本当にありがとうござます。20時にもう1話投稿します。
本日はいよいよ、王選開始の宣言と説明を受けるため登城する予定だ。
クルシュもいつも通りの服装に見えるが今日は気合いが入っているらしい。
「どうだケイ。私の服装におかしなところはないか。いつもフェリスに見てもらっているが、時たまいたずらをするのだ。女児がつけるようなリボンを本気で似合っていると豪語されたこともあったな。私も信じそのまま狩りへ行ったこともある」
あれも良い思い出であると笑うクルシュは本気で気にしているようには見えない。とはいえ今日に限っては対外的な要素をしっかり抑えなければいけない。フェリスも当然弁えているため、下手なことは流石にしないだろう。
ちなみにフェリスの入れ知恵で酒宴のつもりであったクルシュにはしっかり事実を伝えておいた。今後は油断しないと誓う。
「拝見します」
そういえばクルシュの容姿をしっかり観察するのは初めてだ。基本的に誰がどんな格好をしていようと気にしない。いつか苦労すると言われたこともあるが、その時がいつ来るか不確かであるため今変えようとも思わない。
軍服のような衣装を10代の女性が着ているのは普通、違和感を与えるだろうが彼女に至っては見るもの全てを納得させる気迫があった。発色の濃い髪色は黒に近いが、よく見ればそれが艶めく光沢を放つ緑であるとわかる。長い髪の先端を白いリボンで結び、美しく凛々しい顔立ちで真っ直ぐこちらを見据えていた。この姿を見て、評価はされど侮られることはないだろう。
「ーーー問題ないかと思います」
バシっ! 快音が響く。
「敵!敵です!クルシュ様!こいつ敵!今のはさすがに許せにゃい!無理ー!」
フェリスに後ろからぶん殴られたようだ。
「はぁ?やめろバカ!こっちも整えてもらった後だぞ面倒臭い」
続く猛攻に抗う、わざわざメイドが手間をかけた髪型が台無しになった。どうしてくれる。
「ケイ殿…」「ケイ…」
援護を期待して見れば、どうやら風向きは良くない。なんだそれは、あれこれ褒めろってか?そんなこと僕に求めるな。付き合っていられない。
また髪のセットを依頼すると、メイドは説教付きで対応してくれた。
「良いですか。ケイ様。あなたは無駄を嫌いますが女性に対して最短を行こうとする男は大馬鹿者です。順序を解さぬ男など獣と同じ。それこそ無駄というもの。というかこれくらいはご存知ですよね?わかってて何も言わなかったのが問題なのです。そもそも…」
よしわかった。今後は多少面倒でも社交辞令を言おう。ここまで尾を引いて面倒になるとは、自分の予測が甘かったと素直に認める。
思えばこれまで、クラスの同級生などは自分のあり方を示すと、最初は何か言うがすぐに身を引いて関わりが薄くなっていた。
これ幸いと勉強に集中していたため、ここまでの衝突は未経験である。
誰も放っておいてくれない。本人の機嫌とは無関係にケイの居場所は確かにそこにあるようだった。
その後王城へと向かい、無事に会場入りをする。
呼ばれていないはずのスバルの混入や候補者最後の一人の紹介など一悶着の末、ようやく候補者の5人が出揃う。
それぞれ所信表明を行うようだ。
まずは大本命のクルシュから。聴衆へ語られる。
「一つ、卿らの勘違いを正そう」
「各々が王座に就く私に何を望んでいるのか、私なりにわかっているつもりだ。私が玉座に就くことになれば、政や国の運営には影響が生じずに済む。波のない王位の継承が約束される。そうだろう?」
「だが、期待される卿らには悪いが。その約束はしてやれない」
「親竜王国ルグニカ――かつて龍と交わされた盟約に守られ、この国は繁栄を築き上げてきた。戦乱も、病魔も、飢饉さえも、あらゆる危機は龍によって回避され、長きにわたる王国の歴史から『龍』の文字が消えることはない」
「この考えが気に入らぬ」
「龍との盟約により積み上げられてきた繁栄、大いに結構だ。戦乱では敵国を息吹きで焼き払い、病魔があればマナの活性化により人々を癒し、飢饉が起これば龍の血が沁みた大地は豊穣の恵みを与えられる。あらゆる苦難は全て、我らが尊きドラゴン様により救われる。親竜王国ルグニカに栄光あれ――」
「問おう。――恥ずかしいと思わないのかと」
「これまで王国が龍に頼り切りにしてきた全てを、王が、臣が、民が背負うべきだ」
故に、とクルシュは一呼吸おき、
「私が王になった暁には、龍にはこれまでの盟約は忘れてもらう。親竜王国ルグニカは龍の国ではなく、我ら王国民の国であるのだからな」
と、ここまでが、
拍手喝采が起こる。フェリスと家令からだ。飾らない私の声を届けたいなどとふざけたことをクルシュが言ったための練習である。ぶっつけ本番などなめているのかと説教。宣言の内容と身振りの訓練を実施する。
「どうだ。ケイ。これについてはお世辞を抜きに意見をしてくれ」
「正直に言って、かなり過激ですね」
一息に所感を述べる。
「クルシュ様が王座につくと、これまで嘘を日常的に使っていた全ての政治家が変化を余儀なくされる。彼らにとってはそれだけで一大事であり、抵抗する意義があります。それに加えてこれはもはや挑発の域ですよ。所信表明というより戦いの前の名乗りに聞こえます。この世界の貴族の大多数が保守派ですが、そのほとんどを敵に回すような言葉だと思います」
「さらに龍を頼らないとなれば、帝国に対して備えが薄くなりすぎる。軍事力の増強をするという宣言に等しいです。剣聖がいるうちは問題ないかもしれませんが、それでは親竜王国が剣聖王国に変わるだけで主張と矛盾する」
「ここからは提案なのですが、全体に対しての挑発は控えて白鯨を討ったのちに改めて過激な部分を話すべきじゃないでしょうか。何せ龍の庇護を離れて無事であるかの実績がないのです。そんな説得力のない意見を不安に感じることは当たり前です。恥知らずなどではないと僕は思います」
「ふむ。やはりケイは別の視点から良い意見をぶつけてくる。白鯨を落とすまでは説得力がないというのも納得だ。その真摯な態度を信頼しているぞ」
笑顔を向けて感謝を伝える。そして表情が切り替わる。
「しかし、挑発は行う。この国にとってこれは必須であると私は信じている。突き刺さった矢が命を脅かしているのなら、痛みを伴ってでも一息に抜かねばならない。ケイに実感しろというのは無理な話だが、この国の政治は瀕死の重体だ。中枢に近い私は知っている、このままでは滅ぶとな」
一息入れて、さらに続ける。
「白鯨に関してはどんな手段を用いても落とす。それが最善であることは我々の総意だ。しかし王選に関しては進んで手段を選ぼうと、そう考える。真っ当に評価を受けて他の候補者を皆が選ぶのであればそれをこそ尊重したい。私の王たる姿は堂々としたものでありたい。わかってくれるか?」
「もちろん、クルシュ様のお好きにどうぞ。色々言いましたが、あなたが有利なのは事実だと思います。あとは話の始め方なんですが…」
事前の予行練習を経て、演説に一段と磨きをかけた。
候補者を見渡す。誰もが気負いせずにそこにいる。けれど、ちゃんと練習はしたのだろうか。
緊張し不足を実感しているエミリアくらいのものではないだろうか。全力を尽くすということは才能のあるものほど難しいのだ。
努力せずとも一定の結果を出し続けることができるものは、油断する。隙があるならそこを突く。
「ではクルシュ様。どうぞ」
周囲は声を潜めつつもざわついている。好意的な視線が多いのは当然だろう。
「やはりクルシュ様だ」「安心感が違う」「立ち姿はすでに王のようだ」
しかし話が始まらない。
トラブルはなさそうだ。堂々と睥睨している姿に困惑は一つもない。何かを待っている?
賢人会が声をかけようとするのは手で制した。
なおも黙するクルシュには異様な存在感がある。
少しずつ、本当に少しずつ声が消えていく。誰もがクルシュに食い入るように注目している。
…
……
…………
一切の音が聞こえなくなった時、風を切る音が聞こえた。
クルシュが抜剣し、顔の前に剣を掲げたのだ。
その場の全員がその蛮行を見た。しかし、候補者たちは当然帯剣していない。
あまりの気迫に剣を幻視したのだ。彼女が戦闘で風の太刀を扱うのも無関係ではないだろう。
皆がその事実に気づき衝撃を自覚すると、その隙を突くように言葉が突き刺さった。
「ーーー私は、白鯨を落とす」
ケイですら、鳥肌が立つ。言葉が魔法のような圧をともなって聞くものに刻まれる。
「これから話す私の思いは、今の卿らに届かないだろう。それは私の力不足でもある。だが、今聞いてくれ。そして事を成したのちに思い出せ」
腕を振り、ないはずの剣を振るう。彼女が風を名剣の如く扱い、間合いの外を切り裂くことは皆が知っている。
自身を害しうる刃を全員が感じている状況は、近衛に取り押さえられても文句は言えない状況だ。しかし誰も動かない。
その場にいるすべてのものへ切先を向けながら。その張り詰めた空気の中で話し始める。
「かつて龍と交わされた盟約に守られ、この国は繁栄を築き上げてきた。王国の長きにわたる歴史から『龍』の文字が消えることはない」
「龍との盟約により積み上げられてきた繁栄、大いに結構。あらゆる苦難は全て、我らが尊きドラゴン様により救われる。親竜王国ルグニカに栄光あれ――」
敵意すら滲む視線で周りを見渡す。周囲全てを敵に回すことを厭わないという眼差しだ。
「問おう。――恥ずかしいと思わないのかと」
「いかなる艱難辛苦であっても、龍との盟約により乗り越えることは約束されている。その盟約に甘え、堕落し、いざその存続が危ぶまれれば取り乱して代替手段に縋ろうとする。その全てが龍歴石から言われるまま。これに呆れず、なんとする」
「――口が過ぎますぞ、クルシュ様!」
剣先の圧に負けないほどの怒りを胸に、賢人会のひとりが立ち上がって声を上げる。マイクロトフに負けず劣らず高齢な人物だ。老体はしゃがれ声で席の肘かけを叩く。
「盟約を軽んじることは許されませぬ! かつてその龍の恩恵により、王国がどれだけの犠牲を払わずに済んだことか。救われた命もまた同様に。それらの歴史の積み重ねを、あなた様は否定なされるのか」
「過去の繁栄に関して、私は大いに結構と述べた。私自身、その恩恵に与っていないなどとは口が裂けても言わない。カルステン家もまた王国と誕生を共にしてきた家だ。王国が危機に瀕すれば当家も同じこと。そして、国が龍に救われたとあらば、それもまた当家も同じことだ」
だが、と彼女は息を継ぎ、
「未来の話は違う。今の自分たちの醜態を、どうとも思わないのか? 龍との盟約に縋りつくあまり、思考を停止してはいないのか? 戦乱が、病魔が、飢饉が再び王国を襲ったとき、我々は龍におもねるより他にないのか?」
「――それは」
「龍の庇護の下で生きることに慣れ切って、それで滅びるのであれば王国など滅びてしまうがいい。恵まれすぎることは停滞を生み、停滞は堕落へ導き、堕落は終焉をもたらす。私はそう考える」
「あなたは……あなたは、国を滅ぼすと仰るか!」
血管が千切れそうなほどいきり立つ老人。
その叫びにクルシュは目に覇気をみなぎらせ、「違う」と首を横に振った。
「私が国を滅ぼすのではない。このままでは国が滅ぶと言っている。龍を欠き滅ぶというのなら、我々が龍になるべきだ。これまで王国が龍に頼り切りにしてきた全てを、王が、臣が、民が背負うべきだ」
故に、とクルシュは一呼吸おき、
「私が王になった暁には、龍にはこれまでの盟約は忘れてもらい、自立した我らと対等な盟約を提案するつもりだ。その結果、袂を分かつこととなっても仕方がない。親竜王国ルグニカは龍の国ではなく、我ら王国民の国であるのだからな」
「――――」
「苦難は確実に訪れる。過去に龍の力を借りて乗り切った数々の災厄、それすら凌駕する凶事が我らを待つだろう。だが、私は私の魂に恥じぬ生き方をしていきたい」
声の調子を落とし、クルシュは首を振りながら視線を下に向け、
「以前から私は国の在り様を疑問に思っていた。此度のこの風向きは天意が…いや、私自身が決して無駄にしたくないと思っている」
「そして何よりーーーー」
「龍の庇護は完璧ではない。人である剣聖もまた強大なれど絶対ではない」
龍だけではない。剣聖とその家系に関わるものたちにも挑戦を叩きつけた。
なんたる不遜と抗議をあげようとするが、続くクルシュの言葉を聞いてなお声を荒らげるものはいなかった。
「なぜなら、
誰も、何も言えない。
「龍の庇護下にあり、それでもかの魔獣は400年生き続け、我らを喰らい続けている!これが平和か?安寧か?ふざけるなよ。私は認めない。誇りある王国民は魔獣に遭わないよう願い逃げることしかできないなどと、私は絶対に認めはしない!」
上げた熱を冷まし囁くように話を締める。
「最初に述べた通り、私は白鯨を落とす。龍にも英雄にもできなかったことを私のような人間が為す。それでこそ、私の言葉が皆に届くと信じている」
「またここに立ち、卿らに問うだろう。我々は龍より無力であるのかと」
終わりはあっさりと、先ほどまでの激情が嘘のように身をひく。
パチパチと拍手が起きた。まばらで少ない。
しかし少しずつその拍手は騎士を中心に広がっていく。過半数は決して超えていない。
それでも、その声なき賛辞は賢人会が止めるまで続いていた。
この演説の後、カルステン家には抗議と支援の声が寄せられることになる。
所信表明の演説は、この上ない成功を果たしたといえる。
【演説における沈黙について】
沈黙によって「これから何を話すのか?」と聴衆の注意を引きつける。そこで、印象的な一言を放つ。聴衆の心に、衝撃と説得力を与える手法。歴史的な演説や演出に多用されるテクニック。
ジョブズは「iPhone」発表のプレゼンの冒頭で7秒沈黙し、ヒトラーは演説の壇上に上がって群衆に向かって話し始めるまで、30秒も沈黙した。マイケルジャクソンは登場から歌唱まで2分沈黙を守り、それを見守る観客が失神するほどの熱狂を引き起こした。