ゴドフリーとメィリィは捕らえた魔獣のほとんどを連れてカルステン領へ向かう。
一部のウルガルムはケイが角を折って従えていた。
そして残るローズとケイは、エミリア陣営が誇る魔法の専門家二人と話し合っていた。
王国一の魔法使い。ロズワール・L・メイザース。
ナツキ・スバルが引き入れた大精霊。ベアトリス。
方式は違えど、飛行魔法を操ることができる二人は世界的に見ても希少な人物である。
「これが作成したい魔造具。簡単に言えば飛行装置ですね」
そう。飛行手段を作成する。それが今回の目的だった。
「前にロズワールが言った通り、困難な開発になるかしら。ベティがどれだけ完璧に仕上げても、魔法だけでなんとかなるものじゃないのよ」
「だからこその職人の紹介だ〜ぁね。そしてその翼を作る素材がこれかい」
そこにあるのは白鯨の皮。骨。毛皮。角の一部。それが持ち込まれていた。
「いや、一狩り行こうぜ!とは言ったけどさ。マジであれじゃん。ケイって本当にゲームしてなかったの?」
スバルの言葉は独り言として流して話を進める。
「僕には魔法で何が可能なのかわかりません。最終的にこの形になるようにしつつ、普段は外套のようにしておくことはできますか?」
「可変部を作るとなるとかなり複雑になるのではございませんか?」
「その点は問題じゃないかしら。問題は素材の耐久性と適性なのよ。それによってどれだけ魔術刻印を刻めるのかが変わってくる。その点はこの上ない適材と言えるかしら」
白鯨の素材はとにかく軽く丈夫だ。そして陰魔法による重量軽減の恩恵を最大に引き出す相性の良さもあり、そのポテンシャルは専門家が一目で認めるほどだ。
「この高品質の魔石も使い放題とはね〜ぇ。当家の出費だからいくらでも使い倒してくれたまえよ」
ここに飛行装置を作るための材料が、最後の一つをのぞいて集まった。
飛行魔法と陰魔法の専門家。
丈夫で軽く、相性の良い白鯨の素材。
高品質の魔石。
航空力学を踏まえた、揚力を得るための翼の設計図。
魔石へ二属性の魔法を封じる専門家たるローズ。
最後はそれらをまとめ上げる魔造具職人がいれば良い。
辺境伯領にある魔造具制作の本場。ルグニカ王国の五大都市が一つ。
工業都市コスツールへ職人を探しにいけば要素は揃う。
ここまで好材料が揃って作成できないのなら、諦めもつくというものだ。
工業都市コスツール。近年の発展が目覚ましいこの都市は、メイザース辺境伯による肝煎の開発によってここ10年で急激な成長を遂げている。
都市長たるレノ・レックスは、辺境伯からの手紙を読んでため息をつく。
そこに書いてあることはおよそ理解のできない内容。しかしまぁ、そんなことはいつものことである。
ロズワール新派でありエミリアを支援するこの寡黙な男はそんなことを気にしない。
ため息は、この手紙を持ってきた人物に向けられてのものだった。
「ロズワール様。ご要望はわかりました。対応はすぐに致しましょう。しかし毎度のことではありますが、このような連絡の方法は、要らぬ誤解を生みますぞ」
手紙を持ってきたのはまさかの本人。
空をひとっ飛びで移動ができるこの人物は、どんな輸送手段を頼るよりも自分で動いた方が早い。
手紙の返事をその場で書く必要もなく、口頭で済む。
なぜわざわざ手紙をと思うが、きっと記録に残したい事柄なのだろう。
「それはそ〜ぉれは重々承知しているとも。そんな君は決して誤解をしないということも。邪魔な上役は返事さえもらえれば飛んで消えようじゃあ〜ぁないの」
この二人の仕事は早い。
即座に要望に対応し、正気とは思えないお触れ書きを仕上げたのだった。
以前は自分が突拍子もないことをすれば心配されたものだが、普段の行いの成果だろうか、ああ、また辺境伯からの無茶振りかと落ち着いて迎えられるようになっている。
実際、今回もそうなった。
掲示板の前には人だかりができており、その目は同情を含んだものだった。
コスツールの全域で、とある職人募集のお触れ書きが掲示されている。
これまで飛行のための魔造具の制作を試みたことがあるものを求むと。
それを見たものたちは全員がこう思う。
ああ、これはあいつらのことだなと。
それに挑戦したものは多くいるが、あの一家ほどそれに傾倒したものはいない。
その予想に違うことなく、メイザース邸に呼ばれた職人はその一家であった。
辺境伯の前においても堂々とする男。
そしてオドオドとしつつもその男のそばに立つ女。
オルバー・ワイト
キャサリン・ワイト
ワイト3兄妹。と名乗った二人はこの街で、いやこの国で。世界で一番『飛ぶ』ということに本気であった。
周囲からは狂っていると言われても。副業を本業にした方がいいぞと言われても耳を貸さなかった。
その固い意志は、筆頭であった兄が死んでも一切の陰りはなく。むしろ大きくなっているようだった。
長兄は墜落事故で亡くなっている。そして二人は鎮魂のためにその葬式で新たな飛行を披露するというイカれっぷりである。涙を流して空へ跳ねてそして墜落して親族に突っ込み、みんなで怪我をしたらしい。
かなりの際もの、というか狂人だ。もし七つの大罪に『飛翔』というものがあれば間違いなく大罪司教になれる才能があると言われたのはいつだったか。
職人にありがちではあるが、彼らは礼儀というものをまるで知らなかった。兄の方は無駄に偉そうである。きっと苦労しているだろう。そんな兄を妹は一切諌めることも止めることもせずに全肯定し続けている。
「いよいよこの屋敷も変人の見本市みたいな有様になっているかしら。その無礼もまぁ。これまでの研究を見れば多少は理解できるのよ。これだけ落下し続けてまともであるなんて思うほど、ベティは常識知らずではないかしら」
「彼らは確かに特異だが、この資料と検証の積み重ねには価値があると、素直に褒めようじゃ〜ぁないの」
奇特が人の形をしているようなロズワールにすらそう言われてしまうが、無礼なはずの男は一切反論もせずに辺境伯にだけは礼を尽くす。
そう。なぜか辺境伯にだけはやけに反応がいいのだ。
初対面の時にはキャア!うおお!と二人で叫んで周囲を驚かせた。
曰く、飛べるから心から尊敬しているとか。
飛べる人の元にいたいという一心で、カララギからこちらに移住してきたらしい。
ベアトリスも飛べると聞いて、涙を流していた。
「キャサリン。ルグニカに来て本当に良かったな」
「ええ、そうです」
「きっと兄さんも空の彼方で笑ってる気がするよ」
「その通りですね」
そして彼らがケイの図面と、仮に作られた魔法理論に目をとおす。
なるほどね。と頷いて兄は不満顔だ。
そこから紡がれる言葉は、先ほどまでの不敬な態度ですら取り繕ったものなのだと知らしめるもの。
相手によっては即座に殺されてもおかしくないほどの様子だった。
「てんでなっちゃいない。この設計は出来損ないだ。飛べやしないよ。構造には目を見張るものがあるが、この直線は退屈だ。素材は最高。言うことはない。けれどその素材がこんな使われ方をしちゃあ、みすみす殺すようなもんだ。効率は確かに大事だが、マナの運用と素材の良さ、そして何より飛ぶ人とそれを見る人の気持ちってもんがまるでわかっちゃいない。愛を感じられないね」
とんでもない言い様である。スバルですら二の句が継げない。
「三ヶ月後にまた来てください。本物の翼、いや究極の翼を。そう、戦乙女の天翼ってやつを見せてあげますよ」
そう言い放つオルバー。そんな兄の後ろに隠れつつも、キャサリンは小声で賛同する。
「キャサリンもそう思います」
ボロクソだったが、どうやら受けてくれるらしい。こんなに貴族たちに対して偉そうな平民もそうはいないが、誰も咎めることもない。
一応揚力というものを説明し、マナを抜きでも飛べるものの基本構造を説明すると、反応は劇的に変化した。
二人で跪く。いや、それを超えて。否、下回って土下座した。
「あなたこそが賢者の再来、ホーシンの生まれ変わりだ。この出会いに感謝を。そしてこの仕事は絶対にやり遂げて見せます。お任せください。空にかけて誓います!」
空はお前のものではないはずだが、まぁいいか。
人の功績を我が事のように賞賛されるのは居た堪れないが、喜んでいるならよしとしよう。
この世界では飛行機はずいぶん早く実現されそうだ。
独特な宣誓をなされて無事受注となった。
制作から調整までをだいたい一年ほどはこちらに付きっきりで調整してもらうことになる。その間の保証は全てロズワール持ち。素晴らしい契約だ。
その後、詳細を詰める中でスバルは一時退散し屋敷の手伝いをするという。
なんでもケイに料理を振る舞ってやるのだと気合いを入れているらしい。
この場で手持ち無沙汰であるのは、ケイとエミリアのみとなった。
ケイの方から特に話す事もない。
しかしエミリアからは好奇心旺盛な視線をひしひしと感じる。
父がいたときの事を思い出す。
正月にどうしても親戚と顔を合わせなくてはいけない時に、子供たちが連れて来られているとちょうどこんな感じだ。
一緒にあそぼ?お話ししよ?
勉強を理由に早々に部屋に籠っていたが、今回はそうはいかない。
「エミリア様、なにか気になることでもありますか?飛行の魔造具にご興味が?」
「ううん。違うの。ちょっとケイの事について考えてて。聞いても、いい?」
紫紺の瞳がケイを真っ直ぐ捉えている。
「どうして、ケイはそんなにがんばり屋さんなの?」
「特別に頑張っているとは思いませんよ。本当に死に物狂いでやるなら、もっとやれる事もある。ほどほどにやってるつもりです」
「すごい。それって特別にがんばってなくてもそんなにがんばれるってことよね。だってスバルったらすごーくケイのこと褒めるんだもの。なんだか、ケイとヴィルヘルムさんの事を話す時っていつもと違う感じがして私は好き」
はぁ。それはよかった。
気のない返事を返しつつ。一つ質問を思い出す。
そうだった。聞いておくべきことがあるのだった。
「エミリア様は、スバルと恋仲か何かで?」
「え!?ど、どうしてそう思うの?その、誰にも言ってないのに…あ、でもこれは結婚してるって意味じゃなくてね。スバルが私に好きって言ってくれて、それで嬉しくて…」
ケイは確信を深める。エミリアとは噛み合わせが良くない。対極と言っていい。
「いえ、見ていれば色恋に疎くても気づきますよ。しかし正式には結婚や婚約の類いはしていないのですね。恋仲でもないと?」
ここまでわざわざ踏み込んだのだ。相思相愛なんだなと一目瞭然の事実を得たところで意味はない。しっかり状況を確認する。
「そんな約束は…してない。うん。してないから恋仲じゃないと思う。でもでも!嫌いなんてことはないのよ?むしろとっても好きなの」
「わかりました。その辺でもう十分です」
どうやらスバルは最後の踏み込みが甘いらしい。何をしてるのだろうか。聖域の直後ならまだしも、今は十分に時間があるだろうに。
好きならばとっとと婚約するなり結婚するなりすればいいのに。
それが固まれば周囲は縁談などで右往左往しなくて済む。ハーフエルフであるエミリアにその手の話は少ないだろうが、無くはないはずだ。
ケイは自身へ降りかかる災難を思い返す。
王都にいる間。本当に色んなことがあった。
当初魔獣討伐はここまでの頻度で行うつもりもなかったが、貴族たちのあまりの攻勢に音を上げて限界まで地方を巡る事に決めた。
クルシュも大いに賛成し、彼女たちが王都に戻るときにはケイは別行動でカルステン領に行く事すらあった。
地方貴族の行脚においても安心とはならないが、よほどの大家でなければ下手な刺激はして来ない。
そう思っていた。一部は正しかったが、そんなに甘くはなかったのだ。
堂々と父親が娘を紹介して、若い乙女がとんでもない事を言う。
最初から正妃の座など求めておりません。
どうか、側室でも妾でも愛人でも。なんでも構いませんので!
そう言われた時、ケイの脳は機能不全を起こしていた。
この状態から二人の面子を潰さずに切り抜ける事など不可能。
そう思い、無礼を承知ですげなく断る。
すると何かを確信したように、むしろアプローチが激しくなった。
もう意味がわからない。
そんな苦労が続いてケイの精神が疲弊した頃、あの時の誘い文句が脳裏をよぎる。
ほーら。当家を使えば、その雑事が全てなくなりますわよ〜。
お〜ほほほほと。かつて毒の如き言葉を仕込んだ腹心の顔が思い浮かぶ。
正直、何度その誘いに乗ってしまおうかと思ったことか。
用意された寝室に裸の令嬢が仕込まれていたあの日にローズが近くにいればこちらから懇願してしまっていたと思う。
あれ以来、クルシュの圧と警戒が非常に高まったため同じような事は起きていないが。あれはただ運がよかっただけだ。
追い詰められた人間は藁をも掴むのである。
いや、流石に藁扱いは失礼か。
辛い記憶に意識を飛ばしてしまっていた。
「大丈夫?疲れているように見えるわ。休んだ方がいいのかも。部屋はわかる?」
謝意を伝えつつ、お言葉に甘えるとする。
晩餐まで昼寝をしてやり過ごす。
ちなみにスバルの料理はなかなかのものだった。
マヨネーズは久々でそれなりに嬉しかった。
カルステン家でもつくることにした。
そういえば、異世界の発明をこちらで再現して力や財力を得るという手もあるか…
そんなことを考えながら、賑やかな同盟の晩餐をケイなりに楽しんでいるのだった。
貴族令嬢による塹壕戦のごとき泥沼の戦いの詳細はまたいつか。
アニメ終わりまで日がないんじゃ!