啓蒙的真実は、誰に理解される必要もないものだ
降参だ。助けてくれと。蜘蛛が言う。
ケイは思わず混乱した。
アラクネに寄生された生き物の部分が同類を呼び寄せるための餌になることは知っていた。悲鳴や命乞い、怪我をした様子などを蜘蛛の部分を隠して行うらしい。
しかし、これがその一環にはとても見えない。どうにも動物的な反応というより、明らかな知性を感じるのだ。
「あなたは、いったい何なんですか?」
「吾輩はこの森の王。いや、メスの場合は別の呼び方があった…そう、そうだ。女王である」
ケイは相手の言葉を信じはしない。しかし、必要な情報は言葉から読み取れる。
明らかに対話が成立している。ならこれをそのまま殺すことはしたくない。
こう思わせることが罠の可能性も鑑みて、警戒をさらに強くする。
真剣な表情で言葉を選ぶケイはしっかりと動揺を自覚しつつも、短慮には走らない。
「魔獣なのに、人を襲わないとでも?」
「いかにも。吾輩たちはずっと長い間この森で静かに過ごしていた。これからもそうしたい」
そう言って蜘蛛は腹を見せるように無防備を晒す。
蜘蛛足を上げて体を傾け、すぐに動けないような姿勢をとっていることはわかる。
女の体も横に投げ出され、手のひらをこちらに向けて害意のないことをアピールしてくる。
その姿からは戦意は感じない。しかし油断は当然しない。
「では抵抗しない限り殺しませんので、無力化させてもらいます」
「…?もっと簡単に言ってくれ」
「怖いから縛るけど、暴れないなら殺さない」
合意できたようで、捕縛を受け入れる女王。
万全を期してケイがその役目を行う。
女王の蜘蛛の足を縛り、そして女の手を縛る。
そうやって他の人型のアラクネを拘束し終わり追加の尋問をしていると、風を切る音がした。
一行が拘束をしている森の窪地。そこにある樹上に舞い降りた白い影がいる。
「いったい何をしているんです!ケイ!」
空を旋回していたはずのクルシュが、木に止まってケイに叱咤を浴びせる。
「降りるなとあれほど…!」
この作戦外の行動にケイも言いたいことがある。安全な領域に戻るまでは空中に居続けることを話し合っていたはずだった。しかしクルシュはそれを聞く余裕はないようだ。
その剣幕は女王とケイに向いている。
「そんなことより、蜘蛛のあなたは何か着なさい!捕縛したならまずそれをすべきでしょう!何を考えているんですか?降りてきてほしくないのなら、私が安心して飛んでいられるようにしっかりしてください!」
あんなの、あんなダメです!破廉恥すぎます。なんで黙々と縛っているんですか!
フェリスが宥めるも、なかなか落ち着かない。
あとでしっかり話すことを約束して再び空に戻ってもらった。
女王はそれを見て感嘆の声を上げる。
「あれはすごい。今の人間は飛ぶようになったか。吾輩の降参は正しい」
一旦拘束も終わったので、本格的な聞き取りとなった。
言葉はしっかり通じるが部分的に怪しいところもある。
聞いた内容を整理した。
たまに魔獣に寄生されても自我が残る生き物がいる。
この地の王とその血は自我が残りやすかった。あまり覚えていないが私もこの地の王の群れだったはず。
ある日、食欲が満たされた時に支配が弱まったので、魔法で角を切り飛ばした。
すると魔獣に支配されたのが逆転する。そこからは私だけが頭と魔法を使えたから、群れを統率して森に住み始めた。
この地の王が会いにきた。安全と糸を交換しようと、それに私は同意した。
王とは色々なことを話して言葉を学んだ。
そこからはずっとこの地で静かに群れを育てている。
森に入ったものは食べて良いことになっているから食べて増えた。
糸を増やせと言われたのでもっとエサと角なしがいると答えた。
自我はなかなか残らない。だから王の血をたまにもらうことにした。
王の血の女は何故か残りやすい。だからここまで増えた。
獣人のアラクネが数体。濃紺の髪を持つ初老男のアラクネが一体。
二人ほど、女王と似通った容姿と髪の個体がいる。一体は大人だが、片方は少女である。
その少女は、これまでのアラクネとは比較にならないほど、エリノアに似ている。
ケイの中で、嫌な点と点が結ばれた。
この少女は、一度領主の館に連れて行くべきだろう。
「一度、この地の王も含めて話しましょう。どうするかはそれから決めます」
「お前たち、毒が効かないな?今の人間はそうなのか?あれは怖いし、飛ぶのはすごい。お前らいったいなんであるか?」
好奇心が強いようで質問が溢れ出してくる。ヴィルヘルムは怖くてクルシュはすごいらしい。
魔獣と意見が合うとは、調子が狂う。
移動しようとすると、女王が一言待ったをかける。
「群れから若いものを持っていけ。それが取引である。そしてエサも持っていけ。いっぱいある。森から出すか?」
もらえるならアラクネの個体はもらいたいが、餌は別にいらない。死体を王都やカルステン領まで運びたくない。
すると女王はまたも不意を突いてきた。
「大丈夫。生きてる」
最近捕まったというのだろうか?生捕りにしているというそれを見せてもらうことになった。
そこから判明した事実を述べる。アラクネの毒糸には3種類あった。
まずは巣を作り獲物を捕獲する通常の糸。これは普通の蜘蛛と同じだが耐久性は段違い。天翼の良い素材になりそうだ。
一つは生物としての毒。これを混ぜることで流通している『宿りの毒糸』になるようだ。
最後に判明した新たな糸。それは毒糸ではある。しかしそこに込められた毒は、呪いだった。
遅い毒。そう女王は表現する。
遅行毒かとケイは思った、しかし実際に見てみてその違いに絶句する。
その毒糸に巻かれた獲物が表に出てくる。現れたのは、猫人の兵士。
「っバカな!!そんなことがっ…!」
カルステン家の剣として覚醒して以来、話すことが減ったヴィルヘルムが困惑を叫ぶ。
白鯨以来の激情が突然訪れ、陣営は動揺する。
仕方ない。だってこれにクルシュはおろか、ケイは気づけない。
フェリスだって当然知らない。
なぜならこれは、亜人戦争当時の装備であるのだから。
40年以上前の亜人側の兵士。それがそのまま息をしている。
決して老人になっているわけでもなく、死んでいるわけでもない。
その状況が伝わるとようやく遅い毒の意味が理解される。
この糸は、時間を遅らせる?
陰魔法系統であることはフェリスにもわかった。しかしこれは魔獣の呪いである。基本的には解明不可能だ。
状況を見て効果を見定めるしかない。
他に息をしている繭を全て解放しろと指示。女王はただそれに従った。
出てきた生存している人数はなんと50を超える。
フェリスが触診する限り、半数以上に復帰の可能性を感じるという。
通常の毒が浸透しきっていないものは解毒した。体の芯まで毒が入り込んだものは助からない。
その毒の進行さえ遅らせていた遅行の糸が払われた結果、彼らは死んでしまったのだ。
フェリスが治療をしようとするのに、待ったをかける。
「フェリス。兵士たちはまだ起こすな。もし戦時中のまま止まっているなら、起きたら何をするかわからない」
発見したのが鉄の牙なら心配はなかっただろう。青蓮獅子団にも亜人族は多数いるが一番多いのは人間だ。そして何より、剣鬼ヴィルヘルムがここにいる。
亜人側からすれば怨敵であろうこの男と彼らを、何の準備もしないまま引き合わせることはしてはいけない。
「彼は!?なんと…生きて、いたのですな…」
似た装備を身に纏いつつも、彼だけは他よりも豪華であり相応の格式を感じさせる。
片手の盾に、岩石のような曲剣。装備もそのままに眠っている。
そして決定的に違う点。他は全て猫人だったが、その隊長らしき男は蛇人だった。
痩身長躯で黄色い瞳の蛇人族の亜人。尻尾を持ち体表は緑の鱗に覆われている。
「リブレ・フエルミ。亜人戦争における亜人側の英雄がいました。彼は本当に強かった。若き日に私も敗北をしています。そして彼には弟がいたはず」
その相貌は過去の戦いを思い返しながら、眠りにつく戦士を見据えている。
「彼の名はロブル・フエルミ。後世に語られることは少ないが、彼もまた実力者。『灼岩』の異名を持つ剣士です」
夜が深くなってから、人払いを行い裏口より敷地に入る。
帰還した際の人数は増えている。
一度の輸送ではとても運びきれない人数だったため、何度も調査隊が村と往復を行なっている。
陣営の主要なものたちは女王とアラクネの一体を伴って館へと戻った。
何か着てくれという要望に、蜘蛛たちは糸を自らに巻くことで応えた。
これも十分破廉恥では?そう思うが、二度も降りればケイからの小言が増えてしまう。これで我慢しよう。
館の入り口にはエリノアと、もう一人男が立っている。
きっとどこかに隠れていたのだろう。森に向かい帰らなければそれでよし。帰ってくるならもう終わり。
そんな悲壮な覚悟の眼差しが男にはあった。
エリノアよりも一回り年齢が上の青年。30半ばくらいだろうが、若々しい印象の領主であった。
最後の抵抗があるかと思っていたが、すでに全てを諦めていたようだった。
問いに対して明確に答える領主はただ一つ。家の存続だけを願っていた。
一族の当主にのみ口伝で伝えられる歴史。
語られた顛末はこうだった。
大昔からあの森にはアラクネが群生し、この領地を脅かしていた。
領主は騎士たちとそれを撃退しつつも犠牲は出続ける。
その犠牲者の中には領主の娘も含まれていた。
しかしある時、周辺の村に行われていた襲撃がパタリと止む。
当時の領主は不審に思って偵察を出すが、森の罠は以前よりも複雑になっており容易に入ることはできない。
その守り方に領主は見覚えがあった。
娘が大好きだったチェイス。
その守りの型をよく好んでいたが、そのような片鱗を感じる。
森に向かって呼びかける。
すると、なんと連れ去られたはずの娘が蜘蛛に乗って現れたではないか!
蜘蛛の角は折られており、このところの異常はこれが起こしていたのだとわかった。
「誰?知ってる…?わからない…」
娘は記憶を失っていたが、その残滓に呼応して出てきたのであった。
「吾輩はこの地の…王だ。お前と、話がしたい」
そこから娘は王に学び、人を覚えていく。
血族と盟約を結び。定期的な人間の提供を対価として森から魔獣を出さないことを誓った。
秘密裏に維持される平和。そんな中でも不幸は起きる。
領主の代替わりが起きた頃、王国全土に凶作が発生した。
翌年には神龍の加護により好転するが、その辛い時期に領主たちは判断を迫られる。
他領を飲み込むもの。亜人を酷使するもの。悪事に手を染めるもの。そして正しくあり続けて没落したもの。
このボーモント家は悪事に手を染めて領民を守ることにした。
禁止されていたアラクネの毒糸を、他領を貶めようとする貴族に売ったのだった。
大きく稼ぐことはしない。しかし確実にこの利益はボーモント家を潤していった。
そして次代に移る頃にはその流通を止めることはもうできないところまで来てしまう。
糸がもっといる。だから要求した。
当然ながら女王から新たな対価が要求された。
「吾輩と同じものを増やそうとしても増えない。王の群れから若い人を出せ。吾輩のようになれるかもしれない」
代替わりをするごとに一人、血族から生贄を要求されることになる。大きな反発や葛藤が生まれるが、もし毒糸の供給を止めれば恐ろしい報復が待っている。
ある時は事故を装って、ある時は平民との駆け落ちを支援して、ある時は人攫いに娘を連れ去るようにして捧げ続けた。
すでに4人捧げただろうか。もう後には引けない。
そんな時に、『風読みの聖女』が来てしまった。
やはりこんなことは間違っていたのだろう。当主は破滅を覚悟する。
そして今の状況はこうだった。
少女のアラクネを見た瞬間に、エリノアが駆け寄って抱きしめようとする。
しかし蜘蛛の体と警戒する少女によってなかなか近づけていない。
「エリザベス!!あなたは!森に連れて行かれていたのですね」
エリノアの妹、エリザベスは10年前に人攫いによって拉致されたまま行方知れずになっていた。
それが魔獣と化していることの悲嘆。しかし生きているように見える感激。
複雑な感情の矛先は、それを行なった当主へと向けられる。
「お兄様。何もできなかった愚鈍な私にも罪はあります。しかしあなたの罪は、それよりずっと重い。腹違いなら妹ではないと?絶対にあなたを許しません!」
兄は何も言えずに項垂れるだけ。エリノアに当主を譲り、自身が罪を償うと誓おうとする。
クルシュも肩の力を抜いて、事件の終幕を予感した。
よかった。無駄に血が流れずに終わらせる事ができた。
そんな弛緩しはじめた空気の中でも、流れを気にしないものがいた。
いや、誰よりも気にしたものがいたのだ。
ケイが口を挟む。その流れが、
一件落着の雰囲気が醸し出された時から
「ボーモント家を存続させたいならば、こちらと取引をしましょう。王国にこれを打ち明けず、あなたが当主で構いません」
一体何を言い出すのか?
領主もその妹も、クルシュもそう怪訝な表情を隠せない。
「我々は賢人会より命を受けて、魔獣の世界への影響を研究している。魔獣の抑制と制御はその中でも重要な項目です。アラクネという魔獣はその可能性を開くかもしれない」
「だから、我々がここの管理をあなた方を通して行います。死刑になるようなものであればアラクネになれるか積極的に生贄にしてもいい」
人でなしのそんな言葉にエリノアは激昂する。
「そんな!そんな非道が、認められるはずないでしょう!?」
「あなたは当主ではない。黙っていてください」
そんな横暴に、以前ならクルシュは怒っていただろう。
けれどこの一年に満たない期間であってもケイと一緒にいたのだ。
利益に目が眩んで乱暴な解決策を取るとも思えない。
ケイのことはまだわからないことも多い。彼にとっては短い時間かも知れない。
けれど、クルシュにとっては生まれてからずっとなのだ。
その積み重ねは別の気づきをもたらした。
「ケイ。あなたには考えがあるのですね?その勘定には利益だけでなく」
「ええ、多分。こちらの方が良さそうです」
エリノアは公爵が味方してくれないと気づいた時点で泣き崩れた。
全ては勝者の思うがまま。ケイの王国法を無視する横暴は、無事に通る。
領主は誓約を行う。今後の30年は全てカルステン家の言う通りにしていくと。
それはこれまでの制約とは違う。一方的で不平等なものだった。
家の存続を天秤に乗せられた貴族はあまりに弱い。
もう一点追加された要望も、誰も拒否することはできない。
誰一人として顔を晴らすこともなく、その話し合いは終わりを迎える。
カルステン領への帰り道。行きと比べて多くなった竜車の車列の一つ。
その中でクルシュは問う。
「それで、ケイ。後味が悪すぎる結末になりましたが、どんな意図があったのですか?」
ぼうっとした表情のケイは遠くの景色を竜車から眺めながらゆっくりと答える。
この人が変わったように億劫そうな態度、これはケイが気を抜いている時だと知っている。
言葉数も増えるし、端的でなくなる。
いっぱいケイとお話がしたい戦乙女にとってのボーナスタイムだった。
「最初は小さな違和感です。ほとんど気にしていなかった。けれどだんだん大きくなっていた違和感」
つぶやくように、記憶をなぞる。
「最初の毒糸の発見は偶然でしょう。その後の特定も結構手間がかかったし、違和感はなかった。けれどこの領地に近づくにつれて何かがおかしいと思った」
クルシュはほとんど同じ量の情報を得ていたはずだ。王都などでコソコソと何かしているときは情報をひた隠しにされるが、地方行脚の場合はかなり共有してくれている。
「一体何が?私は何も気づけませんでした。調査までも滞りなく、全て上手くいっていたように思えましたが」
「ええ、僕もそう思った。だから感じたんですよ。
「ケイ…苦労したとは聞いていますが、そんなことまで疑っているのですねあなたは…」
若干の同情の視線。それは以前のクルシュにも向けられた事のあるものだった事を思い出すが、表には出さずに続ける。
「疑ってかかれば、いくつも引っかかりはあった。王都からの調査では巧妙に隠されていた情報が、この付近に至ってからは容易に入手できました。噂の数と正確性が高すぎるんですよ。まるでこの地域にきた我々を誘引するようなそんな露骨ささえある。そして館の毒糸入手から工房の特定。禁足地への侵入まで何一つ妨害はなかった。やろうと思えばいくらでもできたはずだ。家の存続がかかっているのだから」
「これはあくまで想像です。けれどこの我々の動きによって明確に利益を得るものがいる。妹を取り返し復讐を完遂。当主を代わり、実権を握る。その真意が妹を想ってのことか、復讐か、当主の座かは分かりません。けれど、この状況はあのエリノアという人物にとって最高の筋書きであるとは思えませんか?」
「ですが、彼女は一つも嘘の風を吹かせていませんでした。ずっと動揺もなく負の風など一度も…」
クルシュもその違和感に気づいた。
『風見の加護』に晒された貴族は、皆多かれ少なかれ、緊張し恐怖する。
彼女にはそれがなかった。だからと言ってケイの言ったようなことを狙っていたとは限らない。あくまで証拠にはならない。アナスタシアやプリシラなど、それを知っても動揺しないものもいる。
しかし彼女が非凡な人物であることは間違いなさそうだった。
「傀儡にするなら能力が無いものの方が良い。領地の実権は妹に良いようにされて抵抗もしないあの男が適任でしょう。彼は追い詰められても無茶をせず、家を優先することもわかっている。エリノアという人物に権力を与えてはいけない」
「だから彼女を引き抜いたのですか?あの領地から離すために?」
「妹の世話係は必要でしょう。それもあんな非道をされた家に残ることはしたくないはず。この論理をあの女は破れなかった。それなりに政治に強そうですし、世話係兼内政官として働かせます」
「あまりにも、扱いとしては心ないとは思いませんか?これは人質でしょう?」
「思いませんね。彼らは毒を流すことで利益を得ていた。彼女はこの件について聞いていないとしか言っていない。ここまで頭が回るなら、彼女はきっと何が起きていたのか想像できていた。だから彼女も罪を負うべきですよ。妹が悲劇に遭って、兄が悪人だからといって。そんな悲劇に挟まれたからといって本人が無垢な善人であるとは限らない」
誰も確信は持っていない。状況証拠しかない状態。
アナスタシアを同じ材料で従わせることなど不可能だ。
けれど持っている力が隔絶していれば、こんな横暴だって通るのだ。
こちらの思い通りに少女アラクネはエリノアと共にカルステン陣営へ。
女王アラクネたちは今までと変わらずに迷い森にて管理することになる。
権力も暴力も諜報力も知力も財力も。全ては力だ。
力がなければ、理不尽に振り回されるだけ。
どちらの世界でも変わらない現実。
不自由はごめんだ。
善人と呼ばれるものはよく財力や権力、特に暴力を忌避しがちだがそれは愚かな態度だろう。
可能な限り大きな力を善人に持たせて運用した方がいいに決まっている。
自分を善人と言うつもりはない。しかしクルシュは善人だ。
彼女に力を持たせることが、中長期的に見て正しい行いに近づくと思う。
ここには難しい矛盾がある。
善人は力を求めないが、しかし力を持つべきは善人である。
そんな一人では解決できない問題も徒党を組めばどうにかなる。
そう考えながらも、そんなことを誰にも悟らせない。
誰もが共感できる素朴な願いを、誰にも共感されない方法で実現していく。
永井圭は、自由に生きたいだけなのだ。