亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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向かうなら西がいい
きっと待ち人に会えるから


【FILE:60】西方行脚① 都市国家へ

 

論功式から一年が経とうとする頃、ケイは初めての外国に足を踏み入れていた。

 

聖域で魔女から情報を得てから長い時間がかかっているが、これまで時期を見て待機していたわけではない。

ルグニカの西に位置するカララギ都市国家。そこへケイが訪問するための準備にはそれだけの時間が必要だった。

 

いきなり外国へ向かうほどケイは異世界を侮っていない。観光ならまだしも外国において効率よく動くためには事前の用意が重要だ。

 

必要な情報を事前に集め、必要なものを購入できるように根回し。

 

それらを現地に協力者を作っておいてスムーズに行えるようにしておく。アウェーで物事を進めるためには協力者が不可欠だ。

 

しかしアナスタシアに頼るわけにはいかないため、自然と声をかけるのはアナスタシアに対抗する商人たち。

 

アナスタシアは非常に影響力の大きい商人だが、カララギの代表というわけでは当然ない。

商人は誰もが味方で敵である。ルグニカ貴族のように代々どこの勢力に加わり続けるというよりは、自身の利益を最大化できる相手と代ごとに付き合っていくことが多い。

 

白鯨を落とした恩人。新たな交易方法の提案者。そんな噂は十分にカララギでも広まっているらしく、有力者とも連絡を取ることは容易だった。

 

西端に近い都市、第一都市と第二都市の都市長には渡りをつけることができた。

 

そうして準備をしているとカララギの都市長たちの最高議会である『都市同盟』から提案がなされた。

 

青蓮獅子団のいつもの行程をそのままにカララギに訪問しないかと。

魔獣討伐は抜きにして、護衛の武力はカララギが派遣する。ルグニカの芸術と商人団を引き連れて都市を回ってみてはどうかと。そう打診を受けたのだった。

 

そうなればかなり時間がかかることにはなる。しかしその恩恵は大きいだろう。

何より招待条件の中に特筆すべき文言があった。魔獣の同伴を許可。魔獣についての情報提供を求む。そう書いてある。

 

最高機密である魔獣についての調査の真意。それをどこからか嗅ぎ取ったものがいるのかもしれない。

まぁ魔獣と災害の関係性についてはこの世界全体の問題でもある。説明のために魔獣を伴って各都市を回って市民にも魔獣というものを見せたいらしい。もはや見せ物であるが、こちらとしては問題はない。

 

諸外国とのパイプ作りというまさに王に必要な仕事であるためクルシュは忙殺されるだろう。

 

こうなると、ケイの当初の目的を達成するためには本隊と別行動をする必要がありそうだ。

短期間で多くの都市を巡ってほしいカララギ側としては、この別行動を歓迎。第一と第二都市にはケイとヴィルヘルムが少数の魔獣と商隊を連れ立って向かうこととなった。

 

二ヶ月弱の旅程を組み上げて外国へ向かう。

クルシュは、それはそれは喜んだ。

 

「やはり国を知るには、外からも見てみなくては。そうプリシラ様にも言われていましたし、アナスタシア様へもしっかりと対抗しなくてはいけませんからね!」

 

味方を作って、対抗したい。そんな漠然とした思惑であったが、これがアナスタシアとの対決の火種を生むことになるとは、クルシュはまだ知らなかった。

 

必要な多くの物品は、第二都市のリフテンという猛商が用意してくれている。

ケイが本隊から分かれて一週間、ようやく第二都市バナンに到着した。

 

都市長との交流後、客人たちの世話を任されたリフテンの屋敷に招かれて逗留する。

 

この第二都市はアナスタシアの出身地であり、ホーシン商会のお膝元。

敵地である。しかし、そんなところだからこそ対抗馬の来訪を商機と捉えるものもいるようだ。

 

リフテンもその一人。

 

 

そして調達を依頼していたものは、ミーティアと魔造具。そして呪具である。

 

リフテンから太鼓判を押された男が、このルグニカからの賓客に自慢の商品を紹介していく。

 

まずはミーティアだ。

対話鏡が複数。

風を纏い防御を行う『風護輪』。

風で相手を切り裂く『風爪』。

 

この辺りはクルシュのための装備であった。一点もののミーティアはそれこそとんでもない価格ではあるが、現在のカルステン家にとっては決して大きな買い物ではない。

 

そしてここからが今回の重要な買い物だ。呪具である。

 

王国における呪具の取引は基本的に禁止されているが、カララギにおいてはそこまで強い規制はない。

呪具は使用者の命やマナ、オドを含む身体的な危険が伴う道具である。ケイにとってはノーコストで踏み倒せる可能性の宝庫といえる。ぜひここで集めておきたい。

 

 

細かな商品は一括で購入し、いくつかの目玉商品を見ていく。

 

それがこの魔剣である。『怨剣 (なまくら)』。

 

 

青き雷光の番外刀。そんな一品が出回ったらしいと噂が立った。

魔剣の類らしいが、なんとあのヴォラキア最強の刀狂いが手放した魔剣があるという。

 

怨剣。

 

強い妄執を吸い上げ、その分切れ味を増す魔剣。握っている時間に比例して吸い続けるため長時間使用するとその想い自体を失う。怨念にも近いほどの粘りの強い激情がなければそもそも何も切れないほどのなまくらである。

 

試し切りにてひよっこの弟子が、製作者である師匠を殺してしまったことから魔剣として名を売るが、その実態は謎に包まれていた。同じ弟子が使っても何も切れず。ヴォラキアの青き雷光すら扱えなかったと聞く。

 

「これは僕のような自然体で爽やかな最強には無用の剣でした。きっと剣聖さんも使えないと思うなぁ。これ返すんで、そっちくれません?」

 

そう言って別の刀を持っていったらしい。

 

その後、カララギのとある商会で展示品として飾られている状態で発見されたところを今回の商談にまとめたという訳だ。

 

「しかしながらですねぇ。どうにも今の所有者が癖の強いお方なんですわ。いやはや難儀なやっちゃ」

 

 

現在の所有者は、カララギきっての刀剣愛好家であり、剣士についての信奉者であるという。

剣鬼本人を見ないことには交渉もできないと突っぱねているらしい。

 

バナンには来てくれているらしく、剣鬼に会いたかっただけでは?と勘繰るが、実際はそれ以上であった。

 

剣鬼にその剣を売りたいが、条件がある。

それは、とある伝説の再現をしてほしいというもの。

 

 

「ルグニカに伝わる初代剣聖の逸話を確かめたいのですじゃ。かの英傑は剣を選ぶどころか、棒ですら圧倒的な剣力を振るったという」

 

剣に頼るような無様は晒してくれるなと狂気的な依頼。

華やかな二つ名がよく呼ばれるが「棒振り」などと呼ばれたこともあったという。

 

伝説を確かめるために、この今にも折れそうな細い木の棒で盗賊団を壊滅させてほしい。そう言い放ったのだった。

 

こと剣については、強すぎるこだわりをもっている男。

恐らく剣技においてヴィルヘルム以上の情熱を持つものはそれこそ青き雷光くらいのものだろう。

 

できらぁ!とでも言うような勢いで了承し、件の盗賊団へ向かった。

 

棒切れ一本で野を行く様は、まさに男児である。

 

盗賊たちは根城に近づいてくるものを見て動揺した。

明らかにおかしいのだ。達人にしか見えない風体の老人が、棒切れを持って近づいてくる。

 

この世界において超常の個人というのは割といる。

しかし、頭目が見定めて逃げないことに決定した。マナもあまり感じなければ、剣気もそこまでではない。

何より剣士だろうにほぼ丸腰である。何か交渉にでも来たのだろう。

 

盗賊団にしては装備が良い。かなりの実力があるようだとヴィルヘルムは件の犯罪者たちを眺める。

 

対話を望む盗賊たちに、木の棒で襲いかかる蛮族。

剣鬼の生涯でも最悪の絵面ではあった。

 

この常軌を逸した依頼は、剣鬼ヴィルヘルムをして困難な難問。

 

素手であっても問題なく倒せるような相手に、木の棒を気遣って戦わないといけない状態に歯噛みする。

 

相手の武器を受ければ折れる。

強く振るえばそれだけで折れる。

相手の胴を打てば確実に折れる。

 

 

ヴィルヘルムは苦心する。斬ることができない。

 

不本意ながら、ケイならばどうするかを考えた。

穴を突くような解法に帰結する。

 

辛くも目を突いて全ての敵を倒し、依頼自体は達成した。

 

 

依頼主も売買に同意し満足気だが、ヴィルヘルムだけがこの結果に満足していなかった。

 

そこらの棒切れ、というより枝を拾って眺める。

 

剣として棒を見るとあまりに頼りない。

 

剣を棒としてみる。これらは同じものだと初代剣聖は言ったらしい。

 

同じようには扱えない。けれど、本当に体のどこをも叩けないか?

目や喉なら打てる。早く振ればきっと切れる。

力で振り回してはそれだけで壊れてしまう。

 

誰もいない夜中の平原で一人、棒を振り回す男がいた。

 

少しずつ、剣速が早まっていく。

想像上の敵が上段から振り下ろす、横に添えるように棒を当てて逸らす。

何か掴める。そう思った時には棒が折れていた。

 

「恐れながら、この第二都市を発つまでの時間をいただきたく。それまでにきっと、真に迫った一振りを成して見せます」

 

ただ一振りの剣。ヴィルヘルム・ヴァン・アストレアは枝を剣として向き合った。

 

幾度も振るい、修正する。それしかできない。それしか知らない。

 

剣というものへのこれまでの常識を捨てていく。

これまでの積み重ねを捨てる恐怖など、妻への愛を捨てることと比べることすらおこがましい。

 

ケイが第二都市で画策していた、精霊の探索。それが一段落するまでの2週間。

 

ただただ没頭していった。

 

依頼主はその姿に感激し、その期限のギリギリに最上の相手を用意する。

 

 

 

陽は西に傾き、夕陽が全てを赤に染め上げている。

その平原には腰ほどの背丈の草が一面に広がり、風が吹くたびに波のように揺れている。中でも背の高いすすきが、赤色の光を受けて輝きながら、音もなく揺れる。

遠くには青々とした山々の稜線が霞んで見え、その裾野には森の濃い緑が影のように続いている。

 

ヴィルヘルムと対峙する集団は、捕まった犯罪者や借金苦に犯罪を犯したものたち。

その手には立派な武器が握られている。

 

目の前の木の棒を持った老人を打ち倒せば、人生をやり直せると約束もされている。

その士気は高く、死兵に近い気迫があった。

 

音もなく戦いは始まる。

 

撫でるように切る。待ち構えるように突く。

 

それは決して深い斬撃ではない。

しかしただの枝で確かに人の皮膚と肉が切れている。

 

目を、首を、指を。斬れるところだけを適切に合わせる。

相手を見て棒を適切に合わせる。それが無理なら避ければ良い。相手を誘い斬りやすくする。

 

斬ることだけを考えていると、いつの間にか残る相手は一人となっていた。

 

最後の相手はその体に甲殻を宿す虫人族の亜人のようであった。

どこであっても人のようには切れまい。

 

もっと速さがいる。棒が思わず自身を棒であると忘れるような速度が。

自然と鞘に納めるように、手を使って抑えて力を溜める。

かつて戦場で見た事があったように思う。意識もせずとった型はカララギで居合と呼ばれる構えだった。

 

その自然体から放たれた一閃は、道理を置き去りにしていった。

 

構えるは剣の修羅。

斬り放たれるは刹那の一閃。

 

商人の男は羅刹の太刀をそこに見た。

 

 

かつて妻を剣神から奪い取った時のような、そんな力がただの枝に込められていた。

結果は語るまでもない。

 

体の芯から力が奪われるような感覚がする。

全てを出し尽くした居合。それによって何かを超えた感覚があった。

 

 

 

 

ヴィルヘルムは、たまらず咆哮する。

何かが生まれた感覚がある。その産声のような叫びが草原に木霊していった。

 

 

 

 

 

「なんだよこれ」

 

ケイとしてはこの一連の流れが全て意味不明だった。

普通に売れと思ったし、盗賊を倒したのだから普通に買えと思ったし、なんで木の棒で甲殻ごと人を真っ二つにできるのかもわからない。

 

棒と剣は同じだという。いや同じではないだろ。

 

 

 

ヴィルヘルムがさらに一つ上に至った姿を見た商人は、あまりの感激に魔剣を差し上げると言い出した。

呪具である手甲と足甲もセットで献上するとのこと。かつてその強さのあまり『羅刹』と呼ばれた剣豪の用いた鎧であり、カララギの大刀を使っていたらしいが鎧は騎士のものでありルグニカからの流れものと言われていた。

 

これはヴィルヘルムが身につけることになった。

 

そしてもう一つ、ぜひお渡ししたいものがあると。

 

『慈母の血衣』そう呼ばれる呪具が男の一族に受け継がれているらしい。

 

これから取りに戻るためすぐにとは言わないが、必ず送り届けると約束した。

 

 

これまでの緻密な交渉の結果の値引きすらもぶった斬るような大サービス。

そもそも防具の方は2週間かけても断られていた物である。

 

たまにヴィルヘルムと一緒にいると、真面目にやっているのがアホらしくなる瞬間が訪れる。

 

 

ケイはいつもより少し多めに食べて、普段飲まない酒を一杯だけ飲んで早めに寝た。

 




返り血に染まった羅刹の防具
禍々しい剣気が溢れ出るかのように
ボロ布の端がちらついている

人を斬り、喰らう
弛まずに、それを続けた者だけが
無我の羅刹となる
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