亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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【FILE:65】うるとら親切たいむ

 

「おいおい、そりゃないぜ。今更都合が良すぎるんじゃねえか?親父殿」

 

 

部屋の入り口に立つのは、騎士の装いをせずに帯剣する赤髪の男。

無精髭に片手には酒瓶。その赤ら顔はすでに酔っていることを示している。年齢は四十前後といったところか。

 

そのささやかな仕草と、乱れた身嗜みが必要以上に嫌悪感を誘うのは、その男の素の素材自体は整っているといっても差し支えがないからだ。

 

美しいものが、望んだ形とは異なるもので汚されている。

長身の男の姿には、何故かそういう根源的な嫌悪を呼び起こすものがあった。

 

その言葉には悪意が棘のように仕込まれている。誰もがそれを感じ取った。

 

ヴィルヘルムとラインハルトがその姿を見て硬直する。

 

 

最高の瞬間を、最悪の方法でぶち壊す。

 

そんな横暴を見て、スバルは思ったままを口に出す。

 

「あんた誰だよ」

 

「なんだぁ?このガキ。おい。剣聖でもユークリウスでも、なんならアーガイルでもいいぞ。この無礼なガキをぶった斬れ」

 

なぜかこの侵入者がこの場の騎士たちへ命令を行う。

 

「お言葉ですが」

 

だが、その挙動は寸前で割り込むユリウスの声に遮られた。

いつの間にか立ち上がり、ユリウスは今にも立ち上がりそうなスバルの肩を後ろから軽く掴んでいる。振り向くスバルに軽く顎を引いてみせ、ユリウスは男と向き直る。

 

「現在、私とフェリス。そしてラインハルトの三名は特務により、本来の役目から離れております。故にたとえ副団長といえど、我々への命令権はお持ちでないはず。その上で副団長は現在その職責を停止されているはずです。二つの理由からその命令には従うことはできません」

 

「おーおー、怖い怖い。冗談に決まってんだろうが。いくら俺がお飾りの副団長。それも謹慎中なんておまけつきだとしても。そんぐらいは弁えてらあ」

 

さてと、と居直りヴィルヘルムへその矛先を変えた。

 

「薄情じゃねえですか。『白鯨』討伐のお祝い、俺からも述べさせてもらいたかったってのに素通りだもんな。十四年もかけた大仕事だ。俺にだって祝わせてもらって、その喜びを共有する権利はあるってもんだ。そうだろ、親父殿?」

 

「ハインケル、私は……」

 

「ラインハルト! お前もそうだろ?」

 

「——————」

 

悪意を塗り込んだような顔つきで、ハインケルはヴィルヘルムの心を抉ろうとする。

老人の表情を刃に斬られた痛みが走るが、ハインケルはそれに構わない。抗弁しようとする声を遮り、次に悪意の矛先を向けるのはラインハルトだ。

それまでずっと、黙って事態の推移を見守っていたラインハルトが、自分の名を呼んだハインケルの方をゆっくりと見上げる。

 

「お前も親父殿のおかげで肩の荷が下りたんじゃねえのか? 妻の仇、母の仇、祖母の仇を討った偉大なお祖父様だ。労いの言葉の一つでもかけてやったんだろ? なにせ……」

 

「———」

 

「———お前が死なせた先代様の、その敵討ちをしていただいたんだからなぁ?」

 

———前言を撤回しよう。

ハインケルの形相を、悪意を塗り込んだようなものと表現したがそれは誤りだ。

 

【悪意】そのものだ。

ハインケルの言葉には、形相には、態度には、声には、仕草には、視線には、彼という存在を表現し得るこの場の全ては、ただ【悪意】とそう呼ぶ他にない。

 

純然たる悪意だけが、ハインケルの行い全てに込められていた。

 

 

「死なせた先代……?」

 

ぽつりと、スバルが口にできたのはもっとも耳に印象的に残った言葉だ。

他にも意識のとっかかりはいくつもあった。だが、物事の順序を理性で選ぶまでの余裕がなかったスバルが、とっさに拾ったのはその部分だった。

 

そしてそのつけ込める隙間を、悪意は決して見逃さない。

 

「そうさ、死なせた先代だ。てめえがどんな物知らずだかは知らねえが、さすがに『剣聖』って立場ぐらいは知ってんだろう? こちらにおわす今代『剣聖』様は歴代最強最高なんて言われちゃいるが、その立場は先代……自分の祖母を死なせて、それで奪ったもんなのさ。ひた隠しにされちゃいるけどよぉ」

 

 

「やめろ。ハインケル」

 

そのヴィルヘルムの様子に、赤ら顔は眉を顰めた。何か違和感があるような不満顔。

 

「綺麗事ならやめてくれよ、親父殿!他でもない、あんたにだけは俺を非難する資格はねえはずでしょうが。先代を殺したと最初にラインハルトを(なじ)ったのは、他でもないあんたなんだからな」

 

 

決定的な一言。それはこの男にとってどうにもならない過去の傷跡のはず。今ではこの三人の家族の繋がりは、この傷だけであるのだから。

 

「ハインケル。その話はすでにラインハルトとは終えた。お前とまだ話せておらず、すまなかった。だが私はお前とも…」

 

ガシャン!

 

そこまで聞いたときに酒瓶が床に落ちて音と共に中身を散らした。

 

「なん…だよ。それ。おいおいおい。そんなんで許されるとでも?十四年もそうしてきたんだ。てめえも、親父殿も何も変わっちゃいねえだろう。変わってねえなら、仲良しこよしだってできるはずがねえ。そんな都合のいいこと、テレシア・ヴァン・アストレアが、許すか。許すかよ!!」

 

緊張が一気に高まる。しかしそれを奪い取ったものがいた。

 

「そこまで。これ以上、当家の剣たるヴィルヘルムへの非礼は許しません」

 

一陣の風が吹く。

 

スバルはさらに前言を撤回する。

そこには威風堂々たる女傑がいたのだ。以前のような圧力を感じ、鳥肌が立つ。

 

「ハインケル・アストレアですね。家族の問題は当人同士で解決するもの。祖父と孫にあった問題も互いに話して前に進もうとしている。それを邪魔するのは子であり親であるあなたであっても許すことはできない。あなたがすべきことは二人の仲違いではありません。父に、子に、あなた自身が向き合うことこそをすべきでしょう」

 

その覇気に気圧されて、そしてそんな認め難い言葉を投げられてハインケルの心は動転する。

 

「なん…だよこれは。聞いてない。いやありえねぇ。おかしいだろ!そんなのはよ!ラインハルト!おいなんとか言え…」

 

そのあまりにも真っ直ぐな目から逃げる。

 

「自信満々に乗り込んできて、女に睨まれたぐれーでひっこんでんじゃねーよ。オッサン、ずいぶん格好わりーな、おい」

 

「そうやねえ。どんな面白い話が聞けるんかと楽しみにしとったのに、これなら歌姫さん観察してる方がよっぽど奇想天外で面白いやないの」

 

他からの援護も届き、そしてラインハルトは何も答えない。

 

思わず数歩下がり、その淀んだ目は希望を見つけた。

 

「おい!プリシラ嬢。聞いてた話と違うぞ、それになんで黙って聞いてる。こんなことなら俺は!」

 

ため息をついて立ち上がり、ハインケルに近づくプリシラ。歩みを進めながら独りごちる。

 

「あれを混ぜれば多少は緊張感も出るかと思えば、妾の想像を超える愚物ぶりよ。その点のみは褒めてやらんでもない。然れども、クルシュも育ちあの物書きが整えた盤面。それを乱すには余りに足りぬか」

 

「おいおい姫さんよぉ。冷静そうに褒めながら剣抜いて振りかぶるのやめてね。そんなんでも俺たちのぶっとい後援だかんな。やべ、そんなんとかは思ってないっすよ冗談冗談…」

 

「ふむ。我が道化よ。褒めて遣わす。妾の剣が汚れるのをよくぞ止めた」

 

プリシラの手に自らの唯一の手をかけて止めているアル。

無意識に切り捨てるところであったようだ。そのやりとりにスバルは戦慄する。

 

剣での一刀両断から扇子での脳震盪に切り替えて、反応させずに意識を飛ばした。

 

「まぁよい。ならば仕方がない。妾が手ずから弛緩し、たるみ切った貴様らを正してやろう。そこな愚物は外に放っておけアルよ」

 

先ほどまでの様子が嘘のように好戦的な目線で周囲を見やる。

 

「ここには妾と王座を競おうという身の程知らずが一堂に会すると聞き足を運んだが。鉄板焼きに夢中になるクルシュ程度しか見るべきものもない。それ故に妾が好みに『あれんじ』してやろうと言うておる」

 

室内を睥睨し、各人を同じ目線から見下した。

 

「まずはクルシュよ。よく備え、動いたな。褒めて遣わす。どうせ事前の準備はあれがやったのであろうが貴様はすべきことを為した」

 

クルシュは素直に嬉しそうだ。

 

スバルは困惑している。あれ、これ始まったか。あの時間が。

 

 

「ここからが『うるとら妾たいむ』じゃ。全員平伏し清聴することを許す」

 

誰一人納得も静聴もしようとはしてないのだが、その勢いに押されて黙ってしまった。

その沈黙によって、舞台の幕開けがなされたようだ。

 

扇子をフェルトに向ける。

 

「貴様は論外じゃ。貧しき繰り人形が妾と肩を並べるなど片腹痛い。今すぐに辞退するべきじゃな。それとも妾の金言を聞きたいか?」

 

炎のような紅がそう切り捨てる。

 

「はぁ!?いきなり何言ってやがんだよ。この赤女。いやいい。わかった喧嘩売ってんだな?」

 

そんな二人の間に入り込むのは、これまた別種の炎の如き赤。

 

「プリシラ様、先のお言葉を撤回いただきたく」

 

いつにない剣幕でプリシラに相対するラインハルトは、いつも通りには見えない。

 

「なんじゃ、貴様のその激情を都合よく妾に向けるでない。先な愚物にこそ向けるべきであろうが。王国最強ともあろうものが逃げるでない」

 

親子の問題を平然と突きつける。しかしラインハルトは引かなかった。

 

「おいどけよ。あたしが売られた喧嘩だ。出しゃばってんじゃねぇ」

 

「フェルト様、申し訳ありませんがここは騎士として引けぬ領分。ご理解ください」

 

「っんだよそれ。また騎士がどうのってか。ムカつくぜ」

 

 

いつも通りのやり取りでこの主従は調子を少し戻したようだった。

 

それを笑い飛ばすのはプリシラだ。

 

「はっ!今ここで証明するとは勤勉よな。貴様らのその姿こそが、まさに人形であると言うておる。まるで『黄金輝剣』じゃな」

 

「一体何を言ってんのか、さっきからわっかんねえよ。馬鹿にしてるのだけはわかりゃ十分か」

 

「学もない貴様は当然知らぬか。『黄金輝剣』グステコに伝わる人を操る魔剣の逸話である。まさに今の貴様らであろう。主の言う事を聞かず意思を無視する剣。むしろその担い手を死地へと追いやり付き纏う。それを疎ましく思うも剣を手放すことも、逃げることもできない張りぼての主の話である。身に覚えもあろうて」

 

「貧しさとは資産や金銭を指すばかりではない。思考と選択肢の乏しさこそが貧しさの本質よ」

 

扇子を広げて、最後の一言に間を持たせた。

 

「貴様らは弱さと貧しさをそのままに互いを都合よく頼っておる。そのような脆弱なあり様では遠くない未来に貴様らは瓦解するであろうよ」

 

その一連の言葉には、重みがあった。悪意がなかった。

言われた二人は押し黙る。それは思考させられたからだった。

 

 

そんな姿を見て、一人空気を無視して声を上げることの出来る者がいる。

いい加減に我慢の限界を迎えたスバルは、もう黙ることをやめた。

 

「おい、言いすぎだろ!なんでそんな事をお前が人に…」

 

 

「先ほどからやかましい。妾の貴重な親切を遮るな。燃やされたいか凡愚」

 

スバルを見やり、その猛獣は次にエミリアを見た。

 

「そこな半端者については特にかける言葉はない」

 

その小馬鹿にしたような態度に、そして言葉にスバルはキレる。当然だ。

 

「おい!半端者ってのは聞き捨てならねぇよ。またか、またかよ!ハーフエルフっていう生まれながらの事を指すのは卑怯じゃねぇのか。そんなことが高貴な妾様のやることかよ?」

 

咄嗟に出た言葉にしては芯を食った一言だと思った。人に在り方を説いておいて自分はどうしようもない点を差別をするなんてそんなことは筋が通らない。

 

「不変を論う(あげつらう)ことは理不尽か。それは道理である。真摯な訴えに耳を貸すことも王たる度量。勘違いするな、貴様の言葉ではない。半端者の友人を自称する妹分がうるさいのでな。その一理を認めた次第である」

 

え、ここで素直に認めるの?

 

調子を外される。しかしクルシュさんグッジョブだ。でも、それなら、なんでそんなことを…

 

「その上で言うておる。半端者とな。半魔などと言うておらぬわ。言葉は正しく使うべきであろうに半魔である事を勝手に邪推したのは貴様じゃ」

 

「は?」

 

理解が追いつかない。何を言って?

 

「この一年でようやく自らの足で立ち、自分で考えるようになったことは認めてやろう。しかし()()()()()()()()()()()()()()()。褒めるに値せぬ」

 

「そのような普遍なる成長をいちいち褒めそやすなど、家族でなければせぬだろうよ。他人に、ましてや敵たる妾にそのような感慨を求めるな凡愚」

 

剣の切先を向けられているかのような緊迫感。そして自らエミリアをハーフエルフであるという偏見を持ってしまっていたかもしれないという恐怖に、身が固まった。

 

「その無様で思い出したぞ、王城での醜態から貴様は変わっているようには見えんな。主の表情も見ずにわめくでない。そこな半端者は妾の言葉を聞きたいと見えるぞ。やかましい凡愚よりは見どころがあるが、それでも自らの騎士を止めない様は、まさに半端者であろうな」

 

エミリアはどきりとした。

だってプリシラの言葉を聞いてみたいと思ったのは本当で、でも自分のために怒ってくれるスバルの言葉も聞いていたいと思って止められないでいたのだから。

 

これじゃあ、半端者なんて呼ばれるのも仕方ない。

けれど。このままではいない。

 

「スバルもプリシラも、二人ともありがとう。すごーく、嬉しい。だからさっきの言葉は受け止めるわ。私に向けた言葉だもの」

 

彼女は一切の気負いをせずにプリシラへと向き合う。

 

「ねぇプリシラ。私どうすれば良いと思う?がんばっているけど、きっと足りないこともわかってる。あなたが競争相手と認めるには何をすれば良いの?」

 

そんなあけっぴろげな質問に、スバルですら体が傾く。あれだけ悪し様に言われたと言うのに全く。

 

 

「…それを敵に聞く時点で論外ではあるが、そうさな。自らを半端と認め、逃げなかったことには褒美をやるとする。童には甘くなるのは妾の慈悲じゃ。感謝せよ」

 

「ええ、すごーくありがと。大人になれるようにがんばるわ!」

 

「…そのマナを見ればわかる。タガが外れたようなマナの量じゃな。魔法使いや戦士を目指しているならば一端ではあるが。貴様が目指すものは何か」

 

 

その問いに、頷き無言で答えるエミリア。答えは明確だ。この場にいるものたちは皆が同じ高みを目指している。

 

「であればその貧弱な思考をこそ鍛えよ。武力はあれば尚良いが、王たるに必須の素養ではない。考え足らずで暴力だけはある王など、民にとっては無能な傀儡にも劣るぞ」

 

 

エミリアはプリシラに微笑み重ねて感謝を伝える。

 

スバルは少し置いて行かれたような心地になり、自身の視野狭窄を自覚した。今だって、考え足らずで暴力だけはある王なんていう言葉に腹が立っている。

そんなところは本質じゃないのに。これじゃあ八つ当たりしてた一年前と変わんねぇ。

 

くそ。馬鹿か俺は。いや馬鹿だ俺は。

 

 

「そして凡愚。貴様、なぜ妾にばかりやかましく騒ぎ立てるのじゃ。そこな女狐には一つも噛み付かぬのは道理に合わぬ」

 

理解できない。

 

「女狐って…いや、アナスタシアさんが何したって言うんだよ。何もしてねぇだろ」

 

その言葉にプリシラは深く笑う。

 

「そうさな。なにもしていない。それこそが女狐の性悪さであろうよ。妾の先ほどまでの金言はそこな女狐も気づいておったであろう。しかし何も言わずに昨日から仲良しこよしと軽薄な親交を重ねているときた。吹けば飛ぶような薄い友情劇には目も当てられぬわ」

 

なんだそれ。アナスタシアはそこまで言われて反論もしない。

いや、でも。それでもおかしいだろ。

 

「それが、それが本当だったとして思ったことを言わないことが悪いことなわけねえだろ。人が言われたら傷つくなら言わないことだって」

 

「そんなことで傷つくなら王を志す茨の道からは疾く降りるが良い。何か異論でもあるか凡愚ども?」

 

 

誰からも特に言葉はない。まさにウルトラ妾タイム。プリシラの領域が展開されていた。

 

 

「妾は貴様らの敵じゃ。故に気づいても言わぬことはある。しかしそこな女狐は友好を語っておきながら貴様らの欠点をそのままに観察だけをしていたぞ。真に敵対的であるのはどちらか。足りぬ頭であってもここまで言えば理解もできよう」

 

「いややわぁ。根も葉もないことでひっどい言われよう。せっかく開いたお食事会に邪魔者仕込んで、最初に台無しにしようとしたんがどちらさんなのか。理解できないとは言わんとってね?」

 

流石にこれ以上は放置できないと判断したのだろう。アナスタシアが反撃に出た。

 

「それぞれに得意や不得意もある。うちだってそうや。それを人様が好き勝手に荒らしていくのが親切とは思わんわぁ。それに、プリシラさんの場合は特に自分が楽しいから言うてるんちゃうん?」

 

「不細工な取り繕いを壊すことに愉悦を感じることは否定せぬ。女狐らしい返答であるな。まぁここらで十分か」

 

扇子をバッと広げて立ち上がり、退出し始める。

 

「これにて以前の約束。『他人を思いやる』は達成とする。良いなクルシュ」

 

沈黙が降りて、理解が遅れる。

え、何? 今のが思いやり?そう言ったのかこのウルトラ妾は。

 

「はい。ありがとうございます。でも最初のハインケル様については、また後でお話ししたいことがありますので少しお待ちくださいね」

 

それを聞くか聞かないかというタイミングでとっととプリシラは出て行った。そそくさという擬音を出さずにあそこまで華麗に素早く逃げる雰囲気を出さずに撤退ができるのだと感心する。

 

残されたものたちの空気は、なんとも微妙なものである。

 

「いやしかし、クルシュさんにだけなんか甘々じゃね?」

 

「ふふ。そう見えますか。でも普段のお勉強会で存分に絞られておりますので、その分ここで言うことはないのでしょうね。先ほど口に出された悪口や皮肉で、私が言われたことがないものはないですよ。もっと酷いんですから」

 

プリシラのクルシュへの指導は苛烈である。王を目指すのならと、シュルトほどに甘くない。

それが愛の形であることはクルシュも知っている。

 

あまりに的外れな回答をするとしっかりと体罰が飛んでくることもあるのだ。その分ここでは褒められたっていいだろう。

 

 

 

ケイという異分子がもたらす影響。

それは本人がいないところでこそ浮き彫りになる。

 

一石が投じられた波紋は、広がりぶつかり混ざって複雑な紋様を描いている。

 

水門都市に集まった人間模様はどう変わっているのだろうか。

 

何が真に人のためになるのかは後にならないとわからない。

 

 

 

しかし、変化は起こり続けているのだった。

 

 

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