ヴィルヘルムが棒を握って真剣に修練している頃、ケイはもはや理解不能ということでこの剣士を放置していた。
大精霊の探索を進めねばならない。
そのためにバナンで調査を募り、大々的に捜索を行った。
歴史家や研究家にも協力を依頼し、伝説から風説。民謡や俗説まで幅広く情報を集め切った。
総合すればどうやら酒というものが地雷であり、弱点でもあり得そうだ。
酒を使えば有効そうであるが、それは討伐についてだろう。友好関係を結ぶためには酒など持ち込まない方が良さそうだ。
以前にバーリエル領で巻き込まれた結婚式襲撃事件。あの時のミーティアは買い取ってあった。
恐らく酒気を増加させるこのミーティアは切り札となるだろう。あくまで敵対した場合だが。
これまではカララギから付けられていた護衛が全ての関所で手続きをしてくれていたため、ほとんどスルーできていたがここに来て足止めを食らった。
どうやら悪名高い賞金稼ぎが、ついに殺人を犯して逃走しこの先の森で隠れ潜んでいるらしい。
足止めはお断りである。
なので、その賞金稼ぎの討伐を申し出た。
カララギから付けられた護衛たちは渋るが、期間内に第一都市につけなければ、両都市長の顔を潰すことになるぞと脅しをかければ、素直に従った。
実のところ森を無視して通過するのが最短ではあるのだが、その賞金稼ぎに興味が湧いたため無茶を通したのだった。
その二人組の異名は、『呪剣兄弟』。呪具である剣を、彼らの特異な加護で危険を相殺して使っているという。
なんともこれからのケイの参考になりそうな者たちだったのだ。
その呪具にも興味がある。
捜索には連れてきていたウルガルム3頭。そして『木樵鼠』ジャスティを使って追い込むことにした。
野生の魔獣のフリをしたジャスティがある一帯を派手に伐採し、隠れるところを無くそうとする。
これは陽動だ。魔獣にあまり慣れていないカララギのものにとってこの異常個体は決して無視できない。
この脅威から逃げるか討伐するように移動するだろう。
ジャスティと反対側からウルガルムとIBMによって捜索を行う。
2日も経たず、彼らは発見された。
呪具の効果はどうやら格上の武芸者すら殺しているらしい。念には念をとヴィルヘルムには控えてもらう。
ケイが一人でその二人と対峙した。
「一体どんな加護と呪いを使っているんです?教えてそれを提供してくれれば命は助けましょう。いかがですか?」
「ハッ!んな誘いを戦う前から受けてたら、こんなとこまで逃げちゃいねぇよ」
そう答えるのは、ヒョロ長い背丈の蛇人に見えるが、恐らくこれは違う種族だ。
爬虫類系であることは間違いない。トカゲか、イモリ、ヤモリだろうか?
その背中には、小さな犬族がこちらを甲高い声で威嚇している。
「そうっすよ兄貴!やっちまいましょう!俺たちゃ無敵だぜ」
キャンキャンと吠える子犬族の犯罪者。よほど自信があると見える。とても楽しみだ。
「んじゃまぁ!やっちまうか!」
そう言って抜き放つのは刀身が赤く、そして刃こぼれをしている刀。
見るだけで、背筋がなぜかゾッとする。これまで見せてもらった呪具の中で最も邪悪というか、恐怖を煽る圧力があった。
その刀身をなぜか自分の腕に当てがい、傷をつける。
すると、その刀が震え出しその血を纏うように仄かに光る。
同時にケイは異常を察知した。
相手が自傷したはずの位置。ケイの左腕にも傷が浮かび上がって出血を始める。
これは、自分の傷を相手にも与える力?これが呪いかその加護によるものかはわからないが、そんな効能であるとあたりをつける。
しかしどうやら、傷はこちらの方が浅いように見える。
そして、こちらが動かないのを見るや嘲笑を寄越してくる。
「どうしたぁ!?ビビっちまったかよ?いきなり血が出て怖いもんなぁ?こっちも同じ、いやこっちの方が深手だってそんなことを思ってんだろ?」
「兄貴!今やりますぜ!」
背中の子犬が仄かにひかる。その青い輝きは治癒魔法だ。
ルグニカ以外での治癒魔法の使い手は非常に珍しい。なるほど、自傷して相手に傷をつけ自分は回復。
見れば相手の傷は治っても、その治癒はこちらには影響はないようだった。
体を傷つけて、こちらの全身を刻んでくる。
どうやら出血も止まりにくくなっているらしい。これは、ヴィルヘルムを前に出さなくてよかった。
彼は今決して癒えない傷を肩に受けている。この連携を喰らえばすぐに動けなくなっていたかもしれない。
しかしこの二人の在り様は、参考になるものだった。
新たな戦略を採用することに抵抗するフェリスの姿勢からもフェリスをあまり活用してこなかったが、魔獣に乗せたり、ゴドフリーに乗せたりしておけば不死身の戦士の出来上がりだ。
フェリスのことを思考から外しがちなケイの盲点であった。やはりどんなものにも反作用はあると改めて反省する。
よく観察すれば、子犬も同じ傷を受けていて自身も治療しているようで、辛そうだった。
そういえばルグニカは魔獣大国でもあるが、魔法大国としても有名である。そのルグニカでも治癒魔法の使い手は珍しいのだ。カララギにおいてはさらに貴重なのだろう。
「そろそろくたばりそうだなぁ!じゃあトドメといくかぁ!」
こちらに駆け寄る男の種族を推測した。恐らくイモリをベースにした種族。あの生き物の回復能力は非常に高かったはず。それがこの相乗効果を生んでいるのだ。青蓮獅子団への勧誘は、変わった亜人族を中心に声をかけても面白そうだ。
どこまでも参考になる二人だった。
けれど、もう十分だ。
「よし。やっていいぞ」
そう言って手を叩けば、背後の森から音が響く。
巨体がそれに見合わぬ速さで迫ってくる音。完全に躾けられた魔獣という凶器が。『呪剣兄弟』に襲いかかる。
「っな!んなんだぁ!そりゃあ…」
3mもの体躯のビーバー。ジャスティを前にして彼らは立ちすくむ。
この魔獣と出血量勝負などできるわけがない。一体どうすべきかを逡巡し、すぐに次善策に移った。
「おいこら!飼い主はてめえだな?俺の力はわかったろうが!傷を人に押し付けることができんんだよ。この状態で俺のことを殺してみろ?おめえも死ぬかもしれねえぜぇ?」
そう得意げに語るイモリ男。その全てが的外れであると彼は知らない。
魔獣はすでに教えられた通りに行動を開始している。
まるで機械の様なそれは、自身の四肢をもがれたとしても命令を違えない。
やはり人に都合の良すぎる生物だ。
このジャスティには色々と仕込んである。
条件に合わせてそれらをただただ実行するだけだ。
そしてジャスティは、四足で駆け出して跳躍し、二人に接近して二足で踏み込むとその両手を振るった。
爪を間一髪で逃れるが、ジャラジャラという音が四方から襲いかかってくる。
ジャスティの両手に縛られた鉄鎖が幾本も伸びて、無造作にあたりを蹂躙する。
以前にその連撃を一歩も下がらずに凌いだ剣鬼をどうすれば動かせるか、そんなことを考えて採用した装備であった。
鎖はまるで魔獣を御しているかのような印象を与えるため、外聞も良い。
10本もの鉄の連なりが、無軌道に迫る。
それを捌く技量はなかった。うちの一本が鎖骨を砕き、もう一本が脛を潰した。
その勢いのまま頭に齧り付く。
なんの抵抗もなくその首はもがれて、あたりに落ちていく。
子犬族も、ケイも似たような重傷を首に負い絶命する。
ジャスティの鮮やかな一人勝ちである。
復活したケイの指示で、死体を全て平らげた。
この機械の如き巨獣を、ケイはそれなりに信用している。
何一つ文句も言わず疑問も持たずにただ命令をこなす姿は、一種の機能美すら感じてしまう。
討伐は速やかに成されたのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
一行は無事に関所を抜けて第一都市に到着。政治的なあれこれを片付けていよいよ精霊捜索を本格化させる。
第二都市ですでに行っていた捜索で怪しいエリアは特定できている。あとは人海戦術で見つけられるだろう。
それらの準備を行いつつ呪剣はケイが持つことにした。
周囲に味方がいれば使えないが、これで自傷するだけで敵が死んでいくだろう。ようやく自分も反則を手に入れることができてよかった。
そうして準備をしていると、クルシュからの連絡が届いた。
なんでもアナスタシアから水門都市へのお誘いが来たらしい。
こちらがカララギで好き勝手しているために釘さしの意味もあるのだろう。
暴食の情報という決して無視できないカードを切ってきたようである。
しかしながら余裕はあるようで、移動の時間を考えれば第一都市を発つのはおよそ10日後くらいになりそうだ。
それまでに精霊との接触ができれば良いのだが。
調査がうまくいくかどうかによる。
なんと調査の初日にして目ぼしい洞窟が見つかったという報が入るとケイは嫌な予感がし始めていた。
上手くいきすぎていないか?何か見落としはしていないか?
そんな疑心暗鬼のような確認作業をしていると、まるでそれを見透かすように問題が報告される。
その洞窟の周辺に大規模な花魁熊の群れが確認されたとのこと。
やはり何かあったかと。逆に安心しつつその対策を打っていく。
しかしやることはシンプルだ。
白鯨以来ではあるが、あの効果を使うことにする。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
俺は、カララギ第一都市のキョウで随一の逃げ足を持つ賞金稼ぎ。
自慢の毛並みは、あらゆる危険を察知して逆立つ。
『逆立ち』のラウルとは俺のことよ。
今日もまた自分にあった仕事をこなし、夜には酒を飲んで明日を迎える。
宵越しの銭はもたねえ。そんな気ままな毎日を生きる傭兵みたいなもんだ。
どうやらルグニカから変わった金持ちが来ているらしい。最西端の一帯を調査する大規模な依頼が連日張り出されていた。
そういやバナンでもやけに騒がしく依頼を張り出していたらしい。出稼ぎに行ってた連中もいた。
何を隠そう。最初に花魁熊の群れを見つけたのは俺さ。
報酬はいいが、あんな魔獣と戦うとなれば割に合わねえ。
すぐに退散しようと思ったが、今の時期の花魁熊は眠りは深い。
この奥こそは誰も探していないだろう。
発見者には調査報酬の10倍もの報酬が約束されている。その金に目が眩んだわけではないが、もうちょっと奥まで探してみよう。
その後も、手に汗握り語るも涙な大冒険を繰り返しつつ怪しげな洞窟に辿り着いた。
その洞窟の周辺は、まるで何かが薙ぎ倒したかのように木々は失われており、岩肌には何条もの傷がついている。
きっとここだ。風の精霊という事前情報にも合致する。何より危険な雰囲気がビンビンする。
逆立つ毛並みが戻らない。
よしここまでだ。これ以上進めば俺は死ぬ。
ゆっくり、ゆっくりと帰るぜ。
意外と無事に帰れた。もう最後の方はやめときゃよかったなんて半泣きになりながら帰っていたものだが本当によかったぜ。
報告したら、大層喜ばれた。そしてそこが本当に精霊の住処であれば目当ての報酬を与えられる。
しかし、花魁熊の群れがある。調査隊を入れればすぐに気づいて大問題になるだろう。
起こすだけでも、人里に向かうかもしれない。そんな危険は誰も取らないだろう。
どうやら雇い主には秘策があるらしい。魔獣の研究をしているらしく魔獣を誘い出すこともできるそうだ。
やっぱルグニカの魔獣対策って進んでるんだなぁ。
いよいよ。その誘因作戦の当日だ。
雇い主が自らその役を買って出ているらしい。どんな蛮勇だよ。本当にルグニカ貴族か?ヴォラキアの将軍の間違いじゃないのか?
しかしそれは本当にやってのけたらしい。
花魁熊たちが、一斉に起きて一箇所を目指して一心不乱に駆けている。
すげえなぁ。花畑が移動してるみてえだ。
そしたら何故か隊に配属されてた女の傭兵が隊列を離れて走り出しやがった!おいおいふざけんなよ!命令無視なら後でこっぴどい目に…
自分の責任を問われたくない。そう思って女を追うラウルは自分の目を疑うことになる。
追いかけたその先にあるものを俺は理解ができなかった。
かなり遠く。誘引開始の地点だったはずの場所に何かある。
黒い塊がそこにある。
まるで風景が切り取られているような。そんな痛切な場違い感。
そこに向かって、魔獣たちも女も遮二無二走り続けている。
次の瞬間には、その黒いのが消えた。
もうどこにもない。しかしその残り香を探すように。花魁熊たちはそこを決して離れなかった。まるで執着する何かがそこにあるように。
いや、あったかのように探している。探し続けている。
あまりにも逆立つ自身の毛を押さえつけて、調査の本隊に戻るのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
誘引の開始地点には、騎竜に跨ったケイとジャスティが待機していた。
万全の装備を整えており、花魁熊であっても、大精霊であっても立ち向かえるだけの準備はしてある。
まぁ逃げる予定なのだが。
2頭の積載はなかなかのものだ。魔造具にミーティアなども豊富に用意できている。
現時点での全力を注いだ準備である。ある程度の不測の事態にも対応できるだろう。
開始時刻だ。あれをやろう。
ケイは久々にあの女に向けての恨み節を放った。
手持ちのスマホに向けて、そのボイスメモを録音できたなら絶対にスバルに聞かせるように誓った状態で。
当然ながらスマホは持っているし、それの充電器は太陽光と手回し発電ができる災害対策のものを持っていた。
いまだに使用可能である。普段は破損などしないように騎竜に預けていたり屋敷に置いてある。
「あn…」
以前と同じに止まる世界。
…あれ?こんなに早かったか?
そして訪れぬ苦痛。そうだ。あの手が体に入ってこない。
周囲に生まれるのは影。影、影、影。
世界が黒に覆われていくがそれを眺めていることしかできない。
何が起こっている?何が起きる?なぜ殺そうとしてこない?
『…やっと、消せる』
初めて聞くその声色。それは喜悦に満ちていた。いつもの恨みや嫉妬など、どこにもない。
ただただ込められているのは歓喜だけ。
『消えて』
その言葉が聞こえたかと思ったら、目の前の森林風景が切り替わる。
視界が白く染められるが、それは意識を失ったからではない。
目の前が物理的に真っ白になっているのだった。
瞬間、地面だと思っていた雪が崩れる。
そして騎竜ごと空中に投げ出され、身を切るような冷たい豪風に押し出されて体が宙で回る。
上昇が頂点で止まり、落下が始まるまでのフワッとしたわずかな時間で、ケイは見た。
眼下に広がる虚無。その始まりたる巨大な滝。
体感時間がゆっくりと流れ始めて嘘みたいに詳しく様子がわかる。
水流は暗い鉛色を帯び荒れ狂っている。
流れ落ちる水は途方もない速さで渦を巻き、濁流となって深い淵へと吸い込まれていく。
底が見えないほど黒く深い影が広がり、まるで虚無そのものが口を開いているかのようだった。
ケイは、世界の終端たる大瀑布に落ちていく。