界の本であろうな。その希少さは計り知れぬ。アルならこれを読めると?」
「ええ、そのはずです」
「まじか、確かに読めはするだろうがこれ大学受験レベルの世界史じゃん。解説は無理だかんな姫さん。ていうかなんかやけにレベル高くね?漢字も読めないかもしれねぇわ」
「アルよ。試しにこれとこれを読んでみよ」
『羈縻政策』『坤輿万国全図』の二つが指定された。
「…なんでそんなピンポイントで読めないやつ指せるのかの方が謎だぜ。漢字は得意だった気がしてたんだけど自信無くすわぁ…」
ケイが覗き込み、それを答える。
「
「こと知識において貴様はどうやら、不敬を働くことはなさそうじゃな。良い。気に入った。遅れた不敬を許す。そして誉めてやろうではないか。あの大炎は妾好みの余興であった。今後も励むようにせよ」
ご機嫌のようだ。あんな戦いは二度とごめんだが。
そして先日話しかけていた太陽についての知識や毒についての話を伝える。
これは多くのものにとって意外であろうが、非常に大人しく聞きに徹して随所に質問を的確に挟む姿は、非常に良い生徒であった。
「面白い。貴様の淡々とした色気のない語りであっても、内容がここまで趣深く愉悦に満ちたものであれば聞けるものじゃ。世界の真理に肉薄するため、遠い天を眺める者もいれば。そこらの石塊を極限まで覗く者もいるとくる。逆の道程を進み、いずれもその原子とやらにたどり着くとは真理とはこうでなくては」
扇子で口元を隠しているが、大きく弧を描いていることは目元を見ればわかる。
「おいおいケイ君よぉ。わかんねえと思うが、ここまで上機嫌の姫さんなんてそうそうない。超レアだぜほんとに」
この流れなら相談もいけそうだ。
「であれば、一つ。相談させていただいても?」
「ほう。妾は今気分が良い。『あげ』というやつじゃ。つまらぬ話で高揚を沈めることのないようにせよ」
「ちょっと自分ではわからないことがありまして、プリシラ様のお知恵を拝借したく」
この相談をしたかった。
それはレムについてである。
さらに言えばレムを失ったスバルの力について、腑に落ちないところがある。
しかし考えてもわからなかった。恐らくだが自分の苦手分野だろうという感じはある。
答えられそうな人物は周りにも多い。しかし、この内容は相手に問答無用の死をもたらす可能性すらある劇薬だ。
相談に答えられる死にそうにない人物。かつ最悪死んでもいい奴なんていないと思っていた。
だがここにいた。
「ほう。貴様に解けない謎か。語って聞かせよ。妾が片手間に解いてやる」
「事実をベースにしているので、もしかしたらご迷惑がかかるかもしれないんですがいいですか?」
鷹揚に頷き、続きを促される。まさか迷惑が死とは思っていないだろうが一応許しは得た。
死んだらまぁ申し訳ないが、王選候補者が絞られるのでよしとする。
「ある男の話です。その男の経歴と目的は…」
「まて、無粋であるぞ。語って聞かせよと言ったが聞こえなかったか。妾が貴様を物書きと呼んだのだ。それ相応の語りでもって聞かせよ。どうせできるのであろう」
まぁ、ご所望とあらば遠回りに無駄な肉付けをしておこうか。
あるところに、普通の男がいました。これといった特技はないけれど、善良な心の持ち主です。
ある日、男は貴族の令嬢と出会いました。話してみると彼女は理不尽に虐げられ、家督争いにすら参加できなかったそうです。
それを見兼ねた男は彼女のために尽力します。
しかし、何一つうまくいきません。それもそのはず。男は普通の平民でした。
貴族の争いなどわからず令嬢の邪魔ばかりしてしまいます。
アルはそこで、あれれと疑問を持つ。これまでの内容はどうにもあのエミリアとスバルの関係が頭に浮かんでいたが、どうやら違ったらしい。
兄弟は今や英雄。白鯨を落とし怠惰を討った功労者。邪魔ばかりというのは全く当てはまらない。
ちなみにプリシラはエミリアのこともスバルのことも一切覚えていないらしく、真新しい話のように聞いている。
賢い顔で頷くうちの姫さん。マジでピュアすぎんよ。
「アル。妾の茶杯が乾いておるのに何を呆然としておるか。妾の美貌に見惚れることは日に3度までと言うておろう。道化としての務めを果たせ」
そう言われ、へいへい。とお茶を入れる。下手なものを出せば蹴りが飛んでくるため極度の集中が求められる仕事だ。
はっきり言って戦闘などよりよほど緊張する。
トポトポと茶を注ぐ音の中、語りは続く。
しかし彼が失敗をしかけるたびに、なぜかそれが成功したことになって世間に褒められます。
実は影から支援していた権力者がいたのです。その人は権力で手を回し、あらゆる問題を排除していきました。
なぜか隠れる権力者を男ははっきりとは把握できませんが、その影響を学習し自分のためにも彼女のためにも使って働きます。
そのうち仲間もでき始めました。するとある日、また失敗をしてしまいました。
仲間の一人が冤罪で投獄されてしまったのです。男はきっとなんとかなると思いましたが、一向に助けられません。
かつては実際に罪を犯したものすら助けてくれたのに。そのまま、その仲間は死んでしまいました。
その後も男は力を使って彼女を助け続けましたとさ。
おしまい。
「おしまいかよ!後味最悪っつかオチなくね?俺がお茶に夢中で聞いてなかっただけ?」
「いや、面白い話じゃなくてわからない話って言ったじゃないですか」
「ふむ。物書きよ。本当に貴様、今の話が理解できないと?まさに自明な話ではないか。謎自体はつまらぬものだが、その様子は一興であるな」
「全くわかりません。教えてください」
あっけらかんと答えるケイに、プリシラは少しだけ戸惑うような逡巡を見せた。
その表情は初めて見るものだった。
「不相応な無垢さを見せるな。妾であってもそのような珍妙な生き物にかける言葉は持たぬ」
理解できないことが理解できぬと苦言を呈されたが本当にわからない。
「俺は何がわかんないのかもわからねぇよ。今の話に謎なんてあったか?」
「ええ。問題は、なぜ影の権力者はその力を使って男の仲間を助けなかったのかです。散々男を助けてきたのに、なぜ見限ったのかがわからない」
「確かに。そう言われたら意味わかんねぇな。なんか気まぐれだったりして?」
はぁーと大仰なため息でその二人の混迷を吹き飛ばす。
「貴様ら大の男が揃いも揃ってその見解とは嘆かわしい。異世界とやらは皆学校で学ぶと聞き感心しておったが、その底が知れるというもの。知識ばかりを詰め込みでもしたのか」
情緒を介さぬ男どもめと。吐き捨てる。
「ふん。まぁ答えてやるのも王たる妾の器量か。順にその話の語られぬ部分を言い当ててやろう。もし違えば正せ。そうでなければ黙って聞くが良い」
畳んだ扇子をビシッと向けられ、回答が始まる。
「まずはその権力者じゃが、これは女であるな」
ケイは黙って聞いている。
「そして令嬢と権力者。これは何かの縁を感じる、大方隠し子あたりであろうよ。権力者が支援をするのは自らを強く重ねているためであろうて。または令嬢が権力を持つことが権力者に取って利益となる。その両方も考え得るな」
ただケイは耳を傾ける。
「極めつけに、仲間というのは女であるな。そして男を憎からず想っておる。貴様らのような愚物のために直接的な物言いをしてやれば、女からの懸想があったのだろう」
最後まで邪魔が入らない。
「では答えを述べてやろう。なぜ、権力者たる女は仲間の女を助けなかったのか」
「明白である。答えは『嫉妬』じゃ」
珍しくもない、ありふれた話よ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
プリシラの元から戻り陣営での話し合いを済ませた後、ケイは一人考える。
人にはそれぞれ、得意な対話の方法というものがある。
多くは言葉で対話を行うが、それでも文字でする方が得意な人、話すのが得意な人に分かれるものだ。
そして眼前の剣鬼とまで呼ばれた人物は、そういう意味でとびきりの難物であった。
何せ最適な対話の方法が戦闘なのだ。どういう精神構造をすればこんな人間が仕上がるというのか。
だがまぁ、言葉で話しても伝わらないなら仕方ない。別の方法を試すだけだ。
フェリスに逃げられ、クルシュと再び契約を結んだのちに。ヴィルヘルムとも話した。
しかしながら、どうにも伝わらなかった。言葉は理解してもらっているのだが、響いていないというか、端的に言えば行動が変わっていない。
まるでラインハルトを見ているようだと、血筋を感じて感心する。
なのでまずは
多少時間がかかるため、カルステン家が行うべき事務作業を片付けつつ、IBMに命令をして別の作業をさせた。
このあとしばらくここから離れるためできる限りを全て行っておく必要がある。
カリカリと、書類を作成する音だけが執務室に響く。
以前ならこれをするのはクルシュで、それを横でケイが補助し、フェリスが賑やかしを行う。
それを諌めるヴィルヘルムという役割がしっくりきていたものだが今ではこの有様だ。
仕事自体は一人でやった方が早く済んでいる。この世界の文官が見ればいくら払ってでも欲するであろう驚異的な速度で処理される。
聞かれれば否定するだろう。しかしケイは、一人でこなす仕事にあまり集中できていなかった。
翌朝というにはまだ暗い時分に、ヴィルヘルムが現れる。
そこはケイとスバルが訓練を受けていた中庭だ。そこに以前になかったものが作られている。
土で形どっただけだが、たしかに土俵だ。
まだ暗い中、なぜこんなところにこんなものを?ヴィルヘルムはその円の意味を知らない。
夜の間はずっと執務室にいたのではないかと思い返すが、そういえば怠惰との戦いで起こった不可思議な現象を思い出した。
不可視の何者かの気配を感じたと思えば、怠惰が吹き飛びその福音を奪い取っていた。あれは一体何だろうかと思ったが、こんな土木作業じみたこともこなせるらしい。
「ケイ殿、一体これは?」
「これは故郷の神事に使われる勝負事。その形式を真似たものです。ちょうど良かったので」
「昨晩言いましたね。集中して欲しいと、僕はしばらくここを離れる。しっかりしてくれないと困ります」
ヴィルヘルムは困惑したままだ。
「ええ、この胸にしかと言葉を刻ませていただきました。非才で未だ及ばぬことばかりですが、全力でこの難事に当たりたいと思っております。明日剣をクルシュ様に再び捧げてそれを証とします」
やはり変わっていない。言葉は不要か…
「そこに立ってください。合図と同時に戦いを始めます。相手より先にこの枠をでたら負け。 相手より先に、足の裏以外の体の一部が地面についたら負けです。わかりましたか?」
「ええ、それはいいのですが。先ほどの話と繋がりがみえず…」
「僕が勝ったら、その剣をカルステン家に捧げてもらいます。全権代理ですからね、今僕はそれを受けることができる。あなたが勝てば、自分で納得のいく人に自由に剣を捧げてください」
「明日、まさにそうすると申したのですが、一体何が?この老骨は複雑な物事は分かりません。切るだけしか能がない。どうか教えていただきたい」
「教えるので、そこに立ってください」
この剣士は、頭で考え始めると途端に一般人に成り下がってしまう。
「ちなみに、僕は勝てると思いますか?」
困惑しつつ仕切り線の前に立つ。
剣鬼は考える。流石に負けの目はない。あの不可視の何かを踏まえても、帯剣しておいて丸腰のケイに負ける道理は…
はっけよい
のこった
心の中で呟き、勝手に戦いを始める。どうせ剣鬼に合図など言葉で言う必要はない。戦意が合図である。
奇襲は卑怯であるなど言い出せばいよいよフェリスに頭を診てもらう必要がある。
すでにヴィルヘルムはこちらの一手にハマっている。言葉で先制し、速攻をさせない状況を仕上げた。
小細工をする敵の話は聞いてはいけないと以前に教えたのに、やはり鈍っている。
戸惑いからようやく切り替わったところで、受けの姿勢でこちらを待つ。
IBMを目の前に出すと、剣鬼は見えぬはずのそれを感じるように警戒。
ケイ本人は間髪入れず、地面に仕込んでいた紐を引っ張り、道具を引き出す。
調子が悪いとしても、その致命的な隙をヴィルヘルムが見逃すはずがない。IBMごと切ろうと踏み込む。
なので、踏み込む位置の地面に消えてもらう。地面が何の前触れもなく大きく陥没。
踏み込む足がいきなり50cm以上沈み込み、さすがの剣鬼も体勢を崩した。
まず一手。先ほど出したIBMで殴りつける。この剣士は、当たり前のように透明な一撃を防ぐ。
とはいえ崩れた体勢の上で咄嗟に不可視の一撃を防いだため余裕はない。普通ならここで終わっているが当然のようにいなされる。
道具袋から取り出し、握り込んだ小さな魔石の粒を一気に投げる。散弾の如く広がる火の魔石を、剣圧で防ぎ切り飛ばされた。
ケイが何かを口に入れて、左手をこちらに向ける。
「フーラ!!」
魔法は撃てないはず、しかしその謎解きはせずに剣鬼は全力で横に避ける。穴で足がとられているが脱出は問題ない。
すると、ケイからは何も起きない。
謀られたか。ならば攻める。
「う ご く な」
マナの波動は一切感じ取れなかった。
体が動かない。なんだこの魔法は?呪術か?
そして右から不可視の人影が迫る気配。左からは魔石の第二投。
完成された殺意がヴィルヘルムの喉元に迫る。
その刹那。剣鬼の思考が加速する。
ヴィルヘルムは心打たれていた。
この一連の美しい殺意に。詰みを目指す無駄のなさに、刃のような輝きを見た。
今の一瞬でどれほどの攻めを受けただろうか。全身全霊で相手を打倒するその姿勢に心震える。
ヴィルヘルムは剣を交わせば相手の心がわかる。実際に剣と剣を打ち合わせる必要はない。
ケイは言っていた。しっかりしろと。お前は鈍っているぞと。まさか自分に詰まされるなどあるまいなと。
随分と高く見積もられたものだ。この攻めを初見でしのぎ切るのは、達人であっても一部の者たちを除けば難しいだろう。
しかしそこまでの期待と信頼を寄せてもらえるのであれば、私は恥じない姿を見せなくては。
カルステン家の剣は、安くないと。そう示さねばならない。
この不可視の何かを切らねば負ける。ならば切ろう。
散らばった魔石の散弾を全て落とさねば負ける。ならば切ろう。
主への心配を。捧げた剣の行方を。肝心な時に無力な後悔を。敵への怒りを。先までの感動を。
そして開いた傷の痛みを。捨てる。
その全てを捨てる。人であることをやめて再びカルステン家の剣となろう。
体が動いた。
瞬間。幾度剣閃が走ったか自分でもわからない。
不可視の何かを細切れに。迫る無軌道な魔石を全て断ち切って、一歩も引かずにその場で残心する。
「参りました」
仕込んだ策を全て切り伏せられた。深いため息と共にケイは降参した。
正直勝てると思っていたので悔しい。この剣士は異常だ。
「いえ、それはこちらの言葉でしょう」
ヴィルヘルム・ヴァン・アストレアは、勝利した身で降参を表した相手に跪く。
「この身はカルステン家へ捧げた一振りの剣。クルシュ様に剣を受け取っていただくまでは、ケイ殿を一時の名代として忠誠を捧げます」
「それは、良かった。次があったらどうすべきかわかりますよね?」
「ええ、何も考えず何もさせず、全てを刹那で切り捨てます」
カルステン家の刃は、ここに打ち直された。
「あと、何か言うことがありますよね?」
「ええ、機を見て言い出そうと迷っていたことが愚かでした。失礼します」
自分の上着を脱いで袖をまくった。そうしてまくりあげられた袖の下、左腕の肩付近に包帯が巻かれている。そこには今も傷が残っているのか、じっとりと内側から染み出す血で赤く染まりつつあるのがわかった。
「この古傷が開きました。この傷は治りません。相手に治癒することのない傷を与える、『死神の加護』を帯びた斬撃の結果です故」
『死神の加護』白鯨調査の際に知った加護だ。当然把握している。
「『死神の加護』の傷は、加護を受けたものが相手の傍にいればいるほどにその効力を増す。傷を負わせた相手に近づけば、塞がった傷も再び開く、そういう傷です」
「私にこの左肩の傷を与えたのは、先代剣聖」
彼はケイを見る瞳に、凍てつくほどに冷え切った感情を灯しながら、言う。
「テレシア・ヴァン・アストレア。我が妻の剣傷が開いた。――私はそれを確かめるために、魔女教に関わり続けなければならないのです」
いくつかの対話の後、ヴィルヘルムが思わずと問いかける。
「ところで、不可解な攻撃の数々。あれの種明かしはされないおつもりですか?はっきり言って、どんな武芸者であっても遅れをとるほどの連撃でした」
「地面の陥没は秘密です。言えるのは、そうですね。僕には透明な協力者がいまして、それに色々と手伝ってもらっています。これは誰にも言わずにおいてください」
IBMでこれから色々とすべきことがある。嘘や誤魔化しが下手なヴィルヘルムにはあまり情報を伝えるべきではない。
剣鬼を経由してクルシュに伝われば、面倒なことが起こる。
地面の仕掛けは、IBMの特性を利用したものだ。
実はIBMは複数体を一度に出せる。特別な才能があれば同時に動かせるようだが、僕にはその才能はなかった。
複数を出しても木偶の坊になってしまう。
しかし、ただ出すことはできる。
だからIBMを二体分、地面に埋めておいた。最後に埋めるのは自分の手で行わねばならなかったのは苦労したが。
そして牽制として動かせないIBMを追加で出すだけ出して、道具を引き出したというわけだ。
その隙を突いた相手の踏み込み。それに合わせて埋めたIBMを消失させる。空洞がいきなり生まれるというわけだ。一体に戻ればIBMは制御できるため、足場を失った相手を強襲。ここで決まるかもという思いもあった。
体勢を崩した状態で不可視の一撃だ。それを相撲のルールに則って凌ぐなど、やはり剣鬼の戦闘技術は常軌を逸している。
ダメおしに火の魔石を散弾のように、と言うには遅すぎるか。かんしゃく玉のように投げつけたがまさか全て撃墜されるとは。
ならばと亜人の叫びを初めて使って、その二つの挟撃まで試したが、同じく全て斬られた。やってられない。あらゆる工夫をただ斬るだけで対応できるのは意味不明だ。普通に腹が立つ。
大体の仕掛けはこんなものだった。
試合に負けて、勝負に勝ったということにするが。理不尽に力任せで作戦を上回られるのは、佐藤の抜け穴をつく行動よりも嫌なことだと知った。
飽きて投げられるのは格別ではあるが。
中庭に、無惨に陥没し、焦げた土俵だけが残る。
やがて顔を見せた太陽に照らされる激戦の跡。
翌日、その惨状を使用人にブチギレられて説教を受けた二人であった。
聖域(サンクチュアリ)編、終幕
プリシラのとこもケイにとっては聖域と言えなくもない
【亜人の叫びについて】
亜人は独特の声を発することができる。その声を近くで聞いた人間は「蛇に睨まれた蛙」のように体が硬直してしまう。声を発した亜人と親しい人間や、声を発した亜人のことを亜人と気づいていない者には効果が薄まることもある。耳栓などで耳を塞いでいれば、体の動きを止められることはない。
体の動きが止まってしまう理由としては、防衛本能として生ずる筋肉の緊張状態で動けなくなる「擬似反射」として厚生労働省の亜人管理委員会の間では結論が付けられている。
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