亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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【FILE:48】魔獣大百科① お楽しみはウルガルムの後で

 

 

魔獣大百科の作成。

 

実はこの話を始めたのはクルシュであった。ケイに問われていた王になるための行動の一つだ。

 

王となるため自身でなにをするのか。その問いに数日をかけて答えた。

 

「魔獣の討伐をしてみようと思うのです。王国の各地で。私はこの国を知らなすぎる。どんな人がどんな場所で生きているのか、それを見てみたい」

 

そう切り出されたのだった。言われて検討してみれば確かに悪くない。

 

今は誤魔化せているが、この対人経験の少なさで貴族の政治闘争を勝ち抜くのは至難である。

どうしても僕に頼りきりになってしまうし、自分ではアナスタシアを負かして貶めることはできても求心力で勝ることはないだろう。

潰しあっている間に、プリシラあたりが王位をとりそうなものである。

 

民衆や市井の商人たちの人気を得るためにも、各地で魔獣討伐をするというのは良いアイデアだ。

討伐隊の残りや、身寄りや記憶を失った者たちの食い扶持もこれで賄えるかもしれない。

 

これまで存在していないものであるためハードルは高かろうが、案外実現できるのではないだろうか。

 

「わかりました。草案を作りますのでできたら賢人会にお伺いを立てましょうか」

 

 

そうしてケイは、主の意思を現実にしていく。

 

そのための魔獣についての下調べも白鯨の際にしていたものに加えて、改めて行なっていた。

書類仕事の分野では役に立たないと思っていたゴドフリーであるが、魔獣に関する書類の扱いだけは高級官僚の如き正確さと早さであった。『関心の加護』はやはりすごい。

 

最大の問題は、一領主の戦力を王国の各地に派遣するという事実だ。

これは立派に侵略行為である。実際に魔獣討伐のためと戦力を集めてそのまま他領に侵攻するのは、この世界でやり尽くされた手口だ。別の者が指揮権を持つ戦力を受け入れる領主などいない。

 

ならば大義と実利、そして恐怖を提供しようか。

まずは公共事業としてこの魔獣討伐を位置付けて賢人会から認めさせる。あとはそうだな。魔獣についての体系的な資料がほとんどなかったのが気になったので、それを作成してその地域に頒布するまでをセットにしようか。

 

これならやろうと思っていた別のアイデアの助けにもなる。

 

侵略の心配がないなら領主にとっては厄介な魔獣討伐の危険を背負ってくれるものがわざわざ出向いてくれるのだ。実利はある。

そうだ。その行軍には行商隊も随伴させよう。道中の安全は随一であるし、この一団が訪れるだけでも経済も潤う。

 

ぜひおいでくださいと誘致させるサクラでも仕込めば流行になるのでは。

 

 

そして恐怖についてだが、これについては魔獣自体が担っていると言えなくもない。

 

それでも見つけてしまった。あまりに大きな不穏の種を。

 

まさか下調べを始めて1週間でこんなことになるとは思わなかったが、どうしても無視できないデータを見つけてしまったのだった。

 

 

「もしこれが事実とすれば、どうなりますか?」

 

「これは…さすがに笑えませぬなぁ。これはこの国の根幹を揺るがすものになります。いえ、この世界のと言ってもいい。控えめにいって大混乱です」

 

あのゴドフリーが鉄面に戻り、顔を青くするほどの威力がこの仮説にはあった。

そしてそれについて追加で調査をすればするほど、笑ってしまうくらいに補強する材料しか見当たらなかった。

笑えないが。

 

なので賢人会にプレゼンする。

 

 

「魔獣を無闇に殺すことは、この世界に悪影響があるかもしれません」

 

 

呆然とする老人たち。

事前に配られている資料を睨んで、わなわなと震えているものもいる。

 

しかし誰も、声を荒らげない。反論しない。そこに理があるとわかってしまう。

 

「改めてになりますが。我々が調べていた資料は魔獣の大発生、または異常個体、そして被害を出した天変地異の発生についてです。魔獣については王城の資料室よりも民間の傭兵組合の方が充実していたことも、合わせてご報告させていただきます」

 

そう。この世界において魔獣の討伐は、どちらかといえば下の身分に対応をさせがちであり、卑賎とされる傾向がある。血に関わる職業の宿命ではあるが、その立場は狩人よりも低い。魔獣を殺して得られるのは安全のみ。当然ながらあまり利益にならないのだ。

 

自然と人は魔獣と関わりを持ちたくなくなる。それを担当するのはより身分が低く、困窮して、粗野なものたちになっていく。野盗だか人殺しだか魔獣殺しだか区別がつきにくい。

 

白鯨ともなれば話は違うが、主には傭兵に任せたりするのが常である。貴族が出張るのはそれが失敗した時の尻拭いや領地の脅威に対してだけ。

傭兵組合は魔獣討伐を専門とするものたちを『冒険者』などと呼称を変えて地位の向上を目指しているが、芳しくない。

 

それがこの国の常だった。

 

貴族は一般的な魔獣を軽視している。魔除けの結界が開発されてからはそれが顕著になっている。

だから資料がほとんどないのだ。

 

 

在野の資料をかき集めた結果と、ゴドフリーの知見をもって地図に点を打っていく。

同じ地図に、別の色で円を描き点をうつ。

 

 

時間軸を変えて情報を書き込まれた2枚の同じ地図。それが賢人会の前に広げられた。そうすれば一目瞭然ではないか。

 

 

魔獣が大量に討伐されたあとの数年後、その付近で魔獣の氾濫や天変地異が起きている。

 

 

この国では、魔獣の暴走は起こるもの。そういうものだと認識されているのだ。誰も疑問に思っていない。

しかし、見比べてみれば最も魔獣の異常が起きていないのは、ほとんどがアウグリア砂丘の周辺である。

 

世界で最も魔獣がひしめく異常地帯。

 

その周辺が最も安全などと、直感的には同意できない。

現に魔獣の被害はあるのだがそれは異常な個体や量によるものではなく、通常でそうなのだ。

 

 

「一体…いったいなにを言いたいのですかな。この事実から一体どんな仮説を思い付かれたのでしょう」

 

 

「そもそも魔獣って。一体なんでしょうね?」

 

あっけらかんと疑問を投げる。

 

「数百年前に魔女が作った化け物たち。どうやって増えるのかも一定ではなく、生き物を嫌悪し襲う怪物。人類の敵」

 

一般常識を述べて、そこに疑義を呈していく。

 

「これ、何の根拠があるんでしょうか。まずはそれが疑問でした。だってそうでしょう。魔獣は強力だ。野生動物は魔獣に勝てない。人間すら殺されるのだから当たり前です。なのにこの400年。絶滅している野生動物はほとんどいない」

 

「そして天敵がいるにも関わらず、人類は400年で発展しています。歴史上類を見ないほど。これはなぜでしょうね。本当に天敵であれば、アウグリア砂丘の魔獣たちが移動するだけで王都は更地になる。なぜそれをしないんでしょう」

 

ただし、この仮定に剣聖はないものとする。

 

こっちは真面目な話をしているのだ。変な外れ値で話を乱したくはない。この400年間、最初の三英傑と嫉妬の魔女を除いてラインハルトに並ぶものはいないと知っている。

 

歴史的には剣聖がいない期間の方が圧倒的に長い。

 

なのに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「なら答えは単純です。魔獣は人類を殺すために作られていない。全く別の目的によって魔女に作られたものである。こう考えるのが自然です」

 

ではそれは何か?

 

すでに常識を根底から揺らされている老人たちは、足元がおぼつかない。大きな地震に揺らされているような、そんな錯覚に襲われている。

 

 

「魔獣の行動を見ればわかる。人を襲いはするが、自分で探し出しに来ることは稀。彼らが普段していることは?そう。瘴気ですよ。魔獣は瘴気に群がるようにできている。では瘴気とは何ですか?」

 

一人の老人の口から出たのは掠れ声。それでも必死に回答する。

 

「瘴気は、汚染されたマナ。こんなことは常識だろう。わざわざ問うまでもなく…」

 

「汚染とはいったいなにを指すのですか?」

 

これまで黙って聞いていた、賢人会の長。マイクロトフ・マクマホンが応える。

その声は震えていた。きっと彼はその先の真実まで予想しているのだろう。

 

「それは、多くは負の感情からですな。七大罪を筆頭とする悪感情。人間の、感情によってです…」

 

「そうです。これが、魔獣が人を襲う理由だ。彼らは知っている。死の間際に人がマナを汚すことを。平時からマナが汚れた人間がいることを。その嗅覚で嗅ぎ取っている。もし悪感情の一切を抱かない人がいるなら、魔獣の前に見せてみたいですね。きっと無視されるんじゃないでしょうか。まだ会ったことはありませんが」

 

肩をすくめて、地図に向き直る。

 

「アウグリア砂丘にひしめいて離れない理由でもある。あそこは世界で最も魔獣が多い場所なんかじゃない。順番が逆です。世界で一番瘴気が濃い場所だ。そこに魔獣が集まっているだけなのでは?」

 

「彼らの超常的な肉体や能力。呪いの力は一体どこから得ているのでしょう。もはや明確だ。彼らは瘴気を餌にしている。ということは、彼らがいれば瘴気は減るのでは?そう思って調べたのが先の地図です」

 

「どう見ても、魔獣と共存している方がその地域は安定している。たまに一掃するとそのバランスが崩れて異常が起きる。これは集めきれていませんが軽く調べただけでも十分に傾向はあった。不作や旱魃、死産や奇形児の出産数。疫病や精神障害。魔女教の発生。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「同時に他国における魔獣の少なさにも頷ける。瘴気が少ないから魔獣があまりいないんですよ単純に。この国は魔獣大国ではなく、瘴気大国ということです」

 

「まさか、まさかお前は!魔獣が人のための存在であると?そう言っているのか!?貴様狂っているのではないか!!?」

 

「正気か狂気かはどうでもいい。今の話を聞いて理屈に納得するなら狂ったほうが良いのでは?そうしないと正気のままに人を殺すことになりますよ」

 

 

「まとめると、魔獣は瘴気の対策として魔女が生み出した世界の浄化装置である可能性がある。瘴気の根本的な対応がされないのなら、彼らを大量に討伐することも、隔離することも実はするべきじゃない。魔獣除けの結界はかなり最近の発明ですね。あれが10年後、どんな異常を引き起こすのか、起こさないのか我々は知らないでしょう」

 

 

「どうしろと…貴様はどうしろというんだ我々に!!ただ魔獣に殺されていろとでも?貴様はそう言うのか!」

 

机を叩き激昂する老人はしかし、ケイに怒っているわけではない。この不条理を受け止めきれていないだけだ。

 

「だから調査がいるんです。そのために魔獣大百科を作ります。調べてあげますよ僕たちが。だからそれを手伝ってください」

 

 

糾弾されると思っていた。もはや誰かに責めて欲しかった。この400年の愚行をこの少年は歯牙にもかけないと言うのか。

 

 

「クルシュ・カルステン公爵。白鯨を殺した英雄に特別な調査権をください。さらに欲しいのは『魔獣の飼育許可』です」

 

「それは、それはしかし…」

 

魔獣の飼育は可能である。角を折ればその相手に従うため、実力者ならば捕獲は難しくない。しかし最大の問題がある。捕えられた魔獣は基本的に長生きしない。なぜか弱体化し死んでいくのだった。しかし原理はわからないが、対策はある。かのヴォラキア帝国ではそれが行われている。

 

 

人の肉を食えば、魔獣は生きていけるのだ。

 

 

それゆえに魔獣の飼育は厳禁とされていた。ヴォラキアですら罪人がひしめく剣奴孤島でしか運用されていない。それは常識なのだが。

 

 

「懸念はすでに解決しています。我々は、人を殺さずに人肉を入手する手段がある。それはご存知でしょう?」

 

狂気だ。こいつは狂っている。自分の肉を、死なないからと魔獣に食わせると言うのか。

 

「この僕が自ら提案している以上その懸念は的外れですが、まだ一歩足りないようですね。じゃあ伝えますが、正直まずいんじゃないですか?この国」

 

今度はいったいなにを?

 

「王族の急死が相次いで起こった時、剣聖が賢人シャウラを捜索したと聞きました。彼は砂丘で一体どれほどの魔獣を殺したんです?」

 

 

血の気が引いた。思わず持っていた筆記具を取り落とす。

 

 

「白鯨の出現をヴィルヘルムさんが予想できたのは、実はこれが一端になっています。彼はここまで広範囲に集めていませんでしたが、白鯨の出現は魔獣の減少とも符合する。わかりますか?白鯨は欠けた魔獣の緊急の穴埋めかもしれないのです。そしてそれすら我々が殺してしまった」

 

これだけでも十分に声を失っているが、追い討ちが重なる。

 

「それとほぼ同時に、『大兎』までナツキ・スバルが消し去ったこともお忘れなく」

 

トドメが刺されて沈黙が場を支配した。

 

「多くの災害や反乱はだいたい5~10年かけて反動がきているようです。今から対応すれば間に合うかもしれない。だからとっとと不都合な現実を認めて、調べてみませんか?」

 

「大罪魔女と呼ばれた存在について、この世界はあまりに無知だ。恐怖が勝って禁忌にしてしまっている。それこそ誰かの思う壺かもしれない。僕はそう言っているんですよ」

 

 

ここに魔獣大百科におけるあらゆる特権が認められ、国家として全力での支援が約束された。

王国全土において、青蓮の証を下げた魔獣の都市への侵入を認める特別令が発行され、領主はあらゆる協力を惜しまず魔獣については協力すべしと厳命された。

 

 

 

 

そしてその最初の一歩。歴史に刻まれるべき先陣は、なんともアンバランスな二人である。

 

長大な斧槍を背負うも、その重量を感じさせず体の大きさでアンバランスさもない。

豊かな口髭は孤月のようで、その禿げた頭は満月のようであった。

 

『魔獣狂い』ゴドフリー。

 

 

そんな彼の肩にちょこんと座るのは少女。

 

『魔獣使い』メィリィ・ポートルート。

 

彼らは辺境伯領を離れる前に、ウルガルムの捕獲を任務として言い付けられていた。

 

 

「なあんか。悪い動物ちゃんに乗ってるみたいな気持ちになるわあ。お爺さん?おじさん?本当にあなた人間なのお?」

 

「ガハハハ!!普段から魔獣の真似を一人でしていてよかったわ!魔獣の如きと専門家に認められるなど我が人生で最大の栄誉かもしれぬなあ!」

 

よくわかった。この男は頭がおかしい。

 

「ねえ。聞いているようで人の話聞いてないわよねえ。はぁ。これからしばらく一緒なんて、ぜえったい疲れるわあ」

 

 

メィリィが肩に腰掛けても余裕のあるその体躯。正直乗り心地は悪くない。肘を頭に乗せても怒らないというか気づいていないようである。

 

陽気で大きく、そして頭のおかしいおじさん。

 

けれどその実力にメィリィは驚いた。

 

ウルガルムを捕えるために一定の距離まで近づかねばならないが、その捜索がこの男は非常に上手いのだ。付近にいるウルガルムの中でも好戦的な個体は最近の出来事で全滅しているようで、隠れてこちらを伺うような子が多いというのに。

 

 

だいたい15頭くらい集めただろうか。撤収をかける。

 

「おお!!夢にまでみた魔獣との触れ合いが、こんなに容易に!!何ということだ!お前は天才だ!メィリィ!!」

 

ウルガルムを普通の犬のようにわしゃわしゃと撫でるゴドフリーは一切の邪気というものがない。

 

「こんなの、どっちが子どもかわかんないわよお。面倒見るなんて嘘なのかし…きゃあ!!」

 

ガハハ!とそのままの勢いでメィリィを抱き上げて抱きしめるゴドフリー。

 

「やめ、やめなさあーい!やめてよお!」

 

まるで聞こえていない。天才だ!素晴らしい。メィリィ万歳!魔獣最高!と言って上下左右に大はしゃぎである。

 

 

エルザ以外、しかも男との触れ合いなど当初は願い下げであったが、ゴドフリーはあまりにも普通と違いすぎて調子が狂いっぱなしだった。

これも仕事と思って耐え忍ぶしかない。ポエム大賞だけは避けなくてはならないのだから。

 

 

しかしそれからも、ゴドフリーはいつも魔獣の話を聞いてくる。

エルザは魔獣に興味もなければ会話が多い方ではなかったので、これはこれで新鮮だった。

何より、同じものが好きと言うのは初めてで、なんだか悪くない。

 

うん。そうだ。これもそういう魔獣だと思えば可愛げもあるかもしれない。

 

魔獣おじさん。メィリィ!と呼び合う姿はまるで孫と祖父のよう。

 

その内容はこの世界の誰もに共感されないが、楽しい晩餐は進んでいく。

 

最後に魔獣を食おうとしてメィリィに説教されるが、それもまた彼らの日常になるのであった。

 

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