この一年の間にあったということだけなんとなくわかっていれば、それでOKです。
今話はビーバー・カモノハシの魔獣調査より前の話です。
初めての魔獣討伐行脚。
青蓮獅子団としての最初の旅を無事に終えたクルシュたちは、王都へ向かって凱旋していた。
西方辺境領を一ヶ月ほど巡っていくつかの街と幾つもの村を見てきた。
魔獣も一部を討伐し、数頭を持ち帰っている。
カルステン領は王都からさほど遠くなく、魔獣の発生は少ない。
大兎などのイレギュラーでもなければ魔獣による事件などそうそう無いのだ。
だから最初にどこを巡るか決める際は、エミリア陣営、ロズワールの影響下にある地方を選んだ。
辺境伯にはすでに伝えてある。そちらの目的を尊重すると。
彼はきっと考える。エミリアが王位を取れないならば、クルシュに王位を取らせてからそれをエミリアに譲らせるか、何かを代わりにさせようかと。
それすら肯定してやれば、いよいよ敵対する意味がない。早く内容を聞かせてもらいたいものだ。
スバルとエミリアもこれからどうなるか観察すべきだが、最後まで執拗に王位を狙うならクルシュは譲歩をするべきだ。
目的の達成を代わりにするか、王位には就かせて実権はクルシュが握るなどやりようはある。
その点譲らないであろうアナスタシアは敵対が確定している。それだけで王戦の盤面からはスバルによって弾かれるだろう。
スバルの力は、政治闘争においても反則だ。IBMによる小細工など物の数ではない。
最終的に勝つという力の前には、あらゆる手段が無効化される。
以上の前提からも同盟の絆は強化し続けている。
今回の行脚においても、地方貴族をこちらに取り込むことはせずエミリアの評判を上げておいた。
この姿勢を見れば、ロズワールも意図を確信するだろう。
その最後の討伐と調査を終えて、メイザース辺境伯領を通っての帰還。
数ヶ月前に依頼した天翼の試作機ができたらしく、クルシュとフェリス、ケイは屋敷でそれを見てから帰還することになっている。
「こ、これは…!!」
クルシュの目の前にあるのは未知の魔造具。ドレス…?外套だろうかこれは?
胸当てから太ももまでの白い革鎧。
その背中から繋がりくるりと左右から覆うように2枚の翼が重なっている。カララギの方面に確かこんな服装もあった気がする。
確かキモノと言ったはず。
しかし翼は結構な長さと大きさであり、キモノのようにストンとストレートなラインではなくなっている。
そのシルエットはまるで結婚式に着るドレスのようだった。
そしてそれを身につけて中庭へ、皆の前に出ると拍手が起きた。
「クルシュ様!!かわいい!!まるで花嫁衣装のようで…!?ちょっとケイきゅん?貴様さぁ…クルシュ様に一体何を着せてんの?」
クルシュ狂いから顔を背けて相手にしない。もはやこちらは熟練だ。
視線の先にいる狂人がこちらを見て笑っていた。
「さぁ。飛んでみてください」
すでに感動で泣いているワイト兄弟はそれでも指示を出す。クルシュは少し引いているが若干で済んでいるので問題ない。
マナを込めてください。そう職人に言われてマナをえいと練ってみれば、魔造具が応える。
胴を包むように丸まっていた翼が広がる。
片翼が3mを超える長さ、その翼には骨組みが浮き出ており、組み込まれた魔石が光っている。
どちらかといえば、鳥というよりコウモリの翼に見える。
しかし、伸ばせば直線にもなるようだった。これは面白い。
「今はまだ試作の段階ですからね。構造に問題なければ白い羽で覆いますから見た目は今は気にしないでください。飛ぶ姿をおろそかにするような真似はしませんよ」
マナの操作によって大まかな形状を操れるようだった。まだ全く慣れないが、練習をすればどうにかなるとのこと。
「驚くのはまだ早いですよ。陰魔法と風魔法の混合魔石。『氷炎華』の応用です。これも新しい発想だった。体重の大部分を軽減し、風をよく掴むようになっています。効率化して数を増やすことができました」
徹底して体重をなくすと、木の葉のように制御を失う。しかし重いとあまりに長大な翼が必要になる。そのせめぎ合い。バランスがこの大きさと形だった。
どう足掻いても搭載する魔石だけの力で飛ぶことは現実的でなかった。あくまでこれは補助として割り切ることで魔石を使い捨てでなく活用できる負荷に抑えることができた。
「まず、風魔法で上昇気流を作ります。そしてそれをこの翼で掴んで空を飛ぶ。滑空しながら飛び、高度を稼ぐ時にはまた風魔法を使ってください」
つまりこれは、滑空装置。グライダーである。
使用者のマナが尽きるまでは飛び続けることができるため飛翔装置とも言えるが、単品で飛ぶことはできない。
これがギリギリ現実的な運用ラインだった。
「飛ぶなんて危険だし大して早くもないし、何よりマナばっかり食って使い物にならない。そんな風に巷では言われていますがね。それはこの天翼を知らない奴らの戯言です。最高の素材に発想。そして知識を詰め込んだ究極の翼。これが世界を変える一歩目です。要求された性能が高く、まだクルシュ様の才覚に頼るところが大きいですがもっと性能を落とすなら多くの人が使えるものになるかもしれない。それにこの混合魔石というのは面白い、何が良いって…」
誰も聞いていない知識やうんちくを永遠にしたり顔で語り続けるワイト。
本当にそう思いますと肯定し続けるワイト。
彼らは完結していた。ペテルギウスより話が通じない。
狂気にあてられて思考がそれた。
これが運用されると実現できることは何か。
上空を高速で移動できるのは素晴らしいが、それは最大の目的ではない。
一体何ができるのか。
それは、『上空からの一方的な攻撃』を続けるという戦法だ。
共に戦ったものならわかるだろう。まるで白鯨のように有利に戦況を選ぶことができる。
異世界のものならわかるだろうか。これはガンシップと呼ばれる局地制圧用攻撃機。その概念に近い。
ガンシップは空対空、地対空の各種兵器に弱く圧倒的な制空能力があるアメリカ軍のみが採用している特殊兵器である。
そしてその戦闘がハマった時の圧倒的な有利はまさに白鯨が体現していたものであり、クルシュにも当てはまる。
この世界において、空中への攻撃は非常に手段が限られる。
基本的には魔法に頼ることになるのだが、白鯨の厄介なところがここで効いてくる。
それはマナ由来の攻撃を無色のマナに変換して散らすという毛皮の効果。
これによって、ロズワールでは白鯨を一人で落とせないだろう。
この白鯨の素材で組み上げた翼鎧でもその効果は十全に活用できる。
陰魔法によるマナを通すとその効果が高まったのだ。やはり素材は元の環境に馴染むということだろうか。
つまりこれで高度を稼ぎ安全な位置からクルシュの風の太刀を浴びせ続けるという、あの極めて合理的な戦法を模倣するための装備である。
「いやもう一度言うぜ?一狩り行こうぜとは言ったけども…ここまでモンスターをハントするあれに忠実になるとはな…」
スバルもこの戦法を聞かされた時には少し顔を引き攣らせていた。
「やられて嫌だった戦法は積極的に採用すべきだ。霧を落とすわけでもないし、別に問題ない」
当のクルシュは、どんな訳のわからないものを装備させられるのかと警戒していたが、実物を目の当たりにして目を輝かせている。
やはり職人はすごい。ケイの設計でも飛ばすことは可能だったろうが、ハングライダーのような形になっていただろう。
今後国民に見せつける上でも、見た目が華やかであることは理にかなっている。
「早速試しましょう。今日のお天気が良くて幸運でしたねっ」
クルシュは乗り気だ。
そして練習のための池へ向かって、真ん中に氷で島を作った。
その島に激突してはいけないので、剣鬼が立って万が一を防ぐ。
万全を期すことができただろう。そこで風魔法を発動させた。
空高く舞い上がる『風見の聖女』まるで絵画のワンシーンかと見紛うような光景に、感嘆の声が漏れる。
「「おお…!!」」
しかし、感嘆の声を上げたのはワイト兄妹だけだ。
最も感動しそうなフェリスは手を固く握って祈り、リアクションが大きいスバルやエミリアすら息を飲んでいる。
なぜなら…
「きゃあああぁぁぁーー!!!ぶべっ!!」
悲鳴とそして続く着水音。着水というより、水に叩きつけられる打撃音だろうか。
バッシャアアン!と盛大に水飛沫が上がり、周囲に虹を彩っていく。
クルシュが墜落した。
我を失ってフェリスが駆けつける。
何が起きたのか説明しよう。20mほど一気に上昇したクルシュはしかし、羽で風をつかみきれずクルクルと回転しながら池に思いっきり落下した。
しかし設計通りで無事なようだ。
今だけ付けている風の魔石は着地時に使えるようになっている。風で包み軟着陸をサポートする機構だ。これは補助輪のようなもので、習熟した際には外して加速用の風の魔石に切り替える。
そう。これはあくまで練習機である。
白鯨の素材で組まれた耐久性は刻まれた加護によっても向上している。それこそ魔法の直撃や並の近接武器の攻撃ですら通さない。
物理攻撃が当たれば中の魔石は砕けるかもしれないが、いくつか失ったところで問題のないように作ってある。
その防御性能は今の落下で証明された。
通常の人間が20m以上からの落下ともなれば水面は地面と変わらない硬度で待ち構える。
しかし今のクルシュの体重は魔石によって軽減されおよそ15kg程度、その上で装備の重さも含めれば20kgくらいだろう。
その上で風の魔石に守られるのだから安全性は間違いない。地面に落ちても大丈夫とのこと。
落ちるだけなら自分たちで何度も試しました!と目を輝かせて言われてしまった。
そう。全ての要望をクリアしたカタログスペックは凄まじい。可変式でかつ堅固で柔軟、そして速くて軽いなど幾つの矛盾を抱えているのかわからない。不可能を着ているのが今のクルシュだ。
しかしその性能の代償も確かに存在している。
可変である機構。風を掴む反応。加速性能。その全てが操作をありえないほどの難易度に高めてしまっている。
まず前提として周囲の風を読み切らねばならない。その上で操作に習熟しなくては滑空すらおぼつかない。
つまるところは、これはクルシュ専用の飛行装置になっている。
いまだに飛べていないが…
「おいお前ら!!バカなの?バカでしょ!こんなふざけた魔造具、ただの落下装置じゃない!」
フェリスの抗議は正直言って常識の代弁だった。
あまりの衝撃にすんすんと涙ぐむクルシュ。
「安全性は問題ない。今日はひとまず軟着陸を目指しましょう」
獅子は我が子を千尋の谷底に叩き落とすというが、実際に見るとこんな気持ちになるのだとスバルは静かに引いていた。
「おいおい、どこでも谷底ってか。返品だよそんな猫型ロボット。容赦なさすぎる…クルシュさん泣いてるし、あっちはいつもそんな感じなの?」
無事ではありそうだが、怖かったのだろうショックを受けている姿に胸が痛む。
「でもねスバル。ああいう無茶をするのもたまには必要だと思うの!だって私が何かしようと思ってもみんながよく止めるじゃない?私もあれくらいから落ちてもへっちゃらなんだから!」
どうやら非常に大事にされていることを今の惨状で気づいたらしいエミリアは、スバルの望むような反応を示さなかった。
スバルの過保護とも言える態度に思うところもあるらしい。当たり前の保護なのだが、他の候補者だってこんなにがんばっているのなら、エミリアだってがんばりたい。
「へっちゃらって今日日聞かねぇな…いや最近エミリアたんがよく言ってるか。いやでも待ってくれよ、あんな仕打ちだけは絶対にさせないって!俺だって嫌だよあれは…もうなんていうか練習っていうか処刑だろ見た目は」
うん。あれはない。絶対ない。話しながら確信を深める。
「やっぱりエミリアたんはケイのスパルタを見ちゃいけません!よそはよそ。ウチはウチ!」
結構体育会系なのだろうか。そういえば脳筋の気がある自分の主であり想い人に、少しスバルは身構える。
続けろと、そう言われたクルシュは少しの休憩を申し出た。ケイはそれを快諾する。
その間にフェリスがケイに噛みついて、それを正論パンチで迎撃されている。
世が世ならロジハラと言われるほどの攻撃だったが、フェリスも慣れているらしい。理論ではなく感情を盾と矛にして突き続けている。
あれ、この人たちってあんま仲良くない?
平和そのものであるエミリア陣営では敵意など仲間内で向けることはあり得ない。
しかしフェリスはケイに明確な敵意を、ケイは心からの嫌悪を表明している。
それでもきっとそれが通常営業なのだろう。
クルシュが戻ると何事もなかったかのように切り替わる。
「すみません。少し驚いてしまいました。ですが私は決して諦めませんので!大丈夫です!」
ひた向きな態度が眩しいが、クルシュさんのテンションも少しおかしい。
スバルの印象は実際に起こった異常を感じ取ったものだった。
そう、通常と違いすぎたのだ。ケイの育成方針は。
ケイは決して強制をしないが、最善の提案をし続ける。
それから逃げないと決めたのはクルシュだ。
正直断りにくい雰囲気についての気配りはないので、人によってはプレッシャーと感じるであろう状況ではあったが、そこはフェリスがカバーをしていた。できていたかは考慮しないものとする。
魔獣討伐においても、安全を確保した上で一人でまず殺してみろと言われたり。
怪我に慣れようということで、怪我を負うまで回避させ続けられたり。
恨み言をぶつけようと思ったこともある。けれど、ケイの努力を見ていたら何も言えない。
血の滲むような努力という言葉は、きっと彼には不足だろう。
血に溺れるような努力。
それを最初に見せられた時には、本当にショックで取り乱してしまったものだ。
その様子を見るや、隠すのではなく逆に死を見せてくるようになった。早急に慣れてくれ、とのこと。
しまいにはクルシュの手でケイのリセットを手伝うように言われて、卒倒した。
これは死ではない。そう自分に言い聞かせる。人を斬る感覚は最悪だったが、少しだけなら慣れた。慣れさせられた。
流石にまだ盗賊など本当に死んでしまう人間の相手はさせられていないが、これも確実に時間の問題であろうとはわかっている。
だって人を殺せるようになっていた方が、安全なのだから。そんなケイの思考、その思いやりは十分に理解している。
まだ心が追いついていないだけだ。
過去の凄惨な訓練と、そんな来るべき試練に比べれば、こんな落下などどうってことはない。
初めての落下に動揺してしまったが、もう失敗の理由もわかっている。そして落ちても大丈夫だと理性では理解した。
でも、怖いものは怖いんですよ!?
無言の抗議はそよ風の如く受け流されて決して伝わらない。
クルシュが舞い上がり落下する。
その繰り返しを横目に、ケイは魔法を練習する。
つまりはそこに人命の危機が数分に一度起こり続ける修羅場である。
先のクルシュの挑戦には目を輝かせたエミリアもやはり、ケイの凄惨な練習風景には流石に同調できないらしく、止めても無駄とわかれば屋敷に引き上げた。
なんというか、文化が違う。
クルシュ陣営とエミリア陣営はかつてないほど緊密に連携し親交を深めているが、明らかに違う点も理解できた。
これはスバルとケイの違いだろうか。
そんなことを考えながらエミリアはクルシュという楽しい友人との日々を積極的に思い出し、満足げに寝入るのだった。
活動報告にてアンケート結果の報告してます
皆様ご協力ありがとうございました!
結構面白くて分析や一言の文章書いたりしてます。よければぜひ
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