亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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【FILE:35】意義ある戦い

途中ちらほらと偵察に行ったが、こちらに魔獣をけしかける動きはなくメィリィと呼ばれた『魔獣使い』から離れるつもりはないらしい。

逆はどうか知らないが、あれはたぶん人質になりそうだ。

 

 

ゴドフリーとその部下たちのドカ喰いがよほど効いたのか、翌日から招待自体がなくなり何事もなく予告された日となった。

一度メイドのペトラがこちらの村に来て様子を伺ったくらいだ。警戒は薄くなっている。

 

今日なにかが起こるはずだ。

 

 

そう思って警戒を続けると、ついに彼女たちが動いた。

 

真っ直ぐに屋敷へ向かう魔獣の群れ。

 

今ケイはどちらにも動けるよう村と屋敷の間にある場所で身を隠している。

村を守る調査隊にはその場を離れぬよう厳命してある。

 

スバルは隠れたケイを見つけるのだろうか、彼の能力を持ってすれば決して難しいことではない。しかし、こちらに頼らずに危機を乗り越えると言うならそれを見たい。

 

どのようにして戦力差を埋めるのだろうか。

 

 

そして屋敷の包囲が完成した頃、遠くから土煙が近づいてきた。

恐らくスバルだろう。さぁここから見れるのは成功か失敗か、どちらだろうか。

 

こちらには近づかず一心不乱に屋敷を目指す進路を確認し、ケイも屋敷の方へ近づいていく。IBMは当然先行させておく。

 

 

エルザの凶刃がメイドに迫った時、ちょうど間に入った人物がいた。

スバルとともに遺跡へ向かった少年、ガーフィールだ。よく鍛えられているようで、エルザ相手に一歩も引いていない。

 

戦闘が始まる。

 

踊るように戦う二人。少し経てば別れたスバルの方から火の手が上がった。

屋敷を少しずつ燃やしていく炎は、勢いが止まりそうもない。

 

スバルの過程は観察しなくていい。結果だけで十分だ。

エルザとガーフィールの死闘を見守る。

 

途中でエルザが得物を白と黒の剣に変えてから、動きが変わったようだった。

しかしガーフィールも土魔法を扱って十分以上に対抗していく。

 

燃える炎の中、どちらも一歩も譲らない。

巨大なカバのような魔獣と魔獣使いの乱入。メイドの合流。

 

そしてそこからは火の勢いを真似るように戦闘は激化していく。

 

襲いかかる毒蛇、確かあれは双頭蛇だったか。それをちぎって毒液がかかろうともお構いなし。

 

不利になったと思えば腕が巨大な虎のように肥大化し、エルザを薙ぎ払う。

今の不意をついた一撃はエルザであってもすぐに立て直しはできないようで、魔獣たちがフォローをするように襲っていく。

 

黒い翼を生やした鼠が。体に斑ら模様を刻んだ獰猛な大犬が。同胞を殺され怒りに燃える双頭の蛇の群れが殺到し、何より復活した巨躯。カバの魔獣が岩塊の如く迫っていく。

 

背後の小さな魔獣たちはフレデリカが。

正面のカバはガーフィールが迎え撃つ。

 

 

いくつか仕込みをしつつ、その趨勢を見守っていく。

 

途中でその一つに引火したようで、周囲に刺激臭が広がっていく。

厨房から香辛料や油、その他の刺激物を持ってきておいたのだった。

魔獣にも少年にもそれは堪えたようだが、嗅覚など捨てて戦い続けている。

 

ガーフィールが吠えると、その身は巨大な虎となる。

 

金色の大虎は二足歩行で、衝撃に構える。

 

組み合って隙をついた大虎が腹に深く噛み付いた。

 

そのまま体を回転させる。ワニの捕食行動。デスロールと呼ばれる行動だ。

カバの魔獣は息絶えた。

 

回復が間に合ったようで、エルザとガーフィールが対峙する。

 

いよいよ終わりが近いようだ。

 

「殺すぜ、エルザ・グランヒルテ」

 

「殺してから初めて、あなたを愛すわ。ガーフィール・ティンゼル」

 

 

そして決定的な瞬間が訪れた。メィリィに危険が迫った時のエルザの隙を逃さず、エルザは致命の一撃をもらい地に伏せた。

 

抱き合うように、首元に噛みつき合う。

 

「ぅ、く」

 

首の左側に灼熱、血を噴く傷口に手も当てられず、ただ、エルザは頬を赤らめた。

吐息が色づくほどに熱を持ち、濡れた瞳は拭いきれない情熱に満たされる。

 

エルザの眼前で、ガーフィールが岩豚の巨躯を担ぎ上げて、放り投げる。

 

流血し、激情に瞳を燃やした少年の首には、自分が口づけた傷がある。

 

放物線を描く岩塊が迫るのを知りながら、エルザは最後の瞬間まで、男を見つめ続ける。

 

荒く呼吸を乱し、胸の奥に湧き上がるものを込めて、金髪の少年に唇を緩めて、

 

 

 

「———ぞくぞくしちゃう」

 

 

 

凄まじい重量が女を、戮殺者(りくさつしゃ)を、『腸狩り』を、完膚なきまでに押し潰す。

 

魔獣の体液に混じって溢れ出す鮮血、復活の兆しなし。

鼻はとうにバカになっているが、あの女が一切動けないこと、動こうとすらしていなかったことは手に取るようにわかっていた。

 

ガーフィールが雄叫びを上げる。それは高く、高く、焼け落ちる屋敷に轟き渡る。

魔獣の重量についに耐えかねて、屋敷の床は陥没していく。

 

 

 

———『聖域の盾』と『腸狩り』の戦い、ここに決着。

 

 

 

 

 

カバの死体が投げられる前にケイですらわかった。

勝負あり。あれは負けた。

 

しかしあの回復力。しばらく放っておけば息を吹き返すだろう。

少年は当然それもわかっている。

 

だからこそ確実な死を。先ほど殺したカバの魔獣の死体を持ち上げ、その岩の如き巨体を投げつけた。

 

その正確な狙いはむしろありがたい。

 

ここだ。ここからが勝負だ。

 

近くに待機していたIBMが駆け寄り、庇うように女をわずかにずらす。

 

肉が潰れる音。それが焼ける匂いが立ち込める。IBMごと潰されるが身代わりにはなったはずだ。

 

即座に屋敷外から新たなIBMを送り込む。

 

魔獣の死体によって分たれた空間の片側には勝利を叫ぶ虎が。

片方にはまさに死に体といったエルザが、両足を潰されてそこにいた。

 

ケイが操るIBMは、潰れた女の両足を引きちぎるように床ごと踏み抜いた。

 

床が抜ける。一階であっても関係ない。建物はその下に構造を持っている。

その空間にエルザを引き込み、抱えて動き出した。

 

 

床下を抜けると裏庭に出る。

 

 

 

用意していた紐で出血をとめ、大きめの袋にエルザを入れる。

足をしっかりと縛るが、心臓を圧迫すればどうしても一部からは血が逃げるだろう。

かつては焼いて出血を止めるという焼灼止血が行われていた時代もあったが、今ではデメリットの方が大きいため廃止されている。フィクションの中での止血法である。

 

さらにそこに用意させていた魔石を取り出し、それを傷口に押し当てた。

込められたローズの氷結魔法が発動し、その傷口を完全に凍らせた。魔石はそのままついているためしばらくは保つ。

これはそんな焼灼止血よりも現実的ではない止血法。しかしこの状況なら利用する。凍結によって足の出血は止まった。

 

もはや意識はなく息もか細い。あれだけの戦闘を支えていた回復能力はもはや見る影もなく、ここにいるのはただの重症の怪我人であった。

早く治癒魔法をかけなくてはいけない。体温を下げて代謝を下げるのが吉と出るか凶と出るかは知らないがやれることはやっておこう。

 

 

素早く屋敷を離れ、木々を飛び移り周囲の魔獣を躱していく。ほとんど全てが屋敷に入っていたため突破は難しくなかった。

 

待機させていたローズに患者を渡す頃には、すでに息はしていなかった。

 

 

エルザは死んでいる。

 

 

心肺停止は先の確認から最長でも3分。まだ救命確率は低くない。75%なんて最近の賭け事の中では最高の数字だ。

 

「これは!?ケイ様…こちらはもうお亡くなりに…」

 

「まだ可能性はある。治癒魔法を。まず首の止血。その後は脳と心臓、体の中心を重点的に」

 

困惑しながらも治癒魔法をかけ続ける。フェリスには遠く及ばないがローズの腕は確かだ。治癒を生命維持装置として期待しつつ、こちらもできる限りの応急処置を行なっていく。

 

胸骨圧迫を30回。そして人工呼吸を吹き入れる。

1分に100~120回の圧迫を繰り返してひたすらに蘇生を待つ。

 

繰り返す。繰り返す。永遠にも思える回数を繰り返していく。

 

くそ!全然戻らない。

 

カイにやったような胸部叩打法も混ぜつつ、心肺蘇生をとにかく続ける。

 

この世界の医療は歪だ。

治癒魔法学の発達はめざましく、この点だけでも元の世界よりも怪我も病気も遥かに簡単に治癒してしまう。

一方で治癒魔法以外の医療行為の質はお世辞にも良いとは言えない。

万能の治療手段があるからには、それは自然なことなのだ。

 

しかしこの状況においては、並の治癒では間に合わない。『青』でもなければ意味がないのだ。

 

 

元の世界ではあり得ないが、こちらの治癒魔法があるならば取りうる選択肢がある。

その一つが最初に使った凍結による止血法だ。元の世界であればまだ焼灼の方がマシというレベルで実用性はないが、普通なら壊死するであろう箇所も回復させることができる。

 

そしてもう一つ、ここまでダメなら試すべき手段があった。

 

先ほどからの出血量と現在の血色を見れば一目瞭然であるが、明らかに血が足りていない。

必死に息を吹き込んでも、脳まで酸素が運ばれる量が少ないのだ。

 

そうした場合に行われる医療行為。

 

『輸血』 

 

ごく当たり前の結論として輸血が必要だ。

 

しかしこの場において行うことにハードルは多い。多すぎる。

 

自分は輸血において万能型と呼ばれるO型であるが、これが幸運であるとはならない。

一般的に行われている輸血は『成分輸血』と呼ばれているもので、必要な成分だけを入れる輸血を指す。

 

これは血液をそのまま入れる、『全血輸血』の場合には当てはまらない。

 

赤血球のみの輸血時にはどの型にも適合する万能となるO型は、全血輸血の場合にはO型のRHまで同じ人にしか適合しない。万能とは程遠いのだ。

 

この世界の血液型の偏りはわからないが、元の世界基準と同じだと仮定して計算する。

大雑把な計算になるため、血液型ごとの適合確率の詳細は当てにできないが。その順位だけは正確だろう。

 

まず最も安全な血液はA型であり、その次がB型だ。

3位にO型が出てくるが、2位との差が問題である。

 

ランダムな誰かへの適合確率を大雑把に計算。1位と2位は65%と60%と誤差の範囲ではあるが、O型は高く見積もっても40%はいかない。

AB型の5%という絶望的な数字よりはマシだが、現実的な3つの中では頭一個凹んでいる。

 

赤血球由来の副作用が出ない分、重篤な反応が出る確率は減っているがそれでも気休めにはならない。

 

アレルギー反応や溶血反応。急性輸血反応など尋常でない数のリスクがある。

けれど、このまま死なせるのなら、どんなリスクも生存というリターンを得るための希望でしかない。

 

考えるのはここまでだ。あとはやってみるしかない。

 

下手すれば毒を入れることになるが、何もしないことこそが最も致死性の高い猛毒である。

IBMに胸骨圧迫を交代させる。人工呼吸の時だけ自分がやればいい。

 

肋骨が折れる音がした。問題ない。生き返るならいくらでも折る。

 

 

そしてケイが取り出したのは、注射器だった。

この世界に持ち込んでいた私物の一つ。

 

僕はそもそも、仮の拠点から身を移そうというところで転移させられた。

必要なものは全部カバンに入っている。

 

山奥に数ヶ月逃げ延びなければいけないことすら想定していくつか用意もしているし、この注射器もいざという時のために麻酔や自殺用の薬剤を入れたものだった。他にも道具や持ち込んだものあるが今はいい。

 

一般人が所持していて違和感のないギリギリのライン。インスリン注射器に似たものが手元にはある。その容量は10mlというサイズ。

 

自分から血を抜いて相手に入れる。それを20回繰り返してようやく200ml。輸血においては1単位と数えられる。

 

大量出血の場合には24時間以内に10単位以上輸血することが一般的とされるが。この注射器による血液のピストン輸送が200回。これをどの程度の感覚を空けてやるべきか、そこまでの実践的な知識はない。

 

恐らく一気に入れるよりはいいだろう。

まずは輸血を続けて心肺蘇生を目指し、蘇生後には間隔を空けて入れることにする。

 

 

ローズは否応もなくその未知を見せつけられる。あまりの疑問に手が止まりそうになるが、ケイの気迫はそれを許さない。

 

何かが心臓を押し続けている。ケイが自らの血を何かの道具で抜いて相手に入れ続けている。

こんなに不可解で時間のかかる治癒行為を見たことがなかった。

 

 

 

 

ただただ胸を圧迫し、口を付けて空気を送り込み、そして血を抜いて入れる。

 

ガシッガシッガシッガシッガシガシッガシッガシッガシッガシ

 

手を止めず息を入れつつ永井圭は考える。

これは自分にとって意義のある戦いだ。

 

ガシッガシッガシッガシッガシガシッガシッガシッガシッガシ

 

白鯨の討伐は良いことだった。それは間違いない。しかし人が死ぬことはよくないことだ。白鯨に挑むなら人が死ぬ。その良し悪しの矛盾を人は自己責任や覚悟、損益の多寡で誤魔化していく。

それでも白鯨討伐には意義があった。あの獣が仮にもう一度現れるとしても対策が取れるという意味で。

では怠惰討伐はどうだったろうか。

 

ガシッガシッガシッガシッガシガシッガシッガシッガシッガシ

 

フーー。ふ〜〜。プス。プス。

 

必要ではあった。しかし意義は薄い。彼らは福音によって作られた駒のようなものだ。それと戦うというのは根本的な解決にはなっていない。怠惰との戦いで死者を出さないよう工夫したのは、そんな思いがあったからでもある。こんな戦いで死ぬのは馬鹿らしい。

けれど、撤退戦では多くの死者が出た。彼らを無駄死とは言わないが、必要な死であったとは口が裂けても言えない。

 

ガシッガシッガシッガシッガシガシッガシッガシッガシッガシ

 

戦うということは死の押し付け合いだ。両方が生きる可能性を否定し、どちらかに絞る。なんて簡単なんだろう。

シンプルで、手段は無数にある。相手が多少死にづらかろうとやりようはあるのだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

それに比べて、非常に難しく困難な、小細工が通じにくい戦いがある。

 

ガシッガシッガシッガシッガシガシッガシッガシッガシッガシ

 

それはこれだ。人を生かすことだ。死にかけているものを生かすこと。

死を押し付けるのではなく無くすこと。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ガシッガシッガシッガシッガシガシッガシッガシッガシッガシ

フーー。ふ〜〜。プス。プス。

 

殺人と比べ救命が尊いなどとは微塵も思わない。

 

しかし単純に難易度が桁違いだ。何かを殺すのに比べて生かすことはとても難しい。

 

殺すのはそこで終わりだが、生かすのは以降ずっと油断ならない。しかもいずれは死ぬという負け戦。

まともな神経ならやってられない。投げ出して当たり前だ。それでもそこに抗う人は、本当にすごい。

 

ガシッガシッガシッガシッガシガシッガシッガシッガシッガシ

 

倒した敵と死んでいった味方。

何か目的のために彼らを死に向かわせたのは僕で、死から救い続けていたのはフェリスだ。

自分を卑下するつもりも、フェリスを持ち上げるつもりもないがそうなのだ。

 

ガシッガシッガシッガシッガシガシッガシッガシッガシッガシ

 

僕は、フェリスより簡単なことをやっていた。

僕は殺すことをやり、彼は救うことをしている。彼の方が遥かに難易度が高いことを平気でこなしている。その一点においては間違いなく尊敬できる。

あいつなら一瞬でこの女を救えるのだろう。妹の病気を治せるのだろう。主に依存し、できないことばかり嘆いている精神性は論外だが、その人を癒す技は僕の知るあらゆる治療と隔絶したものがある。

奇跡と言って差し支えない。

 

ガシッガシッガシッガシッガシガシッガシッガシッガシッガシ

 

それぞれの特技を活かすことに異論はない。僕には僕のできることをやるべきだと思う。

だけれど僕は、容易いことに甘んじて自分のやりたいことを蔑ろにしたくなんかない。

 

僕は、人を殺すことも生かすこともできる自分でありたい。

 

()()()()()()()()()

 

できることを増やしたい。

 

ガシッガシッガシッガシッガシガシッガシッガシッガシッガシ

フーー。ふ〜〜。プス。プス。

 

 

 

殺したいものを殺す力の証明はできた。

 

なら次は、助けたい人を助けられるようになるべきだ。

 

 

 

 

 

 

 

すでに心肺蘇生を始めてから、2時間以上が経過している。

 

ローズはマナの限界を感じる。マナは多い方だったが、こんなにありったけを使うことなどほとんどない。息が切れて汗が止まらない。

 

正直これはもう無理だろうと思っている。

 

ケイは知っていた。2時間半以上の心肺蘇生を経て後遺症なく蘇った事例を知っている。

ここで止めるというなどは一切考えていない。しかしこのままではジリ貧であることも事実だった。

救急隊や『青』が向かっているなら現状維持で構わないが、ここにそんなものは来ない。

 

思考の途中でケイはふらつくと、IBMに首を折らせてリセットした。

それをすでに2回はやっている。血を抜きながらの全力の運動は流石にキツい。

 

そしてIBMと交代し、ケイは最後の挑戦を行う。

 

ローズはマナを通して彼女の状態を把握していた。もう、魂がこの肉体には残っていない。その感触がないのだ。

すでに何をしても手遅れ。そう思ってからすでに多くの時が過ぎた。

 

「ケイ様…っ残念ですが、こちらはもう…っ」

 

「最後に、試したい、ことが、あります。それで、無理なら、諦めます、ので、もう!少しだけ!」

 

ガシガシガシと、規則的に心臓を押す。心肺蘇生の手は止めない。

 

頼む。早く見つけてくれ。

 

永遠にも思える15分が経った頃。それを握って、IBMが戻ってきた。

 

「よし。最後に刺激を与えます。その時に合わせて心臓を重点的に」

 

じゃあ行きますよと言われて差し出されたそれは、採れたてのボッコの実。

 

それをローズの口に放り込み、同時に噛み潰したそれをエルザの中に流し込む。飲み込む必要なんてない。喉の奥まで到達すれば効果があるのは検証済みだ。

 

ボッコの実は取り込んだもののゲートを無理矢理に活性化させる。

 

ローズは限界を超えて治癒魔法を発動させる。

 

そしてそこに合わせるように。

 

「戻って、こい!!」

 

最後に強く心臓を叩いた。

 

 

 

鼓動が動き出す。苦しそうに呼吸を始める。

 

「嘘…魂が…戻るなんて、そんなの…」

 

あり得ない。魂を感じなくなってから1時間は経っていた。もうどこにもなかったのに…

そして呼吸を開始した彼女は、何かの術式か体質だろうか。傷が急速に修復されていくように見える。

失った足の再生を妨げていた氷を解除して、それを呆然と見守る。

 

その不可能を成したもの。ケイは遠くを見つめるような目で、小さな声で発見した事実をつぶやいた。

 

「これで、一つわかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()宿()()んだ」

 

血だらけで汗まみれ。

 

この世界に来てから一番勝ち目のない戦いだった。最後まで無理かと思わされてしまった。

朦朧とするほどの疲労の果てに、拾ったのはたった一つ。快楽殺人鬼の命だけ。世界にとっては損失だろう。

 

けれどその弱々しい命の鼓動を感じると、体の内側から静かな喜びが滲み出る。

 

白鯨を落としたような高揚感ではない。怠惰を出し抜いた優越感ではない。この女に思い入れは当然ない。

 

 

この喜びはもっとささやかで、壮大で、漠然と大きなものだった。

 

歴史書に書かれもしない、あまりにも小さい救命。

けれど、この戦いには意義があった。

 

魂と肉体の関係についての発見はより多くの気づきをもたらし、この世界の多くの人を時代を超えて救い続けるだろう。

 

 

見知らぬ他人など、心の底からどうでもいい。

 

しかしケイは今、確かに何かを成した気がした。

 




【輸血と救命について】

現代において自己の血液でない場合、全血輸血というのは通常行われない。
あらゆるリスクを承知であったが、ケイは命を繋いで『青』に届けられれば問題ないと全ての問題を無視した。

魂と肉体の関係については、明確なことはまだ何もわかっていない。
しかし今回エルザが蘇生したのは事実である。

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