亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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紳士淑女の皆々様、誠に恐れながら今話はお読みの際のBGMを指定させていただきます。


「ニーベルングの指環」第二部「ワルキューレ」より

「ワルキューレの騎行」
https://www.youtube.com/watch?v=ZOTdIhaGEuw





【FILE:69】ワルキューレの機甲

 

 

一行は信じられない光景を目にした。

 

敵の陣容はケイの言った通りらしい。桃と金と紫の竜。

 

ドラゴンが庁舎前に陣取っていた。

 

通常の戦士や兵士たちが徒党を組んでも勝てない相手。それが竜である。

討伐には相応の魔法使いや魔石砲などが用意され、竜に対して近接戦闘を行えるものなど極少数の英雄のみだ。

竜が複数で襲ってくるならば、都市の一つや二つは容易に落ちる。

 

普通ならば過剰とも言える戦力。それはこの都市においても脅威であり続ける。

この3頭をまとめて殺せるヴィルヘルムであっても、上空から炎を吐き続けられればどうしようもないのだから。

 

 

ケイの言葉がなければ、その威容に目を奪われて奇襲を受けていたかもしれない。

 

二つの人影が、真上から先頭にいるガーフィールへ目掛けて舞い降りてくる。

その狙いも事前にケイから注意があった通り。時間さえあるならばこんな大技も繰り出せる。

 

「アル・クラウゼリア!」

 

最短で速攻を。相手が不死の存在であったとしても虹の極光は有効のはず。

空中で避けられない二人へ逆に詰めの一手を打つ。

 

すると、空中で多腕族の男が女をその腕で押し出し、互いに軌道を逸らした。

 

突き飛ばされた女は無事に避け、男は右半身が消し飛んだ。

 

そこで驚愕の事態を目撃する。

致命傷を負っても、敵は倒れていなかった。

 

普通ならば致命であってもその体は再構成されていく。

それはヴィルヘルムが知っていた屍兵とも違っていた。

 

しかし、それでもこちらが有利である。

 

奇襲による優位を打ち消し、むしろ優位を取ってこちらの剣と盾が襲いかかる。

二人の剣士の距離は離れた。

 

女性にはヴィルヘルムが絶大な剣気と万感の感情をたぎらせて向かう。

 

大柄な多腕族にはガーフィールとリカードが。

 

それぞれに向かう。武芸者たちは敵にも関わらずその構図を自然に受け入れる。

あるべき戦いの姿というものがあるのだろう。それは達人の領域ならば自然とわかるもの。

 

 

しかしそれを無視する素人が、陰ながら戦局を支配しているのだが。

 

 

「無粋ですまないが、早く終わらせなければね」

 

再びの虹の極光は壁となり、女の前に立ちはだかった。

 

それを打ち合わせていた剣鬼は壁を隔てた方に立ち、先ほどのまでの剣気の一切を捨てる。女に背を向けてクルガンへと切り掛かる。

 

ありえない光景だったのだろう。女は明らかに出足が鈍った。

 

屍兵は最適に動き続ける。しかしそれも生前の経験や勘があってのもの。その読みは大きく裏切られた。

 

彼女にとっては大きく雑な一撃を虹の壁に叩きつけるが、むしろ剣身の方が少し削れるのみである。

 

屍人であっても動揺するのか。やはり彼の策はどこかおかしい。ユリウスはかつて王都では翻弄される側であったが、味方となるとここまで心強いものか。

 

「やはり…『八つ腕』クルガンに違いありません!」

 

かつて切り結んだことのあるヴィルヘルムが叫ぶ。

いかな闘神といえど、半身が削れた状態でヴィルヘルムとガーフィール、リカードの猛攻は防げない。

 

そう思った時に、視界は黒で染まった。

 

 

燃えるような黒である。それはいつの間にか都市庁舎の上にいた新たな竜。黒竜が剣士たちに黒炎を全力で浴びせたのだった。

 

 

 

事前の情報になかったもう一体の竜。唐突に発生したそれに対応が遅れ、クルガンを討ち取れずに3名が下がる。

 

 

「無茶、無理、無謀の三拍子! どーっしててめーらみたいなクズ肉共ってそんなにこんなに愚かで醜くて浅はかで生きてられんですかねえ? アタクシだったら絶対に耐えらんなーい! きゃははははっ!」

 

 

その声は紛れもなく色欲のもの。しかしその声の発生源がおかしい。

 

「どこ見ていやがるんですか、ノータリンの薄ら馬鹿共はこれだから救えねーってんですよ。ちゃんと胡麻みてーな目をおっぴろげて、すっからかんの頭で一生懸命に考えて、アタクシが誰なのかちゃーんと薄汚い魂に刻めってんですよ!おら!底の方這いつくばってんだから一生懸命見上げろってのクズ肉が!」

 

言われずとも皆が上を見ていた。

 

「きゃははははっ! そこのマシなオスメスの肉は特別製ですよ。今回目障りな奴がいるって言うから可愛くおねだりして用意したってのに、肝心の公爵様がいねーとは。ああ?何なんですか、その面! その間抜け面! アタクシのために用意してやがったんですか? だとしたらまさにご褒美があげたくなるぐらいに見事な猿の真似じゃねーですか! アタクシの唾でいい? 唾で大喜びでしょ? てめーらクズ肉共には、それでまさに垂涎のお宝ってもんでしょーが!」

 

響き渡る馬鹿笑いと、愕然とそれを見上げるスバルたち。

巨漢と女の二人の剣士は、頭上の味方だろう相手には何ら反応を見せない。

 

そんな戦場の様子を、『色欲』が――、

 

「じゃ、改めまして! アタクシが魔女教大罪司教、『色欲』担当の」

 

――『色欲』を名乗る、一匹の黒竜が見下ろして嗤う。

再び口を開き、その口腔に暗い炎が迸る。挨拶と同時にまた黒炎を散らすつもりだ。

 

 

「カペラ・エメラダ・ルグニカ様でーす! 死ね! 腐れクズ肉共がぁ!」

 

そう言おうと思ったのだろう。

 

しかし実際に聞こえてきたのはここまでであった。

 

「カペっ…」

 

 

名乗りと同時の竜の吐息(ドラゴンブレス)その暴威が解き放たれる直前にそれは起きた。

 

唐突に黒竜の右目と喉が切り裂かれる。

 

そして次々に顔面が、首が。重要な場所が刻まれていく。

その傷跡を見れば、どこから攻撃されているのかがわかる。あり得ないはずの上からの攻撃。

 

 

つい先ほど、一生懸命に見上げろと、散々に見下した黒竜が。馬鹿みたいに口を開けて空を仰ぐ。

 

150mは離れている。そんな遠距離から白い翼の何かが断続的に風刃を飛ばしてきている。

剣士たちが見上げていたのは、自分ではなかった。

 

その全てが癪にさわる。

 

「ひらひらと遠くからぁ、虫の中にとびきりの弱虫ちゃんも混じってやがりましたか。まぁ効かね〜んですが」

 

刻まれながらも竜はその身を再生する。しかしその口調とは裏腹に不満はありそうだ。

 

「アタクシ様より目立ってんじゃねぇぞ!堕ちて這いつくばれ羽つきメス肉があぁ!!」

 

その苛立ちは傷についてではない。全ての視線を一身に受けることに対する対抗心。

 

その燃えるような感情は口から炎となって天翼で翔ける戦乙女を焼こうと迫る。

 

 

しかし、当たらない。それはそうだ。炎というのはそこまで早いものではない。液体ならまだしもこれは純粋なマナによる炎である。範囲は広いが、それは地上においての評価である。

 

縦横無尽な空においては大きな脅威ではない。

 

そもそもクルシュはもっと大きく早い炎で追いかけられる経験がある。

意味不明な追尾をしてくる光線をどうにか撒いた経験がある。

 

降下と上昇をくり返し。その機動で回避をしつつ加速を続ける。魔石の補助もあり最高速度はすでに200km/hに迫る。最高速度ならこの世界で空を飛ぶ者の中で最速だろう。

 

乱雑な黒炎は掠りもしない。

 

 

「っち!お〜い!クズ竜肉のみなさ〜ん。お仕事の時間だってことがわかんねーんですか?このカペラちゃん様が動いてんだからおんなじように炎吐いて手伝えってんですよ無駄肉ども!家族仲良くウジにでもなりたいんです?」

 

 

黒竜が周囲の竜を睨むと、竜たちは怯えるように身を縮ませて空を睨んだ。桃色の一頭はまるで逃げるかのように前足で顔を覆って逃避の姿勢をとってしまった。

 

「アタクシから目を離してんじゃねえ!アタクシに見惚れながらあの羽虫を焼き落とせってんですよ!」

 

黒竜はそう言って桃色の竜に黒炎を浴びせかける。その炎はなかなか消えず、悲鳴を上げる竜の体を焼く。

 

その姿を見て決心したのか、二頭の竜も空に向かって炎を吐き始め、遅れて桃色も炎を吐いた。

 

 

恐らくそれでも距離をとって回避すれば避け切れただろう。しかしクルシュは接近しつつ加速した。

 

3頭の炎は適当だが広い。そしてそこに黒炎がピンポイントで浴びせられる。

 

「ようやく釣れやがりましたねぇ。アタクシ様の立派なイチモツにご執心ってわけですか!なら濃いヤツぶっかけてやりますよ。きゃはははは!!」

 

嘲笑いながら黒炎を放つ色欲は勝利を確信する。

 

 

 

天翼は炎を突き破って、至近距離から桃色の竜を裂いた。その白い翼は燃えず、決して堕ちない。

 

一瞬の交錯で顔を至近で風に切られ、倒れ伏す桃竜。

 

そして上昇のついでとばかりに、何かが金竜に撒かれる。

 

それは金属の何か。鈍色のそれは金竜の付近に落ちてから爆発した。

 

 

火の魔石が弾けて爆発を引き起こす。創作物における爆発は往々にして過小に被害が描かれるものだが、現実の爆発はそうではない。

生物が音速を超える空気の炸裂を間近でくらえば、引き起こされるのは逃れられぬ破壊だ。

外皮が硬かろうが、関係はない。衝撃は中の肉を弾けさせ、鼓膜や肺。内臓にもダメージが確実に入る。

 

それが爆発というものである。

 

その上ただの火の魔石ではない。炸裂する際には破片を効率的にばら撒くようにケイによって設計された榴弾と呼べるものだった。

 

同時に6つも投げられれば竜であってもひとたまりもない。

 

 

 

衝撃波と破片による裂傷を浴びて金の竜は息絶える。

 

たった一回の接近で竜を殺して空へ。

 

そして高度を確保し旋回すると、再びの降下が始まる。

 

黒竜は必死に対応しようとするが、速度差は如何ともしがたい。降下で最高速度を更新しつつ翻弄する。

ここまで早い飛行物はこの世界にはほとんど存在しない。

 

数度の交錯。黒竜にも榴弾が撒かれて吹き飛ばされる。

 

その猛攻を、この世界で初めての急降下爆撃を喰らいつつ。色欲は混乱した。

 

おかしい。どう考えてもそんなに多くの魔石を持っているわけが…

 

 

そこで白いハエによって注目が奪われていたことに気づく。

視野が狭くなっていた色欲の目に都市の空がようやく目に入る。

 

そこには球体の何かが浮かんでいる。

 

ぶら下がる袋をあの女が空中で掴み、そして竜へと投擲や投下を行っているではないか。

 

その姿に気づけなかったこと。相手を注視してしまっていたことにさらに癇癪を爆発させて追い縋る。

 

 

空中補給。それが魔造具と熱気球とを合わせたクルシュへの支援手段だった。

 

ワイト兄弟とケイによる熱気球の発明である。

魔石による浮遊も行っているため純粋なものではないが原理は同じだ。

 

かの兄妹はあまりに失敗が続いて飛ぶのを諦めた時期があるらしい。

 

「もうダメだ。人が飛べるわけがない。土台無理な話だったんだよっ…!」

 

「キャサリン…キャサリンも…」

 

「だから浮こう。ふわふわと空を漂うことならきっとできるさ」

 

「そう、思います!」

 

飛ぶのはやめて浮こうとしたのだとか。

ケイにはよくわからなかったが、基礎研究はありがたかった。

 

 

 

その物量に押されて他の桃竜が沈む。

 

紫の竜は怯えて、口を開けたまま固まってしまう。そして、何事かを喚きながらそこから逃走し始めた。

 

「おいおい!さいっこうじゃねーですか!!あんだけ家族が大事とか抜かしといて、いざ自分が死ぬとなったら尻尾巻いて逃げるんですからね。やっぱり体格差があると交尾できねーから用済みってことでいやがりますか。人間ともできるように極小の超短小にしてやろうかと思いましたが必要なさそうですね。きゃははは!…………はぁ」

 

報復をしてやろうとその瞳が加虐の光を灯すが、聖女の風によって即座に切り裂かれる。

 

「うるっせえ蠅が!そんなに蝿らしくなりてーんならやってやるってんですよ!」

 

黒竜も飛び立ち、追いかけっこが始まった。

 

 

 

 

地上では剣士たちが銀閃を交差させている。

 

『八つ腕』に襲い掛かるのは『鉄の牙団長』と『聖域の盾』。

 

その異名通りの八つ腕は今、半数になっている。

 

再生はするのだが、二人の猛攻がそれを許さない。

しかしそれでも凌ぐのは闘神と呼ばれた技量あってのものだろう。押しているように見えるが、その体力が無尽蔵だとすれば拮抗している。

 

ユリウスはそこで選択を迫られる。

 

選択肢は三つ。

 

クルガンへの加勢。アストレア同士への助太刀。

そして最後は。

 

「ユリウス!今のうちに都市庁舎へ急ごう!」

 

「いや、ここでの戦いの趨勢を決めてからが良いだろう。すぐに終わらせる!」

 

虹の極光を剣に纏わせ、クルガンへの攻撃へと思い切った。

 

流石にこれは捌けない。

そう思った矢先に、短剣が鋭く飛翔しユリウスの出鼻を挫いた。

 

 

「つれないなァ。いつまでもこっち来てくれないんだからさァ」

 

 

一見、それは年若いだけの少年に見えた。

 

小柄で顔立ちが幼く、聞こえた声も二次性徴を迎える前のそれに思えたためだ。だが、そんな感慨は少年の死を一目見れば、大きな誤りであるとすぐに気付ける。

真っ当な人間が、この世の悪徳を全て煮詰めたような腐った目をするはずがない。

 

「嬉しいな、嬉しいね、嬉しいさ、嬉しいとも、嬉しすぎるから、嬉しいと思えるから、嬉しいと感じられるからこそ!暴飲!暴食ッ!待ち焦がれたものほど、腹を空かしておけばおくほど!最初の一口がたまらなくうまくなるってもんさ!」

 

焦げ茶色の髪を三つ編みに束ね、袖と裾の長い緑の長衣に矮を包んでいる。幼い顔立ちには磨虐的な笑みが張り付き、鮫のように獰猛な牙を見せ、少年が嗤っていた。

 

その陰惨な特徴がスバルに、以前、聞いたことのある存在を想起させた。

 

「あっれェ?お兄さん、イラついた顔してるね。ひょっとして、僕たち俺たちに何か恨みとかある人だったりする?思い出せたら思い出したいけど、ほら、僕たちって頭が悪いし、俺たちって記憶力がないからさァ…」

 

自分に向けられるスバルの視線を受け、少年が鼠をいたぶる猫のように残酷に微笑む。

その態度に神経を逆撫でされながら、スバルは努めて冷静に息を吐き、

 

「なぁ、クソガキ。お前が、ただのうっかりでここに迷い込んだ方向音痴ってんなら今の内に白状しろ。それもかなりアレだが、まだ許せる。だけど…」

 

 

「僕たちは魔女教、大罪司教」

 

努めて、冷静に、心を、保とうと、スバルは、努力して、して、して、して。

 

「『暴食』担当、ロイ・アルファルド」

 

努めて冷静になどと、それ以上は不可能だった。

 

 

「『暴食』うーっ!!」

 

少年が『暴食』を名乗った瞬間、スバルは人生で最も早く、鞭を振るった。

 

しかしその一撃は防がれる。それも、その歯で噛み付かれるという離れ業だ。

 

お返しとばかりに、ロイはスバルへと近づいてくる。その歩法は独特で、小さな獣を思わせた。

 

後ろへ下がるスバルに涎を垂らしてアルファルドが追い組る。

猛攻にスバルは頬を歪め、

 

「俺の役目は…」

 

「常に囮だ。今も、その効能は十分に発揮されている!」

 

「なアッ!?」

 

隙だらけのスバルを標的としたことで、かえって己の隙を晒すアルファルドーその中空へあった体に、ユリウスの満を持した虹の剣撃が叩き込まれた。

とっさに身をひねり、アルファルドは煌めく剣撃を躱そうとする。

 

だが、『最優』の剣撃は鮮やかな軌跡で敵へ追いつき、鮮血を散らして『暴食』が床を転がった。

 

「うっひゃ!こりゃア、驚いた!って…」

 

「ならば、さらなる驚きを提供しよう。花開け、我が蕾たちよ!」

 

床を叩いて跳ね起きるアルファルドを、ユリウスの追撃が容赦なく追い詰める。騎士の頭上を旋回する六色の準精霊が、虹の輝きで美しく難ぎ払った。

 

「無茶苦茶するなァ、精霊使いッ!」

 

「正式には精霊騎士と。君は美食家と聞いているが、蕾たちの歓待はどうだろうか」

 

「熱烈歓迎、大いに結構ッ!気障ったらしくて喰い千切り甲斐があるってもんさァ〜」

 

視界を焼く極光に追われながら、アルファルドは食欲旺盛に昂っていく。その逃げ道を塞ぐように、縦横無尽の斬撃でユリウスは『暴食』を追い込んでいく。

 

スバルも援護に入りたいが、獣じみた動きで飛び回るアルファルドには狙いが定まらない。

何としても、ここで『暴食』を、アルファルドを倒し、

 

「目的を思い出せ、『幼女使い』!」この場において、全くそぐわない叫び声が屋上の空を貫く。

 

アルの忠言に従い、スバルの本名を秘したユリウスの黄色い双眸がこちらを見る。その意思が言葉にせずともはっきりわかった。

 

『暴食』の相手は自分に任せ、人質の確認と放送を止めろと彼は言っているのだ。

 

「オイオイオイオイ、逃げちゃっていいのかい?お兄さん、僕たちに恨みがあるんじゃないのオ?因縁の相手ってヤツは、それこそ豊潤で味わい深い食の極みさア。それを食べて、飲んで、食んで、舐めて、ねぶって、喰らって、噛みついて、噛み干切って、噛み砕いて、暴飲!暴食ッ!させておくれよオ、さァ!」

 

飛び回り、悪態をつく『暴食』が、スバルの躊躇を引きずり出すように言い放つ。

 

事実、その通りだ。スバルにとって、『暴食』を倒すことは一年以上追い求めてきた悲願だった。この日を夢見た夜が何度あったか、数え切れないほどに。

奴を倒せば、救われる少女がいる。彼女と再会できる。そう信じて、過ごしてきた。

 

それをみすみす、見過ごすなどと…

 

 

 

『スバル。作戦変更をするのか?』

 

冷徹な声によって我に帰る。

 

あれだけの啖呵を切って、背中を押してもらって。今スバルのすべきことはなんだ?

 

この達人同士の立ち合いにおいてスバルができることは先ほどのような囮くらい。それももう通用しない。

 

なんならここにいればユリウスはスバルを守ることになる。

 

いるだけで足を引っ張ってしまう。そんな領域の戦いに気持ちだけで突っ込むなんて自殺と変わらない。

 

ケイはきっとスバルの判断に従うのだろう。その質問は制止の声色ではない。純粋な疑問の声こそが熱したスバルの頭を冷やしたと言える。

 

「いや、いや。大丈夫だ。俺だけでもまず、中を見てくる!戦闘能力に関しちゃ一年前と大して変わってねえ。バックアップ任せたぜ」

 

『分かった。もうすぐ突入口ができる。それが見えたら走れ』

 

 

一体何を、そう聞こうと思ったらその答えは轟音で知らされた。

 

クルシュの空爆が、都市庁舎の端を穿った。

その部分は構造が壊されて、

 

 

「おいおい、あれって大丈夫…」

 

『当たり前だろ。無人なのは確認済みだ。いいから早く行け!』

 

そりゃそうだと。冷や汗を無視して走り出す。

 

黒竜はいまだに上空のクルシュを追いかけて、別の竜はすでに死んでいるか逃げてしまった。

 

スバルはその廃墟の中へ駆けていく。

 

 

 

『元剣聖』と切り結ぶのは『剣鬼』。

 

その勝負は互角ではなかった。

剣鬼が明確に押している。

 

その静かな佇まいからは、積年の情念は伺えない。

しかしその内心はきっと荒れ狂っているはずだと。剣鬼の物語を知っているものならそう思っている。

 

しかして、実際は。

 

 

これは、妻ではない。捨てるまでもない。

 

無心の剣。その刃に一切の陰りなし。

 

 

当然準備はあった。

この一年。ケイのもとで様々な仮想、仮定を行ってきた。

話しかけてくることも想定していたのだ。あの声で名前を呼ばれればきっと心は動いてしまう。

 

それもなく、軽くなった剣を同じような軌跡でなぞるだけの人形。これは断じてテレシアなどではあり得ない。

 

 

我が妻であれば、こんな老いた私などとっくに切り捨てられているはずだ。

 

そんな過剰な想いも表に出さず、ただただ相手を切っていく。

防戦に徹した相手はなかなか崩せない。なぜなら傷が治っていくからだ。その様は直ると言い直した方が良いかもしれない。

 

生身であればとうに勝負はついていた。

膠着状態が続いていく。

 

 

 

白い翼の戦乙女と大罪を冠する黒竜。その空中戦は激化している。

 

その戦闘をドッグファイトとは形容しない。

 

数世代前の戦闘機での空中格闘戦は互いの後尾を取った方が一方的に攻撃する権利を有していたため、あらゆる機動を用いて相手の後ろを取るためにぐるぐると互いを追っていたから呼ばれていたのだ。

 

 

クルシュは後ろに攻撃ができる。わざわざ曲がることは炎の回避の時のみであり、一定の距離を保って風による斬撃で刻み続けていた。

 

しかし相手はその傷の一切を気にせずに飛翔している。翼を増やしたり、首を増やしたりとできる工夫は全て行って猛追する黒竜。

 

三つの首と4つの翼で追い縋る。

 

当たってもマナが散らされるのが痛手だった。中距離の炎ではダメージが入らない。

けれど接近できるほど相手は遅くない。

 

そんな中でもクルシュは時たま上を取ったり、交錯したりして榴弾を、魔石を。そのほかの武装を。黒竜に叩き込んでいる。

 

浮いている球の方を攻撃しようかと離れる素振りを見せれば、即座に剣士たちの戦いに援護する構えを見せるクルシュ。

 

完璧に用意された作戦がハマっていた。

 

どんな言葉で嘲弄しても。その一切を無視。カルステン家の戦士たちは行動に迷いが一切ない。

 

「認めてやりますよ。さいっこうに面倒な鳥女です。てめーは!ただし、これならどうするんでいやがりますかぁ?」

 

そう言って黒竜は首と翼を元の数に戻して都市庁舎の中へ入っていく。

 

そうなれば、クルシュは地上に加勢するだけだが…

 

 

広場には異形の獣たちが殺到していた。

 

都市中にいるという亜獣と呼ばれる獣。それがここに全て集まっているようだった。

 

逡巡は一瞬だ。しかしそんな空白も彼が埋める。

 

『スバルは大丈夫。亜獣を掃討してください』

 

クルシュは微笑み、仕事をこなしていく。

 

「任せてくださいっ!」

 

 

天からの風が、獣たちを薙いでいく。

 

それはまさに『百獣一太刀』の異名にふさわしく、『戦乙女(ワルキューレ)』そのものであった。

 

 




【機甲について】

機甲(きこう)には、次のような意味がある。

・科学兵器や機械力で装備すること
・戦車や装甲車、自走砲などの火力と機動力を有する機械化部隊の総称
・陸上自衛隊の職種の1つで、戦車部隊や偵察部隊などを指す呼称
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