大波乱の朝食を終えた後は解散となった。
まだこの街を見回れていないスバルは、用事までの間にエミリアとベアトリスと共に散策へ。
オットーは昨日飲みすぎたようで顔を青くしながらフラフラとどこかに向かっていった。
南無阿弥陀仏と念仏を唱えておきたくなるくらいには死相が出ていたが大丈夫だろうか。
しばらく進むと公園に出る。そこではやけに人が集まっていて、何事かと覗けば見知った顔が二つも。
それも人だかりの中央にいるではないか。
歌うリリアナ。
舞うプリシラ。
あいつ自由すぎだろ。朝からずっと俺のターンをし続けている。こっちのターンにも動いてくるのは反則だと思う。
演奏後の聴衆の相手も終わったようで、こちらに気づいたリリアナが歩み寄る。
「おややぁ! そこにいらっしゃるのはナツキ様とエミリア様ではありませんか! それにナツキ様の幼女様までご一緒なんて、どうなさったんですです?」
「幼女様って何かしら。スバル、説明するのよ」
「言った本人に説明させろよ。ほら、飴玉やるから大人しくしてろ」
「こんなんでペロペロ……誤魔化されないかしらペロペロ……」
口の中で甘いものを転がしているベアトリスは放置して、スバルはぐるんぐるんと犬の尻尾のようにツインテールを振り回しているリリアナに歩み寄る。隣のエミリアは歌姫の過剰反応に目を丸くしているが、リリアナの本領はまだまだここからだ。
「昨日ぶりだけど、今日も盛況だったな。今朝もキリタカに追い出されてきたってことでいいのか?」
「いぃえぇ! まー、そんなとこです。愛され系の私としましても、あれだけ誠心誠意お願いされたらお応えするのが女の見せ所かなと思いましてっ」
「で、ほっぽり出された先でリサイタルしてたはいいとして……」
ない胸を張って存在しないヒゲを弄るアクションをするリリアナの横、そこで豊満な胸を腕で抱くプリシラを見る。彼女はスバルの視線に気付くと、明らかに見下した様子で鼻を鳴らして、
「先ほどからなんじゃ、貴様。妾の舞に目を奪われるまでは許しても、なおも卑猥な視線を向けるなど無礼であろう。妾の色香に惑うのは男の性と目こぼししても、その発露を許すのは喉を鳴らし、妾の残り香を嗅いで夢想に励むことのみである」
「踊り見てねぇし、興奮もしてねぇよ。俺はエミリアたんみたいに清楚なのが好きなの。お前ぐらい体のアピールがすげぇとかえって気持ちが萎えるタイプ」
「妾より貧相な半端者が好ましいとは、さすがに擁護のしようがない。とはいえ、妾も世の中に悪食というものがいることを許さぬほど狭量ではない。好みがある分、あの無粋の権化よりはマシであるな」
ああ言えばこう言うプリシラの口に、スバルは反撃することの無為さを悟る。
価値観の相違だ。世界の真理は己にあると信じるプリシラに、スバルの常識的な思考では太刀打ちできない。
そしてついでとばかりのケイへの悪態がすごい。プリシラもケイのこと好きなのか?
「その不敬な考え、死にたいようじゃな」
鉄壁の二人の秘密を知れたようでニヤリとしていると扇子が一閃される。
顎クイならぬ。顎トンである。
膝が笑って立てなくなる寸前の絶妙な塩梅。しかも下手人と被害者以外は気づいていないほどの技巧。
あ、これ照れ隠しとかじゃないやつだ。
どうにかその後も歓談し、プリシラがリリアナを勧誘したらなんと断られていた。そしてなんとなんと、断ったリリアナの首は繋がったままである。てっきりバッサリ行くかと思ったが、そうではないらしい。
「この世の全ては妾のものぞ。ならば美しいもの、気高いもの、それを手元に置く必要なぞない。それはただ、そこに在るがまま在ればよいのじゃ」
「…………」
「この世の全てが妾の庭であれば、囀る小鳥がどこで歌うかなど問題ではない。籠に入れる無粋、外敵から守る無粋、全てが煩わしい」
スバルの考えを愚かと吐き捨てるプリシラの美学。
彼女のその他を寄せ付けない在り方に、スバルは言葉を見失った。
意味は、理屈は、わからないでもない。
しかし、彼女の見ているものとスバルの見ているものとはスケールが違う。
だからスバルには一生、彼女を理解することはできないだろう。
恐ろしいと、素直にそう思う。しかし、こうも思う。
この恐ろしいという感情を、あるいは見上げることに憧れるものもいるだろうと。
アルがプリシラについているのも、ひょっとするとそれが理由であるのだろうか。
プリシラとエミリアの仲が悪いのではという話の途中でリリアナがまた歌うと言い出した。
「歌の後でのご歓談に向けて、ナツキ様にはオヤツなど用意していただいてはいかがでしょうか。きっと甘いお菓子なんかも用意しちゃったりなんかすると、心も弾んで互いの距離も一気に近づくと思いませんか? 思いませんか?」
不細工なウインクに挑戦しながら決め台詞を放つリリアナ。
どれだけ避けようともこちらが「はい」を選ぶまで同じようにセリフを繰り返す住所不定自称歌姫の女。仕方なしに了承し、買い出しへ行くとする。
「ここを離れるのはちょっと心配だけど、そういやプリシラもケイから対話鏡は受け取っただろ?何かあれば連絡くれよな」
「持っておらぬ。あんなもの。妾は箸より重いものなど持ったこともない。道化に投げておいたわ」
朝食の前にケイがその他陣営のものたちに対話鏡を配っていたのだ。貸与品だから返せよと念押しされているが、本当によくやるものだ。これ確かめっちゃ高いんだよな。あったら便利と思って調べたが、単純な資金力に加えてその貴族の普段の行いやこれまでの実績などを審査されるらしかった。
ロズワールの資金力は問題なかったが、素行が余裕で引っかかり審査落ちと相なった。
信用は大事だ。実力に任せた奇抜な行動にもしっかりとしっぺ返しがあるのだと気付かされた。
「いっぺん試してみっか。なんか前に触ったのと似てるけど違うし」
対話鏡を開くと、画面が開く。まるで魔法のコンパクトといった感じ。女児に人気が出そうだ。
1コールでケイが出る。仕事出来すぎてちょっと怖い。
『…どうした!?』
ケイが少し焦ったように問う。なんかめっちゃビビらせてしまったようだ。申し訳ないけど、ちょっと面白い。
「いや、そのすまん。これ初めて使うタイプだったし使っておこうかなって。ケイと他には繋がるのか?」
多少の笑いが口調に含まれていたのが伝わったのだろうか。ケイの目線を久々に絶対零度までキンキンに冷やしてしまった。
『はぁ…確かめるのは大事だし、何事もないならいい。あと、この対話鏡は他とは繋がっていない独立タイプだ。僕にしか繋がらない』
「おおう、そっか。あれ?ならなんでみんなに配ってるんだ?もしかしてケイって電話交換手的なことしてる?」
『まぁ、平時にそこまで便利に使われるつもりもないが重要な伝言なら他の対話鏡持ちに伝えることもできる』
ケイがどこかで電話交換をしている姿を想像してさらに笑みが深まり、ケイの眉間には皺が寄る。
というか、これが直通ならケイは一体いくつ対話鏡を持っているのだろうか。
他にも直通があるのなら3つや4つ持っていてもおかしくない。どうすればそんなことが可能なのか見当もつかない。
その他の疑問や質問をこなしつつ、対話鏡の扱いに慣れていく。
「え〜と。持ってるの誰だっけ。ちなみにプリシラは対話鏡をアルに渡してるらしいぜ。持ってないって」
『ああ、想定内だね。どうせ…』
「これ、物書きよ。それ以上先の言葉は貴様の魂をかけて発言せよ」
プリシラが画面内に入り込み、不敬に対して機先を制する。あ、めっちゃ良い匂いする。やばいやばい。自我を保たねば今度は普通に殺される。
「スバルがお前のせいで不快な顔になっているのよ。とっとと離れるかしら!」
ギャーギャーとベアトリスがスバルと騒ぎ始めて対話鏡はプリシラに渡った。
『…どうせ。こんな些事はやらないとかそんなことを言ったのではと思っただけですよ』
「このところ読んだ書物に関節破壊というものがあってな。今度貴様で試してやるとしよう。喜べ朴念仁よ。妾とここまで接触できる機会を持つものは少ない。その命を対価に触れ合わせてやろう」
ケイが無言で通話を切った。膝十字確定である。
スバルが対話鏡と格闘し、ケイが死刑を宣告されてから10分後。
「俺はヘタレてるよなぁ、本当に」
買い物を終えて店を離れて、スバルは紙袋の中の品を見てため息をついた。
お菓子の準備、という名目でパシリに出たスバルは、適当な店に狙いをつけると早々に買い物を終えた。
もう少し遅れれば売り切れるところであった。危ない危ない。
途中、プリステラ名物の珍味『ギナジェリー』なる珍奇な食べ物に興味を引かれたりもしたのだが、それをプリシラへ買って戻る勇気は出なかった。
互いの陣営の関係悪化を恐れたと言えば聞こえはいいが、純粋にプリシラの反応がおっかなかったというのが本音である。
帰り道に見知った顔を見かけたと思えば、フェルトのところにいるラチンスだった。
チンピラの如きその男に声をかけようとするも、その広場にいた群衆に違和感を覚える。
というより、見ている。
皆が一点を止まって見ているのだ。スバルもその視線の先を追えば、そこには高い建物がある。
高所の先端に魔刻結晶を嵌め込んだ時計塔のような役割を持つ建物。大きな都市や町には当たり前のように設置されているそれは、刻限塔と呼ばれる建物で、一つの町に複数が設置されているのが基本だ。
都市プリステラにおいても、時間を確認するための刻限塔はいくつもあちこちに点在している。そこにある刻限塔も、その中の一つであった。
だが、
「———やあ、どうも皆さん。お騒がせしております。ごめんね」
刻限塔の開放された窓部分から外に出て、危険な縁に立つ人影があった。
その人物は奇妙な出で立ちで群衆の目を引きつけながら、その視線を浴びることに感動するように声を震わせている。
「ありがと。ほんの少しだけ、皆さんのお時間を拝借させてください」
謝罪を口にしていながらも、謝意より己の意思を優先させるどこか独善的な声。
震える声は裏返り、ひび割れ、耳にするものの心をひどくガムシャラに掻き毟るような不快感があった。
そのおかしな感覚はおそらく、その人物の奇怪な外見の影響も多大に受けている。
———その人物は頭部を乱雑に巻いた包帯で覆い、わずかに露出したギラギラと輝く瞳で世界を睥睨している。黒いコートで体をがっちりと包み、両腕には長く歪な鎖を縛り付け、先端を床に引きずりながら、せかせかと塔の上を左右へ歩き回っていた。
その奇態から目を離せないでいる群衆に、その人物は笑み――おそらく、笑みであろうと思わせるように、包帯で隠れた口元を陰惨に歪ませ、
「ごめんね。私は魔女教、大罪司教『憤怒』担当」
恐るべき肩書きを口にして、名乗る。
「———シリウス・ロマネコンティと申します」
【悪意】が、そう言って嗤った。
その3分後、スバルは死んだ。
「このところ読んだ書物に関節破壊というものがあってな。今度貴様で試してやるとしよう。喜べ朴念仁よ。妾とここまで接触できる機会を持つものは少ない。その命を対価に触れ合わせてやろう」
ケイが無言で通話を切る。
ふらふらと首を動かせば、すぐ傍らには微笑む銀髪の少女と、対話鏡に噛み付いていた赤い女。それから手を握る幼女の姿があって、リリアナが今にも歌い出すところであった。
それを目の当たりにしながら、スバルは口を開き、
「……気持ち悪い」
スバルはその場でふらついて、思わずその場にしゃがみ込んだ。
「スバル? どうしたの?」
「ちょ、どうしたのかしら。スバル、スバル?」
手を繋ぐベアトリスが、隣にいたエミリアが、しゃがみ込んだスバルの顔を慌てて覗き込む。そして、二人が思わず息を呑むほど顔を青白くしながらスバルは、
「———気持ち悪い」
一年ぶりの『死』のループよりも、その『死』の直前の出来事を受け入れられずに、込み上げる嘔吐感に膝を震わせ続けたのだった。
こうして、再び『死』の螺旋が始まる。
都市プリステラを舞台とした、最悪の一日を乗り越えるためのループが。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
その場に膝をついて崩れ落ちることだけは堪えて、スバルは荒い息を吐いた。
周囲、エミリアやベアトリス。それにリリアナまでもがこちらを憂うような視線を送ってきている。プリシラは興味がない顔で対話鏡をエミリアに押し付けて、そよそよと自分の顔を煽いでいた。
彼女らの気遣いの声と視線を浴びるうちに、段々と意識が現実感を取り戻す。
そうして緩やかに思考が加速していくのを感じながら、スバルは自分が今しがた、何を味わったのかと少しずつ噛み砕いて理解していた。
唐突に、まるでテレビのチャンネルを変えたように移り変わる景色。
寸前まで感じていた臭い、味、光景、そういったものが粉々に砕け散って、まったく別のものへと挿げ変わる現実の喪失感——否、現実の唐突感だ。
目も耳も鼻も肌も、全てが新しい世界に適応してくれているのに、スバルの意識だけが前のチャンネルを引きずってしまっている違和感。
それを噛み殺し、噛み砕き、咀嚼して呑み込んで初めて、切り替えが終わる。
「———っ」
歯を食いしばり、スバルは立ち上がった。
頭を振り、周りを見回す。そこは麗らかな日差しの降り注ぐ公園で、噴水と緑色の芝に、色とりどりの花壇が展開する憩いの場だ。
そしてスバルを囲う四人の美少女――エミリア、ベアトリス、リリアナ、プリシラの四人がいる。
「大丈夫、スバル? 今、すごい顔色してたわよ」
「……エミリアたん。今、ひょっとしてケイが死刑宣告されてなかった?」
弾き語りを始めた歌姫を無視してスバルはエミリアに視線で問う。エミリアも、スバルの態度からそれがふざけた質問でないと悟ったらしく、
「そうよ。ケイったらこっちにプリシラがいることは知らなかったみたい。それでプリシラが割り込んで何か約束を…死刑かどうかわからないけど…」
「この瞬間、ってことか。わかった、ありがとう。……ありがとう」
ありがとう、と口にした途端に、言いようのない嫌悪感が込み上げる。
思わず口に手を当てたスバルに、エミリアが戸惑ったように眉を寄せた。
エミリアが悪いわけではない。ましてや、感謝の言葉を苦く思う必要も。ただ、それが直前までの世界の、あの例えようのない悪意を思わせるだけだ。
「そう、か。俺……」
死んだのか、とは口にしなかったが、そこまで考えてようやく実感が湧いた。
———ナツキ・スバルは死んだ。
死して再び、この世界を失った時間からやり直して舞い戻ってきた。
そうして戻ってこれたことに安堵する一方で、悔しさが熱となって押し寄せる。
あれほど、あれほどまでに、スバルは覚悟していたはずなのに。
一年前のあの森で、『聖域』で、『試練』の中で、ナツキ・スバルはあれほどまでに『死』を拒絶し、生まれ出でる悲しみに抗うのだと決意していたのに。
死んだ。あれほどに呆気なく。抵抗するどころか、違和感すら覚えずに。
あれは何だったのか。異常であったことは事実なのに、何が起きていたのかスバルにもわからない。体感したのに、体験したのに、わからない異常事態。
あの明らかに異常な空間を、スバルはおかしいと感じていなかった。スバルだけではない。あの場にいた他の全員も、スバルと同様の狂気に身を委ねていた。
「ところで先ほどのお話はお忘れではありませんか?甘味で世界を救いましょう!」
スバルは言葉で自分に求められている立場を思い出した。
この時点でリリアナとスバルは、リリアナが歌で時間稼ぎをしている間に、和解のための甘味を補給しに走っていたのだ。そしてその買い物を終えた直後に、あの『憤怒』の化け物と遭遇した。
———あの悪夢の演説が始まるまで、10分も残っていない。
移動を含めれば、到着して数分でアレが始まってしまう。
「嘘だろ……」
かつてこれほど、『死に戻り』と死亡時間が近かったことは記憶にない。
数時間から数日、スバルに与えられる時間があったのがこれまでの『死に戻り』だ。しかし、今回はあまりにも、極端に短すぎる。
たったの10分、いやそれ以下かもしれない。この短時間でスバルに何ができる?
悩む間にも時間は過ぎる。
今回の場合、単純に死亡を避けるだけならば簡単な話だ。スバルがあの演説の届く場所にさえ行かなければいい。
あの異常、あの死亡が爆弾なりなんなりによるものであるのなら、あの場に行きさえしなければ巻き込まれない。
まさか、都市一つ丸ごと吹き飛ばすような爆弾を用いたわけではないはずだ。
だから自分が助かることを優先するなら、あそこに行かなければいいだけの話。
純粋に無差別な悪意、そこにたまたまスバルがいたに過ぎない。
故にスバルがいなかったとしても、シリウスの犯行現場は変わらない。ただしそれは、スバルの有無と関係なしにあの演説は始まり、終わるということだ。
その結果がどうなろうと、少なくともあの
「止めなきゃ……クソ、止めなきゃ……!」
頭を掻き毟り、スバルは決断する。
「ベアトリス、俺と……!」
一緒にきてくれ、と声を上げる寸前で、スバルは躊躇った。
「スバルと、何かしら?」
スバルの声と形相に、ベアトリスが真剣な顔でそう問いかけてくる。
危急の事態が目の前にあるのがわかっている以上、ここでベアトリスを連れていくのはスバルの戦力を充実させるという意味で当然の選択だ。
ここで連れていかない、という選択はスバルの戦力が半減どころかほぼ消失することを意味する。しかし、それでもスバルは躊躇った。
何もベアトリスを戦わせたくない、などという感傷的な理由ではない。
無論、スバルの本音の部分でそういった考えがないとは言わないが、この場においてはそれは理由ではなかった。
———エミリアだ。エミリアが、ここにいる。
「———」
魔女教が、この都市にいるのだ。
奴ら——まだ複数かはわからないが、少なくとも『憤怒』の大罪司教がいる。大罪司教が単独で行動しているものなのか、魔女教の実態が知れない故にわからない。
だが、魔女教が暗躍しているとわかっている都市に、エミリアを放置していくことの不安がスバルの脳裏を掠めて離れない。
自分のいない場所に、大切な人間を残していくことの恐怖。
自分の目の届かない場所で、魔女教の魔の手が大切な誰かへ届く恐怖。
それはナツキ・スバルの心の根底に、ひどく濁りながら残り続けている恐怖。
ならば、エミリアを連れて『憤怒』の下へ向かうか。論外だ。魔女教とエミリアを遭遇させることは悲劇しか生まない。それだけは確実なのだ。
ペテルギウスのときのことを思い出せばわかる。スバルは、エミリアと魔女教を近づけてはならない。それはどうしてかではない。そうなのだ。
「ベアトリス、俺と……」
「スバルと?」
「同じ甘いもので、大丈夫か?」
「……?」
ベアトリスがスバルの言葉に眉を寄せる。勢い込んでまで言うほどの内容と思えなかったからだろう。思い切りずっこけるリリアナにスバルは頷き、エミリアに目を向けると、
「ちょっとひとっ走り、軽く摘まめる甘いものを買ってくるよ。エミリアたんは優雅に穏やかに、リリアナの歌を聞いて待っててね」
「えっと、わかったわ。でも、私も一緒に行かなくて大丈夫?」
「大丈夫、信じて。君は俺が守るから」
大きな瞳をぱちくりさせて、エミリアはスバルの言葉に顔を赤くして頷いた。それからスバルは訝しげにこちらを見るベアトリスを手招きし、そっと耳に唇を寄せ、
「エミリアを守ってくれ。お前の力が必要になったらすぐに呼ぶ」
「……また、ベティーにも言えないことだと見たのよ」
「呼ばれたら否応なしにヤバい場面だと思ってくれていい」
不満げなベアトリスの鼻を指で押して、スバルは軽く手を上げるとそこから走り出す。見送る四人の視線を背に感じながら、スバルは振り返らずに全力疾走。
目的の場所には5分とかからないが、それにしても時間はない。
「問題はこっからどうするかだ。あの演説が始まったら、またわけわかんねぇ状況に追い込まれる可能性が高い」
あの異常空間の原理がわかっていない以上、再びあれに取り込まれたときに正気を保っていられるかどうかなどわからない。異常を異常と感知できなくなっていたからこそ、あの洗脳空間は恐ろしいのだとスバルは考える。
「みんな、ここから避難させる……? ペテルギウスのときと同じで……いや、手も足りねぇし、下手に騒ぎにしたらシリウスが動き出すかもしれねぇ」
巻き込まれないよう、この場にいる群衆を避難させるべきか。が、どうやって。そもそも、シリウスのあの演説に特殊な意味を求めないのであれば、シリウスは場所をここに限定する必要すらないのかもしれない。
ここで演説を聞く人間がいないなら、別の場所で行えばいいだけの話だ。被害者を移動させるのでは、別の被害者が生まれる流れを作るだけ。
「なら、元凶を排除するしかねぇじゃねぇか……!」
むしろ、シリウスの出現場所がここであるとわかっている今こそがチャンスだ。
これはペテルギウスを討伐したときにも考えたことと一致する。魔女教は放置してはならない。魔女教の被害を未然に防ぐことばかりではなく、その根本の原因を根絶しなければ奴らは繰り返すだけなのだ。
この考えに辿り着くまでが遅かった。
すぐに結論を出していれば、スバルは単独でここにくるようなことはしなかった。否、そもそも公園に舞い戻った時点で間違っている。
せめて旅館まで戻してくれれば、ヴィルヘルムやユリウスの力を借りることだって———。
そこでようやく思い至った。
馬鹿か俺は、いやそんなことはいい。早くしなくては。
対話鏡を起動して待つ。
先ほどと違い、5コールも待ってから、仏頂面のケイが出た。
「…なんだよ。こっちは暇じゃないんだが…」
すぐに切り出そうと思っていた。言葉だって決めていた。けれど恐怖でなかなか口からは出てこなかった。
ここしばらく経験していないペナルティ。あの内臓を蹂躙される感覚は根源的な恐怖をスバルに刻み込んでいる。
「大罪司教がくる。もうすぐだ!すまねぇが、力貸してくれ」
…ペナルティはない。良かった。
億劫そうだったケイの表情が瞬時に切り替わる。
「要点だけ話せ。何をしてほしい?」
一年ぶりの共闘。起きてほしくなかったが、どこかできっと起きると思っていた戦い。
魔女教との戦いが始まった。
今アニメが再放送してるみたいですね
チェケラ!