亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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本日二話目です。


【FILE:33】強欲の魔女

彼女が一歩近づくたびに吐き気を催す。

けれどここは現実じゃない、嘔吐感はともかく胃の中に吐瀉物があるなんてただの思い込みだ。

こんなの必要ないだろ。

 

胃液しか出なくなった。胃液がないことは想像できないので仕方ない。

 

「驚いたね。君は理性がとてつもなく強いみたいだ。そう考えて実際に深層心理にまで影響をさせるなんて興味深い。自分を騙す嘘が得意なのかな?」

 

語りながら近づいてくるが、敵意はなさそうに見える。だが、この症状は一体なんだ?

 

「本能的には拒否感があるのに理性でこちらを見続けているね。それに、慣れるのもずいぶん早いじゃないか。辛いことに耐えるような経験でも?」

 

えづくだけで済むようになってきた。その女はしきりに質問しつつ近づいて目の前までやってきた。

 

「失礼しました。あなたは誰ですか?」

 

その吐き気を催す女は美しかった。

雪を映したように儚げな純白の長髪に、理知的な輝きを灯す双眸。身にまとう簡素な衣装のみが喪服のように漆黒で、二色で表現できてしまうほど端的なまでの美しさで飾りつけている。

 

「失礼したのはこちらだろうに。あの母君あってこの子ありということかな」

 

「君の思考能力は異常だよ。そして、そんな思考能力によって再現された母君は君よりもおかしい。彼女もまた規格外の精神性を持っているね。あの一瞬であんな所まで思考を回されるなんて驚いた」

 

「ああ、すまない。質問に答えていなかったな。ボクはエキドナ。『強欲の魔女』と言った方が通りが良いかな」

 

嫉妬の魔女がいるなら強欲だっていると思っていたが、これがそうらしい。

まず最初に聞くべきことを聞かなくては。

 

「ここにいるのは、我々二人だけですか?」

 

「次の質問がそれとはやはり驚愕だ。けれど私の言うことが信じられるのかい?なんたってボクは魔女。わるーい魔法使いなんだぜ?」

 

「別に信じませんけど、何と答えるのかは興味があります。毎回質問に真っ直ぐには答えない人という事しか今のところわかってませんが、実際どうなんですか?」

 

他に人はいるのか?と問いかける。

 

「今ここにいるのはボクたち二人だけさ。増やすこともできなくはないが。他の魔女の方がよかったかな?それならボクは傷心で暫く立ち直れないかもしれないよ」

 

その答えに、疑問が表出する。

 

「それって本当ですか?」

「それって本当かなぁ?」

 

沈黙が広がる。

魔女が目を見開いて驚愕し、喜んでいるように見える。

 

「や、永井くん」

 

フレンドリーにあまりに気軽に声をかける男がいる。いつものハンチング帽をかぶって感情の見えない眼差しをこちらに向ける。否、感情ならわかる。彼は純粋に楽しんでいるのだ。掛け値なしに悪意もなしに再会を喜んでいる。感情が薄いこいつにしては珍しい歓喜だ。

 

来ちゃった。じゃねぇ。やめろ本当に。

 

二度と会いたくない奴が、そこにいた。

 

「誓ってボクは二人だと思っていたんだけれどね。原理的に君以外がここに存在することは難しい。どうやって、いやそれはいい」

 

「君は、君らは一体どんな関係なのかな?ボクはとても、とても知りたいと心から願うよ」

 

「顔見知りです」

「友達だよ」

 

「なぜ二人が混ざっているのかを聞きたいと思ったんだけどね。すぐに慣れたケイ君も普通とは言えないが、君に至ってはボクを見ても一切嫌悪感すら感じないようだね。つくづく珍しいよ」

 

はは、どうも。と愛想よく挨拶をする佐藤。

 

「ああ、そうか。君は元から壊れているんだね。そして自身の欲求にとても率直だ。我々に非常に近いと言えるだろう。魔女因子の適合についてケイ君には才能がないと思って安心していたけど、こちらの佐藤さんには大いにありそうだ」

 

魔女因子。何やら新たな言葉が出てきたようだった。

 

「そこで、よければ私からの提案を聞きたくないかい」

 

「聞くだけならいくらでも」

 

「君が魔女因子を取り込まないよう。そのための予防措置を施してあげても構わない。今なら対価はこの対話を口外しないということだけだ」

 

「魔女因子とはなんですか?」

 

「この世界の根幹と対をなすもの。適合者に与えられる権限。様々な呼び方は可能だが、わからないだろうね。そうだな。もし適合してしまったら狂ったり性格が変わったりしてしまうことがある厄介な憑き物。とでも言おうかな」

 

「では、お断りします。あなたが何かを差し出すというのなら、その措置を受け入れるか検討しますがいかがですか?」

 

「おや驚いた。親切心をここまで無碍にされるとは。ボクは悲しいよ。君は、強欲の魔女が自ら施しを提案するということの意味を知らないようだ。この想いが伝わらないなんて一人の女として自信を失うよ」

 

「その手の駆け引きには興味ありません。あなたから提案したという時点で、こちらのメリットの話ではない。このままならあなたにデメリットがあるんでしょう。強欲の魔女が施しをするなんてそれだけで矛盾している。あなたの損を回避するのに協力してあげようという僕の優しさがわかりませんか?」

 

魔女は目を細めてこちらを見ている。これまでの芝居がかった振る舞いをやめたようだった。まるで、人のふりをするのをやめたような視線。

こっちの方が話しやすそうだ。

 

「人の優しさなど最初から一切、心から信じていないようだね。確かに君との対話においては無駄を省いた方が良さそうだ。ならば封印措置を受ける代わりに君は何を要求するのかな。とても気になるね」

 

白鯨と怠惰討伐から気になっていたことを聞いてみようか。実利もあり確かめられる事柄、あってもなくても問題はないもの。

 

「そうですね、僕が契約可能な精霊の所在とその契約方法を教えてください。意思疎通ができること、実現可能であることが条件でお願いします。その情報の有効さ、精霊の有力さに応じてあなたの要求にどれほど真剣に応えるかを選ばせてもらいます」

 

「まさかボクが役に立たない情報を渡すとでも?そして要求が二つになっているよ。強欲の魔女を差し置いてそんな提案をするなんてね」

 

佐藤は周辺をひと歩きしてきたようだった。魔女が最初に腰掛けていた机と椅子。ティーセットなどを面白そうに眺めている。

 

「そうだな。こうしようか。契約方法と居場所、その両方を教える代わりの要求だ。因子を弾く措置を受けたらこの対話が終わり次第、即刻聖域から立ち去ってくれるかな。正直に白状するよ。君は興味深いが、ボクにとっては脅威にもなるかもしれない」

 

「ええ。構いません。交渉は成立ですね」

 

手を出されたので、同意の意味を込めて握り返す。

握手をしただけで、措置は終わったらしい。

 

「これはただの雑談ですが、一応さっきの体験が何だったのか聞いても?」

 

「ああ、先ほどのは試練だよ。そして君はそれを突破した。おめでとう。どんなに後悔があっても一歩も引かない君にはあまりに簡単すぎたようだね」

 

「突破したならどうなるんです」

 

「試練は三つある。それが突破されれば聖域は解放される。しかし、ボクは君たちから試験の資格を剥奪しようと思っているよ。なぜか君たちには資格があるようだが、それもおかしな話なんだ。人であって人ならざる亜人、それも混ざりモノしかここには入れないはず。まぁここから出るなら関係ないけどね。これはボクが一人で謎解きをするとしよう」

 

さて、と話題を切り上げてこちらを眺める。

 

「ここから目覚めたら約束に従い、可能な限り早くこの聖域から離れて欲しい。そして君とナツキ・スバルとの接触は禁止させてもらおうかな。ナツキ・スバルが聖域にいるまででいい」

 

「接触禁止は新たな願いですね、対価を要求しても?」

 

「ああ、そうだね。何なりと、求めるがいいよ」

 

ニッコリと笑う。強欲の魔女の口は大きな弧を描いて凄惨に笑っている。

 

「ではこちらは安全を要求します」

 

「君に危害を加えると思われているなんて心外だよ。ずっと親身に話していたというのに。貴重な対価をそんなことに使ってしまっても良いのだね。ボクは歓迎だが」

 

余裕そうな態度は、ケイが放った次の言葉でかき消されることになる。

 

「あなたの想像できる限りで、あなたや第三者の行動が、僕の心身、記憶、感情、経済、社会的立場などに少しでも悪影響を及ぼす可能性がある場合、それを助長し得るあらゆる行動を取らないでください。悪影響が予測できた場合と何もしなければ悪影響が起こる場合は、事前にその全ての詳細を説明し、僕から明確な許可を得てください」

 

「これが要求する安全です。いいですか?」

 

「おやおやおや。君はもしかして法律でも学んでいたのかな。そこまで抜け目のない文言で、まだしてもいないことを釘刺されるなんてね」

 

ため息をついて、降参ですと言わんばかりの態度で言葉を続ける。

 

「いいだろう。ボクは君のような稀有な存在は健やかに様々な事象を起こし続けて欲しいと切に願っている。君に危害を加えたいと思っていないということは、ボクの強欲、好奇心にかけて誓おう。君に危険があれば助言し、ボクの力の限り手助けするとも誓う。これで満足かな?」

 

「いい加減にしてください。きっと他の人なら信じるんでしょうけどね。僕はそんな優しい言葉を信じるほど驕ってはいません。あなたの返答は穴だらけだ。先ほどの僕の質問にはい。かいいえ。でお答えください」

 

無表情なのにニヤリと笑う。そんな矛盾した様相の魔女は楽しそうに答える。

 

「はい。君の言った通りにしよう。互いに約束を守ろうじゃないか」

 

「ところで先ほど魔女と言っていましたね。本当なら過去に存在したのは確か400年近く前。あなたの知識は今の世の中に通用するものなのでしょうか。すでにいない精霊の情報を渡されるなら、それに応じてあなたの要求に対する対応もさせてもらいますが」

 

「安心して欲しい。ボクにはこれがあるんだ。『叡智の書』と呼ばれたこの本は、この世界の過去と未来も含むあらゆる事実が記される。なんでも知ることができる」

 

スバルの次はこれか。

反則だらけだこの世界は。

 

「本当ならすごいですね。ではこの会話もすでに知っている?」

 

「ボクは知りたいのさ。知っていたいのとは違う。これを唾棄すべき権能であると認識しているよ。だってボクは、この世の全てを知りたいと欲する強欲の魔女、エキドナだからね」

 

まただ。真実を隠すのはきっとこの女の癖なのだろう。この言い方では使っていないとは受け取れない。

だがその分、嘘はつかないのだろう。どんな加護や魔法で嘘が見抜かれるかわからない状況で嘘はつかないと決めた自分と同じだろうか。

 

そして言葉の言い回しから気づいたことがある。

 

もしかして、それに記述されるのはこの世界の要素だけなのではないだろうか。()()()()()と言っていたからには、異世界からの異物は記述にないのでは?

 

全てを知っているならここに招くどころか、何一つとして行動をする必要なんてない。というか全知であるならその時点で全てが終わりだ。全てを知りたいという目的達成である。

 

こいつの興味は、その本に書いてあること以外だけにあるのではないか。

そういえば、荒地のホーシンと呼ばれた偉人も異世界人らしき足跡をこの世界に残していたか。確かホーシンの活躍も400年ほど前であった。ここも一致する。

 

現時点で見つけたその片鱗は、ホーシン。スバル。アル。そして自分。

この中で存命かつ強欲の魔女の知識欲を満たせるものといえば間違いなく一人だ。

 

もし、そうだとしたら?

 

「君はすでに魔女因子を弾く措置は受けている。仮に情報が役立たずだったとして、どんな風に対応するつもりかな。魔女因子を進んで収集でもしてみるかい?」

 

「そうですね。得体の知れないものと同居するのは間に合ってますから…」

 

いいことを思いついた。少し意地の悪い笑みが浮かぶ。

 

「ナツキ・スバルにあなたを警戒するように伝えましょうか?僕は彼の力を想像できていて、それは彼も気づいている。そこそこの信頼を得ていますから」

 

ここにきて魔女に起こった最大の変化。完全な無表情である。

それは敵意の表れであり、本心でもあるようだった。

 

自称強欲が、怒ってどうする。

 

えっくしょい!

 

沈黙が続くが、佐藤のくしゃみの音で破られる。いつの間にかパラソルの下でお茶を楽しんでいるらしい。

 

 

「ボクを脅迫するのかい?それはまた素晴らしく予想を超えた行動だ。心から愛おしいよ」

 

愛を囁く割にはこれまでで一番の無表情。先ほど人のふりをするのをやめたようだと感じたが、それは撤回しよう。

今の様子こそ人間ではないと断言できる。だからどうしたという話ではあるが。

 

「いいえ。これは取引です。僕はあなたの欲しいものと、して欲しくない事を知っている。そして僕にも欲しいものがある。単純に有用な情報を渡してくれればそれでいいんですよ。僕は何かおかしなことを言ってますか?」

 

 

少しの沈黙。

 

「いいだろう。ボクはボクの目的のために、君にとって真に有効な情報を渡そうじゃないか。これほど有意義な取引は久々だ」

 

もはや敵対という雰囲気である。だがそれも関係ない。こいつは僕のことも知りたいはずだ。

 

なら対話は拒まない。拒めない。きっと大罪司教も近い性質があるのだ。

何か譲れない、柔軟にはいられない何かを持っているのが魔女因子とやらが適合する条件だろうか。

 

 

「じゃあ雑談しましょう。答えたくない、対価がいるなら答える前に言ってください」

 

気になっていたことを聞いてみる。

 

「この世界で最大の権限を持つ存在は誰、または何ですか?」

 

いくつかの沈黙、それは魔女の意表をついたかそう思わせたい演技か。最初の軽薄な態度をやめてからの彼女の態度は素であると感じるが確証などない。

 

「観覧者の病。それは稀に起こる精神性の病と言われている。この世界は上位者による箱庭であり、閉じ込められているのだと。そう考えて世界を壊そうとしたり、自暴自棄になって大瀑布に身を投げたり。あるいは魔女因子に魅入られたり。狂人と言われる状態だね。龍や精霊が観覧者に当たると言われることもあり真実は定かではない。君もそんな病を抱えているのかな?」

 

「また質問に答えてませんが、雑談なら仕方ないですね。いや、まぁ病気とまでは思いません。自分の世界にもこの仮説はあったし信じてる人もいました。今は不可能ですが将来的には技術的に可能ではないかと予想されてるので病気扱いではないです」

 

シミュレーション仮説という考え方は、否定できない。この自分の思考だってどこかの誰かに見られているかもしれない。

 

「世界や生命を人が生み出す技術。そんなものが君の世界にはあるのかい」

 

「その技術の種ですけどね。100年あればできるという人もいますが、どうでしょうか。400年もあれば確実にできると思ってますよ」

 

「ではそう仮定しようか。すると君は自己をどう認識するのかな?神々の作った人形だとしたらゾッとしないかい?」

 

まるで試練を課すように、思考実験のような問いを出してくる。

 

「関係ないですね。自分がどう感じるかでしか世界は見れない。その中で満足を求めるまでです」

 

「ああ、やはり君は好ましいよ。ボクと契約しないかい?」

 

「魔女に好かれたやつがどうなるか知っているので関わりたくないですね。あなたもスバルを狙っているんでしょう」

 

「あなたもか。ああ、あれを見たんだね。それは気の毒に、あの女は魔女と呼ぶのすら嫌悪を覚えるね」

 

最後の言葉にだけははやけに感情が、しっかり嫌悪と怨嗟の感情がのっていた。まるで人のようだった。

 

「今のところは嫉妬の魔女が死ぬほど嫌いという一点でしか親近感を覚えていません。またの機会にお誘いください」

 

「それだけ共通点があれば何日でも語り明かせるとも」

 

 

 

では最後に情報だね。そういって語るのは精霊の情報。

 

 

「カララギの最西端に近い洞窟。そこに絶世の美女がいる。彼女に契約を願うといいだろう。口頭で了承さえ取れればそれで契約可能さ。困り事があるなら解決に協力するのもいいだろうね」

 

「先ほどの安全についての約束があるからその詳細を伝えるよ。彼女は四大精霊が一角。風を司る大精霊。『通り魔』ザーレスティアは重度の殺害衝動を抱えている」

 

感情が込められていない笑顔を向ける。幾度もの死が約束された情報だ。せめていっぱい死んでくれという彼女なりの贈り物。

 

「君ならば問題ないだろうからおすすめだよ。果たして説得できるかはわからないし、できたとしてどれだけ殺され続けるかは知らないがそこは男の見せ所だろうね」

 

女性を口説くのは得意そうだ。という皮肉をもって取引は終了した。

 

さて、もう十分だ。いい加減に話すことも終わった。

 

 

そう思った時に、やはりそれが起きた。

 

 

笑顔の佐藤が、畳んだパラソルを槍のように構えて背後からエキドナに突進している。

 

 

正直よく我慢した方だと思う。ケイは用事が済むまではエキドナを守るつもりもあった。

本来の佐藤ならきっとお構いなしに突っ込んできただろうが、どうやら僕もこの佐藤には影響を与えているようだ。

 

しかし、やはり佐藤というべきか。僕が用済みと判断した瞬間に本性を表したのだった。

 

「おや?」

 

エキドナは索敵も回避も遅い。というかしていない。なぜ…?

 

その接近が成される前に、その理由と思われる声が響いた。

 

「———トガハ クサビトナッテ ケッシテノガサズ」

 

佐藤の一歩は大きく、一瞬で間を詰める。

 

「———ツミハタダ イタミニヨッテノミ アガナワレル」

 

しかし何事も起こらず、槍がエキドナに刺さる。

 

「あれぇ?刺さるんだ!」

 

 

そう言った佐藤は、吹き飛んだ。

 

いや、この表現は正しくない。消し飛んだというのが正しい光景だった。

 

「はぁ、まさか人を刺しながら何も感じてないとは。ふぅ、テュフォンとは相性最悪さね。はぁ、筋金入りのロクデナシ、魔女因子に適合するわけだ。ふぅ、喋るのだるいから黙ってていいかい?」

 

大柄な女性が黒い服を纏って、いつの間にかそこにいた。その姿を見てようやく佐藤を殴りつけたらしいとわかる。

いや、先程から観察にノイズが入るほどこの女はおかしい。殴ってなどいない。手で払っただけだ。

 

よいしょとそこに寝転ぶ女。やる気が全く感じられない。

 

そして次の瞬間には、なぜか槍で刺されたエキドナが別の人物にぶん殴られていた。マウントポジションでタコ殴りである。

 

「この!この!このぉ!バカァ!余裕ぶって怪我なんかして!許さないんだから!!」

 

そういいながら殴り続けるこの女もまた常軌を逸している。

 

地形が変わるほどの威力に関わらず、エキドナはすぐに立ち上がった。傷が見当たらない。

ここは現実ではないから、なんでもありと言うことか?

 

「あたし、怒ってるんだから。憤慨なんだから。激怒したんだから!」

 

「ありがとう、ミネルヴァ。次からはもう少し優しく癒してほしい」

 

エキドナは、殴ってきた本人に感謝を伝えている。ウェーブがかった金色の髪をした少女はそれを受けてプリプリと怒ったままだ。どうやら彼女が殴打で治したらしい。意味不明だ。

 

佐藤が再構成されて再び駆け出した。大柄な女性に向かっている。その服に隠していたティーカップの欠片を握り込んで満面の笑顔だ。

 

「はぁ、さすがにそんなんじゃ。ふぅ、怖くないさね」

 

不可視の衝撃に佐藤が地面へと叩きつけられる。上からの圧力に身動きが取れず、おおおお〜!?と声を上げることしかできていない。

 

その隙にお返しとばかりに佐藤のIBMが、その女性を殴りつけた。

 

なぜかIBMの腕が砕ける。ああ、これはダメだな。

 

本当に地力が隔絶した相手にはこの程度の小細工では通らない。

 

相撲の後に、ヴィルヘルムと交わした会話を思い出す。

 

『ケイ殿。この度の戦いは感銘を受けました。自身では決して自惚れることはできませんが、この身も英雄と呼ばれたこともある。この実力差ですら覆し得る、素晴らしい組み立てでした』

 

けれど、と称賛を前置きし本題を話す。

 

『あの白鯨を討ち、この剣鬼に迫ったあなたであっても、戦えばどうにもならない相手がこの世界にはいます。その点をどうか覚えておいてください』

 

『ラインハルトのような、ですか』

 

『ええ、あれもまさに英雄を超えた領域の一人。後世に語られる伝説。三英傑に並ぶような者たちとは戦闘をしてはいけません』

 

『ルグニカの剣聖』『ヴォラキアの青き雷光』『カララギの礼賛者』『グステコの狂皇子』

 

語られた4名の超越者たち。四大国に散らばる者たちはそれぞれすでに伝説と化している存在だった。

 

『彼らと事を構えるならば、最低でも英雄を揃え、その上で工夫をしなくてはいけない。たとえば全盛期の私がケイ殿のような不死であればようやく時間稼ぎが叶うでしょう。そうしなければ戦いにすらならない。勝とうとするならば他の超越者を当てるしかない』

 

そんな存在はそうそういない上、彼らが動くのは国家が動くほどの事案である。

基本は気にしなくていいと言われたばかりなのだが。

 

目の前で佐藤を封じてIBMを殴られることで粉砕したそれは、明らかに超越者の領域であった。

 

謎の力に押さえつけられ声しか出せない佐藤は、それでも佐藤であった。

 

「強欲の魔女、エキドナさん。さっきはごめんね。異世界の戦い方を、見てみたくはないかい?」

 

知りたくないか?そう問えば、この魔女は拒めない。

 

「いい加減、諦めるさね。はぁ…」

 

不可視のプレッシャーに潰されて、再構成される佐藤。

 

その服装は、いつぞやの基地でのもの。そして重火器を手に持った完全武装であった。

 

恐らくそれを再現したであろう。強欲の魔女はその姿に爛々と目を輝かせて見入っている。

 

「いっくよ〜」

 

両手で構えるのは突撃銃。

 

M4A1。5.56mmNATO弾を使ったアメリカ軍の正式アサルトライフルだ。

前に助けてもらった時もこれだったな確か。

 

ケイはIBMを3体ほど前に重ねて防壁を確保。流れ弾で死ぬなどごめんだ。

 

 

掃射が始まる。女も未知の武器を顔で受けることはせずに、手で弾く。

 

その間にジリジリと近づく佐藤。背後に迫るIBMには気づいているだろうが、特に手を回さない。脅威ではないと思われているようだ。

 

そのIBMが、手に持った土を目に押し付けた。

 

銃撃が直撃する。

 

「痛いじゃあないさね…ふぅ」

 

魔女は無傷だ。そして腕が空間を薙ぐ。

IBMごと、佐藤はまた消し飛んだ。

 

復活。別の装備を身に纏った佐藤がそこにいる。

 

戦闘が再開される。

 

は は は。と断末魔には相応しくない笑い声が響き渡る。 

 

 

ケイは、見守っている魔女たちに声をかける。

 

「じゃあ、そろそろ帰っていいですか?」

 

ええ…?この状況で?

 

そんな湿度の高い、魔女にしては良識のある視線が刺さるが、あっけらかんと言い放つ。

 

「僕がここから消えればきっとあれも消えますよ。ちょうどいいでしょう?」

 

「ああ、時間もそろそろ限界だ。最後まで驚きに満ちた邂逅だった。また会いたいし二度と会わないことを願うよ」

 

 

こちらこそだ。最後にもう一度だけ気が合った。この危ない連中から可能な限り早く離れたい。

エキドナは傷を受けたことを気にした素振りはない。けれど僕のことは嫌ってくれたようだ。

 

「永井君!せっかくだしもうちょっと遊ぼう!」

 

雑音を無視すると白い光に包まれて、意識が明滅していく。

 

 

 

意識を取り戻すと、そこは変わらぬ馬車の床下だった。IBMは消えたようだ。

ナツキ・スバルの行く道は、こんな異常が日常になるのだろうか。

 

魔女に拉致され、大罪司教が追ってきて、別の魔女が待ち構える。前途多難どころではない。

 

自分よりも悲惨な巻き込まれ方をしている人を初めて見たかもしれない。

今後も少しくらいなら手を貸すとしよう。




みなさんお待ちかねの邂逅だオラァ!

評価や感想をありがとうございます。
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