亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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【FILE:79】暴蝕

『暴食』のライ・バテンカイトスと相対する人々は、予期しなかった援軍によって勇気づけられていた。

 

「性根と詰めが甘いのはスバルだけで十分なのよ。ベティーが手助けしてあげるのもスバルだけ……今回は、あくまで特別措置かしら」

 

「ええ、すみません、お手数おかけします。けど、ありがとうございます」

 

少女の厳しく聞こえる発言に、しかしオットーは脱力してへたり込みたいぐらいの安堵感を味わう。

その少女の存在こそ、オットーが張った『勝ち筋』の中の一つ。

 

「こんな騒ぎとっとと片付けて、スバルに抱っこしてもらいにいくのよ」

 

ナツキ・スバルの契約精霊、ベアトリス――援軍としてついに参戦。

 

 

ドレスの裾を風に揺らして、不遜に鼻を鳴らす少女を誰もが見た。

その視線に少女———ベアトリスは戦況を眺めるように目をやる。水路街の大広場には、『暴食』ライ・バテンカイトスと、相対するオットーらが四人。

 

やけに親しげにバテンカイトスが話しかける。

 

「———ベアトリス様?どうして、外を出歩いていらっしゃるんですかァ?」

 

『暴食』はベアトリスを見つめながら、なおも不思議そうに言葉を続ける。

 

「——————」

 

「あれだけ頑なに外にお出になるのは嫌がってたのに。お食事のときと、大精霊様とご一緒のとき以外は……ああ、例外もあったんだっけ?」

 

押し黙るベアトリスに、バテンカイトスがなおも言葉を重ねる。

それは親しげ、というにはいささか語弊があるが、それでも一定の距離感と関係性を以前から抱いている人間の発言に聞こえた。

 

「前からの顔見知りってわけじゃ……ベアトリスさ———ッ」

 

バテンカイトスと、ベアトリスとの間の関係性。

名前を伝えまいと堪えた意味がなくなり、それを追及しようとしたオットーの喉が呼びかけの途中で詰まった。今度は無意識的に、ベアトリスの横顔を見てだ。

 

唇を噛み、丸く大きな瞳に激情を渦巻かせるベアトリス。

この精霊の少女が、ここまで怒りを露わにすることなど珍しい。驚くオットーの前で、ベアトリスは深々と息を吐き、バテンカイトスを睨みつけた。

 

「お前、自分の中にどれだけの数の人間を溜め込んでいやがるのよ?」

 

「さァ?でも、僕たちの食事量はロイに比べたらマシだと思うけどね。ロイは悪食でなんでも食べるから、厳選する俺たちとは量が違うッ!僕たちは食事は質こそ命と思ってるから、そこがロイとは相容れないんだよね」

 

『名前』や『記憶』を食らうことを、『食事』と言い表すバテンカイトス。

自らを美食家と自称し、親しげな誰かを悪食と称する態度には独特の美意識があるようだが、どちらもオットーには理解しきれない類のものだろう。

 

「———」

 

二人のやりとりを聞いて思いつく。それがどんどんと繋がっていく、オットーは気付いた。

バテンカイトスが一方的に、ベアトリスを知っている理由の可能性に。

 

「……まさか」

 

バテンカイトスの戦いぶりは、武の道に長く研鑽したものしか到達できない領域にある。ダイナスの発言から得たその事実に、オットーは一つの仮説を立てていた。

 

「喰らった相手の『名前』や『記憶』から、肉体の経験値まで引き継げるんじゃないかという予想は立てていました。無手の武術も短剣術も、あなたの年齢で極まった位置へ到達することは難しい。それならば、と……」

 

喰らった相手の技量までも自らの糧にできる。

それならば十代半ばに見える年少さで、武の達人に匹敵する実力をいくつもの分野で習得していることにも納得ができる。

 

その仮説が正しいならば、それ以上の脅威となる。

 

「引き継げるのが肉体の経験値だけに留まらないとしたら」

 

それは、戦闘力の脅威とはまったく異なる悪辣さを意味する仮説だ。

だって、バテンカイトスは言ったのだ。

 

———都市に響いた、あの演説の主を探していると。

 

 

「ロズワール・L・メイザース辺境伯が使用人筆頭……ととと、違った」

 

名乗る途中で首を振り、バテンカイトスは両手を広げた。

 

「今はただのひとりの愛しい人。———いずれ英雄となる我が最愛の人、ナツキ・スバルの介添え人、レム……だったかなァ?」

 

「———」

 

「会わせておくれよ、愛しの英雄様にさァ!僕たちの英雄が、俺たちを裁きにきてくれたはずなんだよォ、こんなところまで!別に兄様でもいいんだけどさァ!あっちは先約されちゃったよ。あんなに怒ることないのにねェ」

 

舌を伸ばし、傷口を舐めながらバテンカイトスが嘲笑する。

 

『暴食』の態度が、口調が、笑みが全てが、一人の少女の想いを馬鹿にしている。

 

こいつはスバルに遭遇させずにここで倒す。ベアトリスとオットーは言葉もなく同じ決意を胸にした。

 

そしてフェルトの抱えるものを指差し、それに気づく。

 

「それ、まさか『ミーティア』かしら?」

 

「ミーティア?」

 

「お母様……昔、偉い魔法使いが龍に嫌がらせするために作った杖なのよ。どこにいったのかわからなくなっていたはずだったけど、因果なもんかしら」

 

肝心な部分を言い直したベアトリスの説明に、フェルトは曖昧に頷いている。

 

「使い方のややこしさは聞いてますが、威力には期待しても?」

 

「龍を半泣きにさせていたなんて逸話のある杖なのよ。折り紙つきかしら」

 

例え話のスケールが大きすぎて、イマイチ実感に乏しい。が、とんでもな兵器であることだけは伝わってきた。

 

そしてそんな敵を前にした悠長な会話にも意味がある。

 

 

 

———バテンカイトスの周囲を、紫色に輝く結晶が覆い尽くしている。

 

「あら、不意打ちなんて、ベアトリス様ってば容赦のない」

 

「お前にくれてやる遠慮と容赦だけは、この世のどこにも在庫がないかしら」

 

エル・ミーニャ。

陰魔法の中でも数少ない、攻撃用の魔法がその牙を剥いた。

 

バテンカイトスがぼやいた直後、紫色の輝きが乱舞し、射線上にあった小さな体を目掛けて殺到する。

棒立ちの細い体に、鋭く硬い感触が直撃———結晶が砕け散り、石畳がひび割れ、噴煙が立ち上る。その大広場の惨状こそが、今の蹂躙の威力を証明していた。

 

しかし、当たらなければ意味はない。

ベアトリスの魔法の爆心地に、無防備に攻撃を浴びたはずのバテンカイトスの姿はないのだ。

 

「くるぞ———!」

 

ダイナスの戦慄を帯びた声が上がり、彼の睨みつける方角へ全員の目が向く。そこに地面に四肢をつき、蜘蛛のような動きで這い回る『暴食』の姿があった。

 

『暴食』が笑い、牙を剥き、目を血走らせる。

 

「はっはァ!ベアトリス様ってばさっすがァ!いいね、いいよ、いいさ、いいかも、いいとも、いいじゃん、いいだろう、いいだろうさッ!」

 

頭を左右に振り、髪を振り乱しながらバテンカイトスが地面を跳ねて、再びこちらへ突っ込んでくる。

 

「———あと、五発」

 

その接近に対応しながらオットーは、唇を舐めるベアトリスが何事か不穏な呟きを残したのを聞いていた。

 

 

 

エル・ミーニャを発動し、バテンカイトスに牽制の一撃を放り込んだ瞬間、ベアトリスは自分の懐で大魔石が砕け散るのを感じていた。

これで魔石の残数はあと六つ———ベアトリス自身の活動力のことを考えると、攻防に使えるのは五つだけだ。

 

———現在の都市攻防戦、その前哨戦となった刻限塔広場での『憤怒』と『強欲』の大罪司教との偶発的な戦闘。

その戦いの結果、ベアトリスは負傷したスバルや都市住民の治療に全力を費やし、自身の活動に支障をきたすまでのマナを消耗した。

 

 

そんな彼女が今、動けているのは一種の禁じ手を使ったことが理由だ。

 

———ベアトリスには現在、七つの大魔石が持たされていた。

 

大魔石は長い年月を経て、その内側に莫大な無色のマナを溜め込んだ逸品だ。そのうちの一つはすでに砕け散り、残っているのはあと六つ。

これらは深い眠りの中にあったベアトリスを呼び起こし、この大広場への救援を求めた変態———もとい、キリタカに預けられたものだった。

 

 

ベアトリスが両手を持ち上げ、中空にあるバテンカイトスへと掌を向ける。

 

「アル・ミーニャ!」

 

「———ッ!」

 

「嘘なのよ」

 

一瞬、バテンカイトスが超級の魔法の発動を予期して身を固くした。その様子にベアトリスは舌を出し、大きく後ろへと飛びずさる。

縮こまるバテンカイトスと、そこへガストンとダイナスの二人が飛びついた。

 

「うおおお!」

「これでも食らえ!」

 

雄叫びを上げる二人の男が、二刀と拳の連携でバテンカイトスを迎撃する。

重く鋭い一撃が『暴食』へ叩きつけられたが、バテンカイトスはこれを卓越した身のこなしで回避し、逆に短剣を操って二人へ切り返す。

翻る鋼の切っ先が、ダイナスの首筋を狙って繰り出された。

 

「あぶね……ぐえ!」

「すまん!」

 

その短剣の軌道にガストンが割り込み、ダイナスを庇って一撃を浴びる。

 

「そォら、よッ!」

 

「ご、ぁ!?」

 

膝をつき、ガストンの顎が蹴り上げられる。

鼻面から血を噴き、倒れ込んで動けなくなる大男は戦闘から離脱だ。これでこちらの戦力は、一名減ったことになる。

 

「よぉッく頑張ったよォ、ガストン!敢闘賞さァ。———一生懸命頑張ったけどダメでしたァ!そんな奴に相応しい評価ってやつだよッ!」

 

「———っの、野郎!」

 

倒れたガストンを嘲弄するバテンカイトスの姿に、頭に血を上らせたフェルトがミーティアで殴りかかってしまう。

正しい使い方をすれば、その威力はまさに『魔女』のお墨付き。だが、単なる鈍器としての使い方では本領の一切を発揮できまい。

 

「う、っきゃぁ!?」

 

ミーティアを振り上げたフェルトにバテンカイトスが踏み込んだ。二人の間の距離がゼロになり、『暴食』の掌がフェルトの薄い胸を撫でる。

直後、衝撃が少女の体を軽やかに吹き飛ばし、高い悲鳴を上げてフェルトが石畳の上を転がっていった。

受け身もまともに取れないほどの威力、だが問題はそこではない。

 

「いけない!まともに触られて……!」

 

胸を強打されたフェルトが咳き込み、それを見たオットーが声を上げる。ベアトリスはその焦燥感を得た横顔に、彼の懸念の意味を理解した。

『暴食』の、その食事の準備が整ったのだと。

 

「フェルトちゃァん。———イタダキマス」

 

どういう原理であるのか、バテンカイトスがフェルトに触れた左手、その掌をこれ見よがしに見せつけながら長い舌で舐める。

まるでそこに、『フェルト』という少女の大切なモノがあるかのように。

 

それを愛おしむように舌の上に乗せて、ざらついた感触で愛撫し、隅々までこそぎ取るようにして味わい、胃袋に落として容赦なく咀嚼する。

それが完了したとき、『暴食』の食事が終わり、『名前』が冒涜者の中に収まる。

 

そして、フェルトという少女の痕跡は世界から消えて———。

 

「う、げェ……ッ」

 

 

それは奇しくも、兄弟で似たようなタイミングだった。

『悪食』の方がより早く、同じ嘔吐感によって凶刃に倒れているのだが、バテンカイトスはそれを知らない。

 

 

フェルトは即座に離脱して、ミーティアの準備を進めていく。

「あぁ?なんだ、てめー。どんだけ失礼なんだ、コイツ。それともお仲間の下品な放送で吐きそうにでもなったのかよ?」

 

頭を振るフェルトが、膝をついて嘔吐したバテンカイトスを見下ろして言った。

無論、彼女の存在は消えておらず、フェルトは不快そうに首を傾げるばかり。

 

放送では『色欲』が何かを喚いていたが、それが原因ではないだろう。

 

———『暴食』の食事が、無様にも失敗した瞬間だった。

 

 

悶えるライに向けて一撃を見舞おうと皆が一致団結する。

 

その隙にミーティアの起動を試みるフェルト、それを補佐するベアトリス。

狼狽えて、嘔吐感に苛まれていても、当然そんなことは許すはずがない。重い体を動かして回避を…

 

しかし、なぜか体が動かない。まるで超人的な何かに締め付けられているような。それに必死で対抗する。

 

人外の膂力としか表現しようがない抱擁。最初は力任せだったそれが次第に熟練の玄人のような精緻な技を出す。

それは、武芸を極めた記憶を持つバテンカイトスすら知らない武術だった。

 

完全に関節を極められている。

 

光が迫る瞬間。抱きついて今にも自分を壊しかけている何かを見た。

 

黒い異形の人形(ヒトガタ)が人体を掴んで離さない。

 

その異形が笑う。そして楽しそうに呟いた。

 

 

『さぁ。ブチかまそう』

 

 

なんだ、お前。お前は、どんな味が…

 

そこまで考えて、バテンカイトスは致命的な光に飲まれた。

 

 

 

 

 

 

逃れられない『暴食』を、『ミーティア』の放つ白光が真正面から吹き飛ばした。

 

その破壊は対象どころか、その奥の景色さえ薙ぎ払う。

 

熱風が吹き荒れ、ベアトリスの髪が大きく膨らみ、真後ろへとなびく。丁寧に巻かれた髪を風に乱されながら、しかしベアトリスの注意はそちらへ向かなかった。

 

ベアトリスの視線は一点、自分も掴んでいる純白の『ミーティア』へ向いている。

放たれた一撃が白い包みを共に吹き飛ばし、「ミーティア」の全体が顕になる。それは純白の、汚れ一つないのように長い杖だ。

凝った意匠もなく、目を引くような機構が組み込まれてもいない。あくまで実用性一辺倒の造りは、まさに造物主の人間性を反映していると言えた。

 

道具に道具以上の価値を求めない、エキドナという『魔女』の精神そのものを。

 

「お母様…」

 

ふとこぼれた呟きは、亡き母との在りし日の記憶が蘇ったことへの感傷だった。

 

「な、なんつー威力だ…何を持たせてんだよ、あのバカ共…」

 

そのベアトリスの感傷を余所に、同じく『ミーティア』を握ったフェルトが唖然としながら、杖の放った破壊の光景を眺めている。

この威力はベアトリスによって正しく使われたのと、残りの魔石を使い切ったからこその威力なのだが、フェルトはそれを知る由もない。

 

生き残っていれば拘束をとダイナスが惨状に近づいていく。

 

「けど、大罪司教ってのも案外大したことねーな。アタシらみてーな寄せ集めにかっ飛ばされるなんてよ。最後なんて動けてなかったしな。ビビってたろあれ」

 

「それは、単純に油断でしょうね。彼は僕たちの『名前』を食べることに執着していた。それも、生きた僕たちから味わうことを。そのために僕たちを殺せなかった。それにしても最後の様子には、違和感がありましたが…」

 

「つまり、手抜きで余裕ぶっこいてて負けたんだろ?余計にダセーじゃねーか」

 

オットーの分析は正しく、ベアトリスも同意見だ。他者の魔法は感知していない。

もし、バテンカイトスが持てる記憶を総動員し、ベアトリスたちを殺すことを最優先していたなら、こちらは為す術もなく敗北していたはずだ。

 

「しかし、さっきの放送は一体何なんですかね。リリアナさんは無事でしょうか」

 

不可解なことが多すぎる。早く合流して状況を把握しなくては。

 

 

「――あァ、クソ、クソ、クソ。なんで今?こんな時に、なんでなのサ。本当に使えないダメ兄弟っ!」

 

何かが、悔しそうに叫んでいる。

それと目が合った。

 

その可愛らしい少女は、先の激情を忘れたようにこちらに向き直る。

 

「いい、いいね、いいわね、いいよね、いいじゃない、いいじゃないの、いいだろうからこそ・・・・・・あたしたちも、私たちも、食卓を囲む価値をあなたたちに見る」

 

フェルトとそう年齢の変わらない少女が、素足でその場に立っていた。

 

細く華奢な肢体、透き通る金色の髪は足下の石畳を埋めるほどに長い。可像で整った顔立ちには、ボロ服でさえも輝きを放つ生まれ持った美の片鱗があった。

 

愛らしい、天使のような少女。その表情が、悪意に満ち満ちていなければ。

 

 

「魔女教大罪司教『暴食』担当、ルイ・アルネブ。悪いけど急いでるの、また今度ゆっくりネ」

 

「ルイ…?」

 

「あたしたちの名前だってばア。今、聞いたでしょ?」

 

息をのむベアトリス。

 

『暴食』の大罪司教の名はライ・バテンカイトス。もう一人はロイ・アルファルド。さらにここにもう一人の暴食が名乗りをあげた。

 

 

そう言って、少女は一目散に駆け出した。

 

 

気づけば放送からの声が変わっていた。リリアナの声ではなく、色欲の声でもなく、全てを冷徹に人の命などどうでもいいという声が脅迫を行っている…

 

 

水門都市の皆様へ。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

困惑と混乱だけがこの場に残った。ライ・バテンカイトスの死体はどこにもない。

 

 

それでも、足を止めることは許されない。

オットーは、合流したロブルという蛇人にケイからの依頼を伝えられる。

 

次なる脅威を潰すため、都市の水竜たちを説得して欲しいと。

 

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