亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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姿は見えないが、殺意は見える




【FILE:42】風見教会 インビジブル

 

 

まさかこの短期間で3人もの王選候補者の方とお会いすることになるとは。

 

ルグニカ王国近衛騎士団の団長であるマーコスは白鯨討伐後の変化の波を肌で感じていた。

 

アナスタシアが訪れ、ユリウスに捜査権を付与した翌日。

 

クルシュがケイを伴ってとある提案に訪れていた。

先ほど疑惑の調査を許した手前、この二人の動向は少し気になるがそんなものは表に決してださない。

 

岩の如き不動の態度で会談に臨む。

 

マーコスの前にはクルシュとフェリスとケイ。

 

さらにはフェルトとラインハルトがいる。

 

切り出された話題は、近衛騎士の象徴たる三騎士不在における問題についてである。

 

三騎士と呼ばれるのは何を隠そう。この3名。騎士団長よりも余程有名な騎士が3名もいるなど歴代を考えても異常である。

 

『剣聖』ラインハルト・ヴァン・アストレア。

『最優の騎士』ユリウス・ユークリウス。

『青』フェリックス・アーガイル。

 

全員が王選候補者の一の騎士。

彼らの不在は王都の治安に直接の影響が出る。

 

「でもサ。こんにゃこと言ったらアレだけど、フェリちゃんもユリウスも、いてもいなくてもそんなに変わんなくにゃい?」

 

その通り。主な問題は剣聖の不在についてだった。

 

活気で賑わうと、どうしても王都の治安は荒れる。

 

ラインハルトが移動すると、移動先では悪人は鳴りをひそめて闇に隠れる。

けれど、いなくなったところではそれまでの分まで大騒ぎするといった具合。

 

最優や青。クルシュのような有力貴族が抑えていた部分はあるが、王選が加熱し各地へ足を運ぶことになれば今後はさらに悪化すると思われる。

 

 

「なので、その解決策の献策を賢人会にいたしました。マーコス団長にも承認いただければすぐにでも取り掛かることが可能です。必要なものの購入も含めて許可はすでにいただいております」

 

クルシュが説明するのは周到な用意だった。むしろここまで整っているならば、マーコスの合意などなくても進むだろうに。拒否権のない状態でも伺うのは形式として、こちらへの義理立てということだろう。

 

 

「最近王都は奇妙な事件が多いですからね。治安を守らないといけません」

 

ケイがそう言えば、皆がそちらに視線を投げる。

 

どの口で言っとるんだこいつはと。

 

彼が何かをしているなどということは誰もがわかっている。けれどその上で手を出せない。

 

ラインハルト以外の全員がそう気づいている。

 

 

「では説明を始めますね。まずはこちらの効果です」

 

そう言って取り出した外套。エミリアやラムが使っていたそれをケイが被ると、途端に相手への認識が誤魔化される。

目の前にいるのにそれが誰なのかわからなくなるのだ。

 

違和感は強く感じるが、誰か確信できないという効果。

マーコスが気合いを入れて眺めればその効果は突破できるがしかし、一定以上の力がなければ気づかないだろう。

 

「そしてこの術式をもっと簡易にしたものを、仮面に付与してもらうよう交渉は済んでいます。増産は決定待ちですね」

 

 

メイザース辺境伯お手製の魔造具である外套の効果は絶大だった。

そして仮面に付与する予定のものは、外套よりも非常に簡易で、言うなれば雑なものがかけられる。

 

「それは分かりましたが、そちらをどうするおつもりですか?」

 

マーコスはまだ全体が見えていない。ここにラインハルトがいる理由もわからない。

 

「これを、近衛騎士の複数人に被せます。そうすることで治安は劇的に改善するでしょう」

 

反応は芳しくない。

 

マーコスだけでなくフェルトやラインハルトも首を傾げている。

 

「追加で説明をします。みなさんチェイスはご存じですね?」

 

伝わらないことは事前に想定していた。

フェリスやクルシュに説明するときにもその意味を口頭では理解してもらえなかったため、紙でコマを作って実践する。

 

チェイスと呼ばれる盤上遊戯がこの世界にはあり、それは将棋とチェスを合わせたようなゲームだった。

 

この世界で昔から親しまれたそれは、ケイが見ればなんというか少し歪というか。

 

『なんだかチェスと将棋に飽きた学生の手作りルールみたいだねぇ』

 

そうだ。そんな大雑把さを感じる。複雑になり過ぎているがまぁ昔の遊戯などそんなものか。

 

『麻雀も妙なところで変に複雑だし、ゲームみたいに新作を作ってルールを刷新すべきじゃないかな』

 

ゲームのこととなるとやかましい。

 

今は置いておき、チェイスを使って説明する。

 

紙に9マスのみを書いて、そこで3つずつコマを置いて始めるというものだ。彼らも初見だったようで興味深く初めての9マスチェイスを見守った、

 

2手か3手ほどで詰むことが多く。一手詰みもありうる。進行はスムーズだ。マーコスはチェイスも慣れているようで問題ない。

 

最初の3マスに8種類からコマを配置して始める。

対戦相手が慣れていればある程度の定石を持てるだろう。

 

しかしこれに一つ簡単な工夫を加えると相手は大きく混乱する事になる。

 

実際にやってみよう。

 

そこでケイは、コマを手元に隠して一枚だけを裏側に伏せて初期配置を完了させた。

 

「それは…?」

 

「これでやりましょう。考えてみてください」

 

マーコスは動揺する。

一手が打てない。悩みに悩んでも確信は持てず、無難な一手を選んだ。

 

ケイは裏返していた一番安い雑兵を表に戻して、一手で詰ませた。

 

「これで何がしたいかわかりましたか?」

 

マーコスとラインハルトにはしっかりと伝わったようだが、フェルトは少しついていけていない。

意外に剣聖は計算もできるらしい。

 

「おい、チェイスなんて貴族の遊び、知るわけねーだろ。どういう意味だ?」

 

「はい。では具体的な数字をお伝えしますね。普通に始めればその配置は40通りのどれかになります。定石を考えれば意味の薄い手を除くこともできるため、さらに絞られる」

 

3枚のコマ紙を表にして指し示す。

 

「ただこれを一枚を伏せるだけで、40通りから一つの盤面が見てもわからない、300通り以上に跳ね上がる」

 

そういってフェリスと次の対戦を始めた。

今度は2枚を伏せている。

 

「乗算の威力は凄まじい。2枚なら2500以上。3枚全部伏せれば約2万通りだ。文字通り桁違いになっていく。ここまで来ればどんなに頭が良くても網羅できる数じゃない」

 

フェリスは悩んだが。途中で思考を投げ出して強気の一手を打った。

突出した騎士が討ち取られ、詰みとなる。

 

「結果はこうなる。マーコス団長がやったように無難な一手になるか。フェリスのようにやぶれかぶれの一手になるかだ」

 

まぁこの伏せ札を全部暴き立てて、待ったをかけてくるとんでもない奴もいるのだがそれは置いておこう。

 

「はっきり言ってこの国は剣聖の運用が歪すぎる。だからこその提案です」

 

()()()()()()()()()()とケイは言う。

 

剣聖と他数名の近衛騎士。それの正体を隠すことで、犯罪者の仕事は爆発的に跳ね上がる。

 

「剣聖についての情報網が貴族、商人、犯罪者の間では運用されています。気にしていないのは善人か、街のチンピラくらいのもの。まずはそこに負荷を与えて破綻させる」

 

そう言いながら、4枚目の裏にしたコマを盤面の中心に置き、持ってきた荷物を披露する。

 

そこには龍の爪痕の意匠があしらわれた仮面が並んでいる。

 

「メイザース辺境伯から調達するこの魔造具は、他者からの認識を誤魔化すことができる。相手が誰かわからなくなる程度ですが、隠されるのが剣聖であればその効果は絶大です。犯罪者はどこが安全地帯なのかわからないのだから」

 

それぞれに納得と感心の風が吹く。

 

ケイが認められたようで誇らしい。その風を見るのがクルシュは好きだった。

 

「ケイ、その明晰な思考に感服したよ。計算ができても発想の大元がなければやはりダメだね。団長、僕からもお願いします。今後フェルト様につく時間も増えることになりますが、その際に離れていても誰かを守ることができるなんて。これは僕にとってまさに魔法のような取り組みです」

 

「賢人会から許可がある時点で、そこまで大仰にすることもないがしかし。そうだな。筋を通していただいた以上。騎士としてこちらも筋を通さねばなりません。丁寧な説明を感謝させていただきます。その提案を騎士団として受け入れさせていただきます」

 

提案は成立。すでに作り始めている4枚の仮面は騎士団の買取となるようだ。

 

「身長や体格の近いものに限られますが、充分な威力だと思いますよ」

 

一応の懸念は伝えるが、ラインハルトは平均的な体格だ。近いものは十分に…

 

「その心配は無用だよ。僕は『痩身の加護』や『恵体の加護』。『長身の加護』などで多少なら体格を変えられる。マーコス団長と変わらぬ姿にならなれそうだ」

 

「…は?」

 

こいつは何を?

 

「言っていなかったか。すまない。僕は複数の加護を賜っている。身に余る力だったが、それを君の発想で活用できるなら初めて十全に使いこなせるかもしれない。それに今、『低身の加護』も授かった」

 

「っはぁ!??」

 

そんなことができるなら、仮面などいらないではないか。お前が自分でやれてしまう。

いやそんなことよりもだ。こいつ今なんて言った?

 

ケイの混乱に誰も取り合わず場が進行していく。

これが普通のことなのか?いや、そんな訳がない。

 

こっちが疑問を挟んでも、特に大事にならない。そういうものだろうと周囲の反応はまるでこちらがおかしいかのよう。

 

その異常な事態にケイは少し血の気が引いて、珍しく怖気を感じている。

 

そして気づく。これもきっと…加護なのだろうか。

 

「すまない。驚かせてしまったね。僕はよく周囲を混乱させたり、恐れられてしまう事があるから『平静の加護』を使わせてもらっている。僕をよく知らない外国の人や一部の人には効きが薄いが、ケイはどちらも兼ねているらしい。すまないが、これがなければ王都が大騒ぎになってしまうんだ。そのうち慣れると思うから、どうか許してほしい」

 

ニコリと笑って洗脳を宣言してくる。

 

ふざけんなよ。こいつおかしいぞ。

 

スバルにばかり警戒の目がいっていた。このラインハルトは武力において絶対であると思っていたがそうではないらしい。

 

いや『最強』ではあるのだが、それだけで飽き足らず『万能』であるとは思っていなかった。

 

『平静の加護』人の認識をいじるなど、これまで聞いた中で一番邪悪な加護である。

怠惰の能力の方がマシではなかろうか。

 

チェイスに例えるならスバルが待ったを使えるプレイヤー。

この剣聖は無数に動きを変更できるコマだ。その上当たっても討ち取れないという無敵付き。

 

スバルとラインハルトの戦いなど想像したくもないが、きっとスバルの能力の限界まで戦い続けるのだろう。

 

どっちが勝つのかは知らないが、周囲が灰燼に帰すことはわかる。絶対に関わりたくない。

 

ここで一つ、意味のない思考をしてしまう。

 

なぜ、そこまでの能力があって()()()()()()()()()か。

 

その能力の1割でもあれば、僕なら王都を平和にできる気がする。これは傲慢だろうか?

 

スバルならわかる。彼は見るからに被害者だ。自分で望んだわけでも、鍛錬したわけでもない力に纏わりつかれている。

それでも心折れずに怠惰討伐までやりきったのは凄いことだと思う。

 

しかし今こいつは、加護を授かったと言っていた。

なんだそれは?

 

なぜこれまで加護を試し、組み合わせ、検証しないのか。理解できない。

 

いや、自分でもわかっている。彼はわざとそうしているわけではない。

単純に思いつかなかったのだろう。それを責めるのは理不尽だ。

 

何かリスクやコストがあるのかもしれないし…いや、先程の様子を見るに必要なさそうだ。インチキめ。

 

でもこれからは、自分が思いつく範囲では口を出そうと思う。こんなにもったいない事なんて他にそう見つかるわけがない。

 

魔女教には剣聖とスバルをセットでぶつけるべきだ。盤面が許すなら絶対にそうすると心に決めた。

 

とんでもない異常が見つかった事以外は全て順調に話はまとまり、策は実行される事となった。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

王都を歩く好青年。美形の彼は町娘が思わず目を向けてしまう。

 

非常に清潔な若商人。それが彼の評判だった。

 

しかし好青年といった外見の彼は違法薬物の密輸で生計を立てていた。

 

違法薬物の需要は途切れることはない。貴族街から繁華街まで、どこにだって顧客はいる。

 

その日の天気を聞くように、日課の情報を耳にいれる。

情報屋に銀貨を渡し、今日の剣聖の予定を頭に入れた。

 

この準備を怠りお縄になったものは数知れない。

あの剣聖の目と耳が届く範囲で犯罪を行えば、よほど運が良くなければ次の瞬間には声をかけられている。

 

「そこまでだ」

 

その声がかけられてしまえば、そいつの人生はそこまでになるのだ。

 

しかし、今日の剣聖は随分と活動範囲が広くて長いな。

これでは商売上がったりである。

 

このところ王都では謎の義賊のようなものが不正を働く貴族を脅して回っている。そのせいでいつもより貴族への売り上げが悪かったのだった。

その上でこれというのは全く不運だ。

 

今日のところは休みにするかと、彼は自身のために繁華街に酒を飲みに行くのであった。

 

 

その3日後。

 

おかしい。明らかにおかしい。剣聖がずっと目を光らせている。

これでは仕事にならない。毎日の出費も馬鹿にならず、薬は長くもたない種類のものもある。

 

もう今日は動くしかない。

そうだ。売買はせずにまずは剣聖を窺いに行こう。なぜこんな異常が起きているのか、確認せねば。

 

 

そして彼が情報の場所と時間で目撃したのは、2mを超える巨体の近衛騎士だった。

 

あれは、剣聖ではない。

ならば情報が間違っていた?この付近はきっと安全だろう。

 

情報屋に呪詛を吐きながらも行きつけの酒場に入り込み。

 

いつもの売人にブツを売り込む。

 

「待たせたな。どれくらいいる?」

 

「ようやくかよ。ありったけだ。皆さんお待ちかねだぜ?」

 

売る方も買う方も、風体は清潔な商人と、昔気質の職人のおじさんにしか見えない。

闇に潜む犯罪者は、チンピラの如き分かりやすい見た目などしてない。

 

荒くれの風体は威嚇なのだ。それが必要ない種類の悪人は紳士の皮を被っている。

 

しかしそんな紳士たちに今日だけは、他にも声をかけるものがいる。

 

「そこまでだ」

 

2mを超える長身。髪は燃えるような赤。筋骨隆々マッチョマンの剣聖が、彼らの肩に手をかけていた。

 

 

 

 

その衝撃は一瞬で裏社会に駆け巡った。剣聖が王都に二人いる?一体これはどうしたのだろうか。

 

しかし彼らの対応力はさすがだった。片方が本物とわかっているなら、別の場所は安全だ。

 

宝石店の強盗を計画し、ずっと待機させられていた盗賊団の頭は決意した。

 

こっちにいるのはただの近衛騎士ってことになる。いざとなりゃ数にものをいわせてやってやる。

 

宝石店の窓を割り、お宝を袋に詰めながら自らの判断を肯定する。

 

そうだ!よく見りゃ付近を巡回するあれが剣聖であるはずがない。こんなに体格は良くないのだ。

こんなデカブツはそれこそ騎士団長くらい…

 

盗賊団は、騎士団長に突進され壁ごと吹き飛んだ。

 

 

 

剣聖の情報を売っていた組織はクレーム処理と次の情報の精査にかつてないリソースを投じ続けていた。

 

なんと4人に増えた剣聖の情報。その真贋を見極めるために多大なコストがかかっている。

 

しかし、彼らはとある国を抜けた元諜報部隊のものたち。加護や伝手を活用して一定の成果は上げていた。

針の穴を通すような安全地帯。一定時間で消えるそれを導き出せれば、そこであらゆる悪事を済ませる。

 

王都の裏社会にそんな新たな様式が生まれて、少し経った頃。

 

王都城下町のとある裏路地。今日の安全地帯であるはずの場所にて、悪夢のような声が悪人たちに突き刺さる。

 

「そこまでだ」

 

そこにいたのは仮面をつけていない剣聖。燃えるような赤髪を見せつけてその存在を世界へと知らしめる。

あり得ないはずの五人目の剣聖に全員で一度に昏倒させられた。

 

 

『偏在する剣聖』作戦が展開してからというもの、検挙数が通常の数倍になる日もあった。

そして他のパトロール地区は犯罪が減少している。

 

王都において悪事を働く者にとって地獄のような日々だった。

ダメ押しとばかりに、来週には仮面が二つ増えるらしい。

 

この一報が決定打となって、諜報員は王都から逃げ始めた。

 

残った者では維持できない。数日後、剣聖の情報網は()()()()()()

 

その組織の名前は、『ブラック』であった。

この実話から過労で人が倒れるような組織のことを、ブラック組織やブラック商会などと呼ぶようになっていくのは少し先の話であった。

 

 

 

 

不正貴族。裏稼業のものたち。それ自体ロクでもないものだが、何より魔女教の温床となりうるのは見過ごせない。

魔女教とはいきなり生まれるもの。そんな前提をケイは疑う。

 

話を聞けば想像できた。

エルザとメィリィが恐れるお母様と呼ばれるものは、おそらく『色欲』の大罪司教である。

 

これはメィリィに確認を取れれば確定できるだろうが、違っていてもいい。同じくらい危険な害悪が存在し、犯罪者を用いて悪事を働いていることは事実だ。

 

彼女は巧みに魔女教以外のものを扱い、呪具やミーティアや珍しい加護を集めているらしい。

 

敵がコツコツと積み上げた積み木を崩してやるのは気分がいい。各地に潜ませた手足をもいでやる。

 

これは佐藤の思考だろうか。いや、これは普遍的な感情だ。

だって僕は悪人を改心させ追い出しているだけなのだから。佐藤なら皆殺しにしているだろう。

 

笑みを浮かべて、剣聖が増えた王都の街並みを眺めている。

 

攻めることはなんて楽なんだろう、と思いながら。

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