亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

78 / 236
反撃編は並行して戦闘が進んでいます。
今話は前回の話よりも少し前から始まります。ご注意ください。


【FILE:77】暴食の蹂躙

『暴食』担当制御塔前広場、ユリウス・リカード組とアルファルドの戦闘。

ここがどの戦場よりも早くに始まった。

 

ユリウスはかつてない苦戦を強いられている。

彼は今、精霊を扱えない。『誘精の加護』によって周囲に繋ぎ止めることはできているが、六属性の蕾たちは困惑し混乱して、その力を貸してはくれない。

 

ユリウスにとって魔女教は、彼の『騎士らしさ』すら揺るがす最悪の害意だった。

 

さらに『暴食』によって奪われたものは彼らしさを大きく損ねて揺らがせた。

『最優』の名声も。『精霊騎士』であることさえも。

 

 

だからこそ、ヤツを討たねばならない。この敵を許してはならない。

 

ユリウスは自分の胸に確かに残るしこり———その原因を確かめることよりも、違和感の根本を根こそぎ斬り飛ばすことを優先した。

 

 

「兄様は意外とこれで、嫌なことから目を背ける弱いところがありますよね?」

 

 

こちらにも聞こえる声でそう呟いて、アルファルドの体が地面に倒れ込む。ほとんど床に腹這いになるほど低い姿勢で、長い舌を出した冒涜者が地を蹴った。

そうして距離を詰める。剣を振るう。

 

「僕たちの憧れだったんですよ、兄様は。努力を人に見せることを嫌う兄様が必死になって編み出した剣技、俺たちが知らないわけないじゃないかッ」

 

「何を言っている!」

 

「わからないなんて、ユリウス兄様は本当に薄情だ。でも、僕たちはそんなところが大好きッ!ぎゃははははッ!」

 

アルファルドを叩こうと走り出していたリカード、その追撃すらも見越した動きだ。

間に入った彼との体格差は歴然だったが、その小ささを活かして立ち回り、リカードを削っていく。

 

「兄様ったら本当にすごいです。僕らが咄嗟に隠れる場所もわかっちゃうんだから。急いで探して、しっかりと味わいましたからね。今ならもっと深い味わいがするんだろうなぁ。二番煎じに期待するなんて初めてなんですよ?」

 

「リカード!!」

 

針金のような毛皮と分厚い筋肉。人体に比べれば鎧を一枚まとったようなリカードの肉体が、アルファルドの攻撃の前には為す術もなく傷を負う。

目を見開くユリウスは、血を流すリカードの傷を見て唖然とした。

 

高速で攻撃するアルファルドの攻撃、その一つ一つが的確に毛皮の薄い箇所と、関節部分を狙い撃ちにしている。いかにリカードといえど、急所を突かれれば傷付きもする、血を流しもする、命を損ねもするのだ。

 

「———っ」

 

最初の仕掛けが上手くいかず、無意識に準精霊を呼び戻そうとしてしまう。当然、上手くいかない。

致命的な隙が出来る。

 

「ええ?兄様どうなされたのですか?体調でも悪いのですか?得意の精霊術は?」

 

アルファルドは空いた胴へ蹴りを叩き込んできた。

腹筋が踵に貫かれ、苦鳴を上げるユリウスがくの字に折れる。正面では反撃に出たリカードの攻撃がいなされ、その下顎を跳ね上がる爪先が打ち上げていた。

 

「いいねえいいねえ、楽しくなってきたッ!あの兄様と!あのリカードさんと!二人を相手にして僕たちが圧倒!体の弱い俺たちには絶対にできない、届かない、見ることができない、知ることのできない、そんな場所だって諦めきっていたはずだったのにッ!あァ!こんな楽しいこと、ズルいズルいズルいなァッ!」

 

同時に膝を突いたユリウスとリカード。その二人をおちょくるように、追撃の手をゆるめるアルファルドが石畳の上で宙返りを繰り返す。

石畳の上を晴れやかな顔で跳ね回る姿は、見た目相応の子どものようだ。

 

その信じられない技量と、無邪気な残虐性さえ考慮しなければ。

 

「話が、通じんのはわかりきってたことや。せやけど、なんやあいつ気色悪い。言い方話し方、全部まとめて薄気味悪い!」

 

浅からぬ傷を全身に負い、息を荒らげるリカードが腕の傷を舐めながらぼやく。呼吸を正しながら立ち上がるユリウスも、そのリカードの怒りに同感だ。

 

「都市庁舎のときと同じ……いや、あのとき以上に意味のわからない言動だ。こちらを翻弄しようとしているのかもしれないが、逆効果なだけだ」

 

「あ!こら、近衛騎士!抜け駆けすんなや!」

 

「君はそこで少し、血が止まるまで大人しくしていたまえ!」

 

騎士剣を正面に構えて、ユリウスはアルファルドへ吶喊。

 

しかし、そこに虫の大群が横から襲いかかる。ユリウスにではない。

リカードの元にだ。

 

それを見て、笑みを深める『暴食』。構えを変えた。いや、剣を捨てた?

 

「なんかもう、いつでもやれそうな感じはするんだけど、せっかく兄様に来ていただいたのですし驚かせたいですよね。な・の・で、拳打で魅せちゃうわあん」

 

「ぐ———ッ!」

 

虫の奇襲。剣を捨てるというありえない行動。その逡巡の一瞬。

 

瞬きほどの合間に距離を詰めたアルファルドが、腰を捻りながら掌底を放つ。とっさにユリウスは空いた左腕でそれを受けたが、衝撃は腕と胸を貫いた。

地面の踏み込みと腰の捻りが、放たれる掌打に常識外の破壊力を上乗せし、ユリウスの細身が冗談抜きにひしゃげて跳ねた。

 

「色男ばっかり、八十八人も殴り殺した僕たちの拳打……兄様の骨の髄にずしんと響いてくれたかしらん?」

 

狂気的な微笑を浮かべるアルファルドに、ユリウスは応じる余裕がない。

胸骨が軋み、内臓が押し潰され、血塊を吐き出して長身が吹き飛ぶ。それをとっさに受け止めたのは、負傷しているリカードだ。

 

「おい、あかんぞ!!」

 

無防備に頭から壁に激突しかけるユリウスを、リカードが抱え込んで守り切る。衝撃に犬人の巨躯までも呑み込まれ、二人は石材を砕いて建物中に叩き込まれた。

もうもうと噴煙の立ち込める中、頭を振るリカードがユリウスに駆け寄る。血を吐きこぼす頭を横へ向け、喉が塞がらないように血を吐き切らせた。

 

「治癒使えるやつは今すぐかかれ!ワイのことなんざ後回しでええ!」

 

リカードの決死の呼びかけに周囲の騎士と冒険者が、庇うように前にでる。中には治癒魔法を使える者もいた。駆けつけた術師がユリウスを癒やし始める。

 

 

なぜ虫に追われていたはずのリカードが受け止められるのか。それは虫を一斉に焼き払ったものがいるからだ。

なぜ大罪司教が追撃をしないのか。ここまでの大きな隙を逃すはずがない。それは間に入った大楯があるからだ。

 

ケイがどこからか呼び寄せた蛇人の戦士。彼が火魔法とその剣技で虫たちを空間ごと焼き払ったのだった。

 

「時間を稼ぐわ。その間に!あんた達も動きなさい!」

 

そう言って同行した騎士と冒険者達にも声をかける。

彼らが前を張ることで、暴食は出鼻を挫かれた。

 

複数人から放たれるのは魔法や弓矢による攻撃だ。

 

達人とは言えない練度のそれらであっても、数が揃えばその追い足は止められる。

 

ロイはその手の甲で弓矢を弾き、迫る火球を同じ火球で掻き消した。

 

「援護するッ!!シオン、フィリア!手を休めるな!バルド、敵を通すなよ」

 

そう言ってロイの間に入るのは、獣人の剣士。パーティーのリーダーらしい。

 

リカードは瞬時に思い出す。彼らはミューズ商会で臨時の護衛として雇われていた冒険者パーティたちだ。

確か憤怒とも遭遇して、怪我を負っていたがフェリスによって治癒され都市庁舎防衛にも駆り出されていた。

 

『魔虫使い』や『影使い』が出るだろうと予想されたこの戦場には、精鋭以外のものたちも詰めている。

 

「俺が盾になる」

 

大楯を構えた男がそういうと、大罪司教と正面から相対する。

彼ら全員が必死だ。弓を持った女性などは震えている。

 

当たり前だ。大罪司教なんてものは人間が戦っていい相手じゃない。

 

それでも彼らは退かなかった。

 

 

後ろから矢と魔法による援護が再び届いた。

それを意にも介さず迎撃するロイではあるが、好機を潰され食事に乱入されたことで機嫌を損ねる。

 

「リオくんたちさぁ!空気読んで欲しいわねん。添え物のくせに僕たちと兄様の逢瀬の邪魔、しないでくれるん?まぁ出されたものは全部いただくけどさァ」

 

当然、彼らの練度は精鋭に比べて高くない。年齢に際しては優秀な方だろうがそれでも歴戦の戦士たちには遠く及ばない。

弓手に至っては明確に初心者であろう。

 

「魔法が打ち消される!フィリア、合わせるぞ」

 

「わかったわ!っく!」

 

射った矢を投げ返され、小さな傷を負う弓手。

 

「まぁ、前からつまんでたし、僕たちの前菜かデザートくらいにはなるかしらん?」

 

そうして前に深く踏み込んだ。大楯に隠れるような歩法で前に踏み込み、下から潜り込むような間合いの詰め方でバルドと呼ばれた男に組み付く。

 

 

そして大男は力を失いそこに倒れる。駆け寄っていた魔法使いのシオンも何かを奪われ倒れ伏す。

 

 

「ゴチソウサマでしたッ。僕らは寡黙なバルド。そんで可愛いリオくんに、冷静なシオンちゃん。へえ〜新人のフィリアちゃんね。なんでいきなり新人を募集したのかもわかってないんだろうけどさァ。とっとと平らげちゃおう。兄様をお待たせしてしまいますからね」

 

 

苦しげに咳き込むユリウスから死相が消えたことを見届け、リカードは大鉈を担いで大慌てで援護に飛び出した。

 

「一旦引けえ!お前ら!ようやった!」

 

「おーかえんなさい!ご飯にする?ご馳走にする?それとも、ば・ん・さ・ん?」

 

「舐め腐りおって、クソガキが……大人を馬鹿にするとどうなるか、うちのチビ共とおんなじで尻叩いて泣かせて教えたるわ」

 

「やーだやだ、やめにしましょ。僕たち、犬面にまで欲情する趣味とかないし。剣も拳も遊び足りないなら……こういうのはいかがです?」

 

薄笑いを浮かべたアルファルドが両手を広げると、途端にリカードの体毛が逆立った。何事かと目を剥けば、リカードは忌々しさに歯を噛み鳴らす。

 

———アルファルドの背にする水路、その水流が渦を巻いて持ち上がり、まるで水竜の首のようにリカードを見下ろしている。

 

「剣技に、武道に、今度はそんだけの魔法か。おんどれ、なんやねん」

 

「俺たちはしがない無名の魔法使い、家族にも誇れない日陰者です。なんてねッ!」

 

アルファルドが舌を出した直後、水流の頭がリカードに向かって降り注ぐ。

たかが水とはいえ、その勢いと質量は生き物の肉体ぐらいは容易く押し潰してしまう。背後にはユリウスと冒険者たちがおり、回避の選択肢はない。

 

大楯を傍に倒れる大男に覚えはないが、敵ではないだろう。

 

「やったるわ。わ、は———ッ!!」

 

大鉈を地面に叩きつけて体を固定し、大口を開けたリカードが咆哮波を放つ。

『鉄の牙』副団長の三姉弟、三人の内の二人が協力して起こす咆哮波のオリジナルだ。もともと、リカードの編み出したそれを真似たのがミミたちの咆哮波であり、元祖は自分にあるというのがリカードの主張だ。

 

ただし、砲口を分散して負担を減らしたミミたちのものと比べて、一人で行う咆哮波は肉体への負担が大きい。

大鉈にしがみつく体が軋むのを感じながら、リカードは喉から破壊の鳴動を炸裂させて流れ落ちる水の濁流を迎え撃った。

 

「わーお、すごいッ」

 

感嘆の響きも聞こえないまま、リカードの咆哮波が濁流と激突する。

水の飛沫を正面から波動が打ち据えて、数トンの重みが霧状に散りながら蒸発させられていった。数秒後、押し切られた濁流が雨のように広場を叩き、水浸しの石畳の上で、リカードが大鉈に体重を預けて崩れ落ちる。

 

「ひさ、びさで、きっつい……口の端、切れとるやんか」

 

「ほーら!おっきいのに目を奪われてるとさァ!」

 

横から細い水の柱が、迫っていた。

そこに割り込むのは騎士たちだ。その体を盾にしてリカードを守り切る。

 

その英雄的な行為の代償は当然支払われる。4人の騎士が吹き飛ばされて動かなくなってしまう。

 

ブランクと長時間、両方の負担が咆哮波を放ったリカード自身にもダメージを残す。肩で息をするリカードは、しかし根性を振り絞って立ち上がった。

アルファルドは健在のまま、疲れも見せずにその場で踊っている。

 

「すごいすごいッ!しのがれたのは久しぶりだよ。僕たち俺たちの記憶にはとんとないぐらい久しぶりだ。いいね、いいさ、いいよ、いいとも、いいかも、いいじゃない、いいだろう、いいじゃないか、いいだろうとも、いいだろうからこそッ!」

 

「———御託はそこまでだ」

 

「おっと、兄様のお戻りだ。こわーい、かわいーい、ねたましーい」

 

首を振るアルファルドの正面、リカードの隣にユリウスが並び立った。

顔は蒼ざめ、騎士の装いは血に塗れている。吐息にもかすかな震えがあり、万全の状態とは到底言いようがない。言いようがないが、それでも、

 

「皆、待たせてしまったようだ。彼らの治療のためにも早く打倒しなくては」

 

そしてロイが踊りかかる。

その場でくるくると踊るように、アルファルドは矮躯を鋭く回して蹴りを繰り出し続け、見る見るうちにユリウスの足場を押し込んでいく。

強烈な猛攻に、リカードすら割り込むタイミングを見失う。

 

「覚えているかい、子どもの頃のことを!病気がちな僕たちが調子を崩して、兄様に庭の木に生ったリンガをねだったときのことをッ!」

 

「勝手なことを……!覚えているはずがない。身勝手な妄想を他人に押し付けるような真似はよせ!」

 

「まだ俺たちも兄様も小さかったし、兄様は最初は無理だって、諦めろってそう言ったんだよッ!覚えてる?覚えてないかなァ?でも僕たちは、兄様が拒否したら拒否した分だけもっとリンガが欲しくなったッ!兄様が無理だって言ったことができたら、俺たちの方がすごい!自信が持てる!そう思ったからさァ!」

 

「何を、何を言ってる!?そんなこと、私は知らない……知らない!」

 

爪先を、踵を、回し蹴りを、直蹴りを、水面蹴りを、半月蹴りを、サマーソルトを、バックスピンキックを、騎士剣を軋ませながらユリウスは受け止める。

腕が痺れ、傷の残る内臓が痛み、口内に血の味を感じる。否、血の味を感じるのは吐血とは別だ。今、唇を噛んでいる。自分が、なぜか、今。

 

アルファルドの妄言から、どうしても耳を遠ざけることができないまま。

 

「そのあとのことがあったから、僕たちはッ!俺たちはッ!兄様はッ!」

 

「———っ!」

 

「ずっとずっと思ってたよッ!ずっとずっと感じてたよッ!違うってことを!お荷物なんだってことをッ!それがどうだ!今はどうだ!いい気分だ!こんな気分だったのか!あァ、気持ちよかったろうさ!やっとわかったよ!」

 

「私には何も、貴様のことはわからない!!」

 

言いたい放題に押し付けられて、ユリウスの方が激発した。

騎士剣に力を込めて押し返し、アルファルドの体勢が崩れた隙に攻撃を差し込む。斬り下ろし、突き刺し、蹴り込み、叩きつけ、巻き込み、薙ぎ払う。

 

怒気と敵意に染まった斬撃が宙を走り、見切りに遅れるアルファルドの長髪が幾房も断たれて地に落ちる。

 

「これで、最後だ———!」

 

必勝を確信し、ユリウスが逃れようのないアルファルドへ刺突を繰り出す。

それはまっすぐにアルファルドの、その胸のど真ん中に突き進み、

 

「絶掌」

 

胸の前で合わされる黒い掌が、騎士剣の刀身を挟み込んで粉々に砕いた。

破片が散らばり、必殺の刺突は効力を失う。

 

攻撃手段を封じられたユリウスの目が見開かれた。

 

「双剣の蛇」

 

アルファルドの爪先が跳ね上げたのは、彼が捨てたはずの短剣だ。

ユリウスの攻撃を受けて下がる素振りで、まんまと短剣の位置へ誘導された。回転する刃を両手で受け取り、アルファルドの体が回転する。

斬撃の嵐が吹き荒れ、ユリウスは刀身の砕けた剣をとっさに掲げた。

 

「——————」

 

「兄様はリンガを取ってくれた。だから僕たちは、兄様が憎かったのさ」

 

きりきりと、肘で切断された腕が宙を回り、音を立てて石畳に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっそ!ワイが相手や!ガキぃ!」

 

 

片腕を切り落とされた騎士を庇うように、リカードが応戦し相手を打倒しようとする。が、それは翻る短剣の一撃を腹部に浴び、固い膝の直撃に鼻面を砕かれて叶わない。

 

のけ反り、リカードが大の字になって地面に倒れ込むと、『暴食』が嗤う。

 

「はっはァ!二人で精一杯だったのに、一人で勝てるわけないってーのッ!」

 

絶体絶命、そんな瞬間に体を動かせたものがいた。

 

「お、俺が時間を!その隙に騎士様の治癒を!」

 

リオという冒険者の剣士が及び腰になりつつも、それでも前に出る。その意気はまさに勇者といった様相だ。

 

片手をもがれたユリウスは、自身よりも未熟な若者が奮起している姿に呆然としてしまう。

 

「リオくんじゃまァ!いつもみたいに俺たちとフィリアちゃんの取り合いでもするゥ?シオンちゃんの気も知らないでさ、ひどいわよ。私は幼馴染なのにさァ!胸が大きい方が好みって言ってただろォ?フィリアちゃんは小さいから私たちは安心してパーティに入れたっていうのに!」

 

リオと呼ばれた剣士は一合も持たない。すぐに何かを奪われ倒れ込む。誰だ。この若者は。

 

「———っ」

 

快哉を叫ぶアルファルドの姿と、倒れ込んだリカード。倒れた冒険者たち。そして後ろには弓を手から離して、膝をついたフィリアと呼ばれた冒険者の女性。肩まで揃った緑髪を振りかぶり、現実を認められていない様子。

 

それでも色欲が揃えた盤面の駒たちは、嘲笑うかのように畳み掛ける。

 

リカードに襲いかかる狸人の黒い影たち。

冒険者たちに集まる虫の大群。

 

その全てを蛇人が一人で抑え続けている。いや、押し付けられて、抑えられてしまっている。

これは、食事を邪魔しないようにするための援護なのだと気づいた。

 

 

血が流れ出る。思考がまとまらない。

しかも考えていることは、目の前の敵のことよりもむしろずっと気がかりだったこと。

 

 

 

弟。弟がいたのか?私には。

 

 

暴食の権能は知っているだからあり得る。体感としてあり得ないことであり得るのだろう。

これはどんな絶望とも違う苦痛だ。

 

そして、『暴食』の食欲はその隙間を決して見逃さない。

 

「食事中に余所見なんて、マナーがなってないなァ、兄様———!」

 

バネ仕掛けの人形のように、アルファルドはトリッキーに跳躍する。その変幻自在の動きに、ユリウスの反応はもはや追いつかない。

 

それでも無意識に剣は振るった。

 

突き出される掌と、折れた騎士剣が交錯し、胸を掌になぞられる感覚。

 

———こちらの刺突は回避されて、直後に訪れたのは謎の喪失感。

 

「あぁ———ゴチソウサマでしたッ」

 

その声を最後に、なぜか意識は遠のいて、遠ざかって、そして———。

 

 

「さいっこうだァ。兄様、兄様!にいさま!!この喉越し、この余韻!まさにまさにまさに僕たちの求めていたものさァ…食い残しだってのにこの芳醇さ!まさに美食!あいつの言い分も少しはわかるってもんさァ」

 

しばらく余韻に浸り。そして残ったデザートに目をつけた。

 

『暴食』は止まらない。もはや戦意を失い、力が抜けた初心者の弓手。彼がもし『美食家』であれば見逃しもしただろう。最高の美食の後にこんな普通のものなどと。

 

けれどここにいる『暴食』は『悪食』なんて呼ばれた節操なしだった。

 

いつの間にか蛇人は離脱している。引き時をわかっている厄介な戦士だ。

あいつの名前は誰も知らないようだった。やけに古い剣の型を使っているように見えたが、山籠りでもしてたのか?

 

周囲の影と虫を、ロイは魔法で焼き払う。食事を取られてなるものか。

リカードも冒険者たちも、いただくに決まってる。

 

耳障りだった歌姫の全体放送も止まり、食事時の終わりを感じ取る。

ママが襲いにいった頃合いだろう。食べ終わったら指示を聞かないと。

 

目指すのはデザート。目の前の新人冒険者だ。

 

絶望し震える彼女は動けない。だって知ってる。最近知り合ったばかりだが、彼女はここぞという時に緊張して体が動かなくなってしまうのだ。好意を寄せるリオとバルドが支えてあげていたんだ。幼馴染を取られそうで焦ってるシオンだってそこまで悪く思っちゃいない。

そんな自分を変えたくて冒険者という魔獣討伐の傭兵になったんだよね。胸が小さいのが悩みの元貴族のお嬢様が。

 

 

「じゃあフィリアちゃんも仲良く一緒に!イッタダキマス!!」

 

 

至福の気分で、とっておいた甘味を口に運ぶ。

 

 

 

そして()()()

 

 

 

「うぅ、っおええぇぇ…」

 

 

一体何が、違う。こいつ、偽名だった?でもそんなことは、そんな片鱗一切なかった。まだ付き合いは2週間もないが信頼を築いて…

 

「ようやくね。天使に会わせてあげる」

 

持ってるだけで全然使えないの。そう恥ずかしそうに言っていた腰の大型ナイフをまるで手足のように振りかぶり、ロイの喉を裂く。

 

 

 

()()()()()

 

 

 

思考できたのはそこまでだった。

 

喉を裂かれ、同時に心臓へナイフを突き立てられる暴食。

同時に何かをかけられた。その刺激臭に気を取られるまでもなく、嗅覚に意識を回せなく。

 

嗅覚どころではない。その瞬間に全てが前後不覚になり、天地も曖昧に自己すら混ざって…

無意識に、陰魔法をレジストする。

 

感覚が戻れば、すでに眼球が切り裂かれていた。

 

女は振るった腕の勢いのまま体を回転させ、もう一度斬りつけるのは相手の腹部。削るような斬撃が無防備な相手を刻む。

 

逆の手にはすでに先ほどとは異なる刃物が握られている。それを脊髄に差し入れようとした時にようやくロイも反応できた。

 

それは本能的な防衛反応であり考えることなどできていない。

ただここから離れなければという一心に権能が応えた結果だろう。

 

フィリアと呼ばれた女は獲物の姿が()()()()()に姿を変えて、目の前から消えるのを見た。

 

 

直後に響くのは笛の音。

遠くない。付近からだった。

 

女は先ほどまでの雰囲気を脱ぎ捨てて、軽やかに屋根をつたい音の方へ駆け出す。

 

 

 

裏路地に這いつくばった少年の姿のロイはようやく混乱をすることを許された。

 

なんだ、なにそれ、なんだか、何が、なんで、なぜ、なぜ、なぜ?痛い痛い痛い!お腹がすいた…

 

『跳躍者』ドルケルとなって離脱したが、すぐに傷を塞がねば死ぬ。

 

『治癒者』アルスとなり魔法を使おうと思うが、異物に邪魔される。

胸に刺さったナイフがマナを阻害し吸収している。退魔石が仕込まれたそれを震える手で抜いてから治療を始める。

 

クソッ!毒まで盛りやがったあの女。痛くて集中できやしない。

 

何も見えない。激痛だけが感覚を支配している。だんだん力が入ってこなくなる。

 

治癒と解毒に手間取られ、その隙に背中に矢が突き立った。

 

また退魔石だ。

 

続け様に矢が、投げナイフが体に刺さり、巡るのは激痛。一切動けなくなる。

いつの間にか、周囲は囲まれているようだった。

 

「よかった。治癒しようとしていたのなら、さすがに死んでくれそうね」

 

そうして妖艶に微笑む女は、壮絶に笑った。

暴食はすでに見えないが、その音だけで相手が楽しんでいるとわかる。

 

「ここまでして、ようやくよ。やっと私の時間だわ」

 

 

一体どんな恨みを、怨嗟を、憎悪をぶつけられるのか。すでに視界はなく音だけで命の危機を知る。

やめろ。やめてくれ。それは俺らがしたことじゃない。お腹が空いただけだし、なんなら謝るから。

 

そう話しかけようとして、喉が切り裂かれていることを思い出した。

 

「さぁ。大罪司教さん。誰よりも食いしん坊の、そのお腹を見せてちょうだい」

 

刃が腹を撫でると、そこがパクリと開いた。

 

続いて女の手が臓腑を物色する。ぐちゃぐちゃと掻き回してその感触を楽しんでいる。

 

なんで…そんなこと…?

 

そんな最後の呟きも、声にはならない。

 

 

食べたものを検めるように、胃腸を割かれた『暴食』。その小さな胃には何も入っていなかった。

 

 

その亡骸を追いついたロブルが焼き尽くす。

 

 

『悪食』は『腸狩り』に蹂躙され、ここで間違いなく死んだ。

 

 

 

 

 

余韻にあまり浸らずに、即座に大罪司教の排除を伝える。対話鏡は今使えなかったが、当然別の手段がある。

 

付近に潜んでいた風魔の一員が笛を吹く。エルザには聞こえないが猫人には聞こえるらしい。

そして風魔の『運び手』に声をかけて、それが背負ったものを通して報告を終える。

 

 

 

そしてエルザは駆け出した。今受け取った指示通りに。さらに敵を切るために。

 

途中、お母様があいつにいいようにやられる放送を聞いて、大笑いしてしまった。

 

血に染まった白い外套を脱ぎ捨てて、少しずつ思い出していた一時の仲間たちのことを忘れる。

 

「みんな、ごめんなさいね?」

 

青い魔石の『回復阻害』の腕輪を外し、これまで抑えていた回復を許せば、目尻が元に戻っていく。

鼻が戻る。一重が二重に。顔の細部がエルザになる。

削った胸が、豊満に盛り上がっていく。

 

新人冒険者のフィリアがだんだんと消え、エルザ・グランヒルテが舞い戻る。

 

狂気とも言える、血の滲むような変装を回復していく。

 

フェリスによる整形手術と回復阻害。ローズによる演技指導。

それがこの一年で得た最も強い武器となったようだと笑う。

 

 

戻った体格と対照的に、明確に変わった頭髪。緑髪で肩ほどに切られた姿は彼女の変化を感じさせる。

 

変わらぬ眼差しはすでに未来を、まだ見ぬ敵を見据え、その舌は渇きを誤魔化すように唇を舐める。

 

 




一番最初に死んだ大罪司教は、『暴食』のロイでした。

匂いはどうしたと思うでしょうが、ガーフとの関わりは次話にお待ちくださいね。

さぁ。この後もお付き合いくださいませ!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。