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あの報告会には一体どんな意図があったのか?
その問いにケイは真正面から答え始める。
「まず行うべきは、勢力の厳選と縮小です。あの宣誓によって、本当の味方がわかりました。彼らは今後、多少不利になったところで決して裏切らない」
数は少ないが確実な味方と言えるものたちが確保できたのは大きい。正直、ケイの予想よりも多く集まったほどである。
「これで、期待以上…?いえケイにとっては想像以上、なのですよね。それが信じられません」
初めて褒められたのが、こんな醜態。そのあまりのギャップに頭が追いつかない。
「というより、どれだけ酷い状況を想定していたのですか?」
少し責める視線になって問いただす。が、肩をすくめるだけでケイにはやはり響かない。
「なにせ落ち目にこそ、味方した人たちですからね。貴族社会では損得勘定を抜きに動くなんて珍しい人は余程のことがなければ見つからない。それこそ命懸けの偉業でしか得られないようです。それを確定させたかった」
陣営の中枢に風見鶏はいらない。
アナスタシアは多くを獲得したが、それは利があるから今は集まっているにすぎない。彼らはまた風向きが変わればクルクルと、手の平どころかその身を翻すだろう。
商人にとってそれは当たり前だ。当たり前だからこそ、そのコストに気づかない。
何かしらの得を提示し続けなければ離れるぞと、彼らは隙を窺い続ける。
自身の価値と得られる対価をいつでも最大化するのが当たり前なのだ。
アナスタシアは、その膨れ上がった勢力の管理コストを支払い続ける。
きっと彼女なら収支はプラスに持っていくだろう。けれど人間のキャパシティは無限ではない。
その分何かに気を割けなくなっていく。
ベストなのは、王選終盤までコストを支払ってもらった上で最後にこちらに取り込むことだ。
クルシュはその言葉に感心するが、一つ気づいてしまった。
「でも、そんな彼らも当初はこちらに巻き込もうとしていたのでしょう?これでは…」
そう、ケイも当初は彼らを勢力に取り込む予定だったはずだ。戦勝報告会はその予定で作られていたはず。
「負け惜しみではないかと?その側面は確かにあります。ただ僕としては状況に合わせて手を変えただけですよ。元のクルシュ様であれば、恐らくそのまま王選を大幅にリードして走り切れた。けれど、今の状態で一強状態になると不味いことになる」
ケイの視線は宙空を捉えて、何か未来の光景を想像しているようだった。
「複数が参加するゲーム…競争における突出とはつまり、他全員からの狙い撃ちが発生します。具体的にはアナスタシア、プリシラ、フェルト陣営の同盟ですね。そこまでいかずとも協力くらいはしていたでしょうから」
「なのでその危険はアナスタシアさんに背負ってもらいました。これで落ち目の我々が結束を呼びかけて、彼らを孤立させることができる」
プリシラとは良好な関係であるし、フェルトのところはほぼ剣聖陣営と言ってもいい。こちらもすでに親交を深める予定がある。
そもそも王選における意思表示を考えても、アナスタシア陣営以外とは手を組めるのだ。
王位を絶対に取りたいと言っているのは彼女だけであり、他は皆何かの目的を達成するための手段として王位を狙っているに過ぎない。
自分の国が欲しいと言い切った正直な姿勢には驚くが、あまり合理的な所信表明とは思えない。
陰るクルシュの表情。これはアナスタシアへの負い目ではない。単純に以前の自分との力量の違いを告げられて、自分を責めていたのだった。
「やはり、私では足りないでしょうか」
「ええ、そうです。あなたに全員を敵に回して強行できる力はない」
「これはクルシュさんのせいではないというのはいい加減ご理解ください。理屈で飲み込むよう心がけてもらえると今後も助かります」
ケイの雰囲気にトゲを感じ取り、慌てて居直す。
そうだ。自罰的な態度は彼には通用しない。しっかりしなくては。
「意図はわかりました。あれが現状において必要な失敗だったということも。これからやりようがあるということも。ですが、これから一体どうするのですか?そのお考えもあるのではと思っておりますが」
「こちらから何かをしてくれというのはないですね。そんなことは自分で考えてください。王になるのなら人に頼るばかりで成り立つわけがない。僕が考えたままを実行するなら僕が王になればいい」
絶対にゴメンですが。そう言って思いっきりハシゴを外された。
なんなんだそれは。と気持ちでは憤る。
だけれども、それは正しい言葉だった。
「わかり、ました。考えてみます。私に何ができるのか。相談をするのは構いませんか?」
「ええ、いつでも」
これまで話したことは真実ではある。
ただ実のところ、味方の確保や敵陣営の孤立などは瑣末な事柄だった。
最も重要なのは何か。
それは現実を知ることだ。
教えてもらうのではなく、身をもって痛感せねば人は学ぶことはできない。
王になるという険しい道を行くならば、多少うまくいかずに人に冷たくされたくらいで泣き言など言っていられない。
協力者が離れたと思った程度で止める挑戦なら、止めた方が良い。
まぁ、ほとんど何も知らない幼子のような状態であることを考えればクルシュは強靭な精神を持っているとは思う。
しかしそんなもの。国民には、貴族には、敵対陣営には、魔女教の連中には何の関係もないのだ。
当然起こる辛い仕打ち。その中でも軽度なものにしっかり遭ってもらうことが最大の目的であり、それは達成した。
あとは自由にしてもらえればいい。ケイのおすすめと異なり王を目指すようだがそれでも問題ない。
そんな思いは表に出さず、相談はいくらか続く。
自ら立とうと決意したクルシュの道は変わらず険しいだろうが、きっとこれまでよりも納得できるものになるだろう。
苦痛や死の危険が問題なのではない。問題はそれに納得できるかどうかだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
部屋を出てクルシュを送り出し、そのまま隣の部屋へ入る。
そこにはやはり、フェリスがいた。
顔色を失っていると思いきや、彼から動揺は見てとれない。
やっぱり、どこかではわかっていたんだろうこいつは。
問いはいらない。何を聞くのかは十分わかっているはずだ。
その証拠に、勝手に答えてくれる。
「私はクルシュ様を取り戻す。でも今のクルシュ様も大事。どっちかを無くしたりなんてしない」
その先の問答すら、すでに想像の中で終えているだろう。
言葉と視線に迷いは感じない。
そこまでわかっても、僕は責任を果たそう。あえて言葉にして聞かなくては彼女を死なせた責任から逃げることになる。
「そうなれば良いな。じゃあ前に戻す方法しかなければお前はどうするんだ」
図星を抉る。
「……………」
答えはない。
二人がうまく混ざり合って戻るならそれは最上。
だがそんなことは、単純なデータの上での処理ですら困難だ。
数時間かけて書いた文章が消えてしまった。復元はできそうにないから新しいのを書き出した。
そして書き直しているうちに、復元の方法が見つかったなら?
両方を統合はできず、どちらかを選べと言われるならどちらにするのだろうか。
残酷ですらない。復元できるチャンスがあるなら温情ですらある。
僕は実際に佐藤と交差して変わってしまったことを認める。死ではないが変化はした。
もし交差する前に戻すとなれば、それは今の自分の死であるとも思う。
基本的に、変化は不可逆のものなのだ。
「お前も僕もナツキ・スバルじゃない。怠惰の時みたいに全てを拾うことなんかできない」
「何を、言ってる…」
フェリスはスバルの力を知らない。彼だって失っていると思っている。
だがそんなこと、こっちだって知るもんか。
絶対に途中で放り出して逃げることだけは許さない。
「選ぶしかないだろ。ただの人間は。どちらかを選ぶとなった時は逃げるなよ」
もしそこで逃げたりしたら、僕はお前を排除する。その一言は当然伝えない。行動で示すだけだ。
フェリスの判断に全てを委ねるわけではない。僕だって勝手に判断する。
何よりクルシュは自分で判断できるとさっき知れた。
その結論はどっちだって自由だ。しかし逃げるなら嫌悪の対象として排除しなくてはならない。
力のないものの傲慢は、悪である。
フェリスだって知っているだろう。
出産は命懸け。母子の状態によっては、どちらかを諦めなくてはいけない場合もある。
最悪なのはどちらを選ぶかという事じゃない。
選ばなかった結果、どっちも死なせることだ。
そんな時、わがままを通していいのは理外の存在だけ。
そして特別なスバルやラインハルトですら救えぬことがあるのが現実だ。
現実は甘くない。誰よりもそれを知っているはずの者に再度問う。
「お前はその時にどうするんだよ」
答えは変わらず沈黙。
いや、できないのだろう。その思考を進めれば、それはきっと今のクルシュを裏切る回答になるから。
なら、こちらから言うことはない。きっとフェリスは判断をしている。それならそれでいい。
衝突せずにこのまま時が過ぎれば幸運であるし、ぶつかった時はその時だ。
彼はずっと変わらずにクルシュ様の一の騎士。その想いを体現し続ける。
せめて自分だけは忘れないようにと。
その姿に共感はできないが、理解くらいは出来るつもりでいる。
これ以上の言葉は交わさず、ケイはその場を後にした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
クルシュは困惑している。
現状は以前よりずっと良くなった。
ケイと話してからは睡眠も取れるようになり、フェリスとも治療について話し合った。
十分に確証がない治療についてはまだ行わないことを約束し、感じていた壁も少しずつなくなっているように思える。
自信というにはまだ早いだろうが、言動に迷いがなくなると貴族との対話も相手が吹かせる風も劇的に改善していったのだ。
貴族は弱みを見せてはいけない。その意味を理解した。
困惑はその後にやってきた。
自立して活動をしようと決心すると、奇妙なことが起こり始める。
夜分や早朝。人気のない時間帯にわざわざ訪ねてくる有力者が少数だがちらほらといるのだ。
無礼と言われても仕方のない時間、急な訪問依頼。
そう言った場合は無理な対価を設定しておき、丁重にお断りするのが常であるが。彼らはなりふり構わずそれを支払いやってくる。
一体どんな話が飛び出してくるかと思い、別邸の離れを使って会談に臨むが彼らは口々にこう言った。
「宣誓をさせてほしい」と。
彼らの顔は覚えている。こちらを軽んじた態度を隠さず無礼を貫いたもの。元から対立していたようで敵意をこもった視線をぶつけてきたもの。とっとと隠居しろとしつこく縁談を迫ってきたもの。
フェリスの謹慎に関わったものすら混ざっている。
宣誓の言葉と最も離れていたと思っていた彼らがなぜ?
そして不思議なことに宣誓の言葉に嘘はない。
彼らは『勇敢であり、不正をせず、王国のために自ら立つ』宣誓を行いカルステン家に忠誠を誓ったのだ。
彼らはこれまでの宣誓者とは違い、焦りと緊張。敗北感と挫折。絶望と苦渋の風を吹かせているが、しかし真実を語っていた。
誓いを守り、今後はカルステン家とともにあると。
何が起こったというのだろうか。
一部の宣誓は受けるかどうかを保留にするほど、怪しさが満点なのである。
それからもまばらに、そんな者たちが屋敷に訪れる。
何が起きているのかはわからない。わからないが、一つだけわかっていることがある。
間違いなく、これはケイが主犯である。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
とある夜。
王都に居を構える貴族は、その豊満な腹をどうにかしまいこみ寝巻きに着替えていた。
すでに仕事を終えた書斎を後にしようと思ったら、机にはまだ未開封の手紙が一通残っているではないか。
しかもこれはコイル伯爵からの手紙であった。眠いが仕方ないと手紙を開けて読んでみる。
やけに小さい文字を拡大鏡で大きくしつつ読んでいると、不思議なことが起きた。
シュッと音が聞こえたかと思えば、耳が離れて机にボトリと落下した。
声にならない悲鳴をあげて、貴族は慌てて耳を抑える。
慌てて治癒術師を呼びつけて耳を拾いに行くと、思わず手が止まる。
書斎に戻ると机に新たな手紙がおいてある。
なぜかそれはその部屋の紙とペンを使って書かれていたとしか思えない手紙である。
内容は自らが犯した罪についての概要。それを告発しようかという脅迫。
しかもタチが悪いのは、告発に加えて制裁を行うと書いてある。
最後に一つ。理解し難い指令が書いてある。
『不正をもうしないと証明せよ』さもなくば次に落ちるのは首になるだろう。
もう意味がわからない。そんなことできるわけが…
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
同時刻、とある中級貴族の邸宅。
その地下室でいつも通りの日課を終えた貴族は満足げに鼻を鳴らしていた。
しかし、部屋に戻ると壁に文字が描かれていた。
いや、これは脅迫だ。不正の内容が克明に書かれてしまっている。
そう確信した瞬間。後ろから不気味な声がした。
『不正をもうしないと証明せよ』
焦り恐怖し魔法を放つも何にも当たらない。
さもなければ当主は代わることになる。その一言が聞こえたと思えば耳をちぎり取られる。
この意味不明な出来事に混乱しつつも、筆頭騎士と魔法使いに調査をさせる。
結果、何もわからなかった。
このままでは、暗殺されてしまう。一人で手洗いにもいけない。
どうにかせねば。どうすればいい?
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
さらに同時刻。
コイル伯爵は愉快な思い出を反芻し、ほくそ笑んでいた。
クルシュの失態から今まで、かなり気分良く過ごせている。
あのアーガイルの態度は見ものだった。きっとまたやろう。
ご機嫌に邸内を歩いていると、急に意識がなくなってしまう。
そして起きた時には、自分のベッドであった。
しかし、なぜか温かい。
ふと気づくと血で染められている。
耳は取られて、丁寧に腹の上に。
体には刻まれた文字。
お前の不正を知っている
二度としないと証明しろ
自分の首には切り取り線が、血で書かれていた。
コイル伯爵はもう一度意識を手放した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
その全員が共通して行ったことは徹底した調査。
どうやら近い派閥のものたちも脅されているらしい。
絶対にこれは敵対する何者かの謀略だ。
しかし犯人はおろか、やり方さえわからない。
次は殺されてしまう。衛兵に通報すべきだが、不正について暴かれるのは避けなくてはいけない
そもそも不正を今後しないことを証明する手段など存在するわけが…
敵対者。そして潔白の証明。この二つで思いつくのは共通している。
もはや手段は選べない。
三人は急ぎカルステン家に使者を送った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
敵対していた貴族。なんと言ってもフェリスが謹慎になった原因のものたちが、なぜか陣営に加わりたいから宣誓をさせてほしいと頭を下げてきた。
そんな異常事態に際して、クルシュは困惑しつつもすべきことをした。
状況の把握である。全てを知っていそうな人物。
クルシュは急ぎケイを問い詰めた。
「どうしましたか?」
「どうした、ではありません。これはあなたが何かしたのでは?」
「いえ、特に何も。でもよかったじゃないですか。この上なく厄介な敵が味方になると宣誓するのなら何が問題ですか?」
なぜか嘘をつかないでしれっと言ってのけるケイ。
まさか本当に関係がないのだろうか。
「あまりにも、急すぎます。不自然です。それに彼らは怯えている。確実に後ろ暗いものがあるのでしょうね、そんな風がします。こんなことを認めて良い訳がない。それに宣誓はこれからの不正に対しての言及です。これまでの罪はしっかりと負うべきと私は考えます」
「それならそれで良いですが、そうした場合に何がどうなるかをご存知で?」
どういうことだろう。
「そんなのわからない。誰にだってわからないのではないですか?」
「かもしれませんが、想像をすることはできますよ。あの三人は何か弱みを握られているんでしたね。これはあくまで想像ですが、中には自分の地位向上のために隣接する貴族の子どもを殺したものがいるかもしれない。彼がこれを脅迫されて改心を迫られていた場合、あなたが拒否すればどうなりますか?」
「貴族の子どもを暗殺など許せません。なおさら拒否します。そのような卑劣なものの宣誓は決して受けません」
「義憤とかそういうのはいいので、聞いているのはいったい状況がどう転ぶかですよ。想像してみてください」
「不正を脅され改心を迫られている。それができなければ、不正が暴かれるのではないでしょうか?良いことでは?」
「王国の法によって裁かれ一件落着。そうなれば最高ですね。ただ僕は違う予想を立てます。人というのは追い込まれると保身のためになりふり構っていられなくなる。その時には極端な行動に出ると予想します。具体的には犯行を協力した被害者貴族の兄弟を追加で暗殺。その家に被害を出すため殺せるだけ殺すでしょうね。そして家令の中でこの計画を知るものを殺すでしょう。黒い噂が流れることは仕方ないでしょうが、確実な黒になるとは言い切れない。そんな賭けに出るかもしれない」
「そんな残酷なこと…なんのために?」
「すでに言いました。保身のために人はどこまでも残酷になれるんです。他人の死や痛みなど気にしない」
「そんなことって…」
「ではもっと別の予想をしてみましょうか。他の一人は奴隷売買に手を染めているかもしれませんね。亜人の奴隷を仲介し、自身でも虐待して使用している。そんな悪人がいたとして、その宣誓を拒めばどうなると思いますか?」
すでにクルシュの想像はケイによって楽観の道を閉ざされている。
「反省し、奴隷を解放して終わり。とはならないのですね」
「ええ、起こるのは在庫の一斉処分でしょう。許されないとわかれば証拠は消す。当たり前です」
「その上でもう一度聞きます。あなたはどうしたいんですか?」
クルシュはようやくその問いを理解した。
お前は、被害者を救いたいのか。加害者に罰を加えたいのか。どちらなのだと聞いている。
そんなもの、被害者を救いたいに決まっている。だがこの怒りは、義憤は正しいものだとも感じる。
そんな葛藤を知ってか知らずか、ケイは続けて言葉を放つ。
「敵は追い詰めすぎてはいけない。死を覚悟した生き物は何をするかわからない。気持ちで許せなくても、許した態度を取れば今後の被害者は救えるかもしれません。相手は魔女教でも魔獣でもない。それなら対話で解決できることもある」
彼らの悪事を飲み込めというのか。それが合理的なのか…
私の芯にある何かが、それを許すなと叫んでいる。その感情のままに彼らを断罪できればどんなに良いか…
「私は、宣誓を受けようと思います」
時間を取った後、一言だけつぶやいた。
クルシュは何かの折り合いをつけたのだろう。その視線は重くしっかりとしたものだった。
「ですが、我が陣営に加わった以上は追い詰めはしない程度に報いは受けてもらいます。蛮行の中止は当たり前として被害者救済のための措置に協力しないならその時は…」
命から逃げない。その覚悟の目を自らの剣に向けて宣言する。
「ヴィルヘルムに、動いていただくかもしれません」
「御意に」
これまでただ静かに聞いていた一振りの剣は、当然というように腰を折る。
訪れた3名の宣誓を受けて、クルシュは宣言した。
「良いですか。もちろん最低限の配慮はいたします。しかしこれまでの行いの贖罪からは決して逃げることを許しません。それぞれ今後どのような対応をするのか、私に明日報告してください。生温い報告があれば宣誓は嘘とみなして我が剣が切り捨てるでしょう。これは脅しではありません。私の宣言です」
クルシュの心からの言葉はここまで。ここからはケイの入れ知恵だ。
目が伏せがちになるが、それではいけない。相手を見据え、射抜くような視線で突き刺す。
「しかし、真に贖罪し今後は当家に忠誠を誓うのであればあなた方はかなり早い段階で陣営に入ったものたちとなります。その恩恵はちっぽけな犯罪を犯して得られるものとは比べ物にならないことをここにお約束しますよ。ちょうど新たな魔石採掘の権利を手にできるところなのですが、ご興味のある方は?」
そう言って、しっかりと利を提示する。魔石採掘の準備を負担することで当家を支援させるが、将来的には利益になるであろう話に巻き込む。
するとケイの言っていた通り、これまでと違う風が吹いたようだった。
悔しさや怒り、疑念や後悔が滲んでいたはずなのに、今あるのは都合の良い未来の想像らしい。
恥知らずたちの明るい風向きに言葉を失うが、これで良いのだろう。
戦勝報告会で忠誠を誓ってくれた真の忠臣たちとは明確に待遇を分けるが、それでもここより後から参加してくるものたちよりも厚遇せよと言われている。
敵対していても宣誓すれば関係ない。この陣営に入るなら早い方がお得だと。
貴族にそう認知させるのだという。
これは人命を助けるための一手であるとわかっていても、クルシュはどこか自分が汚れていくような気がしてならなかった。
本当の意味での人助けとは、なんとも後味が悪かった。
カルステン家の王都別邸。その離れの建物。それが今や噂の舞台である。
悪徳に塗れた風見鶏たちが祈り、改心する不思議な場所。そう呼ばれ始めている。
誰が呼んだか、『風見教会』
風を見る加護をもって彼らの宣誓を受けるクルシュはまるで修道女のような。否、聖女のごとき畏怖を集め始めていた。
教会におわす、風読みの聖女。
彼女にかかれば、傲慢の限りを尽くした伯爵ですら改心するらしい。
最初は馬鹿にしていたものたちも、貴族が次々に身を翻す姿を見て焦り始める。
一体何が起こっているのだと。
悪に手を出した貴族たちの、悪夢に怯える日々が始まった。
殺されるのはへっちゃらだが、忘れられるのはたまらない。