亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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【FILE:68】未知からの脅迫

 

スバルのロードが起こる、または起こすタイミングは未だ謎だ。

しかし、一つ確信している事がある。死ねばロードされるのだろう。

 

自殺の手段を常備していないことから、おそらく意図せぬ他殺でしか戻れないと予想している。

 

そうでない時にロードするのは多大な負担や代償が必要。そんなところではなかろうか。

 

 

『自分でロードするのと、ゲーム上で一回殺されてやり直すの違いかな。最近は過度なやり直しをゲーム側が禁止することもあるし、誰かの機嫌を損ねるのかもしれないね。』

 

まぁ、この場合は機嫌を損ねるのはアレだろう。ますます関わりたくなくなった。

 

ケイはスバルの能力に対して、いくつかの決まり事を作っていた。

 

スバル本人と親しい人物を殺傷をしないこと。

過度に質問をしないこと。

IBMを見せないこと。

ワープの場面を見せないこと。

 

彼とは良好な関係を築いていると思っているが、何があるかはわからない。

いくらロードをしても自分は何をして何をしないのか、決めておくのは有効だろう。

 

敵対はほとんど負けと同義だが敵対してしまった時、手札は多い方が良い。

 

先の憤怒に対しては、恐らく攻撃すればスバルも死んでいただろう。IBMも露見していた可能性が高い。

 

それでも、どうせスバルが死ぬのなら憤怒も道連れにしてやろうとは思っていたがそうはならなかった。

 

 

 

そう。先ほどの騒動。水門都市の一角で起きた凄惨な事件。

 

それは普段ならば瞬時に都市の緊急事態として対処されたはずだ。

出没したのは魔女教の大罪司教であるらしくその点においても、もはや国が動くべき案件である。

 

しかし誰もそんな対応などできていなかった。

それどころか、都市から出る事も叶わない。

 

さらに言えば、家から避難所から出ることすら叶わない。

 

 

怪人による事件ではない。この都市にある大規模なミーティア。街中に声を届けるその放送のためのミーティアからの声が全ての人の日常を変えてしまったのだった。

 

当然ながらケイもその声を聞いている。

 

『――ええとー? これでいいんですかね? ちゃんと聞こえていやがりますかー? 聞こえたクズ肉は悲鳴を上げて、聞こえてないクズ肉は目でも潰して、聴覚に集中してもらったらアタクシ助かっちまうんですけどー。きゃはははっ』

 

『で、で、で、今ので失明しやがった馬鹿はいやがりますかね? いねーならいねーで構いませんが、アタクシの言葉を無視するとかいい度胸すぎるじゃねーですかってことで、喋り始めて早々にアタクシが気分を害していやがりまーす!』

 

聞くに堪えない無駄な情報だらけの言葉。都市の中心と四方を抑えたらしい魔女教はなぜか放送で声を届けようとしている。この前例のない襲撃にはやはり大きな意味がありそうだった。

 

『ただ息吸って吐いてるだけで、アタクシの気分を害しやがるとかてめーらって生き物は本当に価値がねークズクズクズのクズったれじゃねーですか。クズ肉どもは何も考えずアタクシの言うことだけうっとり聞いてりゃいいんです、アタクシのお願いっ! きゃは!』

 

『さてさて、そんなアタクシですがー、勘の鈍いクズ肉共もそろそろ気付いた頃じゃねーんですか? この放送、アタクシがしてるって意味、意味、意味ー!』

 

 

『つーまーりー、アタクシが……いえいえ、アタクシたちがこの都市の中枢を掌握してるってわけじゃねーですか。あ、ちなみになんですけどー、ここだけじゃなく都市の端っこにある制御搭とか言いやがりましたっけ? アレも掌握してまーす』

 

プリステラの構造。水門都市として縦横無尽に水路の走るプリステラはかつて、強大な力を持つ敵を陥れるための罠としての役割を持った都市であり、今もその機能は生きている。

そしてその水路の操作を司るのが、都市の東西南北にある制御搭――それを掌握されたということは、この声の主に都市を人質にされたということだ。

 

『きゃははははっ! 今さらになって! 今頃になって! てめーらの命が消える寸前の火だって気付くとか、てめーらの能天気さに呆れて物が言えすぎちまって困っちまうってんですよ! あー、クズクズクズクズクズ共! きゃははははっ』

 

ではなぜやらないのだろうか。一体何を待っている?なぜ告知などをする。

その疑問に答えるかのように演説は続く。

 

『アタクシの目的は、この都市にある『魔女の遺骨』でやがりまーす!それが欲しくて夜も火照って眠れねーアタクシのためにテメーらどうか奮発して?アタクシのお願い聞いてくれなかったら…きっとアタクシも制御塔のこととか考えちゃーう!』

 

『おっと、いっけなーい。そろそろ名乗っておかねーと、てめーらみたいな奴らは現実逃避とかし始めちまう頃じゃねーですかね? なんで、はっきりくっきりと優しくて慈悲深いアタクシが、わかりやすく現実を教えてやるとしやがりまーす!』

 

『アタクシは魔女教大罪司教、『色欲』担当――』

 

『カペラ・エメラダ・ルグニカ様ってーもんです! きゃははははっ! 敬え、崇めろ、泣いて嘆願して惨めったらしく惚れ腐れ! クズ肉共! きゃはははっ!』

 

『あ、それと。この都市にいやがるみたいなんで一言。クルシュ・カルステンってやつを差し出せばそいつとその仲良しの肉どもはだけは助けてあげますよ。色々と調子こきまくってるらしーじゃねーですか。『百獣一太刀』でしたっけ?アタクシ見てみたーい!乙女なアタクシはそんなことを思ったわけで、そのために獣を街に放ちましたのでそこんとこもよろしくしやがってくださーい』

 

明るく言い放つが内容は宣戦布告である。

そして、個人的な言葉が続く。

 

『おい。そのクズ肉公爵に引っ付いてんだろ?メィリィ。 エルザもいやがるんですかねー?親に逆らったらどうなるか。忘れちまってみたいなんでその身に刻んでやりますよ。ええ。いくらでもね。アタクシ様ったら!なんて教育熱心っ!最高のママでもあるなんて…』

 

そこからもくどいほどの狂った教育論を好き勝手に喋り続けて、飽きたら放送は切れた。

そしてこの放送を皮切りに、都市には謎の獣が放たれた。

 

異形の動物。魔獣にも見えるが角はない。見るものの嫌悪感を刺激するような色彩に造形のその生き物は、体のいたるところに刃物のようなものをつけている。

 

というより、刃物が生えている。

 

これだけで、これが自然の生き物ではないことはわかる。きっと魔女教が放った獣だろう。

 

亜獣と呼ばれるそれが跋扈する街は今や、誰もが歩けるような状況ではなくなった。

 

 

そんな異常事態においてもケイはその思考を止めていない。

 

要求は『魔女の遺骨』の引き渡しか。

一応事前の調査でこの単語は出てきていた。魔女テュフォン。それがこの都市によって殺された魔女の名前。

 

魔女の茶会の際に佐藤に何かしらの術を与えた者だろう。恐らく罪悪感などに反応して相手に影響を与えるもののようだった。佐藤には不発であった何かを指して黒い大女がテュフォンとは相性最悪と言っていた。

 

しかしこの遺骨は都市が管理しているようなものではなく、都市伝説の類だと聞いていた。

この都市の根幹をなすものであり、これを失えば水に沈むなど諸説がありすぎて何が事実かはわからなかった。

 

色欲はミーティアのある都市庁舎におり、制御塔にも魔女教がいるという情報まで渡してくれた。

普通ならば素直に受け取ることもないが、すでに裏付ける情報は集まりつつある。これは事実と思って良さそうだった。

 

 

状況は動いた。すでに王選陣営たちは一ヶ所に集まりつつある。

恐らくこれから起こるのは、各制御塔の奪還か都市庁舎の奪還。またはその両方だろう。

 

これは誘いだ。罠なのだろう。そんな状況において最も力を発揮する異物がいるとも知らずにご丁寧なものである。

 

スバルはすでにエミリアを奪われている。しかし、結婚をするとか言っていたらしい強欲は、エミリアを殺しはしないだろう。まだ彼にとって致命的なことは起きていない。

 

きっとこの状況も必要なことなのだろう。やれることはやるが、スバルの邪魔だけはしない。

懸念はあるが、それは今優先するほどの状況ではない。

 

 

各所に配置した部隊からの報告、各陣営に配った対話鏡からの情報。全てを統合して状況を把握する。

 

剣聖はフェルトの確保に向かったまま消息不明。貼り付けていた見張りも当然追いつけなかった。

プリシラはスバルが遭遇したらしいが、シュルトを探しているらしくこちらも行方知れずだ。

 

他の王選関係者は皆がここに揃っている。ケイを除いてだが。

 

まだ、魔女教の全貌は見えない。

ケイはその場所に座ったまま、状況を見守り続けている。

都市の地図に情報の紙や人物のコマを配置する。

 

恐らくだが暴食も来ているだろう。これは好機でもある。

連絡の中枢として機能して各陣営の人々を誘導する。

 

 

ミューズ商会の建物が臨時の魔女教対策本部となっており、そこに事前の計画通り野戦病棟も設置している。

 

その設置が終わった頃に来たのが先ほどの放送だった。

今では多くの怪我人が運び込まれ、慌ただしくなっている。フェリスは対話鏡を使う余裕もないようだ。

 

 

それぞれが仕事をこなしていると、再び放送が始まった。

 

『やっほ。やっほー。やっほっほー』

 

 

『クズ肉の皆さーん、元気にしてやがりますかー? 日に何度聞いても麗しい、アタクシの美声に大興奮してんじゃねーですか? きゃははははっ!』

 

 

『さてさて、美少女の声に発情収まらないクズ肉の皆さんに、アタクシから重大なお知らせがありやがりまーす! アタクシたち、もう飽きたから帰っちゃおうかなーなんて思ったりしちまいました。――嘘でーす! 冗談じゃねーです! まだまだ昼も夜もこれからじゃねーですか、きゃははははっ!』

 

 

『じ・つ・は!あんだけアタクシが丁寧にお願いしてやったてーのに、不届な連中が都市庁舎に仕掛けてきやがって…アタクシ、本当に芯から傷心!ホントわからず屋なテメーらクズ肉に、心底、呆れて物が言えすぎちまうってもんでーす!』

 

『アタクシの心痛、少しは伝わってくれやがりました?ほんと、虫籠の中の虫けら以下の存在のくせに、テメーらってなんて察しが悪いの?大ちゅきっ!きゃははははっ!』

 

『で、そんな虫けら以下のテメーらに深く傷つけられたアタクシはこの痛みの賠償を強く求めちゃいまーす!アタクシの心の慰めは、さっきもお伝えしたとおり。クズ肉共の物分かりがいいこと、期待しちゃーう!』

 

『ところで察しのいいクズ肉は気付かなくていいもんに気付いた頃じゃねーですか?』

 

背景で何か音がする。それはまるで羽音のような。しかし聞いたことのない低い音だった。

 

『そんなわけで、差し伸べた手を払い除けられてアタクシ様は超傷心!だーかーらー、緩い手とかやめて、ちょっと強めに締め付けちゃおうかなーって。今、締め付けって聞いて興奮して汁出してるクズ肉、本気で救えねーですね!きゃはははっ!きゃはっ!きゃはははは!……はーぁ』

 

嗤いの声が徐々に弱くなり、最後にはひどく退屈そうなため息が溢れる。その感情の急落で他者を置き去りにしながら色欲は続ける。

 

『手始めに、アタクシの足元にいる連中からグズグズのクズ肉にしてやります』

 

『それが嫌なら、アタクシの要求は一個だけ。どうせ降伏するんなら、できるだけ早く、可能な限り深く、頭を下げる。それが道理ってもんでしょーが』

 

『じゃ、以上、アタクシのありがたーいお話はこれでおしまいでーす。変態クズ肉共はご愁傷様。虫けらなてめーらはせいぜい頑張りゃーいいってもんです。さっきも言いやがりましたが……この都市の水路を操作する四つの制御搭はアタクシたちがそれぞれ陣取ってます。変なことは考えねー方がいいと思いますよ? 溺死した人間の死に顔って、見るに堪えねーぐれー醜いですから! きゃははははっ――』

 

 

その放送が終わった時、水門都市に動揺が走る。

誰もが感じたのだ。悪寒を。何かが都市にいる。得体の知れない何か大きいものが。

 

ケイは、それが合図であると知っている。

だからそれに対応するための指示を出し、その対応を粛々と行う。

 

その仕事が終わった頃に、対策本部と対話鏡を繋げた。

 

『揃いましたか?』

 

「ウチの姫さん以外はな。あ、あと剣聖様もいねーよ。これやばくね?」

 

『いまだにこちらも連絡は取れていません。大まかな場所はわかっているので、見つかれば合流させますよ』

 

剣聖の本気の跳躍には誰もついていけない。重要監視対象には必ず一人尾行をつけているが、確実にバレるのでラインハルトには了承をもらっている。

 

ちなみに、他の対象はアルとスバル。そしてプリシラの侍従、シュルトである。

 

「さっきの放送聞いたやろ?やるなら速攻や、すぐに都市庁舎に動こうとしとるけど、書記君はそのまま秘密の場所におるんかな?」

 

『ええ、現状こちらの情報網が相手を上回っているのは数少ない利点です。相手に暴食がいることも鑑みて、位置情報も教えたくはない。スバル、問題あるか?』

 

「いや大丈夫だ。心強いぜ」

 

「スバル様。我々も共に参ります。一刻も早く、都市庁舎の方々を解放しましょう。ケイ、良いですね」

 

『ええ、お好きにしてください。すでに意見は伝えました。あなたの判断に従いますよ』

 

この話をする前に、クルシュ陣営で相談はしていた。

 

当然ながらケイはクルシュのみの撤退を提言し、フェリスもそこに同意した。ヴィルヘルムもそこに異論はなかったようだ。

 

しかしクルシュは当然ながらそれを拒否した。

 

「無辜の民が傷ついているのです。ここで逃げては王になどなれません。プリシラ様にも怒られてしまいますしね」

 

フェリスは食い下がるが、ケイはその判断に素直に従った。

アドバイスはするが、その意思を曲げることはしない。やるならやれるだけの準備はしてあるのだから。

 

『都市庁舎は罠の可能性が高いです。僕なら大罪司教を全員置いて奇襲する。なので皆さんが中央の都市庁舎に向かうのに先駆けて、青蓮獅子団と協力者たちを制御塔へ偵察に向かわせます』

 

いや、お前みたいな奴が他にいてたまるか。そんな視線が刺さる。

 

「協力者ってのは?」

 

『魔女教に敵対している人たちです。こちらの指示を聞いてくれるかは保証できませんが、情報共有をしてこれまでもうまく付き合ってきましたので今回も役に立つでしょう』

 

 

「おい。そうこうしとるうちにもウチのミミが弱ってくだけや。加護にも限度はある。とっとと本丸に行くべきやろ」

 

リカードの言葉は正しい。早ければ早いほど良いのだ。

 

先の放送にあった報復。そのきっかけはガーフィールとミミによる攻撃だったらしい。

敵の返り討ちに合いミミは負傷。ガーフィールが連れ帰ってきたというのが事の顛末である。

 

鉄の牙の副団長であるミミはその小さな体に似合わず高い身体能力を持っているが、それにしても命を繋ぐだけに留まっている。

 

受けた傷が問題だ。それには傷が塞がらなくなるというまるで呪いのような加護が影響している。

 

『死神の加護』これは先代剣聖であるテレシア・ヴァン・アストレアによる切り傷と思われる。

 

一年前、ヴィルヘルムの傷が開いた時から死神の加護対策はフェリスにさせていた。

それはケイの外科治療の知識と、ケイを被験体とする実際のオペ経験である。

 

原始的な方法であるとして、多少の悔しさを滲ませていたが必要ならばと本気で習得してくれた。

 

血管ごとに糸で縛るという止血方法。『結紮(けっさつ)』という技法を習得し今では丈夫な蜘蛛糸も手に入っている。

ミミにもこの術式を実施して大きな血管は止血をしたようだ。

しかし周囲の細かい血管までは完全に止めることはできない。そこは布や包帯による圧迫止血をしているが完璧ではない。

 

リカードの言う通り、早く大元を断たねばならない。

 

クルシュ。ヴィルヘルム。ユリウス。リカード。そしてスバルが都市庁舎へ向かう。

鉄の牙とこの領の騎士たちは都市庁舎までの経路を確保し、青蓮獅子団は制御塔へ。

 

そこで一悶着を起こすのはやはりあの主人あってこの従者ありと言ったところだろうか。

 

スバルがアルに問いかける。

 

「それで、お前の戦力には期待していいのか?戦ってるとこ見たことねえけど…・・・・」

 

「あー、それなんだがよ、兄弟。この流れで言うのも勇気がいるんだが」

 

「…?なんだよ」

 

首裏を掻きながら、アルがその場に立ち上がる。そして、彼は腰裏に備え付けた青龍刀の柄を掌で押さえ、気まずそうに首をひねった。

 

「悪いんだが、オレは都市庁舎にゃいけねぇよ。状況が変わっちまった。オレは姫さん探してそっちと合流する。兄弟たちとはここでお別れだ」

 

「はぁ!? お前、このタイミングで何言い出すんだよ!?」

 

「だから、悪いって言ってるじゃねぇか。ホント、申し訳ねえっての」

 

突然の発言に仰天するスバル、その反応にアルが不義理を詫びるが、謝って済む問題ではない。いったい、アルは何を考えているのか。

 

 

「大体、お前、プリシラは心配いらねえって自分で言ってたじゃねぇか」

 

「そりゃ色々と情報の更新がある前の話だろ。それに、オレがいたって都市庁舎のボス戦じゃ役に立たねぇよ。味方の足引っ張るだけならいねえ方がいい。そうだろ?」

 

自身の無力を割り切ったアル、彼の発言にスバルは開いた口が塞がらない。

そもそも、アルだってここまで会議に参加していたのだ。

 

都市庁舎を奪還し、「色欲」を撃退しなければ都市全体が危険に晒される。それがわかっているはずなのに。

皆の判断に逆らい、別行動を選ぶことへの罪悪感はあるらしい。彼は今一度、スバルを見ると、

 

「こいつはオレの言えた話じゃねえが、兄弟だって同じ立場だろ?オレは都市庁舎どうこうより、大事な女の方を優先すべきだと思うね」

 

スバルが何かを言う前に、対話鏡からケイが入り込む。

 

『いや、互いの目的は違う。無理強いはすべきじゃない。それぞれの目的のために協力できる範囲で手を取ればいい。そうすれば敵対は必要ない。そうだろ?』

 

「いや俺も敵対しようなんて思っちゃいねーさ。兄弟もそんなことするとは思ってねーし」

 

嘘だ。こいつは邪魔をされるなら絶対に引かない。

 

非常に調べ辛かったが、彼の行なってきたことに大きな失敗は一つもなかった。

不恰好だが失敗はしない姿勢。どこかスバルのような実績を積んでいる。

 

そこまで調べ上げた後はしっかりと検証もした。

 

王都にいてもおかしくないごろつきを、それとなく誘導してシュルトへ奇襲させる。IBMで保険はかけていたが、フェリスが治せるレベルの負傷なら見過ごすつもりでもいた。

 

普通ならば成功するだろうという条件を整えてやったにも関わらず、横にいたアルはその時だけ達人のような動きと、尋常ではない読みを働かせて守り切った。

 

そこまでならまぁ条件付きの戦闘力向上などで理解もできるが、問題はそこからだ。

 

その犯人の持っていた宝箱を即座に見つけて開けたのだった。

 

「へっへ。マジかよ最高だぜ。宝箱持ちのエンカウントに加えて被害者はそっちとか、気づけばもらい得だぜ」

 

悪漢にはとある宝箱を持たせてあった。と言っても番号を合わせて開く錠前がついた魔造具だ。

ごろつきには嘘の数字を教え込んである。この数字を知っているのは僕だけのはず。

 

悪漢を一撃の元に倒し、その宝箱を拾ったアルは所持者に一言も聞かずにその偽の番号ですらなく本当の番号を入力した。

中から出てきたのは女性の下着。それを掴んで呆然としているところにいつの間にか現れたプリシラの蹴撃が放たれた。

 

適当に手頃なお宝を入れておけとエルザに言ったはずなのだが、これはどういう冗談だろうか。

よく行動を共にしているローズに悪影響を与えられているのではなかろうか。

 

瀕死になったアルの経緯はどうでもいい。

 

問題は、4桁の暗証番号を一発で開けたことだ。

 

これは勘がいいなどでは済まされない。

彼も何かしらの権能を用いて、時間を戻している?

 

ループをして暗証番号を探すなんて、どう考えても労力に見合わないだろう。

被害者という言葉も気になる。何か複雑な感じがする。

 

だが限界もあるようだ。全身に刻まれた傷と何よりその隻腕を見れば、その力は限定的な力であるとわかる。

それでも特級の脅威ではあるが。

 

 

そんな過去の検証も踏まえて、アルの援護をするのだった。

 

「意外なとこからの援護、あんがとさん。そっちも無理すんなよ。コールセンターって離職率えぐいって聞くぜ」

 

 

 

その後、スバルは自身の覚悟を示すために重傷の足をさらに痛めつけるように立ち上がった。

 

気合いと根性で傷のことなど無かったことにすると息巻くスバルにフェリスが食ってかかるが、スバルも言い返す。

 

主を思う気持ちは痛いほどわかる。だからフェリスは、奥の手としてスバルの足から痛覚を一定の間消し去る魔法をかけてあげた。

 

すごい!治ったとはしゃいで踊るスバルの頭を素早い猫パンチで殴って黙らせる。

 

 

「治したなんて言ってないでしょ。足が取れても後悔しないかって聞いたじゃない。ただ痛覚を取っ払ってあげただけ。無茶すれば、走り回るぐらいはできるはずだよ」

 

足の出血に動転するスバルに、フェリスが新しく包帯を巻き直してくれる。痛覚が取っ払われたとの説明通り、足に痛みはない。

 

ただ、これがかなり不自然な、無理を利かせた状態なのは間違いない。

 

「これ、絶対にあとで足に悪影響出るから。せいぜい、足の負担に注意すること!」

 

「…わかった。助かるよ。恩に着る」

 

「絶対、スバルきゅんってフェリちゃんの話聞いてないよネ」

 

右足の調子を確かめて頷くスバルに、フェリスが頬を膨らませて顔を逸らした。

 

そんなことはないと言ってやりたかったが、実際、どうするかはそのときにならないとわからない。

できない約束は交わさない、それがスバルが経験から学んだことだ。

 

「ってわけで、俺も都市庁舎攻略メンバーに加わるぜ。言っとくが、止めても無駄だぞ。確かに大した力にはならねぇかもだが、俺にもできることが…」

 

「止めるって、なんで止めんねや。兄ちゃんがおったら百人力や。頼りにしとるぞ」

 

「できることが…って、あれ?」

 

 

突っぱねられ、それを説得する覚悟だったスバルだが、リカードは躊躇いなくその提案を受け入れた。その反応に驚くスバルに、彼はその大口を開け、「白鯨のときも『怠惰』のときも、兄ちゃんが気張っとったんをワイも見とる。兄ちゃんを評価しとるんは、ユリウスとヴィルヘルムさんだけやないぞ」

 

あとケイもやんな。そう話すリカードに、お世辞や嘘の雰囲気はない。

リカードからの思わぬ評価に、スバルは何度か口を開閉する。そのまま、視線を周囲に

彷徨わせると、ユリウスが肩をすくめ、ヴィルヘルムが深々と頷くのが見えた。

 

二人も、反対意見はないらしい。

それだけでなく、クルシュも薄く微笑んで、「もちろん、私も心強いです。ぜひ、ご一緒してください、スバル様」

 

「そ、そうですか。なんか、変な気分だな・・・・・・」

 

真っ当に戦力に数えられるなど、慣れない扱いにスバルの方が戸惑ってしまう。

 

「ったく、ここでそんな無茶すんのかよ…」

 

その一連のやり取りに、ぼやくようにこぼしたアルへとスバルは振り返る。

 

「お前の言い分もわかるけど、俺はこれが最善だと信じる。悪いけどな」

 

「悪いことなんてねぇよ。兄弟は兄弟の好きにしたらいい。オレもそうする。ああ、けど、オレから一個だけアドバイスだ」

 

「アドバイス?」

 

ふと、指を一つ立てたアルの言葉に、スバルは首を働げた。

 

そのスバルへと、アルは何ら気負いない態度で、告げる。

 

「『暴食』と出くわしたら、本名は聞かせるな」

 

ゾッと、スバルの背中を怖気が駆け上がった。

 

突然の一言、前置きのない忠告が、スバルの心に容赦なく爪を立てていく。

 

 

「ーー」

 

目を丸くして、スバルはアルを真正面から見つめる。そのスバルの間抜けな顔を眺めながら、アルは何気なく肩をすくめて、「お互い次がありゃ、無事で会おうぜ、兄弟」

 

そう、気安い調子で言い放ったのだった。

 

『おい待てバカ!そんな大事な情報、なんで今まで黙ってた?他には!?』

 

出て行こうとするアルがズッコケそうになる程の熱量のツッコミ。

既視感のあるそれを傍目から眺めた時にスバルは初めて理解した。

 

ああ、確かに、これはイラつくのもわかると。

ケイには負担かけてばっかだな。

 

 

それぞれが都市庁舎奪還に動き始める。

 

 

ケイは最後に、この世界で最も重要なことをする。

 

『スバル。クルシュさんを頼んだぞ』

 

「ああ、任せろ」

 

そう言って、戦士たちは戦場へ向かった。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

以前にスバルとラインハルトを盤上遊戯の駒に例えたことがある。

この二人は良い対比になる。

 

ラインハルトは敵と当たれば倒されずに相手だけが倒れる無敵のコマであり、動き方を無限に変化させる万能のコマでもある。

 

対してスバルのコマとしての性能はどうか。はっきり言って論外だ。この世界で生まれ育った一般人の方が戦闘能力が高いこともある。一の騎士であるが内政官に腕っぷしで負けていると涙目で吐露していた。

 

 

しかしそんなスバルの脅威度はラインハルトと大差ない。

 

なぜかといえばスバルの脅威はコマとしての性能ではなく、盤面を動かす指し手としての能力だ。

相手が何かをしてから待ったをかけてやり直しが許されているのはどんな強者であっても負けるしかない。

 

 

翻ってラインハルトの指し手としての能力は、スバルのコマとしての能力を下回るほどの壊滅度合いである。

その力が大きすぎる弊害か、何かを自分で考えて状況を動かすということをまるでしない。

誰かに従うコマとしての動きは完璧だが、自発性は非常に低い。

 

それは彼の短所だろうか。彼が好き勝手にやってしまう場合の惨事を想像すれば、こっちの方が良いのかもしれない。

 

本題は、『敵は駒だけなのか指し手なのか』どちらなのかということだ。

 

福音書に従ってフラッとやってきては個人の満足をして消えていく。そんなこれまでの大罪司教の動きであれば回避や打倒も可能だろうが、相手が本格的に指し手としても盤面を動かし始めれば厄介この上ない。

 

そして大罪司教というコマはスバルとラインハルトほどとは言わないまでも、近いレベルの反則的な動きをするだろう。

 

今回の首魁と見られる大罪司教。色欲のカペラはどうも指し手のようでありそうだ。

 

本当に残念だが、今のスバルはどうやら指し手ではないようだった。

 

理想は、スバルを指し手に僕が横でアドバイス。ラインハルトを動かして、敵を刈り取るという形だ。

 

現状は指し手として僕と色欲が対峙する形になっている。これは良くない。ラインハルトがいるとしても不利なのではないか。

 

どこかでまたスバルが覚醒するかもしれないが、それは僕にはわからない。

今できる最善を取らねばならない。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

道中の戦闘は非常に激しいものとなった。

 

そこら中から飛び出す亜獣。

 

水路から這い寄る暴威。

 

屋根上から降り注ぐ悪意。

 

それらを騎士たちが、鉄の牙が。精鋭たちが打ち砕き、彼らは進んでいく。

すでにここで怪我人も出ている。それでも戦士たちは、精鋭をどうにか送り届けた。

 

その途中、アナスタシアにケイから通信が入る。

 

『こちらが入手するはずだった暴食の情報をください』

 

『それが、その内容を記した手紙が運ぶの任せた子と一緒に行方不明になっててな。ウチも内容は伝えられんのよ』

 

ケイは一切食い下がらない。その補填など言い出しそうなものであるが、大人しいものだ。緊急時であるしそういうものか。

 

『わかりました。そろそろ本隊が着く頃ですね。まぁ、スバルがいれば大丈夫でしょう』

 

『リカードもやけに信頼してたけど、ナツキくん連れてって意味あるん?』

 

『彼が一年何もせずに辺境伯のところにいたとでも?彼は魔女の知識に触れました。ベアトリスという世界最高の魔法使いも加わって対策は万全です』

 

『へぇ〜。その割には、本人からそんな雰囲気がせんのやけど?』

 

『ええ、彼は別に演技が得意な訳じゃない。本気で避けようとする人間に向けての方が、みんな撃ちたくなるでしょう。マナ由来の攻撃がスバルに浴びせられれば相手のマナを利用して発動する魔法があります。彼は囮ですよ』

 

 

そう言って通話は切れた。アナスタシアは考える。今のケイの発言と違和感を。

 

 

 

 

都市庁舎へ向かう一行。

 

対話鏡から異様なほどの情報量でガイドされる。これまでの道順もそうだが、敵の待ち伏せや大群が潜む場所を的確に避けて導くケイは、一体どこからそんな情報を仕入れているのかと不思議なくらいだった。

 

そして聞き逃せない一言が放たれる。

 

『都市庁舎にいる人間はすでに手遅れだ。魔女教を殺すことに集中しろ』

 

スバルは動揺する。思わず大声を出しかける。

しかし、かつて怠惰との戦いを思い出し冷静に努める。

 

その努力はあまり必要なかった。なぜなら次の言葉に全ての意識が持っていかれたのだから。

 

『二人の剣士は右上の建物屋上から隠れて奇襲をする気だ。そして都市庁舎には3体の竜が出てきた。竜は気にするな。剣士に集中しろ』

 

 

「ちょっと待て!ケイお前、何バカなこと言って…」

 

そう言いながらも、スバルの目には否応なくその非現実的な現実が映っていた。

 

 

 

この光景が意味するところを彼らは理解することはできない。彼らにとってはこの光景だけが現実であるのだ。当然だろう。

 

これは、この一年の間にケイが最善を尽くした結果だった。

本来あるべきだった光景との乖離。

 

それは、ほんの少しの変化が引き起こしたものだった。

 

 

魔女教大罪司教色欲担当。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

それだけで、世界はこうも色鮮やかに変わるものか。

 

金色。紫色。桃色。水門都市を彩る巨躯は、その体色を惜しげも無く晒す。

 

 

 

色とりどりの竜の咆哮が、大気を震わせて戦士たちを出迎えた。

 

 

 

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