ビーバーとカモノハシを捕獲して数日は、付近で最も大きな街で恒例の魔獣お披露目を行った。
メィリィの指示によっては愛想良く振る舞わせることも可能だが、それでは勘違いをしてしまう。
周囲を威嚇し、殺気を撒き散らす姿を見せると悲鳴をあげて観衆は散っていく。
何度もそれを行いながら、周囲ではあらゆる娯楽や芸術が売り買いされ。その周囲では商人たちが食べ物と酒を売っている。
魔獣を中心に不思議な市場が生まれていた。
そんな宴というか、祭りも落ち着いた頃に送っていた連絡へ返事があった。
「バーリエル男爵夫人より、お返事が届いております」
そう言って渡された封筒はあまりにも華美な赤と金で彩れている。
これだけで誰からのものかわかる。
ケイから見れば装飾など無駄に思えるが、これだけ目立てば一定の機能を得る。
これはあの人の手紙だぞとその赤色が警戒色になっていた。
内容としては、早くこちらに来るがいい。もてなしてやろう。というものだった。
「これは、かなり機嫌が良いと見えますね!」
クルシュはエミリアと仲が良い。同い年の少女たちが意気投合するように精神的な年齢が近いのだ。
しかしプリシラとも仲が良い。これは姉に向けての親愛というか友好に近いというのはローズの見立てだ。
記憶を失ってからの邂逅はきっと、出会う時期も良かったのだろう。
それはクルシュが持ち直して論功式を終えた直後だった。
「ほう。一切の記憶を失ったと聞き、その間抜け面を見てやろうと来てみれば、なんじゃ貴様。そのような心持ちとは面白い」
心底興味深そうに、クルシュを覗き込むその真紅の目はその本質を見通しているようでなんだかくすぐったい。
熱くたぎる炎のようなその瞳。
視線の熱に当てられて思い出すのは別の視線。ケイの視線はいつも冷たい。まるで対極のその目は、込められた意思も真逆のもの。
ケイはそこに人間性など見ていない。事実を見据えて見分けていく。冷たいその目には何度も救われ、苦しい思いもさせられた。
プリシラの目はその人を見ている。そう感じた。きっとこの人は、人間にすごく興味がある。その言葉遣いと聞いていた態度よりもよほど優しい人の目だ。
そんな逡巡すら読み取ったのか。プリシラはさらに言葉を続ける。
「以前は妾の威光に毅然と立ち向かったものであるが、今はそれを受け入れるか…どちらも稀有な様相。貴様、やはり良い」
扇子を開いてその口元を隠し、それでも上機嫌に続ける。
「記憶を失いすべてが台無しになったかと思えば、好転した部分さえあるとはな。やはりこの世界は面白い。しかし妾は二度、三度と名乗ることはせぬ。次こそは失うことのないようにせよ」
プリシラに何か許されて褒められた気がする。
そうだった。ケイにしっかりと感謝を伝えるように言われていたのだった。
「えっと…ありがとうございます。プリシラ様。私もぜひお話ししたいと思っておりました。以前に私が倒れている際、助けていただいたようで、その節はありがとうございました。直接のお礼が遅くなってしまい申し訳ありません」
「ふん。鼻につくその小賢しさの要因は想像に容易い。あのような無粋の権化たる物書きが身近にいて、その程度で済んでいることをこそ褒めてやろう。蒼穹の如き妾の度量にも感謝するが良い」
「はい。プリシラ様はお優しいのですね。これからどうぞ仲良くしていただければ嬉しいです!」
曇り一つないその応対に、プリシラはまるでシュルトの如き無垢な輝きを見た。
やはりこれは良い。無駄な尊厳や傲慢が一切なく、その純粋な目は人のありようをただ見ている。
「今度また物書きを呼び寄せてその知識を語らせる予定である。貴様も同行し共に学ぶことを許してやろう」
「それは…いえ、ぜひ同行させていただきます!こちらの、当家のケイが!お世話になるのですからね」
それからも可愛らしいとすら思える対抗心をくすぐりながら、プリシラとクルシュは少しずつ仲を深めていくのだった。
プリシラの率直で見下すような言いように耐えられない貴族もいる。プリシラの威光にひれ伏すだけのものもいる。プリシラの美貌に心奪われるものもいる。
クルシュはそうではない。
一人の人としてプリシラを好ましく思い、そしてケイが関わると少し幼い一面を見せる。
まるで妹のようであるなと自身が妹であった時と一切符合しないことを棚に上げつつも、そんな感慨を抱くのだった。
そして今、本来対立しているはずの二人は王都ではなく、バーリエル領でも向き合っていた。
「よく来たクルシュ。して、捕らえたという魔獣はどこじゃ。それを疾く見せよ」
「お久しぶりです。プリシラ様!お元気そうで嬉しいです。魔獣の討伐について話したいことがいっぱいありますよ」
「クルシュ様〜!僕も会いたかったのであります〜!」
プリシラの侍従であるシュルトは、そう言って駆け寄りクルシュに抱きつく。
以前から仲良くなっていたが、再会の喜びに教わったはずの礼が全て抜け落ちてしまったようだった。
「これシュルト。そのような振る舞いを誰が教えた?妾に従うのであれば、相応の態度を身につけねばならぬぞ。さもなくば教育係のアルに痛打が向かうであろう」
「あ、アル様が僕のせいでボコボコになるのは、もうそれだけは起こさないと誓ったのであります!クルシュ様、申し訳ありませんでした…」
しゅんとして意気消沈する美少年を本気で怒り叱ろうとするものはいない。子どものやることだ。誰も気にしてなど…
「こんのガキィ!いきなりクルシュ様に抱きつくなんてそんなの誰でも許せるわけにゃいんだけど!?」
舐めてると潰すぞ。と言わんばかりにキレてる大人の騎士がいた。これが王都に名高い三騎士の『青』?
まぁこれでお互いに非礼は交換した。手打ちとしよう。
バーリエル領における魔獣は比較的大人しいものだった。調査を主にするだけで終わるだろう。
群生地もあるようだが、そこまで深入りする必要もない。
調査は全て貴様に任せると、ぶん投げられたケイは粛々と進めている。
一応同行するかは聞いたが。
「魔獣の討伐などと退屈なものに妾が時間を割くものか。それよりもよほど重要で愉悦に満ちた催しに招待してやろう。クルシュは参加せよ」
一体なんだというのか。
それを聞いてみれば、狩猟大会を開くとのこと。
領地周辺からも村一番の狩人を呼び寄せ最も上等な獲物を献上したものに褒賞と栄誉を与えるという。
王選の前には武闘大会を開き、今度は狩猟大会だ。このプリシラという人物は祭り好きである。
その狩猟者の一人として、クルシュに参加しろというのだ。
「当然ながら妾も出る。良い機会であろう?同じ冠を奪わんとする相手でもあるのだ。これを前哨戦とする」
まぁいいか。こちらには関係はない。
「この森は奥に行くほど美味な獲物が多い、貴様らは我らの露払いじゃ。存分に励め」
巻き込まれた。
まぁ…いいか。プリシラも私兵団を出すらしい。
ケイもそこそこに適応していた。
翌日の早朝。
青蓮獅子団はいつもと変わらずに行動し、それらを露払いとして狩人たちも動き出す。
魔獣調査と狩猟大会が同時開催された。
皆が慎重に調査隊と付かず離れずという距離で行動している。
そこにいれば安全ではある。しかし目的の動物たちはそんな一団からは当たり前に距離をとっている。
どこまでリスクを冒してリターンを得るのか。そんな駆け引きがここにはあった。
そしてそんな駆け引きの一切を気にしないものがここに二人。
プリシラ・バーリエルとクルシュ・カルステンであった。
その両方が、ドレス姿での狩猟参加という異様な光景であった。
プリシラはただ一人で集団から離れると、アルの同行すら断った。
「貴様が来てはせっかくの余興に水が入る。妾と離れがたいのはわかるが、大人しく魔獣でも狩って待っておれ」
「いやまぁ姫さん一人を魔獣がどうにかできるなんて思っちゃいねえけどよ。それでも一応騎士だろ俺は、だから姫さんよここは…ってもういねえし!?」
まるで誰かのような行いにデジャヴを感じつつも、無視していいなと判断する。これもケイが慣れた対応だった。
「ではケイ。行ってきますね。助言はしないでくださいね?」
「ええ、お気をつけて」
頷き。昨日までに詰めた決まり事や行動方針を思い出す。
単独での行動訓練。基本的に敵と出会ったら、逃げること。そして距離を取ったら魔法で攻撃。
これは天翼を広げずともある程度できるようになっている。体重の軽減と風による加速はもはやお手のものであり、地上を走るものであれば、四足の俊敏な獣であってもクルシュには追いつけない。
一人にされるということは、それだけ信頼され始めているということだ。
気合いを入れて、クルシュは走り出した。
まぁ、ケイはエルザとIBMを貼り付けているのだが。気づかなければいないものと一緒である。
太陽が直上に昇り切るまでを制限時間として各々が動き出す。
ケイは竜車に横たわり、目を閉じてIBMに集中。もとい休息を取ることとした。
クルシュは風のように走る。
その一歩は常人よりもはるかに長い。地面を蹴れば高く上がりすぎないように気を付けるほどだ。
高く上がれば、高所の木を蹴って水平に加速。さらにスピードを上げていく。
時折翼を広げてさらに加速しつつ、森を翔る。
天翼の練習は未だ続いている。飛行は達成し、移動もお手のもの。
基本的な動きはこの数ヶ月で見違えるようになり、どんな状態で攻撃を受けようと、体勢を戻せるようになっている。
その上で最後の試験というのが、メイザース伯との追いかけっこ。もとい追撃から逃げ切るというものだ。
ロズワールは本腰を入れてこちらを支援することに決めたようだ。お互いにとって非常に好都合だ。
「私から逃げ切れるならば、空においてほとんどの脅威はないも同然だとも」
あれだけおどけてふざけ倒す男であっても、魔法についてのこだわりや矜持というものは確かにあるらしい。
マナを散らすとはいえ、辺境伯の無限とも思える波状攻撃にクルシュは幾度も落とされている。
最初は勝負にならなかった。辺境伯が指を振れば、周囲の風がそれに従う。何もできずに自らそちらに寄っていく始末。
自身で周囲にいくつもの竜巻の如き旋風を発生させ、ランダムな気流を生み出さなければ一瞬で絡め取られる。
今度はその乱気流の中を自在に飛ぶ方法を探さねばならなかった。
風見の加護で風を掴み、そして風魔法で追い風を作る。
そうして周囲の風を奪われなくなった頃に、ようやく辺境伯本人が動くのだ。
翼もなく、魔石の補助もなく、それでも飛ぶ辺境伯。彼の方が速い。
捕まらないようにするのなら、森の中を立体的に逃げるしかない。
結果生まれたのがこの空中歩法であった。走る相手。飛ぶ相手の経験は十分あるロズワールをもってしても立体的に跳ねて滑空し次の瞬間には跳躍するその動きを捉えることはそれなりに難しかった。
もちろん一帯を吹き飛ばしていいのならやりようはあるが、それはあまり取りたくないし面攻撃ではマナを散らされてあまり効果は高くない。
だからこそ純粋な技量勝負になり、その地力でクルシュは負け続けていた。
殺意すら滲むような魔法の連打。その圧の中でも操作を誤らないようになっている。
魔獣がいるとはいえ、このような森を駆けるだけであれば散歩と大して変わらない。
トン、トーン。と跳躍しつつ獲物を探す。この索敵範囲は誰にも真似できないだろう。
一番立派な獲物を仕留めたい。
「大鹿などがいればいいのですが…」
途中で何頭か、走る草食動物を見つけた。
仕留めることはできるが、どれも大きいとは言えない。
殺してから選ぶことなどクルシュはしたくない。
だからまずは見定めることからだ。中空からの一方的な狩り。
猛禽の如きその風見の眼光から逃げられる獲物はいない。
開始から数時間が経った。
あらかた探して、大きな群れを補足。それでも付近を捜索し、もし他にいないならあれにしようと決めた時。
森の中で特に目立つ赤色を目端に捉える。
木漏れ日を受けながら、川のほとりで腰掛けるプリシラである。
近くに降り立ち、声をかける。
「プリシラ様、いかがですか?」
クルシュは少しだけ汗ばんではいるが、風が全てを乾かし背中を押すため、運動量と熱は大したことがない。
しかしそれ以上にプリシラは、あまりにも自然体というか。本当に山を歩いたのだろうかと疑うほどに汚れも疲労も見当たらない。
常人とは隔絶した振る舞いが多いとは思っていたけれど、物理的にも超越するとは。プリシラ様はさすがですね!
「妾はいつもの通りに無欠である。貴様は…ふむ。よく翔けているようじゃ。その動き、並の生物であれば決して逃げきれまいよ。すでに獲物を見定めたか」
「はい。これから立派な大鹿を仕留めてきますので、楽しみにしていてくださいね」
「大義である。あと数刻で刻限。その後に相見えることとするか」
「ええ、それでは。行って参りますね!」
飛んで跳ねて、一陣の風になるクルシュ。それを見てプリシラは笑みを浮かべる。
「やはり童は、自由に野山を駆けるべきじゃな。シュルトも少しは外で遊ばせるべきか…」
その様を見れば、本当に狩猟を行っているのだろうかと疑うだろう。
さて行くか。そう言ってプリシラは再び森に入るのだった。
狩猟大会はそれから少して終了時刻になり、太陽が真上に昇った頃には審査会が開かれた。
「勝者!プリシラ様!!!」
審査員の10人のうち、8名がプリシラを推して狩猟大会の優勝が決まった。
公平を期して審査員からはフェリスは除外されている。ご安心されたし。
クルシュには一票。そしてもう一票は付近の村の青年狩人が取った。
クルシュは文句なしに最大の獲物を狩っていた。立派なツノ以外にも捨てるところがない大鹿。
それを仕留めた時には、勝ったと思ったのだが…
「プリシラ様は流石ですね。私はまだまだです…」
「妾と競えば自ずとそうなる。失った票を数えるよりも得たものをこそ、しかとその目に収めよ」
一体何が起きたのか。
クルシュは立派なものを仕留めたが、その処理については素人であった。
仕留めてからそれを調査隊に報告し回収するまでに血抜きなどの処理が完璧とはいえず、味が落ちてしまっていたのだ。
普通の人間にはわからない程度の劣化。それでも舌の肥えた審査員はそれを目ざとく見逃さなかった。
そんな作法を心得ているはずの他の本業の狩人たちは、そんな大物を仕留めることができなかった。
普段足を踏み入れない魔獣の領域であり、そこを軍とも言える大人数で移動することで普通の狩りとは勝手が違ってしまっていたのだ。
危険を承知で森に入ったものも、運が悪かった。
今日は動物たちにとって、目立つ調査隊などよりよほどの脅威がいたのだから平静ではなかったのだ。
予測不能の動きをするクルシュという巨大な猛禽が、森を荒らしに荒らしていた。
他に大物を仕留めることができた青年は、その実力と幸運にも助けられ、クルシュから逃げてきた猪を射ることができた者の一人であった。
そしてこれは皆を驚かせたのだが、プリシラはなんと。罠猟を行っていた。
「知識とは活用してこそのもの。妾には多くの罠の知識があったが実践する機会はついぞなくてな。それをこの機会に試してみたというわけじゃ。無粋な軍と元気な童が駆け回れば、大きく聡い動物は一心不乱に逃げ出すであろうよ。故に獲物は小物と定め、その希少性を狙ったというわけじゃ」
プリシラはクルシュとシュルトにその行いと意図を言い聞かせる。
木の実の香りをその肉に蓄えるというリスのような動物。高級品とされるそれを罠で6匹も捕まえたのだった。
しかも生け捕りであり、処理は従者にぶん投げたため新鮮で完璧。
完全勝利と相なった。
「す、すっごいであります!プリシラ様はやっぱり…すごいであります。それに比べて僕は…」
今日も元気いっぱいに空回りをしたのだろう。ふむ。何枚の皿を割ったのか後で報告せよと理解者に言われている。
小学生並みの感想と言う勿れ。彼の年齢は小学生程度。適正な発言と言える。
「これが、知識の力なのですね。あれだけ優雅に過ごしていても、こんなに成果があった。やはりプリシラ様には教えられてばかりですね!」
負けたというのに、その瞳に負の感情は欠片もない。自身の不足を自覚しつつも次こそはと前を見るその様は、シュルトよりも精神の年齢はだいぶ上か。
今もシュルトを励まして前を向かせようとしている。その姉と弟のようなやり取りにプリシラは満足げに頷いた。
「よし、貴様らも今宵の結婚式に出るが良い。仕留めた獲物を振る舞い、美酒を傾けるまでが狩猟である」
結婚式?クルシュ陣営が首を傾げる。
公爵とその一行を招くほどの人物の結婚など聞いていないが、プリシラは再婚でもするのだろうか。
その疑問は複数人が持ったものだった。しかしそれを直接聞く愚を犯したのはただ一人。
「再婚でもするんですか?」
この若者は死の恐怖を知らないらしい。バーリエル領の人間は、流血さえ覚悟した。
そう聞いた愚か者にプリシラは、牙をむき出しにするように獰猛な笑みを浮かべて喰らいつく。
「よし決めた。貴様は披露宴での妾の酌をせよ。まさか嫌とは言うまいな?」
え?そんなのご褒美じゃあ…
そんな風に感じるバーリエル領の人間の感覚が異常なのか、それともその罰に盛大に嫌そうにしている方がおかしいだろうか。
当然の如く反論しようとするも、右肩をアルに。左手をクルシュに掴まれて制止される。
「なぁケイ君よ。せっかくのお祝いムードなんだ。流血沙汰はまじ勘弁だぜ。わかるよな?な!?」
「ケイ。今のはあなたが悪いと思います。謝罪をして少しお酌をするくらいはすべきでしょう」
でも、後で私ともお酒を飲みましょうね!というクルシュの言葉が届いているかはわからないが、ケイは渋々と言った様子で了承した。
「しかし、プリシラ様。一体誰の結婚式なのでしょうか?我々が参加しても良いのですよね?」
「花嫁は、今そこで白目をむいているメイドである。花婿はそこで震えている私兵じゃ」
どうやら陣営の内部での祝言らしい。二人とも平民なのだろう。盛大に慌てていた。
「ぷ、プリシラ様に祝っていただくだけでも恐縮ですのに、公爵様や剣鬼様まで!?それに…」
ケイを見るその目は明らかに平民を見る目ではない。ヴォラキア皇弟の噂は場所を選ばないと言うことか。
「貴様はいつから主に意見できるようになったのか。妾が繋げた縁談。貴様ら凡愚の主として最後まで面倒を見てやるのもまた務めであろう。ただ平伏し従うが良い」
プリシラに逆らうものは一人もいない。
夫婦となるこの二人は、プリシラのメイドと私兵である『真紅戦線』の若者だ。
相思相愛を一発で見抜かれ、公衆の面前で告白を指示。公開処刑のような状態でスピード婚約を成立させたらしい。
そしてこの狩猟大会にもタネがあった。
先ほどクルシュと同数を獲得した青年は、メイドの兄である。
村で随一の狩人であるが、非常に責任感が強く強情で。あまりに素早く決まった結婚に反感を覚えていたのかもしれない。
狩人である義務を盾に、村からは離れないと伝えられ。妹メイドは大いに泣いていたのだとか。
下僕の涙をこの女が放置するはずもなく、狩猟大会という名目で兄を村から呼び寄せたらしい。
狩人の兄もプリシラの実物を見れば、その破天荒さや行動の早さにも納得。仲直りをしてこれから結婚式という塩梅だ。
クルシュはその美しいストーリーに涙を浮かべる。
「美しい兄妹愛ですね…やはり、プリシラ様はお優しい」
「ふん。会えないならばまだしも、可能ならば妹の晴れ舞台を見届けるのは兄の責務であろう。自然、あるべきように正しただけよ。そこな大物を仕留めたことは兄の手柄であり妾の関わるところではない。しかしまぁ、世界は妾の都合の良いようにできておる。こうなることもまた必然というものであるがな」
ケイにとっては意外なお節介に見えたこの結婚式。この世界で、いや前の世界を含めて初めての参加だ。
冠婚葬祭については最小限で過ごしてきた。
まぁ、いいか。
最近の口癖になりつつあるこの言葉は、平和の証であった。