亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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ちなみにですが、xにて明日の投稿のサブタイだけは次回予告してます
よければご覧ください

https://x.com/ZAT23_A0


【FILE:58】希死回生

 

猫人族の戦士であり、亜人連合の兵士であるアニスは目を覚ました。

 

酷く意識が曖昧であり、長い長い夢を見ていたような感覚がある。

体が億劫で動かない。けれど、動かなければいけない気がした。 

 

何かを忘れている気がする。そう気づくと、まどろんでいた記憶のタガが外れて現実的な認識が溢れ出す。

 

 

そうだ…自分達は王都襲撃に呼応してルグニカの要衝を落とすべく、ボーモント領を超えて少数精鋭にて浸透し勝利に導くために作戦行動をしていたはずだ。

 

 

一体どうなった?森を抜けた記憶がない。いや、ここで寝ている時点で少しはわかる。きっと失敗したのだ。

 

ここはどこなんだ?

 

そう疑問に思うまで、自分がただ天井を見つめていたことに気づいた。

周囲をようやく見渡すと、戦友たちがベッドに寝かされて寝息を立てている。いくつかのベッドは空いており、先んじて起きたものもいるようだと分かった。

 

その光景と、何より頼れる隊長がそこにいることを認めて一気に安堵する。

 

声を出そうとすると、咳き込んでしまった。

うまく声が出ない。しゃがれた呻き声しか聞こえない。

 

「無理はしちゃだめよ。まずは落ち着いて、これを読みなさい。あんたたちの大体の疑問が書いてあるわ」

 

隊長の声も掠れているが、自分よりはマシだ。きっと目覚めてから時が経っているのだろう。

他の兵士にも渡したのであろう紙を、自分にも渡してきた。

 

高級な紙であるのになんだか妙にシワが寄っているその紙を受け取り、目線で感謝を伝える。

 

そこには、死よりも恐ろしい地獄のようなことが書いてあった。

 

 

おはようございます。目が覚めてよかった。

 

皆さんはボーモント領にある禁足地。迷い森にて1週間ほど前に保護されました。

 

群生していた魔獣、『宿蜘蛛』アラクネの罠によって生け捕られ。その毒によって眠らせられていたようです。

 

その毒は単純な麻痺毒の効果もありますが、もっと別の呪いが込められていました。

 

それは対象の時間を遅らせること。その糸に巻かれた皆さんは自覚しているよりもずっと長い時を繭の中で過ごすことになったのです。その糸は隊長に証拠としてお渡ししています。短時間触れるだけなら手に少し違和感が残る程度ですので問題ありません。

 

ここからが本題ですが、皆さんが参加していた『亜人戦争』と呼ばれる9年もの戦いはすでに終結しています。

 

それも、40年以上も前にです。

 

『毒蛇』リブレ・フエルミ。『大参謀』バルガ・クロムウェル。『魔女』スピンクスによる王都襲撃は防がれました。

 

その後、戦いには剣聖が参戦し首脳を失った亜人連合は敗退。

ルグニカ国王と、亜人連合代表のクラグレルの会合をもって終戦となりました。

 

ここはあなた方が知るルグニカではない。40年後のルグニカです。

亜人族への差別意識はまだあれど、差別的な行動は王国法によって禁止されています。

 

未だ戦争の前後を知る者たちの禍根は強く残っていますが、若者たちの差別意識はずっと薄い。

皆さんの犠牲の上で成り立った40年の平和が今のルグニカを形作っています。

 

混乱されていると思いますが、現状を包み隠さずお伝えしました。

皆さんが目覚めて落ち着いた頃に、今後についての話し合いをさせてください。

 

氏名や出身がわかれば、可能な限りご家族や故郷の現状を調べてお伝えすることもできます。

相談の後には故郷に帰ることができる方もいるでしょう。

 

 

ここは、カルステン領にあるカルステン公爵家の本邸。その離れにあたる建物です。

何かあれば家令までお伝えください。

 

 

ルグニカ王国カルステン公爵家当主。クルシュ・カルステンより。

 

 

手紙を持つ手に、だんだんと力が入っていくのが止められなかった。

むしろよく破り捨てなかったものだと思う。

 

「読んだらこっちに来なさい。肩を貸すわ。ほら、しっかり」

 

困惑と絶望の中にあっても、隊長の命令は脳に届いた。

蛇人特有の鱗の感触、その冷たさに支えられつつ別室に移動するとそこには10名ほどの戦友達が。

 

絶望し、項垂れていた。

涙を流してうずくまっているものもいる。

ぼうっと夢を見ているかのようなものも。

 

その部屋には大きな窓があり、屋敷の周辺を一望できるものだった。

屋敷を囲うように繁栄する街。

 

遠目にも亜人と人とが道を歩き、共に暮らしている姿が見える。

 

 

「なんです…これは…?なんなんですか?」

 

ロブルは黙ってそれを聞く。

 

「隊長。これは敵の欺瞞でしょう?意識を奪ったことをいいことに、こっちを罠にかけようとしているんだ。じゃなきゃこんな、こんな!!!」

 

ロブルは何も言わずに抱きしめた。

 

「嘘、ですよね?だって、だって…ここにもさっきの部屋にもいない奴らは?あの時死んだ戦友達は、その意味は…」

 

「意味はきっとあったわ。亜人の兵士だったあたしたちがここまで手厚く看護を受けているのがその証。相手はあの武闘派、王族新派筆頭とも言えるカルステン家なのよ?」

 

彼らが知るカルステン公爵はメッカートのさらに先代であるのだが、『赤獅子』と呼ばれ亜人戦争でも大いに活躍していた。

メッカートも参戦させられたが、その反動からか争いや暴力というものに忌避感が生まれ今のありように繋がっていたのだった。

 

「隊長、隊長は認めてるんですか!こんな、こんな訳のわからない説明を!」

 

「私の最後の記憶は蜘蛛の繭の中で抵抗していた時のこと。残念ながら、否定する材料はないわ。そして何より40年の月日をはっきりとわかる人と会った」

 

 

「剣鬼、ヴィルヘルム・トリアスがここにいるわ」

 

 

 

 

月明かりが照らす、カルステン邸の中庭。

 

剣鬼は既にその剣身を抜き放ち、月明かりを反射させている。

 

対するロブル・フエルミは、蛇人族に伝わる宝具である盾を左手に構え、そして右手には岩を固めたような異形の曲剣を携えてその姿を見据えていた。

 

 

これより行われるのは終戦のための戦いだった。

 

最後の一人が目覚めてから1週間ほど。その間にも幾度も話し合いが行われ、手厚い世話を受けていた。

 

世話をするメイドや執事は全員が亜人であり、こちらへの配慮を欠かさない。

 

当主であるクルシュ自身も、驚くほどに毒気がなくその側近の騎士は亜人との混ざり物である。

男であるのに女のような格好が許され、近衛騎士団でも注目の騎士でありその上『青』の称号まで得ているという。

 

まさに新たな時代の主従を見せつけられ、親身に話しをしてそれで現実を認めるものもいた。

 

しかし、多くはそれができない。

 

彼らはつい先日まで戦っていたのだ。敵を殺して、味方を殺される。殺し合いの最中にいたのだ。

家族を守るために別の家族を殺すという狂気を遂行していた。それは戦時における正気であり、世界が変わってしまった今、その心だけが取り残されている。

 

戦って死ねた戦友が羨ましい。

毒によって死ねた戦友の方がマシではないか?

 

振り上げた拳をどこに下ろしていいのかわからない。

その血に塗れた手で、なぜ人間達と手を繋ぐことなどできようか。

 

元々が穏健派であったリブレとロブルの兄弟。その弟は隊長という立場からも冷静に努めていたが、それでも煮えたぎるような心の激情は確かにあった。

 

粘度の高いマグマのような、ずっしりとした戦いの熱が身を焼くのだ。

全てを奪った敵を殺してやりたい。

 

そんな殺意を隠し切ることは、自分を騙し切ることはできなかった。

長である自分ですらそうなのだ。隊員達の苦悩は想像に難くない。

 

とはいえ、カルステン家は善人だ。これは間違いない。そこをいきなり襲うことなどあり得ない。

 

心の底から悩み、決めかねていると向こうから声がかかった。

 

「一度、戦って死ぬというのはどうでしょう」

 

その突拍子もない提案は、珍しい黒髪の男からなされたものだった。

 

「それも、いいかもしれないわね」

 

しかしそれに驚くようなことはない。だって目覚めてから考えるのはそれだけだ。

 

戦って死にたかった。

誇りを抱いたまま信念に殉じることができればどれだけ楽だったか。

 

「ええ、戦って致命傷を受けた方には死ぬ前に確認をします。本当に死にたいのかと。それが嫌なら、『青』が治します」

 

「相手は剣鬼ということね?でも、もう老人じゃないの。正直負ける気はしないんだけれど」

 

「そちらが勝ったなら勝ったで、それでもいいのでは?」

 

「驚いた。随分自由な手を打つのねあなた。いや、それとも負けるなんて思ってないってことかしら。おもしろいわ」

 

 

ケイがこの提案をすると、当然の如くフェリスから反対された。

 

「あのね。勘違いしてるみたいだから言っとくけど、ケイきゅんがどれだけボロボロにされようと文句ないのは死なないから。そのフェリちゃんに目の前で死にたがっている甘えた馬鹿たちを認めろって?そんなの無理に決まってるでしょ。命なめんな」

 

別に勘違いなどしていない。しかし意見の相違があるようなので、追加で話す必要がある。

 

「命を最上に考えるのもまぁわかる。けど僕の考えは違う。相手が成熟した大人なら、その意思を尊重するべきだ。その命をどうするかも自由。そこを無理やり生かすというのは、死にたくないやつを殺すのと変わらない」

 

「きっとわからないだろうけどね。人ってすぐ死にたくなるんだよ?それを尊重してあげるなんてことしてたら街中死体だらけ。死は他の健康な人ですら死に誘う。それは個人の勝手なんて領分じゃないの」

 

「それもわかる。自殺を公に認めるような言説は慎むべきだ。それだけで死にたいと思っていなかった人まで死ぬこともある。個人の信条はともかく、社会としては自殺を認めるべきじゃない。自殺の情報、報道すら人に聞かせるべきじゃない」

 

ならなぜ?フェリスはいよいよ困惑している。ここまで分かり合えていることが珍しいが、ならなぜ?

 

「戦時における兵士の心の傷は不治の病だ。話して好転するものならそれでいいが、放っておけば知らないところで死んでしまう。これは僕個人の杞憂じゃない。実際にそうだろ」

 

「目覚めた21名のうち6名は既に前を向き始めている。これはお前とクルシュさんの功績だ。でもそのやり方ではきっとここまで。別の方法で救えるかもしれないなら救うべきだ」

 

「命を危険に晒してでも、心を救うって?そう言ってるの?」

 

フェリスは信じられない。この男がそんなことを言うなんて。

 

「まぁ散々指摘されてきたからな。勉強もしてるしそんなことを思いついてもいいだろ」

 

嘘だ。

 

プリシラからの課題図書として家族愛や兄弟愛。恋愛の小説を読んではいるため昔よりはマシになっているだろうが、本質的に興味はない。

 

ケイはとある現実的な危機を懸念していた。元兵士たちの一部、数名が人に向ける視線。あれは殺意と憎悪である。ケイですらわかる。あれは言葉でどうこうできるものではない。もっと別の対策が必要だ。

 

そして、その対応が失敗するならばきっと彼らは人に危害を加えてしまうだろう。

人を殺しかねないものが、死を願っているのなら僕はそれを尊重する。

 

無理に生かすことで生じる歪みはきっと弱者に向かう。

 

死刑にされたいがために人を殺すものはいる。暴力と無縁の一般人ですらそうなのだ。

数日前まで戦争で日常的に人を殺していた技能と精神性を持ったものがどうなるか。

 

決闘をして死を拒むならまだ目はあるだろう。しかし死を望むならそのままにしておく。

フェリスがこれを拒んで蘇生するのなら、それも仕方ない。

 

 

戦いという最後の手段に及ぶ前にできることはやっておくし最終手段の効能をできるだけ上げるようにはするが。

 

 

そうして、決闘の当日がやってきた。

 

かつての面影はほとんどない。ロブルは剣鬼と呼ばれた若者を見かけたことがあったため、尚更だ。

むき出しの戦意に、高まり続ける剣気。返り血で磨かれるその剣身は、見るごとに鋭さを増していたのだった。

 

その果てにたどり着いたのがこれ?いやあり得ない。今のこの男からは何も感じない。

立ち姿こそ達人のそれだが、剣鬼ではない。

 

周囲で見守る隊員達もそれを感じているのだろう。噂に聞いていた剣鬼の想像との違いに困惑している。

まぁ。40年だものね。人も変わるということかしら。

 

きっとこいつは強い。けど、怖くはない。

 

 

ロブルは盾を構えて、マナを練る。

それに呼応するように、ゴツゴツとした岩塊であった右手の異物が光る。

 

その岩の奥から熱が溢れ、刀身を溶けさせる。

溢れる溶岩が刀の形をとって安定する。

 

『溶岩刀』この魔剣はミーティアである。

 

兄であるリブレは必要としなかったこの力。彼はその卓越した技量だけで全てを切り開く英雄であった。

 

しかしこんな道具に頼ることをロブルは決して恥じはしない。

 

なぜならこれは戦争なのだ。人を殺す手段に、上等も下等もあるものか。

 

 

先ほどまでは月光の冷たい光に照らされていたこの場所を、その『灼岩』で塗り替える。

 

 

その熱気を向けられた剣鬼は、身の内で高めた剣気を表に出して応える。

 

戦意。殺意。そして憎悪。全てが込められた剣気こそ、彼の異名を決定したものだった。

 

剣とは殺人の道具である。その事実を突きつけられるようだった。

 

 

その姿にクルシュは体を震わせる。

いつも穏やかで、ただ静かに相手を切り捨てる姿しか知らなかったクルシュはヴィルヘルムが剣鬼と呼ばれる意味を理解できていなかった。

 

そしてその激情を向けられたロブルは、ここを戦場であると認める。

 

「はっは!いいじゃないの!やっぱりあんた、剣鬼だったわ」

 

戦友たちの虚な目に熱が籠る。

そうだ。みんな戦場に何か大切なものを置いて来てしまっていたのだ。

 

今まさにそれを取り返し、思い出し、生み出して自分達に戻ろうじゃないか。

 

戦友たちが鼓舞を口々に叫ぶ。

 

戦場の熱が、一帯を覆い尽くしたそのとき。

 

 

ロブルがその身を踊らせた。

 

蛇人は人間とも他の亜人族とも違う独特の身体構造を持っている。

柔軟性を極めた肢体。伸縮する首。そして自在に動かせる尻尾。

 

その全てを駆使して、人には不可能な動きで襲いかかる。

 

溶岩が滴るその剣は、一振りが致命である。

長くは起動できないが多くの戦いは、一瞬で終わる。

 

 

振るえば溶岩がその軌道を追って殺到する。

剣ではそれを受け止めることも、後ろに下がっていなすことも許さない。

 

その一撃を歩法で交わした剣鬼は、独自の方法でそれを攻略する。

 

至極単純な解法。それは攻めることだ。

 

絶え間ない猛攻がロブルを襲った。

 

それを盾でいなし、剣で受けるが、止まらない。

 

あまりにも早い連撃。反撃しようとすれば手痛い反撃は必至。

クルシュは優勢を確信するが、ロブルはそうは考えない。

 

隙などない。だから無理やりに反撃を入れる。

 

盾を持った左手を犠牲に、剣を一拍遅らせた。

そんな致命的とも言える傷であっても、まだ致命傷ではない。

 

すでに反撃の体勢に移り、体を回転させながら溶岩刀を振っている。

隊員たちの歓声が響く。

 

そこで放つは必殺の連撃。

 

『溶岩撒き』刀身に纏ったそれを切り付けながら撒き散らし、灼岩が面で襲いかかる。

刀身から溶岩が落ちることで早まった剣速も切り札たらしめる意表をつくものだった。

 

 

その灼熱が、最高速の曲剣が。それらが剣鬼に届く寸前。

 

剣鬼が消えた。

 

 

いや男は変わらずにそこにいる。しかし、剣鬼はすでにどこにもいなかった。

あれだけの激情が、剣気がかき消えて、そこにはただの老人がいるように思えた。

 

だからまるで消えたように錯覚したのだ。

しかしそんな認識などいまさらである。すでに致死の連撃は放たれている。

 

刹那でここまでロブルが思考できていること。それ自体に違和感を感じる。

 

何よ、これ。まるであれみたい。兄さんが話してくれたあの話。時間が止まったかのような錯覚。

決定的な敗北の前の、思考の加速。

 

 

全てを失ったように見える老人が剣を振るうと、溶岩の波が斬られた。

そのままなぜか、別方向からの最速の剣に後から追いつき、弾き飛ばす。

 

そうされたと認識すると、次は自分の体が袈裟に斬られていた。

 

即死ではない。しかし今度こそ致命の裂傷。

 

地面に倒れ伏して、最後の力を振り絞る。

ここで自分は満足した。あとは、隊長としての責務を果たさねば。

 

「負け、ました」

 

そういうや否や、『青』が駆け寄って治癒を始める。

 

フェリスの治癒を初めてみるものは、誰もが驚く。

こんなに早く治るものではないのだ。しかもこの40年で治癒魔法自体の進化もしている。

 

その効果は絶大であった。

確実に死んでいた。その戦士が今まさに蘇った。

 

 

それを見て、膝を折り泣き始めるものがいた。

彼は目覚めて事実を知ってから、ずっと黙ったまま表情を一切変えていなかった男だった。

しかしそれでも隊長の命令に従い、ずっと規律を保ったままこれまで過ごしていたもの。

 

彼は隊長であるロブルの敗北をもって、現実の実感をようやく得たのだった。

そんな彼を見て何かを悟ったものが数名。

 

そしてそんな納得の空気を拒絶するものたちもいる。

 

「み、認めねぇ!おい!俺と立ち会え!」

 

「隊長!俺たちも加勢します。今ならやれるはずだ!」

 

「くそ野郎が!あいつは親父をっ!隊長までっ…」

 

周囲で見ていたものたちにも武器は渡されていた。

その加勢はもはや公認のものだった。

 

ヴィルヘルムは彼らを静かに迎え撃つ。

フェリスを信じ、手加減を抑えて致命の一閃を刻み込んでいく。

 

 

その戦闘が終わり、フェリスが治療をしているとやはり拒否するものがいた。

 

「触るな、混ざりの裏切りもんが…」

 

「………………」

 

「このまま死なせてくれ。頼むよ」

 

 

 

そんな彼らをフェリスは冷徹に見下して、何も言わずに治癒を進める。

マナを掌握された彼らに抵抗できるはずもなく無様に生き返らされた。

 

 

口をつく呪詛を隊長が止め、味方に抑えられてようやく止まる。

 

多くのものが必要としていたこの儀式は、成功だろう。

しかしやはり禍根はある。最後まで抵抗する彼らがたった3名というのは出来過ぎだ。

 

彼らが間違っているわけじゃない。

フェリスが間違っているわけでもない。

僕が正しいわけでもない。

 

戦争なんていうバカみたいな行為だけが間違っている。

 

 

決して誰もが笑顔を浮かべず、それでも前を向くことを強いられる。

これまで一体となっていたものを失い。そして半身の如き仲間たちもバラけてしまった。

その痛恨を、ケイは想像することができない。

 

 

まぁ。仕方ない。仕方ないのだ。

 

 

彼らは近いうちに解放される。クルシュは監禁など許さない。

そしてフェリスの目が届くうちは、死すら許されないのだ。

 

後でエルザに連絡をしなくてはならない。

 

本来なら影で見守るべきなのだろう。そして蛮行に及ぶ前に止めてやるのがベスト。だがそんな人手はどこにもない。

 

人間が扱えるリソースは有限で、人は万能ではない。やり直しも効かない。

 

だから、無責任に放り出すことなど僕にはできない。

 

誰も大っぴらには言わないが、命には優先順位がある。

絶対的なものはないが、それでも人は勝手に優先順位をつけているのだ。

 

 

命の選択から決して逃げない。

 

それがやるべきことであり、決してクルシュやスバルに見せてはいけないし理解も求めない。

 

 

永井圭の表情は変わらない。

 

人を救えなかったという当たり前と、救えた割合としては上々という事実を含めてもこれは勝ちではない。

勝ちなどそうそうあるものか。

 

わかりきっていた現実を突きつけられても、動じはしない。だってわかっていたのだから。

 

まだ罪を犯していないものを能動的に排除するという選択は、ケイにとって初めてであった。

しかしそんなことは自覚もせず、淡々と作業をこなす。

 

 

 

曲がりなりにも前を向いた者たちはカルステン家にて受け入れることになった。

戦闘能力は申し分なく、魔獣調査に同行しながら彼らの故郷を順繰りに巡ることもできるだろう。

 

しかし、すでに死んでいるはずのものたちだ。新たな部隊を作る必要があるかもしれない。

ぽっかりと空いた空白はそう簡単には埋まらない。

 

敗戦を経験できなかった彼らは多くの亜人たちが経験したその変遷を飛ばしてしまっている。

それでも今の現実に適応しようと必死に努力をしていた。

 

彼らの一部は記憶に蓋をして封じ込め、前を向く。

一部は過去をなんともないように語り、その語りは徐々に変化をしているようだった。

まるで周囲が聞きたい話を聞かせるように、戦争の話が変わっていく。

 

彼らは嘘つきなのではない。今の暴虐を知らない若い亜人に、かつての陵辱と暴力について話すなど、憎悪を再生産するだけであると知っていた。

 

何より、彼らは恥ずかしかった。

重要な時にいなかったことが、最後に散れなかったことが。

 

そんな悔恨も羞恥も、止まっていた時間を流していくことでしか変化はしないのだろう。

彼らも彼らなりに、すべきことをやっていた。

 

 

 

加入を拒否するものたちも当然いた。

最後まで折れることのなかった3名を中心に、8名ほどが離脱する。

 

彼らはその後、すぐに分裂したらしい。一部はカララギに根付いたらしくロブルに連絡を送ってくれた。

 

あの3名はそれから連絡もなく、誰一人として会うことはなかった。

 

 

 

 

ケイはそんな確定した未来を幻視しつつ、扉をノックする。

 

「どうぞ。お入りください」

 

そこにいるのはエリノアとエリザベスの姉妹である。以前に向けてきた愛想笑いはそこになく、冷徹な瞳がケイを迎え撃つ。

 

「ようやくひと段落ということでしょうか。彼らは始末されるのですね。エリーゼにさせるのですか?」

 

その皮肉は他人であれば少しは効果もあったろうが、ケイには通用しない。

 

「何を言っているのかわかりませんね。あなたの故郷での活躍を話したくなったらお互いの話を交換でもしましょうか。そんなことよりできましたか?」

 

お前が話すならこちらもと答え、別の用事に集中する。

 

「はい。出来ておりますよ。エリーゼ。あれを持ってきてくれる?」

 

エリノアの様子にエリーゼと呼ばれたアラクネが疑問を投げかけた。

 

「怒ってる。なんで?悪いことした?」

 

「ごめんなさいね。あなたに怒っているわけじゃないのよ。気にしないで」

 

頷くと、蜘蛛の多脚が動き滑るように部屋を移動する。

 

 

彼女が持ってきたのは、純白の布で作られた寝袋のようなものだった。

 

「持ってきた糸もいっぱい使った。でもお腹いっぱいだからすぐ作れる。ここの王はすごい」

 

そう。これは時間を遅らせる糸を使った寝袋だ。

これに包まれれば、呪いが継続する限りにおいて時を止めることができるのだった。

 

今後は4日に一度だけ睡眠をとることにする。3日間はこの寝袋で夜を明かすのだ。

当然時間が止まるので睡眠はとれないが、そこは朝起きる際にリセットすれば良い。

 

4日目は記憶力が落ちるなどの弊害はあるが、それを差し引いてもメリットが凄まじい。

これをすることで24時間分の寿命が増えることになる。

 

朝になればエリーゼが食事を行いリセットして目が覚める。

その時、苦痛は存在せず魔獣たちの分の血肉の確保もエリーゼの仕事になっている。日中は糸を出して少しずつ編み物や織物にも挑戦中とのこと。

 

本人は表情に乏しいがそれでも、毎日お腹がいっぱいですごい!糸も止めなくてよくて楽しい。と無邪気に言っているがエリノアの顔は優れない。

 

迷い森ではかなり食事制限とそれに伴う糸や活動の制限があったようで。本能的な行動に抑制をかけなくて済む今の方が自由らしい。

 

 

「毎朝死ぬなんて、常軌を逸しています。おかしいですよ」

 

「ええそうですね。でもあなたも死なないなら同じようなことをするのでは?」

 

エリノアはどうやら、人生で理解されたことがなかったらしい。

恨みがましい目を向けるが返答はない。

 

「無防備になりますが、毎朝ヴィルヘルムさんやクルシュさんが確認しますし、いざとなれば僕には協力者がいる。僕からの反応がなければすぐに対応することになってます。浅い考えは身を滅ぼすとだけ言っておきますよ」

 

誰とでも仲良しこよしなど必要ない。

しっかりと脅迫し、安全を確保しておく。

 

ちなみにアラクネの角だが、なんと女王はエリーゼの角を保管してあったらしい。

記念に取っといた。と言う女王はやけに人間らしく、へその緒のような感覚なのだろうか。

 

繭に包まれ時間的には切断からさほど経っていないそれは、フェリスによって繋げられた。

 

そしてそれをケイが折る。これで主従が変更された。

ケイが死ねば本能を取り戻すが、それが実現されることはないだろう。

 

そう言ってケイはゆっくりとした白い死に包まれて眠りにつく。

蜘蛛の侍る寝室に屋敷の者は寄り付かなくなった。

 




【溶岩刀について】
溶岩を刃となした曲剣
人には作り得ぬ、蛇人たちの武具

【溶岩撒き】
体を回転させて敵を斬りつけながら
周囲に、溶岩を撒き散らす戦技
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