周囲から刈り取ったであろう木材が歪に組まれ、それでも膨大な水を支えるほどの安定性を発揮している。あまりに異様な光景だった。
普通の材木と土砂ではこうはならないはずだ。
魔獣に詳しいものはその犯人に思い当たる。
そしてケイは異世界の知識からこの魔獣のベースとなる動物を確定させる。
ビーバー。この世界では『
木樵鼠は体長1.5mほどの大きなネズミのような魔獣である。周囲の木を切り取って水流を堰き止め、ため池や湖を作った後に巣を作る。
そこまで戦闘に秀でた能力ではないため、定期的に水竜や他の魔獣に殺されたりダムを破壊されるため大きな被害はあまり起きない。
ルグニカにおいては上流を好むことも遭遇しない理由だろう。下流に鉄砲水が前触れもなく襲いかかるのは厄介だが、それも多くはないのだ。
だからこの光景は異常である。通常のダムは2~3m程度のはず。ここまで大きなものを作り、そして維持しているという事実が、異常個体の存在を示している。
今回は、異常個体討伐の後に戦闘体験をさせるべきだろう。そう結論を付けて、遠目から観察に移る。
やはりいた。体長は3mを超えるほどの巨躯。この群れというか家族のボスであろう異常個体が姿を現す。
他にも4体ほど子どものような個体も確認できた。
作戦を確認する。
そこまでの準備はいらない。ダムを破壊しようとすれば『ジャスティ』は怒り狂って襲ってくるはずだ。
さっそく剣鬼がダムの一部を切り崩すと、穏やかな湖面に振動が生じる。
程なくして湖の中心にある孤島から、何かが迫ってくる。
その姿は見えないが、湖面に起きるさざ波が脅威の接近を知らしめる。
高まる緊張感。
そして現れた魔獣は飛び上がって、ダムの上に着地した。
高さ10mのダムは、幅も4m近くはある。十分に戦闘は可能であり、この巨体が飛びおりてもびくともしない。
そして咆哮を侵入者に叩きつける。
「ん゛っん゛っん゛っんっんっ〜〜〜」
体躯からは想像もできないほど高い声、というより悲鳴に近い鳴き声が響く。
正直恐ろしさは感じない。クルシュなどは、「かわいい!」とはしゃいでいる。慣れたものだ。
ヴィルヘルムがこちらに判断を仰ぐように見る。
事前に決めているハンドサインで様子見を指示する。
いくらなんでも白鯨の角より硬いわけはない。速攻で首を刎ねることなら容易いだろうが、目的はその生態を明らかにすることだ。この個体は特別に強靭でもありそうなので捕獲してもいい。
まずは相手を知ることからだ。
その巨体からは想像もできないような速度で襲いかかる。
水かきがついた足は大きく、それによって自ら組み上げた大地を掌握している。
二足歩行を巧みに操り、踏み込みから爪での一撃、いや連撃を見舞う様は、まるで格闘家のよう。
並の相手ならこれだけで5人は殺せているだろう猛攻を受けても、剣鬼はその場から動かずに捌き続ける。
地元の騎士などは顔を青ざめさせている。あんな異常な戦い、俺たち無理っすよ!とこちらを伺っているみたいだが当然そんなことはさせない。
あれはこの国でも相当の上澄み、外れ値である。安心して欲しい。人間には人間の戦い方というものがあるのだ。あれはダメな例として大百科に載せる。
剣鬼の一撃が、ビーバーの肩を突き刺した。
「む…」
ヴィルヘルムは異常に気づく。
血で赤に染まるはずのその剣身が、血だけでなく黒く汚れている。
粘り気のある何が剣にまとわりついて、その重心を狂わせ、切れ味を鈍らせる。
「あれは、油か…」
その毛並みは確かに、光沢を放っている。
水から上がったのだから当然と思って見ていたが、その体にあるはずの水気がない。
油を体に塗ってそれを鎧としているらしい。
中には石や砂が混ざった箇所もあるようで、並の剣や槍なら弾くか絡めとるだろう。
ダムの強度の秘密はこれか。
しかし、傷を負った獣は怒り狂って最大の攻撃、切り札を切るようだった。
その特徴的な前歯。それを相手に当てるように噛み付く。
ヴィルヘルムはそれを剣で受けるがしかし、ギギン!という連続した衝突音が聞こえたと思えば、剣鬼の持った刃が半ばから折れて空を舞っている。
調査の際は宝剣など一線級の装備は使用していないが、それでもあのヴィルヘルムの持つ剣を折るなど、ただ事ではない。
ヴヴヴと低い音が聞こえる。
「恐らく、魔法です。風の震えが見える。固有のものかと思います。加護なのかもしれない」
この振動音はその前歯から放たれていた。
高速振動する必殺前歯。
それがこの魔獣の日常的な道具であり、奥の手であった。
両手に加えて前歯が追加された猛攻を叩き込む。
しかしヴィルヘルムがそれで崩れることなどない。
独特な歩法を踏みしめると、まるで分身が見えるかのように高速で移動。
魔獣はその異変に一瞬戸惑うも、次なる一手を繰り出した。
ビーバーの尾は平たく大きい。そしてその尾を水面に叩きつけることで肉食動物などを寄せ付けない威嚇とする。
それをこの巨体で行うとどうなるか。
それ自体が広大な面攻撃であり、それを辛うじて避けたとしても剛風が相手を飛ばす。
そしてそこまでの攻防を経て、できた隙に牙をむく。犬歯でなく前歯であるが。
「そろそろ良いでしょうな」
腰の宝剣を引き抜いて、様子見を終える。初めて殺意のこもった剣気を浴びせられ魔獣は少し怯むが、逃げる様子はない。
よほどの状況でなければ基本的に魔獣は逃げない。ごくたまに逃げる個体や種族もいるようだが、基本は人を見れば殺すまで追ってくる。
「ん゛っん゛っ!!」
やはり気の抜ける咆哮で呼応し踊りかかる。
これで決まる。周囲の注目度が最高潮になった時、それは起きた。
地元の騎士たちがいた付近の水面がいきなり盛り上がり、残っていた他のビーバーが飛び出してくる。
先ほどの咆哮は、気合いの掛け声ではなく。合図だったようだ。
その不意打ちに騎士たちは対応ができない。彼らもその歯を振動させて迫る。恐らく鉄の鎧も削り捨てるだろう。
しかし、青蓮の獅子は油断をしない。
クルシュが放った風が二体を吹き飛ばし、残ったものは他の戦士が受け止める。
間一髪のタイミング。玄人にとっては余裕のあるそれも、初めての死地を踏んだものにとっては命の危機だ。
ギリギリで命を拾ったと思う彼らは、へたりこんでしまう。
まぁ仕方ないか。そう思いつつ、警戒を解くと今度こそ不意を打たれた。
「うおお!?」
再び湖面から新たな影が飛び出して襲いかかる。
水飛沫を大袈裟にあげて周囲からの目隠しをしつつ先のビーバーと同じほどの巨体が躍り出た。
周囲をずぶ濡れにしつつ勢いのまま回転し、後ろ足で騎士たちをひと薙ぎに吹き飛ばす。
そこにいるのはビーバーではなかった。
まるでアヒルのようなクチバシ。
しかしその体は体毛に覆われた四足獣のよう。
尻尾はビーバーのように平たいもの。
そしてこちらを殺意と敵意に満ちた目で睨むつぶらな瞳。
その目の上から生える角が、それを魔獣であると示している。
全てのパーツがとってつけたようなアンバランスさというか、生き物として特異な見た目をしている。
「クウ!ク〜〜!!」
これまた鳴き声は情けない。
「なんだあいつは!?」
「見たことのない魔獣だ」
「キメラ種ってやつじゃないのか?」
「か、かわいい…」
ケイは即座に未知の魔獣に対応する。
「フェリス。解毒だ。あいつの後ろ爪には多分毒がある。地元の騎士を死なせるなよ」
ケイが前に出ると、少し鼻についたのか敵意を一身に受ける。
数ヶ月以上魔女に関わっていないケイであるため、普段は魔獣もそこまで過剰に反応はしなくなっていた。
しかし付近で認識されるとどうしても優先度は高い。
目の前にすれば3m程度の体躯は巨大だ。それが迫るも落ち着いて魔法を発動する。
『太刀腕』
振り抜かれた腕から起こる暴風は、その腕自体を鞘として収束し一筋の風刃となって敵を切る。
頭から一刀両断を目指すが、クチバシで風を散らされた。
上にそれた刃によって頭部は少し切れたようだが、その口先はまるでゴムのような弾性と高い耐久があるようでケイの魔法では刃が立たない。
返す刀の後ろ足で骨折と毒を喰らいつつ、吹き飛ぶケイ。
後ろからクルシュの風刃が音もなく迫るも、まるで死角がないかのように鋭敏な反応でそれをクチバシで迎撃した。
ケイのものと違って一筋の傷がうまれるが、皮一枚というところ。
どうやら柔らかで強い素材らしく、力押しでは分が悪い。
さてどうするかと思ったのは相手も同じだったらしく、新手を繰り出してきた。
その角からマナの波動が
「な!?魔法まで?」
その波動によって極低温の冷気を一帯に広げた。
治療中であった先ほど水に濡れたものたちが凍りつき、身動きができなくなる。
これはまずい。ケイを見やれば、毒で動けない様子。
痙攣して倒れている。
あれをやらなくては。
クルシュは瞬時に体を動かすが、寸前で躊躇ってしまう。
あれだけ練習したのに!
思い直してケイへ風刃を浴びせつつ、魔獣に対峙する。
その一拍の隙が大きかった。予想外の行動に出た魔獣に対応が遅れる。
なんとクルシュを無視して、全力で凍った方に向かいその命を散らそうとしているのだ。
間違えた。遅れた。間に合わない…
「ああ、後で怒られてしまいますね…」
そう言って平静を崩さないクルシュは、決して参謀に影響されて冷徹になっているわけではない。
できる限りは対応するが、無理な時には鬼札を切る。それがこの調査隊の基本だった。
凄まじい速度で飛び出す大きな人影、それが魔獣の前に立つ。
そのまま殺されるだけ。毒に痺れ、凍りついた騎士たちの悲観は当たり前だった。
けれど、一向にその惨状は訪れない。
「はあ〜い。もうダメよお。よく頑張ってるし、かわいいから、この子は一緒に帰りたいわあ」
「ふむ!非常に強力な魔獣だ!そのしなやかさと頭脳は脅威ですわな!しかしメィリィよ。まずはケイ殿に伺わねば!」
「やだあ!やだやだやだあ!絶対連れて帰るのお〜〜〜!」
「わ、私も!私も賛成です!この魔獣たちは非常に珍しいですし、ぜひ捕らえましょう!」
クルシュもそう思いますと全力で乗っかる公爵。彼女は実は可愛いものが好きだった。メィリィとよくぬいぐるみについて盛り上がっている。
肩に乗った状態から肩車に移行して、髭を耳を引っ張り駄々をこねる少女が、この魔獣を制圧している。
そんな意味不明の光景に、地元のものたちは呆然としている。
そう。これがクルシュの余裕の正体だった。
本気で力押しをしてもどうにでもなるし、その上でメィリィという魔獣に対して無敵と言っていい存在が同行している。
こと魔獣に対して負けはあり得ないのだ。
「きつい…」
毒から復帰したケイは、かなり辛かったらしい。
「これ、神経毒に追加してなんか呪いっぽいのがついてるみたいだネ。毒爪が鎧の上で滑っても、毒液が付いたら両方効いちゃう感じ。魔法使えるのは個体によるだろうけど、正直結構やばい魔獣かもってフェリちゃん的には思います!」
でもクルシュ様が欲しいならオーケーです。と持ち帰りに賛成がもう一票入った。
魔獣にも、魔法を扱う種族や個体がいる。
スバルが対峙したというウルガルムも土魔法を使ったらしく、他にもそんな異常個体の記録は多くある。
また、地竜における『風除けの加護』のように特定の加護をもつ魔獣であると推測されているものもいる。
物理的には飛行できないはずのものが飛んでいるときは大体加護である。
加護、魔法、呪い。それらを自在に使いつつ、その肉体自体にも武器を持つのが魔獣という生き物だ。
殺意が強すぎる。設計者は確実に頭がおかしい。
そんなことを考えながら、ケイは地竜を撫でていた。ペットを長く飼うのは初めてだが、悪くない。
巨大ビーバーの方を見れば、四肢の腱を断ち切られて、その場に倒れている。
「うえ〜。この魔獣、油でビチャビチャじゃにゃいの。魔獣に治癒魔法を使うことになるなんて、しかもそれに慣れるなんて一年前の自分に言っても信じられないだろうネ」
すでにビーバーもメィリィの制圧下にあるため、万全に回復して問題ない。
これも相当な魔獣だった。もっと巨大なダムを上流に作られてそれが決壊したのなら、恐らく剣聖がいても街は壊滅するだろう。
この二頭の異常個体は持ち帰ることにする。水生魔獣という点も珍しく有用だ。
ビーバーは伐採にも使えるのでは?そんな皮算用をしつつ、撤収していく一行だった。
同行した騎士は語る。
「マジで死ぬとこだった。本当にいつ死んでもおかしくなかった。カルステン様たちがいなかったら、この領地がどうなっていたかもわからない」
高飛車で高慢と知れていた騎士が、憔悴してそう語れば周囲はその激戦を想像する。
そして吟遊詩人がそれを語り、芸術家が絵画にその情景を描いていく。
翌日には討伐についての演劇までやられていた。
そこでは勇猛に魔獣を討ち取った騎士として紹介されている。そうか、きっと物語の英雄も案外こんなものなのかもしれない。
人に娯楽として消費されるあの死闘。そこに一抹の寂しさを感じつつも、賞賛によってそれ以上の高揚がそれを忘れさせていた。
こうして青蓮獅子団の訪れた地には、賑やかな栄華が咲き誇りそこに人が集まるのだ。
【ビーバーについて】
ビーバーは、北米やヨーロッパに生息する大型のげっ歯類。特徴は、平たい尾と水かきのついた後ろ足。木をかじってダムを作り、水流をせき止めることで知られる。枝や泥を使って「ロッジ」と呼ばれる巣を構築。これにより、生息環境を変え、周辺の生態系に大きな影響を与える人間以外の唯一の生物と言われる。家族単位で行動し、強い絆を持つ社会性がある動物。
カナダの国立公園で確認されたダムの最大の長さは870m。衛生写真に映るほどの構造物を構築することもある。