さぁ年末に向けて師走っていきましょう!
【FILE:64】水門都市プリステラ
精霊の捜索と交渉という当初の目的を進めることができたカララギ行脚であったが、大きすぎる波乱によってケイの予定は大きく狂わされた。
カララギで準備をして向かうつもりがむしろ行く前よりも無防備になるとは。
失わなかった装備や、新たに得た呪具などその性能を確認しつつ水門都市プリステラへ向かう。
剣鬼の棒振りに感銘を受けた商人がくれた呪具『慈母の血衣』これはかなりケイと相性のいい呪具であった。
使い方もシンプルであり、その力は呪刀などのように目立つものではないが役に立つだろう。
準備に時間がかかること、見た目の特異さから周囲の反応は良くなかったがケイは気に入っている。
そうこうしているうちに水門都市へ到着した。
長い橋を渡り都市へ入るが、その際に水門のところに青蓮獅子団の姿が見える。
予定を組んで準備ができる時に限るが、これは魔女教に対する検問だ。
四つの門にそれぞれ魔獣を伴った団員を派遣し、魔女の残り香を纏うものがいないか目を光らせる。
この検問によってこれまで、在野の魔女教容疑者を少数ではあるが発見することができている。
当然ながらそこでは襲わず後日最大戦力で切り込みに行っている。
この街に訪問が決まった時には当然行っているし、魔女教大罪司教の人相書きや特徴を張り出しており監視の目は増えているはずだ。
色欲の権能を聞く限り、対策し切ることは難しいだろうがやっておいて損はないだろう。
他の都市でも警戒はするが、実はここまで警戒レベルの高い対応は初めてだったりする。
なぜならこの場所はルグニカ王国におけるケイの行きたくないところTOP3にランクインする場所であり、アウグリア砂丘と王都に次いで避けたい場所であったからだ。
正直行きたくなかった。場所を変えられないかと打診もした。
しかし変更はなされずこれを交渉と受け取ったのか、別の材料を出してくる始末。
違う。メリットの問題ではない。リスクを避けたいのだこちらは。
嫉妬の魔女と魔獣の大群がいるアウグリア砂丘に並んで危険視するのはこの都市の構造そのものである。
飢えた貴族令嬢の跋扈する王都も個人的には同じくらい嫌だが。
水門都市の威容を見下し思わず言葉が出る。
「やっぱバカだろ…」
水門都市はなんと。その全てが海抜0メートル以下で作られている。海はないが水面下という意味としては同じだ。
そして水門で管理しているとはいえ常に水が流れ込み、魔法の力で排水を行っているのだ。
この街を作ったやつも頭がおかしいが、住んでいる奴らも相当におかしい。
別に地価が安いわけではない。風光明媚なルグニカの五大都市としてむしろ高い方である。
この都市の成り立ちは、なんでも魔女を殺すための罠だったのだとか。それなら少しは作った方には納得できる。
今住んでいるものたちの擁護はできないが。
そして魔女を殺したという都市の水没だが、僕は魔女たちが超越者やそれに類する化け物であると知っている。
あれらが水没如きで死ぬわけがない。
つまり水没は表面的な話であって、水没した時に何かが作動するのだろう。都市全体が一つのミーティアであるとも聞く。これだけ大掛かりな遺物を用いてやることが都市の排水なわけがあるか。
罠を作るのに都市である必要性は、普通ない。
しかしながら、魔法にも作用反作用の法則は変則的ながら適用される様で、マナやオドなど発動には代償が必要なのだ。
恐らく、都市の人々を生贄とした何か。無数の命を糧に発動したそれが魔女を殺したのだろうと推測している。
ここに入るということはつまり、怪物用の落とし穴に餌として入っていくようなもの。
ダメ押しに今ここには怪物たちの大好物がいる。ナツキ・スバルという誘引剤がいるだけで警戒レベルは引き上がるが、今はもう複合的な要素で警戒は最大値に達している。
この場所は、この世界で二番目に危険な場所になった。
水門都市へ入って早々にケイは陣営を離れ、都市の状況把握に努める。
放っていた特殊部隊、ケイが直接指揮をとるそれは『風見教会魔女教対策部隊』だ。略して『風魔』と呼んでいる。
便宜上、IBMであるタブスをボスとして、エルザや暴食に名前を奪われ他者から忘れられたものたち。亜人戦争からの帰還者たちも加わっている。
ゴドフリーやメィリィもこちらの所属でありカルステン家には貸し出してる形をとっている。
この風魔部隊は魔女教を積極的に探索し攻撃するためのものだ。法に触れることも厭わないため繋がりは薄い方が良い。
協力者が操る組織が何やら影で動いているという事実は陣営のものなら誰でも知っている。
早速報告が上がってきた。
『すでに2名ほど魔女教徒らしきものを無力化しています。片方は暴れたためすでに殺されました。それぞれ対話鏡を持っていたようで、そちらは回収してあります』
『アナスタシア・ホーシンの鉄の牙が各所で目を光らせています。彼らの嗅覚による索敵にかからないことは難しく、対応指示を願います』
「魔女の遺骨が眠る地との噂がありましたが、事実確認はできませんでした。おそらく都市の最高権力者たる十人会が情報を持っているものと…」
「アストレア家当主と思われる人物が酒場で問題を起こしました。相手は…」
『王国の手配犯と賞金首の人相書きに似たものの目撃情報が…』
対面での報告と対話鏡での報告が入り混じる。
他にも細々とした懸念や情報を吸い上げて、ケイが判断を下していくのが風魔の動かし方だった。
4つの部隊とエルザに持たせたもので合計5つの対話鏡を配布してある。
それ以外にもクルシュとヴィルヘルムとフェリスにも普段から持たせている。ここまで買うのかと呆れられたが、逆に通信手段を用意しないということがいかに愚かしいことか熱弁すると誰も反論はできなかった。
ちなみに対話鏡は独占を防ぐために一定以上の所持数に応じて高い税金を支払うことになっている。こうでもしなければ衛兵の詰め所などに回ってくることはないだろう。
大金で解決できるなら安いものだ。
ちなみに風魔部隊に持たせたものは盗品や強奪品。当然非課税だ。これくらいの窃盗など悪事に含まれない。貴族が愛人との密談をしているだけという冒涜的な無駄使いをこちらが是正してやっているのだ。もはや善行である。感謝してほしい。
今後の行動計画の変更を伝え、ジャスティと装備を失ったことで用意した戦術がいくつか使用不能になったことを伝達しておく。
それらの仕事をこなしていると、クルシュから連絡が入った。
「ケイ。今どこにいるのですか?また夜ご飯も食べずに仕事をしているのだと思いますが、それはいけないと前に話しましたよね?ご飯を食べて、温泉にも入ってください。これは当主としての命令ですよ」
すっかり観光気分であるが。まぁ、いいか。
そのためにこちらが気を回しているのだ。
「…わかりました。宿に向かいますよ。アナスタシア様から暴食の情報を得られましたか?」
「いえ、それがそんなに慌てるなとはぐらかされてしまって。確かにまだみなさん到着したばかりでお忙しいようですし明日時間をいただくことになりました」
「今すぐに教えないと、アナスタシアは魔女教の味方との噂をばら撒くぞと書記が脅していたとお伝えください。どんな情報かは知らないが、魔女教の情報をもったいぶるなんてお前は敵かと激昂していたと添えておいてください」
「それは…いえ、確かにそうですね。そのように伝えるかは約束できませんが、もう一度お聞きしてみます。見つかれば良いのですが」
通信を切って、宿へ向かう。
魔女教への備えは常にしていたが、この一年は平和なものだった。
様々な勢力に襲われたり襲撃計画を練られたりすることは多くあったが、それで被害を被ったことはない。
自分の死や、陣営の者たちの軽い怪我は被害に数えていないだけだが。
そしてもしこの都市においても魔女教が襲ってこないなら、次なる脅威は王選候補者たちだ。
エミリアやプリシラとの友好は確たるものになっているため警戒は不要。
フェルトと剣聖にそのような罠を張る能力はない。
やはりアナスタシアだ。彼女がこちらを陥れる策を練っているかもしれない。
この一年で勢力は確実に巻き返し、最有力に返り咲いたと一部では噂されるほどになったクルシュ。
強力な対抗馬を手段を問わずに落とそうとしてくることもありうる。
というより、一年経って一人も脱落していないというのは面白い状況だ。
誰一人暗殺も毒殺もされていない現状は真面目にやっているのかと聞きたくなるほど。
ちなみにだが、暴力に対して最も備えが薄いのがアナスタシアである。調べた限り、恐らくではあるが僕なら彼女を暗殺できる。
カララギが一致団結して都市国家最強の戦力を彼女につければそれは不可能になるが、それはできないようにこの前丁寧に根回しはしてきた。
よほどのことがない限り『礼賛者』は動かせない。そもそも命令に従うような人柄でもなかったが。
何か仕掛けてくるようなら、これを機に脱落してもらおう。
そうでないなら今しばらくは対抗馬として王選でヘイトを買ってもらうことにする。
できればスバルと敵対しうる行動はとらせないで欲しいものだ。
すでに夜も遅く、他のものたちは食事を済ませて風呂も入った後らしい。アナスタシアは捕まらなかったとのこと。
しかしクルシュは浴衣姿でご飯を食べるケイと同席している。そうなれば当然フェリスも付いてくる。
上機嫌な二人は放っておいても楽しそうだ。わざわざ同席しなくても招待されたエミリアや、クルシュが願い同行を了承したプリシラなど、宿には今しか話せない相手はいるだろうに。
賑やかでやかましい晩餐。少し故郷を思い出すカララギ料理。
風呂は最高。
まぁまぁ悪くない夜だった。
部屋に戻る前、空を見上げる。
煌々と注ぐ月明かりを見ると、あの雪山と大瀑布を思い出す。
強い意志を宿した目で月を睨み、明日に進むことに決めた。
翌日の朝、陣営揃っての食事会なるものに誘われたが当然お断りをした。こちらは忙しいのだ。どうせプリシラやスバルに絡まれるのだから逃げるとする。
朝から鉄板焼きは正直重い。パスで。
「なんだ。ケイのやつまーたサボりかよ」
そう一人ごちるも、決してその場は寂しくはない。むしろ賑やかだ。
さもありなん。王選候補者とその騎士及び関係者様御一行。ここに勢揃いなのである。
候補者は皆が華やかな女性であり、侍る騎士たちはスバルをのぞいて強者揃い。
「戦闘力と顔面戦闘力のアベレージがやばすぎんだろここ…」
しかしながら、全員が対立候補である。スバルが予想していたのは一触即発の緊張感のある会食であり緊張で味がわからなくなるような時間になるかもと思っていた。
特に記憶にあるプリシラの態度は、誰とも噛み合わないのではと危惧していたが意外や意外。クルシュさんと仲良く鉄板焼きに興じておりいつぞやの『はいぱ〜な妾』の面影はない。
その視線に気付いたのかプリシラと目があった。やっべ。必死で逸らすが、自然目線が下を向いてしまいもっと良くないところに目線が行った。やべえ、これ逝ったか…
プリシラの苛烈さを聞く限り、セクハラなどしようものなら本気で切り掛かるらしい。
冷や汗と共に思いっきり視線を外すが、重ねた非礼を咎める声はなかった。
なんかおかしい。なんか、まるで何かを待っているような…
そのまま逸らした目は緑髪の和装美人を捉えている。
鉄板焼きに興じるクルシュさん。その姿は以前のような男装ではない。
カララギ来訪で仕入れたらしい和服を身に纏っている。
袴と上質な着物。それをクルシュはカララギ訪問の前に調査し、着用して行ったらしく新たな着物が生まれたと一部で話題になっていた。
袴をルグニカ風にアレンジしたものは、まさに大正ロマンと言えそうな風情の袴であった。
なんていうか、薙刀とか似合いそう。
クルシュは変わった。記憶がなくなったのだから当たり前だが、以前とは別人のようになっている。
その真っ直ぐな瞳は変わらないが、威風堂々たるカリスマはなりを潜める。今は一生懸命な女の子という印象だ。
これで今の方が戦闘力とかは高いってんだからわかんねえもんだよなぁ。
墜落した頃の面影はすでになく、ロズワールと空中戦を繰り広げる光景を思い出した。
クルシュが間に入ればギリギリではあるがプリシラもエミリアと少しは口をきく。不思議な光景だ。
変化はこんなところにも。
初見の異世界人には珍しいのだろう。鉄板焼きを失敗する面々の一人にヴィルヘルムがいたがそれを丁寧に教えているのはラインハルトである。
白鯨討伐前のやりとりを見るにヴィルヘルムさんとラインハルトは親族ではないと思っていた。
剣鬼についての物語を知った今では事実を知っているが、てっきり気まずい関係かと邪推していたがそんなことはないらしい。
実際のところ、これを生み出したのはケイである。
初めての魔獣調査に向かうよりも前。王都で時間ができたヴィルヘルムにケイが命令を出したのだ。
「出立までに剣聖と関係改善してください。これは命令です。カルステン家の剣として必ず全うしてください」
「ケイ殿…!?それは、しかしそんなことは…」
「いいえ、これは当人同士、家族の問題なんていう曖昧なものじゃない。白鯨の際、僕がいなければラインハルトは協力していなかったでしょう。あれはあなたの明確で致命的すぎる失態ですよ。同じことを繰り返すことは許しません」
言葉に詰まる。確かに結果的にはラインハルトのいないところで事は成した。しかし、彼がいれば助力もあり得たのだ。ケイが協力にこぎつけたのだから。
「承知、いたしました…しかしながら、私はどうすれば良いのかわからないのです。なんと声をかけて良いのか。あれほどの愚行は、消えるものではない」
かつての過ちが脳裏によぎれば心臓が軋むような苦しみとなる。
「ちなみに今日の夜には剣聖を呼んであります。まぁ、あとはローズに任せたのでそこらへんは相談して上手くやってください」
最後の最後で投げやりになるが、そもそもこれはヴィルヘルムが自分一人で片付けなくてはいけないものだったのだ。
初日はあまり話せなかった。ローズの胃を痛めるような惨状ではあったがしかし、14年ぶりの会話だけはできたのだった。
翌日にもケイがセットしていたようで、共に剣で稽古をし。無言のままに語り合う。
最初からこれでよかったじゃありませんの…そう言って淑女はハンカチを噛む。
その日の晩にはようやく謝ることができたのだった。
以来、たまに会っては剣を合わせることにしている。
その裏で行われていたのは、ケイによる政治的な暴力である。
現在アストレア家の問題を禁忌のように扱い、大きくし続けているのは当主であるハインケルだ。
白鯨討伐の頃から一切の遠慮なしにこちらの妨害を行う姿は目障りだと思っていた。
彼にはその実力とは似合わないほど後ろ盾がついている。アストレア家が名門であるというだけでは説明がつかないほどにだ。
なぜなら彼が当主として振る舞えば、それだけアストレア家は弱体化する。さらに家族関係が拗れることで、カルステン陣営とフェルト陣営の緊張まで生めるのならば便宜を図りたくなるものもいる。
プリシラとアナスタシアは別口でハインケルを支援していた。プリシラは大っぴらに。アナスタシアは秘密裏に。
支援するものたちは特に不正などしてない有力な貴族たち。風見教会の威光はそれほど刺さらない。もちろん恐怖はしているだろうが。
なのでケイは、真正面からぶん殴ることにした。
『近衛騎士団副団長ハインケル・アストレアの素行不良について』
そう題された提言書というよりは告発文。
そこに連なる言動は、一介の騎士が行なっていればどれも一発で首が飛ぶような無様なものだ。
以前の彼を知るものは、いつか持ち直してくれると信じて彼を支えてもいたが、流石にこれは…と支援の手を引っ込める。
つぶさに記録された非行の数々は、見るに堪えないものだった。
それこそスバルが騎士団を公然と侮辱したあの場面。あの時に、じゃあ副団長はどう説明するんだと告げれば会場の全ての騎士が目を逸らして顔を歪めたことだろう。
あの地獄から逆転可能な程に、負の信頼を積み上げているのがハインケルという男である。
なら正面からそれを指摘すれば良いのだ。そして当然ながら賢人会の懸念も払拭しておく。
老人たちの一部はハインケルが持つ影響力を懸念している。それは何を隠そう息子の剣聖に対しての影響力である。
ハインケルが一言告げれば内乱でも起こすとでも思っているのだろうか。
アホらしい作業だが、まぁ一応安心させてやることにした。
風見教会にラインハルトを呼び出して、宣誓をさせる。
「こんなことでよければいくらでも誓おう。問題ないよ」
『この国のための騎士であり、私心で剣は振らず、加護を用いず、他者からその有り様を歪められることも決してない』
そんな誓約をクルシュが見届けた。それでも渋るものたちはどこまで恐ろしいのだ。
「剣聖が怖いなら、親父に便宜を図るよりフェルト様への支援をした方が機嫌は取れますよ。人質にするにしてもそっちの方が有効でしょうに」
全員がギョッとしてケイを見る。
剣聖相手に敵対を想定した言葉を話すなど、命知らずかこいつは。いや、こいつは命知らずだった。そんな目線の変化が目まぐるしい。
しかしそれでようやく誰かさんの不安は拭えたらしい。副団長の懲戒が決定されたのだった。
謹慎と停職によって作った空白の時間で、邪魔もなく祖父と孫が関係修復すれば良い。
久々に馬鹿らしい仕事だった。ケイはため息をついて圧勝した。
そんなことをスバルは知らない。
しかし二人の間には確かな絆が垣間見える。
スバルの感慨を中断させたのはまさにその家族の一声だった。
「おいおい、そりゃないぜ。今更都合が良すぎるんじゃねえか?親父殿」