白鯨討伐の準備を進めるのと並行して、魔法を使うための訓練が始まった。
これまで深く関わるまでの魔法を学ぶ授業は座学のみであったが、実際に使うには熟練者が体内のマナに干渉し発動する感覚を掴むのが早いらしい。
危険を鑑みて、中庭ではなく王都はずれの廃墟での実施だ。
適当に選んだ場所の近くには花が咲いており、珍しいことにヴィルヘルムが歯切れ悪く移動を願い出た。それを見てフェリスがはしゃぐという遠足かと思うような一幕は割愛。
フェリスと空き地に立ち、マナの干渉を受ける。のだが、講師の反応がいちいち不安にさせてくるものだった。
「うん? え! はぁ!? ふーん... ええ...?そんなことある?」
フェリスが常にうるさい。
「なんだよ。その反応、問題があったのか?」
「ちょい前から口調が砕け続けてるけど、調子のってる?のってるよね?魔法の講師様にそんな口聞いていーんだ?敬意が感じられないと教えらんにゃいかも〜」
笑顔で変化を指摘するフェリスはふざけているように見えるが、しっかりとイラついているのが伝わってくる。しかしながらこちらも学習するのだ。こいつに気遣うのは無駄である。
付き合いの長い家令から、最近のフェリスの態度はクルシュの時間を取られたと感じる嫉妬からのものである許してあげてねとフォローを受けたが、許す気も特に気を配る予定もない。
「そうですか。ではクルシュ様にお願いしに行くのでお疲れ様でした。フェリスは投げ出したと報告しますね」
「待って。待ちにゃさい。わかったから、ケイきゅんてばどしてもフェリちゃんと触れ合いたいのはよーくわかったから。いいよ?どんな口調でも、寛大な心で許すから。気持ち悪いけど」
詰みの一手を打たれるも、おどけた態度は崩さず。威嚇は続ける。ぽっと出の新人がクルシュのあり方を変えているように見える現状は、フェリスにとって相当なストレスをかけていた。
「時間がもったいないから早く診断結果を言えよ」
猫耳の下の額にピキリと青筋が浮かびそうになるが、魔法の言葉を一人で詠唱し乗り切る。
「フェリちゃんは可愛い。フェリちゃんはかわいい。フェリちゃんはカワイイ。」
ふー!とため息にしては大きすぎる息を吐いた後、ようやく診断結果の発表へ移る。満点の笑顔である。
「ケイきゅんの属性だけど、『風』と『陽』の二種類ね。まずおめでと。陽魔法は珍しいし、二種類持ちもそれなりに希少。マナの量は莫大。ゲート出力は優秀すぎるくらい。貴族の家系でこれくらいの才能が生まれたら、お披露目会を開くくらいには舞い上がるんじゃにゃい?」
フェリスの口から述べられる賛辞に違和感を覚える。こいつが嬉しそうに自分を褒めるなど信じられない。
そして続く言葉に予想を裏付けられる。
「ただーし!マナの操作と活性に関わるセンスってかイメージする能力が終わってる感じ。ゲートの開閉はマシだけど、これは結構生まれ持ったものだからどうしようもないね〜。マナも生まれてから一回も動いたことないんじゃないのってくらい固まってるし、そのくせマナは多いし出力は高いから絶対持て余す。宝の持ち腐れってレベルじゃにゃいよーこれ!おっもしろ!!今度研究室に一緒に行こうよ。こんな検体見たことないってみんなびっくりすること間違いなし!あはは!!」
なるほど、上機嫌の理由がわかった。語学の習得や作戦の立案など、短期間ではあれど頭脳労働で他の追随を許さなかったケイ。その明確な欠点を見つけてテンションが上がっているらしい。性格最悪かよ。一応味方だぞ。
ちなみに汚い例え話になるが、重度の便秘に似た症状らしい。腸内でコンクリート並みの硬度になった便をとんでもない勢いで出そうとするとどうなるか。マナは活性化しようとすると増幅されるらしくその点も危険だ。出口はもちろん、腸内すらズタズタになる、というか活性の度合いによってはバーン!てなるかもよとの太鼓判を押してもらった。なるほどわかりやすい。
総評としては、自分で使うのも今は無理。できてもコントロールセンスがないくせに無駄に出力と容量が高く、魔法としての形はなさないだろうとのこと。
IBMといい魔法といい、なぜこうも自分は一般的な事例に当てはまらないのだろうか。
ため息一つで切り替える。
まぁそれはいいとして、実際に練習はするべきだ。さっさとやろう。
「話、聞いてた?頭大丈夫?それしたら無意味っていうか無駄に苦しいだけだよ?ていうか危なすぎてフェリちゃんも怪我するかもなんだけど」
「問題ない。早く済ませよう」
「いや、問題あるでしょ。そっちが苦しむのはいいとして、なぁんでフェリちゃんが怪我してまで...」
「仕事として請け負ったならやり切れよ。それに問題ないだろ?傷は治るし、最悪死んでもお互い蘇る」
ケイは記憶力が良い。ここに来てからの会話程度であれば全て記憶しているくらいだ。そう。彼女は最初に自分が死んでも蘇ると白状していた。
鎌掛けも何もしていないが、勘違いの末に勝手に喋ったのである。
渋々と了承し、お気に入りの服が破れるの嫌とのことで着替えタイム。持参した服に変えて挑む。
大楯の影に隠れながら、ケイの手を握り魔法の発動をすることとなった。
クルシュはケイに呼び出され、ヴィルヘルムも見物に寄り、何人か他にも通行人が見物に来ていたが危険とスプラッタの予告をされて退散させる。
「じゃいくよー。えい!フーラ!」
操作を受けて、感覚が切り替わる。
体の中に初めてあるものを自覚した。これがマナか。それが熱を帯びて、腹の奥から膨大なものが全身を駆け巡り始める。
すると、地獄の門が開いた。
「ぐ、あああああああああああああ!」
苦痛に慣れていたつもりだったが、未知の痛みに悶絶する。痛い痛い痛い痛い。痛いというか熱くて狭い痛いいたいいいいいいいいぃぃぃ?????
「え、ちょっと止まんないんだけど!ケイきゅん!?力むのやめて!壊れちゃう!おい、ケイ!やめっ!?」
そして胴体から亀裂が走り、右肩を起点に爆発的な風が生まれた。
永井圭の右半身は、暴風と共に爆散した。
凄惨としか言いようがない。血風が舞い、ボトボトと血肉が降る。地獄が全員の前に展開された。
ヴィルヘルムはクルシュをかばい、当のクルシュは青ざめてドン引きである。
これまで大兎以外にも魔獣や野盗を斬ってきただろうが、ここまで派手な顔見知りの惨状は初めてである。
爆心地。
大楯は吹き飛び、右腕を失ったフェリスが座り込む。もはや無意識に治癒魔法が発動し、手を治していく。
「なに、これ。危なすぎっていうか。センスないとかいうレベルじゃない。マナの暴走?イメージできていないというより、強固すぎる?」
呟くフェリスの声は誰にも聞こえない。
そして彼らは目撃した。初めての亜人の復活。
ズタズタのボロ布を纏ったケイが、みるみる治って、否、再構成されていく。
人智を超えた現象に、似たことをしているはずのフェリスが顔色を失う。
「マナもオドも感じない。なんで直るの?意味わかんないよ、君」
パチリと目を覚ましたケイが、フェリスに再び向き合う。
「じゃあ、もう一回」
「...ハァ!?」
ケイの顔は、痛いの嫌だな〜という表情ではある。しかしそれは、一般人が歯医者にかかる程度の深刻さだ。
今わかった。こいつのおかしなところは出身でも、頭脳でも、ましてや不死という能力じゃない。この精神性。心が異常だ。
一生かかっても理解できない、共感なんてあり得ない。ラインハルトに似たものを感じる。
もうやめようという問答も、全て正論に潰される。
魔法が使えるようになれば戦力になるし、コントロールできなくても発動さえできれば自殺のための最良の手段となる。
そして判明したのは、リセットするとマナとオドも初期化されるということだ。実質無限のマナ貯蔵庫ということになる。
いよいよ研究施設や非合法な組織に誘拐されれば無事では済まないだろう。
仕方なく、2度3度と繰り返すが一向に変わらない。自分での発動もできなければコントロールも不可能。
変わったところはフェリスが手を引っ込めるのが上手くなったくらいだ。
どうやらコントロールが悪いだけでなく、魔法の類は暴走するものという固定観念が致命的な邪魔をしているらしい。
IBMの経験に起因するイメージだろう。魔法といえば当然IBMを最初にイメージしたし、暴走し続けるあれの印象は鮮烈だ。
どうすべきか自分ではわからないが、こればかりは数をこなすしかないとのこと。
理性でどうにかできない問題は、やっぱり苦手だな。
現状ではフェリスが触った時にランダムな威力で爆発する人間爆弾である。
使用禁止、練習禁止を言いつけて今日の訓練と称した虐殺は終了した。
クルシュは少し寝込み、命を雑に扱いクルシュに醜態を晒したことでフェリスはブチギレ。剣鬼だけは話しかけてくる。
「ケイ殿。お疲れ様でございます。想像を絶する苦痛、そこに立ち向かい続ける気概。感服いたしました。しかし聞かせてください。なぜそれほどまでに?」
「別に、大した理由もないですよ。クルシュ様と契約しましたし。やれることをやっておくのは、当たり前じゃないですか」
少し棘のある態度になってしまっただろうか、以前もそんなことをしたことを思い出す。
そんな幼い反応にもヴィルヘルムは腰を折り、礼の姿勢のまま話しかける。
「ケイ殿。あなたに感謝を。そしてその苦難から決して逃げない心根に敬意を。この老骨ができることであれば、なんでも仰ってください。そして一点聞きたいのですが、なぜクルシュ様にこの光景を見せようと?」
ヴィルヘルムにもすでに思い至っているようだが、一応意図を話しておく。
「白鯨での戦場ではこれくらいの勢いで人が壊れてもおかしくない。その時に統率者がショックで動けない。なんてことはごめんですから。事前に見慣れることができるならしておいた方が良い。何か問題がありましたか?」
「やはり、そうでしたか。申し訳ありません。指南を任されているのは私だというのに、思い至りませんでした」
「いえ、お互いにやれることをやりましょう。ところで、熟練の剣士はマナを使って体を強化する魔法、流法とかいうのを使っていると聞いたんですが、それって本当ですか?」
無駄を省き、目的に向かって突き進むその様は、まるで剣のようだ。
装飾もなく、無骨だが、こんなに頼もしい剣はない。
剣鬼はそんな思いを抱きながらケイの質問に答え続ける。
【IBMについて】
亜人が生成する未知の物質。
科学的には屈折率がおよそ1.000292の完全に透明な物質で構成されており、基本的には亜人同士にしかその物質を見ることはできない。
亜人によってはその物質は粒子状に体から出すことも、人型を形どることもできる。
また、亜人だからといって全員がIBMを出せるわけではなく、人型IBMを操れる者は「別種」と呼ばれる。何らかの素質や覚醒が引き金となって突然に使えるようになる特殊能力であり、殺され続ける、誰かを恨み続けるなど、強いストレスがかかることで出現する事が多い。